「なあ、アンタは俺のこと好き?」
そう言ってみたのはちょっとした好奇心から。
相手のことは俺は仲間として好きだけど、素性も知れない奴だからどきっぱり「好きだ」なんていわれたら困る。
でもさ…
「―――。」
無表情でどきっぱりそう言われるなんて、思いもしないだろ…。
こんにちは、初めまして。
俺の名前はルア、鷹匠やってる。相方の名前はライル。
思春期の14歳だ…ってそれは今全然関係ねーんだが…。
そんな俺は兄貴と一緒にハンターを目指して、一緒に転職したりしたけど、別に兄弟仲良しってわけじゃない。
「ルーアアアァアァァ!!!聞けぇええええ!!!!」
「聞かねえええええええ!!!!!!!」
いい歳した男が情けなく鼻水たらして泣き叫びながら飛び掛ってくるのを、俺も泣き叫びそうになりながら飛んでかわした。
兄貴はこげ茶の髪にうす茶の瞳のやさ男で、別に悪い感じではない。
女の人にモテるというわけでもないが、そこそこお付き合いはよくしてる。
「すずかさんに捨てられた…俺もう生きていけない…。」
すずかさんは、兄貴と付き合っていたプリーストのお姉さんだ。
優しいけどなんとなく兄貴と冷めたカンジがしてたから、そろそろ潮時なんじゃないかと思ってた。
「そーかそーか、じゃあ俺に装備と財産残して静かに引退してくれ。」
「弟ぉぉお!!いつからそんな薄情者になったああ!!」
「彼女がいない俺に一年近くすずかさんののろけ話をし続けた結果だボケッ!」
「14の若造が調子に乗るな!お付き合いとキスも18から!結婚とエッチは20からだからな!」
「勝手に俺の人生と貞操の設計すんなアホッしかも微妙に純情だよ!あーもー!勝手に沈んでろ!」
10歳も年上なのに情けなくて悲しくなる兄貴に怒鳴りながら、装備と荷物を抱えだす。
待ち合わせまであと20分くらい時間あるけど、もうここにいると愚痴に付き合わされるだけだ。
長ったらしく伸びた濃い緑髪を前髪ごと後ろで束ねる。
色は違えど兄貴も同じ髪型なのはおそろいにしてるんじゃなくて、考えることは一緒だから。
「どこに行くルア!逢引か!うらやましいぞこんちくしょう!」
「うっさいただの狩りだよ!彼女いた兄貴のがうらやましいよこんちくしょう!」
本当に腹立たしい兄貴だ。
兄貴と俺はとてもよく似ているといわれるけど、俺は全然女の子と付き合ったりしたことはない。
多分、理由は簡単…俺が兄貴より10歳年下でガキくさい上に、年上好きだからだ。
でもやっぱ俺は思春期なわけで…恋人が欲しいと一日中思ってるわけじゃないけど、すごく思う。
そんな俺に、半年前にチャンスが巡ってきた。
俺の友達が合コンを予定して、俺を誘ってくれたんだ。
なのに…
あのクソ兄貴が、二日酔いのせいで仕事に出れないから代わりに行けといわれて合コンをキャンセルさせられた。
意地でも合コンに行けばよかったけどさ…!
仕事の報酬+兄貴が小遣いをくれるというのが、金欠だった俺には美味しいえさだった。
兄貴が言った「美人そろいでハーレムだぞ」なんていった言葉まで信用したわけではなかったけど…
期待して言ったら男だらけだった上に唯一の女の人はすごい男らしくて好みの範疇じゃなかった。
要は だ ま さ れ た。
ま、金はもらったからそこまで怒らないけどさ…。
そんな合コン代わりに入った仕事で、俺はある人と知り合った。
「…あれ?」
まだ待ち合わせ20分前なのに、約束の場所に彼はいて、こちらに向かって手を上げてきた。
まだ少し目立つ転生二次職、アサシンクロス。
…本人はすっごい物静かなのに、格好はやったらめったら派手だ。かっこいいけど。
彼はツチナワと名乗るアサシンクロスで、クールだけどすごく強い、尊敬に値する人物だ。
いつも定職をしているけど、月末は休みらしくて一緒に狩りに付き合ってくれる。
でも彼とPTを組んだことはない。
WISをしたこともない。
彼のツチナワというのは冒険者登録名でもない、偽名だから。
それでもって俺にそれすらも教えたくない…教えられない理由があるんだろう。
「はよ。もしかしていつもこのくらい早く来てたの?」
「おはよう。今日だけだ。」
「そっか。」
相変わらず、彼はアサシンマスクにファントムマスク。
彼は多くを語らないが、態度とか仕草とか身なりからとかで、なんとなく育ちはいいんだろうなと思う。
それでもって、アサシンクロスという上位職でありながら、意外と世界を知らない。
「じゃ、今日は時計塔でいいんだよな。」
「階は。」
「2F。じゃないと俺がもたねーや。」
「了解した。」
「えーと、ツチナワは武器はある?」
「無形特化。」
「さっすが!じゃ、早速行こうか。」
ツチナワは口数が少ない。
でも聞いたことにはきっちり答えるし、間が持つ程度には言葉のキャッチボールしてくれる。
ただの根暗な人ってわけじゃない。
だからか、彼の寡黙さは話すのが嫌いってよりも、話しちゃいけないと思ってるって感じがする。
謎が多いし、妙な点も多い。
でも彼の強さとか、無駄のない姿勢とかは格好よくて尊敬する。
「俺の兄貴がさっきさ、彼女に捨てられたって泣き叫びながら飛び掛ってきてさ…我が兄貴ながら情けないよ。あんな人と四六時中一緒にいたらおバカが移りそうだ。」
「兄は嫌いか。」
「…んなことないよ。じゃなかったら一緒にハンター目指すとか、鷹に似たような名前つけるとかしないし。ただ馬鹿だなぁって思うだけ。」
「なら、帰りに慰めてやるといい。」
「ん…そうだな。」
時計塔に鳴り止まぬ歯車の音と時計の針の音。
煩いその中でモンスターの音を聞き分けるというのはなかなか難しい。
特に、俺らが目的としてるクロック自体が時計なもんだから困る。
でも先頭切ってるツチナワは話しながら的確に敵のいるところへ向かうから、ちゃんとそれぞれの音を聞き分けてるんだろう。
邪魔かとは思うけど、黙ってると暇だから構わず話させてもらうけどね。
「でもせっかくの俺の合コン潰された恨みもあるからざまあみろなんて思っちゃったりするけどね。」
「合コン?」
「合同コンパ。皆で飯食って遊んだりするだけだけどね、女の子とかも一緒で、あわよくば付き合っちゃおうってかんじ。」
「それは残念だったな。」
目の前にクロック発見。
でもツチナワはそれに切りかからず、いきなり俺の後ろに走った。
いつの間にか後ろにライドワードが迫っていたらしい。
たかが本のクセに結構強くて、飛ぶスピードも早くて厄介なやつだ。
後ろはツチナワに任せて大丈夫だな。
俺は前に罠を置いて、前方のクロックに矢を放った。
クロックは攻撃に逆上したようにこっちに飛び掛ってくるが、計算どおりあっけなく罠に引っかかって足を止めた。
「ブリッツビート!」
掛け声を合図に相棒ライルがもがく時計に飛び掛る。
彼は攻撃後、綺麗に旋回して俺の背後の定位置で飛んでいる。
俺は矢を構えて、クロックに向かって何度も放った。
実を言うと矢はあまり得意ではなく、鷹匠として優れていると自負してる。
それでもって兄貴は鷹とのコンビネーション最悪だけど、狩人として弓矢の技はなかなかだ。
練習をつんではいるがなかなか上手くいかない。
必死に狙って入るが、相手の脆いところをことごとく外している。
そうこうしているうちに罠が解けてクロックが襲い掛かって来る。
見計らってライルが鳴きながらまた敵に飛び掛った。
その攻撃で狂った時計は破片を散らせた。
でもまだ俺の方へ飛んでくる。
バキッと音がして、脇から伸びた腕が崩れかけたクロックを獲物で貫いていた。
「ナ〜イスタイミ〜ング?」
「危機一髪が正しい。」
ツチナワはカタールを引き抜いて仮初めの命も消えたクロックを突き放した。
それは床に散らばってただの時計の部品のクズになっていった。
「あまり無理な闘い方はすべきじゃない。命は大事にすべきだ。」
「無理じゃねーよ。ライルとアンタを信頼してたから余裕持ってただけだ。」
「そうか。」
ツチナワは口数は少ないけど会話を切らさない。
いきなり向こうで会話を切るときは焦ったり動揺したりしたときだ。
初めて会ったときはただの謎の人物だったけど、慣れれば分かりやすい人だ。
「なあ、ツチナワってさ」
「…?」
「彼女いたりしたことある?」
いやほら、この人ってオトナーって雰囲気はあるけどぶっちゃけ暗いから。
始めてあった時は印象最悪だったし。
アサシンマスクとファントムマスクで顔を上から下まで隠しちゃってるから顔の良し悪しはわからないけど。
「ある。」
なんか…タライが脳天に落ちてきたようなショックを感じてしまった。
ショックだ…ツチナワにもいるのに(失礼)俺には全く色気のいの字もないなんて…。
俺が四つんばいになってうな垂れていると、脇にアサシンクロスの危なっかしい刺々しいブーツがよってきた。
「……。」
「なんだよ色男っ。」
「いろっ……君はまだ若いのだから、焦ることはない。」
「みんなそういうけどそんなこと言ってる間にどーせ俺20歳になっちまうんだよっ。
それに恋愛に歳の差は関係ないっていうだろ!?俺が若いから彼女がいないなんて関係ないんだ!
俺に魅力があれば自然に女はついてくる、そーゆーもんと思わないか!?」
叫ぶようにいうと、ツチナワは小さく首を横に振った。
「恋人がいても仮初の愛情なら、それほど時間と精神の無駄はない。」
「……。」
「私が愛した人は一人だけだった。もう誰も愛せないが、今では未練も後悔もない。
一度だけだったそれが、薄っぺらい愛情であったなどと思っていないから。」
いつもどおりはきはきした口調で、感情とかちゃんと見せないけど、それは俺が初めて聞いたツチナワ自身の話。
しばらく思考がストップした。
意外だなとか、かっこいいなとか、大人だなとか、あのツチナワの話か?!とか、いろいろ思っていた。
「な、なんか、いつになくしゃべるな。」
「すまない、でしゃばった。」
「いや、全然いいよ。むしろ嬉しいし。」
「嬉しい?」
「うん、別にツチナワのことあれこれ聞く気はねーけど、思わずお宝話聞いちゃったから。」
ニッと笑いかけても、ツチナワは笑ってくれてるのかわからない。
ま、中身が変人じゃなければ外っ面なんて俺にはどーでもいいんだけどな。
「……。」
「ほら、狩り再開しよーぜ!!っつか殆ど俺の壁だけどさー!」
「…あまり、惑わすな。」
「ん?なんか言った?」
「何も。」
ツチナワは武器を両手に構え、また先頭を歩き出した。
さっきの話のせいか、その後ろ姿がいつもの暗いアサクロってよりも一人の男として見えた。
「なあ、ホントにいいの、か?」
「構わない。」
「で、でも俺…こんなん初めてで、どうしていいか…っ!」
「欲しかったのだろ?」
「そうだ、けど…こんな急に。」
涙目になって縮こまって震える俺に、ツチナワが慰めるように頭をなでてくる。
ってちょっとそれ超ガキ扱いじゃないのか。
そりゃあアンタより一回りガキだけどさ!
普段ツチナワとはあまり近づくことがない。
狩り中は前衛後衛意識して少し離れてるし、町でも待ち合わせしたらさっさと狩場に移動で、コンパスの差でまたツチナワが前になるし。
こう、近くで見てみると…頭2つ分もあった身長差が悲しい。
あと思ったより肌白くて、うっすら傷跡がいっぱいある。
でも古傷ばかりで最近できた傷というのは殆どない。
なんか、今日はツチナワのことを新しくたくさん知れた。
「落ち着いたか。」
「…ハッ!」
せっかく俺がビクビクしてた事柄から意識がそれたのに、彼の一言でまた思い出した緊張してきた。
「……っっっツチナワ!」
「何か。」
「これアンタが持て!」
「持っていても使わない。」
即答で断られた。
俺が彼の胸に押し付けているのは…さっきの狩りで出てしまった、ミミックC
相場は今跳ね上がって一千万ゼニーを超えているのではなかろうか!
「でも毎回付き合ってもらった上に収集品まで全部もらってるじゃん!その例と思って!!」
「金は使い道がない。君が気にする必要はない。」
「俺もこんな大金使い道がないしさああそんな大金持ったことないから怖いじゃんかあああ!!」
「兄に預けてはどうだ。」
「……それはやだ。なんか腹立つ。」
俺ら兄弟の財布管理は兄貴がしてる。
兄貴の稼ぎの方が大きいから文句は言えないが、兄貴は無駄遣いもかなりするし
例のすずかさんにもずいぶん貢いでいたから
そんなヤツにせっかくの俺の初大物レアを渡したくない。
「しばらく待っていろ。」
ツチナワはひとつ頷いてそう言い、俺らのいたプロンテラ清算広場から大通りの方へ歩いていった。
仕方ないので地べたに座って、周りを見ていた。
…ぁーカップルとかけっこーいるなー。
ムカつくなー。ってゆーかうらやましいなー。
俺も兄貴とかツチナワくらいの歳になったらちゃんと彼女できんのかなー。
でも兄貴はあんなデレデレで彼女にゃフラれてるし、ツチナワも…
あれ?ツチナワってもう彼女と別れたのか?
『私が愛した人は一人だけだった。もう誰も愛せないが、今では未練も後悔もない。
一度だけだったそれが、薄っぺらい愛情であったなどと思っていないから。』
熱愛したみたいなこと言ってたけど、でももう終わったみたいなことも言ってたな。
…一回だけで終わる恋愛ってどうなんだろ。
一回だけでそのあとずっと一人って…寂しいな。
むしろなんでもう誰も好きになれないんだ?
「待たせた。」
「うへぁ!!?」
思考の海へダイブしている時にいきなり後ろから声をかけられて驚いた。
心臓はまだバックンバックンしてる。
後衛職は不意打ちに弱いんだぞ!
「カードを。」
「え、ああ。はい。」
言われてミミックのカードを渡すと、ツチナワは手元で何かカチッとやった。
それから
「ん?」
俺の髪に指を差し込んでひとまとまりつかんで、またカチッとやった。
え、なんだなんだ。
「クリップに挿した。それで実用するといい。」
「うえ!?」
さっきツチナワに触られたところを探ると、そこにはやっぱりクリップがくっついてる。
「装備して使い慣れてしまえば緊張することもないだろう。」
「え…その…このクリップは…。」
「やる。」
「………はあぁあああああ!!?!!?!?」
驚きのあまり立ち上がった叫んでしまった。
「ちょ、アンタ、何考えてんだよっ!いやもうすでに収集品とかカードもらいまくってていまさらだけどさ!
金は大事にしろよぽんぽん回りのヤツらにあげてたら後々後悔するぞ?!」
「君以外にその類を譲ったことはない。」
「……。」
思わず思考ストップ。
…えーっと、俺って特別扱い?
「…………そーですか。」
やっと出たのはそんな言葉で、自分でもあきれる。
いや、嬉しいんだ。嬉しいんだけど…
いや、逆接にするまでもなく嬉しい。
…みょーに照れくさいんだばかっ!
肉親以外にそんな親切にされたことないしさ!
月1程度だけどこいつみたいに強い奴と狩場にいけるってだけでも嬉しかったのに。
「…よし、ちょっとまってろ!!」
俺はツチナワにそう言い残すとダッシュで大通りの方に走ってった。
さっきツチナワが通った道、カプラサービスへの道だ。
だってここまでいろいろしてもらったら礼のひとつでもしたいじゃないか。
俺じゃあたいした礼なんてできないし、ツチナワも職場があまり持ち込みできないらしいから何渡していいかわからないけど。
それでも何かないかと俺は倉庫に走った。
にしても何を返したらいいんだ…!?
そんなプレゼントとかされたことないから何をお返ししていいのかさっぱり…
不意に俺は足を止めた。
すっげー今更だけどなんでツチナワこんなにいろいろ世話を焼いてくれるのかな。
ちょっと前に仕事で知り合って…意気投合したわけでもない、仲良く話していたわけでもない。
周りがあまりに変人ばっかで、その中でツチナワが一番まともだったから俺が傍にくっついてただけ。
それだけだったけど、なんとなくまた会いたいなと思ったから、一緒に狩りにいく約束をしたのが始まり。
俺はあいつの世話になってばっかで、何もしてやった覚えがない。
なのに、ゆきずりの奴にこうもいろいろしてくれるもんか?
「…俺から大した礼を期待するなよ!こんなでも精一杯なんだからな!!」
といいながら押し付けたのは、青ハーブとしおれないバラ。
俺の資産の中でなんとか彼に渡せそうなものといったらこんなのだった。
「仕事大変そうだから、リラックスに青ハブとかっ…あとバラの方もいい匂いするし!
じゃまだったら売っちゃってくれていいから。」
「……。」
ツチナワは断ってくるかと思ったけど意外にもあっさりうけとってくれた。
それでしばらく黙っていて、俺の顔を見てきていた。
「…ありがたく使わせてもらう。」
「どーいたしまして、ってかありがたいのはこっちだよ、全く。」
俺、いったいコイツにどれだけの借りがあるんだろう。
それをもとにゆすってくるような奴じゃないからいいけど。
「……なあ、ツチナワ。」
「何か。」
「……。」
倉庫をあさりながら、考えてたこと。
聞いてみようか悩んだけど…まぁ、それで変な風に思われるわけじゃないから聞いてしまおう。
「なあ、アンタは俺のこと好き?」
いやもちろん変な意味じゃないけど。
俺は嫌われ者じゃなかったけど特別誰かに好まれるような人間じゃなかったから。
ツチナワにでも、好かれたら嬉しいなとかおもったんだ。
まぁ、相手のことは俺は仲間として好きだけど、素性も知れない奴だからどきっぱり「好きだ」なんていわれたら困る。
でもさ…
「別に。」
無表情でどきっぱりそう言われるなんて、思いもしないだろ…。
「…そっか。」
なんだよ、少しはためらえよ…。
そりゃあツチナワはいつもはきはきしてる奴だけど…。
「……。」
なんか…別に、ケンカしたわけでもねーのに
なんだろこのもやもや。
嫌われたって何でもねー相手だろ?
なのに……気持ち悪い。
「俺、帰るわ。」
「……。」
「今日もありがとうな。」
アイツは何も言う気配はなかったけど、何か言う前にとさっさと俺は蝶の羽をつぶした。
セーブポイントは町の外。
蝶の羽で飛ぶより、さっきの臨時広場からのが近かったけど。
どーでもいーや。
「……。」
部屋に戻ってくると、肩に泊まっていたライルが壁に取り付けてある木の足場に飛び移った。
俺はそれを確認するとベッドにうつぶせに倒れこんだ。
「…どうでも、いいじゃねーか…」
枕に顔を押し付けながら、誰にともなく愚痴るように呟く。
そうだ、どうせいつも顔を合わせてる人間じゃないし。
そういえば、次会う約束、しなかったな…。
ちゃんとした名前知らないし職場も知らないから、連絡手段無いし…。
「……。」
そうだよ、特別に思ってくれてる奴なら、名前も仕事も素性も教えないことないだろ。
気まぐれで付き合ってくれてるって分かってたし。
凄そうな人と仲良くなった気がしたから、天狗になってたんだ俺。
「……。」
カイルが、いつの間にかうつぶせの俺の背中に乗ってきた。
餌がほしいのか?
でもまだ時間じゃないな…。
慰めてくれてるのか、俺が泣いてると思って?
男が泣くわけないだろ、親しくもない他人に別に好きじゃないって言われただけで。
「……っ…ぅ…っ…」
泣くわけないだろ…。
目とか鼻が熱い気がするのなんて気のせいだ。
「……。」
なんか、気分が沈みまくっている。
ちょいと仲良くなったと思ってた友達に「別に好きじゃない」って言われただけなんだが。
自分のことはそんな繊細なやつなんて思ってない。
でも無性に…腹がたって悔しかった。
そんな気持ちでベッドに横になってもう半日……
「うがあああああああああ!!!!!」
「半日で失恋の痛手から回復とはさすがルア!!」
「失恋じゃねええええええ!!!!」
同じベッドに寝転がって阿呆なこと叫んでる兄貴を蹴飛ばして俺は起き上がった。
「あんだけ世話焼きまくって『別に。』ってなんだ『別に。』って!!
紛らわしいんじゃああ!!」
「何!?ルアの心を弄んだ不届きな女がいるのか!?」
「いや、女じゃねーけど。」
「ぐおおお…ルア!オカマはよくないぞ!ものすごい美人のくせして腹黒くてタチが悪かったぞ!」
「ちげーよ普通の男だよ!!つかオカマに手出してたのかアンタは!」
「不本意だ!だまされてたんだああああ!!」
「あーもーうるせーよ勝手に騒いでろ!俺は狩りに行く!」
しがみついてくる兄貴を投げ飛ばして、荷物を適当に引っつかんで部屋を飛び出した。
本日は雲ひとつ無い快晴。
視線を下げれば太陽に輝く大地。
そして立ち上る陽炎。
つまりは熱いんだボケッ!
「…ぁー…なんで俺こんなとこきちゃったんだろー…」
部屋を飛び出してがむしゃらに歩いてカプラの転送サービスで辿り着いたのは、砂漠都市モロク。
黄金に輝く砂地は見るからに暑そう。
相棒のライルは地上の熱から逃げるようにいつもより大分上空を旋回してる。
「せっかくきたし、サンドマンでも狩りに…」
呟きながら町の外に足を進めて、ちょっと止まった。
そういえば、サンドマンエリアってアサシンギルドがあったよな。
…そこで例の友達、ツチナワについて調べちゃおうかと思ってる自分にものすごく腹がたった。
未練がましいことすんなよ…阿呆か。
「てゆーか、友達なんてガラじゃなかったしなー。レベルも歳も上すぎだしなー。」
…多分、俺にとってツチナワは友達じゃなくていつの間にか憧れになってた。
だからあいつと会うのが毎月楽しみで、突き放されたのがこんなに悔しい。
今となってはあいつがものすごい遠い存在に感じる。
だからって縮こまってあいつとの別れにピーピー泣くなんてごめんだ!
あいつとの思い出に浸って寂しくなるなんて女々しいこともごめんだ!
「追いついてやる!!お前みたいな捻くれた大人、友達でも憧れでも先輩でもねえ!!
これからお前は俺の宿敵だ!!」
俺はそのへんに落ちていたペコペコの卵に向かって全力で弓を引いて矢を放った。
矢が見事に外れたのは力みすぎたせいだ。
絶対に追いつけないなんて不吉なことではないはずだ、うん。
「ただいま戻りました。」
そっと主人の執務机の後ろに立って、報告する。
「今日は早い帰りだな。」
主人は本から目を離さないままに言う。
緑の髪の後姿は夕日が当たって光っている。
良い眺めではあったが、暑いだろうと後ろのカーテンをそっと閉めた。
机のランプをつけようとしたが、そうする前に主人自身がつけた。
「では、仕事に戻ります。」
「ツチナワ」
「はい。」
「来月は忙しくなる。来月末の休暇は無くてもいいか。」
一瞬、あの少年の顔がよぎった。
来月会う約束はしていない。
していない、が…。
「了解しました。」
「いつも即答のお前にしては珍しく間があったな。用事があったか?」
「いえ、支障ありません。」
「すまないな。代わりに再来月の休暇は一週間とってかまわない。」
「必要ありません。それでは失礼します。」
――― クローキング
身を潜ませて、そっと主人のもとを離れた。
愚かにも夢をみていたのだ。
あの少年には悪いことを言ったが、忘れなければ。
続く
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