長年勤めてきたこと。 過酷だが疲れなんか感じることに意味はなく、癒しなんて求めなかった。 だが友人に「仕事が大変そうだから」と貰った青ハーブと萎れない薔薇は大切に取っておいてある。 窓辺にカーテンの隙間から差し込む光を浴びて輝く薔薇がある。 部屋に戻る度にそれの香りを嗅ぐことは完全に習慣になってしまった。 だがもう終わりにしなければならない。 未練がましいことだが、私にその花を暖炉に放り込むことはできない。 だがこれをくれた彼と縁を切ったら、その時は…不老のこの花を燃やそう。 友達の定義って何だろう。 名前を知ってる、顔を知ってる、なんてのは“知り合い”としては当然だろーな。 で、話せる、心を許せる、ってのがその後に続くだろう。 でも俺は、名前と顔をすっ飛ばして後者がいきなりきてる。 それでも、上辺だけの付き合いの奴らよりもよっぽど“友達”と思ってたんだ。 初めての“友達”だった。 「ハンカチティッシュは持ったか?蝶は仕込んだか?武器は持ったか?」 「…大丈夫だって」 「何かあったらすぐに連絡しろよ?!」 「はいはい…」 「あ、ちゃんとズボンに護身用のナイフは仕込んだか!?」 「大丈夫だっつってんだろ!!」 グタグタしつこいのは、もちろん俺の兄貴だ。 俺がチンピラに絡まれて以来、兄貴の兄馬鹿は度を増した。 …流石に貞操の危機に陥ったとまでは言えなかったが。 俺もちゃんと外出時には警戒するようになった…というか、微妙に怯えてる節もあるが。 でも今日はそんな警戒の必要もない。 久々にソロ狩りじゃねーんだし。 「帰りは遅くなるなよ?」 「了解了解。」 「友達によろしく言ってくれ。」 俺は心底笑って、兄貴に手を振った。 一ヶ月ぶりに、ツチナワに会える。 またのんびり狩りをしながら、いろいろ話そう。 「あ、やっぱいた。」 今はまだ待ち合わせの30分前。 でも毎回毎回面白い程に先に来てるあいつだから、わざと早く来てもいるのかな…なんて思ったらやっぱりいた。 相変わらずの派手な格好。 でも不思議と景色になじんで目立たない。 アサシンクロスだからかな。 気配を消すってやつなのかな。 「久々!」 「いつものことだが。」 「まあな。」 相変わらず顔はアサシンマスクとファントムマスクで分からない。 でも勝手に笑ってると想像することにした。 「じゃあ、また時計でもいくか!」 「ルア」 いつもさっさとテキトーな狩場に移動するのに、珍しくツチナワに止められた。 「ん?なに、行きたいとこでもある?」 「いや、何か話があるのでは?」 んー?いやいつも会うのは話しにくるようなもんだけど…。 ああ、この間去り際に「話したいことがある」って言ったな。 「折り入って話すことでもないし、狩りしながらテキトーに話そうや。」 「……分かった。」 なんかいつもテキパキしてるツチナワにしては、いつになく歯切れが悪いな… ま、いっか。 「んで、なんか俺の騒ぎのおかげで兄貴も失恋のことなんかスッカリ忘れたみたいで。」 「それはよかった。」 「けどおかげで俺に余計にかまってくるようになっちまったよ…。」 「それでも…」 「ん?」 それでも、の後はなんだよ。 別に敵が襲撃してきたわけでもないし、後衛してる俺の後ろに何か来たわけでもない。 「…兄が君を大切に思っている証拠だ。君も好意と分かっていないわけではないだろう。」 おい、何事もなく続けるか。 それでも言葉はいつもの通り俺に何か諭すようなものだった。 「まーね。うっとおしいしうざったいけど…。」 「しばらく君が安全で過ごして、安心すれば自然と収まるだろう。」 「……うん。」 ツチナワと話してると、なんか少しづつ日ごろの悩みが消えていくってゆーか、すっきりするってゆーか…。 こうゆうの聞き上手って言うんだろうな。 でもってこいつ頭がいいから、なんか何でも遠慮なく話せちゃうんだよな。 頭がいいってのは、知識とかじゃなくて勘っぽいもののこと。 「なーツチナワ。」 「何か。」 「…俺さ、兄貴以外にあんま話せる奴いないんだけど、兄貴はあんなだし…。 ぎゃあぎゃあ馬鹿騒ぎするのあんま好きじゃないから同年代の友達も少ないし、いてもあんま話するの好きじゃないんだ。」 「そうか。」 「うん。でもツチナワと話すのは好きだ。」 いきなりツチナワは足を止めたので、俺も止まった。 「…私とできるのは言葉のやりとりだけ。親身に話すならもっと身近にいる友達の方がいいだろう。」 そう言って、ツチナワはまた歩き出した。 「言葉のやりとりだけでいいんだよ。ツチナワと一緒にいると安心するんだ。 すっごい頼りになるし話してても楽しいってより落ち着くし。」 「……。」 「あ、それでさ、この間のことなんだけど…。」 「……。」 ちょっと、いつもしっかり返事返す人が無言になると怖いんだけど! しかも顔見えないしさ、なんか不安になるじゃないか。 …なんか、今日のツチナワ変だぞ。 突っ込むべきか?突っ込んでいいのか? …まぁ、本題に入って様子見てからにしよう。 「俺さ、今までずっとツチナワみたいに強いやつと何回も会ってて、舞い上がって自惚れて、あんたと友達になれた気がしてた。」 「……。」 ここでフォロー入れないってことは、自惚れその通りだ、ってことなんかな…。 ま、いいけど…さ。 「でも先々月に『俺のことを好きか』、って聞いて…ツチナワが『別に。』って答えて、ちょっと周りが見えたよ。」 ツチナワは黙ったままで、表情も見えないまま。 でもちゃんと聞いてくれてるよな? 俺の知ってるツチナワはそうゆう男だ。 「無性に悲しくて悔しかったけど、俺は確かにツチナワにまったく釣り合ってなくて、友達なんて言える立場じゃなかったな。」 「……。」 「だから俺、意地でも強くなってやるから、弓も上手くなるから。そしたらちゃんと友達でやってくれよな。 今までずっと助けられてばっかだったから、友達になれたら借りもいっぱい返すから。」 ツチナワにいろいろ腹は立ったけど、やっぱこの間も助けてくれて、見ていてくれて、お節介焼きだったから。 あの失言は水に流して、俺は今まで通り、ツチナワと仲良くやっていきたい。 そんな思いを込めて、ツチナワに握手を求めた。 「……ツチナワ…?」 彼は、手を握り返してはくれない。 「ルア、返事をする前に…私の話を聞いてくれ。」 「…う、うん。」 なんだか、俺は結局縁をきられるとか、心底呆れられてたとか、そんな最悪の事態を思って不安に駆られた。 ツチナワはまた歩き出したけど、すぐに止まった。 てゆーか…さっきから、モンスターに会ってないな。 ツチナワは耳がいいみたいだからいつも歩けばすぐに遭遇してたのに。 「は、ははは…。」 「!?」 目の前の光景は、何だか異質で、ちょっとびっくりした。 だって声を上げて笑うツチナワなんて初めて見た。 …よりによって、それは明らかな嘲笑で。 「馬鹿か君は。友達などとおかしなことを。」 「なっ…!」 「私が君を助けていた?そんなの気まぐれの連続だ。」 「な、なに言ってんだよ…。」 ここまで明らかな嫌みを言うツチナワが信じられなくて、ただ唖然としてばかりだった。 「…私が気まぐれで君に近付いた理由を教えようか。」 そういって、返事も待たずにツチナワに壁の隙間のような細道に連れ込まれた。 奥に出口のようなものは見えなかった。 「っ?!」 一回り大きい体に抱き込むように抑えつけられた。 その状態で服の中に手を入れられて、腹をひと撫でしてボトムに差し入れてくる。 他人に過剰に触られる嫌悪感。 先月、俺を襲ったチェイサーを思いだした、 「…っ!やめろ!やめろ馬鹿!!」 俺は前のことのせいで触られることには敏感になってた。 でもまさか、ツチナワがこんなことするなんて。 本当に、ここまで俺に呆れて、馬鹿にしてたなんて…! 「嫌だ!ツチナワっ嘘だろ…?やめろよ!!」 「友達だのなんだのと勝手に勘違いしたのは君だ。」 無機質な手袋に、下着の中のものを掴まれて寒気がした。 「……っ」 こんな無理矢理で勃つわけねーだろ。 でも抱きしめられて感じる他人の体温と、耳な裏や下を舐められて変な感じがした。 直接気持ちいいなんて思わないけど、嫌な予感がした。 「…私も、あのチェイサーと同じだ。」 「っ!」 その言葉に、あの日の夜のことを思い出した。 切られた耳の痕が疼いた。 指を突っ込まれた尻がまた痛くなる気がした。 「嫌だ!あんなの何が楽しんだよ!やめろよ!!」 「子供だな。」 相変わらずマスクで顔が分からない。 いつもは気にならなかったのに、今はそれが不気味で嫌だった。 「…っっ!」 ズボンの中で、ツチナワの手がゴソゴソ動く。 先を指でぐりぐり擦られて、腿が震えた。 壁に追い詰められても逃げるように腰を引いてたけど、容赦なく攻め立ててくる。 好きでやられてるわけじゃないのに…頭の隅で気持ちいいと感じてる自分に吐き気がした。 「…あ、…っうあ…」 声がなさけなく震える。 ふざけんなよ、気持ちいいはずがないじゃないか。 馬鹿にされて裏切られて、挙句にこんなことされてるのに。 相手は顔が見えなくて、興奮してるのか分からない。 俺を見下した目で見てこうしてるのかもしれない。 何か言って欲しかったけど、こんな状態で何も言わないでほしい。 こんなの俺の知ってるツチナワじゃないから、何を言われるか分からない。 「あ、う…ひ…嫌だ!やめろ、って…何で…!」 いくらもがいても腕の中でがっちり抑えられて動けずにいるのが悔しい。 ツチナワと、あと感じてる自分の体にも腹が立つ。 涙がにじんでくる。 「やだ、やだっ…やめて、くれよっ…っ」 ツチナワは黙って暴れる俺を抑えて、俺のズボンの中に突っ込んだ手を動かしてるだけ。 あのチェイサーみたいに脅すこともなく、馬鹿にすることもなく、傷つけることもなく。 こんなので出しちゃったら、自分ひとり勝手に暴走してるみたいで馬鹿だ、本当に馬鹿だ、俺…! 「や…や、あ…」 頭の中が白くなってきて、やめろって言葉すら出せなくなってきて ツチナワの服を突き放すんじゃなくてしがみつくようにして… 「…っ!」 どうしようも無くて、俺はしばらくして呆気なくあいつの手の中に出した。 体中熱くて、頭がくらくらして、壁に背中をつけてずるずると座り込んだ。 視界の端で、ツチナワの手から白いものが少し糸を引いてポタポタ落ちてるのが見えた。 頭が痛いし気持ち悪いしまだ微妙に熱いし、気分最悪だ。 わけが分からないことにそれからアイツは何をするでもなくそこにいた。 「…んなこと、して…何が楽しいんだよ…っざけん、なよ…」 相変わらずアイツは何も言わない。 もう本当に何を考えてるのか分からなくなった。 どうせ顔なんか見えないだろうけど、見たくもない。 「…気が失せた。さっさと兄のところへ帰れ。」 なんの気が…てゆーのは多分、この先のことだろう。 あのチェイサーとかがしようとしたこと。 やる気失せるくらいならはじめからこんなことすんなよ… こんな何回も一緒に狩りに付き合ってくれたりすんなよ…!! 歩いて俺の前から去っていく音がする。 いつも足音なんかさせないくせに、わざと俺の耳にたたきつけるように。 もう人の気配なんかしなくなった。 でも涙の感触とか、まだ熱い体とか、汚れた下着の感触とか、嫌なものがまだ体にいくつもあって… あれは嘘でも気のせいでも夢でもなかったってはっきり俺に突きつけてくる。 動きたくなかった。 頭も体もだるい。 ぐうぅぅぅ〜… でも腹は空くもんだ。 うん、帰ろう…こんなとこいるより、家かえって風呂入ってさっさと寝よう。 あんな野郎のこと、早く忘れよう。 「おかえりルア!友達との遊行はどうだった?!」 って思ってるそばからこの浮かれ兄貴は…っ 「思い出させんな!!!!」 「!?」 俺は八つ当たりよろしく兄貴に怒鳴りつけた。 テーブルにはきっちり料理が並んでたけど、俺はパンだけ手で直接食べて口に突っ込んで、寝室に籠もった。 俺が不機嫌に行儀悪く飯ともいえない飯を食って、装備を床に投げ捨ててベッドに入るまで、兄貴は唖然としたように突っ立ってるだけ。 うるさく口出ししてくるかと思ったけど、ベッドに入っていくら時間がたっても寝室に入ってくることもなかった。 それは俺には好都合だった。 俺が自分から出て行って話すのを向こうの部屋で待ってくれてるのかもしれない。 ツチナワがいつか言ったように、兄貴が俺を思ってくれてる気持ちは大きくて確かだから。 そうだ、ツチナワとの付き合いは嘘だったけど…アイツの言葉はいつも正しかった。 だから俺はアイツを尊敬して…大好きだったのに。 「っ!!」 アイツの何をも思い出さないように、俺は顔をうずめたまま枕をたたきつけた。 ボフッと音がして、また部屋は静かでむなしくなった。 弟の様子がおかしい。 あまりにおかしすぎる。 友達なんてろくにいなくて、それなのに彼女が欲しいとかぬかし始めたぬけた弟でも、俺の大切な家族だ。 だから早とちりして参加しかけた合コンをなんとか阻止し、代わりに行かせた俺の集まりで予想外にイイ友達が出来たらしい。 棚から牡丹餅だと浮かれたのも束の間、今度はその友達となにやらトラブったようだ。 先々月に不穏な空気になり沈んでいて、だが先月にはいきなり好調になり… 今月、というかつい先日からもうこの世の終わりのような様子になっている。 弟の交友関係にまで首を突っ込む気はなかったが、これはなんとかせねばなるまい。 保護者として!! ということで、その我が弟の友人の方を洗ってみることにした。 二人がであったきっかけは分かっている。 俺の友人が受けた仕事で知り合ったのだから、その時のメンバーの一人というわけだ。 なので俺は友人にまずWISで連絡をしてみた。 『んぁ?あんとき?二日酔いでバテてたからわかんね。』 (#´ー`)…。 「ふざけるなこっちは大事な弟の一大事なんだあああ!!!!その無駄にデカい乳の質量を脳みそに持っていって思い出せえええええ!!!!!」 『おいこらそれ朝からセクハラ発言だぞ。』 ちなみにその友人というのは美人で巨乳な露出狂なブラックスミスだ。 性格にとても問題を抱えているが。 『あ、お前のそのキャンキャン叫びで思い出した。弟もよく吠えてたなあ…。』 しかもそこで思い出すんかい。 そして弟に吠えさせるようなことしてたのか。 …いっぺんシネておかねば。 『アサシンクロス、一人いたね。』 「本当か!名前と連絡先を教えてくれ。」 『無理。あれ偽名だったし、口説く前にさっさと帰っちゃったし。』 「何…。なんとかそいつに会いたいんだが…。」 『そいつ、私の友達の友達の更に知り合いらしいんだ。縁が遠いだけに確信はないけど、連絡してみるよ。』 そんなことを言ってWISを切断してしまった。 だがアイツはいい加減に見えてかなり頼りになる、男以上に男らしい女だ。 俺は信用して連絡を待った。 そして翌日、突然教会へ呼び出しがあった。 どうやら俺が先日連絡を取った友人の友人の更に友人 つまり当人の一歩前の人が俺に話があるという。 正午に墓地でと言われて、10分前に待ち合わせ場所へ向かった。 教会の墓地というのは常に小奇麗にしてあって、地面の下に死体がゴロゴロしているとは思えないほどに和む。 この国は他国との交流が盛んになってからいろんな宗教も受け入れるようになって、土葬火葬その他もろもろが取り入れられて使われている墓の数も減ったようだが。 そして着いて早々に 「お久しぶりです、デュアさん。」 墓地のど真ん中にのそっと立っていた、うっとりするような美人にお久しぶりとか言われてしまった。 くっ…女性でないのが惜しいが…。 って、その手に持っているのは…細いが煙草か? おいおい、聖職者のくせにこんなところで煙草なんて蒸していいのか? と思いきや、胸元に下がっているロザリオで煙草を消して、吸い殻を懐にほうり込んでしまった。 いや、その辺の墓石で揉み消して地面に捨てるとかするより全然マナー的とは思うがな…? 聖職者としてロザリオをそんな扱いするのは良くないだろう!! 「おや、もしかしてもう僕のことをお忘れですか?」 彼は穏やかな口調で話しかけてきて、俺の顔を覗き込んできた。 いや、そんな綺麗な男と知り合ったのなら忘れないと思うのだが…。 覗き込んでくるアーモンドっぽい吊目と長く綺麗なプラチナブロンドに、男と思いながらもうっとり…… ん? 見覚えのあるパーツだな。 「それともデューちゃんとお呼びしましょうか?」 「………ああああああ!!!!!!」 デューちゃん、なんて俺が呼ばせるのは付き合った女の子だけだ。 そしてその子達の中でこの面影を持った子が一人…!!! 忘れもしない、ちょっぴり甘く香辛料たっぷり注ぎ込んで苦いを越して辛かったあの忌ま忌ましい記憶… 「んのオカマかああああ!!!!!!」 俺の心と財布を弄んだ 男 !! 「失礼ですね。女装していただけで女性になりたいという願望はありませんよ。」 「そんなことはどうでもいい!!よくも俺の純情を弄んでくれたな…!」 「純情なら結構でしょう。貞操を弄ぶのはやめてあげたんですから。」 クスリと笑む悪魔から、俺は本能的にバックステップして矢を構えた。 「まあ、それは終わった話です。それよりも貴方の弟さんの話でしょう?」 俺は一瞬硬直して、弓矢を下ろした。 まさかコイツが… 「弟の友人の知り合い?」 「でもありますし、貴方の友人の友人の友人でもあります。」 つまり俺が今日会いに来た人物か…! 「運命的な出会いですね。」 「不幸な偶然から半ば無理矢理作られた微妙な関係だよ、相関図がほしくなるわ。」 頭痛を感じながらうなだれて、でも俺は彼を見上げた。 これも弟の為だ! 心の傷が開いても、塩を塗られても、俺は進もう! 「…ふぅん…ツチナワに友達、ねえ…。」 事情を話すと、彼は真剣に聞き入って、小さく頷いた。 「だがルアはこうなる前に一度、裏切られたというような事を言ったんだ。だからまた再びどん底に突き落とすようなことをしたのでは…!!」 「有り得ますね、彼なら。」 あっさりと言い切られ、俺は顔も知らぬアサシンクロスに怒りを滾らせた。 「やはりそうか…!奴め一体俺のルアに何をしたんだ!」 ハッ…あの日確か、ルアは帰ってくるなり速攻風呂へ向かったな。 そして下着だけ何故か先に水洗いしてあって… 「ま、まさか、その変態に、お、おお、襲われ…」 「それはないです。」 またもや根拠なく言い切られた。 「何故そう言い切れるんだ!?あいつは俺に似てるがまだ子供でカッコイイとは言えない分可愛くて、余り笑わない分笑うと輝いてしまうんだ…!」 「それはただの自惚れです、安心して下さい。とにかく弟さんの貞操は安全の筈ですよ。」 今もの凄い失礼なことを言われた気がする。 それはこの際置いておこう。 「何故言い切れるんだ?」 「あの男はインポですから。」 今物凄いことをさらりと言われた気がする。が、流石にこれは置いておけない。なんとなく。 「……イムポ?」 「インポ。」 「お、おま…っ!女というのが嘘でも聖職者なのは本当だろうが!はしたない事を日中から言うな…!!」 「ちゃんと清い聖職者が女装して男性の心を弄ぶ筈がないでしょうに。」 「開き直るな!!」 か、顔が赤いのは恥ずかしい単語を清そうな外見で言われてびっくりしたからもあるだろうが、俺が叫び過ぎているからなのが大部分だろう! うんそうに違いない。 「あ、だがそれでも思わず元気になってしまったり…」 「有り得ませんね。レベル5ですから。」 「……イムポ・レベル5?」 「インポ・レベル5」 だからまたそうシモに…!! 綺麗な顔してさらりと言うから変な気分になるんだよ! 「というか、真昼間からインポ連発してて恥ずかしくないんですか。」 彼は呆れたため息をつきながら、肩を落とした。 って… 「アンタが一方的に言ってるんだろうが!俺が一人暴走してるみたいな言い方はよしてくれないか!?」 「弟さんの貞操の話より、貴方はツチナワに会いたいのでしょう。」 「そ、そうだった。」 もう振り回されっぱなしで疲れた…。 …これはむこうのペースにあわせてしまおう。 「彼と話がしたいそうですが、貴方が彼と話したところで手に負えません。あの男は手ごわいですからね。弟さんにもう一度直接会って貰います。」 さっきまで浮かべていたほわほわした笑みを抑え、彼は真顔でそう言った。 「しかし…弟は、もうひどく傷付いているんだ。…俺はあいつを傷付けたくない、だからそのツチナワという男が許せないんだ。」 俺が切実にそう訴えると、彼は何故か小さく頷いた。 「デューちゃん。」 …昔、女装と思い込んで惚れていた時と同じ声で呼ばれた。 不覚にも、あの日々を思い出して体温が上がってしまった。 「私、他人事でどちらか一方が踏みにじられる様って大好きなんです。」 体温が冷血動物並に下がった気がした。 「でもバッドエンドは嫌いです。双方共に傷付いているのなんてつまらなくてもっと嫌いです。」 それは、ルアを何とかしてくれるということか? だが双方というのは…? そのツチナワという男も訳があって傷付いているというのか…。 「それに貴方を二度も裏切るつもりはありません。だからまた少しの間、私を信じて下さいね。」 今夜は冷えない。 暖炉に火を焼べたのは、不意に手にしてしまった宝物を捨てる為。 小さく赤く灯った暖炉の中を見ながら、手の中の薔薇を握り締めた。 潰しても、それは散らない。 美しいのに強い花だ。 市場での相場はなかなかの物だから、売ればよかった。 けれど、他人の手に渡らせるくらいならこの手で消し去りたい。 燃やすのなら、わざわざ時間のかかる暖炉ではなくその辺のランプの中に放ってしまえばいい。 「……。」 自分の中に生まれる矛盾に、ずっと自問自答し続けていた。 そうしているうちに暖炉はどんどん暖かくなる。 結局のところ、単純に…捨てたくないだけだ。 突き放すならさっさと突き放せばよかったのに、挙句にあんな真似をしてまだここで“彼”を捨てるのを躊躇う。 あまりに愚かだ。あの時から全く変われていない。 『…ツチナワ、自室か?』 主人からのWISで我に返った。 時計を見ずとも、もう見回りの時間と分かる。 「すいません、直ぐに」 『いや、その必要はない。お前のおかげで侵入者など早々出なくなったのだから。』 「私は全力で勤めるだけです。」 そう言いながらも、まだ手の中の薔薇を捨てることができない。 『それよりも明日、弟が乗り込んでくるそうだ。』 「…?」 言われた言葉に、一瞬薔薇のことを忘れた。 主人の弟…かつてこの本家を追放同然を出て行き、音信不通になっていたはず。 何度か私が手引きしてここに忍び込んでいたのは秘密だが、本家の人間に直接告げてくることなど初めてだ。 しかも 「…訪問ではないのですか。」 『いや。“乗り込んでくる”とはっきりと。』 「……。」 昔は素直な少年だったが、ここを出て行ってからどんどんひねくれていった気がする。 『あれは何をするか分からない。一応明日は護衛に付いてくれ。』 「分かりました。」 『それから、あいつからお前へ伝言だ。』 「はい。」 『“宝物は今しばらく大切にとっておけ”と。』 ここに主人がいなくてよかった。 あからさまに息を呑んで硬直した姿など、誰にも見せたくない。 萎れない薔薇を握り締めて、また自問する。 何故、彼がそれを知っている。 …思えばルアと出会った仕事は彼から依頼されたものだった。 ルアから彼に辿り着いたのか、彼からルアに辿り着いたのかは分からないが…。 これで終わりと、そう簡単にはいかないのか。 「……。」 形のつぶれてしまった薔薇を、また窓辺の瓶に挿した。 …今度こそ、けりがついたなら。 そのときこそ捨てよう。 |