おはようございます、ちょっと人生の無情に打ちのめされてるハンター、ルアです。 って今は…もうこんにちはの時間なのかな…。 外はやたらにぎやかだ。 ベッドの布団の中に引っ込んで、ボーッとしたまま眠れずに一晩たった。 それでもって更に時間はたって、昼に差し掛かる頃だろうか。 俺は夢と現実の行き来を繰り返していた。 そんな時、突然部屋の中に人間離れした、綺麗な顔したプリーストの男が入ってきた。 …夢にしても、なんて唐突な夢だろう。 別に誰かに会いたいなんて思ってない。 見ず知らずの人間に会いたいなんて思うはずも無い。 俺は情けない顔してその人を寝っ転がったまま見上げた。 彼は天使のような顔で微笑んできた。 「さっさと起きなさい。あんなインポごとき相手に打ちのめされて何をいじけているんです。」 なんか天使の御言葉のような雰囲気でさらりとインポとか言いやがったこのエセ天使は何者だ。 って誰のことだ、ツチナワのことか…? ………いや、ってゆーかそんなことはどうでもいい。 「あんた、だれ。」 「うーん…いろんな方面から関係してきますが。一番近いのは…貴方のお兄さんの元恋人?」 「Σ( ̄Д ̄|||)!!??」 俺は思わずベッドから起き上がってその人をまじまじ見てしまった。 いや、確かに綺麗な顔してるけど… 「兄貴…そっちにも手を出してたのか…。」 ショックだ…兄貴が男も好きだったなんて…。 俺は更なる世の無情に打ちのめされて、項垂れた。 「それと、貴方の友人の知り合いですよ。」 俺の友人…ツチナワのこと、か。 一瞬分からなかったけど、このジャストタイミングといいやっぱツチナワなんだろうな。 「貴方達が会った仕事に彼を呼んだのは、私ですから。」 ふーん…。 ツチナワの話になったとたん、俺の体から力が抜けてった。 またしわの付いたベッドに横になる。 「…俺、アイツと…もー関係ねーし…」 ふてくされた言い方しか出来なくて、子供のだだこねみたいだ。 でも、やっとあいつにされたことを気にしなくなれて、顔も忘れられそうなのに。 今更思い出したくなんかない。 「ツチナワと言う男の、貴方は何を知っていますか?」 そう聞きながら、彼は俺の寝ているベッドに腰掛けた。 余りの図々しさに腹が立つよ。 「…知らねえよ。友達じゃ、なかったんだから…」 「でも、存在を知らないわけではない。声を、癖を、話し方を、性格を知らないわけではない。」 「……っ」 そう、言われたら… 思い出してきてしまう。 強かった、優しかった、大人だった。 俺がガキの悩みを口にすると、俺の気持ちも分かってくれながら、でもそっと諭してくれた。 その姿勢は温かくてかっこよかった。 でも、あれは嘘だった。 「思い出させんな!!!!」 怒鳴って枕を投げつけたけど、本当にがむしゃらに投げたから、それは彼に掠っただけでベッドの向こうに落ちた。 「彼が貴方の傍にいたのは気まぐれ?ただのお遊び?本当にそう思ってますか?」 「そうだよ!あいつだってハッキリ言った!俺が嫌がることを笑いながら…」 いや、あの最中は笑ってたのかはよくわからない。 だってマスクで顔が隠れてて…ずっと黙ってたから。 「…彼とここまで付き合えたのは貴方くらいのもの。そして彼がこんな手の込んだ別れをしたのも貴方くらいです。」 「…気まぐれなんだろ。それがどーだっていうんだよ。」 「貴方にどうか、もう一度彼の友人に戻って欲しい。あわよくばあの男を助けてやって欲しい、そう思っています。」 もう一度、ツチナワと? 助けてやって欲しい? 何言ってんだよ…。 あいつは、俺を騙して…あんなこと… あいつの体温が、触られた感触が、思い出すと頭がおかしくなりそうになる。 何が楽しくて、あのゴロツキもツチナワも俺に悪戯したんだ。 男だぞ…俺。 ……ツチナワ、楽しかったのか? あの先、あいつが何をしようとしたのかわからないけど、本当にそれをしたかったのか? したかったなら、何で止めたんだ。 最中に何も言わなかったんだ。 俺がみっともなく出した後に、人を殺しちゃったみたいな雰囲気で黙ってたんだ。 「……ツチナワは、何で俺に…あんなこと…したんだ?」 俺は自問した答えが見つからなくて、目の前のプリーストに尋ねた。 「貴方が彼に殴られたか罵られたか犯されたかわかりませんが、彼は貴方を遠ざけたかったのでしょう。」 何か、始めの方の言い方はプリーストとしてどうよ!って気になったけど 彼はやたら確信をもってそう言った。 「……何で?それまではずっと…普通だったんだ。」 「貴方の傍にいたかったんでしょう。」 「…それじゃあ何で今更。」 「貴方を遠ざけたくなったんでしょう?」 「…あんた、やる気ある?」 「所詮他人事ですから、まあ半々?」 「…っっ」 俺はしばらくそのプリーストの横顔を睨んだ。 「私は、ツチナワの答えを知っています。」 答えって何だよ、そう聞こうとした。 だが彼は「黙って続きを聞け」と、目で言ってきた。 「私から全て告げるのでは意味がない。貴方が彼から直接聞かないと…ね。」 「……。」 「だから、私は貴方にツチナワとまた会いたくなるように仕向けに来たのと」 本人目の前にして仕向けるとか言うなよ。 「ツチナワに会うお手伝いに来ただけです。」 ……この男が、最後の頼みの綱か。 ここで…断れば、本当に終わる。 でも、気になることが…ちらほら残るよな。 うん、いろいろある。 俺に悪戯しながら最後までちっとも楽しそうじゃなかったとか。 それの目的だとか。 このプリーストが言う、助けて欲しいってなんのことだとか。 元気してるかとか。 ちゃんと飯食ってるかとか。 本気の恋愛一回で終わるのが男なんですかとか。 あんた本当にインポなんですかとか。 って要らねーもんが混ざりまくってるー!!!! 頭をブンブン振って雑念を払った。 「分かったよ!とりあえずあんたが言う『ツチナワに会いたくなるよう仕向ける』っての受けてやる。 仕向けてみろよ!」 そろそろ、主人の弟とやらが来るころか。 門前で待っていようかと思ったが、別の場所から屋敷内に忍び込まれでもしたら一大事だ。 実の弟とは言え、彼はこの本家では要注意人物扱いだ。 だから念をおして屋敷中をいつも通り徘徊した。 そして不意に屋敷に部外者の気配。 屋敷の隅から隅まで…とは行かないが、潜入者がいれば大体察知できるようになった。 『…正門から来たようです。』 主人に簡潔に報告した。 『分かった。ツチナワは私の元に戻ってくれ。』 『はい。』 命令通り彼の元へ行くために、そっと姿も気配も消しながら質素な廊下を歩く。 内部の者の監視も兼ねて、屋敷内を偵察するときは常にクローキングをしている。 いつどこで私が聞き耳を立てているかわからないという不安のおかげで、この屋敷では使用人も無駄口をたたかなくなった。 途中、使用人と何度か擦れ違うがクローキングのお陰でこちらに気付く様子は全くない。 実にスムーズに主人の部屋に戻ると、彼の斜め後ろの定位置につく。 主人でさえ私が傍に来たことに気付かないが、「いるはずだ」と信頼してくれている。 そして数分後、少々遅れて訪問者は来た。 「これでもここの人間なのですから、もっとスムーズに通していただけませんかね。そんなに私が不信ですか。」 そう苛立たしげに言うのは、黒い布を頭から被り、スマイルマスクを付けた主人の弟…らしき人物と、同じ格好をした従者らしき二人だ。 「…その格好を止めれば二倍は早く通せたと思うが。」 「今ハマっている黒魔術の儀式により、三日間外せないので無理です。」 久々の弟の妙な行動を前に、主人はうなだれた。 …無理もない。 「ああ、ハイプリーストに昇格したんですね。おめでとうございます。やはり次期大司教たるもの最先端はとっておくものですしね。」 「…祝辞にもなれていない祝辞などどうでも良い。突然何の用だ。」 彼は突然、呆れている主人に机ごしに詰め寄った。 スマイルマスクを付けてはいるが、その下に不適な笑みを浮かべた…そんな気がした。 「………!!」 他方から息を呑む気配を感じた。 その瞬間、主人が攻撃される―そう思い、咄嗟に二人の間でクローキングを解いて姿をだした。 そうでなければ弟の突き出した武器を止められぬから。 だが、彼が手にしていたのは…。 ショートケーキの乗った皿。 私が止めたお陰で主人の顔面にぶちまけられることはなかったが、標的を失って執務机にボタリと落ちた。 …書類がなくてよかった。 「何を考えておられる。」 目の前のスマイルマスクに問うと、彼はマスクを外して微笑んだ。 面影しかわからないが、確かにこの家の次男その人だ。 「兄様に顔面パイ投げしたかったのと…ツチナワ、貴方をいびり出したくて。」 パイ投げに突っ込むべきか、いびり出すという語の間違いに突っ込むべきか。 私は一瞬固まって…そして呆れた。 「あぶり出し、でしょう。」 「いいえ、間違っていませんよ?」 彼がまた不適に笑んで、私の肩にしがみついてきた。 その途端に、視界が暗くなる。 先ほどまで彼が被っていた布を頭から被せられたようだ。 「…!?」 そしてもがく間も与えずに強烈な足払いをくらい、体が揺らぐ。 次の瞬間にはどうやら袋状に変えられる仕組みだったらしいあの黒い布の中に放り込まれ、担ぎ上げられていた。 …原始的だが迅速かつ高度な誘拐術だったな、と他人事のように関心してこの家の次男の潔白さを心配した。 この程度なら簡単に抜け出せるが、相手はそれも分からぬほど馬鹿ではあるまい。 彼は私がこの屋敷を離れられるきっかけを作ったに過ぎない。 こちらが抵抗するかしないかは賭けだろうが。 「お前ら!何をしている…!」 「すいません、兄様のボディガードを少々お借りします。明日には返しますんで。」 主人と弟のそんな会話が聞こえたのを最後に、私は袋に詰められたまま、屋敷の外へ運び出された。 …ま、まじでやっちまった…。 俺の頭の中はそんな言葉でいっぱいだった。 いきなり黒い布を被った怪しい集団な格好させられて、ツチナワの仕事場らしい質素なのにでっかい屋敷に正面から入り込んで… 目の前で繰り広げられた高速拉致の模様。 人なら止めろよルア!! いやでもあれはやっぱりちょっと無理だった。 ツチナワもツチナワでいきなりドッキリみたいに飛び出してくるし、そっから拉致まで超高速だったし。 俺と一緒に黒い布被ってスマイルマスクつけて入ったでっかいクルセイダーは荷物(ツチナワ)持ちらしく、涼しい顔して人が一人入った袋をサンタクロースよろしく担いでいる。 プリーストとクルセイダーが何をやっているんだ、と怒りたいが、思わず傍観した俺も共犯…か…。 ごめんよ兄貴… 弟は人の道を外れたみたいです。 きっとこれからあのでっかいお屋敷の奴らに追われいびられ捕まって…… 「そろそろ出ても構いませんか。」 妄想に耽ってると、袋の中からやけに冷静なツチナワの声がした。 「もうしばらくおとなしくしてて下さい。すぐに着きますから。」 と同じく冷静に返すプリースト。 って、公認なのか!公認の上での拉致だったのかアンタら!? 「…こう運ぶのは重いでしょう。貴方の目的は分かりましたから、おとなしく歩きます。」 と、ツチナワは心なしかいつもより声のトーンを下げて言う。 目的が分かったってことは…俺のことに気付いてたのかな。 エセ聖職者二人は目で会話して、袋を地面に下ろした。 途端に袋からツチナワが這い出してきた。 ……!!? 俺はぎょっとして後退りした。 ツチナワはアサシンマスクは付けているが、ファントムマスクをつけてなかった。 ああ、これだ、俺がさっきツチナワが出てきた時に完全硬直した理由。 あの時は、ツチナワだって分かったのに、やたらその姿に心臓わしづかみにされた。 その理由は、マスクをつけてなかったからだ。 「…兄上に後でどう弁解する気ですか。」 ツチナワは俺をあからさまに無視して顔を背け、誘拐犯のプリーストに向き直った。 「計算高い君だから、てっきりこうなるのを考慮して兄様に話してくれたかと思っていたんですが?」 「毎回破天荒な貴方の考えなど、慣れはできても予測なんてできません。」 …オール無視してるツチナワに腹を立てたいところだが、俺はさっき見たあいつの素顔…の半分が頭にちらついて仕方がない。 人形みたいに整った目鼻立ちで瞳は異様に鮮やかな紫で…想像以上に男らしい。 そりゃあ暗い雰囲気醸し出しても女はできるでしょーな。 イイ男が恨めしい…。 「さて、ツチナワ。」 ツチナワの主人の弟ってことは、このプリーストは一応上の立場らしい。 そんな彼が初めてエラソーに腕を組んで見下すようにツチナワと向かいあった。 「この少年の心と体を弄んだ揚句変質なプレイを強要して汚した罪を悔いて彼としっかり話し合って貰いましょうか。」 「そんなことされてねえよ!!!!」 いきなり変なことを言い出したプリーストに詰め寄って胸倉を掴んだ。 だが身長差であまり迫力がない俺。 ……せめて成人男性の平均身長が欲しいです神様。 「かなりショックを受けていたようなので、これくらいされたのかなと思いまして。」 「さ、れ、て、ね、え!!」 「はいはい、分かりましたからとりあえずお二人にじっくり話し合って貰いましょうか。連れ込み宿を予約しているのでそちらに…」 妙な単語を聞いた途端、俺とツチナワは同時に180度回転してプリーストから逃げようとした。 けど、俺はプリーストに羽交い締めにされて ツチナワは後ろに構えてたクルセイダーに間接技を決められて捕まった。 お、俺達の反応は間違ってないよな、ツチナワ!! 「仕方ないじゃないですか、普通の宿より安いんですもん。どうせ宿泊するわけでもないですし。」 「そうゆう問題じゃない!第一俺まだ未成年だぞ!てゆーか男だぞ!」 「ルア君は大丈夫です。野獣に捕われた哀れな子羊にしか見えません。 むしろ白い目で見られるのはいたいけな少年を連れ込むツチナワですから。」 …うっわー いますげえアイツが哀れに思えた。 ツチナワを見ると、何か言いたそうにしてる。 が、何も言わずに肩を落とした。 あれ、絶対何か弱み握られてるな。 本当に哀れな…。 「恥ずかしいのははじめだけです。さっさと行きますよ。」 俺達は神様を足蹴にしそうな聖職者二名に、ゲフェンの街を引きずられて行った…。 …で。 何で。 俺は甘ったるい匂いのする部屋で男といきなり二人きりで放置!? あのプリーストにWISしたくても名前知らないし!! ハッ てゆーかここってそうゆうことする部屋なんだよな。 ちょっと…いや、かなりやばくないか。 コイツには前科があるんだぞ?! あの時はやる気無くしたみたいなこと言ってたけどかと言ってまだ萎えたままでいてくれるかわからないし! なんであのプリーストはよりによって…!!! 「…何故、追い掛けて来た。」 「っ!?」 ぼそりと聞かれて、心臓が飛び上がった。 あの時…裏切られたと思ったときと同じ声だった。 いや、まさかそんな…こと、もうしないよな…。 あれにはきっと訳があって、本当はする気なんてなかったんだよな? あ、あのプリーストもツチナワは安全だって言ってたよな……って 「あんた、インポってマジか。」 「……………。」 「ハッ!!?ごめん雑念が入り交じって変なこと口走った!!」 阿呆か俺はー!!!! 人を仕事中に拉致しといて聞きたいことはそれか、って思われてるだろうな…。 思考を切り替えて、ツチナワに向き直った。 予想以上にカッコよくてムカつく顔を睨み付けながら。 「最後に別れた時、なんであんなことした。」 「言っただろう。」 …一瞬、あのときのことを思い出して鳥肌がたった。 違う、絶対違う。 あれはツチナワの本心じゃない。…多分。 「あんなん嘘だろ!今までずっと俺といたアンタが嘘のはずない。だからあの時、俺に悪戯したアンタが嘘だ!」 そう言って、気付いたら俺はベッドに仰向けになってた。 体の上にはツチナワが覆い被さってきて、腕を俺の胸の上に置いて抑えつけてきた。 「本気で、犯して欲しいのか。」 低い声。 全く揺らがない目。 でも近くで見たらもっと綺麗だった。 そのまま、その目だけで食われる気がした。 ゾッとして、半ばやけくそで叫んだ。 「…っやれるもんならやってみろ!!俺のツチナワはんなことできるたまじゃねー!!!」 ……。 なんか、ツチナワは俺を間近で見下ろしたまま固まった。 な、なんだよ…。 「俺のツチナワ、って…」 ツチナワは目を丸くして呟いた。 …あ! な、な、なに口走ったんだ俺は!! 「いやいや別に深い意味はなくて!あれだよ、勢いってゆーか!…あ、つまり俺の中でのツチナワのイメージってことで…!!」 なんか恥ずかしい発言を俺が必死にフォローしてると、奴は何故か盛大にため息をついた。 なんだよ!馬鹿で悪かったな! 呆れるなら呆れるがいいさ!! 「……頼むから、これ以上惑わさないでくれ。」 ……え? そう言うツチナワの声はどこか震えてた。 おい、何でだよ。 笑ってんのか泣いてんのか怒ってんのか…気になって覗き込んだら。 「……ツチナワ?」 「何か。」 何か、って一言だけでも、彼がいつものツチナワでいてくれてることに気付いた。 いやむしろ…… 「ツチナワってそんな顔できたんだな。」 苦笑いと言うか…破顔してた。 ツチナワはいつも張り詰めてるイメージがあったから、そんな穏やかな表情をすると思わなかった。 「…長く、笑いなど忘れていた。」 ツチナワは俺の上からどいた。 そしてアサシンマスクを外した。 目だけで十分分かったが、やっぱカッコイイ。 鼻が潰れてるとか、タラコ唇とか、顔のパーツ一個くらい崩れろよ、と嫉妬するくらい。 「君といると俺は堕落する。」 「悪かったな、だらだらしてて!!」 「違う。君といると楽しいし、優しい気持ちになれる。」 さ、さらりと恥ずかしいことを…っ 「じゃあいいじゃん!何で俺を遠ざけるんだよ。あれは全部俺を遠ざけようとしてやったんだろ?」 彼は表情を消して、視線を下げた。 「私は、人間として生きたくない。」 ツチナワの言葉の意味、よく分からなかった。 でも、あのプリーストの話を思い出した。 俺をツチナワに会いたくなるように仕向ける為に話した、ツチナワの過去の一部分。 ――― 彼はかつて14にして司祭になり、18には司教になることを約束された天才でした。 その意味はまだよく分かってないけど、分かったのは― 「ツチナワってさ…昔、プリーストだったんだろ?」 「ああ。」 そう簡単に理解できなさそうな、複雑な過去の事情。 ――― そんな天才がその道を捨て、今ではアサシンクロスまで上り詰め、しかし人から姿を隠し暮らしている。十余年、たった一人でいた人間が… そんな人間が、俺と数回だけどつるんでくれてた。 どうでもいいなんて思いながら付き合ってくれてたと、今は思わない。 現に今、楽しかったとか言ってくれたし。 でも彼はそれを終わらせようとしてた。 俺を裏切って、俺がツチナワを突き放すように仕向けて。 「彼からは聞かなかったのか?」 「彼?ああ、あのプリーストね。アンタがプリーストだったってことしか聞いてない。」 それでも、俺にあれこれ考えさせて、ここまでつれてくるには十分だったけどな。 「でも俺、正直アンタの過去はどうでもいいよ。」 そりゃあちょっとは気になるけど…人の心の中までずかずか入り込みたくないし。 「俺、いつかツチナワと並べるくらいに強くなったら、アンタと友達になりたいって言ったよな。」 「ああ。本当は嬉しかった。」 一瞬、思考が止まった。 一度は完全拒否されてショックだったから、その言葉がもの凄く嬉しい。 「俺、本気だから。ツチナワがどんなに突き放しても、自分を抑えてそうしてるなら、俺は引き下がらないから。…本気で嫌がってたなら、そりゃあ引き下がるけど。」 ツチナワは表情を落としたまま。 でも軽くまた苦笑いした。 それを見たら、なんか顔が熱くなった。 今まであのマスクの下でこんな表情をしてたんだと思うと…なんか変な気分になった。 「…君は、大人びているのか子供っぽいのか分からないな。」 「お、大人っぽくも子供っぽくもしようとしてない!」 唇の端を少し上げて、ツチナワは小さく頷いた。 「対等な力で並ぶのは友人ではなく戦友という。」 「……え、あ、うん。」 いきなり何かと思った。 そうか、俺が強くなってツチナワと並びたいって言ってたことか。 「だから、私と友人になりたいというのに強くなる必要もない。」 「…でも、ツチナワは俺みたいに弱っちいのより強い奴のほうがいいだろ。」 「…私は、君を初めての友人と思っていた。」 「え…」 思いがけない言葉でびっくりした。 俺が一人突っ走って空回りしてたんだと思ったのに。 「だが私は昔、大切な人を傷付けた。 だから今更、誰かと楽しく過ごそうなんて気にもなれない。」 「あ、なーるほど、そーゆーことか。」 言われて見れば簡単な理由じゃないか。 ツチナワを抑えつけていたのは過去の出来事への罪悪感。 それだけ。 ツチナワには悪いけど、俺に非はないし、嫌われてたわけじゃない。 そう思ったら、すっごくすっきりした。 安心してベッドに横になって脱力した俺を、ツチナワが目を丸くして見てる。 そのツチナワの顔に人差し指を突き付けた。 「いいか!アンタが嫌じゃなかったってんならもう友達認定する。だからまた一人暗いとこに閉じこもって仮面付けてうじうじしてるなんて許さないからな!俺のワガママで連れ出す!」 「我が儘…か。」 「ワガママ!だってアンタさ、10年近くそんな罪悪感感じて、転職したうえアサクロにまでなっちゃってさ、並の自虐じゃないっての。…あれ、下手したら俺が生まれたくらい昔からずっとそんなことしてたんじゃね!?」 「…そうなるな。」 と、歳の差を感じる…。 まあ友情には歳の差なんか関係ないや。 「じゃあもーいいじゃん。自分のこと許してやんなよ。じゃないと、俺が寂しくなるよ…。」 「成る程、確かに我が儘だ。」 ツチナワは笑いながら…いや、なんか泣きそうに笑って俯いた。 「…もう、誰にも近づかない、頼らない、そう心に決めていた。けれど、ルアは温かくてつい甘えたくなる。…それに困っていた。」 …そう言われて一瞬、“20代半ばかたや廃にすりすり甘えられる、14歳かたやチビ”なんて図が浮かんで気持ち悪くなった。 違うだろ!そうゆう甘え方じゃねーだろ! 「どんと甘えろよ。っつか俺の方が世話になりっぱなしだったし。俺が許すから遠慮なくワガママ言って人生楽しめよ。」 そう言って少し間があったけど、いつの間にか俺はツチナワの腕の中にいた。 暴漢から助けて貰った時の温かさ。 なんかやたらドキドキするけど、人の体温って気持ち良いなあ。 「……誰かに、許されたかったのかも…しれない。」 俺をぎゅーっとしておきながら呆然と呟くツチナワ。 ずっと一人だったんだ、ずっと殻の中に閉じこもってたんだから、話せる相手は自分だけ。 そうしてるうちに罪悪感は一人歩きしてどんどん追い詰められる。 「うん。俺はアンタの昔のことはよく分からないけど、今のアンタは好きだし、すっごい反省して追い詰められてたのは分かるよ。だから俺はいくらでもアンタを許す。だって友達だろ、俺ら。」 ――― 彼を助けられるのは、内側まで土足で踏み込んできて叫ばれる後押しの声…そう思うんです。 あのエセ聖職者の言葉、言われた時はわけ分からないと思ったけど、今ならなんとなくわかった。 背中に腕を回してぽんぽんと叩くと、小さく「ありがとう」って言われた。 |