俺の名前はルア。現在激しく修行中のハンターだ。 相棒の名前はライル。 まぁごく普通の鷹だが、我が子はかわいいってことで、俺はコイツが最高のパートナーだと思ってる。 狩人ってより鷹匠の素質があると自他共に認めてる。 それでも今はずいぶん弓の腕は上達した。 それも、もう1人の相棒…いや、相方って言うべきなのか。 いまいち違いわかんねーけど。 まあ、相方をやってるアサシンクロスと一緒に修行した成果だ。 最近というほどでもないが、少し前に転生制度が生まれて冒険者として最高位になった奴がもっと強い力を得るために生まれ変われるようになった。 アサシンクロスもアサシンが転生した姿で、まだ数もそんなに多くない。 それなのに俺の目の前でバッタバッタ敵を切り伏せてるアサシンクロスは転生した上に結構高ランクだ。 それだけ過酷な修行を自分に課してきたってことだけどな。 ちなみにここはニブルヘイム。 最近俺が一人黙々とレベル上げに興じている時に、珍しくツチナワから狩りの誘いに来た。 …本当に珍しい。というより初めてだ。 何で誘ったのか、その質問の答えは『会いたくなったから』だそうだ。 遠距離恋愛のカップルかよ。 まぁ、久々のペア狩りだったけどツチナワとやるときの感覚は鈍ってなかった。 てゆーか俺が上達したのもあってすっげえスムーズに倒せる。 ツチナワ一人で十分強えけど、昔と違って今はその足手まといにはなってないってはっきりいえる。 それだけで今は満足だ。 「―――。」 少し離れたところからまた迫り来るモンスターの波。 乾いてた下唇を舐めて湿らせて、荷物袋から代えの矢筒を取り出して背負った。 ライルが一鳴きして黒い空へ舞い上がった。 こっちの体勢が万全になったのを相棒は見ずに察して、得物を翻してその並に突っ込んでいった。 いつもより離れた位置でツチナワが敵の的になったのは、その距離でも俺が当てられると思ったからだろう。 そう評価されたと思えば自然と口元が緩んだ。 でも息は止めて、心臓の鼓動も押さえて、矢を放つ。 ひたすら、ひたすら。 一転に集中する。 ツチナワが望むだろう的に、ツチナワの死角となる所に。 それを視線で探して、体は精密な矢の動きを追求しながら繰り出し続けて、心は揺らがない結晶のようにして…。 不意に、ツチナワがこちらを見た。 戦いの最中には絶対に余所見をしないアイツが。 戦いに余裕があったのか、それとも俺に「上出来だ」とほめてくれてるのか。 悪い意味でこっちを見たんじゃないってのは間違いないだろう。 嬉しくて、体が一瞬こわばった。 「あ!!」 その瞬間に張っていた弓矢を放ってしまった。 それは突拍子もないところに…てゆーかよりによってツチナワ直撃!? 「あぶな」 叫んでも遅かった。 でもツチナワは軽くそれをよけてくれた。 そして矢はジビットの急所からは遠く離れた枝の先に突き立った。 やっちまった、俺…最低だ。 でも悔やむよりこの汚名を返上せねば。 また下唇を湿らす…ってよりは噛み締めて精神統一した。 とりあえず一段落。 目の届く範囲の敵は全部潰した。 「すまない。」 「って、俺が馬鹿やったから謝ろうとしたのになんでツチナワが謝るんだよ。」 いきなり近寄ってきて謝る彼の腹を拳で叩いた。 「後ろを見てしまった。」 「それか。戦いには全然影響してないし大丈夫だよ。仲間に矢を当てるとかヘマした俺より全然。」 「その程度。」 なんでもない、とツチナワは首を振る。 毎回コイツは俺を甘やかしすぎだな…。 「…いーや!今回のミスは見過ごせないな!今度はパーティー戦で練習しなきゃ。」 「あまりパーティーを組まないのか。」 自己暗示のように呟いて一つ頷いて決心した。 そんな俺を見てツチナワは疑問に思ったらしく、表情を変えずに聞いてきた。 「一回組んだらさ、前衛がものすごいやりづらくて…そりゃあ皆がツチナワみたいに後衛気にしながら動いてくれるとは思ってねーよ?でもあまりに息が合わないし、支障がない程度には後衛できたけど全力だせないからいい気がしなかった。」 愚痴のように垂れ流してから、あっと声をあげて俺は弁解した。 「でもいつかはまたパーティー戦練習しに行くつもりだから!妥協したわけじゃねーぞ!ソロで練習をしてからと思っただけだから!」 苦手分野から俺がさっさと逃げたなんて思われたくなかった。 それを分かってると、ツチナワは頷いた。 「だが望むなら私がずっと君の前に立つ。」 ツチナワは相変わらず表情を変えていない。 「無理をして他人と組む必要はない。」 視線は俺の目じゃなくて少し遠くを見てる、いつものことだけど。 ずっと他人と距離をとってきたせいか、町の仕事で営業スマイルをしてる時以外はあんま人の目を見ない。 それは俺も例外じゃない。 でも今の言葉はなんだか力強くて、真正面からぶつけられた気がした。 「……………。」 たーっぷり数秒、俺は固まってからハッと我に帰った。 いきなりはっきり恥ずかしい台詞を口にしやがって。 「お前な!無理に俺に付き合ってくれなくていいから!なんか俺があんたのこと縛ってるみたいじゃんか。」 「縛られても構わない。」 …思いっきり荷物用の紐とかでツチナワを簀巻きにしてる俺の姿を思い浮かべちまった。 違うだろ、俺。 こっぱずかしいセリフでちょっと頭が…。 「ルアだけがいい。」 諦めじゃなくて、希望するような言葉だった。 なんで、今日はそんないきなり積極的なんだよ。 つーか、今まで普通の友達だったじゃん。 それ以上を勘違いさせそうな…。 ああ、俺のせいか? 俺のツチナワを見る目線が変わったのに気付いて、俺に合わせてんのか? コイツ、超勘がいいし。 そうだよ、俺はコイツに対して…後ろめたい気持ちがある。 予感と前兆はあった。 でも認めたくなかった。 だから…最近、ツチナワと狩りに行ってなかったんだ。 「ありがたいけど、俺なんかに縛られてないでもっと他の奴とも付き合っておけよ。人生損するぞ?ただでさえかなり酷いめに遭ってきてんだからさ。」 突き放すように言って、さっさと道を進んだ。 「そちらに行くな」 俺が勢いで先にずんずん進もうとしたら、ツチナワが強くいった。 止めるってことは向こうにモンスターの大群か、先客がいるんだろう。 「モンハウだ。」 モンハウ、モンスターハウス。つまり大群がいる。 「…ちょっとづつ潰すか。」 「了解」 さっきのくっさい台詞の余韻はどこへやら。 ツチナワはもう完全に戦闘体勢で先陣にいる。 ―――私がずっと君の前に立つ。 立っていてほしい。 アンタに、他の人と組んで戦わないで欲しい。 狩りは相性がいいんじゃなく、ツチナワが強くて気が利くだけ。 話が合うんじゃなくて、ツチナワが聞き上手なだけ。 こいつはきっと誰とでもよくやっていけるだろう。 無愛想に見えても付き合いはいい。 そう思うと、もやもやした。 “俺だけ”だってアイツは言われた時は、そんなこと言わないでもっと視野を広くしてほしいと思ったし、本人にもそう言ったけど… ぶっちゃけ“俺だけ”なんて言ってもらえたのは嬉しかった。 仮に、もし仮にこいつが知らない奴と仲良くしてたら… ………うわ、超モヤモヤする。 「ルア!」 名前を呼ばれて我に帰った。 ボーッとしていて、ツチナワが何度も呼びかけてきてるのにほうけてた。 「うぉ、ごめん。な……ニィィイイ!!!!??」 向こうから誰かがモンハウ引き連れて走ってくる!? どうやら後ろのモンハウから逃げてる風だ。 数は…多過ぎる。 でも即死する…って程でもない。 幸い、追い掛けられてるのはプリーストだ。 少しでも支援してもらえれば見込みはありそうだ。 「ツチナワ!耐えられるか?!」 「了解」 俺の質問から、俺があのプリーストを助けたいって思ってることは分かってくれたみたいだ。 躊躇いなくツチナワはプリーストの方に駆けていく。 ピンクの髪をした背の高めの女の人だ。 サングラスをしてたけど、こっちには気付いただろう。 でも何も言わないままにこっちに突っ込んでくる。 ツチナワとプリーストの距離が数歩に縮まった。 その瞬間に 「ルア!!逃げろ!!!!」 ツチナワが突然声を上げた。 モンハウの向こうにヤバイものでも見たのか? 遠くから見てでも、ツチナワがいけるかいけないかの判断を誤るとは思えない。 何で逃げろと言ったのか、俺には理解できなかった。 そんなことを気にしていたら、あのプリーストの姿がフッと消えた。 完全になすりつけかよ!!!! 「ルア、ここから離れろ!」 ツチナワはモンスターに立て続けに攻撃されながらも空気みたいにスイスイ避けながら一匹に絞って反撃を繰り返してる。 その姿にはそんなに危機感を感じないのに。 「罠だ!ここにいたらまた来る!」 来るのはあのプリーストか、それともモンスターの大群か。 ハッ。 まさかどっちもか!? あのプリースト、俺達を狙ってるのか! それで何か察知したツチナワが逃げろって、危険だって判断したのか。 そう考えれば、あの女に近づいた時点でツチナワが「逃げろ」って言ったことに合点がいく。 必死に逃げながら助けを求めてくるはずの、あの女の違和感を間近で感じたんだろう。 俺は弓矢を下げてポシェットから蝶の羽を出した。 相変わらずツチナワの本名も登録名も知らないから、パーティーは組んでないし、WISもしたことない。 ハエの羽使ったらコンタクトはとれなくなる。 だから使うのは蝶の羽。 ライルが鳴いた。 「…ルア!」 ほぼ同時にツチナワの声がした。 俺は蝶の羽を潰そうとしてた。 なのに、羽はひらひら地面に落ちてる。 そのかわりに、俺の手には棒が。 いや、矢が手を貫通して刺さってた。 「―――…ッ!!!!!」 痛みを遅れて自覚した。 全身の血が沸騰した気がして、汗が吹き出した。 痛いのは大嫌いだ。 痛みに一瞬目眩がしてうずくまりそうになるのを、必死に耐えてた。 そうしたら、ライルがまた必死の警戒の声を上げて、俺の後ろに飛んだ。 俺の後ろには、前方ほどじゃないがまたモンハウが攻めて来ていた。 あのプリーストの仕業か…! 「ッ!」 弓を離さないのが習慣づいてるせいで矢が突き刺さった手で蝶の羽を拾って、また激痛がした。 矢を抜きたくても、抜けない返し刃がついたタイプだ。 痙攣する手で命綱である蝶の羽をなんとか潰そうとした。 不意に、脇に風が吹いたと思った。 同時に影が通り過ぎて、何かが潰れる嫌な音がした。 「―――ッ!!」 矢が刺さった時と同じように声なき悲鳴を上げた。 でも今度は血の気が引いた。 バックステップで、前方から後方へツチナワが移動してきていた。 そして背中でブラッディマーダーの斧を受け止めてる。 前方で大群を押さえつけていたせいでなかなかに傷だらけだ。 それがなくとも、今背中に食い込んでる斧は多分…彼の内臓を潰した。 嘘だ、こんな呆気なくあのでたらめに強い男が死ぬ筈が…。 そんな葛藤を一瞬でしていたら、ツチナワの綺麗な紫の瞳としっかり視線が交わった。 いつも俺をまっすぐに見ないくせにこんなときだけ見るなよ。 まるで、死に際に俺の姿を目に焼き付けておこうとするみたいに。 「―――。」 ツチナワの目を見ながら、俺はただ必死で、何も考えずに持ってた蝶の羽を崩れ落ちてくる彼に突き出した。 そして短剣を強く掴んだままの彼の手に握り込ませた。 ツチナワの姿は、地面に倒れ込む前にその場からフッと消えた。 自分の持ち前の命中率のよさに感謝した。 「ってええええ!!!!!!!!」 すぐに我に返って情けなく叫びながら、俺は脇に逃げた。 何とかモンハウを迂回して避けたが、これじゃすぐに追い付かれる。 矢が刺さったままの片手でポシェットの中を探りながら、口で矢と弦をくわえて先頭をくるブラッディマーダーに矢を2本纏めて打ち込んだ。 急所になんかとても当たらないが、少し、ほんの少しの足止めになった。 でもまた脇からジビットがしゃしゃり出てくるわけで…。 また口で矢を構えてでたらめに打ち込んだ。 今度は完全に的を外した。 でも、俺の頭はこの危機的状況よりもアイツのことが気になってる。 それで焦る手はなかなかポシェットの中から目的の物を見つけられない。 こんなところでもたついてる場合じゃないのに!! 追いついてきたジビットが、鋭敏な茨みたいになった枝を振りかざした。 負傷してないほうの腕の肉を、切り裂かれた。 痛みのせいか心臓が痛くなって、頭に血が上った。 でも混乱してた脳内はそれを痛いせいだとは思わなかったのか… 「邪魔、すんなこの雑草があああああああああ!!!!!!」 むちゃくちゃ怒ってキレたみたいに叫んで、俺はジビットの幹に浮かんだ顔を、むしろ鼻を蹴り飛ばした。 ただの木が鼻を潰されて気にするかは分からないが、俺はその反動でジビットから離れて… 底見えない谷に落ちていく。 落ちながらポシェットの中身をぶちまけた。 そうすればすぐに捜し求めた蝶の羽が見つかった。 どんどん墜落する俺とは違ってそれは軽くてふわふわ舞い上がろうとする。 「…ッ」 祈るような気持ちでアイツの名前を呼んで、俺はすぐにその蝶の羽に手を伸ばした。 ツチナワの背中には酷い傷がある。 お家の事情か教会の事情かよくわからないけど、好きになっちゃいけない人を好きになって、でも手を出す気なんかなかったのに罠にはめられてその人を…。 ツチナワに過去を全部聞いて、何故か彼の懺悔を俺が聞いて… 初めて本当の感情を剥き出しにして嘆いたアイツを抱きしめたとき、あのときからもう始まってた。 俺の、人としてちょっと踏み外した道は。 頭の中には四六時中、鬼のように強いアサシンの背中があって。 低いのに発音がはっきりしてて見た目によらず聞き取りやすい声とか、いつもどこか遠くを見てる氷みたいに冷たいけど綺麗な紫の眼とか…。 乙女みたいにアイツのことを考えて思いを馳せてるばっかじゃない。 やっぱり俺だって年頃の男だからやましいことだって考えるさ。 まさかアイツがその対象になるとは思わなかった。 男同士でヤることに免疫がないからさすがにそこまでは考えられなかったけど。 暗闇で一人で興奮しながら、考えてたのは醜い十字架の形した傷がついた背中。 その背中に俺が妄想の中で何をしたかは、今考えても自分を殴りたくなる。 興奮して熱に浮かされてたからって、変態か俺は。 ツチナワとエロいことしたいわけじゃない、断じてない。 欲情したのは事実でもそれが目的で近づいたりなんて絶対にない。 俺があの夜にそうしたのは、他に誰もいないから。 誰もいらないからだ。 ツチナワがいれば友達だって、恋人だっていらない。 …兄貴には悪いけど、実の兄だって捨てられると思う。 ずっとただの男としての憧れとか冒険者としての目標だったのに、アイツが俺に泣きついて至近距離にきたら、アイツは俺の全部になっちまった。 泣きたいくらいアイツの傍にいたい。 分かってた。 とっく分かってた。 でも態度に出したら俺は完全に駄目人間になる。 だから虚勢張って、アイツからしばらく離れてたんだ。 俺にはアンタが必要だ。 だから、死ぬなよ。 「……う、ぉ…」 目を覚ましたら、腰がすごい痛かった。 俺が顔を押し付けてたのは簡単な白い布団の上。 薬臭い…あ、そうか病院か。 俺はなんとかツチナワを逃がして、俺もなんとか逃げてウンバラについた。 は、よかったけど俺も何気に重症だったからそのへんにいた冒険者やらカプラ職員に病院に運ばれてったんだ。 ツチナワと一緒に。 ツチナワの寝てるベッドの隅を借りて上半身を投げ出して仮眠をとって、それのせいで腰が痛い、とまで冷静に思い出した。 二人一緒に同じ病室に入れられたけど、先に目を覚ましたのは俺だった。 それで、隣で死んだように寝てるツチナワが心配で、ついつい見舞いみたいな気持ちになって彼のベッドの脇にずっと座り込んで…そのまま寝たんだった。 痛む腰をいたわりながらゆっくりだけど、上半身を起こした。 「………。」 そして、起きて俺の方を見てるツチナワに気付いた。 病人とは思えないほどあまりにも姿勢良く座ってたから、よくできた人形がそこに置かれてるんじゃないかって疑って、眺めたまましばらく固まった。 偽物じゃない、って言うみたいに彼は笑った。 目元が少し細く、緩んだ。 「っ!?」 よかった…生きてた…!!!!! 俺は泣き叫びたいと思いながら、体を乗り出した。 あいつの首にしがみつこう…そうして、すんでのところで思い留まった。 ツチナワも受けとめようと腕を広げてたみたいだけど、俺がぎりぎりでストップしたから腕を広げたまま固まっている。 …阿呆か俺。 コイツは重傷患者だってーのに感極まって飛び付くとこだった。 しばらく、見つめ合ったまま俺達は動けなかった。 …抱き着けばいいのに俺が規制してるせいだろうか。 それか、無事でよかった、とか一言声をかければいいんだ。 でも、そうしないのはこの間が心地いいからだったりする。 あいつの瞳の、深い色が懐かしい。 いつもいつも、傍にいるのに俺を通りぬけて遠くを見てるようだったのに、今はこんな至近距離でしっかり俺の目をみてくれてる。 不意にツチナワが手を上げて、遠慮がちに俺の顎辺りに指の甲で触れてきた。 いつも見た目によらず温かいのに、今日はすごく冷たい。 多分血が足りないんだ。 温めようと頬っぺたに押し付けさせて掌で包んだ。 「…ルア」 声は、意外としっかりしてた。 「死んだかと思ったじゃんか…あん時のアンタの目がトラウマになるとこだったよ。」 「…すまない。」 指は冷たいけど、死体じゃないと思えば温かい気がした。 実感が欲しくて、ずっとそうしてた。 そうしてる間も、目と鼻の先でツチナワは俺を見てるんだろう。 照れ臭くてずっと目を閉じてた。 俺の頬っぺたにあった手が頭の後ろに向かって動いて、俺の頭ごと引き寄せる。 軽くぶつかるみたいに唇に触れてるのは、柔らかくて、何かなんて考えなくても分かった。 心臓はばくばくしてるけど、頭は冴えてた。 まず思ったのは「唇もあったかい健康な時にしてほしかったな」なんて脳天気なことだった。 しばらくして、柔らかさの余韻を残して離れていった。 「……ツチナワさん。」 俺がわざとらしく名前を呼んでも、ツチナワは答えない。 自分からやったくせに、気まずそうにしてる。 「俺、真面目にファーストキスだったんだけど。」 「嫌だったなら、謝る。」 「嫌じゃないけど、驚いた。」 「初めてとは意外だ。」 「この俺にかーわいい彼女がいたことがあったか?」 「いてもおかしくない。」 きっぱり言い切ったツチナワに、思わず苦笑いした。 アンタの中で、俺って相当美化されてたのかな。 それともツチナワの見る目がないのか、女の子達の見る目がないのかな。 あ。 …つーか、思い出した。 「…彼女は、欲しくなかったし。」 狩りで一緒になった好みの子が親しげに話し掛けてくれた時に、俺はまいあがってたけど、肝心なとこで拒絶した。 『ねえ、彼女いるの?』 『…いないけど、追っかけてる人はいる。』 言いながら誰を思ってたかなんて想像に難くない。 好きな人っていわないで追っかけてる人っていったのは、まだ認めたくなかったからだ。 あの時の女の子の残念そうな顔は何度思い出しても、勿体なかったとは思う。 でも後悔はしてなかった。 「つーか、出来なかったの、アンタのせいでもあるからな。」 ガキの八つ当たりみたいなこと言いながら、頬っぺたを膨らませてみた。 「それは申し訳ないとは思うが、謝りたくはない。」 なんで?って目で見てたら、ツチナワは真顔で「嬉しいから」と言い切った。 この天然タラシめ。 いや、今回は意図的なのか? ……ドキッとした。 「ルア、君との関係を崩すかもしれないと、ずっと抑えていた言葉がある。」 「うん。」 「あの時、もう言えずに死ぬのかもしれないと思ったら怖くなった。 だから今、言ってもいいだろうか。」 珍しく遠回しだな。 ここまで雰囲気できりゃ嫌でも分かるよ。 抑えていたのは俺の方なのに。 アンタの中に、まだ昔好きだった人がいるんじゃないか、って。 俺みたいな子供、ましてや男、道徳にも反するんじゃないか、って。 っておい誰が子供だ、こんちきしょう。 「愛している。君と共にいたい。」 恋愛歌劇にもありがちな言葉だけど、ツチナワが言うと重い。 俺の二倍近く、下手したらそれ以上生きた人が、ある女の人と俺の二人だけに思ったこと。 いや、一回目は口に出せずに酷い形で終わった。 だからこそ、嬉しいし重い。 「今日はちょっとずるいなアンタ。俺の気持ちなんかとっくに分かってたんじゃねーの。」 「感情の押し付けだけはしたくなかったから、確信が欲しかった。」 ツチナワの、まっすぐに見てくる視線が痛い。 チキンなことに真正面から受けられず、ごまかすようにツチナワの寝てるベッドに移動して座った。 で、仰向けに倒れて膝の上にねっころがった。 怪我してるのは背中だから問題ないだろう。 「…アンタに釣り合える自信なんか全くないね。」 それが拒否の言葉じゃないって、ツチナワは言わずとも分かってくれてるようだった。 『待ってくれ』ってのが俺の答え。 Next |