しばらく俺はツチナワの膝枕で寝そべってた。
話すことはもうとくになくて、コイツただの人形なんじゃないかってくらいに呼吸も聞こえない奴の隣だけど、心地よかった。

コイツは相変わらず何考えてるか分からないけど、イイ奴だってのは確信持ってるから。
話さなくても何しなくても、コイツのこと知ってるから別に…



「っ!」
ツチナワの膝枕で勝手にリラックスしてたら、覆いかぶさるみたいに彼が顔を近づけてくる。
また唇が触れた。

「……。」

驚いた、でも放したくなくて頭をがっちりつかんでやった。
ちょっと俺が調子づいて舌を出したら、絡めとられて、入ってくる。
驚くより先に、頭の中が溶けた気がした。

即効で調子付いたことを後悔した。

「…っ…ん、んんっ…」
がっちり掴んでおきながら何だけど、初めての感覚に心臓が痛いほどバクバクいって、さっさと降参して頭を放してやった。

熱い、でも気持ちいい。
そう思ったけど俺には刺激が強すぎた。
強い酒を一気飲みしたみたいになって、疲れた。
…くそぅ、やっぱガキだ俺。


「…っいいの、かよ…神父様が…んなことして…」
ノリノリだった俺が言える立場じゃないけど、でもちょっと意地になって言った。

「もう聖職など捨てた。今は、神より君を…大切に思う。」
またすぐにキスできるほど近くで、囁かれる。
目の前で、手を握られて甲にキスをされた。

「平等なる愛をと教えられたが、私は君以外にそれを向けられない。」







「腹のそこから『クッセー!!』って叫んでいいか?」
と思うのに、クソ真面目に俺を見てくるアイツの目に、超ドキドキしてる。
顔は真っ赤だ。
ツチナワは唇の端を少しあげただけで何も言わない。

「…ばっかじゃねーの…俺なんかに…そんな盲目的になるなって…」
「人はたいてい自分の価値を知らないというが、本当だな…。」
そう言って笑うツチナワは、俺の手を両手で握って、額のあたりに引き寄せた。

まるで祈るみたいに。
俺に?
阿保か。

「それは、アンタのことだって。」
俺もツチナワに顔を寄せた。
「強くて何でもできて心が綺麗でかっこよくて、そんなアンタに好きだとか言われたら…俺が世の娘さん達にリンチされそー…。」
半分マジで。

「…でも、俺…ツチナワが誰かといたら嫌かも。」
ツチナワの瞳がこっちを見た。
深い、深い色。
俺には計り切れない人間だろうが、でも少しづつ知って、近付きたい。
つーか現在進行形で近付けてるつもりだし。

「ツチナワの隣には…俺が立ちたい。…いつかは。」
やっぱり好きだとかそんなストレートなこと、俺には言えなかった。
だって俺が言ってもそれは薄いかみっぺらみたいな言葉になる気がしたから。

でも、ツチナワなら俺の気持ち、全部分かってくれるよな…?
いつかこの男の隣に立っても恥じない自分になってやる、だからそれまで待ってて欲しい。

「……。」
確かめるようにまた近付いてくる唇に、今度はこっちから行ってやった。
首にしがみついて強く唇を押し付けた。

「…っ…」
またどちらからともなく唇が開いて、舌を絡めた。



てゆーか二回目はちょっと頭が覚めてきて…
男相手にんなことする羽目になるとは…とか思い始めた。

でも途端に胸の奥から腹の下あたりが熱くなって、顔にも血が上った。
唇の柔かいのとは違って、脳みそ溶かされるみたいに熱くて刺激的で…
俺は今度こそ夢中になってツチナワにしがみついてた。
彼も全部受け止めて、割り込む俺の舌に応えてくれて…。


「…っ!」
熱くなってる最中に、俺は咄嗟に顔を引いた。
唇に唾液の糸が引いて冷たかった。
唇を手の甲で拭きながら、俯いた。

「ルア…?」
「…ご、ごめ…」
…興奮した。
アイツの背中みただけで下半身にきてた俺が、こんなことしてたらどーなるか…先に気付けよ自分!

「わっ」
バッとしがみつかれて、ベッドに引き倒された。

「…て、おい…!背中ッ…!!」
「傷は塞がってる。」
「嘘だ!」
「本当だ。」
「だってすっげえパックリ開いてたぞ!?」
「ルア、私より君の方が重体だった。」

見上げたツチナワはどこまでも真顔で、信じられなかったけど本当だと分かる。
「……マジか。」
分かってるけど、そう口にするしか出来なかった。

「傷自体は私の方が深かっただろうが、昏睡も君の方が長かった。」
レベルの差か!
実力の差か!
体の出来の差か!
むしろ人間の出来の違いか!?

「…でも…ツチナワが寝てるの、何度も見てたぞ?傷痛くて起き上がれなかったけど。」
「私があまりに君の隣に行くから、医者に鎮静剤を打たれ続けていた。」

お医者さーん、そんな患者ってば俺が起きたとたんにこんなことしてるぞ?
そこまでされて安静にさせられてた、ってことはやっぱ背中まだ危ないんじゃないのか!?

ツチナワは少し目を細めて思い出しながらついでとばかりに呟いた。
「…君の兄も、あまりに動揺して打たれていたな。」
をい!!
俺の周りには冷静な大人はいないのか!

まさかそれで面会謝絶か?馬鹿が。
そういや兄貴がいなかったな。
言っちゃなんだけど兄バカなあの兄貴が怪我してる俺の近くにいない方がおかしい。


「…じゃ、心配かけたな。悪い。」
苦笑いして言うと、横になったままぎゅっと抱き枕みたいにされた。
「私の思いを君が拒んでも…抑えられるか、自信はなかったが。」

嬉しくて我慢できない、とばかりに強く抱きしめられた。
我慢できないのはこっちだよ馬鹿っ!主に下半身が!!!
さっきのキスでの興奮がまだ冷めてないんだよ!
もごもご動いてたけど、このままじゃどうしようもない。

「ツチナワ…あのさ…」
「何か。」
み、耳元で声を出されるだけでもクるって…!

「ぶ、ぶっちゃけるけどさ…さっきからコーフンしちゃって下がやばいから離して。」
少し焦ってたから、かなりストレートに言ったら、きょとんとされた。

逆効果か!?
元はお上品なプリーストだったんだ、やっぱ遠まわしに言ったほうが…

「…ああ。」
何がああやねん。
と思ってたらまた引き寄せられた。
人の話聞いてましたかアンタ!

「本当に嫌なら、そう言ってくれ。」
「えっ…ぬあ?!」
腹のあたりでなんかごそごそされてるのは分かったけど、いつの間にかズボンがくつろげられてたのは気付かなかった…。
するりと大きい手が、下着の中にまで無遠慮に入ってくる。

「ちょっ…ひっ!」
怯える子供みたいだけど、事実怯えはあった。
それに彼は世俗と無縁みたいなイメージがあったから、こんなことするのが信じられない。
幻滅はしないけどただ単純に驚いた。
あと、それ以上に恥ずかしい。

ゆるゆると手の平で扱かれて、他人の手だからたいして強くしてなくても熱い。
呼吸もままならなくて、口を開けっ放しにしてたら、また舌までのキス。
逃げるつもりなんてないけど…追い詰められる。

そういえば、いつだったからこんなことされたことあったな。
あのときはツチナワに幻滅した、怖かった。
でも今は優しくて、でもやっぱ気持ちよくて、嫌じゃない。
どうしよう、マジで脳みそ溶けそう。

「…っふ…んう…」
熱くて、痺れる。
無意識に腰を引いたら、片手で腰下を押さえ込まれる。

少し強く扱かれて、先を指先で擦られたら背筋が続々して息が詰まった。
それでそこがすごい敏感だって自分で初めて気付いた。
「ッチナ…ワ!はぁっ…無理っ…」
俺の「無理」という言葉を、ッチナワはどうとっていいのか悩んだようだった。
「嫌ならばやめる。我慢ができないのなら我慢しなくていい。」
「ふ…っ、んな…っ…」

あっさりかんたんに抜かれてたまるかっ!!
男のプライドが傷つくわ!

俺もやり返してやろうと、ッチナワの股間に手を延ばして…
固まった。
そうだった、コイツって教会からの罰を受けたせいで性器ないんだよ。
対抗する術なしかよ!

「必要ない。君のその姿で満足してる。」
俺の考えてることを読んでそういうのはイジメか?それともやさしさか?
情けないやら恥ずかしいやらで無性に涙がにじむ。
「っ…納得、できるかよっ…!う、あ…」

俺がやたら興奮してて、相手がツチナワだったせいだろう。
他の男だったらこんな風にされても絶対に、こんな…。
「…イッ…ああっ…!」

早漏とか罵られそうな早さでイかないはずだ!
こんなときでも負けず嫌いな俺はそんなことを心の中で叫びながら、熱に頭沸かされて脱力していった。






朝の少し肌寒い空気を肺に吸い込んで、吐き出す。
唇から吐き出された煙は吐息と空気の温度差から発生する自然のものではなく、手元にある火のついたタバコの産物。
早朝から一仕事終えたように疲れた顔でタバコをふかしているのはよりによって聖職者の法衣だ。

「おいこら教会の前で堂々とタバコ吸うなよ。」
それでも神父か、と言いながら彼に近づくのは長いチョコレート色の髪をすべて後ろで編んで束ねているハンター。
額まではっきり晒されている顔は美形ではないが優男で人懐っこさを感じさせる。

本当に、弟にそっくだ。いや弟が兄に似ているのか。
そんなことを思いながら、プリーストは人形のように白くて整った顔で、作り物めいた笑い顔を浮かべた。
「まともな神父が女装して男をだましたりしますか。」
「それ、自分で言うなよ…腹たつな。」

そうプリーストが言ったのは、ハンターがそれの被害者でもあるからだ。
分かれてから真相を知らされ、二人は仲良くはならなかったが険悪にもならなかった。
いろいろと腹は立つが、笑い話にできるくらいには彼らが大人だから。

「…後で、我が家の当主の代わりに、ルア君に謝りに行きます。」

ルアが巻き込まれた事件。
彼は完全に無関係な被害者だった。

すべてはこのプリーストの家の問題。
ツチナワがかつて防衛していた家。
教会の者から教会に敵対する者まで、多くに狙われていた教会屈指の名家を鉄壁の守りで包んでいたのはツチナワだった。

その名家そのものの存在と共に、たった一人でそれを守っているアサシンクロスの存在も周りには脅威だった。
それでも長年どちらも被害に遭わなかったのはツチナワが公然に一切顔どころか姿も表さずに防衛し続けていたから。
野心家達は鉄壁の守りを崩そうにも、その正体すら知らなかったのだから手も足もでず、がむしゃらに突っ込んで屋敷に侵入してはツチナワに斬り捨てられた。

だが彼は最近にただの無情のガーディアンではなくなり、長年勤めた主人よりもルアという少年を選んだ。
そうして屋敷を出て、何者かに目をつけられたのだろう。
ニブルヘイムという危険区に立ち入ったツチナワを、ルアごとモンスターを使って潰そうとした。

もう彼は誰にも仕えていないのに。
それでも念の為に殺そうとしたのか、まだ彼が護衛を続けていると勘違いしたのかは分からないが。

「別にアンタのせいじゃないだろ。」
ハンターがそっと、プリーストの隣に腰掛けて言う。

「でも私が謝らないと、一番の被害者である彼に謝る人がいません。」
「…その、当主とやらは。」
「屋敷から出れませんし、そう簡単に頭を下げられる立場じゃありませんから。」
「…今でも大切に守られてるわけね。」

不満そうに口にする人を横目に見ながら指先のタバコを吸い、ため息混じりに煙を吐いた。
「大丈夫です。私がかわりに謝る分、彼からポケットマネーでもぶん取っておきますから。」
そんなことを言って意地悪そうに笑うプリーストを見て、少し笑った。

プリーストは笑った彼の口元に、手に持っていたタバコを寄せた。
「吸いますか。」
さっきまで彼が吸っていたタバコだ、吸うのに飽きたのだろうか。
それを受け取ろうとして、不意に思い出した。

「…そういえば、俺の記憶に間違いがないのなら、確か女のふりをしていたお前さんに『私、煙草が嫌いなの』とか言われて禁煙した記憶があるんだが…。」
「よく覚えてますね。嫌いですよ、今も口の中が気持ち悪くなってきちゃって。」
「なら初めから吸うなよ。」
言いながら受け取って、口に咥えた。
女性ものの無駄に良い香りのする弱いタバコだった。

「嫌なことがある時には酒と煙草というでしょう。」
「嫌いなのに無理にやっても意味がないだろ。」
「そうでもないですよ。もう気持ち悪くて悩んでる場合でもなくなりますから。」
「なんだそのマイナスの使用法は。」

馬鹿に盛り上がるでもなく淡々とした会話。
昔はわざとらしいくらいに、ぶりっ子な女でいていちゃついてたもんだが…
まさか本当にわざとだったとは思いもしなかった。
ハンターは隣の青年に気付かれないくらい小さく、乾いた笑いを漏らした。

プリーストが立ち上がって伸びをひとつした。
「今回のこと、埋め合わせはまぁ私が本家から金品ぶん取ってくるとして」
「をい」
「対策はあちらでしてくれるそうです。こんなことがないように、ツチナワとは正式に解約したと公表すると。しばらくライバルだった人たちがツチナワを雇おうとするかもしれませんが、強硬手段はとらないでしょう。そうしたらそこが我が家に全面的に宣戦布告をしたということになりますしね。」

「あのアサクロのことはどうでもいい。ルアに被害がなければ」
「そこは、貴方が心配せずともツチナワが守ってくれますよ。」
その言葉に、兄馬鹿は眉をひそめた。
だが彼に有無を言わさず、その眉間の皺に人差し指を突き立てる。

「ルア君もツチナワも互いに必要としてることは目に見えて分かるでしょう。邪魔をするのは野暮ですよ、オニイサン?」
「しかし」
「兄でも父でも愛情の押し付けは当人の足かせにしかなりません。挙句に当人に邪魔者扱いされますよ。彼を自由にして遠く離れたところから見守るつもりでいましょうね。もう弟君はパートナーを見つけたんですから。」
「……。」

本人も分かっているのだろう。
それでもルアがツチナワを大切なように、兄も弟が大切なのだ。
彼はわかっていると思いながらも認めたくないらしく、口ごもってうつむいた。

そんな様子を見ていて、プリーストはあきれたため息をついた。
「仕方ない、そんなに寂しいならまた私が相手して」
「結構だ!!」
プリーストの誘いを腹の底から断って、彼は逃げるようにして走り去っていった。





「……。」

一歩分離れたそれぞれのベッドで食事をとっていて、部屋の中はシーンとしてる。
さっきまで、普通に何事もなかったようにツチナワがおはようと言ってくれた。
で、何食わぬ顔でしわしわになって実はちょっと汚れてたシーツをここの人に渡してた。
何で汚れてたって、そりゃあ俺らが昨日そこでしてたことを思い出せば言わずもがな…

「…………っっっっ」
「ルア」
食べようとしてたご飯が昨日のことを思い出して硬直したせいで俺のひざの上に落ちてる。シミになるようなものじゃなくてよかった。
それを見てツチナワが声をかけてきたんだろうが、名前を呼ばれると…というか声を聞くだけで昨日のことが思い出される。

「〜〜〜〜〜っ!」
羞恥、自己嫌悪。
俺はおかしくなったみたいに箸を脇のテーブルに戻して、ベッドに突っ伏した。

「大丈夫か。」
そんなこと言ってくるツチナワにちょっとムッとした。
「大丈夫じゃねーよ!なんだよもうこの夜王めが!」
「…夜王?」
「色恋肉欲無縁みたいな態度とっておきながら昨日のあれはなんなんだ!いつもクールで無欲なツチナワはフェイクか!擬餌か!?それで俺のこと釣っておいてペロリといくきなんだなっ。うわ、おっそろしっ!」
俺が真っ赤になりながら喚いていたら、ツチナワが困ったように硬直した。

「どーせお前は俺に興奮してたとかそんなじゃないんだろ俺が勝手に興奮して舞い上がってただけだよ!お前は全部俺の為にと思ってしてただけなんだろ!それに勝手に気持ちよくなって一人暴走してた自分が恥ずかしいだけだ気にすんな!!」

「落ち着いて、私を責めるかフォローするかどちらかにしないか。」
奴が本当に小さく笑った。

半分暇つぶしに始めたらしいウェイターの時は男前の笑顔振りまいてるけど、この落とすように小さく笑うのがツチナワの笑顔だ、って、知ってるのは多分俺だけ。
んな笑顔見るだけで、もう責める気なんか一切なくなる。

「なあ、ツチナワ…」
「何か。」
昨日…というよりツチナワが死にかけてから、いや死にかけたのは俺か。
それ以来ツチナワは俺とよく目を合わせてくれる。

始めは俺もキョドったけどだんだん慣れてきたというか、素直に嬉しいと思えるようになった。
そしていちいちどきどきしないコツもちょっと分かった。
あの紫はただの綺麗な宝石だと思えばいい。かなり強引だけど。

「昨日…さ…。」
昨日、その目をずいぶん長い時間見てたと思う。
それから…ちょっと思い出したことがあった。





確か、イッた回数は二回だと思う。
二回目は『もう情けない姿見せちまったしどうでもいいや。』なんて開き直ってもっと情けない失態した…。

いや、そんなことはどうでもいいんだ!!

あの時、俺はツチナワの名前を呼びまくってた。
“ツチナワ”じゃない。
本当名前を。



『…熱い。』
俺の成長期終わらなくてまだ貧相なブツを、ツチナワの手がまだ包んでる。
拭うようにしてから放した、彼の手の中には俺が出しちまったもんが入ってる。
ベッド脇にあるティッシュケースから二枚取り出して手を拭いた。
その様子を、熱でボケた頭で、ズボンさがったままの情けない格好で見ていた。

『ツチナワ…熱、かった』
多分、頭じゃ気持ちよかったって言いたかった。
でも恥ずかしくて咄嗟のところでそんな言葉しか出なかった。

子供をあやすみたいに抱き寄せてキスをくれる。
柔らかいけどひんやりしてた。
『―――。』

『え?』
ツチナワは俺が聞いたことのない語を呟いた。
うまく聞き取れなかっただけかと思ったけど、もう彼が一度囁いた語は、やっぱり聞いたことのない言葉だった。

虚ろになりながら呂律のまわらない口で俺が反復すると、満足げに頷いた。

『うあっ』
出したばっかなのにまだ熱かった俺のをまた扱きだす。
簡単にまた翻弄された。

『呼んでくれ』
そう言われ、さっきと同じように口にした。
してから気付いた。

これ、ツチナワの名前だ。
どんな意味なんだろう、誰がつけたんだろう、どこの言葉なんだろう。
いろいろ疑問に思いながら、呼ぶたびに彼が俺を追い詰めた。

嬉しさと快感で暴走して、あいつの手にすがって、上り詰めていった。
熱に浮かされたまま、それを終えて、彼にあやしつけるみたいにされて眠っちまって…。




翌朝にはあの名前を忘れてた。





「阿保だ俺えええ!!!」
我に返って叫んだら、ツチナワが何事かと見てきた。

「どうした。」
「ツチナワ!俺さ、昨日お前の名前聞いたよな!?あれ、名前で良いんだよな!?変な呪文とかじゃないよな?!」
「名だ。」
「ごめん昨日暴走したせいで忘れたんだ、もっかい教えて!」
「そのうちに。」
即答で後回しにされた。

そんな反応が珍しくて俺は目を丸くした。
「は、なんで?」
「君に呼ばれると、精神が乱される。」
どこぞの修行僧かおのれは。
てゆーか何でだよ。

「もう少し、君の傍にいても動揺しなくなったらば。」
そんなこと言ってこの話は終わりとばかりに少しつまんでた煮物をきっちり整えてこっちに差し出してくる。
毒味をしているそうだ。
必要ないってゆーかんなことやって欲しくもないのに、まだ狙われてるかもしれないからと言ってきかない。
受け取った皿を膝の上に置いた。

「…俺といると動揺することあんの?」
俺は終わった話をまたむし返してやった。
ツチナワは特に困った様子もなくうなずいた。
「ああ。」
「何で?」

また、小さく笑った。
「察してくれ。」

…うん、分かった。
なんとなく顔見て分かった。
こんな俺でもやっぱツチナワの中では特別になれてるんだよな。
そりゃそうだよな、無駄な付き合いどころか必要な付き合いもしないツチナワだもんな。

そう思ったら、また疑問が浮かんできた。
俺に名前を呼ばれると精神が乱される…って、俺がツチナワの名前読んだの昨日のあのときしかない。
て、ことはだよ?
「ツチナワ、昨日俺に興奮した?」
「っ…」
直球で疑問ぶつけたら、口に入れた食事を危うく吹きだしかけたみたいだ。

「……察してくれ。」
赤面はしてないものの、唇が引きつってる。

そうか、じゃあもう俺が後ろめたく思うこともないのか。
そうゆう目でツチナワのこと見ちゃってもいいわけだ。
いつかは昨日のリベンジもしちゃっていいわけだ。

そんなことを企みながらまた飯に手をつけた。





ちょっと待て、よ。
もしいつかは体の関係も持つようになったとしてだ。
いやむしろ…なれるのか?

だってツチナワは性器とかないんだ。
だから昨日俺はどうしようもなくて一方的にいいようにされてた。
これからそのままでいるしかできないと…ツチナワがよくても俺がよくない。
昨日のことだって、いつかは見返してやりたいと思うわけだ。

………。

じっと隣でパンを食ってる男を見つめてみた。
俺の視線にすぐに気付いて同じく見つめ返してくるが、何も言わない。





押し倒せる、自信全くない。
俺よりレベルも歳も体格もひと回り上だぞ?!いやむしろひと回りで済むか?!
この現状において気合や根性で仕返しできるほど俺は図太くない。

「よっし!!」
「?」

幸い俺はまだ成長期なはずだ!
今のうちにデカくなって追いつく!
追い越すのはなんか難しい気がする!!

決心してツチナワを見たら、病食についてた牛乳を飲んでる最中だった。
それを見てあわてて俺は「飲むな!」と声を張り上げた。

「…?」
「牛乳飲むな!」
「…何故。」
「俺が飲めねえからだ!」

身長伸ばすには牛乳とよくいうが、俺は乳製品が嫌いだ。
だからせめてツチナワをこれ以上デカくさせてたまるか。

「…心配せずとも年齢からして私がこれ以上身長が伸びるということはないだろう。」
しばらく考えたものの、ツチナワは適確に俺の思考を読み取ったらしい。
…読み取るなよ、子供っぽい考えだって自分でも分かってるんだから。
さすがに身長おいついたら押し倒してやるなんて考えてるところまでは分かってないだろうが。

「ツチナワ、今身長いくつだ。」
「170…半ば、か。」
…謙遜してねえだろうな、おい。
「よし、あと10センチちょっとだな!いけるいける!」

「……………………………がんばれ。」
なんだよその疑惑に満ちた目は。
「君の成長を疑ってなどいない。弓の腕も目覚しく成長していたのだから、身長も10センチくらいなら軽く伸びるだろう。」
「珍しく説得するように口数多くなってくれたけど、お前が疑ってるのはそっちじゃなくて俺の現身長なんだろ?なぁそうなんだろ?

そう問い詰めるとツチナワは視線を逸らせて、口元を手で押さえてうつむいた。
笑いをこらえてるらしいな。
また珍しい、って以上に腹がたった。

「見てろよ!ぜってー追いつく!でもって追いついたら覚悟してろよ!!」
「楽しみにしよう。」
そういって笑った顔は、いつもよりは笑顔らしくて、確かに応援はしてくれるようだった。

再び決意と気合を込めて、俺は最後に残っていた牛乳を一気に飲み干した。








そして10分後に腹を壊した。




 FIN.

 

 楽しんでいただけたでしょうか…むしろ『オイイィィィィイイ!!!!!』と思っていただけたでしょうか、良い意味でも悪い意味でも。(ぇ
 ルアの子供らしさと大人っぽさと、ツチナワのクールさとルアラブが伝われば幸い。
 拙い勢いばかりのシリーズでしたが、ここまでお付き合いありがとうございました。
 
 ちなみに脳内設定では
 ルア15歳(ひとつ歳とった) 身長153.8cm←意地
 ツチナワ27歳(上に同じく) 身長178.6cm←ルアに遠慮してる
 
 その差実は25cmという無情さ。