*Lurzzinoul* 今夜は月明かりが強かった。 夜の活動に普段からライトなどつけないが、夕方のように足元が見える気がした。 プロンテラの東門を出て少し進んだ場所。 「首は?」 何処からともなく、唐突にその言葉だけ聞こえた。 俺は答えない。 「また失敗したのか?役立たずが。」 そう言いながら、木の陰からゆらりと人影が現れた。 月明かりに照らし出されれば、見慣れた“監視者”の姿。 彼は短剣を二つ構えた。 それを自然現象を眺めるようにぼんやり見ていた。 「死ね。」 監視者はすばやく懐に入る。その位置からの攻撃は先読みできた。 首を切り落とそうとする剣先を体をそらせてかわし、地面に片手を付いて姿勢を落とした。 こちらが抜くのはカタール。 短剣二刀より威力はないが、監視者にの実力も速さも知っている為、これでないと奴に傷ひとつ負わせられないことも分かっていた。 彼は俺が反抗したことに驚きはしない。実力の差は大きく、勝つことを確信しているからだろう。 相手は躊躇いもなく足を深く踏み出し、間合いを詰めて飛び込むように切りかかってきた。 奴から攻められたのでは分が悪い。 できるだけ大きく背後へ跳びながら、手に握っていた赤の魔法石を監視者に投げた。 ―――ベナムダスト!! それは中で砕けて赤い光を一瞬放ち、監視者の周りに毒の霧をまいた。 「…っ」 監視者がマスクを装着し、自分自身にアサシンのみが使用できる解毒を行う。 その瞬間を見逃さず、今度はこちらから毒の霧を掻き分けカタールで切り込んだ。 一撃はしっかりと入り、右の胸元を切った。だが深くはない。 更に深く踏み込み、対の腕で今度は左胸、心臓の上を狙う。 「…ッ!!」 「馬鹿が」 薙いだカタールは虚しく空を切るだけ。 奴は剣閃の下にもぐりこんでいた。 俺は剣戟の後で両腕を開いていて、奴はガラ空きになった懐にいる。 早く一撃を食らわせようと焦ったせいで防御を怠った。 相手の動きをよく見るべきだったに…と他人事のように内心ため息をついた。 監視者は下品に笑いながら「あばよ」と呟いた。 次に来たのは激痛よりも衝撃。 胸に何かが“入った”感覚。 視線を落とすまでもなく、奴の短剣が胸に食い込んでいるのは分かる。 「…戦闘はからきしのくせして、急所を避けるのは上手いな。」 笑いながら、俺の胸にもっと短剣を押し込んできた。 そうしても、短剣の刺さる位置は心臓は外れている為すぐに死ぬことはなかった。 「―――っ!!!!」 初めて刺されている痛みが全身に走った。 体が情けなくビクビクと震えている。 心臓は避けている。 だが辛うじて生きているだけ。 「せいぜい苦しんでくたばりな、役立たずの犬が。」 目の前の俺の顔に唾を吐いて、胸に打ち込まれた短剣をズルズルと抜いていく。 叫び声を上げたい激痛が走る。 倒れこまないように足を踏ん張っていたが、震える手はカタールを取り落としてしまった。 俺の体内に埋め込まれていた刃が赤い液体を纏って、そこから抜き出されるたびに血がドクドクとあふれ出た。 早く抜き去ってしまって欲しいのに、監視者はコップに注ぎすぎた水のようにあふれ出る血の流れを楽しんで、それをなかなか抜かない。 「…っ…!」 やっと、刃が完全に俺の体を離れた。 その瞬間、辺りが真っ白に光った。 頭上に天使の虚像が輝き、光の羽が舞い散った。 それは暗殺者二人にはとても不似合いな光景だ。 「な」 監視者が何事かと狼狽した時には その喉には獣の牙が食い込んでいた。 「…が…ァ…?」 変な声を漏らして、監視者はすぐ目の前にいる俺を見た。 刺されたさっきの俺のように、彼は俺の血に濡れた短剣を取り落とした。 さっきの光はもう消えうせて、静寂と、二人のアサシンと 一人のプリーストがあるだけ。 「…ッ!!グッ、フ…!!!」 俺の暗殺用の短剣が、さっきの俺の胸に刺さっていたもののように、監視者の喉に深く食い込んでいる。 それを俺が更に押し込むと口から血を吐いて、足を崩して俺の腕にしがみつく様になる。 首を貫くほど深く押し込めば、監視者はビクンと痙攣してから呆気なく人形のように力なく崩れた。 「帰って、シャワーでも浴びましょうか。」 グローリィが俺の隣に立って、いつもと変わらぬ声音でそう言ってくる。 俺の体は自身が流した血と、殺した相手の血に濡れている。 特に胸元が濡れているが、グローリィがくれたリザレクションのおかげで傷はほとんどない。 二人のアサシンは血に濡れていて、傍らに佇むプリーストは一人だけ綺麗なまま。 俺達と、彼の生きる世界の違いを見せられている気分だ。 『…癒しの天使も、俺なんかを癒してくれるのか。』 滑稽だと思った。 いくつもの命を奪ってきた俺の命を救うなんて。 「貴方を癒したのは私です。」 グローリィは手が汚れるのも構わず、俺の頬に触れてそういう。 少し冷たい手が頬を撫でて、離されたそれは俺の頬に飛び散っていた血に濡れていた。 「貴方を救ったのも、拾ったのも私です。」 また頬を両手で包み込んでくる。 彼の言葉は暗示のように俺の脳内を支配していく。 呆然としたままだったが、気付けば頷いて肯定していた。 彼はその様子に満足そうに笑みを浮かべた。 相変わらず、人形のように整った微笑み。 「帰りましょう。いろいろと準備をしないといけませんしね。」 彼に手を繋がれて、引っ張られるのではなく、一緒に並んで歩いて帰った。 俺は全身血まみれなのに、道中に星が綺麗だなんて呑気なことを話しながら。 いつまで、こうしてグローリィの隣にたっていられるだろう。 今日は生き延びた。 けれど、ギルドの規約に背き、監視者を殺した俺は始末する対象になるはず。 いつまで、生きていられるだろう。 「ジノ」 徐々に不安や恐怖に冒され始めているうちに、いつの間にかグローリィの家に戻ってきていた。 彼は家の鍵を閉めて、俺に向き直って繋いでいた手を持ち上げてきた。 「死んでも、君をもう手放さない。」 その一言は、俺の全身を腐食させようとしていた闇を一瞬で追い払ってしまった。 「死んでも」と言われると、怖いものはなくなってしまった気分だった。 死の恐怖はあっても、その先には光を失う恐れなどない。 死んでも、グローリィの傍にいれるなら。 「アグリィやグリードとは違う。君は絶対に放しません。」 覚悟して下さい、と低い声で言われても、安心感ばかりが胸に広がってそれ以外はない。 安楽、葛藤、不安、恐怖…今まで生きてきてこんなに多くのものを感じたことなどなかった。 生まれ変わったような気分だ。 アサシンマスクの下で俺は口を引き結んで、頷いた。 そっと頭と腰を抱き寄せられた。 俺はただ力を抜いて、彼にそっと体を預けた。 その時は、少し俺のほうが背が低くて 親に抱きしめられたらこんな感じだろうかと思った。 *Glory* 目の前で目を見開いているジノを心から可愛いと思った。 ここ一ヶ月ずっと僕の家に篭って僕の後をついてまわるばかりの彼に、別居を言い渡した。 僕はそれでもいいのだけれど、彼はもう自立してもいい歳になりつつあるから、このままではいけないと思いだしたからだ。 もちろん、一般常識が抜け落ちている彼にいきなり一人暮らしさせるつもりはない。 知り合いの信用できるアサシンの女性と生活の常識から冒険者としての常識までを親身に教えてもらおうと思う。 そんなわけで彼の教育係のアイリを招いて、ジノに紹介してから彼に事情を説明した。 驚くだろうとは思ったが、そんな絶望的な目で見られるとは思わなかった。というより、彼がこんな顔ができるとは思わなかった。 嫌だと言うかな、と思ったけれど、彼は意外にも素直に頷いた。 あ、そうか。捨てられると思ってるのか。 彼のその様子を見てピンときた。 親に捨てられる子供のような心境。 でもそれはここ一ヶ月あまりにも僕にくっついてまわっていたせいだとでも思ったんだろう。 そこまで僕に依存してくれている彼をこんなにも可愛いと思ったことはない。 テーブルを挟んで向かい合っていたジノの方へ移動して、彼の傍らに膝をついた。 「君がいないと寂しいから、いつでもWISして下さい。 たまにはこちらへ来てくれると嬉しいです。 私が二人のところへ遊びに行くと思いますが。」 昔から得意な紳士スマイルを浮かべて、彼の手をにぎった。 喜びは顔に出さなかったけれど、その代わりにパッと顔を赤くして本当に子供っぽく頷いた。 声を出さないせいで余計に幼稚に見えてしまう。 正直、もうこの場で押し倒して泣かせたいとか思ってしまったが、あまりに純粋な彼にそれをすると後が怖いのでやめておこう。 それに、前に一緒に寝た時、僕が人肌恋しかったので服を脱がせたらやたら怯えていた。 知識はあるようだけれど、それに対する彼の考えは否定的らしい。 …惜しいな。 「大の大人が乙女のまえでいちゃいちゃしないでもらえますかね」 しばらく見詰め合っていた僕らを傍観していたアイリが無遠慮に口をだしてきた。 大の大人といわれるほど僕もジノも大人ではないけれど。 「べつにいちゃいちゃしてませんよ?それではお願いしますね、アイリ。」 「はいはい。でもゲロたん好みの男に育てるなんて契約はしてないからね?一応確認するけど。」 アイリの余計な一言に、ジノは思わず頭の上に?を浮かべる。 それに笑みを浮かべて「なんでもありません」と言ってから、彼女にだけそっとWISを返した。 『その辺は私が自分でしますから。』 『あー…やっぱそっちのつもりでこの子拾ったのね、アンタ。』 失礼な。 今度は本命なんですよ。 *Lurzzinoul* ―――2年後 『グローリィ、確かに今の俺が在るのは貴方のおかげだと思ってる。…今更捨てられるのだって絶対嫌だと思ってる、だが』 あれからグローリィと暮らし、その後いろいろな面での教育係のような女性と一緒に暮らし始めて 俺は肉体的にも精神的にも成長した…と思う。 背だって成長期を越してグローリィ…と、同じくらいにはなった。 まだ少しづつ伸びているからもうすぐでぬかせる。 そして俺が常識を知ると共に、グローリィの非常識さも知った。 『…俺にだって限界はある。』 朝っぱらからどこから持ってきたのか疑問に思うドでかい壷で頭を殴りつけられて、気絶している間に縄で縛りあげられた。 両足と両手をそれぞれ麻布でぎっちり結ばれて、腕は頭の上でベッドの装飾に縛り付けられている。 そしてそんな状態の俺の上に、二年前と全く変わらず優しい微笑を浮かべるプリーストが、馬乗りになってくる。 「へぇ、じゃあ限界通りこしたら僕を殺す?」 声も変わらない。 あの時、絶望しか持たなかった俺を救い上げてくれた手は変わらずここにあり、俺の頬を撫でてくれる。 …あの時は感じ得なかったいやらしさを伴って。 『…………何もない……。』 結局、また逆らえないで終わる…。 …昔は彼は俺が嫌いな人間の肉欲というものとは無縁な人間だと思った。 けれどそれは全くの思い違いだと知らされた。 グローリィは満足そうに微笑み、そんな様子を見るたびに俺は心の中で少しだけ安堵のため息をつき… そして安堵とは別の感情で、毎回心の中で叫ぶ。 この笑顔にだまされた…!!!!! とりあえず冷静になって、今回もなんとかこの危機を乗り切る方法を考えよう。 *End* なんか友人に、グロとジノは純愛キャラと勘違いされていたようなので先に断言させていただきます。 |