Baby so sweet 

 

悪夢は同居人の一言から始まった。

 

「はい、バレンタインチョコレートw」



同居人の女アサシンはにっこり笑いながら俺に可愛いラッピングの施されたチョコレートを差し出した。

その瞬間、俺の手から落ちたコップが床で砕け散る音が室内に響いた。
日頃何がおきるか分からない危険な狩りをしている女なので、その突然の出来事に驚きはしなかったが、何事かと首をかしげている。

『バレンタイン…?』
「そうよ、2月14日」

俺は物心ついたときから喉がつぶれていたため、WISを会話の手段として用いている。
俺の送るWISに、彼女は普通に答える。


『…イベント…』
「だけど?」

『…あの男が…』
「…?」


あの男が好きそうなイベント。
それ即ち







恐怖の大王の降臨…!!!





俺はそのチョコレートを受け取ることも、割れたコップを片付けることも忘れて、バタバタと狩り用の装備に道具袋を腰につけた。
今日1日…いや、2,3日は彼に見つかってはならない。

「何よジノ、旅立ち?」

ジノというのは俺の愛称。本名はルァジノール。
職業アサシン。
アイリというこのなかなか可愛い女アサシンと同居はしているが、恋愛関係には程遠い。
この女は性格にクセがあるので、優しい恋人募集中だ、が…

『バレンタインなんて日にあの男に見つかったら…何をされるか…』

そんな中、嫌なプリーストに好かれてよく付きまとわれている。ちなみに男。
何が悲しくて男に尻を追い回されなければいけないのか…
いやべつに気持ち悪いとか嫌いとかそうゆうわけではないのだが生理的に彼は受け付けられない。

「ああ、ゲロたんね」

アイリが呟いたのがその男の愛称。なぜこう呼ばれているのかは分からないが、名前はグローリィという。

黙っていれば、細身でロングのプラチナブロンドは綺麗だし色も白めで顔つきは中世的で美人だし…いや、男なんだが
とにかく男女ともに受けそうな容姿で極め付けに完全支援プリースト。

日の当たるところに入れば天使のように綺麗に微笑んでいるし
俺が彼をはじめて見た様な暗雲立ち込める大雨の中では妖魔のように妖艶だった。

そんな聖職者だったと思っていたのに…




だが何を間違えてしまったか中身はドロドロでねじまがりまくっている。

一言で言えばただの変態だ。





『俺は2,3日世界中飛び回る、その間留守を頼んだ。』

そうして慌てて部屋を飛び出した。









その瞬間、部屋の外にいたらしい人とぶつかってしまった。
声が出せないのでエモーションで謝ろうとして…

少し離れて
プリーストの法衣と、胸元まである銀の髪を見た瞬間。


「あ、ジノ…ってえええ!!?」

誰、と認識する前に反射的にバックステップで部屋に戻りつつ扉を閉めて鍵をかけた。
扉の向こうで…恐怖の大王が俺の名前を呼んでノックし続けている。



賽は投げられた。

俺はもうひとつの出口、窓に乗り出した。
2階なので下に人がいないかを確かめて、窓辺から飛ぶ。

あとはとにかくカプラまで走って走って、まずは彼のいかないであろうモロクへ飛んで…



と逃避行の計画を立てながら走り出そうとしたら、急に首をしめつけられた。
首を触れば…まるで首をつる為の縄のようなものが引っかかっていた。

嫌な予感がして振り返ると、俺が飛び降りたはずの窓から人を釣っても切れないような丈夫な縄が出ていて、それが俺の首まで続いている。
そして窓の中から、相変わらず天使のような笑みを顔に貼り付けているグローリィがいた。


俺の首にかかっている縄が正真正銘首吊り用の縄だと気がついて、慌てて首の間に腕を割り込ませた。
そして案の定、彼に引き戻されて、そのまま窓まで引き上げられる。

人通りもある道で宿屋の二階へ首吊り用の縄で引き上げられるアサシンは、一般のものの目にどう映ったのだろうか…。

とりあえず首を絞められないように縄を引っ張って耐え暴れないようにして引き上げられるのを待った。






「ふ〜疲れた。ジノってば急に窓から飛び出したら駄目でしょう。」

首吊り用の縄を掛けられたまま、尚且つ彼にそれを持たれたままベッドに座らされ、向かい合って近い距離にグローリィが座っている。

―――…ハ
「ルアフ」

ハイディングも発動すらさせてもらえず、隠れさせまいと俺を照らす青い光があたりをぐるぐる漂った。
もう駄目か…アイリもあらかじめ今日がバレンタインだといってくれれば明け方にでも出て行けたものを…!!



「さて…ジノ、何をそんなに怯えてるのかな。」

(分かってるくせに…分かってるくせに…!!)


俺は少し泣きそうになりながら、彼に頬を撫でられていた。
やたらこうして彼に触られると変な気が起きないでもないのだが、同時に餌を物色する蛇のようにもみえて怖い。


ちらっと横目でアイリに助けを求めて視線を流したが、彼女はどちらかというと毎回グローリィ派なので楽しそうに見物しているだけだった。

グローリィと一緒に来たのだろう、彼の同居人で妙な関係のあるクルセイダーがいつの間にか彼女の隣に座っていた。
彼は俺に優しくしてくれるのだがグローリィには絶対服従なので、「がんばれ、ボロボロにされたら治してやるから」とでも云うような目を向けてくれている。



『……………今日1zガチャがやっ』
「じゃあ普通にドアから出て行けばいいのに窓から 逃 げ た よ ね ?」


INT1の頭でやっと思いついた言い訳は優しい笑みで凄まれながら流された。





「ぶっちゃけバレンタインだから僕から逃げただろ?」
『…はい。』

もう死んだ気になって、なるようになる精神で正直に答えた。

「そんなに僕のこと嫌いかな」
『グローリィは嫌いじゃないけど…何をされるか分からなくて、怖かったから逃げた…。』

旗から見ればなんでもなく、彼はなるほどねぇと頷いている。



「何をされるか分からなくて、かぁ…」

「ゲロたんだと溶けたチョコをジノに塗ってそのまま彼ごと食べたりとかしてそうよね。」

横からアイリがそんな余計なことを言ってくる。

「何を言うかなアイリさん。溶けてすぐのチョコは意外と熱いしかといって冷ませば体に塗りにくいし舐めにくいし、あそこに塗りこむと処理が大変なうえこっちまで突っ込み難くなるんですよ?」



まてそこの性職者。
何も言わずに否定しろ。
ただ否定のみしろ。
というか既に実践済みなのか?!


「だからやるなら固体のまま、太く作ったヤツで一気にいきますね。」

頼む、もう何も言わないでくれ…。
というか、まさかそれをやるつもりできたんじゃないだろうな…!?


「でもまぁ今日は別に酷いことも痛いこともしに来たわけじゃないし」

そうゆう自覚はあったのか。




「普通にチョコレートを食べて欲しくて」





それは安心できるようでまったくできない言葉だった。


すごい家庭的そうな雰囲気のクセにこの男に料理をさせるとものすごいことになる。
すごい料理音痴ならまだいい!可愛いものだ。

だが彼の場合、意図的にヤバイモノを作る。

前に彼の家を訪ねて、夕食をごちそうになったら…

ぴくぴく動くものや、ピンクや赤いものや、あまり考えたくないものを連想させるものが皿にたっぷりと盛られて出てきたのだ。
まるで地獄絵図だった。そしてそれを、血にまみれた包丁をちらつかせられて食べさせられた。

もっと恐ろしいのは、それを食べて意識が申そうとしている俺の前で、グローリィも平気な顔をしてそれを食べていたことだった。

この男は悪魔だと思い、アサシンのくせに教会に逃げ込んだ。




昔のことを思い出して泣きそうになった。

『チョコ、は…俺、甘いもの、苦手だから…』
「前ショートケーキ食べてたよね?」

『いや、最近嫌いなんだ。急に。
ものすごく嫌いに。』
「大丈夫、このチョコ甘くないから」

『今度は何で何を作ったんだよ!!!!!』


ついに俺は逃げの体勢でいることに耐えられなくなり、ベッド上で彼から後ずさった。
だが彼に思い切り頭をがしっと掴まれて、動けなくなる。

「ジノ…」

まるでキスでもされそうな体勢になって、唇に息を吹きかけるように俺の名前を呼ぶ。

傍観者がいるが、俺にはそんなことを気にする余裕はない。




「上のおクチで逝くのと、下のおクチでイクのどっちがいい?」

ぐんと声のトーンを下げられ、誰にも見せない悪魔のようなダークな微笑を間近で見せ付けられて
それだけで俺の魂は昇天しかけた。

毎度の
“デッド オア 辛うじてアライブ”の選択を迫られながら、顔を見たこともない母を思ってみたりした。







悪魔の微笑みの向こう側で、グローリィの同居人のクルセイダーができる範囲の気遣いで、アイリを抱えて部屋を出で行くのが見えた。
俺が死を選んでも生を選んでも起こる、惨劇を彼女に見せまいとしてくれたのだろう。

それなら助けてくれよと思ったが、彼にもグローリィに逆らえない理由があるのだろう…。



彼はクスクス笑いながら、掴んだ俺の顔を引き寄せてそっとキスをしてくる。
彼のそれは可愛いペットにするようなやり方で、慣れてしまうと気にならなくなってしまう。

でも、こうするのが彼でなければ俺は不快感を持つんだろう、とも思う。



「…僕もね…自分が酷いことしてるなぁって、分かってはいるんだよ。」

ずっと俺が答えずにされるがままで黙って怯えていたら、彼が優しい声音でぽつりと言った。
分かってるけど、止められないとでも言うのか。

「でもジノは…泣いたり、恐怖を感じてる姿がすごく可愛くてね。つい虐めたくなるんだよ。」

ごめんね、と労わる様に髪を撫でながら言ってきた。

(…この変態め…)

伝えることもできないこの罵倒を心の中で何度も繰り返した。




「で、どっちを選ぶ?」

(結局、選ばせるのか…)

頬や首筋に温かい手のひらを感じながら、俺は彼と知り合ってしまった自分の運命を呪った。
1年前に彼に命を救われてしまったことを呪った。


『……―――』










ちなみに、その後俺がどちらを選び、どうなったのかは…


翌日に辛うじて生きながら発見され、ベッドでグローリィの同居人に介抱されたことからお察しください。