| Escape |
| ――― ……え? “彼女”を見つけたのは偶然だった。 後ろで簡単に束ねた美しいプラチナブロンド。 端整で凛々しい顔立ち。 一瞬、俺の知り合いのプリーストかと思ったが、違った。 俺の知り合いは男だ。 “彼女”はよく似ていたしプリーストの法衣を着ていたが、それは女性のものだし体つきも女性だった。 その女性を遠目に見ながら、アイツも女だったらな…と可笑しな希望を抱いてみた。 知り合い本人も美人だが、性格にクセがある上に男だ。 俺にとって家族のような親しい存在だが、相手はそうは思っていないらしく、日々セクハラや夜這いに悩まされる。 だからこそ、彼が女だったら別の関係になれたかもしれないのにと思ってしまうのだ。 でも、それ以前の問題だ。 俺は前科のある暗殺者で、あちらは大聖堂勤めの神父。 一番あってはならない組み合わせだ。 あの女性はしばらく露店を見ていたようだったが、不意にこちらの方へ歩いてくる。 遠い為目が合うことは無いが、それでも正面で見ればやはり似ていた。 相手が女性なら、素直に綺麗な人だと思えた。 不意に、彼女が一人の男の腕にしがみついた。 ――― …っ 一瞬息が詰まった。 始めてみてから数分しかたっていない相手だ、嫉妬などするはずが無い。 驚いたのは、彼女がしがみついた相手がアサシンだったから。 背が高めで、俺のように真っ白髪に黒い悪魔のヘアバンドをつけた“アサシン”というイメージによく当てはまるような男。 彼女は綺麗に笑って、そのアサシンにキスをしようとしたようだった。 けれど、照れているのか相手は彼女の額を押さえてそれをやめさせようとしていた。 彼女は面白そうにずっと笑っていた。 二人とも相反する立場なのに…。 いや、けれど世の中にはそうゆう恋人達もいる。 問題なのは…俺が人を殺していたアサシンだということだ。 冒険者としてのそれなら大して問題はないのだろう。 …そうだ、俺は プリーストでなくとも 綺麗な人達とは 相反する 血なまぐさい暗殺者だった。 『グローリィ…』 気が付けば、最近頼らないようにしていたそのプリーストへWISを送っていた。 俺が暗殺業から手を引けたのは彼のおかげで、もう彼に頼りきりになるのはやめようと避けていたのに。 『ジノ?どうしたんですか?』 少し遅れてから驚いた様子の声がした。 どうしたのかと聞かれると、何もない為どう答えて良いか分からなくなる。 押し黙っていると、グローリィが子供をあやすように優しく名前を呼んでくれた。 『明日、一緒に買い物に行きましょうね。』 アサシンギルドから手を引いたといっても完全に縁が切れたわけではない。 下手に出歩いて後ろからグッサリやられる危険性もあるということで、俺は必要最低限しか外に出ない。 もちろん彼と一緒に外を歩いたことはほとんど無い。 突然そんな誘いをされて戸惑ったが…何故か、嬉しいと思った。 『遅い時間の一人歩きはよくありませんよ?日が落ちる前に家に帰ってくださいね。』 『…大丈夫。少し買いたいものがあっただけだから。』 そう言ってWISを切った。 子供に対するような物言いだが、それも彼の心遣いだろう。 白昼とはいえ危険だ。 早く家に戻ることにした。 「…!」 首筋の後ろにゾクゾクと寒気が走る。 もう肌になじんだ、他人の殺気。 ヒュンッと短い風切り音がして、横へ身体をずらした俺の隣を矢がすり抜けた。 それは近くの露店の果物に突き刺さる。 「へ…?」 それに気づいたらしい商人が変な声を漏らした。 ――― マズイ 俺は一目散に駆け出した。 頭を低くして、人の波に紛れて。 狙撃手か尾行の目があるのに家に戻るのは危険だ。 まずは撒かなければ。 まだ狙われる可能性があり、危険というのは分かっていたが、実際に狙われたのは始めてだ。 返り討ちにできれば、これからはほとんど身の危険はないと言える様になる。 アサシンギルドは完璧主義だが執着はしない。 だが俺一人で戦えるとは思えない。 暗殺の際は大抵、実行者と監視者がいる。下手をすれば2対1になる。 まずは逃げなければ。 けれど、どうやって…? まだ疲れてもいないのに心臓が激しく脈打つ。 駄目だ、冷静になれ。 ここで体力を浪費するわけにはいかない。 とりあえず、適当な宿に逃げ込むことにした。 宿ならば侵入者に警戒すれば良いだけだ。 相手が諦めるのを待つか、隙を見てそこから逃げれば… 「…!」 不意に目を止めた宿の入り口に、灰色のマントを着た男が立ちはだかる。 直感的に、あれが敵だと悟る。 思わず足を止めた瞬間、またどこかから風切り音。 『っ…!』 咄嗟に動いたが後ろから腕に矢が突き刺さった。 まだ危険だ。体勢を崩しながらもバックステップで矢の追跡から逃れようとした。 「きゃああああああ!!!!!!」 目の前でした女性の悲鳴。 見れば蹲った彼女の足に、俺の腕に刺さったものと同じ矢が刺さっている。 敵は無差別に攻撃してくる。 俺が見つかってはいけないのはアサシンギルドだけではない。 問題を起こして自警団にでもつかまれば、そちらから素性を探られてしまう。 人に紛れていてはいけない。 俺は舌打ちをして引き返し、人の少ない路地へ抜け出た。 建物と建物の間の細めの路地をひたすら駆ける。 後ろを見る余裕など無いが、かすかに人の気配を感じる。 「…っ!」 路地の出口にマフラーで顔を隠したハンター。 しまった、冷静さを欠いてまんまと誘導された。 後ろからはアサシン、前のハンターはこちらに弓を構えている。 この真正面から、避けられるか… 「ぐあっ!!」 突然視線の先のハンターが倒れた。 それを踏み潰すようにしているのは…俺や後ろのアサシンのようにフードつきのマントで姿を隠している男。 「早く来い!!」 一瞬、俺が足を止めかけたのを見てか、男はそう叫んだ。 聞き覚えの無い声。 知らない男を信じて良いものか悩むが、それでも俺にはそれしか道は無い。 路地を抜け出ると、男も俺の隣を一緒に走ってくる。 そして、みてしまった。 彼のマントの下のアサシン装束。 また、彼が敵なのか味方なのか分からなくなる。 「ジノ、次の路地を右だ。」 突然隣からそういわれる。 というか…“ジノ”と呼ばれただけで、警戒心が薄れてしまう。 そう呼ぶのはグローリィだけだったから。 言われたとおりに路地を右に曲がる。 「屋根に上がる!ダストボックスから塀に飛べ!」 彼は一般人を巻き込みたくないのか、そんな突拍子もないことを言い出した。 言われたとおり彼の言うダストボックスを目で探した。 そして数十メートル先に見つけたそこには、煙草をふかしているブラックスミスが座っている。 「んんぁ?なん…」 「邪魔だ!」 呆けたような顔でこちらを見てきたブラックスミスを、こともあろうか隣のアサシンは踏み台にしてそのまま塀の上に飛んだ。 というか、明らかに今の人は首が捻じ曲がっていた。 ――― !? 俺が慌てた様子で、でもとりあえず今のでダストボックスから転げ落ちたブラックスミスに心で謝りながら塀に飛んだ。 「気にするな!今のも敵だ!」 いや、嘘をつくな、そこ。 とりあえず、罪の無いブラックスミスを足蹴にした以外は難なく屋根に上がり、俺達は走りつづけた。 後から敵が追いかけてくる。 まだ諦める気はないらしいが、ここなら一般人を巻き込む心配はなさそうだ。 ハンターもいないから狙撃される心配も無い。 「…!」 安心していたのもつかの間、屋根の上で遊んでいるらしい子供達が見えた。 俺は咄嗟に隣のアサシンの腕を掴んだ。 「…あいつらも敵だ…!!」 鬼の形相で彼はそう言い放った。 やっぱりか…!!! 流石に子供達を足蹴にするわけにもいかず、そのまま彼の腕を引っ張って横にそれる。 「くそっ…!」 何か計画があったのか、隣でアサシンは舌打ちをして何処かにWISを送っているようだった。 「ジノ、作戦変更だ。フードをとれ」 「…っ?」 ジノ、と呼ばれるたびに不覚にも彼への疑心が薄れてしまう。 だがどっちにしろ今はこの男に従った方が良いと判断し、フードを外した。 そして彼も同時にそれを外す。 フードの下から現れたのは俺と同じ色、白い髪。 長さも同じくらいだが、そこには悪魔のヘアバンド。 不意に思い出した、あのグローリィに良く似た女性の恋人…? 顔は見えなかったが、後姿はそっくりだ。 今見える横顔はオペラの仮面で隠れている。 顔つきからして、俺より一回り年上だろうか。 「あの屋根の上だ!」 そう言って指したのは、ここよりもう一段高い屋根。 気合を入れ、少し距離のあったその屋根まで飛ぶ。 走り出してすぐに後ろでまた飛び移ってくる音。どんどん距離が縮まっている。 「これつけろ」 屋根を超えて反対側へ滑り落ちるように走っている最中に、彼がつけていた悪魔のヘアバンドを頭につけられ、オペラの仮面を渡された。 頭装備を変えてしまえば、同じ髪型で同じマントを羽織っているため後ろからでは見分けが付かない。 もしかして、彼が身代わりになる気か…? 視線の先で屋根が切れた。 逃げ道が… 「俺を信じろ、ジノ。」 オペラの仮面を外したアサシンがそう言う。 大人の顔つき。 濃い蒼の瞳。 眉や睫毛は黒だから、白い髪は染めているのか。 彼とあのプリーストの女性を思い出し、胸の奥がチリッと熱くなるのを感じた。 俺は何を不快に思ったのだろう。 この男とは初対面だし、彼の恋人はグローリィとは別人なのに。 「行け」 小さく言って、屋根の終わりまで走ってきた俺を彼は後ろから突き飛ばした。 …高い。 「――― !!!!!!!???」 声無き絶叫しながら俺は頭から地面に向かっていた。 「はい、ご苦労様。」 地面に激突することはなかった。 突然、誰かに荷物の様にキャッチされて、隣からそんな呑気な声がした。 その人物に地面に下ろされて、見上げた。 さっきのプリーストとは違う。 金の髪で顔半分を覆っていて、その下には強いエメラルドグリーンの瞳。 明るい、優しいなどの印象付けされそうな顔つきの男性だった。 「開け、記憶の地への扉…ワープ・ポータル」 そしてまたこっちでも、問答無用で俺は引きずりまわされる…。 あの空間移動の浮遊感に突然襲われた。 「はい、アマツ到着ー!」 気が付けばそこはさっきとは違う土の地面。 そして地にところどころ散らばる桃色の欠片。 上を見れば…満開の桜。 何故こんなところへつれてこられたのか分からず、俺はプリーストを見上げていた。 彼は俺の隣にドッと腰掛けて一息ついていた。 よく見れば彼は汗だくで、息を乱している。 「ああ、見苦しくてごめんね…君らをおっかけてて、町中走り回ったから。」 彼は胸に手を当ててしばらく深呼吸したあと、こちらに手を差し伸べてきた。 「初めまして、僕はルナティス。君のことはいろいろと聞いてる。」 やっと相手の名前が分かり、俺はその手をとりながら彼にWISを送る。 『あなた達は何者だ…?さっき俺の身代わりになってくれアサシンは…?』 「ああ、慌ててたから、事情も話さず引きずり回してごめんね。 でもまぁ、あとちょっとしたら、皆来るから。そうしたら分かるよ。」 そう言って彼は、どこからかりんごジュースを取り出して、差し出してきた。 「…ああ、終わったみたいだ。」 訳が分からないままでりんごジュースを飲んでいた、そんなときに突然プリーストがそう言った。 同時に彼の視線の先に、人が二人転送されてきた。 二人とも見覚えがあって俺は思わず立ち上がる。 さっき俺を助けてくれたアサシンと、その恋人らしいプリースト女性。 「お疲れ様。」 ルナティスが言うのに、転送されてきた二人が頷いた。 俺が何も言えずにただ突っ立っているのを見て、アサシンはこちらに手を差し出してきた。 「慌しくて紹介が遅れたな。俺はヒショウだ。」 そう言いながら彼は自分の白い髪を掴んだ。 引っ張るとそれはズルリと外れて、その下には先ほどとは打って変わって真っ黒い髪が現れた。 初めから俺の身代わりになるつもりだったのか、その為にわざわざ被っていたかつらだったらしい。 教えられた名前をイメージして、目の前の相手に言葉を送る。 『さっきは、ありがとう…。でも、何であなた達は…。』 言いかけたのところで邪魔が入った。 ヒショウの隣にいた女性が、割り込んで抱きついてきた。 「……!!!!??」 突然抱きつかれて、思わず慌てた。 自分で顔が赤くなっているのが分かる。 初対面の女性に突然抱きつかれ、訳も分からぬまま困惑していた。 「怖かったね、ジノ。無事でよかった。」 子供をあやす様に彼女に言われた。 その声は… 『…グローリィ?』 「うん?」 『…!!!!』 目の前の女性の声が、間近で聞くとあまりにグローリィに似ていた。 もしやと思いWISを送れば、目の前の女性が反応する。 間違いない…この女性はグローリィだったのか。 『…グローリィ…女だったのか…?』 「…ジノ、私のことを女だと思うのかな?」 女性だといわれればなんだか納得できてしまう。 ずっと男性用のプリースト法衣を着ていたから気にしていなかったが、男性とも女性ともつかない容姿だ。 ムリは無い話だと思う。 「っぶふぅ!!!」 相変わらずにこにこしているグローリィの後ろでルナティスが吹きだして笑い出した。 「こんな女は恐ろしいな…」 そう言いながらヒショウが彼の隣で苦笑いをしている。 『…え、でも…そのヒショウ、さんが…恋人なんじゃ』 「………。」 俺が頭に?を浮かべながらも聞くと、彼は笑いを堪えるように笑みを崩した。 そして肩を揺らして笑いながら、ヒショウに向き直った。 「…ヒショウさん。ジノが、私達はお似合いのカップルですって。」 …いや、そこまでは言っていないが。まぁ確かに思っていたことは事実だ。 俺は…グローリィを守るには子供過ぎて、まだ守られてばかりいる。 彼女は彼のような大人の男に守られているほうが… 「誰がカップルだ!!こんな変態プリースト、脅されてもお断りだ!鳥肌が立つ!!」 突然ヒショウが別人のように怖い顔をして叫んだ。 …え、変態? 「私だって貴方よりルナの方がイイですよ。可愛いし上手いし。」 それにグローリィが腕を組んでまるで高飛車なお嬢様のように横目で彼を見て言う。 女性用のプリースト法衣はスリットがあって片足が腿まで見えるわけだが…足、綺麗だな…。 というか、上手いってなにがだ? 「あっはっはーどうでもいいけどまだ少年の心なジノ君の前でそうゆうことは言わないほうがいいだろー」 …上手いってなにがだろう。 「まぁ、アサシンギルド側には私のプロフィールがあるかもしれないと思ってね。 念のため女装したんです。だからちゃんと男ですよ?」 そこ!!事情は分かったからスリットをめくるな!!! グローリィの後ろでヒショウが「ただの趣味のくせに」と呟いている。 『…そっちの二人は、グローリィが雇ったのか?』 「ええ、元々知り合いなので。友情価格で受け持ってもらいました。」 『俺の為に…?』 頭はぼーっとしていたのに自然と口がそんなことを聞いていた。 彼は「ええ」と言って頷く。 「これで自由でしょう?ジノにはちゃんと、外の世界も見て欲しかった。 私がいろんなところへ連れて行きたかったし、君自身でも歩いて欲しかったんです。」 顔と目の奥が熱くなった。 嬉しい。 誰かに気に掛けられることなど無かったし、グローリィにここまで大切に思われていることが嬉しかった。 本当に、彼に助けられてから、生きていることを不覚実感するようになって… 何度か生きていてよかったと思えることがあって 今は、その中でも一番深く「生きていてよかった」と思う。 『…ありがとう』 弱弱しく送ってしまったWIS。 ありがとうなんて、誰かに言ったことがあっただろうか。 「どういたしまして。」 そう言ってグローリィに頬を手のひらで包まれて、目の下当たりにキスをされた。 …何度もされていて慣れてしまったのだが、こうゆうことは普通はしないような気がしていた。 だが思いっきり他人(ヒショウとルナティス)がいるのにするということは普通なのか。 そう思っていたら今度は反対側に。 そこに軽く吸い付かれた。 瞬きをしたら視界が霞んだ。 ああ、泣いていたのか、俺は。 「アマツの桜が見物だと聞いて、季節外れですがここを一端の避難地にしたんです。 ずっと気を張り詰めっぱなしだったでしょう?少し息抜きしていきましょう。」 頷くとまた涙が流れていくのが分かった。 「というか、別に貴方達までこっちにいることはなかったんですよ?」 グローリィが相変わらず微笑みながら同じ御座に座っているヒショウとルナティスに言う。 「いや、だってなんか心配だしねぇ?」 ルナティスさんは俺達のことを心配してくれているというが、アマツの甘酒とやらを飲みまくって大分酔いが回っている。 「…流石にアマツまでは追いかけてこないでしょう。」 グローリィがどこか不満げにボソリと言うのに 「お前がジノに良からぬことをしないか心配なんだ。」 「そーそー!」 ヒショウとルナティスが返す。 グローリィは別に俺に良からぬことなんてしたことはないが。 「ヽ(`Д´)ノ ジノ君独り占めもズルーイ!」 「こんな無垢な子をお前のような肉欲だらけの男と二人きりにできるか。」 「…何を部外者のくせに…」 ルナティスさん、ヒショウさんとグローリィに挟まれた俺の頭上で、何か火花が散っている気がした。 彼らが何を争っているのかいまいちよく分からないが… それでも、気遣われていることが嬉しい。 見上げた桜は綺麗で、これからはもっといろんな世界を見に行ける。 泣きたくなるくらい幸福な日だった。 |