↓内容はちょっとこれにリンク
http://kangoku.blog.shinobi.jp/Entry/24/
※若干グロ注意

人ならざる者は沢山いる。
人でありながら生きていない者も、俺には見えた。
もうすぐ30年近く経ってしまう俺には、そんな奴らの遭遇は大して大事ではない。
日常茶飯事とまではいかなくとも“良くあること”だったから。
けれどある少年との邂逅は、俺にはどうしても“良くあること”なんて一言で片付けられないものだった。

甘く痺れるような出会い。
一目惚れというのはすればあんな感じなのだろう。

その出会いからもう2年が過ぎようとしていた。
けれど、どうにも忘れられずに俺はあの少年のことを胸の中に貯めていた。

あまりに幻想的で、儚い少年だった。
その瞳、唇、指先、睫の一つ一つに至るまで鮮明に脳裏に刻まれていた。



「…神父、その子は…?」
「あ、バレてしまいましたか。」

まだ時間は早朝、一般人のミサは開かれぬ内にこそこそと大聖堂の鍵を開けて見慣れた後姿の神父と全身をマントで覆った影が入っていくから何事かと追いかけてきた。
同僚の神父が、一般人の青年を連れ込んでいたのだ。

観念したように神父は笑い、ちょっと見逃してはもらえませんかと笑う。

「誰も居ない明け方の大聖堂があまりに美しいから、この子に見せてあげたかったんです。」
「人の上に立つべき神父がそんないい加減なことを…」

何か言いかけると、彼はムッとした顔をする。

「人の関係に上も下もありますか。私は彼に美しいものを見せる義務があるのです。」

説教をするように、真剣な眼差しで何処までも通る声で言い張る。
だがこれはこの神父が良く使ういいわけの手段だ。
なまじ神秘的な雰囲気を持つ男だから、こうして偉そうに出られると「そうなのか」とうっかりくだらないことでも納得しかけてしまう。

「でもまぁ、もう夜明けですからちょっとだけ、ね。」

俺に言い訳が通じないと分かった相手は開き直って二人で祭壇前までズカズカと歩いていってしまう。
こうなっては仕方ない、いつでも他人の振りを出来るように大聖堂の出入り口付近に立っていつでも逃げられる体制を整えた。

祭壇の丈夫にはステンドグラスの天窓があり、そこに朝日が差し込む。
そこは丁度東、朝日が正午まで差込み大聖堂内を照らすライトになる。
だが確かに、夜明けのこの時間は夜の帳の如き紺色と朝焼けの朱が混じりあい、いつもとは違った淡い光が差し込み始めている。
光は穏やかで、直視できる程度。
それ故に輝くステンドグラスが鮮明に見られる。

青年が全身を覆い隠していたマントの、フードを外す。


その瞬間心臓が高鳴り、自分の瞳孔が開くのさえ感じた気がする。
光を受けて輝く雪のような柔らかな白。
白い首筋。
青年はステンドグラスの列を眺めるように、ぐるりと体を回して天井を見上げていた。

後頭部しか見えなかったこちらから、彼の思ったより幼い顔つきと水晶のように澄んだ青が見えた。

予感は確信へ。
そして俺は突然二度目の邂逅を果たした。





Folloe The Diva





歌声が聞こえた。
人のいない森に、谷に木霊する。
その声に詩はなく、思いだけを叫ぶような感情。
そして音階は悲しくも楽しくもない、自然のままに馴染んでいくような音だった。
単純に“美しい”

その声に応じて森が、風が、鳥が歌う。
これに引き寄せられぬ者はいないだろう。
思わず足が動いた。

「神父、どこへゆくのですか?」

今は教会への移動を数名で行っている最中で、隣を歩くシスターに止められた。
こんなむさっくるしい男よりも、余程この美しい歌に似合いそうな彼女なのにこの歌に何の魅力も感じないのだろうか。

「この歌、すばらしいと思わないか。」
「歌…?」

彼女は首をかしげ、だがすぐに納得したように1つ頷いた。

「きっと、生無き者の歌ですわ。私には全く聞こえませんもの。」

彼女は俺を「変だ」とは詰らなかった。
教会にも少ししかいない『死者を見聞きできる者』の一人だと俺は認識されているからだ。

「…そうだ、な…こんなにも美しい。」
「気をつけて下さい、悪い者が貴方を誘っているのかも。」

俺は即座に首を横に振った。
この声には美しさはあるものの、人に媚びたり誘うようなものは含まれて居ない。

「大丈夫だ。悪い者ではないというのは自然が教えてくれているし、俺もいい加減に判断がつくようになった。」

俺はシスターに先に行くように言いつけて道を外れた。

ただ歌声に向かって歩いた。
相手は死者、亡者なのかもしれない。
だがこんなにも満ち足りた歌を紡ぐのはどんな存在か、見てみたかった。

『気をつけて』

茂みを歩いていると、歌声が止んで突然頭上から声がした。
咄嗟に足を止めて、その足元に大きな溝があることに気づいた。
地盤沈下か何かで1メートルくらいの小さな崖があり、しかし茂った樹木で隠されていたのだ。

更に沈下した地面の3メートル向こうは完全な断崖絶壁。
だがこうして沈下したのは何十年も前と見えるので足場はしっかりしていそうだった。

俺は声のしたほうを見上げ、その姿を見定める前に「ありがとう」と告げた。
だが声のする方には何もいない。

『わたしは、その崖の下にいる』

言われて見れば、何かの気配がある。
だが近づいてみないとその姿は分からなかった。

「近づいて構わないか?」
『うん』

若干嬉しそうな声で、無邪気な返事。
歌っているときは少女と思ったが、地声を聞くとどちらともいえないが若干少年っぽく聞こえる。
声変わりをする前特有の繊細な声だ。

崖を降りて茂みを足で踏みしめる。
すると目の前に彼はたたずんでいた。

白くて滑らかな肌、水晶のように澄んだ青の瞳。
シーツのような布を体にまとうだけで何も身に着けていない、10歳満たないような子だった。
まだ少女でも胸のない年だが、それでも角張った骨格から少年と判断できる。
雪のような髪は太陽の光を透かしてその子の足首あたりまで延びている。
いや、すかしているのは太陽光だけではなく周りの景色さえも。

少年は全身が透けていた。
だが別段驚くこともなかった。

「やあ」

開口一番、そんな間抜けなことしかいえなかった。
少年は微笑んで『やあ』と返してくる。

『あなたは、わたしが見えるんだね』
「ああ。今まで誰も訪ねてこなかったか?」
『少しだけ。崖の上で、わたしの歌を聞いていた。』
「じゃあ、こんな特等席まで来たのは俺が初めてかな?」

少年は微笑んで頷いた。
その無垢さはむしろ少女だった。

「なあ、よかったらもう少し、聞かせてくれないか。」
『もちろん。わたしはそれだけの存在だから。』



少女の声は再び谷間に木霊した。
詩の無い歌はまるで異国の歌のように耳にも心にも馴染み、少年の思いを告げる。
ああ、楽しいのだ。と。

歌うことが、風を受けることが、森と笑うことが。
そして今日は少し特別な来客がある。

少女、いや、少年の声は高まり、一人で何十ものコーラスを作り谷間を駆け回る。

少し気になることができた。
この美しいものは「声」だった。
人間が発する「言葉」を伴っている。
生きていないとはいえ十に満たない子供が発せられるものとは思えない。

何十分聞いていたか、もしかしたら何時間かもしれない。
あまりに心を震わされ、涙さえ滲んでいた。

しばらくこちらからまともな言葉が出なくて、思わず少年の手を掴もうとした。
掴める筈はないから、掴むそぶりだけした。

「ありがとう、とても綺麗だった。」
『どういたしまして。』

歌が終わり、甘い痺れが抜けてくると疑問が沢山浮かんでくる。
それをどうしても聞きたくて、少しおしゃべりがしたいと申し出てみた。
少年は喜んで応じてくれた。

「まず、君の名前を聞きたいな。あとはどうしてそんな姿に?」
『名前は無いよ、わたしは生まれなかったから』

そう言う少年には、嘆きの色は一切見られない。
死んだものは自分のその境遇を嘆いて生者を羨む。
だが生まれなかった、とは?

『わたしともう一人をお腹に入れたまま、母は死んでしまった。
母を殺した人が、わたしたちを取り出したの。
もう一人は男の子。わたしはわからなかった。』

わからない、と言った瞬間に少年の体が一瞬柔らかさを備えて少女へと変化した。
少女か少年かがはっきりしない容姿と口調は、少年自身が分からないからだった。
少年はやはり何の嘆きも無い、だが内容は酷い話で思わずしかめっ面になる。

「そんな…」
『でも、わたしはいま幸せ。』
「何故?」
『歌えるから。』

少年は足元の草をすり抜けている。
だが髪は不思議と風をうけて靡いた。
長い、長い髪は風を受けることをその使命としているかのように、楽しげに踊った。

『わたしの生を持っていったもう一人は声がない。自由も。
こうして風と森と一緒に歌うことを知らないの。』

少年は微笑んだ、幸せそうに。
それはまるで生まれたままの赤子のように純粋無垢の微笑みだった。

『おにいちゃん…いや、弟かな、その子はいつも怖がって怯えてる、可哀相。
いつも痛がって、堪えて、寂しがっているの。
わたしには全部分からないこと。
でもきっとその子にはその子の幸せがあるよね。
ちゃんとわたし達ははんぶんこされてこうしているの。』

果たしてそうなのだろうか。
本来ならばこの子もちゃんと生まれてくる筈だった。
そしてこの美しい歌声も、世界の全ての人々の元へ届けられたかもしれないのに。
その未来を引き裂いたのは残虐で勝手な大人だろうに。

『わたしは、ずっと歌うだけ。今までもそうしてきた。』

その言葉にはっと気づく。
この子の歌は、それにすべてを注いできたからこそ生まれたもの。
きっと生身の体を持っていたら磨かれることは無かったであろうもの。

それに気づいた俺の心を理解しているのか、少年は青い瞳を閉じて笑む。

『すごく、すごく幸せ』



考えてしまえば思考は沈む。
それからもっと離せば、少年の…いや、赤子の骨はまるで遥か遠くの地で川に捨てられ、小石のように砕けてこの地まで流れてきたという。
そのうち大雨が降り、その骨達が気まぐれに流れていけば少年はそれと一緒に流れてこの地で歌えなくなる。

それでも良いという。
その流された先の地で歌えばいいと笑う。

もっともっと骨が砕かれてただの砂と化し、世界中散り散りになったら…?
そうしたら世界中で歌うと少年は応えた。

こんなにも純粋で美しい存在をはじめて見た。
できることならずっとこの子の傍に居たいと思った。
それはある意味一目惚れに似ている感覚だろう。

声も息もつまり、胸が苦しくなる。

『もうすぐ暗くなる、寒くなる、人もいなくなる。』

その言葉に我に返った。
自分は山越えの途中だったのだ、そろそろ歩みを進めなければ街に着く頃には夜が更けてしまう。

『元気が出るように、早く帰れるように、歌ってあげる。』

少年は微笑む。
彼は久々だという人との触れ合いも惜しむ様子は無い。
何故なら自分に満足しているから。
本当に歌うことが全てなのだ。

少年への未練を振り切り、笑顔で別れを告げて背を向けた。
崖を上り、また山道に戻り街を目指す。
するとまた歌声が聞こえ出した。

まるで沈んでいく太陽をまだ浮かせていようとするような、励まされる歌。
確かに、少年は「早く帰れるように」歌ってくれていた。



あの後、大雨が続いた。
もしやと思えばやはり、少年はあの場所に居なかった。
きっと谷底の川が増水して骨は流されたのだろう。

あの歌声が聞こえないのは寂しかった。
だがきっと名も無い歌姫はどこでも歌う、嘆きなど無いのだ。
誰にも掴めない、だが誰にでも触れ合える。
美しい歌は耳で聞こえなくても誰かの心に響くことだろう。

あの子はどこまでも自由だった。






あれから二年。
早朝の大聖堂。

目の前でステンドグラスに見ほれている青年はどうみても、彼だった。
顔つきは中性的であるものの、男と分かる程度には骨格がはっきりしている。
まだ少年と青年の中間だが、俺が覚えている姿からは大分成長していた。

だが期待したのは一瞬。
この青年は、あの子ではない。
何故なら間違いなく“生きている”からだ。

ならば思い当たるのは、その片割れであるということ。

「…なあ、歌ってみてくれないか。」

そう言うと、青年は変わらぬ水晶のような瞳でこちらを見る。
戸惑うようにじっとしていた。
そして微かな警戒。

おもわず親しげに話しかけてしまったが、こちらは打って変わって警戒心の塊。
しかも大聖堂では問題になりそうなアサシン装束がマントから覗いていた。
彼を刺激しないように、慌てて歩み寄っていた足を止めて微笑みかけた。

「悪い、へんなつもりは無いんだ。少し気になることがあって。」

青年の警戒は解けない。
俺は距離を保ったまま彼を説得する。

「俺は昔、歌が上手い子供に出会ったんだ。ああ、それは本当に綺麗な歌声だった。
けどもう、聞きにいくことが出来ない、あの子の所在は分からない。
けどその子が君にそっくりだったものだったから、もしかしたら…と思って。」

青年はマントの中で構えていたらしい武器からは手を下げてくれた。
それにしてもこの警戒のし様はただ事ではない。

『いつも怖がって怯えてる、可哀相。
いつも痛がって、堪えて、寂しがっているの。』

あの子はそう言っていた。
もしそれがこの青年ならば、いったいどんな目に遭ってきたのだろう。
あの子のように母親の胎内から取り出された時に力尽きて、川に捨てられた方が幸せだったというのだろうか。

改めて彼の目を見れば、あの少年と同じ色で澄んでいるのに深い。
深く、昏く、孤高だった。

「…この子は、生まれつき声が出ないんですよ。」

ずっと脇に避けていて傍観していた神父が口を挟んだ。
それを言われても俺は驚かなかった。
そうだろうと思っていたから。
あの子は『わたしの生を持っていったもう一人は声がない。』と言っていた。
あの子の言葉は欠片も残さず鮮明に覚えている。

こんなにも似ているのに互いに違うものを持ち、違うものを失った子供達。
けれど美しいものを愛でる姿は変わりなかった。
朝のステンドグラスを宝物を見るように見回していた姿はあの子によく似ていた。

「…そうか。邪魔したな。」

このアサシンはあの子の血縁者、いや、血縁者だったのかもしれない。
だがどんなに似ていてもあの子ではない。
そしてあの子の存在すら知らないのならば、赤の他人も同然だ。
俺が踏み入っていい領域ではない。

神父に「人が来る前に退けよ」と忠告してから大聖堂を出る。
けれどその前に

「なあ、君。」
「?」

彼はまだこちらを見たままだった。

祭壇の前、ここであの子が聖歌を歌えば神の祝福さえ集められただろう。
けれど歌声の無いこの子でも、朝日とステンドグラスの光は降り注ぎ祝福を受けていた。
これが、丁度いいのかもしれない。

「今まで、大変だったのだろう。けれどこれからいくらでも幸せになれるよ、きっと。」

君の片割れは、幸せになっているんだから。

そこまで言う前に、彼は顔を横に振った。
どうゆうことだ?

「今、私と一緒に居て幸せですもんね?」

同僚神父が微笑みながら、答えを強要するように彼に抱きつきながら言う。
けれどそれにはっきりと青年は頷いた。

「…そうか。」




心残りは無くなった。
彼は誰かの手に納まることで幸せを得た。
あの子は誰の手に納まらず、それで幸せならば…


俺はあの日の甘い痺れと悲しみと喜びが入り混じった思い出さえあればいい。
そしてどこかで微笑み、風を受けて歌っている子供の為に祈ろう。

あの子なら、きっと神様は少し浮気したって許してくれるだろう。





   Fin



.



.

「ところで神父、あの子に手を出したら許しませんからね。」
「あの子、って…あのアサシンか?いや別に俺にぁ少年趣味はねーしな。」
「でもあの子に似た子に惚れ込んでいたんでしょう?なんかあの日以来貴方の様子が変で…」
「変ってなんだよ。踏ん切りがついただけだ。
それに俺がほれ込んだ子ってのは男でも女でもなかった。
云わばなんっつーか、妖精みたいなやつだったしな。」

「……頭、大丈夫ですか?」
「俺はアサシンの、しかも男の子に執心してるあんたの方が大丈夫かと思うわ。」

 

本編はK0KIAさんの『Fo||ow The Nightinga|e』を聞きながら
あとがきは笑顔動画より、KAIT0の『死ねばいいのに』を聞きながら(何故!!
ところで書き始めたきっかけはWEB拍手の「ジノの話」というリクからだったんですが……
ちょ、ジノ空気!名前すら出てない!!
ちなみに話は携帯小説で昔書いた奴にリンクしてます。→
http://kangoku.blog.shinobi.jp/Entry/24/※若干グロ注意

幻想的な雰囲気が表せていたらよいのですが。

ていうかジノの話、といわれてもどんな話を書くか悩み友人にとりあえず
「怖い、グロい、エロい、シリアス、可愛い、のどれがいい!」と聞いてみて「可愛いエロ」だったかなんだったかと応えられました。
その後ジノの話のことだと言えば「可愛いほのぼのに決まってんじゃん」と怒られました(´・ω・`)
え、やっぱジノにエロはダメですか。
若干汚れ気味っていうか汚され気味のジノですが。

さて、しばらくまた鬱憤晴らしのエロ小説を書き溜めていようと思います。