結婚式が多くなる時期にまた新たに別の大陸との国交が行われた。 その為に基本的に政務に関わる上位プリーストとその部下達は仕事を山積みにされててんてこ舞いだった。 外国と交流をする場合、多くの場合宗教の違いが念頭にくる。 その解決策からそこから出た問題まで、処理をするのは教会の役目である。 また実際動く騎士ギルドのサポート役でもあるプリーストギルドは補助の仕事や現状報告の書類作成などもする。 つまり、各方面から仕事を押し付けられて皆泣きながら仕事をするはめになっている。 「ルナ、そこの結婚申請書の山を確認して許可印押してください。」 「了解。さっき正当か確認は済ませたからすぐに終わるよ。」 「助かります。では終わったらリヒタルゼンおよび洛陽の不況問題実録を借りてきて貰えますか。」 「それ、さっきシスター・ミルネスのとこで見たから内容覚えてる。」 「…去年の暴動記録の詳細、分かりますか。」 「リヒタルゼンは1件、東支部の窓ガラス5枚が割られる、おそらく貧民街の者の単独行動なので市民の反発ではない。 洛陽は8件、負傷者は協会側8名、デモ隊13名、自警団2名、死傷者はゼロ。いずれも全て異教を受け入れられない信者によるデモ。」 多少詰まりながらも書類を書き上げながらさらりと言うルナティスの後ろ姿を見て、ふとため息をついた。 「…流石ですね。」 「暗記するのは得意なんだ。記憶期限は3時間くらいだけど。」 それでも彼一人が傍にいるだけでこの仕事の進みの速さ。 心底その力が欲しいと思った。 2人はゆったりと言葉を交わしているが、目の下にクマをつくりながらで手は一時も休まる時はない。 「さて、もうすぐで全て終わりますね。」 「かなり頑張ったしね。」 「ルナ、それだけ能力があるなら大聖堂定職にすればいいのに。」 「新人だけどプリーストってことで体よくハードな小間使いにされるの目に見えてるからいい。」 「…よく分かっていらっしゃる。」 さらりとスカウトを断られてグローリィは小さく舌打ちした。 「では私専属で。」 「セクハラ上司に弄ばれる未来が目に見えてるからいい。」 「本当によく分かってますね。」 その分手当てをつけてあげるのに、と呟いてみるがそれに返ってくる言葉は無い。 2人とも視線は手元なので、口は動くが表情は動いていない。 大して笑いもしない言葉遊びのような談話で、少し間が空いてまた始まる。 「これが終わったら2日オフになりますね。」 「他の人達を手伝ってあげようって気にはならないんだ?」 「なりませんね。」 ルナティスは一瞬手を止めて、同僚に協力しないとキッパリと言い切ったグローリィを見て苦笑いした。 だが3秒経たずに仕事に戻って、書類の山に手際よく印を押していく。 「全部終わったら何する?」 「とりあえずキスしていいですか。」 「何をいきなりセクハラ宣言してるんだ。」 「仕事詰めで誰にもちょっかい出してないから飢えてるんですよ。」 「この教会はものすごい爆弾を抱えているね。この変態親父的性質を持ったプリーストの皮を被った色魔を即行封印すべきだよね。」 「そうですね。しかし広範囲でダメージの少ない散弾型の私と、ヒショウ限定でねちっこく威力大の追尾型の貴方とどちらが陰湿ですかね。」 「…それ認めるけどさ、悲しいけど認めてやるけどね!?ちっこいとか陰湿とか、ストーカーみたいな言い方やめてくれないか!?」 「失礼。どちらか変態ですかね。」 「ストーカーから変質者だよ、それこそどんぐりの背比べだよ。」 ここ数日振りに少し元気の良い会話をして、それが少し集中を乱してしまった。 一度乱れた集中は、すぐに戻るとは限らず二人の手は数秒間すっかり止まってしまった。 「…グローリィじゃないけどね、溜まってて堪えるのがしんどくなりそうだから。」 その言葉に、今度はグローリィが癖のように常に表情に浮かべていた笑みを落とした。 それから思い直したようにわざとらしいにこやかな笑顔を浮かべてみせる。 「そんな付け込めそうなことを言えば私が遠慮なくその隙間にスライディングしてくるって分かってますよね。」 「スライディングなんて体育会系なことを君がするとは思えないけど。綿棒より重いものは持ちたがらなそうな君が。」 失念した、と顔には出さずにそんな言葉をふざけて返して、ルナティスは書類やファイルの山を料理を運ぶウェイトレスのように持ち上げて部屋の入り口に運んでいく。 山を運び終えてまた宛がわれた机に座って、印とペンを手に取る。 その時を見計らったように、声をかけられる。 「ルナティス」 とても真剣な声で。 いつもよりトーンを落とした声で。 グローリィがこんな風に声をかけてくる時といえば… 真剣に人の秘密を聞き出そうとする時 真剣に人の悩みを深めようとする時 真剣に人の心の傷をえぐろうとする時 真剣に人を口説こうとする時 つまりはろくなことが無い。 不意にグローリィが席を立ち、ルナティスの後ろに回る。 そしてまだ書類にペンをはしらせている腕を撫でながら背中に身体を寄せた。 「…堪えるのがしんどいから止めてくれって言いましたよねー司祭?」 「止めてくれ、とは一言も?」 「………追伸:止めてください。追伸その2、セクハラの兆候を見せたら罰金頂きます。」 「払いましょう?」 言いながらグローリィは腕を胴に廻して、心なしか強張っていた相手の身体に後ろから抱きつくような体勢をとる。 ルナティスは金が絡めばやめると思ったのに、意外な行動を取られて少し驚いていた。 それともそれでもし金を貰ったら、まるで娼婦のようでそれこそ自分が拒絶すると分かっているのか。 相手のそんな意地悪さを感じとりながらも、背中に感じる体温が気持ちいいと思った。 ほのかに香る花の甘い匂いに、血流が早まる気がした。 「…リズンのシャンプー、だっけ。この匂い。」 「ええ、そんなラベルが付いてましたね。女性向けのものと思っていたんですが、知ってましたか。」 「ヒショウが、使ってる…もっと柑橘系のだけど。マナはこの匂いに近いの…使ってたし。」 答えるルナティスの声に、余裕がない。 その理由を分かっていながら、グローリィは笑いながら身体を摺り寄せている。 「…そっちは」 「…はい?」 どこかぼんやりした面持ちでルナティスは問いかけていた。 人工的に作られた香りのシャンプーは御香に似ていて、心地よかった。 日頃から泥や血に塗れたりすることが多い冒険者はほとんど無縁で、興味がない。 女性でないならルナティスが知るのは、匂いに敏感な分それを楽しんでいたヒショウくらいのものだ。 「…そっちは、好きな人いるのに、他人とするのに抵抗ないのか。」 「好きだけどまだ恋人じゃありませんし。それに、私の場合あの子は…性欲の対象じゃないですから。」 「つまり僕は性欲の対象ナンダー?」 思わず渇いた笑いが漏れる。 後ろからは耳元をくすぐるような笑い声。 胴に回されていた腕が滑り落ちて、内腿に触れる。 ルナティスが思わず息を呑むのが分かる。 「きっと、誰に恋することもできないから。今一番欲しいと思う子さえ、労るより傷つけたい欲望がある。」 「…分かる。僕も…」 恋人に対してその気持ちがある。 きっと愛に飢えて育った者の共通点だ。 「でも貴方と違って、私は気持ちを制御できませんから。」 「…この手は制御してくれないかな。」 「やっぱり無理ですね。」 笑いながら、既に熱を持ち始めて敏感になっていた箇所を服の上から撫でた。 中のものの先端を探して、そこを柔らかに撫でる。 思わず手に持っていたペンで書類を汚しそうになり、慌ててペンさしに戻した。 そして股間を探っていた手を慌てて掴んで止める。 「少し抜いてあげるだけ」 「要らない、って。」 「もう固くなってますけど。」 「…トイレ借りる。」 誘惑を振り切って立ち上がろうとしたルナティスだったが、後ろからがっちり抱き込まれて上手く立てずに終わる。 そもそも急所を手に取られているようなもので、動きづらい。 「恋人には同僚に無理やりやられたとでも言っておいて下さい。」 「レイプ被害者か僕は!う、わっ」 ルナティスを後ろから抱えたまま椅子を蹴り倒し、2人で床に転がった。 組み敷いて、顔を近づけて、指を絡める。 密着する手のひらや指先さえじんじんして刺激された。 「あとこうなった原因は、どこぞの鈍感アサシンが恋人に放置プレイさせすぎたからということで。」 「何を根拠にんなことを」 「でも9割当たってるでしょう。数日ご無沙汰くらいじゃこんな敏感にはならないはずですし?」 「そんなこと言えるわけ……」 自身の顔より少し冷たい手が頬に触れて、皮膚を撫でながら唇を謎って首筋へ。 その首筋がひそかに息を呑んだ振動を伝えてきた。 「…ヒショウと、ジノが居なかったら」 ルナティスの顔を撫でながら、何か思いを吐き出すようにグローリィが苦笑いする。 「絶対、貴方に惚れていた。」 仕事における能力だとか、容姿だとか、聡明さだとか、一点一点を誉めたらきりがないから 総合してそう告げる。 軽く落としたキスは拒まれなかった。 法衣の袖を脱がし、下穿きを取り払うのも拒まず、少し腰を浮かせたりして手伝ってくれる。 「…考えるだけ、無駄だよ…?」 「冗談です。」 ヒショウがいなければ今のルナティスはいない、グローリィにも分かっている。 それに過去を振り返るのはいいが、あの時ああすれば、もしこうだったらと惜しむことの不毛さを知っている。 ルナティスに教えられた。 「仕方ないこと。だからせっかくなので貴方を恋人から略奪する妄想でもして楽しんでます。」 「おい!」 「冗談です。」 できるだけ音を立てないで、声を上げないで。 それは二人の頭に常にあって、互いに互いを求めながらも制しあう。 乱れ切れない生殺し状態でも、確実に熱の解消はできた。 もとより情熱的な行為は求めていなかったから、構わなかった。 「ん、あ…あ!…」 か細いあえぎ声は互いの腰が揺れる度に規則的に漏れて、濡れた視線が置き場に困って左虚空を彷徨っている。 時折歯を食いしばって、それでも耐え切れずに時折赤い舌が覗いて。 裸体になった体格はグローリィより一回り良いくせに、頼りなげになる彼のそんな様子が愛らしいと思う。 「…ルナ…」 キスの変わりに頬を舐めると汗の味。 愛らしいと思いながら同時に少し憎たらしくなる。 確実に抱いてくる男の溺れさせ方を知ってる抱かれ方だ。 「っは…あ!…ん、ん…」 男なら優位に立っているとか支配していると感じたほうが良い。 身体の具合だとか相性よりも、征服欲を見たされることが重要になることもある。 わざとらしく無い程度に、けれど十分にルナティスはそれを演じて見せている。 こんな程度の交わりで彼がこんな風になるわけがないと分かっているからこそ演技だと分かる。 同じ男だから分かっているのか、それか一度はこれを生業にしたから分かっているのか。 「……可哀相に」 聞こえない程度、声にすらならない程度に口の中で呟く。 一度や二度抱かれた程度でこんな反射的に情婦的抱かれ方なんてできるわけもない、10回されたって分からない。 やはり唇は避けて、今度は首筋を舐める。 きっと恋人への裏切りという背徳を感じているだろう彼にできる唯一の気遣いだ。 互いに溺れないように、できるだけ機械的に。 「…本当は、もっと…したいんだけど…」 「ん…っ」 もっと舌を絡めて、熱く、深く。 そうしてしまえたら、いろいろと楽なのに。 それをしたら本当に彼を情婦のように扱ってしまう、溺れて抜け出せなくなる。 「…っふ、あ…待っ、て…」 絶頂が近くなったのか、もどかしげに腰を動かしてすがるように顔の横に置かれた手にしがみつく。 そして不意に、その手首に刻まれた傷が目に入り、一瞬全ての反応を停止させた。 ルナティスのその様子に、思わず苦笑いを浮かべるグローリィだ。 「…っひ、ぅ…」 気を逸らさせるように、感じるところを強く突き上げる。 切れたスイッチが再び入ったように、彼は息を荒げながらグローリィを見上げる。 「…まだ、消えないん、だね…?」 「…やめてませんから。」 両腕に刻まれた、一見不規則で不恰好な痣のように見えるその傷跡。 不意にルナティスが唇を寄せる、それでも今は情欲の時間だから神聖な行為にはならなかった。 腕に縋り、同時にその傷にも縋るように舌を付けて、突き上げられれば歯を立てる。 「っあ、あ…っあ… あえぎながら軽く爪を立てて、腕には熱い吐息がかけられ、噛まれながら唾液が滴った。 やめないくせに、してしまった行為の許しを請うように爪を立てた後を撫でる。 そしてまたその腕に掴みかかって縋りつく。 本当に愛しくも憎たらしい。 愛してくれないくせに、こちらが心底望んでいることを見透かすようにしてくる。 確実に求めるものを与えて、自分に溺れさせようとする。 無意識に。 ずっとその傷に触れていて欲しいと思うのに。 これ以上されると本気で溺れそうだった。 「んっ…あ!!」 ルナティスを腕から振り払い、一度繋がりを解く。 急速に熱が下がるのを感じるが、すぐにまた身体を組み替えて彼に覆いかぶさる。 彼の片足を跨いで、片足を担いで身体を横にさせる。 突然のことでも、すぐに相手の意思を汲み取ってルナティスは大人しくその体勢に応じた。 「っ、っあ!あ、あ!!っあう、あ!」 少しだけ斜めになった造形芸術のような体躯を片手で掻き抱いて、片手で張り詰めた熱を強く扱く。 叩きつける腰のリズムも全く容赦なく。 単調な声を上げて、必死に相手の身体を抱き返してしがみつく。 けれどそれは自分が力が入れやすいようにで、自分に突き込まれる熱を腰を揺らして確実に飲み込み、意図的に絞めて煽る。 「…ん…っは…」 心を彼の計画性に飲み込まれるのはよくないが、肉欲ならば溺れても問題はないだろう。 掻き抱いた彼の鎖骨あたりに噛み付いて、けれど噛みやすい場所を探すように首筋、肩と探して首の付け根辺りに落ち着いてそこを何度も強く噛む。 「やっ…う、あ!っは…!!ぁああ!」 一瞬首の痛みに跳ね除けようとしたようだが、思い直したように逆に髪を引き寄せる。 本当に噛み千切られると心配したか。 だがそんなことはしないだろうと、そして淡い痛みは快楽に繋がることをわかってあえて受け入れようと考えた。 「中、出させて」 「っは…!?」 シャワールームも無い場所で中に射精すれば後々処理に困る。 それを互いに分かっているのに、その要求。 ルナティスが目を丸くして抗議の声をあげるが、笑いながら黙れとその髪を後ろから掴み引く。 「っや、ああ…!やめっ!」 裏返る声で制止するが、強く突き上げ腰を密着させて嫌味っぽく最奥で達した。 同時に彼を扱く手で先端を引っ掻いて同時の射精を促す。 ルナティスはそれにすら応じて大人しくグローリィの手の中に放った。 「っあ…ぅ…」 中にドクドクと注ぎ込まれる熱い体液。 溢すことを許さないと腰を更に強く押し付けられる。 硬さを失いかけながらも割り込んでくる相手に、ルナティスは眉をしかめた。 睨みつけてくる彼に、心底楽しそうに笑いかけてやる。 まだ繋がりながら、熱を貪りあったまま呼吸を整える。 手の中に注がれたものが下に敷いている法衣を汚さないように、彼の下腹部に塗りつけて、まだ手をぬ濡らす分は見せ付けるように舐め取ってやる。 「…濃い。」 「吐きなさい良い子だから。」 「良い子はこんなことしないでしょう。」 「とにかく…っ!」 舐めるのをやめさせようとして身体を起こすが、まだ入れられている上に、中で体液がグチュと立てて思わず身体を強張らせた。 「っも、抜けって…」 「抜いたら下に敷いてる法衣がどうにもできなくなります。」 さらりと言われて、ルナティスは引こうとしていた腰を止めた。 恐らくもう既に汚れているだろうが、それでもここで抜いて中の体液を滴らせてしまったらもうどうしようもなくなってしまう。 「…今僕らの下敷きになってる法衣は、どっちの?」 「貴方のですよ。私はそっちに脱ぎ捨てましたから。」 「……。」 「……。」 「まっ、待って!抜くな!」 「抜くななんて、そんな入れっぱなしにして欲しいんですか淫乱ですね。」 「くそっ、言うと思ったけど腹立つ!」 「はいはい。法衣どかしてあげますからちょっと腰上げてください。」 指示通り、少し腰を浮かせると尻の下にあった布の感触がなくなる。 このままでいると中に入れられたままのものがまた脈打ちはじめそうなので抜け、と目で訴えてせかす。 「…っ…」 熱を放った直後で敏感な身体は、ゆっくり引いていく異物の感触をしっかりと刻み込んで、反射的に絞めてしまう。 それでも、早く抜いてくれないとまた欲しくなる。 「…っ、早く、抜けって」 「……そんな涙目で抜けとか可愛く言われると逆流させたく」 「と、し上を、からかうな!」 拳で軽く肩を叩く、そんな仕草が子供のようで可愛いなんてまた言うと本気で怒らせそうなので口には出さないでおく。 それでも殊更ゆっくり丁寧に、抜けていく感触と音を楽しみながら彼を杭から解放した。 ルナティスが熱でぼんやりした顔で徐に自分の後孔を探る。 普通ありえない運動をそこにさせていたせいで、緩く口をあけて真っ赤な腸壁を見せている。 生々しく、艶かしい。 グローリィは目を逸らして、けれど目線を向けたルナティスの顔もまだ熱に侵されていて欲情的で、更に視線を外すしかなくなった。 これ以上彼を見ると、もう一度したくなる。 今度こそいろいろと我慢できなくなる。 痺れた入り口を軽く指でなぞり、濡れた指先を見て血がついていないかを確認した。 「楽しんで…」 「ん?」 ルナティスが、穏やかな声で何かを言いかけた。 本当に穏やかで、優しげな声、あまりに違和感があった。 しかしすぐに言葉を止めて、自分が言った言葉に驚いているようで目を丸くしている。 それを見て、彼が何を言おうとしたのか分かった。 『楽しんでいただけましたでしょうか。』 娼婦のお決まりの文句。 あくまでこれは仕事で貴方とは仕事以外の何の関係も無いという宣告。 行為の後の余韻で朦朧として、それをつい口にしかけたのだろう。 「キスをさせてくれたら、この上なく楽しかったと言ってあげますよ。」 苦笑いをうそ臭い微笑みで塗りつぶしてそういえば、ふてくされたようにルナティスが頬を膨らます。 「そんなんいらん。」 「そーですか。」 少し張り詰めかけた場の空気を和らげて、グローリィが起き上がりだす。 全裸なのも構わず部屋の端まで歩いて、おもむろに飾ってあった花瓶から花を抜いて床に捨てる。 「何やってんだ?!」 「身体を拭く水に使おうかなと。」 「……。」 それだけでわざわざ花を…と口にしかけたが、二人とも全身に汗が滲んでいるのは仕方ないとして、下半身は体液に汚れている。 それで服を着なおして水場まで行くのは面倒だしその後服が汚れるのは避けたい。 「……『ありがとう、連日の仕事詰めで枯れかけた私に瑞々しい花を、ですか。その優しい気遣い、上の方々にも見習って欲しいものです。 この花の紅は貴方の髪によく似ていますね、貴方だと思い花弁を撫でて愛でさせて頂きますよ。』」 「…ほんっとーによく覚えてますね。」 「あまりにクサいセリフだったもので、覚えたくもないのに覚えてしまいましたよ?グロリアス司祭。」 ルナティスが棒読みしたのは、今朝アコライトの少女が持ってきた花を受け取ったときのグローリィの爽やかに下心を曝け出した言葉である。 その花をあっさりと捨てて(グローリィ的にはただ置いただけなのかもしれないが)使う水をハンカチや予備のアンダーなど適当な布に染み込ませて、ルナティスに投げてくる。 受け取ったルナティスは首筋や腕と汚れていないが汗に濡れたところから拭いていく。 「……久々にしたら、だるい。」 「ぶっちゃけ、実は全然気持ちよくなかったでしょう。」 自分と行為した相手に真正面から「気持ちよくなかっただろう」と言われて素直に言える人間はあまりいない気がする。 だがとにかく突然そんなことを言われてルナティスは目を丸くしてしばし黙った。 「…できれば相手はヒショウがいいとは思ったけどね。」 「でもなんとなく貴方の喘ぎ方演技がかっているから、主導権握った気がしないんですよねえ。」 「あのさ、別にチェスでやりあってるわけじゃないんだからそういうのどうでもよくないか?」 「私、下手ですかね。」 「イイけど女の人みたいにねちっこい。」 「…ふーん…ルナは巨漢にガスガスやられるのがお好みで…」 「そんなこと一言も言ってない!!ていうか怖っ!きもっ!!」 ふざけた会話を交わしながら、お互い少し離れた場所で熱の冷めていく身体を拭うのは傍目から見れば滑稽だろう。 適当に拭き終わったらどちらからともなく法衣を並べて、その上に二人並んで横になる。 元々連日の徹夜でいつでも睡魔は背中にのしかかっていたのだ。 体力を使ったせいで二人ともこれからすることは“寝る”ということしか頭になかった。 「……む…」 グローリィが抱き枕よろしくルナティスの頭を抱えてくる。 突き飛ばしてやろうとも思ったが、もう眠いしどうでもよくなってそのまま大人しく目を閉じた。 明け方までこのままだったら絶対に寝違えるな、と思いながら。 木を叩く音がする。 数秒遅れてそれがドアのノック音であることに気付いた。 「ふぁーい」 「失礼します、書類回収に参りました。」 「んん?」 てっきりギルドの仲間だと思っていたのに、聞こえてきたのは微かに聞き覚えがある程度の他人の声、堅苦しいセリフ。 何事かと首を傾げる間に、自分が寝ているのがギルドハウスではないことに気付いた。 プロンテラ大聖堂にあるプリーストの仕事部屋。 部屋はある程度整頓されているもののところどころに枯れた花・ドライフラワー・変な小物などが散る部屋。 グロリアス・リアーテに宛てられた部屋。 「っ!!!!!」 罰当たりなことに大聖堂から支給される法衣を2着床に広げてその上にルナティスと部屋の主グローリィが寝転がっていた。 二人とも全裸で、とてもすぐに顔を出せる様子ではない。 「ちょっとまってて!!えっと、何の書類ですか!」 「ブラザー・ラクスへの報告書です。」 半分寝ていた頭を叩き起こして言われた書類の場所を思い出しながら、床に転がっていた法衣を着込む。 その法衣の上にグローリィが寝ていたので、まだ夢の中らしい彼はゴロッと寝返りのように転がったが、まだ起きるつもりはないらしい。 下着なんか着る余裕もなく、法衣のボタンを閉められるだけ閉めて見つけた書類を引っつかむ。 「お待たせしました、これで大丈夫ですか?」 扉を少しあけて、そこから上半身だけ覗かせ書類を外に居たアコライトの少女に押し付けた。 「あの、グロリアス司祭は…?」 「えーと、今、仮眠中。」 「では、これ…お香、なんですが…リラックスできる、って。」 よく見れば、そのアコライトは先日あの紅の花を彼にあげた娘だった。 何故紅の花なのか、花言葉も大して意味は無い花だったのに。 そして今手元にあるこの香。 ルナティスは受け取って、その香の塊から香る匂いが、少女の香水の匂いによく似ていることに気付いた。 少女の、しかも聖職者かと思えばなかなか計算高い娘である。 と、ルナティスは欠片も顔に出さず、それを笑顔で受け取る。 「疲弊してる彼だから、泣いて喜ぶかもよ」なんて言葉も忘れずに。 小走りに戻っていく少女の背中を見送り、なんとなくその香を見た。 塊は三角錐をしていて、その裏側に「lizn」と彫られていた。 「これもリズンか。まぁ、ゲロたんの好きな匂いってならそうかもな。」 「噂によるとかなりクセの強い老婆がつくったシリーズだそうですよ。」 部屋の中にはアンダーを着こんで法衣の埃をはたいているグローリィがいた。 起きてるなら出てくれればいいのに、という呟きは完全に無視された。 「嫌味の無い爽やかな匂いでしょう?」 「うん、結構好きだな。」 「よければ使わなくなった香水があるんです。その香と同じ匂いのですが。」 グローリィが棚に置いてあった小瓶をルナティスに差し出す。 突然のことで、受け取るか悩む彼に「貴方が使わないならヒショウにでも渡してください」と言いながら押し付けた。 「無理やりつけさせればいい。そうすればそれがヒショウの匂いになって、いつでも貴方はそれを嗅げるようになるでしょう?」 それを聞いて一瞬ポカンとしたルナティスだが、なるほどと深く納得して強く頷いた。 「ありがとう、貰うよ。」 「ではその香水の分、書類一山手伝っていただきますよ。」 嫌味のようにそういうが、もはやココまでくれば一山も二山も関係なくなってくる。 ルナティスは腰をさすりながら小瓶を懐にしまって、服を着なおしてまた席に着くのだった。 メンバーに「女みたい」と言われて不貞腐れながら、それでもヒショウが香水を付けるようになるのはそれから数日後のことである。
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