THE XXX IN
THE HEART
「全て、捨ててきました。」
微笑みながら言う彼の言葉に呆然としていた。
『捨て、た…?』
訳も分からずに聞き返す。
「他に何もいらない…ジノがいれば…」
彼はそう言いながら俺を抱きしめてくる。
その腕はとても力強くて…少し怖かった。
今までいつでも俺を包もうとする包容力が今の彼にはない。
まるで俺にすがり付いてくるように…いや、逃がさないと捕まえるように抱きしめてくる。
「私は今まで、生まれた家の力に生かされてきた。姉もその力を保とうとして私を…憎んだ。」
殺し合い、憎み合ってきた姉弟。
その実態を、俺は知っていた。
外聞ではあるが、姉は次男を憎んでいた。
それは次男、つまりグローリィが悪魔と関わりがあった疑いがあるせい。
なのに二人は立場として同じ権力があるから、いがみ合っていた。
けれど、グローリィは気になることを口にしている。
「私もそれ以上にあの女を憎みました。」
彼が、誰かを憎む。
それが俺には想像付かなかった。
「最も愛していたのに、信頼していたのに、私より悪魔を愛して私を裏切った…私の思いを踏みにじった。」
息が詰まる。
彼の言葉が段々理解できなくなって、ただ抱きしめられる感触だけしか分からなくなる。
「だから、捨ててきました。家や、信仰、教会、姉の愛情…そんな今まで縋り付いていたものが如何に小さかったか、分かったから。」
グローリィの熱い吐息が首に掛かる。
「名前を、捨ててきました。全てを姉に譲りました。」
『どうして…』
「ジノと、生きたかったから。」
抱きしめられる腕に痛いほど力がこもる。
逃がさないと、言われている気がした。
「私の姉を殺そうとしたジノを潔白にする為に、偽の戸籍を作りました。」
抱きしめられた腕を解かれたが、未だにグローリィに肩をつかまれている。
だが片手は頬に優しく触れてきて、彼の手の平が温かく真綿に包まれているような優しさを感じる。
なのに、少し追い詰められているような心境なのはどうしてだろう。
「貴方は聖騎士上階級にいるアグリィの息子という身分で」
彼の言葉はとてもゆっくりで、不思議と耳に馴染み体に染みこんでくるようだった。
「私も、同じくアグリィの息子になりました。」
微笑みを分け与えられたあとに、彼に抱き寄せられる。
俺も、グローリィも、アグリィの息子になった…。
その言葉で、あの法廷の場でグローリィが俺を弟と呼んだ意味を理解した。
「世の中はよく分からないもので、『素性の分からないアサシンを、理由もなくプリーストが庇った』というと二人とも有罪になるんですよ。
ましてや『愛しているから』なんて絶対に許されない。」
『だから、俺を、『弟』と…?』
「そう、私達が互いに守りあって傷付いた、その理由を明確にするのに『兄弟だから』と言うのが一番都合がよかった。」
『そん、な…グローリィ…』
「貴方といられないなら、あの家にいても意味はない。」
彼は迷いなくそう言う。
その瞳は真っ直ぐで迷いなんかなかった。
彼の瞳を見ていて、ルナティスさんの言葉を思い出した。
グローリィにとって俺は特別なのだという、彼の言葉を…。
「確かにずっと不安だった…守られていた父の力から離れるのが。
でも、ジノと出会ってから私は父の力を、あなたを守る為に使おうと思うようになりました。
それなのに私と奴らの関係の為にジノが傷付いて、引き離されていくのを感じたら邪魔以外の何者でもなくなった。」
ずっと、首を絞められているような気がする。
その理由が、少しわかった気がする。
「だから、ジノ…あなたも…」
俺の頬に触れていた温かい手は、俺に体温を与え切ってしまったかのように冷えていた。
その手が、俺の手を掴む。
「私を選んで下さい。」
初めて、彼に強く求められているから。
一度、命を救われたときに「捨てる命なら私のものになってください」と彼が言っていた。
あの時と同じ言葉。
けれどあの時と違うのは、俺には選択権がない。
『…っ…』
首を縦に振るしかない。
けれど…
『…ぁ…』
どうしていいのか、全くわからない。
俺が、どうしたいのかもわからない。
分からないことがあるとき、聞くのはグローリィだった。
それなのに今俺を悩ませるのはグローリィだ。
「…っ…!」
抱きしめられるのかと思ったが、顔を掴まれて口付けをされた。
いつものように触れ合うようなものではないとすぐにわかった。
唇を強く押し付けられ、柔らかいベッドに押し戻される。
「っ…!!っ…!」
枕に頭が沈んでも、それでもまだ押し込むように彼の唇が俺の口を塞ぐ。
異様に熱い舌が唇を押し開こうとした。
思わず唇を開いてしまったところに入り込んでくる感触が、生き物を口に放り込まれたようで背筋が寒くなる。
けれどもう歯の間に入り込んでいる彼の舌を噛まないようにと思うと、抵抗が出来なくなる。
『何…!やめろ…っ…』
WISを送るが返事はない。
けれど唾液の糸を唇から引かせながら、彼がやっと顔を放した。
結い上げた彼の長い髪が、俺の耳元まで降りてくすぐっている。
彼の行動の意味がわからなくて俺は怯えている、なのに彼も怯えているように唇を引き結んだ。
「もう…貴方に隠すのも、限界ですから」
左手を掴まれ、彼の頬に引き寄せられる。
いつも俺の方が高かった体温が、今は失血したせいで彼の体が酷く熱く感じられた。
肌を探る手が装束の裾から腹辺りに触れてくる。
「…傷、増えましたね。姉に、拷問されたのでしょう。」
帯を緩めて装束の前合せを開かれる。
今のグローリィの只ならぬ気配に、彼の視線にさらされることすら怖い。
「貴方は、相手が私の肉親だからずっと殺すのを躊躇っていたのでしょう…?」
『……それも、知って、た…?』
「そうじゃないかな、と思っただけです。
私を守り続けるだけで、貴方は何かを待っているか、もしくは迷っているかのように動かなかったから。」
話す間も、彼は俺の両手を掴んで拘束してくる。
俺が抵抗しなければ、手首を押さえつける手のひらは優しいが、身をよじれば手首を締め上げてベッドに押し付けてくる。
「貴方は家族がいないから分からなかったんでしょうが…貴方が思うほど、血の繋がりなんて強くない。
軽薄なものなんですよ。」
足の間に片膝を押し入れてくる。
どんどん逃げられない体勢になっていた。
「姉弟でも、本気で憎みあえる。親子でも、他人になれる。
だから私は、家族なんかよりも貴方が大切だと、いつかに言ったでしょう。」
すぐ目の前の彼は苦笑いをしながら話している。
けれど彼の目は一切笑っていない。
彼から逃げる術は、本当はいくらでもあった。
多少なりとも彼を傷つけることになるが、逃げるのを躊躇っているのはそのせいじゃない。
「貴方は『グローリィは誰にでも優しいから』なんて私の軽口だと思っていたかもしれないけど
優しくなんて、ない。貴方に優しくしていたのはどうせ下心からですから。」
俺の中の彼を、汚したくなかった。
「ずっと、貴方が欲しかった。」
彼を、信じていたかった。
明かりの付いていない回廊は静かで冷たかった。
先にへ進むと小部屋がいくつかあり、そのうちの一部屋にルァジノールとグローリィがいる筈だ。
グローリィが看病しているのだから自分がでる必要はない、とヒショウは思うのだが
何故かルナティスが、二人の様子を見に行けと指示してきたのだ。
静けさに耳が、暗さに目が慣れれば、視線の先に人がいるのが分かった。
「グローリィ」
自分のマントで全身多い隠した姿は不気味だろうから、怪しまれる前に先に名前を呼んだ。
マントを付けているのは下がアサシン装束だからだ。
いつまでもプリーストの法衣を来てコスプレごっこをするつもりはない。
「ルナティスは?」
「お前の家にアグリネスといる。…よく分からないが、ルナティスからルァジノールの様子を見に行けと言われた。」
「………。」
「…何故か、看病するならプリーストじゃなくて俺の方がいいと。」
グローリィは視線を下げて小さく「なるほど」と人でいで何かを納得しているようだった。
「なるほど…そうですね…。今の彼は、プリーストなんて見たくもないでしょうしね…。」
グローリィはお願いします、と言ってすれ違おうとする。
その肩をとっさに掴んで止めた。
「お前、ジノに何かしたのか。」
なぜそう思ったのかは自分でも分からないが、グローリィの様子はどこか変だ。
だが彼は言い訳もせずに俺の手を振り切り、回廊を進んでいってしまった。
回廊の先へ進み、部屋の扉を開けると、消毒液の臭いが立ち込めていた。
薄暗いせいで嗅覚が過敏になっている。
「ジノ…?」
物音も呼吸音も聞こえない。
それでも、潜んでいるような微かな気配は分かった。
小さく「入るぞ」と告げてから足を踏み入れる。
ベッドに近づくと消えているランプから焦げた臭いが漂ってきていた。
彼はベッドの上で膝に顔を埋めて身体を縮ませていた。
「…明かり、付けるぞ。」
高い位置にある窓から差し込む光だけでは彼の様子がよく解らない。
ベッドサイドにあったマッチに手探りで火をつけて、ランプに火を移した。
包帯の巻かれた細い腕がオレンジの明かりに照らされた。
「ジノ…」
彼は小さく震えていた。
こうして見ていると、歳以下の子供のようだった。
ここ数ヶ月で何十人も殺した人間には見えない。
「泣いてるのか?」
彼は応えなかった。
つまり多分、自分はまだ彼に警戒されているのだろう。
彼の足元に皺になって丸まっていた掛け布団を托し寄せ、ジノの肩から掛けた。
「…ジノ、無理な話かもしれないが…俺は」
傷付けられた子犬の様に警戒する少年。
だがこちらに牙を向けないのは、どこかで拒否したくないと思ってくれているからだ、そう思いたい。
一度は慕ってくれた、その時間を取り戻したい。
いや、取り戻さなくてはいけない。
「俺は、少しだけでも、お前に信じてほしいから」
でなければ、また人を殺したジノが再び“こちら側”へ戻って来ることはない。
きっと、グローリィは拒否されたんだろう。
だからあんなにも傷付き憔悴していた。
「全て話す。」
彼が怯えないように、近すぎず遠すぎない間合いをとる。
聞いているのかいないのか分からないくらい、ジノは微動だにしなかった。
「…グローリィに頼まれて、戦うお前をずっと見ていた。
助けることは俺の力量では無理だから、ただ見守って、それをグローリィに伝えていた。」
彼は動かない。
驚いているのか、いないのかも分からない。
「お前を軽蔑したり恐れる気持ちは全くない。
ただ、お前が俺達を頼らず一人で苦しんでいたのだけは本当に辛かった。」
話す内に唇が渇いて少し切れた。
そんなことに気付かないくらいに緊張する。
どうすれば彼を取り戻せるかわからない。
とにかく自分達は誰もジノを軽蔑したりしていないことを、必死に伝える。
「何度か、泣いた。お前を止められないことが悔しかった。
もうお前を一人にして辛い思いをさせたくない。」
言葉が途切れる。
グローリィの勝手な作戦だったとはいえ、彼の必死な思いを利用していたことには変わりない。
これ以上何かを言っても、薄っぺらい言い訳にしかならないだろう。
何も言えずに時間が流れる。
一秒一秒が酷く長く感じる。
ランプの火が芯を焼く音、その臭い。
壁の向こうで吹く風と夜の冷えた空気。
ジノの心が分からず、様子をよく探りたい為に神経が過敏になってしまった。
不意にジノが片腕を動かした。
包帯が巻かれた痣だらけの白い手がベッドの上を這い、掴んだのは冒険者証だ。
彼がWISのスイッチを入れる。
『ありが、とう』
その一言が、渇ききった喉にやっと水を通せたかのように心地よく、泣きそうになった。
彼が無理をして言ったのだとしても。
『でも…グローリィを…』
ジノは自分の肩を抱きしめるようにして身体を強張らせていた。
『知って…しまった…』
「どうゆうことだ…ジノ?」
彼の言葉が理解出来ずに悩んでいたら、彼の手が俺の肘辺りに延ばされる。
ジノが、膝を下ろしてベッドに座り込む。
彼が顔を挙げる。
その瞬間、全て理解した。
『グローリィの、気持ちが…怖くて…どう、したら…いいか…分からなくて…』
動揺し途切れ途切れで、必死にジノは助けを求めていた。
彼の目が、以前の様に頼ってくれたのはうれしかった。
だが同時にどうしようもない怒りが込み上げてきた。
グローリィに対して。
ジノの延びて乱れた装束の生地、その前合わせから覗く首元には少年には似つかわしくない赤い点々とした痣。
「……ジノ、何も怖がることはない。」
俺は出来る限り優しい微笑みを浮かべて、まだ赤みが刺して彼の頬に手の平を沿えた。
「単にグローリィを去勢してやればいいだけだ。
もしくは半殺し…いや、8割くらい殺しておこう。
俺が責任を持ってやっておくから安心しろ。」
ジノが声なき悲鳴をあげて、顔を横にふりながら腕にしがみついてきた。
グローリィにどこまでやられたのか解らないが、不本意で押し倒されても庇う彼の健気さが愛しい。
そして同時にグローリィが憎い。
「ジノ、いくらお前があいつに恩を感じてるからってここまでされたら完全にセクハラどころか暴行の域だから訴えていいんだぞ…?
あいつ今回の件で完全に教会のコネを切ったから、しっかりと逮捕できる筈だしな…?」
肩を掴んでしっかり言い聞かせていると、ジノは怯えた目でこくこくと頷いた。
よく分からないまま頷いているだけだろうが、これ以上怯えさせたくないので何もいわない事にした。
グローリィへの制裁は秘密裏に実行することにしよう。
「で、どこまでされた?」
若干混乱と怒りが収まっていないヒショウには、もう少し遠まわしに聞くという気遣いまで頭が回らなかった。
だがそれをルァジノールが嫌に思うことこはなく、どう答えて良いか少しだけ悩んで口を開いた。
『少しだけ』
だから、何を?
と問い詰めるのはさすがにヒショウも渋った。
だがそれより、とルァジノールが首を小さく横に振る。
『好き、と…選べ…欲しい…って…』
言葉の羅列から熱烈な告白をされたんだろうと判断した。
だがそれにしては尋常ではないルァジノールのおびえ方。
それはグローリィに告白ついでに乱暴されたからじゃないかと思っていた。
だが乱暴はされず、それを『少しだけ』で言い切れる程度のことと思っているなら…
「ジノは、何を怯えているんだ?」
そう聞くと、彼は『わからない』と首を横に振った。
自分の考えや思いがわからないなんて、よくあることだ。
ヒショウはまず彼を落ち着かせようと、肩をやさしくなでてやった。
「何か飲むか。水と、あとミルクしかないが。」
『…ミルク』
「わかった。」
小テーブルにひっくり返されて置いてあったコップに、荷物袋からミルクの瓶を出して注ぐ。
『…グローリィ、が』
ルァジノールがつぶやくように小さく、言葉を発している。
それを聞きながら、ヒショウは彼にミルクの入ったコップを差し出した。
『全て、捨てたって…』
「何を?」
『家族、と、教会の…』
「それを聞いて、お前はどう思った?」
彼が心の整理をつけられるように、なるべく質問を連ねてやる。
ヒショウもできるだけ質問をすることでルァジノールの心情を正確に理解してやろうとした。
『…怖かった。』
「グローリィが?」
『グローリィが。』
「お前の為に、家族も仕事も捨てたグローリィが怖かった?」
うなずいて、ルァジノールはミルクに口をつける。
彼の心はまだ何かに怯えているのだろう、妙に肩を縮めこませていた。
何故ルァジノールがグローリィの好意に怯えているのか、ヒショウにもそれはわかる気がした。
だがあえて結論は出さなかった。
「お前は、グローリィのことを大切に思っていただろう。
そのアイツが、お前の為に一大決心をして、うれしいとは思わなかったのか?」
『………。』
「難しく考えなくていい、嬉しかったか、嬉しくなかったか、それだけでいい。」
そう聞けば、彼ははっきり『嬉しくなかった』と答え、『怖かった』と付け足した。
それを聞いて、ヒショウは逆に微笑んだ。
「それでいいんだ、ジノ。」
そう言うと、彼は目を丸くした。
「お前は今までグローリィに献身的すぎた。まるで崇拝しているみたいに。
それが崩れ始めたから、きっと怖いと思うんだよ。」
そう言うと、その言葉を噛み砕いて吸収するように、視線を落としていろいろ考え込んでから、彼は1つうなずいた。
「グローリィもお前にそういう目で見られるのをやめる為に、全部お前に打ち明けた。
だからあいつを怖いと思ったなら、それがお前の正直な気持ちだからそれでいい。
無理に今までどおり、あいつに尽くして無理をする必要はない。」
ルァジノールがまだ考えてうなずくのを待った。
だが今度は彼もうなずかなかった。
それを見て、ヒショウは自分が少し自分の意見を押し付けてしまった気がして後悔した。
「…何か、お前が感じたことや思ったことがあるなら、教えてくれ。」
今彼に必要なのは、答えじゃない。
思い出して、心の整理をすることだ。
『悲しかった…』
「何が、悲しかったんだ?」
『…もう、グローリィを、信じられないこと。』
それが一番の恐怖だと、さらに肩や腕を強張らせる。
『前みたいに、綺麗だと、優しいと…信じ、られない…』
友人や恋人に裏切られた感覚に似てるのかもしれない、だがそれよりきっと彼には深い傷になるだろうと、ヒショウは思った。
見た目ではただなついているようにしか見えなかったルァジノール。
だが今回、両腕や片目を失いそうになってもグローリィの敵に突進して行った。
口に毒まで仕込んで。
その様子を見ていればルァジノールにとって、グローリィは神に等しかったとわかる。
ただ、ルァジノールは一方的に想っていれば良かったんだろう。
自分の守る者の綺麗さと尊さを信じていられれば。
「悲しい、な。」
ヒショウはゆっくり、できるだけ静かに壊れ物を扱うようにルァジノールの頭を抱きこむ。
これからルァジノールは生き方を大きく変えなければいけない。
その変え方は自分で見つけるしかない。
「…これは、戯言と想って聞いていてくれ、ジノ。」
ルァジノールを抱きしめた手を放しながら、そう言う。
「俺とルナティスは幼馴染で、ずっと親友だった。というより、俺には友人がルナティスしかいなかった。」
彼の方を見ると、コップに口もつけずにじっとヒショウを見て話を聞いていた。
「そのうち俺たちの周りに同じ冒険者の仲間ができて、ギルドにも入って、俺にはルナティスの他に友人がたくさんできた。
それまで人とまともに話すこともできないし、目を合わせることもできなかったから、苦労した。
周りの人が皆怖かった。それをルナティスがずっと取り成してくれて、俺も少しずつ打ち解けていけた。
あいつは俺にとって友人であると同時に、恩人だ。そう思ってた。そうとしか思えなかった。」
ヒショウはそこで少し言葉を区切り、ルァジノールを見る。
少しばつが悪そうな、苦笑い交じりな表情で。
「ここからは、少しお前には嫌な話かもしれないけどな…」
『?』
「ルナティスから、ある日突然告白されて…あ、告白といってもわからないか。
要は俺はあいつを友人と思っていたが、あいつはそうじゃなくて恋人になりたいんだと言ってきた。
…グローリィがお前に言ってきたのと、同じような感じだと思う。」
そう言うと、ルァジノールは少なからず驚いたようで、瞬きをして手の中のコップを少し落としそうになりかけた。
いつものように感情を表情に出さなくなったのは、ヒショウの話を聞くことで気を紛らわせているからだ。
「ずっといい友人と思っていたのに、突き放された気がして悲しくなった。
あいつの本心を知ってしまえば、もう友人関係には戻れないと知った。
それでもあいつと離れたくなかったから、必死にしがみつくようにして、俺はあいつを受け入れた。」
ヒショウはルァジノールのほうを見て、また苦笑いする。
「俺とルナティスは恋人なんだ。男同士だけどな。」
『知らなかった』
「言いにくくて、隠していた。大抵、気持ち悪がられるからな。」
『…普通ではないかもしれない、けど、わからない。』
「お前自身が気持ち悪いと思わないなら、それでいいんだ。」
ルァジノールは頷いた。
「あいつの思いは俺が思うよりずっと重くて、理解もできなくて、俺は戸惑ってばかりだ。」
ランプの火が小さくなり、大きく揺れる二人の表情の影を大きくしている。
『わからなかった…』
「普通わからないだろう。俺だって、ルナティスの本心なんかぜんぜん気づけなかった。
今も戸惑ってる。だが俺にはルナティスが必要だし、特別なことに変わりはないから拒むつもりはない。」
『……。』
「こうやって人同士の感情の間で悩んでいるのは俺たちだけじゃない。
人と繋がり、関わるのは悩みも多い。
だからジノ、焦らずにゆっくり考えていけばいい。
お前がどうしたいのかをよく考えて、それからグローリィを突っぱねるか、受け入れるか考えてみろ。」
『……。』
コップの中のミルクを飲み干し、一息つきながらジノは小さく頷いた。
ヒショウはただ口元を緩ませて彼の頭をなでる。
一応「俺は全力でグローリィに関わらないほうをオススメするが」という言葉は口に出さずにしっかり飲み込んでおいた。