PERFECT BLACK

 

  

『…また、出迎えてはくれないのですか。』

わざとらしく残念そうに言うグローリィに『いつもの、場所に。』と呟くように返答する。
しばらく前に、少しだけ彼を教会の入り口で待っていたことがある。
ウィザードギルドやアサシンギルドとは不仲だという教会の中から、怯えや軽蔑の視線を受けるのを覚悟で。

普通の人間のように、日の下で誰かと待ち合わせてみたかったから。
そうしていた俺を見て、グローリィは目を丸くした。
そして本当に嬉しそうに笑ってくれた。

けれどそれはもうできそうにない。
また自分は日の下に出ることすら叶わない罪を、再び負い始めた。

「…どうやって上ればいいんでしょう…」

俺が潜んでいた木の枝の下で、グローリィの肉声がした。
こちらを見上げて、足場を探している様子だ。
彼が木に登る必要なんかない、ただここで隠れて待っていただけだ。
すぐに木から下りて彼の前に立つ。

「そっと貴方の後ろから忍び寄って、脅かしてみたかったんですが。」

それは彼には無理だろう。
気配を消す訓練をしていない限り、こちらを見ているくらいで分かる。

そう思いながら、以前彼の家で少し転寝をしている間に背中に「受」とかいう刺繍をされたことを同時に思い出した。
アレには血の気を引かされた。寝ているところを襲撃されるというのは暗殺者にとってかなり痛手だ。
どんな手品を使ったのか心底分からない、あの行動になんの意味があるのかも更に分からないが。

「…ジノ、最近疲れていますね。」
『そんなことはない。』

何気ない言葉なのだろうが、核心を突かれた気がして血の流れが少し速くなるのを感じた。
けれど10年以上感情を隠し続けていた表情筋はありがたいことにこんな時でも安定したままでいてくれた。
だから疲れも表情には出ていなかったはずだ、彼には心配をかけまいといつもどおりにしていたのに、何故気づかれたのか分からない。

「狩りをしているのですか?」

頷く。

「何故?」
『欲しかった』
「何を?」
『カード』

嘘ではない。
体力と時間に相談しては、カードかもしくはゼニーを矯める為に狩りに出ていた。
どうしても欲しい、という訳ではないが、最近過激になってきたグローリィ暗殺部隊とやりあうには有効だろう。
それに最近は奴らの手口も変わってきたから、いずれ防ぎきれなくならないよう必要になるかもしれない。

それか、そうなる前にこちらから仕掛けるべきか。

「そうやって欲しいものを求めるのは良いですが、無理と怪我の無い様に。」

不意に、頬辺りに温かさ。
グローリィの冷たい指先と俺の頬の間のヒールの光だった。
そういえば、いつだったかそこにかすり傷を負った気がする。

「貴方が傷付くのが、私には一番痛い。」

優しい彼の言葉。
それに頷くが、俺はそれを裏切る。
俺は心底裏切り者だが、少しの後ろめたさから「それでも、少しでも傷を負わないようにしよう」と誓った。
その為には少しでも速くならなければ。

「ジノ、ケーキでも食べにいきませんか。」
『……。』

…速さと痩せることは決して一環しているとは言いがたいが、それでも速くならなければと誓った矢先にその誘惑。
誘いに乗ったらなんだか屈した気がしてしまう。

「ダイエットですか?」
『…違う。』

そういう訳ではない、そういう訳ではないのだが。
どう言ったらいいものかと悩んで視線を巡らす。
喉かすぎるくらいの、悪意のない街の景色。
いつかの夜になればモンスターを狩るよりも意味のない狩人が走る街なのに。

そしてその狩人を更に俺が狩る、畜殺よりも意味のない虐殺。
俺は日の元をこうして歩いているのに、隣にはグローリィがいるのに、俺は虐殺者。
あまりの矛盾に世界が壊れていることを疑ってしまう。

「甘い物を食べることは、大事ですよ?」

俺の哀愁を突き破り、グローリィが笑いながら話し始める。

「甘い物を食べると頭もリラックスするし、体力回復になります。あれこれ考えるには糖分が必要だし
身体を動かせば真っ先に糖分が使われるし、そう太り易いものでもないです。」

どこかの博士のような顔をして説きながら、俺の手を掴んでくる。
一瞬、振り払いそうになるのを堪えた。
彼の手まで血の匂いが付くと、触れることに背徳感を覚えたから。

「最近あれこれ考え込んでいるみたいですし、早期解決のためにもエネルギーは補充して置きましょうね。奢りますよ。」

彼に手を引かれ、人の多い通りへと向かっていく。

俺に初めて優しさをくれた人。
今もこの手を掴んでくれる人。

貴方は何も知らなくていい。
どうか知らぬまま、笑っていてくれれば俺はそれでいい。
手を引かれていることで、昨晩負った腹の傷が痛んだがそんなこと、どうでもいいんだ。



 

      人を殺す罪を知る、それは命だけでなく絆も奪うのだと

近頃動向が変わった。
俺の元に漏れ出てくる暗殺の依頼だけではなく、時折予想外の暗殺部隊の出撃があった。

それが発覚したのは、手傷を負ったアグリネスを見たことからだった。
大した傷では無かったが、毒を纏った得物で負った手傷独特のそれだったのだ。
彼は同居人であり、鉄壁のガードだった。
思えば過去に俺がグローリィを襲撃した際も、あっさりと彼にやられたのだから。
安全だと分かっていても、彼らの前に暗殺者が現れればグローリィが不安がる。

俺の元にやってくる出撃の漏洩情報、その周期は以前と変わっていない。
きっとそれに加え、別のアサシンギルドにもあの女は暗殺を依頼したに違いない。
全ての現況たる女。
すぐにでもこちらから先手を打つべきなのかもしれない。
けれど、俺には彼女を殺せない、殺していいのかわからない理由があるのだ。

だから今しばらくは、敵の出撃を食い止めるくらいしかできることはない。
動向がつかめない方のアサシンギルドに関しては、警戒することしかできない。
毎晩、警戒するようになると一気に体力は消耗された。

それでも続けるしかない、せめて出撃の周期が掴めるくらいまで。
そうしてもう何度か遭遇した。
その周期からすると、今晩辺りは特に警戒が必要そうだ。

月が細く昏くなった夜は特に…

「……。」

潜んだ俺の近くをわずかな気配が駆け抜ける。
虫程度のそれ、しかしあまりにも速いのがいけない。
同業者にだけ分かる、だからこそ俺が止める。

――― サイト

暗殺者にとって脅威でもある、気配も姿も晒しだす眩い光。
それに俺自身も含めてマントで身を隠した4人の暗殺者の姿が浮かぶ。
最近グローリィを狙いだしたアサシン達の特徴、タイプの異なるアサシン二人と回復役が一人。

驚愕しているのかも分からない仮面の1つに切りかかる。
それが回復役だというのはすぐに分かった、回復役は真っ先に狙われる為に陣形を取ったときにも真っ先に守られる。
当然両脇から俺の攻撃を阻止する為にカタールと短剣の刺突が来る。
それをかわす為に踏み込みを中止、代わりに毒を塗りこんだナイフを正面にいるマスクの眉間と胴体に向かって投げる。

「っ!」

眉間を狙ったものはかわされる。
胴体を狙ったものはどうやら掠った。
致死性の毒ではないからこのまま回復役が倒れることは望めないだろう、しかし動きは鈍くなる。
そして、次の行動パターンは予測できるようになる。

回復役以外の二人がすぐに行動に移った。
一人はすぐに回復役の解毒に向かう。
そしてもう一人は俺に向かって得物を煌かせて踏み込んでくる、俺が解毒作業を妨害してくるのを防ぐために。

――― ベナムダスト

俺が砕いたレッドジェムストーンが霧散し鮮やかな毒煙と化す。
それが一瞬の目暗ましになり一瞬暗殺者の足が止まった。
がむしゃらに短剣を突き出してくる相手の一撃を避けながら、羽織っていたマントの金具を外し、相手に向かって投げる。

一瞬魔物の口のように広がったそれは、毒に怯んでいた暗殺者を飲み込むように包み込んだ。
視界を奪われたことよりもその次に予想される攻撃に怯え、相手がマントを外そうともがきながら架空の斬撃を受けるように剣を振るっている。
俺が狙うは視界を奪われたアサシンではなく、その後ろにいる二人のみ。

横を走り抜けるついでとばかりにマントに包まれた背中にベナムナイフを投げつけ、命中。
命を奪える程の威力はもちろんないが、マントの端を背中に縫い付ける時間稼ぎくらいにはなった。

「あの、役立たずが…っ!」

苦々しく言葉を発したのは毒に犯されている回復役、どうやら若い女のようだ。
それを庇うように、マントで全身を隠す男が立ちはだかる。
両手のカタールを交差して俺との距離を測っている。

直感する。この男はさっきのアサシンのようには行かない。
また目暗ましに使おうとしていたレッドジェムストーンを砕くのをやめ、握りこむ。
それと反対の手で、ベナムナイフを投げつける。
顔面一直線に飛ぶそれをカタールの片方で弾いた、それを見てから即座に握りこんでいたジェムストーンを投石の要領で投げつける。

「っ」

男にとってそれは予想外だったらしく、残った片手でそれを弾いて攻撃への体勢を崩すより少し身体をずらして石を避けることを選んだ。
足を半歩動かした瞬間にもう俺は射程距離内におり、男は正確に俺の急所を狙えなくなっていた。
半分力任せになった敵の一撃を下へ流せば次の攻撃の体勢を崩しており、俺はその頭上をなんとか越えられた。

「な!」

月を背にした俺の顔は女からはよく見えないだろう、けれど俺からはよく見えた。
フードから覗いた黒い瞳が見開かれ、攻撃を防ぐべく杖を横一文字に突き出してくる。
死の覚悟がない者の目だった。


「………。」

彼女はきっと、根からの暗殺者ではない。
民間の冒険者から弱みを握り、もしくは交換条件に代価を与えて募り、暗殺者集団を作る機関がある。
自分の身を守るために、もしかしたら何か大切なものを、大切な人を守るためにここにつれてこられただけなのかもしれない。

そう思い、迷った。
けれどその迷いをすぐに覆い隠せるほど、俺は覚悟していた。
だからこの指は既に女の喉の肉を裂き、脊髄を砕いて、喉を引き千切っていた。
蘇生は既に不可。

そしてそれを判断した瞬間にはまた得物を握り、次の相手に向かって構えている。
この脊髄反射を、内心自嘲した。

――― クローキング

すぐに姿を消し、気配を消して俺はアサシンの間を駆け抜けた。
この位置では残る敵二人が月を背後にしていて、敵の姿が認識しにくい。
早く、月を背にする位置まで移動しなければ…。


「退くぞ」

不意に、男の一人が口にした。
先ほど回復役を解毒しようとしていた方だった。

「何言ってやがる!退けば俺は家族が殺されるんだよ!!」
「責任は取る、退くぞ。」

どうやら片方は民間から引き抜かれてきた即席の暗殺者らしい。
家族を、人質にとられて…。
口ぶりからすると残る一人は元々組織の人間なのだろう、落ち着き払った様子で指示を出している。
けれど俺は月を背にできる位置に立ち、身を潜めながら戦闘体勢を崩さずに待った。

「…死体は。」
「抱えて退却するのは命取りだ。」
「………。」

アサシンは冷たい地面に投げ出された女性を、悼むような目で見た。
彼からは“日向”の匂いを感じた。
こんなところに居るべきではない、本当はグローリィ達と同じところにいるべき人間。

なるべく一人も逃がさないようにしていた俺は、それに気づいた瞬間心底退却してくれることを祈った。
そして願いどおり、二人はすぐに音もなくそこから立ち去った。
残されたのは無のように潜み続ける俺と、すでに無となった女性の亡骸。


「……。」

完全に敵は消えたと判断し、俺はクローキングを解いた。
横たわる女の身体に命はないが、下の血溜まりだけが生き物のようにゆっくりと面積を広げている。

首から下がる金のネックレス、その先端の飾りが血の海に浮かんでいた。
見覚えのある形…。
そうだ、これは…







『貴方の写真を、入れておきたいんです。』

先ほど突然撮られた写真は俺の顔だけ切り抜かれ、彼が持っている銀の小さな盆にはめられていた。
ロケットというらしい、それ小さな写真入れになっておりネックレスとして首から下げられる。

『こうやって、大切な人の顔をいつでも見られるように、いつでも思い出せるようにするんです。』

そう言ってロケットを開いて既にそこに俺がいるように笑いかけて『まあ、写真がなくても思い出せますけど』と苦笑いしてみせる。







あのロケットが、この女性の物だとして。
この女性がグローリィだとして、そうしたらこのロケットの中に映る俺は…

決して彼を殺した者を許さない。

確実に同じ目に遭わせて、引き裂いて殺す。
俺自身が死に近い痛みを、常に感じながら。
相手を呪い殺す。

「………。」

手の中に納まった、血染めされたロケットを開く。

中には、静かに微笑む男がいた。薄い黄土の髪は濡れた藁のような色と柔らかさが見える。
微笑みは優しさよりも気高さを秘めて、小首をかしげている。
首筋に小さな蝶の刺青が、しかし目立たずに男の傍にそっと寄り添うように彫られていた。
職は分からないが、姿見からは戦う者の気配を感じる。

きっとこの男は俺を殺しに来る。
俺は、この男に殺されるのかもしれない。

死ぬ前に自分を殺す相手を目に焼き付けるように、ずっとその男の顔を見ていたが、この微笑みは亡骸となったこの女性のもの、俺は見てはいけないと思いロケットを閉じた。
しかし顔は覚えた、そうして脳裏に浮かんだ男の顔は憎悪に満ちている。
これでいい、そうして俺を恨み憎しみ、無残に殺せばいい。
その資格があんたにはある。

けれど俺は死にたくはない、死ねない。
グローリィを守り続ける、自ら死を望んだり許したりはしない。
俺を殺しに来るアンタと戦う。

ロケットを女性の胸に戻し、血の匂いが染み付いたマントに包み、それを袋状にして抱えあげる。
もう何人もの死体を入れたその袋で。




      その男は未知で恐怖、だが…

あの夜から何日が立っただろう。
日中によく休むようにして体力がすっかり戻った頃、まだ次の襲撃もない頃だった。


「この辺りの通路には何が売られているか分かる?」

プロンテラの人ごみの中を歩きながら、冒険者としての先輩でありグローリィの友人であるルナティスさんが聞いてくる。
俺はぼんやりと日の光を反射していた彼の金髪を眺めていた。
けれど頭の中で街の地図を見失うほど呆けてはいなかったのですぐに応えられる。

『頭装備や装飾品』
「そうそう。もう少し広場の方に行くと、娯楽っぽい道具や精錬の為の鉱石がよく売ってるよ。」

別に試験をしているわけではなく、俺が俗世に疎く冒険者としての経験も浅い為に会話の所々にこうして様々な知識を与えられる。
だからルナティスさんと狩りや散策するのは好きだった。
彼といるとリラックスしながら町を眺めて歩ける、時折こうして知識ももらえる。けれど俗世の話も混じる。
グローリィと一緒に居る時のような幸福感とはまた違った気持ちでいられる、こんなにも様々な感情がこの胸にあるのだと外に出て初めて知った。

まだこの手は血に濡れているけれど。

ふと視線を脇へ投げる。
感覚の広がったそれぞれの石の塀に囲まれた頑丈そうな家々。
冒険者も一般人もひっくるめて多少裕福な人々が暮らす一角で、家の一つ一つが閉鎖的に見える。
それらの間を縫うようにして広がる小道の一つ、そこで昨晩人知れず殺人劇があった。

騒音の騒ぎや目撃のひとつやふたつはあるかもしれない、それは確かめる術はない。
あの現場は、どうなっているだろうか。
歩きながら過ぎて見える小道を横目に見ていた。



「…ジノ君?」

ルナティスさんの声が遠くに聞こえた。
意識は視線の先一点に集中し、視覚だけを強く冴えさせた。

あの現場に、あの女性が横たわっていた場所に人が…アサシンが居た。
後姿はマント等で隠すことが多いアサシンには珍しく装束がむき出しで、また細めの肢体が特有のアサシンには珍しく少々筋肉質。

冒険者のアサシンではなく、昨晩のことに関わりある暗殺者かもしれない。
それならば見ぬふりをしてすぐに立ち去ることが出来た。
しかし目が離せない。

そのアサシンの男は、背中まで流れる濡れた藁のような髪をしていたのだ。

何故こんなにも早く出会ってしまったのだろう。
けれど、逃げてはいけない。
もしあのアサシンが俺が殺した女性の大切な人だったなら、その憎しみを俺は正面から受けるべきだ。
そしてあの男もまた、俺が葬らなければ…。

「…っ」

そこまで思い、すぐ隣にいるルナティスさんに気づく。
彼がいる目の前で、それはできない。

俺はすぐにあのアサシンから目を逸らして前を向き直った。
なんでもない、と小さく首を横に振って歩きを促す。

ルナティスさんは少しきょとんとして、でもまた通りを歩き出そうとした。
そして一歩引いたその瞬間に、彼は表情を険しくした。

「ジノ!」

ルナティスさんが俺の頭上に向かって何かを投げるのと同時に俺の手を強く引いてきた。
背後には、気配があった。
殺気ではない、けれど戦う意志と刃物の振り下ろされる気配。
ルナティスさんに引かれるまでもなく俺は彼の脇へ退避していた。

振り返ると、先のわき道にいた筈のあのアサシンがいた。
顔は、あの写真の顔立ちそのもの。
しかし表情は写真のように微笑んでいない、俺が思い描いた憎悪もなかった。
ただ真顔で、俺の目を真っ直ぐ見てきていた。
写真ではよく分からなかった、鋭い金の瞳。

「ジノというのか。」

その手は厚手の本を持っていた。
恐らくルナティスさんが咄嗟に敵に投げつけた武器の本だろう。

「ジノに何の用だ。」
「その男と戦いたい。」
「何で!」
「男同士、戦うことに理由がいるか?」

俺が殺した女性のことに触れないことを疑問に思った。
それに、目の前の男からは殺気も殺意も感じられない。

「ジノ君、この人知り合い?」
「……」

返答に困った。
けれど赤の他人と言えばルナティスさんはただ俺を庇って前に立ち続けるだろう。
頷いて、『顔見知りです』とだけWISで付け加えた。

「…汝はジノの何だ?」
「いきなり馴れ馴れしいな!ジノ君、この人と仲いいの?」

全然、という意味でルナティスさんに向かって首を大きく横に振った。

「某が聞いている。プリースト、汝はジノの何なんだ?」

アサシンが眉根をしかめて苛立ちを表情に浮かべる。
それがし、うぬ、とあまり聞きなれない呼称を使うことといい、堅く張った背筋を崩さないところといい、アサシンとは思えない点が多い。
少なくとも、暗殺者として闇を生きてきた者の身につく習慣ではないだろう。

男の得物を握る手に力がこもり、臨戦態勢に入ろうとしているのが分かる。
咄嗟に「この人は関係ない」と叫ぼうとしたが、俺の喉は声を発さない。
相手が読唇術を扱えることを祈りながら口を動かしたが、伝え終わる前にルナティスさんが前に出ていた。

「友達兼保護者だよ。文句ある?」
「…保護者、それならば好都合だ。」

不味い。
もしこの男が、仇である俺に関係する者にも害を与える危険な思考の人物だったら…
いや、そうでなくとも憎しみが深すぎれば、ありえないことではない。
俺は咄嗟に短剣を掴んで、ルナティスさんの前に走り出て構える。
彼を庇うようにして相手を睨みつける、すぐに来る攻撃を予見して相手のカタールの軌道に短剣の刃を構えた。

しかし予想外にも相手はカタールから手を離していた。
戦闘態勢を解いて、ルナティスさんと正面から向き合っていた。
そして指先で俺を眉間を真っ直ぐに指差す。

「某は主の庇っているその男が欲しい。」

男が口にしたのは、自分の最愛の人を殺された恨みでも、殺人者と隣にいることを警告するようなものでもなかった。
言い換えれば、俺の命が欲しいということだ。
ルナティスさんが怪訝な声を漏らしたが、俺は依然警戒を解くことはできなかった。
彼は幸いにも無関係の人間を巻き込むたちではないようだ、けど俺を討つことを否定したわけではない。





『…WISで、仲間にヘルプ頼むよ。』
『待って!』

ルナティスさんの言葉に、咄嗟にWISで叫んで返してしまった。
これ以上、話を大きくするのはまずい。

俺はルナティスさんの背中越しに見えるアサシンに向かって、口だけで「ついてこい」と伝える。
それと同時にルナティスさんにはWISで『帰っていて下さい』と、あとから『大丈夫ですから』と付け加える。
そして今まで歩いてきた道を戻るように、一番近くの城門から外に出るべく走った。

「ジノ君!?ジノ―――!!!」

ルナティスさんの声は遥か後方へ、そして俺の誘いに乗って付いてくるアサシンの気配。
脚力と走りながらも足音を消しているあたりは暗殺者のそれ。
城門の外に出るまで彼はこちらに攻撃を仕掛けてくることもなかった。

「名乗るのが遅れた。」

人目の付かないところまで来て足を留めた瞬間、背後から声をかけられた。
振り返ると藁色の髪のアサシンは武器を構えもせず、まるで話す為だけにいるように直立していた。

「某はセツナ。昨晩、汝と邂逅し見初めた。ひいてはまた見えたいと探していた。」

………。
聞きなれない言葉の数々に俺は必死に言葉を理解しようと解読を試みた。
しかし理解できたのは、男がセツナという名前であることと、俺を探していたことだけ。

『言葉が分からない』と口の動きだけで伝える。
先ほどのことといい、彼は読唇術が使えるようで俺の言葉を承知したと頷いた。
しかし帰ってきたのは、俺に対する説明ではなかった。

「つまり汝と殺し合いたい。」




一瞬でアサシンが間合いを詰めてくる。
だがすぐに目の前にカタールを掲げている。

鮮やかな金の瞳。
そこにぎらつくものは殺意ではなく、もっと純粋なものだった。
俺の知らないもの。
暗殺者でもない、一般人でもない、俺の知らない存在だった。