DIRTY IN
THE NIGHT
膝に違和感。
歩いていると中に針でも入っているような痛みがある。
だが我慢できないほどではない、今はとにかくやらなければならないことがある。
「っ…っ、っ…」
情けなく大口をあけて、空気を肺に流し込む。
そんなことをしても力が取り戻せるわけでもないのに。
足を踏ん張り、麻縄を引っ張るたびに温かい血が腿から流れ出て体温を奪う。
もう片足は真っ赤で、血の足跡ができてしまっていた。
とにかくこれを片付けたら、応急処置をして、足跡を消して
そうしたらまた身体をあらってから、グローリィのところへ行くんだ。
『教会の女の子がケーキをたくさん焼いてくれたんですよ。私一人では食べきれないから、一緒に食べましょう。』
こんな吐き気のする臭いの場所には、いたくない。
早く、彼のところへ行きたい。
甘い匂いと、温かい手と、優しい声。
『紅茶を入れて、待っていますから。前日はあまり無理な狩りはしないでくださいね、じゃないと食べながら眠くなってしまうでしょう?』
残念ながら、約束はできない。
この麻袋の中身は貴方を殺そうとするから。
奴らは1人たりとも見逃せない。
『早く来てくださいね。』
だからせめて、その約束は守りたい。
「っ…」
膝が、痛みが限界に達した。
気が付いたら足がもつれ、情けなくも地面に顔をぶつけていた。
先日の雨が染みた土は、日光が深い森の遮られるせいでまだ乾いていない。
冷たい土が頬に触れて体温を奪う。
腿の出血もまだ止まっていなくて、身体はどんどん冷たくなる。
ポーションを戦闘中に使い切ってしまってもうストックはない。
手で無理矢理傷を押さえつけるがそれでも止まらない。
麻袋を弔い場まで持っていくことは出来ないと判断して手を放した。
砂利と泥の地面に頬を擦りつけながら、這って木の陰まで進む。
もうすぐ雨が降る。
これ以上体温を奪われたら危険、それに単純に寒いのは嫌だ。
「…ゥっ…ッッ!」
木陰までもう少しのところで視界がゆがむ。
目の奥が熱く、嘔吐に似た嗚咽がこみ上げる。
死にたくない。
まだ、何も成していない。
彼を狙う元凶を、せめて道連れにしてやりたい。
違う、そんなことではない。
「……っ…」
震える唇で、音にならない声で彼を呼ぶ。
けれど上がるのは金切り声のような醜い音だけ。
彼の名前は出てこない。
会いたい。
ただ、少しでも長く、静かな生活を彼と過ごしたくて…
その為に、戦っていた。
“そんなことの為に 何十人も殺した”
頬に、耳に、雫が落ちてくる。
肩に、背中に、布を通して肌まで染みてくる。
身体が冷たくなりすぎて、降り注いでくる雨は思ったより温かかった。
けれど冷静な部分で、この暖かな雨が死を招く止めになると悟っていた。
自ら、瞼を下ろす。
誰にも何も伝えず、このまま土に還れたら…
『もし志半ばで力尽きたとき、きっとその瞬間自分は彼の声を聞きたくなる。
だからWISなんか絶対にしない、彼の目の前では死なない。』
そう心に決めていたから。
「…止めた方がよくないか。」
「大丈夫、もう止めたよ。お金はアグリネスさんに返した。」
冷たい雨を避けて街には誰もいない、そんな中をヒショウとルナティスは歩き出した。
背にした家の中で、かすかに喚く声が聞こえる。
「冷静そうな顔して、ジノ君のことになるとやんちゃするからね…彼は。」
「やんちゃというか、ヒステリーだろ。」
ヒショウの口に咥えられた煙草を見て、ルナティスは密かに苦笑いする。
ルナティスを含めて人前では絶対に煙草を吸わない筈のヒショウ。
彼こそ冷静な顔をして相当焦っているのだろう。
「僕らの老後まで面倒見れそうな額出してさ…どこぞの三流貴族ですかっての。」
「ギルドやどこぞの傭兵に依頼しなかっただけまだましだ。」
ルナティスが自分の傘をたたんで、ヒショウの傘の下に入った。
少しうっとおしそうな顔をしたが、何も言わない。
変わりに彼が煙たくないように煙草を塗れた地面に落として消す。
「僕がジノ君といる時にいたアサシンに…間違いないかな。」
「背はお前くらい、速さより力が勝るタイプのアサシンで、得手はカタール。」
「髪は?」
「肩下くらいを束ねていた。色は…肌色に近い…茶…」
「藁っぽい色?」
ヒショウが頷く。
「あと首筋に蝶の刺青があった?」
「暗くてよく見えなかったが、何かしらの模様があったのは確かだ。」
一通り確認するとルナティスは間違い、と頷いた。
「ジノも含めてお互い気づいてなかったが、俺が負けた点で俺よりは熟練だろう。」
「…僕のときは、ジノ君を殺そうとしてたというより…ただ、戦いたがってたように見えた。」
「こっちの時も、奴は『早く手当てしなければ手遅れになる』とはっきり言った。」
ヒショウがルァジノールを保護しようとしたのを妨害してきた男、その目的は彼の命ではない。
それでも、後輩むしろ弟のように大事に思っていたルァジノールの失踪にヒショウが安心できるはずもない。
それが、酷い手傷を負って苦しんでいるところを目の前で略奪されたとなれば。
「ヒショウ、自分を責めるなよ。」
「…責めてない。」
「嘘付け。…ジノ君には、気づかれちゃいけなかったんだ。彼が意識を失うまで近づかなかった、それは正解だよ。」
「……。」
「彼は今でも血に濡れて自分自身を嫌悪してる。平凡な僕らのことを“綺麗だ”なんて言って自分と隔絶するくらいにね。
そんな彼に『自分がずっとヒショウに見られていた』なんて悟られちゃいけない。」
「分かってる。」
ヒショウの声は低くかすかにすれていた。
その様子にルナティスは苦笑いし、触れ合うくらいに近づいていた肩をぶつかるまで寄せて手を取る。
思えばルァジノールの異変、そして血の匂いに真っ先に気づいたのもヒショウ。
敏感さ故に彼の心情を一番察し、しかも行動を見張って精神的に酷く疲れただろう。
苦手な血を何度も何度も見て、それでも暗殺者達の殺し合いの中に割り込めるほどヒショウも強くは無い。
ルァジノールも、グローリィも、ヒショウも、何も出来ないままだが早く何とかしてやりたいと思っていた。
「…お前にばかり、血を見せるような役目をさせてるな。ごめん。」
「そんなんじゃ…ない…。」
「ジノ君が、人を殺すところも見せてる。」
「……。」
口数が少ないヒショウ。
だからこそ、余計なことを言わず自分を偽らないから何を考えているのか分かりやすかった。
つらいのは、人が殺されているところを見てしまったのではなくルァジノールが余りに残酷で辛い道を進むその姿を見てしまったこと。
泣きたくても泣けずにただ孤独に刃を振るい気を張り詰めている姿を、ただ見るだけしかできなかった。
力尽きて倒れたとき、泣きながらグローリィの名前を呼ぼうとしていた姿を見ていた。
そして最後の最後に、彼を助けられなかった。
「…何故、グローリィはすぐに彼を助けず、泳がせるような真似をしたんだ。」
「…分からない、けどそうしながら一番辛かったのは彼だと思う。でもそうしなきゃいけない理由があったんだろ。」
こんな所であれこれ検討していても何の解決にならないと分かっている。
それでも何か考えないと、何かをしていないと落ち着かない。
その思いは共通で、帰り道でもずっとまるで作戦のように口を動かしていた。
「ところで、ジノ君が元々暗殺者の才能に恵まれていたのは分かる。それにしても、動きがよすぎたと思わない?」
「…ああ、毎晩グローリィの家を見張っていたわけではないし、出掛ける日は八割がた襲撃があった。」
「誰かから情報を貰っていたとしか思えない。」
「アサシンギルド…か…」
二人で思考を巡らし、そして答えを導き出す。
繋ぐ手に自然と力が篭っていた。
残酷な真実を、心のどこかでどうか夢であれと願いながら、それでも無視することは出来ない。
「なら、アサシンギルドは何を餌にジノ君を動かしてるのか」
ルナティスの挙げる疑問に、ヒショウが「グローリィだろう」と答える。
そして確認しあう。
「なら、何故ジノはずっと誰にも相談しなかった。誰にでも相談できるチャンスはあったのに。」
今度はヒショウが疑問を挙げる、ルナティスが少し納得がいかない様子で「自己嫌悪…?」と考えを口にする。
「ジノが暗殺者だったのは、皆知ってることだ。」
「じゃあ、彼が自発的に動いてたってことか…?」
「…きっとここから先は、本人にしか分からないだろうな。」
結局答えは出せず、二人は黙り込みただ雨の中を歩く。
どうか生きていてくれと、願うだけ。
無力に、願うだけ。
守りたいものが 壊れていく 壊してしまう
久々に少しだけ夢は見た。
最後に見たのは、どれほど前だっただろう。
けれど内容は思い出せない、本当に少し見ただけだった。
だが長く、とても長く寝入っていたと思う。
瞼が酷く重く、ずっと閉ざされていたせいで瞼の内が渇いて眼球に張り付いていた。
ゆっくりと目を開け、何度か瞬きをして目を擦る。
見慣れぬ木目の天井、柔らかいが平らではないベッド。
視界が曇っていたのは自分の目がおかしいのではなく、無臭の香が炊かれて部屋が煙っていたせいだった。
視界は幾分か悪いが、部屋の隅まで見渡せる。
「やっと起きたか…」
淡い黄土色の髪に、少し濃い肌の首筋に黒い蝶の刺青。
俺が殺した女性が持っていたロケットの中の写真と、全く同じ顔をしていた。
優しげな聞き覚えがある男の声。
セツナ。
恋人を俺に殺された男。
俺を殺しにきた男。
だが、何故こんなにも優しい声をしているんだろう。
優しく額や首の汗を拭ってくれるのだろう。
あの写真のように微笑んでいるのだろう。
まだ半分眠っているようなけだるい感覚の中で疑問に思っても、その答えは出ない。
「この煙のせいで朦朧とするか。」
そうか、こんなにも思考が鈍いのは煙のせいなのか。
何故此処にいるのかも、思い出せない。
たしかこの男とは、何日か前に戦って…
しかしその時は決着は付かなかった筈だ。
ルナティスさんとヒショウさんが、介入してきたから…
あの後、この男とは接触してなかった筈だが。
「覚えているか、汝は暗殺者を妨害し、だが返り討ちに遭って倒れた。某はまた汝に決闘を申し込みに行こうとしていたところ故、そこに居合わせたのだ。」
しばらく彼の言葉を理解するのに時間が掛かった。
だが何とか彼に助けられたということを理解した。
『何故、助けた』と唇だけで聞く。
「先に申した通り、決闘を申し込む為に。死なれたら果たされなくなろう?」
『俺は、アンタの大切な人を、殺した』
「その通りだ。来月、仕事から足を洗い婚約する予定だった。」
『なら、何故すぐに殺さない』
俺なら、仇に情けなどかけられない。
見付ければすぐに殺しにかかる。
ましてやこんな目の前で無防備にしていたら…
だがセツナは、俺を見る目に憎しみなど持たない。
むしろ、こうして看病して話し掛けてくれる声や目には、グローリィに似た優しささえある。
そして彼は俺の質問こそ理解出来ないというように黙った。
『俺は、アンタの、仇だろう…』
「女を守れなかったのは某の未熟さ故、悔やみはしても恨みはしない。某も汝も暗殺者、当然の成り行きだ。」
俺は思わず目を丸くした。
こんな風に割り切る考え方をする人間がいるのかと。
「…ああ、だが殺したのが汝でなければ、そう憎んだやもしれぬな。」
『…?』
「初めて決闘を申し入れたあの時に申した、汝を見初めたと。月夜に見た汝の業と、血に濡れた姿に見惚れた。他人に心を奪われるなど初めての事だった。」
なんとなく、憎まれていないということはわかった。
そして彼の感情が分からない理由も分かった。
『見初めた、とはどうゆう意味だ』
あの時も、今も、その肝心な言葉の意味が分からないせいで理解出来なかったのだ。
「惚れたということだ。男と女の間で言うことだが」
『……?』
「…この感情は某にも分からないが、そうとしか言いようがない故に見初めたと申した。だが女に思うこととは違う、某も汝も男で暗殺者だ。」
セツナは立ち上がり、腰からカタールを抜き取り煙を切り裂き刃を煌めかせる。
「故に、汝とは刃を交え業を競い殺しあいたい。だが殺すとなれば何度とは出来ぬ。」
カタールは舞うように一通り翻り、また腰に納まった。
その剣線には殺人のみを追及する色はなく、剣戯のような美しさと誇りがあった。
「早く万全になり、今一度刃を交えろ。たった一度のチャンスだ、最高の形でなくば不服だ。」
この男は、暗殺者であることに誇りを持っているのか。
そして暗殺者としての俺を認めた。
だから正々堂々と勝負がしたいと。
だが、俺は…
暗殺者になど、成りたくてなったわけじゃない。
今では嫌悪して、あがいている。
これでなければ、一番大切な人を守れないから…だから今一度暗殺者になった。
そうでなければ誰が…こんな汚い仕事など…
『…やらなければならないことがある。』
だから、俺は人を殺すだけ。
セツナの様に自信も誇りも持たない。
「分かっている。某はリアーテ家次男の暗殺を依頼されていた、汝は彼の者を守ろうとしていたのだろう。」
『…そうだ。』
「ならば問う。汝は誰が暗殺を依頼したか、彼の者がどのような人物か知って立ち向かっているのか。」
知っている。
知っているからこそ、こちらから攻撃をしかけても良いのか悩んでいた。
迷いながら、気を窺っていた。
頷けば、セツナは目を見開いた。
「……リアーテ家次男どころか、このままでは汝も死ぬぞ」
『死なせない』
「無駄だ、送られるのがゴミのような暗殺者ばかりとしても標的が死ぬまでこの責め苦は続く。それに加え遂に当事者自身も動き出している。」
今度はこちらが目を見開く番だった。
当事者自信が動き出した。
ではもう時間がない、期は訪れている。
グローリィの危機も、敵の打破するチャンスももう来ている。
「行くな。」
だが、起き上がろうとした身体を、額を押さえ付けるだけで封じられた。
煙のせいで、力が入らない。
「行かせぬ…!」
どこか飄々とした様子のあるセツナの初めて聞く声。
それこそ憎むような、必死な声だった。
それは、始まり。それとも、終わり。
「恋って、どんなものだと思いますか。」
いつも何となく続けている会話。
不思議な質問や驚くような質問をされることも多々なので、グローリィがしてくる質問に答え、それで何かが変わるのだとは思っていない。
『分からない。したことはない。』
「私も分かりません。けれどきっとしている。」
『分からないのに?』
グローリィはテーブルの真ん中に飾ってあった生き生きとした花瓶の花を指先で弄っている。
「化学的に言わせれば、人間が感じない程度に放っている匂いのようなフェロモンがあって、好みのそれをキャッチした時その相手に恋するそうですよ。」
ただそうなのかと思った。
俺には未経験だし、どうしてもこれからそうなるとも思えなかったから。
俺はもう未来を望んでいないから。
望むのは、グローリィの未来だけ。
「出会った時は衝撃的で、一緒にいるともっとずっと一緒にいたいと思う。」
そう言う彼は微笑んでいなかった。
どこか、悲しげで、苦しそうだった。
『…痛いのか。』
どこか痛むのか、どこかを患っているのかと本気で心配になり彼に詰め寄った。
グローリィは躊躇いながら頷いた。
「…とても痛いです。心臓が、心が、痛むんです。幸せなのに、その分不安で。」
彼は俺の左手をとって自分の左胸に寄せた。
開いた法衣から除く素肌に直接。
規則正しい心音だ。
だがそこが痛むという。
俺にヒールが出来たらいいのに。
「…ずっと一緒にいたいからと、他人を蹴落として、他人の絆を絶ってしまったら、罪でしょうか。」
触れられているのが俺の心臓でなくてよかったと心底思った。
心を見透かされた様に思え、そうでなくても心音は正直に大きく鼓動したから。
俺は他人の絆を踏み潰している。
グローリィを生かす為に彼を狙う暗殺者を殺している。
権力に縛られ、操られるように送り込まれている暗殺者を。
その中には俺の同朋ではない、罪なき人もいるのに。
それは間違いなく俺の大罪だ。
「それでも…」
グローリィの独白は続く。
「それでも望まずにはいられないんです。
他人の全てを奪い踏み潰してでも、私は大切な人といたい。
私と、大切な人を守りたい。
恋愛が動物的な本能からくるものならこれは恋じゃない。
愛したって辛いばかり、子孫も残せない、私自身の首を絞めるだけ。
でも私の魂が渇望する。」
グローリィが、俺の手を強く握りしめる。
一体誰のことでそんなにも苦しんでいるのか、何を悩んでいるのか理解できなかった。
俺は彼の命を守れても、そんな苦しみから開放させてやることはできない。
時々、ふざけて過剰に触ってきたりキスをしてきたりするから誰にでもそんな態度で、誰もを愛していると言いそうな彼。
けれどこんなにも個人を強く思うことがあるのだと、初めて知った。
俺の左手を捉えている彼の両手を、もう片手で包む。
慰めなんか意味がないだろう。
けれど、少しでも彼が楽になるように祈った。
この祈りがヒールの光になって、彼を癒してくれればいいのに。
俺の心を埋める罪悪感と自己嫌悪は永遠に消えなくていいから。
そういえば…以前も彼のこんな言葉と辛そうな顔を目の当たりにしたことがあった。
あれはいつのことだったろう。
まだ、彼は悩んでいるのか。
俺が何度祈ろうと、無駄な願いなんだ。
「そう、無駄です。」
包んでいたいや包まれていた手の暖かさが、急に氷のように冷たくなった。
彼の言葉にハッとして見上げた。
「ッ、グ、ローリィ」
彼を呼ぶ声は震えていた。
俺が殺した人たちと同じ目、冷たく痛い氷矢のような視線。
血の雨を浴びたように赤く濡れて、肌も髪も時間のたったように色あせて…
「貴方が、私を汚し、殺す。祈ってくれたところで、それは変わらない。」
「…っ、嫌だ…」
「嫌?何が?」
「もう、あんたには近づかない、でも死なせたくない…!」
「だから?」
グローリィの顔が、笑う。
いつもの俺がよく知る微笑みで、でも優しく笑みながらも視線は俺の心臓を鷲掴みにしたまま。
「理由付けしたところでお前がキリングドールであることは変わらない。
そうやって私のせいにして何十人も殺すんですか。」
「違う、あんたのせいじゃない…っ」
痛い、彼の言葉が
一番言われたくない人の言葉が
「そして私の肉親まで殺すというんですか…!!」
「っ!」
一番悩み続けている言葉が
「っが…!」
冷たい手が、首を締め上げ押し倒してくる。
倒れた先は冷たく生臭い血の海が広がっていた。
顔が全て沈み、赤い血の中からグローリィの顔を見上げていた。
鼻にも口にも血が流れ込んで苦しい、首も絞められて息ができない。
「お前の汚い手で姉を殺させはしない…!」
それを、あんたが望むなら…
けど…
「…は、…あん、たを…こ、ろす…」
「姉は私の誇りだった、ずっと大好きだった。彼女がそんなことをする筈が無い。」
「っ、…ほん…と…」
「嘘吐きめ、姉を侮辱するか!」
頭を床に叩きつけられて、首を放される。
叩きつけられたせいなのか酷く頭痛がしたが、それよりも息がしたくて血の海から起き上がった。
「もっと早く死ぬべきだったんだよ、そうすりゃあの聖職者もお綺麗なままあの世に行けたろうにさ。」
「っ…!」
いつの間にか、俺にのしかかっていたのはグローリィではなくなっていた。
かつて俺の監視者だった男。
最後にしたアサシンギルドから依頼―グローリィ暗殺―の時、俺が反逆し殺した男。
「なあ、今からでも俺が殺しなおしてやろうか。」
「っ!」
背後から、何十人もの手で押さえつけられる。
今度は血の海に沈むことはなかった、まるでベッドのように俺たちだけ浮かんでいた。
けれど押さえつける手の先、血の海の中にグローリィの姿があった。
「あの時の続きだよ、たっぷり遊んだ後に」
「っ…やめ…」
この男は、嫌いだった。
いつも標的の人間を辱め、苦しませ、惨殺する。
「ゆっくり殺してやる」
「やめろ…!いやだ!!」
俺が殺す役の時も、殺した相手を何度も、何度も…
「殺してからもいっぱい犯してやるから、楽しめよ。」
「いやだ!!いやだ!!!!」
一番殺されたくない相手。
一番の恐怖。
妥当なのかもしれない、けれど
酷い悪夢、気が狂いそうだった。
剣が服を肌ごと切り裂いて、服を剥ぎ取られる。
足を開かされて、奴が割り込んでくる。
痛い、熱い、斬られた箇所が、奴が爪を立てて触れてくる箇所が。
「嫌だ!触る、な!!放せ!!!」
「大丈夫ですよ、ジノ」
不意に、頭上で優しい声がして声も息も止めた。
見上げれば、俺を救ってくれた笑顔といつもどおりの綺麗な姿が。
慰めるように俺の頭上に座って、頬をなでてくれる。
その手は……酷く冷たかった。
「これが罰、当然の報いだから。」
突き放される、けれど優しく傍に寄り添ったまま。
「大丈夫、見ていてあげるから、傍にいてあげるから。」
汚く犯され、内臓を暴かれ、肉片になり、弄ばれ、腐っていくところまで
「嫌だ…」
「こどもじゃないんだから、駄々をこねるんじゃないですよ。」
クスクスと可笑しそうに笑いながら、俺の涙を指先で拭う。
嫌だ、見るな
それこそが、俺が一番…
「あああああああああ!!!!!!」
痛み、熱、恐怖、感じるもの全てが壊れていく
狂っていく
狂ってしまう