CRAZY MOONLIGHT

 

「っあああぁぁ、あああ!!!」

断末魔のような悲鳴。
揺さ振られ、掻き混ぜられ、乱され、犯される。
意識も失くなってしまう。
喰われる。

「ああっ!アア、や!やめてくれっ、ああ!!!」

ベッドの軋む音、泣き叫ぶ声。


声…?



声など、生まれた瞬間に奪われたのに
だが、こんな

「ぎ、ぃああああァァァアアア!!!」

醜く泣き叫ぶ声が欲しかったわけではない。
先刻から頬に触れてくる手はとても冷たいが、だが…
今はこの手しか、感じられる現実がない。

自分が今何をされているのか、どう殺されているのかもはや分からない。
けれどただ苦しく、痛く、怖い。

「ア゛ア゛、うっ、、あ…ああ゛……」


「責め苦は済んだか…?」

唯一の、現実からの声。
悪夢の中で、唯一絶望にはならない声…

「……ッ…」

突然、俺自身の悲鳴がプツリと止んだ。
いや、そもそも悲鳴など出せる筈も無い。
俺には声がないのだから。

「……、…」
「ああ、夢だ。汝の自由を奪うのに使った薬の作用だ。」
「…っ…」
「某には無いのだが、汝には悪夢をもたらしたようだな…だが、時期に楽になる。」

汗と涙を、セツナが拭ってくれた。
まだ頭が呆けているが、けれどこれは現実だと確信できた。
いや、現実であってほしいと願っている。

「手近な物で済ませたのが、よくなかったな。」
『…ジャンキー…』

麻薬中毒、アサシンギルドの半分近くがそうだった。
冒険者から引き抜かれてきた故にこちらの世界に耐えられなかった精神の弱い者が多く、また酔狂な奴らが娯楽に麻薬に手を出していた。
仕事前にサポートとして使う以外にそうして乱用した者は大抵がジャンキーで、酷いと廃人になっていく。

この部屋を満たす煙も、出て行くのを引き止められ刺された注射か針も、麻薬。
こうして常用しているというのは、セツナは見た目によらず重度なのかもしれない。

「作る方が専門故、身体への影響と依存症が少ないものを選んではいる。
ジャンキーといわれる類に含まれるのは確かだが。」
「…っ…」

拒否するように、小さく首を振った。
俺は弱いわけではないが、ジャンキーと同じ量使えるほど強いわけでもない。
今も、吐き気のような息苦しさと熱で頭がふらふらする。

「…ああ、大半が興奮剤の作用をもつからな、そうなることもあろう。
本来は催眠と催淫効果で良き夢が見られる物の筈なのだが、汝には悪いことをした。」

熱い、熱い、熱い……

「縛ったところで最悪の場合身を千切ってでも汝はあの男のところへ行くのだろう。
酷だが、こうせねば汝を傷つけずに拘束することはできそうもなかった故、許せ。」

あの夢の中でも、かすかにあった熱。
けれど悪夢ではなくなり、切り裂かれる幻覚もなくなったせいで、残されたのは…
熱とどこか甘い痺れ。
恐怖など一切なくなったが、けれど苦しいことに変わりはなかった。
けれどどうすればいいのか分からず、どうしようもない。

「ッ…」

また汗を拭おうとセツナが触れた瞬間、引きつるような音が喉から漏れた。
熱く過敏になった肌が、何かに触れるたびに痺れて気が狂いそうだった。
セツナを拒否し、自分の肩を抱いて身体を縮こまらせる。

熱い、苦しい、けれどじっと耐えるしかない。
こんなことをしている場合ではないのに…

「……しばし、我慢しろ。」
「っ!?」

身体を起され、後ろから抱えられる。
そしてあろうことか、腰紐を解かれて下衣に手を入れられる。

声が出たなら情けない悲鳴を上げた。
他人に下着の中に手を入れられたことと、過敏な状態でそんな箇所に触られたこと、どちらも驚愕だ。

「…っ…っ!!」

やめろと唇で伝えるが、セツナの位置からは見えない。
足を閉じて身体を縮めて拒否するが、後ろから抱え込まれているせいで意味が無い。
下衣が肌蹴て、直接そこを触られている様子を見てしまい眩暈がした。
それにまだ少し触られただけなのに立ち上がって脈打っているのが信じられなかった。

今まで女性に関わることはなかったしそんな必要もなかったから、なんの知識も無い。
こんな感覚も触られることも意味も何も分からなくて、混乱して身体が震えた。
首を横に振るが、セツナは放してくれない。

「この様子ならすぐに終わる、しばしの辛抱だ。」
「っ!…ーっ!!」

手が擦りあげて、そこがいっそう熱くなる。
心臓が痛いほど脈打って荒い呼吸が抑えられない。

「もう達せそうか?」

聞かれても、分からない。
何が。
だが意識は、飛んでしまいそうになっている。

これ以上触られたら、擦られたらおかしくなる。

男に触られてこんな風になっていて、どうかしてしまっている。
薬のせいだとしても、自分の正気を疑ってしまう。

身体が強張る。
何かが限界だと感じる。
体力か、理性か、意識か、むしろ全てが。

こんなのは嫌だ。
おかしくなる、息の根を止められるに近い。
いやだ、まだくるいたくなんてない、こんなことで

あつい、くるしい、心臓が、喉が、目が


息が、できなくなった
苦しさと、電流のように背を駆け抜けた感覚に、身体をのけぞらせる。



「っっ!!!」

覚悟も出来ないまま、熱が下肢の中心ではじける。
何が起きたのか、理解できないまま身体が勝手に脱力した。

鼓動は激しく脈打ったままで、自分の耳に届くほど血が激流となっていた。
だが徐々にそれは落ち着いてきて、冷静さが奇跡的にも戻ってくる。
視線を落とすと、セツナの手の中で粗相したように精液を吐き出していた。

事実を確認すると、あまりの情けなさに絶望してくる。
けれどそれ以上にもう、意識を手放したいほどに頭がくらくらする。
きっと自分は今廃人の様に呆けて情けないことだろう。

「薬が抜けない限り発熱やまたこうなることもあろう。」

そう言いながらセツナが、汚れた俺の下肢や彼の手を拭い、また普通に横に寝かせてくる。
勘弁して欲しい。
泣きたくなるくらい嫌だった、こんなこともう二度と。

「だがことが済むまで汝を解放する気は無い。」

俺との勝負の願望は恐ろしいほど強く、まったく隙を見せない。
もしセツナが油断していたとしてもここに居なかったとしても、俺もこの身体では精々立ち上がれるか否かという程度で、歩くどころか這っていけるかも分からない。

「諦めろ」

彼は背を向けて、隣の部屋へ出て行く。

諦める…それはグローリィの死を意味する。
いや、もしかしたらもう既に…

「…っ…」

シーツを握り締め、滲みそうになる涙を押さえつける為にベッドに顔を押し付けた。






響く嗚咽、女の様に美しい声かと思いきや獣のように唸る。
その声の主は身体を布団に包んでまるでだるまのような格好をして声を押し殺していた。
暴れようとする身体を自身で押さえつけ、喉がはち切れんばかりに叫びだしたいのを押さえつけ、ただ布団の中で胎児のように丸まり感情の爆発を耐える。

「…っ…わたし、は…」

泣きはらしていたせいで声は震えかすれていた。
けれど数時間前とは違い目と表情には理性が戻っていた。

「間違って…たと…おもう…?」

視線をもたない眼球を自分の足元に落とす。
目は赤く充血していつも白かった頬も赤く、髪はボサボサになって千切れたものが肩で絡まっている。
そんな様子で呆然としたままする質問に、答える人間は部屋の隅にいた。

「“この世には正解も不正解も無い、全ては人間の身勝手な尺度。”」

そう言葉を返して、歩み寄ってくるのはいつもと変わらぬ様子のアグリィ。
鎧と剣を纏い、冷たい印象を与える無表情でも優しくぬれたタオルを差し出す。

「いじ、わる。」

グローリィは苦笑いし、軽くタオルで顔をぬぐった。

「だがロゥが持つ理論だろう。」
「そう…それの、続きは覚えてる?」
「“そういう自分自体が既に身勝手な尺度を振るっている。つまり人間に分かることなど何も無い。”」

アグリィの答えに満足そうに頷く。

「ええ、そう…でも」

空気に触れ冷えたタオルを首筋に当てる。
身体の熱を吸い取られ、血の上った頭も冴えていく様だった。
そして、理性と共に現実を正面から見据えられるようになってくる。

「ジノは…違った。こんな愚かな私とは違った。」

視線は月夜を見上げる、その先に探し人がいるように。
じっと見つめ、視線を放さない。

「人はあの子を無知で子供だというのかもしれない。
でも、彼は人を計ったり見下したり軽蔑したりしない。
見返りもなく利益もなく、全身全霊で人の為に尽くし、祈れる。

腐った人間ばかりだと思った、人間という生き物自体が怖かった。
そんな中で、初めて出会ったんだ…聖人という存在に。

彼の祈りは、誰のものよりも温かかった…。」

まるで御伽噺か夢物語でも語るように、視線を遠くにして囁く。

「何人も、何十人も、ジノは私の為に殺してしまった。
けれど、その誰一人として彼は無下にしていない、全力で弔い心を痛めた。
飾られた温室で清潔な法衣を着て、形式だけの祈りを捧げる私とは違って。
…私は、ジノに殺された人たちを、羨ましいと思ったよ。」

小さく笑いながら布団の塊からもそもそ起きだす。
元々細かったのがここ数日で更にやつれてしまった。
そんなに空気は冷たくなかったが、その肌の白さと細さがまるで凍えてしまいそうに見えて、アグリィは椅子に掛かっていたプリーストの法衣を肩に掛けてやった。

「アグリィ」
「……。」
「一緒に、墜ちよう。」

グローリィが小さく笑う、それにアグリィは黙って頷く。
それ以上に言葉は必要なかった。

恋人や家族のように“関係”を持って共に歩もうと決めた仲ではない。
ただ“同じもの”として生きようと誓った。
片方が切り捨てるなんてことは在り得ない。
庇うなんてことも在り得ない。

生きるならば生き、墜ちるなら墜ちるだけ。


「行った瞬間に首切られておしまい、とかならなければいいけど…」
「その時はすぐに呼んでくれ」
「わかったけど、部屋の中のもの死んだ後に見られたくないから処分してきてね。」

物騒な談話をしながら、二人はそれぞれ何かの準備を始める。

「…指、ちゃんと十本揃ったまま返ってこれるかなぁ」
「善処する。」
「ジノが無事なら、何でもいいよね。」
「ああ。」

「失敗したら…ジノ、泣くかなぁ。」
「恐らく。」
「まあ、成功しても泣くだろうけど。」
「……。」
「…綺麗だろうね。」

羽織った法衣を結局また脱ぎ捨て、小さなクローゼットから白い薄い布で作られた服に袖を通す。
首に掛かっていたロザリオを外し、丁度足元に歩いてきていたグリードの首に掛ける。

「………なんか、娼婦っぽいな。」

軽く刺繍の入った白く薄いコットンの上下を着合わせ、姿見をじっと見てからそんな感想を漏らす。

「髪の毛ばっさり切った方がいいかな。」
「女装ができなくなるんじゃ?」
「あ、そうだったそうだった。」

ためらいも無く壁に立てかけられていたアグリィの剣を取りにいこうとして、すぐにやめる。

「ロウ」
「うん?」
「震えている。」

手の微かな震えを指摘されても、グローリィは当然というように小さくため息をついただけだった。

「カニバリズムの巣窟に全身血の匂いさせて突っ込んでいくようなものだし。」
「ようなもの、というかそのままだ。」
「…例えられないくらい緊張してるみたいだね。
気持ちいいことは好きだけど、痛いのは慣れてないし…おっと」

まるで戯れのように小さく笑いながら、準備をしながら、グローリィは姿見のなかの自分を向き合い顔を軽く叩く。

「気持ちいいこととか何のことだろうね。僕はこれから清純潔癖なプリースト。」
「説得力がない。」
「はい、そこ突っ込まないで!」

話してるうちに少し余裕がでてきたのだろう、手の震えはそのままだが少し表情が柔らかくなる。
アグリィもだからこそ心配ばかりではなく、普段のように振舞おうとしている。
これが今生の別れ…しかも最悪の形での別れになるかもしれなくても。

「行きましょうか。」






   初めて抱いた不信感 けれどすぐに掻き消した



「…あ、すいません、少し匂いきつかったかな。」

その通りだったので、頷いたがただ疑問に思っただけで不快だったわけではない。
グローリィが時々香水を付けていたのは知っているし、それがいつにも増していたから何事かと思っただけだ。

「ごめんなさい。ほら、熱いから汗臭いかなって。」

だからと言って香水で誤魔化すのは逆効果じゃないかと思う。

『…脱げばいいんじゃ?』
「私、薄着するのが嫌いなんですよ。」

その気持ちはイマイチ理解できなかった。

「まあ、そのうち風に飛ぶでしょう。少し我慢してくださいね。」
『嫌じゃない。』
「そうですか、ありがとう。」

いつも通りの姿。
けれど微かに
甘い香りの中に、血の匂いがした。

教会にはよく怪我人が運ばれてくるだろうし、彼も一応冒険者登録はされているのだから狩りに行くこともあるだろう。
何も言わなかったのが気になったが、それもどうでもいいことだ。

「……あれは…」
「?」

少し歩いて、ふと彼が足を止めた。
視線の先を辿ると、青い腕章を付けた騎士達が水路の脇に集まっている。
その足元には、布を掛けられた何かがある。

「…誰か、亡くなったんですね。」
「?」
「今に始まったことではないですが、悪質なギルドが城を取るとこうやってよく犠牲者が出てくるんです。」
「城…?」
「ええ、このプロンテラ場の裏にね、本城よりすこし小さいけれど城がいくつもあるんです。」

水路は城の城壁に沿って奔っている、グローリィはその城の向こうを指差した。

「その城の取り合いを周期的にしているんです。城を取ったらその中はそのギルドの領域で誰も踏み込めなくなる…騎士団も、教会も、国も。」
『…それで…』
「ええ、それを良い事に悪質なギルドがそこを取ると、時々誘拐事件が起きて時にはこうやって死者がでる。
弄ばれ、殺され、城の用水路に捨てられてこうやって城外へ流れ着くんです。」

哀れみ悲しみの目で、彼は布を被せられた遺体を眺めていた。

「ねえ、ジノ…多分あの方は教会へ運ばれるからこれから一緒に祈りに行きませんか。」
「?」

いつもまったく目的のない散歩をしていたから何処に行こうと構わない。
けれどアサシンである俺が教会へ行くのはかなり気が引けた。
俺が少し嫌そうな目をしていたのだろう、それでもグローリィは苦笑いをしただけで俺の手を掴んだ。

「貴方の祈りは私なんかよりきっとあの方の救いになる。」
「……。」
「少し、騎士団の方とお話してきましょう。」

そう言って俺の手を引きながら、グローリィは騎士達に近づいていった。

「失礼いたします、プロンテラ大聖堂の司祭でグロリアスと申します。そちらのご遺体は…」

グローリィが話しかけた若いいかにも新人という雰囲気の騎士はこちらを見るなり幼い笑顔を浮かべた。

「ああ、丁度よかった!これから教会へ運ぶところだったんです。」
「分かりました、私から教会へ連絡しておきます。その方の御霊は私がお送りします。」
「助かります、教会も忙しくてなかなか手続きが面倒なんですよね。」
「少し拝見しても宜しいですか。」

遺体を見る、というのは少し意外だったらしく、若い騎士は少し口ごもったがそれを傍で聞いていた別の騎士がいいだろうと頷いた。

グローリィは一礼して、黒い布の脇に膝を立てた。
そっと布をめくると、そこにいた若い騎士や俺くらいの青年がいた。
真っ白になった肌は顔も首も血の出なくなった傷だらけで、薄っすら開いたままの黒い瞳は眼球が眼窩へ窪んでいてまるで老人のようだ。

「…彼は、アコライトですか?」
「まさか見覚えが?」
「いえ、しかし二ヶ月前に転職試験を受けていたアコライトが行方不明になったと耳にしました。」
「それは先日上がった別の犠牲者ですね。もう少し年下の女の子です。この青年は恐らく一ヶ月前に届出があった一般人の青年です。」
「そうですか。」

グローリィは横たわる青年の目を閉じさせて、数秒程度祈って黒布を再び被せた。

「すぐにご案内出来るよう、先に教会で準備をしておきますね。」
「助かります。…もうプロンテラ付近でここ最近行方不明の届けはないから、“今回”はこれきりで済むと思います。」
「そうですね…明日の攻城戦は、どうかよろしくお願いします。」

彼の言葉と礼に、騎士達は敬礼を取る。
そちらに背を向けたグローリィは俺の方に来ると、苦笑いしながら頷いて教会への道を促した。

「ごめんなさい、ジノ。」
『それが、仕事だろ。』
「ええ、せっかくのデートだったのに…残念です。」
『…デ…』

少し陰鬱さが見えたが、それでも彼はそんなことを言って茶化してくる。
俺はもう何度も“死”は間近にしてきてショックは薄い。
けれどグローリィはどうなのだろう。
彼も教会では死者の為に祈るのだろうが…

「こうゆう事件を引き起こすギルドは1つではありませんが…」

グローリィは歩きながら声を潜めて言う。
すれ違う人々には聞き取れない、俺だけに聞こえる程度の声で。

「今回のギルドは名前を「Xeglezz」といいます。」
『ゼグ…レス?』
「Xeglezz、私達の祖父母くらいの代にモロクで非道な事件を起した集団の名前らしいです。もちろん、名前を借りただけでそことなにか関わりがあるわけではないようですが。」

それでも、あまり関わることもないだろうと聞き流していた。

「蛇の絡んだ金色髑髏のエンブレムです。ジノ、彼らに関わらないでくださいね。」
『?…理由がない。』
「今、関わる理由が無くてもこれから、関わることもあるかもしれない。
人生何が起きるか分かりませんから。」

そうかもしれない。
それでもどうせ関わらないだろう、そう思いながらも彼を安心させる為に頷いた。

「この世にとどまり不死者とならないように、まず教会で弔い、必要があれば騎士団の方へ戻したり身元を確認する為に遺体を保存します。
それで用が済んだら埋葬するんです。」
『不死者…』
「ええ、そこに魔力的なものの介入が無ければ具現化することはまず無いし、たとえ殺されたのであっても自然と魂は昇華されると私は思うんですがね…。
死人が皆生きている人に影響を及ぼしていたら世の中大変なことになるでしょう。
でもごくまれに、確かに生者に害を為す方もいるので、その為にプリーストは全ての死者の声に耳を傾け聖句であの世へ導き、教会は鎮魂歌を歌います。」

『…死者の、声…』
「実を言うと、プリーストの職についてそのための修行をしても、既に人に害を為すようになってしまった不死者の魂くらいしか声を聞いてやることはできません。
時々、ダンジョンにいるアンデッドモンスターと戦っていて声が聞こえることがあるでしょう?」
『ああ…』
「あれと同じです。つまり私もどのプリーストも、結局はただの人間なんですよ。
特別に彼らを安楽へ導いてやることなんか出来ない…。」

それでも、俺にはグローリィに弔われた人は皆昇華されていったと思う。」
俺のように暗闇とどん底を生きてきた者にとって、彼のような人間がどれだけ温かく思えるのか、きっと本人達は気づかない。
俺には、彼に祈ってもらえる資格もないけれど。

…彼らは逝けたのだろうか。
殺した俺自身が祈ったところで救われない。
だから祈る代わりにあの美しい場所へ弔って、それで逝けたのだろうか。

「もし、貴方に祈ってもらえたら…」

不意にグローリィが足を止めて、こちらを見る。



何故か、悲しげに笑っていた。

まるで別れを告げるように。



「ジノに祈ってもらえたら、私はきっとどんな無残な殺され方をしても
幸せだったと笑って逝けると思う。」

そんなことはさせない。



「ねえ、だから…ジノ」

貴方の願いを振り払ってでも



「私より先に死んだりしないで下さい。」


俺が死んでも、貴方だけは……