NIGHT SABBATH

 

 焦がれる、どうしようもなく、会いたいと…
 誰かのその祈りを、俺は何度も切り捨てて来た



『もうし…』

鈴の音と、それに似た心地良い娘の声。
頭上から優しく呼び掛けてくるが余りに身体が怠くてなかなか動けない。

『もうし…』

何度も呼び掛けられて、起きているという代わりに小さく頷いた。
向こうも頷いたのか、鈴の音が大きくカランと響いた。

『言伝をお持ちしました。』

返事も出来ず、質問することも出来ず、俺はただ横になったままそれを受け取る。
何とか目を開けると、娘の声が幻想めいていた理由が分かった。
声の正体は人間ではない、色白で儚く憂いを帯びた死人、ソヒーだった。

モンスターとして戦ったことしかないが、邪気を払いペットとして従えることが出来ると聞いたことがある。
今まで見てきたソヒーとは全く違う、上品な死に化粧はアンデッドというより人形。
長い黒髪は艶やかで生きているように風もないのに靡いている。

『貴方の愛し人は生きておられます。』

ソヒーに見とれている内に、さらりと重大発言が落とされた。

『…なに』
『Xeglezzをご存知か、彼の方はそこに囚われました』

グローリィが?
ゼグレス…聞きなれない単語、だが聞き覚えのある単語だ。
いつか話していた、プロンテラの凶悪ギルド…?

『明日一日、セツナを引き付けます。
明日が終わり、砦を巡る争いが起きれば魔女は混乱に乗じて彼の者の命を狙うでしょう。
お急ぎ下さい。』

ソヒーは東の国特有の短刀を取り出し、俺の縛り上げられた両腕に近寄る。
ゆっくりとした動きで時間が掛かったが、俺の腕を傷付けることなく紐だけを切り取ってくれた。

『後、私に望まれることはおありですか』

ソヒーはベッドの脇に浮かびながら鮮やかな着物の袖を胸の前で合わせ正座する。

『…お前は、何故?』
『我が主に命ぜられました。主のことについてはお答えできませぬ。』

ソヒーはどうやら俺の唇を読むのではなく、思考で会話をしてくるらしい。
瞳は瞼に隠れ黒い長い睫毛が下向きの半月状に象られたままだ。

『…なら、窓を割ってくれ。』
『仰せのままに』

背後で窓ガラスが砕ける音がした。
冷えた空気が室内をかき乱し、煙を街の方へ排出していく。

部屋は澄んだ空気を取り戻し始めるが、まだ俺の身体はしびれたまま。
時期に動くようにはなるだろう。

『主の望みを、叶えて下さいませ。』

ソヒーはそれを告げると長い髪を尾のように揺らめかせながら窓の外へ去っていった。

早く、早く動けと自分の身体を叱咤する。
噛み締めた唇が痛むが、握った拳は大して力が入らない。

生きている。
なら、早く会いたい。

俺を救ってくれたあの優しさに、笑顔に。







いつもならばミサや聖歌の練習で精錬された音が響くはずの場所に、雄雄しくむさ苦しい声が響いていた。
ルナティスはプロンテラ大聖堂の格子窓から墓地の脇の空き地を覗き見る。
場違いな声の元はそこで、クルセイダーが5、騎士が3、プリーストが2の割合で数十人の隊が組まれている。
男女入り乱れるその集団はしかし明らかに戦闘に特化した冒険者達であるのが一目で分かる。

「…シェイディって、すっごいね。」

ルナティスの独り言のような呟きにどこからともなく「そうだな」と声が帰ってくる。
まだ一般人の出入りが許されぬ為に姿を隠しているヒショウの声だった。

彼らが話しているのはグローリィがXeglezzのギルド砦の中にいると知ってから、シェイディが出した指示についてである。
彼はまずギルドメンバーに「無駄足になるだろうが、グローリィの助けになりたいか」と確認を取った。

グローリィたちには彼らなりの作戦があるのだろうと、だがだからといって何もせずに見ているのは辛い。
少しでも助けになるのなら、と頷いた。
そして彼が出した指示は「リアーテ家の末弟が夜襲を受けてXeglezzに囚われた」と噂を流すことだった。

「街から教会へ、って指示されたルートで噂流しただけでどうなるんだよ、って思ったけど。なるほど、街に噂流しちゃった方がプリーストギルドとしても面目を保つ為に早く手を打たなきゃって討伐隊組むよな。」
「…恐らく俺がアグリィを尾行したとき、彼は『グローリィがプリースト教会で高名なリアーテ家の御曹司』と教え込む為にXeglezzと接触していたんだろう。
そして奴らがグローリィを人質にしてリアーテ家に身代金を求めるように仕向けさせる。
そうすることでグローリィの身の安全を少しでも保とうとした。」

「でも、グローリィは本当に夜襲を受けて捕まったわけじゃないよな。」
「家を見たが、襲われたにしては不自然だった。」

「砦を持ってるギルドなら誰も手出しできないから、グローリィを暗殺しようとしてた奴らは近づけない。
茨の中に身を隠す、って感じだけど…そうまでしなきゃ身を守れない状況だったのかな…彼は。」

毎日顔を合わせる程身近だったわけではない、だが親しい仲であった筈のルナティス。
その彼の窮地に気づけなかったのは多少苦しいところがある。

「あくまで俺の推測だが…」

クローキングをしているヒショウの姿は見えないが、ルナティスはすぐ背後に彼の声と気配を感じた。

「グローリィは今まで体裁上、暗殺者に狙われているなんて本家や教会に言えなかっただろう。ただでさえ悪魔と繋がっていたと裁判に掛けられた経験があるからな。」
「ああ。それに、自警団に検挙してもらおうとすれば、ジノ君まで一緒に罪に問われかねないしね。」

「今回こうして彼が暗殺者に狙われていたことは公になったが、それはXeglezzが身代金の為にしていたこと、と摩り替えられてグローリィの面子は崩れずに済んでるんじゃないか。」
「その為に、殺人まで平気でするギルドに飛び込んで行った…か。でもこんな危険を冒すより逃げる人だと思うけど、グローリィは。」
「逃げられない、逃げたくない理由があったんじゃないか?命を危険に晒してでも、教会やアサシンギルドに向き合った理由が……まあ、本当に推測でしかない。」

疑問に疑問で返すこと程、無駄な言葉遊びはない。
ヒショウは段々自嘲気味になって、自ら言葉を切った。

「じゃあ、僕も推測。」

ルナティスはヒショウの自嘲を知りながらも、苦笑いしたまま続ける。
たとえ無駄な言葉遊びでも、そうやってグローリィの真意を予想していなければ疑問だらけの現状に潰され、いざと言うときに動けなくなりそうだからだ。

ルナティスは人を避けるように、ゆっくりと壁に沿って移動を始める。
未熟であったりグローキングが不得手なアサシンは壁伝いにしか移動できないが、ヒショウはそれに該当しない。
だが建物内に人が増えてきた、彼らにぶつかったりすればヒショウのクローキングは解ける。
それにあまりぶつぶつ話しているところを人に見られたくなかった。

「グローリィは、迎え撃つつもりなんじゃないかな。」
「……アサシンギルドを?」
「もしくは、その依頼主。それと今回の行動がどう関係するのかは僕の頭じゃちょっと結びつかないけどね。
でも、最近の彼を見てて、そう思った。」

出口付近で、顔見知りらしいプリーストに軽く会釈し、また人を避けるように植木の並ぶ庭に向かって歩く。
ヒショウは黙ってその後ろを歩いて着いていく。

「イーグ、だっけ。グローリィに憑いていた悪魔。」
「ああ、いたなそんなインキュバス。」
「小さいときから彼が心の拠り所で、ずっと好きだったんだって。」

ずっと完全に気配を消していた筈のヒショウが動揺し、一瞬だがルナティスにも気配が分かった。

「無神論者で、家族が嫌いで、むしろ悪魔に惚れちゃった彼がずっと教会にいたのも、そうしてればもう一度イーグに会えると思ったんだってさ。
それだけ好きだったのに、面倒くさがりの彼があれこれ模索して撃退、なんてアクティブなことしただろう。
知り合う前のグローリィのことは職業柄小耳に挟んではいたけど…思えばそんなことする人じゃなかったと思う。」

何故、と問うのは不毛だった。
ヒショウは黙り、ただグローリィとルァジノールの姿を思い出す。
正直グローリィは嫌いだ、だが嘘の笑みか嫌な笑みしかしないあの男がジノの前だけでは本当に優しそうに笑うのだ。
その姿だけは嫌いじゃなかった。

「ジノ君と一緒にいる為にも、彼の命を狙う奴らも、今回ジノ君を巻き込んだアサシンギルドも、全部一掃しようとしてるんじゃないかな。
大分難しいし危険なことだとは思うけど、今のグローリィならやりそうな気がするんだ。」

人の気配が全くない場所まで来て、ルナティスは突然振り返り手を伸ばす。
その手がヒショウの肩に触れ、異物に触れたことでクローキングは解除。
黒髪と白い肌だけを覗かせて頭からマントを被った姿が木漏れ日の中に現れた。

「僕とグローリィはよく似てる。いや、最近グローリィが僕に似てきた。
彼は今なら一番大切な人の為に自分の手足を切り落として敵の喉に喰らいつける。」
「それは…」

前髪の中で微かに覗く蒼い瞳が俯き陰る。

「…ジノも。」
「そうだな。ジノ君もグローリィも相手のことしか見えてなくて自分を省みないから…。
二人が堕ちるところまで堕ちてボロボロになる前に、二人を止めなきゃ。」
「…?」

マントの中を覗き込むように顔を近づけてくる。
何をされるか分かったが、見る人も居ないしそれを許した。

「だからって、ヒショウも無理しすぎるなよ。
お前に何かあったら、結局僕はグローリィだろうとジノ君だろうと、恨むから。」

返事をする前に、唇が彼のものに塞がれた。





石の冷たさが足裏に突き刺さっていた。
それを革のシューズに包み、寒さを防具とマントで包む。
カタールと短剣を腰に着けると、ずっと靄が掛かったようだった視界が晴れてくる。

「プロンテラへ…」

さっきまで「顔色が悪い」と自分の不調を心配してくれたカプラサービスの女性に行き先を告げる。
まだ心配するような目を向けてくれていたが、それを振り切りプロンテラへのワープに乗る。

一瞬、胃が持ち上がるような浮遊感があったがすぐに足は石畳の固さを再度確認する。
しかし風景はさっきまでとは全く別のもの。
辿り着いた首都は、ジュノーより温かかった。

『ジノ…何処だ?』

漆黒の空によく輝く月と星座。
それを眺めていたら、耳に聞きなれたアグリネスの声がWISで入った。

彼は俺の居場所を調べようと聞いてくるばかりで、俺が求めるグローリィの情報を与えてくれなかった。
それはきっと、グローリィの指示だろう。
グローリィ自身の身より、ルァジノールを助けろと。
だからアグリネスには頼れない。

『ジノ…逃げたのか…?!』

同じように俺をジノと呼ぶ別人の声。
今度はセツナからのWISだった。

アグリネスにも、セツナにも言葉は返さない。
彼らの声が届かないように冒険者証の裏のスイッチでWIS拒否を設定をした。



プロンテラの北へ走り、Xeglezzの旗を過ぎ、建物へ入る。
建物に入った瞬間に、奥間の暖房の熱気が表へ出てきているのを感じた。
そして人の気配も。

まだ、ここの住人は起きている。
まったく眠りの気配を感じない。
確かにもう月が出ていても、眠るには少し早い。
だからと言って奴らが眠るまで待っても無駄だろう。

こういった輩は交代で24時間起きているか、夜は寝ないことが多い。

まるで城のような内装。
豪奢な赤い絨毯に、小さいサイズではあるが灯りを反射し煌くシャンデリア。
だが立派なのは内装だけで、武器の残骸や酒瓶、食べ物がテーブルや床に散乱していた。

それにつまづくなんて間抜けな真似はしないが、うっかりつまづいてしまいそうな程の散らかりようだった。

「………。」

奥から、金属のぶつかり合う音と怒号がする。
そして話し声、笑い声。
それは決して楽しげで気持ちの良いものではなく、下品な笑い声と狂人の喚き声が混ざり合ったような雑音だった。
どうやら人の気配は喧騒の満ちた部屋に集結しているようで、他の部屋はどこも暗く静まり返っている。
その人の集まった部屋の近くで、誰か輪から外れた者が居れば……

足音を更に潜ませて、部屋に近づく。
扉に背をつけて近くの気配を探った。

誰もいない。

鍵が掛かっていないのを確認し、ドアノブをゆっくりと回して扉を開ける。

「……?」

喧騒は扉の隙間から決壊するように外へ流れ出てくる。
此処までの道のりが暗かった為、一瞬中の光に目をやられるが数秒ですぐに慣れてきた。

嫌なにおいが、真っ先に鼻についた。
そして、床に広がる赤と、倒れた男の姿。

状況が全く分からないが、とりあえず観察する。
扉の近くに人は居ない。
そして幸いこの扉は人目につきにくいところにある。

更にもう1cm広げて、よく中を観察する。

真っ先に見つけた男は服装からして冒険者のローグで、この砦のギルドメンバーにリンチを受けているようだ。
しかし男は怯えるでも反抗するでもなく、血反吐を吐きながらニヤついていた。
その胸にはXeglezzのギルドエンブレム、蛇の絡まった金色髑髏が輝いていた。
どうやら双方同意の殴り合いのようだ。

部屋の隅々までは見渡せないが、見える範囲と気配から察するに室内には10人前後がいる。
見つかったら一環の終わりだ。

「おいおい、明日攻城戦なんだから酷い怪我させんなよ。」

ソファから殴りあうローグとチェイサーを見ていたクリエーターが呆れたように水を差す。
だがチェイサーはそちらに背を向けたまま、禍々しい形のナイフを片手で弄ぶ。

「はあ?せっかく気分乗ってんだから、骨の一本でも折らせよ!」
「げー…先輩、マジ勘弁。」

腹に横一直線の傷、他にも顔にも青痣を作って置きながら仲間同士だというのに殴り合ってまだ尚笑う。
奴らの神経は俺には到底理解できそうにない。

「大体、大事な人質傷物にしやがった罰も必要だろー?」
「ゲッ、ずりぃ!俺がヤッたの教会のお偉いさんだって分かる前なのに!」

グローリィのことか、直感的に悟った。
内心飛び出して行きたくなるのを必死に自制した。
扉の前でじっと、胸を押さえつけて息を殺す。

奴らはかなり強い。
ああいった強者は心臓の音でさえ乱すのは危険だ。
扉の外、辺りは騒音で煩いとは言え油断は出来ない。

扉も、開けられたのはわずか3cm。
だがこれ以上あければ風や音の流れで奴らは侵入者に気づく。
俺の経験が、これ以上進むことを許さない。

「けど、そいつのせいで俺達いろんなギルドから総攻撃されんじゃね?さっさとブチ殺してトンズラしたほうがよかったんじゃ。」
「何言ってる、そこを返り討ちにした方が面白いんじゃない!」

俺からは視認できない場所から男女の声がする。
それに賛同する声が各方向から。

「おいおい、ブチ殺すとか物騒なこと言うなよ、怯えてるじゃないか。」

まるでグローリィがそこにいるような言葉を捕らえ、思わず手に力が入った。
少しづつ扉の前で身体をずらし、部屋の見える箇所を移動させる。

「………っ…」

息を、殺した。
それしか出来なかった。
そしてこの喉が声を発さないことにこれ以上感謝したことはない。

グローリィがいた。
所々破れて綿が覗いた皮製のソファに、パラディンと思われるごつい鎧を着た男の隣に。
白い部屋着を着て、男の膝枕に横たわっている。

覗く手足には所々におかしな色が浮かび上がっていて、顔は頬を殴られたのか赤くはれていた。
目は酷く虚ろで、ここ数日で痩せてしまったのが一目で分かる。
俺は自然と苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「ひょっとしたら俺達の前にコイツ追いかけてた、って奴らも揃って襲い掛かってくるかもしれねーな。
こりゃ、久々の大勝負が楽しめるんじゃねえか?」

パラディンが膝の上に散っていたグローリィの髪を鷲掴み、軽く持ち上げる。
彼らの前にグローリィを追いかけていた…?
追われていた、といえば彼の命を狙っていたアサシン達ではないのだろうか。

「やーべー、この馬鹿殴ってたら興奮してきたぁ」

チェイサーがローグに背を向けて、近くのテーブルにあった酒瓶を掴んで一気に煽る。
その酒瓶を丁度手に取ろうとしていたロードナイトの女が、睨みつける。

「アタシやーよ。アンタの相手すんの痛いんだもん。明日戦えなくなったら困るわ。」
「ケチくせーこというなよ。」
「ケチとかそーゆーことじゃないでしょ。抱き潰すんならそこのプリにしておけば?」

そう言って女は顎でグローリィの方を指す。
彼も自身が指されていることに気づいたらしく、起き上がって固まっている。

「男は守備範囲じゃねーんだけど、まあ顔いいからイケるかな。マスター、OK?」

チェイサーはグローリィに歩み寄りながら、隣にいるパラディンに話しかけている。
彼と同じ聖職者でありながら、その男がギルドマスターらしい。

「んだな。どうせなら明日逃げられないように足腰立たなくしてやれ。」
「な…っ…」

グローリィが驚愕した顔で隣にいた男を見上げる。
だがチェイサーに腕を取られて、人形のようにあっけなく持ち運ばれる。
弱弱しい動きで、けれど彼は抵抗する。

「…っあ…あ…」
「せっかくだからステージで皆に見てもらいながらにするか?」

チェイサーは笑いながら、部屋の中央へグローリィを運び放り投げた。
仰向けに倒れた彼の銀の髪が、茶色の絨毯に散った。
グローリィは怯えたようにかすれた声を出すばかりで、呆気なく彼の服が破かれ腕や胸が露出する。

赤い切り傷が身体に点在し、白い肌に歪に浮き上がっていた。

彼に、あんなにも傷を。
しかもこれ以上に彼を痛めつけようという。
そして彼に覆いかぶさったチェイサーがこれから何をしようとしているのか分かった瞬間、叫びだしそうになった。

だがここで飛び出しても、彼は助けられない。
一番最悪の状況に陥るだけだ。
それを理解したひとかけらの理性が奇跡的に俺を押し止めた。

弱弱しく首を振り、覆いかぶさってくる男の肩を押し返し、拒否をあらわにする。
だがもう力は少なく、涙ながらに老婆のようなかすれ声で「嫌だ」と訴えるだけ。

後ずさり逃げようとするが、呆気なく片手で押さえられる。

初めて会った時、俺に殺されそうになった時でさえ凛としていた聖職者の面影はそこにはない。
蹂躙される獲物の醜態。
今まで俺が殺してきた人たちの最期に似ていた。

俺が、グローリィの死に顔以上に見たくなかった姿。

「最高にイかせてやるよ」
「や…あ、ああ…!」

決して彼に味あわせたくなかった痛み、恐怖。
床に銀糸の髪が散った。
いつも一つに束ねられて静かな滝のように背中へ美しく流れ落ちてはずの髪が、今はもう跡形もない。





視界は細長くしか確保されていない。
故にグローリィが今どんな状況なのか、正確には知れなかった。

けれどわずかな視界からでも見えて、そして想像できてしまう室内の様子。
重なり、繋がる、人間の姿。
醜悪な裸体。
欲望に食いつぶされる彼の姿はあまりに痛ましかった。

グローリィがかすれた悲鳴を上げる。

「っひ、ぐ…っう!」

足を持ち上げ、広げさせ、その中心にズボンを脱いだ腰を押し付けて笑っている。

「はっ、は…イイっ、絞まり…男も、クセになりそーだな」
「っあ、く…あっ、あ…」

彼の中に、汚いものを入れるな
彼の下卑た声なんか聞きたくない

「おいおい、大分開発されたんじゃね?もう気持ちよくなってんのかよ」
「っ、ちが…ぅあ…!よく、なんか…ぁ!」

グローリィの身体が揺さぶられ、銀髪が乱れる。
悲痛そうにしていた横顔は涙を長し、チェイサーから顔を逸らして向こうを向いている。

「っう、あ…も、いやだ…ぁ…」
「もうヒクヒクしてきもちよさそーだけどな。このへん?」

「っひ!…ぉ、願い…やめ、て…」
「OK,このへん気持ちイイんだろ。」

突き上げられるリズムに合わせて、か細い声があがる。
その声はいつの間にか痛みからくるものだけではなくなっていた。
彼のものとは信じられない、女のような声。
顔を涙で濡らして、時々唇を噛み締め、だが揺さぶられればすぐに声をあげる。

笑い声、部屋中央のか細い喘ぎ、粘質な音。
狂った饗宴に俺は唖然とするしかなかった。

嘘だ。
あんなのは。
グローリィが。
嘘だ、嘘だ!

「ハッ!良い家柄ってことはそこそこ偉い聖職者様だったんだろ?落ちぶれたなぁ。」
「っ!あ…!…っあ!」

チェイサーが腰を打ち付けるリズムが早くなる。
苦しげな呼吸は一層激しくなり、狂おしく顔を左右に揺らし、銀糸の髪が乱れる。

「っは…っ!ッ…!ァ…、っ…!」
「腹の奥までぶちまけて欲しいんだろ?あーあ、それとも口から飲みたいか?!」
「っぁ…いや、だ…!中、は…!」
「はいはい、お姫様?」

チェイサーが突然離れ、しかし次にはまたグローリィの胸の上にまたがり、彼の前髪を鷲掴みにしていた。

「………っ…」

無意識に、口が「やめろ!」と呟いていた。
出ない声でも空気を掻くような音は発する。
饗宴が中央で交わる二人の限界に呼応して盛り上がっていなければ確実に見つかっていた。

いや、むしろ見つかっていたら良かったかもしれない。
そうなったら、あのチェイサーを止められたかもしれない。

男の汚い白濁した体液がグローリィの白い顔にぶきまけられる。
だが歪で汚い男の性器が彼の唇の中へ押し込められた。
彼は身体を縮こまらせてじっと汚されるのを耐えているだけだった。

彼の口内での射精が済むまで、そう時間は掛からなかった。
やっと唇を解放されると彼は顔を背けて酷く咳き込んだ。

「ちゃーんと飲んでんのな、偉い偉い。」

前髪を放されてもグローリィは顔を拭わなかった。
無抵抗に、だが力が抜けた手で破れた服の前を合わせて身体を隠した。

胸にあった幾つもの切り傷、中にはえぐられた様な酷いものもあったし、煙草を押し付けられた跡もあった。
その数々の仕打ちが、グローリィから生気を奪い痛々しい姿に変えた。




殺したい。



自らこんなにも人を殺したいと思ったのは初めてだった。
殺すことは強要されるばかりで、自ら切望したことなど一度たりとも無かったのに。

彼に触れた人間を、彼のあんな姿を見た人間を…この場の人間と、俺を含めて消し去りたい。

「……っ!!」

絶望感の中、だが奴らはまだグローリィと俺を底の底へ突き落とす。
また彼の元に別の男が近寄ってきた。
短剣を片手に握り込み、ベルトを外しながら。

次にグローリィを組み敷いたのは、よりによって彼と同じ聖職である筈のハイプリーストだった。
蒼くボサボサの短い髪に鋭い眼つきはグローリィとまるで反対。

「っ…」

グローリィは蹴り飛ばされて仰向けに倒れ、また床に銀糸の髪が散った。
髪は静かな滝のように背中へ流れ落ちて、皮肉にもそればかりがいつも通り美しかった。

「……」

倒れた時、たまたま彼の顔がこちらに向いていた。
壊れた人形のように、虚ろな目をこちらに向けている。

グローリィ、と名前を呼ぶ。
聞こえるはずがない、見えるはずがない。

だが、彼の唇が動いた。
俺がいる、扉の隙間の外を見つめて。

「………」

___ ジノ、来ないで

声はない。
本当に小さく動いた唇。
だがたしかに俺に向けられていた。

___ だいじょうぶ、だから


違う…
グローリィは、グローリィのままだ。
変わっていなかった、壊れていなかった。

だが
大丈夫な筈がない

___まだ、だめ

先ほど俺が理性で突入を堪えたように、まだここで待てと。
分かっている。
ここで出て行くのは最も最悪なケースにしかならない。
それはグローリィも理解している、した上でこの仕打ちに耐えている。

だが二度も彼が辱められる姿を見ていることはとても出来ない。
それでも万が一彼の命が危険な時の為に、ここから離れるわけにはいかない。
今まで何人もなぶり殺してきた奴らだ、目を離した隙に彼を殺して捨てかねない。

せめて視線を下げて、彼らの姿を見ないようにして耐えるしかなかった。
下げた視線の先では、掌に爪が食い込むほどに握り締めた拳から血が滴っていた。