「…ん」

気が付けば隣に白い髪の青年がしゃがみ込んでいた。
それに不意を突かれて思わず声を漏らしてしまった。

キャンバスに夢中だったというのもあるが、彼が気配を消していたというのも理由だ。
それは彼は俺以上に闇のアサシンであったから当然か。



彼は俺の相方、ルナティスの友人、グローリィがよく連れてくるアサシン。
歳若く、むしろその歳よりも幼く見える。
俺たちは愛称でジノと呼んでいる。

いつもはその二人と一緒にいるが、今日はなにやらその二人が部屋の外で話し込んでいるらしく、部屋で一人待っていたか。

他にも部屋には俺と同じギルドのメンバーがいるが、そちらはそちらで固まって楽しげにしている。
そちらに割り込むよりは、一人でいて尚且つ同業者である俺に寄ってきた、というところだろう。



彼は俺の視線を気にしながらも、俺の膝の上にあるスケッチブックに見入っていた。

そこには鉛筆で描かれた窓の外の風景がある。



「…気分転換だ。集中力を高める為にやっている。」
分かっているのか、彼はキャンバスを見つめてコクコクと頷いている。






それからまたしばらく、ジノのことは気にせずスケッチをしていた。
大分時間はたっているのに、ジノはまだそこにいる。



「…見ていても、面白くないだろう。」

苦笑い交じりにそういえば、彼は首を横に振った。




どうも彼は言葉が少ない。
そういう俺も少ないと言われるし、自覚しているが…

分かる程度にちゃんと主語はつけているつもりだ。
彼にはそれすらない。

ジノの喉が潰れてはいるが、言葉を伝える術はある。
WISは一人にしか伝えられないから、俺を対象にそれをされることは滅多に無かった。
ジノの声を思い出せない。



「本格的にしているわけじゃないから下手だが。」

苦笑いして言うとジノは首を小さく横に振った。

『…すごい、上手い。』



思っていたよりも声は高かった。
それ以上に頭の中に直接響いた彼の言葉に息が詰まった。

スケッチブックにある絵は大分大雑把で、形や大まかな色を捕らえているだけ。
お世辞にも上手いとは言えない、子供でもかけるようなものだと思う。




けれど、何も知らない彼から見れば上手い部類に入るのだろう。
上手くないと弁解したいが、誉められたことは嬉しくて「ありがとう」と返した。



とは言うもののの、見られているとどうも集中できない。
だからと言って彼なりに見て楽しんでいるようだから「見るな」とは言えない。

「…描いてみるか?」

突然振ると、彼は目を丸くした。
初めて見たときは、こちらを警戒していたせいか大人びていたが
こうして見るとやはり子供っぽい。

『…やり方が分からない。』

「全体的にバランスを取りながら、目に見えている物を片っ端から書き込めば形になる。
…それか、風景じゃなくてもいい。好きなものとかを思い出しながら描いてみろ。」

そう言うと、彼は口をへの字に引き結んで鉛筆とスケッチを受け取り、さっきの俺と同じような体勢でスケッチを構え、座った。





やはり経験が無くてずいぶんと幼稚だが、幼児のようにめちゃくちゃではなかった。
形や影をしっかりと捉えていて何を書いているのかなんとなく分かる。

彼が書いたのは、人の顔。
目や鼻や口が一本線で少々不細工になっているが、笑っている人間だというのは分かる。

というか、この見覚えのある大きい襟の服といい、髪型がいまいちわからないながらも捉えられるこの髪の長さといい…

もしや…



「…二人とも、なにやら楽しそうですね。」

丁度良いタイミングで、ジノの保護者とルナティスが戻ってきた。
俺は彼の膝に置かれていたスケッチブックを取り、グローリィに差し出した。

彼はそれを手にとって、首をかしげた。

「ジノに、好きなものを描いてみろといったらそれを描いた。」

そう言った瞬間、グローリィはあと声を漏らして固まった。
多分、そこに描かれているのはグローリィだ。

あのニセ聖職者の本性も知らずに…健気な。



「っ可愛い!」
「??」

グローリィがジノに飛びついて、ジノの頭を横から抱きしめている。
そしてその反対で同じようにルナティスがジノを抱きしめている。



アサシンなら周りの気配を酷く敏感に感じるから、人に近寄られるのが苦手な者が多い。
ジノのように暗殺者ならなおさらだ。

だから男二人に抱きしめられているジノの気持ちは分からなくは無い。
けれど、ルナティスとグローリィのそうしたい気持ちも、分からないでもない。

訳が分からず、助けを求めるように見上げてくるジノに苦笑いして、頭をポンポンと叩いてやった。