ルァジノールはアサシンの頃の週間が抜けきっていないらしく、一週間、一日、一時間まで、何をするかきっちり決めないと気が済まないらしい。 それは一般から見ても良い習慣だとは思うが、息が詰まりそうだ。 「4、3、2、1…」 いつも時間通りに来るルァジノールを待つルナティスがカウントをしていた。 そして定刻通りに扉がノックされた。 ルナティスが顔を緩めて「どうぞ」と声をかける。 開けられた扉のむこうには 「あれ?ジノ君どうしたの?」 予想通りルァジノールがいたが、いつもと様子が違ってルナティスがそう聞いた。 彼が息を切らしているなんて珍しい。 『……。』 ルァジノールは少しばつが悪そうに黙っている。 彼に限って寝坊なんてことはないだろう。 「何かトラブルでも?」 俺が聞くと、静かに首を横に振った。 『…ノービスが…いて』 「うんうん」 ルナティスが相槌を打って、次を促す。 『餌、をやったら…』 「…………………」 ノービスに餌? 『とんこつのが無くなって…』 とんこつはルァジノールのペットのサベージベベである。 ノービスにベベの餌だったミルクをあげてしまって、ベベの分がなくなり、それで急いで買ってきたということだろう。 「方向的に正反対じゃないか。大変だったね。」 全力でルァジノールの言葉をパズルのように解釈しながら、和らかく笑み彼の頭を撫でた。 そうされるのがルァジノールは好きではないと分かっているが、手触りが気持ち良いのでついやってしまう。 「次からは一言WISで教えてくれれば、遅刻してもいいんだからね。」 『…はい。』 こんな風に遅刻を許されたことも無かったのだろう、彼は目に見える程にホッと肩の力を抜いていた。 「じゃあ行こうか」 狩りは空が赤く染まる頃に終わった。 大陸から出た場合は時差で帰還が狂うこともあるが、イズルードだったのでそれを気にすることもなく適当な時間に切り上げて平原を歩いて首都に向かっていた。 「…………。」 まだ動いていた小魚を食べたルナティスをルァジノールが目を丸くして見ていた。 それはヒショウが夕飯用にと買った揚げ物用の魚だ。 「ルナティス、美味いか?」 「………ヒショウにもあげる。」 「いらん。」 「じゃあジノ君」 「……っ」 「ルァジノール、食うなよ。」 誰も試さないと知れば、ルナティスはそっと魚を箱に戻した。 つまりまずかったらしい。 「天津だったか洛陽だったかで活け作りってあったような気がするんだけど…生の魚に噛り付くの。」 「基本的に魚が違う。刺身にすらしてないのに美味いわけがあるか。」 そう言われるルナティスの背中が一回り小さく見えた。 その背中の向こうに、何やら人影が見えた。 それに気づいたらしいルナティスが、足を止めた。 「…あ、あそこでシーフ君が倒れてる!!リザしてくるー」 そう言うルナティスは何故か箱から小魚を取り出している。 「あ、危ないです!」 地面に伏せていたシーフがルナティスを見つけて叫んだ。 その瞬間、近くの茂みから何かが飛び出し、ルナティスに襲い掛かる。 「大丈夫だよー」 シーフにそう言いながら、彼は魚を前方に投げた。 途端にルナティスから軌道をそらして魚に飛び掛かったのは、南国のペンギンという奇妙な魔物、ガラパゴだ。 普通ならこんな平原にいる筈がないし、ここらにいる魔物でもない。 古木の枝で召喚されたのだろう。 呼んだのはそこのシーフかどうかはわからないが、彼はその犠牲者らしい。 「きえええい!!!!」 何故か妙な声を発してスタナーを振りかぶり、ガラパゴを殴り飛ばした。 なんだかかわいそうに見えるペンギンが吹き飛んだ先には、カタールを構えたルァジノール。 彼はまるで音も無く、ガラパゴを切り伏せた。 「……。」 ガラパゴが落としたのはイグドラシルの葉だった。 調度いい、と彼はそれを拾いあげてシーフに使った。 彼をリザレクションで蘇らせた葉は、淡く光り崩れ落ちた。 「…本当にありがとうございますっ…危うくモロクまで逆戻りするところで…」 ペコペコと頭を下げている少年は、不意に顔を上げたまま固まった。 その視線はルァジノールに 「今朝のかわぃっ…いや、アサシンさん!」 明らかに、自分が言おうとしたことが失言だと思い言い直した様子。 しかし当人を含め皆なんと言いかけたのか大体予想はついて、ルァジノールはいたたまれなくなり、しかし顔には出さずに無表情で固まった。 「うんうん、ジノ君可愛いよね」 「…男には嬉しくない言葉だろ」 しかしヒショウは否定していないがなんだか余計に悲しくなったルァジノールだ。 「あのっ、ミルクありがとうございました!やっぱり思った通り、アサシンはかっこいいや!」 「……。」 純心無垢を絵にしたような少年は、ルァジノールが今までいた境遇など想像もできないだろう。 しかし表面だけでも見て「かっこいい」と言う。 ルァジノールは会ってほんの少ししかたたない人間にそんなことを言われるのが不思議でならなかった。 そして、歯痒い。 「ひょっとして君、彼を見てアサシンを目指したクチかい?」 ルナティスの質問に少年が元気よく「はいっ!」と答えた。 それと同時にまたルァジノールが目を丸くする。 「あの!僕の名前アイリスっていいます。女の名前ってよく言われるけど…。よかったら、師匠になってくれませんか!?」 今度は多少冷静になってきたらしいルァジノールは、少年の突拍子もない申し出に苦笑いして首を横に振った。 『まだ、学んでいるんだ…自分も。』 「そんな…」 『でも』 一大決心。 ルァジノールはひそかに唇を噛んだ。 『友人に…。きっと、君からも…俺は学べる。』 「…え…」 言葉を濁してしまったか、と思いまた伝える。 今度は、はっきりと。 『友人に、なってくれ。』 少年は尻尾があればちぎれんばかりに振り乱しただろう。 大喜びして去っていった。 何やら住所を書いた紙を押し付けていったが、ひょっとしたらWISの存在も知らないのかもしれない。 となると声を発せないルァジノールがさっきどうやって話していたのかもよく分かっていないだろう。 「いやあ、若々しくていいね。」 ルナティスが笑いながら少年の背中に手を振る。 そして振り返り 少し目を丸くして、しかし微笑んだ。 「……よかったね。」 紙きれを握りしめるルァジノールの顔はほのかに赤く。 ルナティスに肩を叩かれるとぎこちなく頷いた。 |