宿の大部屋に戻ると、奥の窓辺に見覚えの無い白い頭が見えた。 それがこちらを振り返った。 直接話したことは無いが、よくここへは着ていたのでよく覚えている。 彼の相方を連れていないのは珍しい。 名前は確かルァジノール。珍しくてよく覚えている。 『レイヴァ、さん。お邪魔しています。』 向こうも何度も名前を耳にして覚えていたのだろう。 離れているのに耳元にしっかりと声が聞こえた。 WISであることに気づき、彼がいつもここで一言も喋っていなかったのは喉が駄目だったのかと悟った。 「いや。…何か用か。」 「……。」 彼はWISでもしばらく黙り込んでから、顔だけではなく身体もこちらに向けた。 その腕の中に茶色い塊がある。 近づいてよく見れば怪我をしたうえ雨と泥で汚れきったサベージベベだった。 『グローリィが追悼の儀でいなくて』 「……。」 『……。』 「帰らないから代わりにルナティスにヒールを貰いに来た、と。」 ルァジノールが頷いた。 言葉が妙なところでブツッと切れたり、主語や目的語がすぐに抜けたりする、という彼の噂は本当だったらしい。 まぁ、それでも少し考えれば言いたいことは分かると、友人は言っていたが… 大分俺には難関の気がする。 「不幸に遭ったのがルナティスの知り合いでもあるらしくて、アイツもいない。」 そう言うと、彼が少し視線を下げた。 その顔は無表情で、じゃあいいか、とサベージベベを捨ててしまいそうだ。 「貸してみろ。」 ルァジノールからそれを受け取り、不得意ではあるがヒールを唱えた。 これでもグランドクロスを得手にしているが、生憎と威力がまだ伴わない。 それでもサベージベベの傷は塞がったようだ。 「…洗ってやるか。座って待っていてくれ。」 頷く彼を見てから、まだぐったりとしているサベージベベを洗いに食堂に向かった。 部屋に戻ると、窓辺の椅子に座ってルァジノールが目を閉じて俯いていた。 疲れていたのか、寝てしまったらしい。 起こさないように綺麗になったサベージベベを抱えて室内に入った。 足音を立てたつもりはなかったが、部屋に入って二歩めで彼は跳び起きた。 その表情には眠気など微塵も映らない。 『…すいません』 「いや、いつもベッドは幾つか余るから、そっちで寝ていて構わない。」 彼の手が腰に付けたままの短剣に伸びていたのは気付かないふりをしてやった。 過剰なまでの敏感さに“暗殺者”の凄みを感じた。 彼は起き出してきて、タオルに包まれているサベージベベを覗き込んできた。 俺の腕の中のそれはまだ震えているが、さっきよりぐったりとはしておらず元気になったのは一目瞭然だ。 「悪いが、食堂のコンロを借りてミルクを温めてある。取ってきてくれないか。」 大の男が食堂でビービー泣く子豚を洗うなんて奇天烈な光景に人がやたら覗き込んできていた。 もうあんなことはしたくないし、しばらく食堂にも近づきたくないが、温めていたミルクを取りにいかなければ。 頷いて小走りに部屋を出て行った。 ミルクを取りにいくだけにしてはやたら時間をかけて、ルァジノールは戻ってきた。 その手にミルク以外にいろいろなものを抱えて。 「どうしたんだ、それは。」 『…いきなり食堂の人に話しかけられて』 彼が荷物をテーブルの上において、元の牛乳瓶に入れたホットミルクを差し出してくる。 それ以外の荷物を覗き込むと、タオルやら風邪薬やらレモネードやら。 サベージベベに気をとられて気づかなかったが、ルァジノールも自身も雨にぬれていて、少々涙目で顔が赤い。 額に手を当てようとしたら過剰にビクリと震え上がった。 「ああ、驚かせてすまない。ちょっと額を触らせてくれ。」 「……。」 何も文句は言わない彼の額に手のひらをペタリとつける。 やはり、熱い。 「すまないな、はやく気づいてやれればよかった。」 『はい…?』 気にしていないようだが、コーヒーカップ2つにホットミルクを入れて片方をジノに渡してやった。 「俺のじゃでかいだろうが、服を貸してやるから着替えろ。そのままじゃ風邪を引く。」 『…しかし』 「濡れていたのに気づかずにいて風邪が悪化したのだとしたら、君の相方に何を言われるか分からない。」 少し脅すように言うと、彼はしゅんとして頭をさげた。 『…すいません。』 「構わない。」 気に病まれる方が辛い、と彼の頭を撫でた。 やってしまってからこの年頃の青年に子ども扱いは失礼かと思った。 皆がやたら彼の頭を撫でていたから、つい。 細くてやわらかいその感触が気持ち良かった。 …皆がやたら彼を子ども扱いして頭を撫でる理由がよくわかった。 ベッドの上でルァジノールがサベージベベをTシャツの中の腹の辺りに添えて丸まるように眠りについたころ、ルナティスとグローリィが帰ってきた。 二人一緒に礼拝や追悼式があるときはよく二人でどこかに食事にいったり、ここへ来たりするようだ。 二人は部屋に入ってこちらを見るなり固まった。 そしてルナティスは悲鳴をあげて、グローリィに至ってはINT>VIT支援プリとは思えぬ素早さで俺に走りよって首を絞めてきた。 !? 「レイヴァ・ベルン!貴方という人は…!」 いつも温和な男だと思っていたが、今に至っては殺人狂の様な形相で笑っている。 首を絞める握力もハンパではない。 「な、なん…っ…」 「レイヴァがそんな…いたいけな男の子の裸にぶかぶかのTシャツ1枚着せてハァハァする人だったなんてえええええ!!!!!」 それかああああああああ!!!!!! 「…ッき…さまら、と一緒に…するな!グランドクロス!!!」 一度吹き飛ばして頭を冷やさせた二人にルァジノール本人からしっかりと説明をしてもらった。 ズボンは俺のでは大きすぎて寝苦しくなりそうだったから、しかたなく1番大きいTシャツを着せて下は下着だけでいてもらっただけだ。 どうせ男なのだから問題ないと思っていたが そうだったな、こいつの相方とその友人のプリーストはそうゆう趣向の人間だったな…! 「サベージベベ、ですか…」 『……。』 ルァジノールは何か言いたげにそれを膝の上に乗せて黙っている。 サベージベベはというとすっかりと彼に懐いて気持ちよさそうに眠っている。 「飼ってあげたいんですか、ジノ。」 面と向かってグローリィに聞かれると、彼は遠慮がちに頷いた。 『…ルナ、おねだりモードのジノがめっちゃ食べちゃいたいくらい可愛いんですけど。』 『僕、猛烈にぎゅっとしたいんだけど、流石に我慢ね。てか食うなよマジデ。婦女暴行罪で訴えるぞ。』 運の悪いことに、昨日ルナティスと行った狩りのままのPTだったせいで、変態プリースト二人の心の声がダイレクトに聞こえてきてめまいがした。 というか、彼は婦女でもないだろう。 「分かりました。でもきっとグリードが驚くだろうから、慣れるまでなるべく近づけないようにしてくださいね。」 『…ありがとう。』 熱があるせいもあるだろうが、顔を赤くして頭をさげる姿がどこか子供っぽく見えてほほえましい。 「服はまだ乾いていませんね。ルナの服貸して頂けますか。」 「構わないよ。」 プリースト二人はそんな穏やかな会話をしているが 『構わないけど、僕の服で変なことしてハァハァすんなよ!』 『しませんよ。ヒショウの服でハァハァしてるルナじゃあるまいし。』 『(`Д´#)んなことしてねええええええ!!!!!』 PTチャット内では変態っぷりを随時発揮している…。 「さて…」 ルァジノールが離れたのを見計らって、グローリィはサベージベベを抱き上げ 「よくもジノの柔肌に密着しやがったなこの豚肉が」 「ピギュッ!!」 子豚の両前足を掴んで左右に引っ張った。 …助けてやりたいのはやまやまだが、自分の身が第一だ。許せ。 「ああ、準備できましたか。じゃあ帰りましょうね。」 ジノが近づいてきた瞬間に悪魔はコロッと天使に変わり、腕のなかに抱きとめたサベージベベを優しく撫でていた。 …あの子が夕飯の材料にならないように祈ってやろう。 三日後に見かけたサベージベベは健在だったが 名前は『とんこつ』になっていた。 |