薄暗い空の下。
丈の長い茂みの中。

時々物音がしてビクッと肩を震わせると、傍らの若いアサシンが宥めるように肩を抱いてくれる。



そのシチュエーションにどっきどきでわざと過剰に震えたりしてるんですけどね!


『大丈夫。何もいない』
「ごめん…っ」
『痛むか…?』
「少しだけ…」

痛いのは本当です。
現在僕は片足を痛め、もう片方は…多分折れてます。
靴が入らないくらい腫れ上がってしまったので靴を脱いだのですが、浅黒い色といいものすごい激痛といい、ほぼ間違いなく折れました…。



今日は最近お知り合いになったグロリアス神父とそのペッ…相方のアサシン、ルァジノール君にレベル上げを手伝ってもらうはずだったんですが…

道中に僕が崖から転落。
ジノ君が追い掛けて崖から飛び降りてくれましたが
崖下はモンスターが溜まりに溜まってとても処理できる状態ではありませんでした。

よって即座に二人とも飛んで逃げました。
崖から落ちた時に足を折ってしまったらしく、動けなくなった僕の元へ、パーティーを組んでいた彼が助けに来てくれたのはいいんですが…
彼も道中敵にあったらしく、傷だらけでした。

という訳で二人で影に縮こまって救助待ちです。

今日は少し寒いなぁ…と思ったらジノ君が装備していたマフラーを肩にかけてくれました。
なんていい人なんだ…ッ!


グロリアス神父はジノ君にWISをしながらテレポで飛び回っているようです。
プリーストと言っても僕らに比べればそれなりに高レベルな方なので、このエリアなら一人でも危険は無いそうですが…。

まぁ、彼の心配をするより自分の心配を…ですね。
それにしても、こう静かだと落ち着きませんね…。
ちょっとくらい話しても大丈夫ですよね〜

「ジノ君、本当にごめんなさい。」
彼は首を横に振った。
『あれは事故だ。』
「…でも、僕は一人で勝手に舞い上がってたから。」

彼はじっとこちらを見て、何も言わない。
「成績表によく“落ち着いて行動しましょう”っていつも書かれてるんだよね。
まったくその通りだなぁ…。グロリアス神父ばっか見てて、自分の足元見てなかったとか間抜けすぎるというか。」
『グローリィ?』

そこで初めてジノ君が表情を作った。
首を傾げて、目を丸くしている。

「グロリアス神父は教会でそれなりに人気あるんだよ。
一生懸命お手伝いして下さるし、規定レベル以上の転職の為の追い込みに限っているそうだけど。
それでもなかなか約束が取れなくて…」
今回は僕のギルドの先輩が彼と親しかったから約束を取れたようなものだし…

『……。』
「あ、退屈な話だったよねっ」
『いや。』
慌てて謝ったけれど、ジノ君はすぐに否定した。

『…俺がずっと独り占めにしていたから』
「……。」
表情はあまり変わらないけれど、申し訳なさそうにしている気がした。
先輩や友達が言ってたし、今日もしばらく一緒にいたから分かるけど、すぐに悲観的になるんだよなぁこの人。

「ジノ君が謝ることじゃないよ?」
『……グローリィの役にたてるようになりたいんだが、できなくて…彼の時間をとっていた。』

「うーん…
僕が言えたガラじゃないけど、始めは誰でも苦労して、
時には人に助けてもらいながら成長するものだと思う!
むしろ僕なんかはどこ行ってもお世話になりっぱなしで…

でも、そうやって迷惑をかけて育って、大きくなったらその分
誰かに世話をやいて、その誰かがまた後輩を助けられるようになるまで
手伝ってやるものだ…って、グロリアス神父に言われたよ。」

“だから落ち込んでる暇があったら技術を磨きなさい”
と言われた時の笑顔が脅すようだったのは気のせいでしょう…!

『セイヤ…』
「はい?」
名前を呼ばれたのは始めてで少しドキッとした…。
彼は呼んだだけでただこっちを見て何も言わない。

……な、なんですかその目!
縋るような目に切なげに名前を呼ばれたらドキドキしちゃうじゃないか!

『…上手く言えない。』
「え」

ちょっと脱力。
「…上手く言えなくても、とりあえず言ってみなきゃ。そうやって少しづつ言葉の使い方を覚えていくものだよ。」
なんだかジノ君といると説教が多い気がします…決して下に見ているわけではないのですが!

『…セイヤは、頭が良い、しっかりしてる、強い。』

これまたきっぱり言いましたね。
めっちゃ箇条書で褒められてる感が少ないのですが…。まあ、とりあえず口に出せと言ったのは私だけど!


『あと、グローリィに似てる。』



……笑った。
くっきり笑った。



…なんじゃいこのめんこい子は食うぞヲイ。


『…すまない。』
「へ?…あ!ごめん、怒ってるわけじゃ」
なんだか急に腹の底から沸き立つ危険な欲望を抑えていたら真顔になっていたようです。

「でも、ジノ君は本当にグロリアス神父が好きなんだね。」
「……。」
彼は少し考えてから頷いた。

『大きな恩がある。』
「…それだけ?」

『強くなって、恩を返したい。』
「…いや、そうじゃなくて…」

他に何が?と言いたげなジノ君を見て、ちょっと呆然としました。
グロリアス神父はよく僕のギルドの先輩のところに来て、彼にセクハラまがいのことをしていくのですが…。
噂によると既に体の関係があるようです。うわぁ。

まぁ、大聖堂でしっかりと猫被ってるグロリアス神父がそうゆう趣味があるのを知っているわけで…
そんな彼のジノ君への没頭ぶりを見るかぎり、てっきり二人は既にそうゆう関係かと思ってました。

「率直に聞くけど、恋愛感情とかは?」
『は?』
思わず、と言った感じでジノ君は首を傾げました。
やっぱ恋愛ごとに無知なのかな…それとも実は完全ノーマルとか。

『教会は同性愛を禁止してるだろ?』



Σ(゚A゚ノ)ノ 意外なとこから正論がきたぁああああ!!!!

『恋愛とかはない。』
うわ、きっぱり言った…い、痛いですよグロリアス神父。

『でも1番大事だから、守りたい。』
どこか拙い口調でそう言うジノ君の瞳は迷いが無く、強くこちらを見据えてきました。
いけないことはしてないけれど、刷り込みはばっちりなんですね…グロリアス神父。
でも…

「でも、ジノ君。それは恋愛感情と同じじゃない?」
『…同じ?』
「そう。“恋愛感情ってなんだ”って聞かれたら、僕は“1番大切で守りたくて傍にいたいと思う人がいること”だと思う。」
『…守りたい、傍にいたい…』

僕の言葉は 予想通り ジノ君の心を乱している様子。

「グロリアス神父を独り占めしてしまいたいと思ったことはある?」
彼は少し躊躇ってから、それでも頷いた。
「あの人に触られて嫌だと思う?」
彼は首を横に振った。
「抱きしめられたりキスをされたことはある?」
彼は頷いた。

「ってあるんかい。」
あ、思わず素でつっこんでしまった…。
『会った時、別れる時、近くにいる時。』
…しかもそうとうされてるじゃないッスか。
気づきましょうよ、その時点で!!

「じゃあ、ちゃんとグロリアス神父をゲットしないと!」
『…げっと?』
彼は思いっきり怪訝な顔をして首をかしげた。
だんだん感情表現がはっきりしてるってことは、いろいろ動揺してるんですかね。

「だから言ったでしょう、あの人はそれなりに人気があるんだって。
油断してるとどこぞの馬の骨に持ってかれるよ!!?」
『馬の骨が!?』



いや、そこで驚くんですか!
しかもあなた絶対今、白骨化したナイトメアとか想像したでしょう!!
確かにそれに持っていかれたら大変ですが。

「馬の骨はしょうもない人ってこと。
とにかく、ちゃんとジノ君もグロリアス神父の傍にいたいって
むしろ独り占めしたいって伝えないと。」

『そんな、我侭な…』

「そうだね、でもそれが人間だよ。
我侭で、好きな人を独占したいと思うんだ。

で、もし相手も自分を好きでいたら
二人の間はガッチリ繋がって恋人同士になれる。
恋愛ってそうゆうものじゃないかな。」

話がとてもトントン拍子な気がしますが、ジノ君の場合ここまでハッキリ言わないと分からないでしょうしね。

「それに、誰かに好きだと思われるってことは、本人には嬉しいことだよ。
だから、伝えてもグロリアス神父に迷惑じゃないはずだよ。」
『…そうか。』
「そうそう。さてはまた“グローリィに迷惑がられそうだ”とか考えてたね?」
図星をさされたらしいジノ君は息詰まって項垂れました。正直なw





「ジノ、セイヤ!」
話が一区切りしたナイスタイミングでグロリアス神父の声…があああああ!!!!
「ぐ、ぐ、グ、グロッ」
『グローリィ!!?』
僕とジノ君が慌てて駆け寄ろうとしたら、彼はいつもの笑顔でバックバック、と手を押し出してきました。

「これくらい大丈夫だからね〜。このまま二人の回復しながら目的地に行きましょう?」
だ、大丈夫って…
確かになんか大丈夫そうな顔してますけど…

でっかい赤い怖い芋虫を腕と肩にかじりつかせたままそれ引きずってるんですけどこのプリースト。
でも彼の為にも後退した方がいいのでしょう。

…でも既にジノ君が飛び掛ってます。
それを見た神父は「あらら」とか言って仕方なく支援に回ってます。
仕方なく僕もジノ君と一緒に借り物のチェインを構えて芋虫に向かいました。



「はい、ご苦労様。」
なんとかたっぷり時間をかけてそれらを倒したジノ君と僕にグロリアス神父がヒールをくれました。
うわぁ、流石INTカンスト、回復量が僕とは比べ物にならないです。レベルの差が悲しい。

「ありがとうございます、すいません…。」
「いいえ、これが私の役目ですからね。」
グロリアス神父は三人分の傷を癒して、さっさと歩きだしてしまいました。

「……。」
何気なく隣を見ると、しかめっ面をしてグロリアス神父の後ろ姿をじっと見つめるジノ君。
神父の法衣は所々破れ、見える肌に傷は残っていないものの、血は付いたまま。
そりゃああれだけ刷り込みして、守りたいって言ってた人のそんな後ろ姿、見たくないでしょうね。

『ジノ君。PTの公平を解除して。』
グロリアス神父には聞こえない、僕らのPTチャット内で彼に声をかけました。
まぁ、PTチャットは声を冒険者証に吸い込ませて相手に送るわけだから、ジノ君は結局WISで返してくるけど。

『何故』
『グロリアス神父の支援を貰ったら少し一人でがんばって狩るから、その間に…ね?』
さっき話した、彼に思いを伝えること。
多分愛の告白なんてことにはならないだろうけど、でも別の意味でジノ君がグロリアス神父に近づけるように。



実は僕はマイナーなバランスプリというものだったりするんですよね〜
憧れのプリーストさんが殴り型と支援型で、どっちにしようと悩んでいるうちにそのまま中間を突っ走ってきてしまったわけです…。
怒られるんじゃないかと思ってその憧れもとい先輩のプリーストお二方に話したところ

 「いいじゃん!じゃあ早く三人でトリオ組もうね!」
 「バランスいいんだか悪いんだかよく分からないPTができそうで面白いですね。」

そして僕はバランスプリに決定したわけです。
まぁ、話がそれたけれど、時間はかかるながらもけっこういけるなぁ。
笑顔のままのグロリアス神父にどんどん猿が群がっていくのが気になるけど…!

そんな猿に飛び掛られながらも彼はジノ君とWISで話している様子。
僕は気づかない振りで猿をなぎ払い叩きまくっています。ひぃ



『愚か者だと思われる、かもしれないが…』

それにしても、ちゃんと話せてるのかなージノ君。

『グローリィのことが、1番大切で、守りたくて…えと、傍にいたいと思ってる。』
『…ジノ…』

突拍子もないこと言ってそうな気がするなぁ。
とりあえず、ちょっと独占欲だってあるんだとか、いっしょにいたいんだとか、そのへんを伝えられればいいんだよ〜

『馬鹿みたいに、グローリィを独占したいと思うことも、あって。
セイヤが、それは恋愛感情なんじゃないか、とか言ってたけど
俺はそこまで馬鹿なことしたくないから。
グローリィは神父だし、俺は、邪魔にはなりたくないと思ってるから。
…………え、えと…?』

あ、とりあえず思ったことを口にしろとかさっきいったから
考えもなしに言い続けて自分で混乱したりとかしてたりしそう。

『…つまり、私のことを好いて下さってると思っていいんですか?』

『え、あ…うん、それは…』

あーもー、猿が減らないよおおおお…
どっから遠くからひょこひょこ近づいてくるし、なんか僕にもいっぱいタゲが…
むしろ叩いてるやつもこっちをひょこっと振り返って…

え?
この猿って別にタゲが移ったりしないんじゃ…



顔を上げたら
青白い光の向こうで、グロリアス神父がジノ君の顔をがっしりと掴んで、キスしてて

キャ━━━(゚∀゚*)━━━!!!!!!!



と思ってるうちに、二人の姿はシュンッと消えました。

え、ちょっと待って。
この猿たちは…そして僕のレベルあげは…




ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!









『ごめんね、今度ちゃんと埋め合わせしてあげるからね?』
とグロリアス神父から送れて謝罪のWISが来たのは
僕がこれでもかというほどの猿たちに群がられて、文字通りサル山ができあがり、一瞬で轢き殺されてから30分ほどたったときでした。

ジノ君があれからどうなったのか、僕にはまだ分かりません。
ただ分かることは、彼が一切の耳打ちを拒否していることだけです。
…余計なことをしてしまったかも…

すいません、もっと落ち着いて行動します先生(つД`;)