―― コンコン。

突然キッチンの壁が叩かれる音がして、私は振り返りました。
ああ、びっくりした。
だってそこにはアサシンさんがいたけれど私と同じギルドのアサシンさんとは違っていたのですから。
けれどすぐに見覚えのある顔と分かったので胸をなでおろしました。

「こんにちは。ジノさん。」
話すのは始めてなのにいきなり愛称で失礼かと思ったけれど、私は彼の本名を覚えていないのだから仕方ない。
彼からの返事はないけれど、頭を下げてくれました。
それで少し遅れて彼が話せないという障害を持っていることを思い出しました。

「確かWISでお話するんでしたっけ。私の名前はメルフィリアです。」
『…ルァジノール、です。』
耳に響いた、WISの中でしか生まれることのない声は、見た目よりも子供っぽかったです。

彼は確か同じギルド仲間の一人と同い年って言ってたから…私より1つ下のはず。
彼の周りの雰囲気…張り詰めているせいで、もっと年上に見えます。
見てて分かります。この人…“暗殺者”なんだな、と。

「ルナティス先輩とヒショウ先輩でしたら2階の一番奥の部屋ですけど?」
彼はコクン、とうなづいた。
『砂糖とミルクを』



そこで止めないでくださいな。
しっかりと『砂糖とミルクを取りに来ました』とおっしゃってください。
…まあ、初対面同然ですから言いませんが。
きっと、もう3人でお茶にしようとしていたのでしょうね。

「そうですか。二つとも今使っていたのでそこに出ています。」
『もらっても?』
「いいですよ。あ、今クッキーを焼いているので、それも持っていって貰えますか。」
『分かった。』
「2,3分待っていてくださいね。」

少しだけ早いけれど、これくらいならもう美味しくできているでしょう。
私はオーブンを開けて、香ばしい匂いのするクッキーをお皿にいくらか盛りました。

「シュガーパウダーを盛り付けますけど、ジノさんは甘いものお好きですか。」
『食べたことがない。』
「クッキーを?」
『…甘いもの。』

即答されたその言葉を私はしばらく理解できませんでした。
アサシンは甘いものを食べちゃいけないのかしら。
確かにヒショウさんはよく減量したりしてるけれど、元々甘いものは苦手だったはず。

「はい、どうぞ。」
『!』
クッキーを目の前に差し出すと、ちょっとジノさんは目を見開きました。
さっきからクッキーに釘付けになっていたから食べたかったのかと思ったけれど。
やっぱり甘いもの禁止…?

………こんな美味しいものを食べられないなんて、アサシンって不幸だわ!

「ほら、あーん!」
私はクッキーを一つ、ジノさんの口に押し付けるように差し出し、
反射的に彼は口をあけたので、そこに放り込んでやりました。

しばらくの租借の後、彼は唇を引き結んでずっと黙ってしまいました。

「……。」
『……。』
「……お口に合わなかったでしょうか。」
『……。』

またじっと黙っている。
租借は終わったけれど口を閉じたまま首を横に振りました。
これでも料理やお菓子作りには自信があるんです。
不味いとか言ったら張り倒すところでしたわ。

「美味しいですか?」
『……美味しいと、言うより…』

ピクピクッ
なんですか、文句があるんですか。
私は今、顔は笑顔ですが心中穏やかではないですよ?

『……どう言えばいいか、わからないが…』
「はい?」
『…………美味しい、よりも…もっと美味しい。』
「……えーと?」

なんだか…15歳くらいでしたっけ、貴方。
しかもプロの暗殺者だったんですよね?


 5 歳 児 で す か 


でも、美味しいよりもっと美味しいというのはつまり
「…すごく美味しいとか美味しすぎるとか、そうゆうことでしょうか。」
彼はコクコクと頷いた。



だから


  5 歳 児 で す か … !!


子供は正直といいますからね!
その褒め言葉、ありがたく頂きましょう。
というかかわいいですよ。
もう一個たべてみたいといわんばかりに目がクッキーに釘付けですよ。

「ありがとうございます。じゃあ、今度機会があれば他にも得意なお菓子を作ってあげますね。」
『…。』
彼は目は唇を引き結んで頷きました。
表情は相変わらず硬いのに頬が心なしか赤くて、なんだかものすごく嬉しそうに見えました。

同じギルドの同僚のウィンリーが、ジノさんはなにやら無性に反応が面白い、と言っていたのはこうゆうことですか。
出で立ちや感情の押さえ方なんかは大人なのに、どこか子供っぽい、というか全体的に本質が子供っぽいと思います。

「パンケーキ、ご存知ですか?」
『知らない。』
「前に作ったときに材料があまったので、作っておきますから今日の帰りに是非持ち帰ってください。」
『あ…ありがとう。』

感情がこもったせいか、言い方は静かなのに声がやたら大きく聞こえました。
あー面白い…w



その日、時間に異常なまでに厳しいはずのジノさんはいつもよりも少し早く帰りの準備をして、キッチンの外で待っていました。




…近いうちに、新しいお菓子のレシピに挑戦しようと思いました。