世界が白い。
いつも鮮やかな色であった世界が、白に覆われている。
触ると冷たい。
それの冷たさは空気をも冷やして
この体までも凍えさせる。
「ねえ、君は今年のクリスマス会も出るの?」
ギルドのメンバーのハンターの女性が、白い髪のアサシンに笑顔で聞いた。
彼は毎年イベントには欠かさず出ていた。
ノリが悪いが付き合いまで悪いわけではない。
集まりにはちゃんとでるから皆、彼のことも名前も他のメンバーより知っている。
聞いたハンターは笑顔を崩さないまま、了解、と言ってメモに何かを書いて。
そうして恋人であるこのギルドのマスターのところへ駆け寄っていく。
「またでるって?…メンバー集まるのは嬉しいけどさー、なんかちょっと空気悪くなるよね、あの人がいると。」
「あれだよね、話題を振れば答えてくれるけど自分から乗ってこないしねーちょっと気ぃつかっちゃう。」
溜まり場を去った後、言い忘れたことがあって再び戻った、そのときに聞こえた女性メンバーたちの会話。
アサシンという職業柄耳が良くて、気づかれない位置で既に会話が聞こえてしまった。
自分のことについてだろうか疑問に思って、つい隠れてしまった。
だがどこか確信を持っている。
「俺たちが皆恋人同士でくっついてるから余計に気になるんじゃないか?」
「あいつも誰か恋人作ってつれてくりゃいいのになぁ」
なんだかタメ息がでた。
彼らの邪魔になっているのではないかと以前から思っていたが、寂しくなるのが嫌でくっついていた。
こうして本心を聞いたからには、今年は恋人たちの邪魔はしないでおくか、と思った。
『マスター、急用ができた。今回のクリスマス会は欠席させてくれ。』
『…え、お、そうか。了解、皆に伝えておくよ。』
『じゃあ』
WISを送り終わって、その場を静かに去ろうとしたとき
背中の方から、仲間たちのどこか嬉しそうな声がした。
今年の冬はいつもより退屈かもしれない。
クリスマスは嫌いだ。皆必ず誰かのところへ行く。
けれど毎年自分には誰もいなくて…
退屈を余計に強く感じてしまう。
いつもしつこいまでに一緒にいた親友は、今年は恋人ができて、そちらにつきっきりだろう。
同居人である自分は彼らには邪魔だろうから、徹夜で狩りでもしようかと回復剤の購入に向かった。
露天はどこも、プレゼント用の商品を並べている。
ちゃんと狩りの必需品も置いてあったから困ることは無いが
自分だけ、世界から置いてけぼりを食っている気がする。
―――…なんだか、惨めだな。
昨日から降り始めた雪は今ではすっきり積もってしまった。
この雪にどこか怯えているのは、自分だけだろうか。
少なくとも、この視界に移る人々の中にはいない。
装備のマントを握り、愛用のカタールを握り締めて街から転送サービスを使って離れた。
狩りは散々だった。
まったく戦いに集中できず、回復剤の消費が激しいのですぐに帰ってきてしまった。
とりあえず、静かに眠りたい。
「だから、卵は黄身と白身を分けるんですってば!」
「混ざっちゃったんだから仕方ないだろっ、てかどうやって黄身割らずに取り出すんだよ〜!」
帰ってきた住処で、同居人たちの声がする。
親友のローグと、恋人のプリースト(もどき)だろう。
何か美味しそうな匂いが漂っている。
お菓子を焼いているようだった。
「もー!お菓子美味しく作れないとイイお母さんになれませんよ〜!」
「ならねぇよ!!てゆーか俺がお母さんか!?俺が産んでるのか!!??」
「はぁぁ、なんかご主人との子供が作りたくなってきたぁ」
「だからできねーって!!!」
一応言うと、二人とも男だ。
が、そんなことを気にさせない痛いまでのラブラブオーラが今日も…。
家の扉の前で、アサシンは固まってしまった。
なんというか…自分の世界を作ってる人たちの邪魔なんて野暮な真似はしたくない。
―――どんどん居場所がなくなるな…。
幸い、宿代くらいは今の手元にある。
今日は適当に宿を借りるか、と家を離れた。
今日の狩りで偽サンタからでたのと、穴の開いた靴下の交換で手に入れたプレゼントボックス二つは、家の前におこうかと思ったが
持って行かれる可能性もないと言えないので、明日渡すことにした。
「……。」
息がずいぶん白い。
周りは寒いというより、冷たい。
世界が白い。
いつも鮮やかな色であった世界が、白に覆われている。
宿を取る前に少し、静かなところへ行きたくて、プロンテラ城の垣根の前に立ちすくんでいた。
心が、冷たい。
周りには誰もいない。
自ら街から離れて一人になったのだが
それ以上に誰もいない。
どこに行っても、誰もいない。
昔から、話せる人がいなかったわけではない。
狩りはもっぱらソロだったが、ギルド狩りや臨時に出たこともある。
それなのに、誰かがいても、いなくても、いつも心に穴が開いているような虚無感がある。
それは物心ついた時からずっとだった。
自分でも覚えていないくらい昔、雪の中母親に捨てられて、泣いているところを孤児院に拾われた。
それは普通は覚えていてもいいはずの年齢だから、本当は思い出したくないだけなのだろう。
この情けない虚無感はその閉ざされた記憶のせいだろうかと、他人事のように分析している。
けれど、雪は好きだ。
この惨めな自分を、際立たせてくれる。
寂しいとき、やたら自虐的になる自分がいる。
そんなときに、雪の中で独り凍えてみるのは心地よい。
昔、こんな雪の中で教わった歌があった。
その人はもう顔も忘れてしまったけれど…孤児院によく来た吟遊詩人で、雪の中にいた彼を見て歌を作ったとか。
そのときの気分をよくあらわしてくれた歌だった。
今の心情にもピッタリ合う。
歌だけは、よく覚えている。
自分でも…いつも気づかなかったような心の叫びのようだと思ったから。
「I don't hope a aguardian
angel. ―守護天使なんて望まない―
If you give me a chance, I will not show anything, and I will cry
alone. ―もしチャンスをくれたら、私は何も見せず独りで泣くだろう―
雪のように静かで、澄んだ声が誰もいない一角に響く。
それはどこか子供のすすり泣く声のようにも聞こえた。
My lonelyness is killing me everytime. ―この孤独はいつも私を殺す―
I wish that you stand by me in fact.stand by me, stand by… ―本当は護られることを望んでるんだ、私を護って…― 」
「そんなに寂しいなら、早く言えよ。」
歌声はただ深々と降る雪に飲み込まれていると思ったのに
聞く者がいた。
ぎょっとして振り返ると、一瞬、誰だか分からなかった。
黒い髪、黒い瞳。
この白い街から少し浮いて見えた。
そしてそれはここにいるはずのない人物だった。
「よお。いい歌声じゃないか、歌はいただけないが。視聴料はいくらだ?」
「…臭い飯食って頭を冷やしてから来るんじゃなかったのか。」
「クリスマスくらいいいだろ?サンタサンからのプレゼントだ。」
そういって笑うのは、本来牢屋にでも入っているはずの騎士だ。
今向かい合うアサシンを手に入れようとして、見せしめとばかりに彼の友人の恋人をキズモノにした。
そしてアサシン自身がその仇と闘いを挑み、勝利し、騎士団に逮捕させた男だった。
あの時は、この男に勝つために高価な武器を仕入れたから勝てたようなもの。
その武器を持たない今、闘えば勝ちは望めない。
「今、アンタが考えてることを当ててやろうか?」
騎士は剣を鞘から抜いた。
それに反応して、アサシンも獲物を構えた。
「俺を、どうやって倒そうか考えてる。」
「当然だろう。」
毒攻撃、ハイドからグリムトゥース、バックステップで距離を置く
次にとるべき行動が、フラッシュのように一瞬で脳内を駆け巡る。
だが目の前で、騎士は自らの獲物を雪の中に捨て、そのフラッシュをかき消した。
「俺は確かにサディストだが、いつでもアンタをねじ伏せることばかり考えてるわけじゃない。」
そう言って、騎士は荷物袋を探り、すぐに箱を出してきた。
近頃良く見かける、アサシンもさっき作ったプレゼントボックスだった。
「これを渡しに来ただけだ。留置場も一時的に抜け出しただけだから、早く戻らないとやばいしな。」
近づくのは躊躇われた。
どこに武器を隠し持っているのか分からない。
武器を構えたままで、警戒心丸出しのアサシンを見ても、騎士は気を悪くした様子も無く微笑んでいた。
「早くあそこを出て、今度はマトモにアンタにアプローチするよ。」
一目会えてよかったと、それだけ小さく言い残して、騎士は踵を返した。
「待て…!」
アサシンが慌てて乗り出し、彼を止めた。
言われて、相手は驚いたような顔で振り返った。
言ったほうも、遅れて驚いたような顔をした。
自分でも、何故止めてしまったのか分からない。
「……どうして、そんな…」
言葉がうまく出ない。
喉の奥が、なぜか熱いが、声がでないのではなく、思ってることが言葉にできない。
「どうして、いきなりこんなに改心したのかって?」
騎士が苦笑いしながらそう聞き返してきた。
思ったことは、それではなかったような気もしたが、アサシンはうなずいた。
「アンタの大事なお友達が俺のところに来て、説教たれんだよ。」
“大事なお友達”
そう言われて浮かんだのは、親友のローグとプリーストのバカップル。
「“どうせ和解なんてできないから力ずくで、なんて手に入れようとするな。
あのお人良しのアサシンは、誠意を持っていれば誠意で返してくれる”ってな。」
そう言われて、果たしてそうだろうか…と自分で思ってしまった。
「もう、仲間巻き込んでアンタを追い詰めようなんてしない。
その分アンタにしつこく付きまとうかもしれないけどな。でも…」
騎士は突然、肩あての金具を外した。
金属音がして、思いそれを共にマントが外れる。
どこにも武器を隠していないと見せているのだろうか。
騎士の防具が雪の上にめりこんだ。
そのまま、彼はアサシンの元へ歩み寄る。
地面に置かれたプレゼントボックスの上を通って、すぐ目の前まで近寄る。
アサシンは退きはしなかったが、警戒は解かずにいた。
その強張っている体を軽く抱きしめた。
「独りで寒い雪の中、『寂しい』なんて歌ってるんじゃねぇ…。
そんなことしてるなら、俺の退治方法でも考えてろ。」
騎士の鎧のせいで、抱きしめても硬い感覚しか相手に与えられなかった。
だが唯一、鎧に覆われず肌で触れられた頬を、相手の白い髪に押し付けて
相手の頬を自分の首筋に押し付けさせた。
この寒空の中、どれだけ外にいたのか。
精錬された体は、情けないほどに冷たくなっていた。
こんなに冷えて、それであの悲しい歌を歌っていた。
「俺があそこから出れたら…お前にあんな歌、歌わせねぇのにな…」
耳元で囁く相手の吐息が暖かいと感じたアサシンだった。
視界の端に映る、相手の耳朶から垂れ下がる硝子玉が、曇り空の中で揺れていた。
銀の小さな鎖の先にあるのは黒い…時折白っぽく色を変える硝子だ。この男に合っていると、ぼんやり思った。
それ以外に、目の前には何もない。
薄暗い空と舞い散る白い雪。
目に映るものは変わらないのに
押しつぶされそうな孤独が、今は無い。
この男は自分しか見ていないから
いつも感じていた寂しさ、虚しさ、退屈さがなくなってしまう。
敵なのに…情けない、と自分を鼻で笑った。
「…やる。」
「…うん?」
不意にアサシンが押し付けてきたのは
騎士がプレゼントしたのとは違ってしっかりと包装されたプレゼントボックス。
騎士は何か言いたげにしていたが、結局何も言わずに包装されたプレゼントボックスを受け取った。
どうせプレゼントボックスはもうひとつある。
「余りだがな。」
「サンキュ」
アサシンを抱き寄せて髪にキスをした。
しかし彼はそれをうっとおしいとばかりに払いのけるだけ。
「じゃあな。変な奴にくっついていくんじゃねぇぞ」
妙に体が暖かかった。
辺りはこんなに冷え込んでいるのに。
「……」
だが、去っていく騎士の後ろ姿を見ていると、体が段々と冷えていくのを感じた。
彼が遠くなるほどに、体が冷たくなる。心に穴が開いていく。
まだ騎士の姿が消えないうちに、アサシンは自らそれを振りきるように、目を反らした。
目に入ったのは、雪の上に浮かぶ包装されていない灰色のプレゼントボックス。
「…ん」
蓋に何かが張り付けてあるのが見えた。
箱を持ち上げてみると、それはピアスだった。
作りはあの男がつけていたものと同じ。
だが飾りの硝子玉の色はそれとは対照的な白。鎖も銀ではなく黒。
そして別の方向から見ると、白の他に蒼く色を変えた。
白い髪、蒼い瞳。
自分のようだとアサシンは思った。
あの男もそう思い、これを彼に送ってきたのか。
自分にピアスホールはない。
仕方ないのでそれはポーチの中に放り込んだ。
―――おい、いつ帰ってくるんだよっ!まさか狩りとか行っちゃったのか?
唐突に届いた親友のローグからのWISに我にかえった。
見上げた先の道には、もう騎士の姿はなかった。
『…いや、町にいるが』
―――おお、良かった!じゃあ早く帰ってこいよ!料理苦手の俺が一生懸命ケーキとクッキー焼いたんだぜ?
言われて、彼らが作っていたお菓子の匂いを思い出した。
あのラブラブオーラの中で、自分のことはが忘れていなかったことにアサシンは驚いた。
『待ってたのか?』
―――当然だろ、俺が帰ってきて久々のイベントなのによー!
相手は遠くの暖かい家の中だが、その相手の前のように目を丸くして…
それから、自然と口元が綻んだ。
『…分かった。すぐ戻る』
―――早く食わせろ〜待ってるぞ〜!
「…ぁ」
一度WISをきってから、思い出したように再度つなぎなおした。
『あ…あとお前に頼みがあるんだが』
―――ん?何だ?
『お前、ピアス開けてたよな?』
―――え、まぁ一つだけ開けてるけど…
『じゃあ、俺も開けたいんだが…やり方がよく分からないから頼む。』
言った瞬間、親友はWISごしに悲鳴を上げた。
―――あれは痛いぞ!?俺もう二度とやるもんかと思ったし!!
『別に痛くたって構わない。』
むしろその方がやる価値がある。
体に傷をつける行為かもしれないが、何か意味があってやるのならそれは一生ものの大切な傷になる。
そう思った。
―――わかったよ!思いっきりいくからな!!バチコンッて行くからな!!!
どこかやけくそに叫ぶ親友に、笑いながら『頼む』とWISを送った。
さて、いつまでもこんなくそ寒いところにいないで
暖かい家に戻ろう。
*余談*
分かりきっていたことだが…
「…その、まぁ…なんていいますか…」
「…不味い苦い。」
「言うなァアアアア!!!!!」
見た目だけはいい料理(主にお菓子)を口にして、一同しばらく絶句して
ローグの恋人が言葉を濁す中、アサシンは感想をスッパり言った。
「まあ、練習あるのみですよー」
「てゆーか何でお菓子とか難しいものから入るかなぁ!?俺パンもスープも作れねぇぞ!?」
「…菓子が作れないと良い母親になれないんだろう。」
「なんでお前がそれを…!!てかまさかそうなのか!?一般常識なのか!!?」
今年のクリスマスは、意外と騒がしかった。
クリスマスネタを書きました…
恋人がいようがいなかろうが誰にでも降りかかるクリスマスなので…(そんな災厄みたいに)
友人リクでプリアサを受けたのですが
できたのはリクを180℃ターンして完全に無視した騎士アサy=ー(゚∀゚)・∵.
ターン
_| ̄|○|||なんかきちゃったんです…萌えではないけどデムパがっ
自分的にこの2人は結構お気に入りなのです。
多分恋人同士になったら嫌よ嫌よいいながらも騎士に玩ばれるアサシンが…(爆)
(*´ω`)騎士アサスキー騎士は受け派 だ け れ ど も (死
友人に「プリアサやのうていやしけいシリーズの騎士アサにしたー」言ったら
「騎士つかまってるやんけ!!」とつっこみを頂きましたが…
愛は監獄をも抜けるのですね(謎