呆けてきた頭を覚醒させるように後頭部を何度か石壁にたたき付けた。
だがそのせいで身体がずり落ちそうになって、目の前にある首にしがみついた。
「っあ…あ…」
壁を背にして身体を抱え上げられ、彼に支えられているのは腰だけで実に不安定なのだ、仕方がない。
こんな体勢で体力馬鹿なこの男も腕が疲れるだろうと、極力抱き着くようにしてしがみついてやる。
回りが肌寒いだけに、相手の体温は温かくて心地よかった。
だが今の気分が良いかといえばとんでもない。
壁に押し付けられる背が擦れないように装束をまた軽く羽織っているが、薄布一枚ではやはり痛い。
中に突き込まれる恋人の熱情は快感よりもまだ痛みの方が大きい。
なかなか感じられない自分は不感症の部類に入るのかもしれない。
それでも、不思議と熱は高まっていた。
両手でこちらの腰を支えてきて、遅いリズムで、それでも強く腰突き上げてくる。
「う゛ァ、アア…!」
内壁を押し上げ、擦りあげ、肉を割ってくる。
異物感。
内から喰われる感触。
ひたすら痛みとそうでないものの信号に脳を掻き乱される。
視界の先の薄ぼけた白い街灯の明かりが揺れている。
不意に尻の下の手がごそごそ動いて、ぐちゃぐちゃと音を立てる割り開かれた双丘に潜り込んでくる。
ただでさえぎりぎりに広げられていた入口に指がタイミングよく押し込まれてきた。
恐らく、二本。
「っあ、ア゛ア゛!んっ、く…う゛…!」
首に更に強く抱き着いていた。
黒い髪を腹いせにわし掴みにした。
耳元で熱に浮かれた低い笑い声がした。
この男、痛みからくる呻きと快感からくる喘ぎの区別がついてないのではないか。
内はまだいい。
だが入口はそう簡単に広がらず、ビリビリと酷い痛みを伴う。
ただ、耐える。
また単純な律動が始まり、痛みに慣れて快感がくるまで。
熱の開放がくるまで。
「…お前を」
呻くように囁くのは騎士。
「食いたい。」
この男のことだ、ナイフとフォークで行儀よくともいかない。
生で生きたまま食いちぎられるのだろう。
そんなことを疲労した頭で思った。
「…馬鹿な考えと分かってる。」
なら言うな。
「そうだな…せめて、鎖につないで、俺しか手の届かないとこにおいておきたいな。」
真顔で、でもどこかうっとりしたように言われると、コイツはいつか絶対やるなと確信してしまう。
「でも、お前は月も太陽も似合う。戦う姿が綺麗だ。狭い部屋に繋いでも、魅力は半減しちまう。」
ひたすら流れる言葉の羅列は、耳には入るが脳までなかなか染み込んでこない。
今なお律動は続くのだ。
それに掻き乱されるばかり。
そうだ、もう熱は限界に高ぶってる。
突き上げられるたびに背筋に流れる電流は快感。
やっと溺れられそうだ。
「俺以外に、抱かれんな。」
唇を情けなく半開きにしたのまま、喘ぐ。
「誰にも、触れるなよ。」涙が滲んで、先ほどまで見えていた街灯はどこにもみあたらない。
「何にも惹かれるな。」
首を絞められているわけではないのに、息が、声が詰まる。
「孤高で美しくいろよ。」開放されたい。
目の前にちらつく臨界点。
「俺だけのものでいろ。」
触れてほしい、自分の手でも触れたい。
なのに両手は体を支える為に彼の首根にしがみつくのに塞がっていて、触れられないもどかしさが募る。
「じゃないと、俺はお前を食い殺す。」
物騒な囁きさえ、耳を擽り熱になる。
「も、う…」
緩やかな痛みと快感震え、掠れた声を搾り出した。
声を抑えることが癖づいた自分には言葉を口にする方が難しい。
「限界、か?」
「っ…げ…っかい…」
泣きそうになっているような声。
情けない。
だけど、イキたい。
「OK」
身体が降ろされた。
荒らされてたところは熱と痺れだけを残して虚しさが広がる。
「後ろ向いて、壁に手つけよ。」
そういえば、最中にこんな風に指示されるのは珍しい。
大低、騎士の方が切羽詰まったようにしているのに。
少し悔しくて無駄に反抗したくなる。
でも今は早く、この熱を。
「っんぁ!はッ、ああ!!」
激しく突き込まれる。
揺さぶられる。
そうしながら、熟知された1番感じるところを刺激してくる。
否定しようもなく、最高だと感じる。
腰が砕ける、足が崩れる。崩れ落ちないようにすると、自然と壁にしっかり手をつき尻を自ら突き出し相手へ押し付けるようなる。
それがどこか卑猥で、羞恥してしまう。
壊れる限界。
張り詰めた熱を、手袋を外した手が搾り出そうとする。
「ん、う…ああっ!」
それに逆らわず、流される。
額から流れた汗が目尻に流れ、涙を混じらせ頬を流れ落ちた。
同じように開放された精が騎士の手から流れ落ちて石畳とその隙間の土に染みていく。
「っう…う…」
まだ条理に反した交配は終わっていない。
ドクドクと体内に男の精が注入されている。
平静なら不快に感じるだろうに、熱に溶けた頭ではそれが快感にさえ感じ、交わった証の大切な行為と思ってしまう。
まだ硬直した内壁で相手のものを搾りとると、やっと終わったと脱力できた。
引き抜かれ、身体が震えたが。
「…んっ」
入れたものを出すなとばかりに、弛緩した穴を指数本で塞がれた。
相手が何を考えているのかわからなくて、首だけ動かして彼を振り返る。
そこに噛み付くような口付け。
まだ壁に張り付いた手は離せなくて、少し辛い姿勢のまま唇と舌は深く交わる。
「…っん、ん…」
さっきので息は酷く上がっているのに、ゆっくり呼吸を整える暇も与えてはくれない。
息がしたくて口を開けているのに、そこに割り込み舌が邪魔をして、ぴちゃぴちゃと水音が激しい。
「…っ」
「おっと。」
姿勢も呼吸も限界で、顔を抑えてきていた手にしがみつきながら、崩れ落ちた。
その途端に無防備に晒された下半身から、注がれた彼の精が流れ落ちた。
多分、下げただけの下履きが汚れた。
「…宿まで我慢してろよ。」
まだ濡れたままなのに下履きを上げられ、上着も前を閉められ不快感が増す。
だが抱き上げられ、彼の足は宿へ向かうようなので一安心して力を抜いた。
目覚めた瞬間、長い間の意識不明から目覚めたような具合の悪さを感じた。
喉の奥が酷く痛む。
頭痛腹痛腰痛身体の至るところで悲鳴があがっている。
隣から全裸のままの騎士が見下ろしてくるが、彼の目に映る自分は余程酷い顔をしているに違いないと思った。
「目覚めはどうだ。」
昨晩の奴の不気味なまでの冷静さといい、こっぴどくやってくれたのに珍しく反省の色がないとか、思うことはいろいろあった。
「…セックスと称したリンチか?もう一度アンタを騎士団に突き出すべきなのか。」
冗談だと言うのに、騎士は笑いながら眉間に皺を寄せた。
…この表情を俺は知ってる。
昔、俺を蹂躙した野郎の顔、怒りや憎悪をにじませながら笑う男の顔だ。
「その格好で出来るもんならやってみろよ。」
俺の両腕は頭上で錠に繋がれベッドに縛り付けられていた。
もう外して貰えたと勝手に思っていたが、まだあると自覚すると手首が痛んだ。
「…………本当にするわけがないだろう。」
俺の冗談に返す奴の言葉からは冗談が見えなくて、切り返すのが遅れた。
昨日から変だとは思っていたが、やっとここに来て現状を把握した。
馬鹿か俺は。
一息ついて、まだ少し瞼の重い瞳をやつにぶつけた。
「言っておくが、嫉妬や不安なんか無意味だぞ。」
そろそろ弁解しないと命の危険がでる。
少しばかり焦って鈍った頭でなんとか言葉を作りだす。
俺の言葉に、騎士は眉根を寄せて「あ?」と声を漏らした。
「アンタが嫉妬するような相手は存在しないし、アンタが壊さない限り俺がここにいる事実は変わりようがない。」
「……。」
「俺が行動を起こして生活を変えるような器用な人間に見えたか?」
そこまで言って、皮肉も篭った一つの仮定が浮かんだ。
「それとも、現状に飽きたのはアンタの方か。」
「なわけねえだろ。」
「いい加減俺に優しくするのも飽きて食い殺したくなったのか。ならそうしろよ。」
騎士の瞳が揺らいだ。
自分の幼稚さと間抜けた勘違いを反省しろ。
「アンタと一緒になってから、誰かに抱かれようとしたことも、触れようとしたこともない、惹かれたこともない。」
昨夜、図書館裏で唱えられた言葉に返答するように言う。
追い詰められた時に耳に叩き込まれただけあって意外とよく覚えていた。
「俺のそばにアンタ以外の誰がいる。」
ハッキリ言ってやる。
特別この男が愛しい恋しいと思ったことはないが、この男じゃないと駄目だと確信してる。
嫉妬に狂って恋人を殺すような男だったとしても、それは俺が選んだ結果だ。
「食い殺すなら、汚くしてもいいがあまり苦しませるなよ。」
それでもいいと思えるのは最近のことじゃない。
この男を傍に置くことを、傍にいることを選んだ時から覚悟している。
いや、覚悟というのは適切じゃない。
許容してる。
視界が暗くなった。
奴が覆い被さってきて、唇が重なる。
渇いてかさかさになっている俺の唇と、渇いて中途半端に粘る口内はさぞ不快だろう。
だがすぐに彼の舌に蹂躙され潤う。
頭上で手首を撫でられ、しばらくしてから手錠が外された。
狩りでの収拾品だから酷く錆びていたのにそれで擦り傷を作ってしまった為、倦んだりしないか心配だ。
唇が離れた。
何か言いたげにそこにいるが、動けずにいるようだ。
「自分から求められるほど俺が器用じゃないのは、知ってるだろ。」
自慢じゃないが、そうはっきり言うと彼が口元で笑ったのが分かる。
「そうだったな。…でも、許容すんのと、享受するのは得意だ。」
彼の言葉は、自分でも的を得ていると思って、思わず「分かってるな。」と返した。
じゃなきゃ愛のある女でもこの男の恋人なんて務まらない。皆疲弊して逃げ出すだろう。
「でも、しっかり拒否はする。」
「あまり自覚はないが、アンタがそう思うならそうだろうな。」
なんだか、何故こんな全裸で疲弊しながら密着して性格分析されてるのかわからなくなっ
てきた。
ただ、頬に触れてくる手は温かくて気持ちが良い。
「悪い、もう疑わねえ。」
「疑わないと誓うより、勘違い程度で手荒く扱うのはやめてもらいたい。」
「…勘違いってより、嫉妬だ。」
「ただ女に声をかけられただけだろう。」
「そんくらいなら大していらつかねえさ。図書館から出てきたとき、お前が見たこともない顔してたから。」
言われても無自覚だった。
図書館から出てきたときの表情など、いまいち…あ。
「子供みたいに目ぇ光らせてた。あの女には分かってなかったかもしれないが。」
あの時、あの女性と話していたことを思い出した。
それであの女性に嫉妬していたというなら、不毛だ。
「…俺が気に入っていた本の作家があの女性の友人らしくて」
話しながら、ため息をつきたくなる。
「その本を書いたときの裏事情が聞けて、少しばかり興奮していただけだ。彼女に対してはなんの期待も思いもない。」
ただでさえ負担がかかってたのに、今回のことで本当に壊れた気がする…腰が。
心身も疲労のピークだ。
「…はあ。」
思い直したらしい騎士の顔を見たら、気が抜けた。
深く深く溜め息をついた。
「…もうこのベッドから起き上がれる気がしない。」
「…大丈夫…じゃねえな。処理はしといたが…この宿しばらく借りておくか。」
「というか起き上がりたくもない。このまま介護生活に入ってやる。ケアプランナー呼べ。」
「…頭、もやばいか。わいたか?言い回しがあのウサギプリーストみたいになってるぞ。」
「そうか。かなり重症だな。」
「誰が頭のわいたウサギですってえええ!!?」
淡々としたふざけあいの言葉のやり取りに突如割り込んだのは
たった今話題に出たウサギプリースト。
俺の親友の恋人、名前をいやしけいと言う。
いや、最近は何故か変な趣味に走り出してカプラサービスの女性の制服を着ていることがある。
男なのに化粧までして、違和感なく似合っているのが怖い。
幸い今日はプリーストの法衣だったが。
そんな彼は、窓の外から身を乗り出してきていた。
「うわぉ!!」
俺が突発的に窓を閉めにかかると、彼は叫びながら常人には有り得ない跳躍力で室内に飛び込んで部屋の中央に降り立った。
彼を閉め出す筈だったのに、侵入を許してから閉まった窓の向こうには何もいない。
とりあえずカーテンを閉めた。
「お久しぶりですお二方。」
にこやかな笑顔を向けてくるのは、ナチュラルにこの場を凌ごうという算段だろう。
「いやあ、ご主人と二人でジュノーの宿に止まったら見覚えのある名前が台帳にあるから訪ねてみたらやっぱりお二方☆偶然ってあるもんですねえ。」
説明口調で一気にまくし立てる。
「また盗聴してたな?」
彼が無駄なハイテンションでごまかそうとしている事実を、単刀直入で言葉にしてやった。
笑顔のまま固まったのは、“盗聴”も“また”も図星だから。
「隠さんでも、とっくに気付いてたぞ。」
留めに言ってやると、彼は観念して笑顔を一変して悲願に染めた。
「だってええええええ!!!最近アサさんたらいっつも腰痛めていて
訪ねようとすればいっつも騎士さんにご無体されてて心配だったんですよおおお!!!!
アサさん何も話してくれないからこっそり聞くしかないじゃないですか!!」
「なら俺がやられてる間に助けてやろうという気にはならなかったのか。」
「来るたびに鼻血もので駄目でした。」
駄目でした、と言いながら頭から生えた兎耳をペタンと下げる彼に感じたのは、怒りより呆れだ。
興味本位趣味本位で盗聴したのも、確かに心配してくれていたというのもどちらも事実だとわかっている。
「それに最近、アサさん私のところに治療お願いに来ないじゃないですか。」
「…最近、怪我はないから行ってないだけだ。」
そういえば、昔はこの極サディスト騎士に盛られる度に生傷耐えない頃があったな…。
それを思えば最近はこの男丸くなったものだと実感した。
俺のそんな思考を吹き飛ばして、手を握ってくるいやしけい。
何を食べたらこんなになるのか、と馬鹿らしいことを思ってしまうほどに綺麗な顔がすぐ目の前だ。
…多分、その答えはにんじんだろうが。
「無理しなくていいんですよ?!アサさんなら見返りなんか求めませんから!
ただ夜に起きたことされたことプレイの内容など逐一話してくだされば!!」
「鼻息吹きかけるのはやめろ。」
その変態的趣味に付き合うのが嫌で治療に行かなくなったというのをいい加減に分かれ。
そう言ってやりたかったが、今は本当に疲れていて喋るのも億劫だ。
情けないことにまだ服を着ていなかったので、いやしけいを押しのけてベッド下の荷物鞄からラフなコットンシャツと適当な下穿きを履いた。
「ところで、あのローグはどうしたんだ?」
不意に騎士がそんな疑問を投げかけた。
「ご主人は図書館から借りてきた本に読みふけった挙句、また朝の開館時間から本読みに行きました。」
それを聞いて、俺は思わず目を丸くした。
アイツの家には全く以って本がない。
シーフ時代に購入した毒の扱いなどの教科書から武器書までも、ローグになった途端に放棄した程、彼は無関心だった筈だ。
妙に感心してしまう。
「アイツが活字を読めるとは知らなかったな。」
「いえ、漫画です。」
…ああ、納得した。
「本ねぇ…しばらくここに滞在になるだろうから、俺も何か借りてくるかな。」
騎士がそんなことを言いながら腰を上げたので、思わず「漫画か」と真っ先に聞いてしまう。
そこにさらに真っ先に「一緒にすんな。」と返された。
「これでも生まれはジュノーだ。剣握るまでは本の山に囲まれてたんだぜ?剣術・戦術系は9割読破してる。」
なにやらいろいろ思い出すところがあるらしく、「ムショ入りしてた時も暇で本ばっか読んでたしな。」などとつぶやいている。
彼の意外な一面にまた感心した。
いやしけいも意外と思ったらしく、耳をぴこぴこ動かして騎士を見ていた。
「へー意外ですね!なんか騎士さんとかは『拷問器具一覧』とか『SMプレイ術大全』とか読んでそッハァアア!!!」
どうやらいやしけいは蛇がいると分かっているやぶを突付きまくるのが好きらしい。
ムカッ腹たてた騎士の鞘を刺したままの剣での一撃を実に楽しそうにかわした。
…このウサギ、日増しに強くなっていくのは気のせいか?
「じゃあ私もアサさんの為に『正しい犬の飼い方』とか『猛獣の生態』とか借りてきまああああす!!」
その犬やら猛獣が、そこの騎士に適用できるとは思えないがな。
逃げるようにそういい残して部屋から出て行ったプリーストの背中を、普段着に剣だけを持って騎士が追いかけていった。
まぁ、二人とも目的地は一緒だし、図書館では騒げないから大丈夫だろう。
俺は荷物鞄の中に突っ込まれた昨日借りてきた本から一番小さいものを選び、ベッドで寝転がりながら広げた。
それから4日程、俺が万全になるまでその宿の一室は騒がしい読書部屋と化していた。
読んでいるものの内容はぜんぜん違うが、妙にそれぞれの話題で盛り上がった。
こうゆうのは一人で静かに読むものだと思っていたのだが…
まあ、たまにはこんなのも悪くない。
煮え切らないのは毎度のことです。
騎士アサは書くたびになにやら危うくなっていきます…。
エロとギャグのリハビリ作でした!!(´∀`*)