誰とも過ごさない一日
彼女もいない生活
刺激のない狩り
臨公にAGI職はあまり求められない
けれど、そんなに退屈ではなかった。
―――今日もムカーのように生きてるかあああ!!!
毎朝必ず届く、離れた土地にいる友人からの耳打ち。
もう俺が朝食を済ませてのんびりしているころにくる。
ため息をつきながら適当に応える。
―――俺はあんなにキィキィ叫ばない。
―――お、おはよう、生きてるな、うん。
さっきの謎の問いかけはなんだったのか。
その答えは明かされず(どうせ意味ないのだろうが)、朝の挨拶だ。
今日も平和だ…とか思いながら、午前の紅茶を啜っていた。
本人には言ってないが、ふざけた耳打ちを送ってきている友人宅の窓際で。
―――今日もうちのルナティックのいやしけいはキュートだぞ!はぁ〜!マジ毛が綺麗っ、そうだSS…
―――…もう写真が100枚くらい届けられてる。結構だ、送るな。
―――ちぇー…くはっ!いやしけい素肌に擦り寄るな!くすぐったいっ
多分、これで朝のWISは終了だろう。
俺は紅茶を一気に飲み干して、台所の流しにカップを放り込むと、さっさと狩場へ出かけた。
この後は狩りをしながら、時々友人の雑談に耳を貸すだけ。
一体どんなくだらない話をするのかと思いながら
最近購入した新しい武器を指先でなぞった。
―――もしもーし、寝てるー?
そんな耳打ちがきたのは真昼間だ。
昼寝はしない。
基本的に日中はダンジョン内でつらくない程度の狩りを続けている。
―――起きてる。
―――おー
何がおーなのかよく分からない。
彼の耳打ちに出なかった記憶はないのに。
―――あのさー、今日ついに青箱からルナティックシリーズの記録が消えちゃったんだよ…
毎日、作り話ではないかというほどに、彼は青箱からルナティック関連のアイテムを出していた。
さすがはルナティックマニアというべきか。
というか、そんなものしか出ないのにモロクに長期滞在してまでレクイエムを狩り続ける彼の精神に感心する。
―――で、何がでた?
―――よく焼いたクッキー
―――…それはまた見事に関連の無いものだな。
おまけに安い。
南無、と心の中でつぶやいた。
―――でさーよく焼いたクッキーをいやしけいが気に入ったみたいでさーwこれって箱以外にどこかでとれたっけ?
…前言撤回。本当にお前はいやしけいを中心に世界が回っているな。
―――…ルティエのおもちゃ工場にいるクッキーというモンスターが落としたのは見たことあるぞ。
さて、今度の彼の長期滞在は雪国のサンタの家か?
俺が返答すると、彼は向こうでやたらはしゃいでいた。
―――おおぅ!!ありがとう竹馬の友!!恩に切るぜー!じゃあいやしけいとお散歩いってくるわ
―――いってこい。
どうでもいいが、竹馬の友は良い意味の語ではないぞ。
そしてそう言うほど幼い頃からの付き合いでもない。
面倒なので直接説明してやったりはしないが、思ってみた。
さて、しばらくお散歩タイムだろうから耳打ちは来ないだろう。
少しダンジョンの奥へ行くことにした。
夕食を食べながらまた耳打ちで少し話して
寝る前に話して
話すことは他愛も無いことで、ほとんどアイツが勝手にしゃべっている。
けれど、その声だけが俺の一日の糧になっていて
俺の生活リズムも整えている。
この声が突然途切れて、二度と届かなくなってしまったら…
そう思って、少し息が詰まった夜は、一度や二度ではない。
けれどその度に翌朝、あのうるさい声が響いて
少し、ホッとしてしまう。
けれど、その日は俺が狩りにでかける時間になっても、声が届かなかった。
こちらから耳打ちをすればいいなんて考えが浮かばないほどに、俺は内心あせっていたらしい。
狩りに行かないで、室内で意味無く掃除をしたりして過ごしていた。
これほどまでに、一時間、一分が長く感じたことは無かった。
―――おかーさあああああああああああん!!!!!!!!!!!!!!!!
まだ朝だったが、明らかにいつもより遅い時間。
やっと届いた耳打ちは、そんな絶叫だった。
―――…おい、何があったんだ…?
彼に返信したが、さらに続く返信はない。
どうやらこちらに応えられる状態ではないらしい。
まぁ、なんとなく元気そうだったので安心して、いつもより遅い狩りへ出発した。
そしてまた苦労のない狩りをしていると、彼から耳打ちが届いた。
俺は、少しパニックで、けれど少し嬉しそうな彼の話を信じられなかった。
朝起きたら、最愛のペットのルナティックが人間になるなんて。
実際に見るまでは。
現在、その騒がしいローグは、久々に帰宅している。
俺が勝手に住んでいた家なのだが…
何故かパーティーのように彼は騒ぎまくった挙句、飲めない酒を勢いで飲んで寝てしまったが。
そして、その彼とともにいたのが、例のルナティックだろう。一目見てわかった。
どうやら雄だったらしい。
赤い鮮やかな瞳に、真っ白な柔らかそうで、でもしなやかな長い髪。俺のものとはぜんぜん違った。
そこからあったうさ耳は、確かにヘアバンドではなく直に生えていた。
そして長い髪で隠していたが人間の耳はなかった。
そして、人間離れした美しさだった。
一瞬、俺もルナティックを飼ってクッキーをあげてみようかと思ってしまったほどだ。(まぁ、当たり外れあるだろうが)
てっきり、二人でラブラブ(死語)なのかと思いきや、意外とよそよそしかった。
ローグは遠慮しているし、ルナティックもぎこちない。
俺がいるせいでもなさそうだった。
それを、ルナティックがトイレと言って席を外した際に、ローグに問い詰めてみた。
「…理性がぶっとびそうで怖いんだよ…」
「は?」
「だって…アイツが人間になっても好きなんだ…」
「べつに、いい方向じゃないか。」
「…こんなこというとお前に引かれそうだけどさァ」
彼はグラスに残った液体を喉に流し込んだ。
ごくごくと喉を鳴らして、深くため息をつく。
「その…今のアイツ見てると…ちょっと…」
彼は赤くなって、口ごもっている。
あぁ、なるほど
「溜まってるからヤりたくなるのか。」
「ごへっ!!!!!」
彼は変な声をもらした。
「誰ともしてないのか?」
「っ…最近、ルナティックばっかかまってて…そっちに気が回らなくて…」
「生理的現象だから気を回すとかそうゆうものではないだろうが。だったらさっさと抜けよ。」
「そうゆうのなんか嫌だ。」
あーそういえば自分で抜くの嫌いとか言ってたな…。
「じゃあどれだけ“まんま”なんだ?」
彼はまた口ごもってぼそりと
「…お前として以来…」
言った言葉を聞いて、そういえばそんなことしたこともあったなぁとボンヤリ考えてみる。
…って
じゃあ何ヶ月してないんだよ。
俺のそんな感想を表情から読み取ったらしい彼は、
「俺は正式に付き合ったやつとしかしないんだよ!!」
と、真っ赤になった頬を膨らませた。
なかなか誠実で、しっかりと節操もあって、変なこだわりとかあったが
…こんなところに、惚れたこともあったな。
「別に、好きならさっさとしてもいいんじゃないか?」
「っ!!さっさとってお前なんて無節操なッ!!!!」
自分を無節操と思ったこともないが…。
「お前は、アイツがルナティックでも人間でも好きなんだろう?ただ、ルナティックの時はそうゆう対象にならないだけで」
「…うぅ、まぁ…」
「じゃあ何が問題なんだ。…アイツの方の気持ちか?」
彼は即頷いた。まったくもってコイツらしい…。
「俺にそんな対象で見られてたなんて分かったら、これからペットとしてもやっていけなくなるだろ…」
それはごもっとも。
「だがそれはお前らだけに言えたことじゃない。人間同士だってそうだろう。」
「あ…そうだよな…」
なんだかこれだけのことで、彼はちょっと毒気抜かれた顔をしていた。
「それに、アイツ…もうずっとあのままというわけではないだろ」
「あ…まぁ、いつ戻るかはわからない…」
「それなら、今しか言える機会はないだろうが。」
え?とかそんな顔をするな。
なんだかコイツは母性本能をくすぐる顔や性格をしてると思った。
俺はそんなものは持ち合わせてはいないが。
「ルナティックの時にそんな気持ちを伝えても、それこそペットとご主人くらいにしか思ってもらえないだろ」
「………おお」
彼はポンッと手を叩いた。
「今しか、お前の気持ちをしっかり伝えられる時はないと思う。」
それに、彼以外にお前がここまで愛せる存在はいないだろう、と。
俺のそれだけの言葉で、彼は決心を固めたらしい。
今夜、言うと自己暗示のようにつぶやいていた。
彼がトイレから戻ってきてから、ずいぶんと空元気でいたが、やはり緊張していたらしく…
酒を煽り過ぎて酔いつぶれた。
とことん阿呆だ。
その阿呆の助けになればと、ルナティックの彼に
このローグが人間以上にルナティックを愛しているルナティックマニアだと教えておいた。
…マニアというのはあまりよくなかったかもしれない…イメージ的に。間違っていないとは思うけれども。
それを知っておけば、彼もこのローグに思いを告げられたときの驚きも少し少なくなるだろう。
何より、どうやらこのルナティックも恋愛感情はあるそうじゃないか。
真っ当な両思いだった。
どうやらお互いひけめを持っているだけらしい。
ということで、少し恋のキューピッドになってやり
ルナティックの青年を小突いてみた。
あのローグに愛されることができるのは、お前だけなんだ…と、遠まわしに。