「ブレスー!速度増加ー!」
「おい、クルーザーが来てるぞ。」

「え、え…ニュ、ニューマ!…ってSPねえええええええ!!!!!!」


「…OK、下がれ。」

私は剣を構えてこちらに歩いてくる騎士の脇をすり抜けて、大分後ろへ走りました。
これくらい下がらないと、クルーザーに一度つけられたターゲットはなかなか外れないのです。

ある程度離れてからUターンしてくると鈍い音を立てて数発の剣撃でクルーザーを粉々にしている彼の後ろ姿。


まぁ、やっぱり上級者だけあって強いなぁとか
やっぱり暇で苛立ってたんだろうなぁとかいろいろ思うわけです。



そんなことを思っているうちにすぐ隣にミストケースが。
向こうから別の冒険者が走ってくるのを見つけ、私は慌ててそいつにスタナーを振り下ろしました。







「…アンタな、壁無しでも戦れるじゃねぇか。」
「まぁ、ミストケース1匹なら。」
剣を鞘にしまいながら、私のスタナでボコボコになったミストケースを見下ろし、彼は頭を掻いています。

「…ソロでいいんじゃねーか?」
「クルーザーは避けられません。」
「ニューマかヒールで耐えられるだろ」

彼の言葉に私はオーバーリアクションでひぃぃぃ!!とムンクの叫びのごとく悲鳴を上げました。
自分でオーバーリアクションと分かっているあたりわざとと御察しください。


「外してご主人のためのこの体に傷がついたらどうしてくれるのですか!!ヒールで耐えるなどもってのほかですわ!!」

「だから何故、お姐口調…」

私が声高々に叫ぶと、彼は顔の力を抜いて思いっきり呆れ顔をしました。



「ちゃんと壁代に、貴方の恋人の知られざる真実vol.1を教えて差し上げますから。」

「…volいくつまであるんだ…」
それは企業秘密です。



「まぁ、というのは嘘で、ただの嫌がらせですけどね。」

「……。」

真っ黒い瞳がこっちを見て、唖然としています。
昔私を汚そうとした罰です。まぁ、何かとそれを口にしてこの人をレベル上げの壁に連れ出しているわけですが。

にしても何度見ても彼の髪と瞳の黒はなんだか殺意が無くてもギラギラしていて怖いなぁと思います。

まぁもう慣れてますが。






えー、いまさらながら挨拶が遅れました。

お久しぶりですこんばんは、ルナティックプリーストのいやしけいでございます。
何者だお前は!!という方のために軽く私の身の上をご紹介させていただきます。

私の招待はプロンテラ南の草原出身のルナティック。
とあるルナティックマニアのローグさんにテイムされ、濃厚な愛を育みながら暮らしておりました。


しかしある日、私は古く青い箱からでた人型のクッキーを食べたところ、なんと

人間になってしまったのです!!


そしてその勢いで晴れて私とご主人は種族の壁を越えて恋人となれたのでした。




以上、身の上話終わります。

ちなみに現在はご主人と、その親友であるアサシンさん、そしてその恋人の騎士さんと仲良くさせていただいています。
というか、4人とも他にあまり友人を作るタイプではないようで、狭くて深い友情ができあがっております。

あ、それぞれ恋人ですが、4人とも男なのでその辺ご了承ください。
私とご主人に至っては種族の壁も越えるくらいなのですから、性別の壁くらいわけないゼ!



ちなみに現在、私からは“ご主人の友人の恋人”である騎士さんと、ルティエのおもちゃ工場にきてレベルあげをしております。
我流で鍛えたこの体術と支援魔法のおかげでそこそこ腕に自身はあったのです。

けれど、せっかくだからいつまでも我流ではなくちゃんとしたプリーストになってみようと思い至り
先日冒険者登録をして、正式なプリーストへの道を歩み始めたのです。



ちなみにいつものプリーストの法衣を着てはいますが、じつはまだ職位はアコライトだったり。

ルナティックが人間になってるんだから、もうなんだってありですよ!!






「…そろそろ荷物が重いんだが。」
「あ、はいはい持ちますよ〜」


彼が暇を持て余しながら、ジョーカーCの刺さったクリップの効果で敵からアイテムを盗んでいたので、収集品も大分溜まりました。
まぁ、そんなに盗めるものでもないし、売っても安い物はその辺に捨てているんですが…まぁ、大分長時間狩ってますしねぇ。



『いやしけい。こっちは重量オーバーだが、まだやるのか。』

不意に入ってきた声。
何気に同じダンジョンでクッキーやケーキ集めをしてくれている、この騎士さんの恋人のアサシンさんです。

こうやってついてきてくれるあたり、二人とも仲良くやってるんですねぇ…



『そうですねぇ…そろそろ疲れてきたし、帰りますか。』

私がPTチャットでそう告げると、隣で騎士さんが安堵のため息をつきました。
もう大分彼にも甘えさせていただいたので、苛めるのはそろそろやめにしましょうかねぇ…。

今日は、もう一仕事だけ頼んで止めましょう。





合流したアサシンさんは、予想以上に大量にお菓子や宝石の山を抱えていました。
その中にあった古く青い箱はせめてとお二人に譲りました。

なんて心優しい私…いえ、出したのアサさんですけどね。
もちろん、後日ちゃんと今回のお礼はするつもりですし。

そして、あまり顔に出さないものの、アサさんが帰ってきたとたんに嬉しそうになる騎士さんが可愛かったです。

二人とも体つきも容姿も正反対なのに、何故かよく似合う…。
まぁ、目つきや雰囲気は似ていますが。

二人とも人を寄せ付けないという雰囲気が出ているのに、何故か二人同士はくっつくことができるものだから、人を寄せ付けないオーラ2倍です。
いろんな意味で最強カップルです。

あと、改めて二人が一緒にいるところを見ると、対な彼らはそれで1セットに思えるのです。
たとえるとエボリー&アイボリーでしょうか。
髪が白、黒だからとかまんまの例えです。

まったくもってお似合いだと言えば、「お前らの方が良い感じに釣り合っている」とアサさんに言われました。
そんなやさしい言葉をくれるあたり、彼は大好きです。

そのあと「俺たちは首にナイフ突きつけたままどっちも引くに引けない状態になった組だと思うがな」とも言われました。
…何故だろう、その言葉がものすごくピッタリに思えるのは。
ラブラブに見えると言えば見えるのに…。


そんな彼らをつれてやってきたのは…







「……っっっ」
「落ち着け。これで終わりのはずだ。」

背後で身悶えする騎士さんと、それを宥めるアサシンさんの気配。
フフフ…健気なシンデレラを苛める意地悪な継母の気分…。

二人ともシンデレラなんてガラではないですが。


ちなみに私たちが来ているのは、とある孤児院。
私がアコライトになってから紹介され、時々子供たちのお世話などでお邪魔させていただいています。

きゃぁきゃぁと子供の声がする建物の外で、お二人は既に気落ちしているようです。
そりゃあ、どっちも子供の世話なんてガラじゃないですしねぇ…。



「まぁ、ケーキを届けるだけですから。あ、クッキーは私の分ですから死守してください。」
「「……了解。」」

それでは突入!





建物に立ち入り、私は声高々に叫びました。


「皆の衆ー!!お菓子を持ってきたぞー!!であえ、であえええええ!!!!!」

「……。」
「なんだその掛け声は…」

もう私のテンションについてこれなくなって呆れているアサシンさんとは違って、まだ付き合い浅めの騎士さんは懲りずに突っ込んでくれるから楽しい…w




でもまぁ大変なのはこれからですよっ…!!!



「うさぎのにーちゃんがきたあああーーー!!!!」
『キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!!!』

私の掛け声に反応して、アンドレ・ピエール・デニーロの蟻三兄弟の如く、子供たちがいろんなところからわらわらと…!!





「さあ二人とも、ミッション開始です!!子供たちに捕まることなく、傷つけることもなく、無事にお菓子を最奥の院長の部屋へ運ぶのです!!」

フフフフフ…!!
近頃私を著しく成長させてくれた地獄の訓練場を味わうが良いですわ!!

お察しの通り、ただの八つ当たりです。



ってか即効で得物を抜くんじゃないそこ!!!









さてここで、更に話を戻せば
本日おもちゃでめちゃ長時間狩りをし、二人を連れまわし、孤児院という獣の檻にお菓子という餌をかかえて突入したりと
いろいろと無茶したのには理由があります。



最近、ご主人が私に冷たくて…

しかも、買い物中に偶然にご主人が女性といちゃいちゃしてるのを見つけてしまいました。
ほっぺたを触られたり、唇を触られても嫌がるそぶりすらなくて、むしろせがむ様にしていて…

それについていろいろと問い詰めたのです。
そして帰ってきた答え…



『どうでもいいだろ!ほっとけよ…!!』



「どうでもいいわけあるかあああ!!!!!ほっとけるかあああああ!!!!!!!」

「どうでもよくないから街中で叫ぶな。」



子供たちのお菓子を無事に院長に預け、私たちはヘトヘトになって帰路についております。
子供の波に押し寄せられた瞬間、本能的に武器を抜いた二人を宥めながら走るとか…

結局、アレで一番疲れたのは私な気がします。
そりゃあそうですよね〜二人とも上級の冒険者ですしー…

あははははは…

…はぁ…



アサシンさんが落ち込む私の頭を撫でてくれて、ついでとばかりにそこから生えてる耳の後ろを押すように撫でてくれて…

ああっ…そこ気持ちいい…っ



じゃーなーくーてーーー!!!



「もうあの人ってばひどい…僕がどれだけ、どれだけ悲しい思いをしたか…!!」
「とりあえず落ち着け。あのいやしけいバカがお前以外に気移りするわけがないだろう。」

とりあえず、アサシンさんに抱きついて肩を埋めて泣きはらしてやります。
ご主人とは違って、ちょっと細めだけどなんだかこの人は落ち着く…。
何故だかちょっとお母さん的なものを感じます。

「アサさん気持ちいー…もう私アサシンさんの恋人……は殺されかねないので養子に…」

背中から刺さる騎士さんの視線が痛い、痛い…



「どっちにしろ御免だ。いいから落ち着け、アイツによく話を聞け。何か理由があるんだろう。」

「…分かってるんですけど…もう…」

ああ、涙が滲む…
どっちにしろ御免だ、ときっぱり断られたからではないですよ。一応補足。


分かってるんですよ、あの人が私をあんな簡単に捨てるわけないって。
付き合いは短くないですから、分かっているんです、信じているんですが

それでも、あんな扱いを受けたのは初めてで、悲しくて…



って、落ち込んでしょぼくれた私の耳をねじって遊ぶんじゃありませんよ、アサさん。
そんなことしている辺り、この人は私たちが破局する心配なんかしてないんでしょうね。

何も言わずに私の憂さ晴らしに一日付き合ってくれたんですし。





「あれだ、飴と鞭だ。しばらくお前からも冷たくしてやったらどうだ。」
「なるほど…さすがはお姑さん!」


そんなことを言うと、ポコッと頭を叩かれました。

「誰が姑だ。…まぁ、俺がそんなことをしたら本気で殺されかねんがな。」
「ああ確かに…嫉妬心に耐え切れなくて心中を図りそうですね、おたくの旦那さんは…」

私とアサシンさんに横目でみられた騎士さんは、図星だと自覚しているらしく、フンと鼻で笑いました。
いや、そこ…開き直るなよ…!!








ついでにアサシンさんにはうちでヤケ酒に付き合って頂こうと、そのまま3人で我が家へ参りました。
そして真っ先に目に入った、ソファーに横たわる塊。

「………。」

我がご主人であり、恋人の彼。
まるで猫のように丸まって、すぅすぅと寝息を立てて…
日に焼けた肌とか、子供っぽい寝顔とか、気持ちよさそうな短めの赤い髪とか…



「…いやしけい、震えてるぞ。」
「……っ」





可愛い…!
めっちゃ可愛い…!!!!

ああもうぎゅうぎゅう抱きしめたい!!撫で回したい!!!

「…いやしけい、息が荒いぞ。」
「……っっ」

男、いやしけい…先ほどご主人に冷たくしてやると決めたばかりですのに。









だめだあああああああああああ!!!!!!



「ぎゃふっ」

思わずダイビング飛びつき&締め上げでご主人の体にぎゅうっと抱きつきました。
硬くて逞しくて温かくて気持ちい…!





「き、きゅぅぅううぅぅぅぅ〜……」

「いやしけい、絞めすぎでご主人が鳴いてるぞ…」

言われなくとも分かってますよアサさん!
ああ、そんな鳴き声も愛しい…!!!!





「んぁ…いやし……っ!!」

ご主人は正気を取り戻し、私を見るなりハッとして口元を手で覆い、私の腕から引いていきました。
…なんですかその反応は…。見ちゃいけないものを見たみたいな…。



「ご主人……」

私にご主人に冷たくするなんて、絶対無理です。
でもご主人は相変わらずこんな態度で…

訳も分からず悲しくなります。
耳がペタンとただの布のように頭にくっついて垂れしまうじゃないですか…

「…っ!」

そんな私の様子にご主人は慌てているようです。
けれど慰めの言葉も何も言わないで、口も手で覆ったままでオロオロしています。





「おいこの馬鹿。」

ゴス



「っ〜〜〜!!!」

鈍い音がしました…。
私の目の前で、アサさんがご主人の頭をカタールで殴りつけたのです。
当然刃は立てないで。立てたら死にます。

「何をオロオロしてるんだ、何か言え。お前がそんなだからいやしけいに心配かけてるんだぞ。」

アサさん、ご主人の説得はありがたいんですが…
親友に刃を向けるのは止しましょうよ、刃を。

何気に騎士さんだけでなく貴方も苛ついていましたか、だったら謝ります。
暴走しすぎました。





「……。」

疲れて何も言わずに見ていた騎士さんが横からヅカヅカと寄ってきて、突然ご主人の顎を掴んで引き寄せました。
この人が動くとは、意外や意外。

そして引き寄せたご主人の耳元でボソボソと…



「アンタに冷たくされた、って泣いてすがって来たぞ。
こいつは結構俺の好みだし、お前にその気がないなら俺が貰うが?」

泣いてすがってません。八つ当たりしまくっただけです。
多分、ご主人を丸めるための口八丁でしょう。

こちらに聞こえないようにひそひそ言ったつもりでしょうが、あいにくこっちはウサ耳なんですよ、180度回転できる優れものなんですよ。

てゆーか私には、アンタがエロトーンでご主人を誘惑してるように見えるんですがね!!
気のせいですか!?だってなんか怪しいオーラが…!!!



ああ、失礼。
殺気でした。

よっぽど私の八つ当たりにキテたんですねぇ…



「キシャアアアアァァァァアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ご主人が叫んだ!!
ってゆーか鳴いた!!?
いやむしろ奇声がぁあああああ!!!!???

「ごめっ、いやしけ…はぅっ」

ご主人がやっといつものような様子でこちらに謝ってきたと思ったら、またすぐに息を飲んで口をふさいでしまいました。
けれど、だんまりはしないでくれました。



「ふぉめっ、ふぇも、ひははなはったんは!!ほへ…ほへっ!!」



だんまりじゃないけど何言ってるかさっぱりです。

「…なるほど…」

って私が思っていたら後ろでアサさんが納得してるし。
まさか…私の愛がアサさんの愛に負けましたか…!!?

アサさんは荷物から何か探ってきて、こちらでご主人の口に…





デモマスク?

目の前でご主人が暴走族のような井出達で目をぱちくりしています。
ぱちくりしたいのはこっちですよ。



「お前のことだ、口臭気にしていやしけいに話さないようにしていたとかだろう。」





うっ、と詰まるご主人。







そんな理由で私は放置されてたんですか。
そんな理由で私は不安で泣いたんですか。
犯すぞコンチクショウ



「俺が歯医者に無理矢理連れて行くのを止めたせいで虫歯が悪化したか?」

そしてまたうっ、と詰まるご主人。
その歳で歯医者に保護者同伴ですか貴方。

「だって怖いんだもん…」

そう言っていじけるご主人の後ろで、騎士さんが剣を構えて鍔をカチャッとあげてます。

アサさん、わざわざとめなくていいですよ。
私が許すからいっぺんブッた斬っちゃってください。



「とりあえず、いやしけいにうつらないように喋らずにいたんだよ!!歯はルナティックの命じゃないか!!!」
「アホか。しゃべったところで虫歯はうつらん。まだ時間はあるからすぐに歯医者へ行くぞ。」
「えええええええ!!!!!ちょ、ちょっと待てまだ心の準備が」
「この場で俺のカタールで歯を切り取るか、歯医者で治療を受けるかどっちがいい」
「なんじゃそりゃああああ!!!横暴だぞ!!」
「3秒で答えろ、3,2,1」
「きゃああああ行く行く!!!歯医者に行くってば!!!」
「さっさとしろ」



バタバタバタバタバタ……








「……。」
「……。」

あっという間に取り残されてしまった私と騎士さん。
嵐が去ったという感じです。

「…アイツがあんなに小うるさいの、初めて見たな。」
ポツリという騎士さん、本当に珍しく驚いているようでした。

「ですねぇ。というか、やっぱりお姑さんだ…ご主人の教育はああしないといけないんですね…」
今度、是非とも一から叩き込んでもらわねば!





その後、お夕飯時に帰ってきた号泣中のご主人からいろいろ話を聞きました。
前に町でご主人にべたべたしてた女性は歯医者さんだそうで、いい加減に治療に来いと怒られていたんだそうな…。
そうゆうオチかいっ!

安心半分、呆れ半分で、ご主人にはお仕置きとして、目の前で甘いものたっぷりと見せつけながら食べてやりました。
まったく、人騒がせな人ですねぇ…。

それでも、やっぱり最後まで嫌いにはなれませんでしたからね。
私達の愛の絆はやっぱり硬いのです!!





「あ、騎士さん。例のお礼のことですが…」
「ん?」
「アサさんの秘密vol.1は『ギルメンの女性陣に押し付けられた“大人のオモチャ”を、処分に困って棚の中の薬箱の隣の箱に押し込めたまま、忘れてしまっている』ですよ。」

「…っ!!!!!!????」



滅多にエモを使わないアサさんがビックリエモだしたまま固まっています。
ウフフ…温存しておいてよかった、この秘密。



「なるほど。…有力情報ありがたいが、なんで知ってるんだ。」
呆れたように言いながらも、目は光ってますよ騎士さん。



まぁそれは…例の如く企業秘密、ですw