Fragile Tower [脆き塔]

  1.熱
僕の胸に初めて生まれたこの熱は、死んでも残り続けるに違いない。


『ごめんなさい、敵が来た…少し逃げます。』

古い建物特有のカビの臭いにむせ返りながら、床を這うようにして壁伝いに移動する。
このカートを捨て置いていけたら随分楽なのに、商人の魂だからそうもいかない。

『気にしないで、オーウィル。そっちはとにかく無事でいることを優先して。』


そもそも本当はごめんなさいを言うべきはむこうなんだけど。
嫌だっていう僕を狩りに、しかもグラストヘイムになんか駆りだして。

僕はラボに籠もってフラスコとビーカーに向かい合っていたいだけで、冒険者レベルにも転生にも興味ないっていうのに。
それでも誘って貰えたことは少し嬉しかったから文句は言わない。


でもこう窮地にたたされると「あの時殴り返してでも拒んでいれば…」と思うわけです。
何があったかというと、彷徨う者に誘拐されて、凶悪な魔物の巣窟になったグラストヘイム城でパーティーから引き離されて縮こまっているわけです。

幸い、彷徨う者は瀕死だったからポーションを使いながら撃退できたけど。
他の魔物に襲われたらひとたまりもない。


とりあえず敵の気配がないところまで逃げられたのを確認して、床に座り込んだ。
後悔していても仕方ない、迎えが来るまでカートの中を整理して暇つぶしでも…


『もうすぐでミゼルがそっちに着くわ。』

カートの中で割れない様に布と箱でくるんであったポーションセットを床に落としかけた。

よりによってミゼルさんが…そりゃあ一番機動力もあってレベルも高くて鈍くさい僕を迎えにくるにはうってつけかもしれないけど…。
僕はあの人が苦手って、マスターも知ってたじゃないか…。

あの人とは殆ど話したことがない。
むしろミゼルさんが何か荷物を抱えて歩いていた横を通り過ぎようとしたとき、僕が不注意でぶつかりそうになって、それで謝ろうとしたら
『邪魔だ』
って殺されそうな低い声で言われたくらいで…。

会話とはいえない以前に険悪。



『広場へ出て来い』


いきなり地を這うようなひっくーい声がした。
すぐそこに瘴気を放つような仲間の気配がするのはミゼルさんだろう。
絶対にあの人はダークロードとかの親戚だ。

カートを引きずりながら身を隠していた細道から這い出た。



黒い影が彫像みたいに背筋を伸ばして微動すらせずにそこに立っていた。

伸ばし放題なほぼ黒に近い紫の髪に肉を削いだような骨格、極め付けにジルダスの仮面。
どっちが魔物かわかりゃしない。


「…あ、ミゼルさん、怪我して…っ!」

ただならぬ人でも、二の腕に負った傷からは赤い血が出ていた。

「く、薬、薬…」

僕はあわててカートから薬を出そうとして、すぐに手を止めた。
そうだ、もう薬は僕がさっき使い果たしたんだった…。


でも僕が何か言い訳をする前に、ミゼルさんはさっさと歩き出していた。

「あ、ちょっと待って…!」

僕を助けに来たんじゃないのかよ…っ!
置いていかれそうになって、必死にまたカートを引っ張ってその後についていく。

プッシュカートはちゃんと修練済みだから僕が遅いわけじゃないけど、ミゼルさんは歩いているだけのはずなのに足が早い。
もう追いかけるのに必死だ。




「…あ!」


前方に魔物が溜まっていたらしい。
抜け殻だけになった鎧騎士達が騒音をたててミゼルさんに襲いかかろうとしていた。
カートから適当にポーションを掴んで、援護できるように…



爆音。


ミゼルさんの得物から紫の閃光がはしって敵をなぎ倒した。
爆風に舞い上がる長い髪が、その一瞬光を受けて鮮やかな紫に見えた。



見惚れたのは一瞬で、もう僕の視界に彼はいなかった。
敵の群れの内側まで潜り込んで、そこで戦っているらしい。

毒霧が吹き出して、敵が一瞬動きを鈍らせた。
その合間にまた爆音。

バラバラになった鎧達がだんだん床に崩れ落ちて、残り少なくなってくる。

それはあっという間だった。
それはそうだ、早くかたをつけないとミゼルさんの方がもたないんだから。
敵の隙間から姿を現したミゼルさんはやっぱりさっきより傷を負っている。


「っえい!」

ポーションピッチャー。
彼に向かって回復剤を投げつけた。
敵の隙間を潜り抜けて、瓶は彼に命中した。

降りかかった赤い液体が彼の肌にとけて蒸発したかのようにあっという間に消えた。


…赤い液体?
僕は赤ポーションなんて持っていたっけ。


あれ…むしろ、ポーションはさっき全て使い切ったはずじゃ…






「っっ!!ご、ごめんなさい!!!」

投げつけられたポーションなんか気にしなかったように戦いつづけてるミゼルさんに、僕は頭を下げた。
僕はよりによってバーサークションを投げたのだ。
あ、アサシンとかには確かあれは劇薬で、身体的に害を及ぼす…アサシンクロスはどうなんだろう。

むしろ大丈夫だとしてもあれは興奮剤だ。
めちゃくちゃ怒られる…最悪殺されたりしないだろうか…!

「……行くぞ。」

おびえている間に敵を殲滅しわったミゼルさんは、はき捨てるようにそうとだけ言って先へ進む。
怒られなかったことに心底安堵しながら、僕はまたその後を着いていった。



すぐにギルドの仲間に合流できた。
また皆に守られるようにしながら移動して、荷物もち。

どうせ加勢しても足でまといになるだけの僕は、何もしない。
何もしなくても、いっしょのパーティーを組んでいる子達が得た経験値がおこぼれみたいに入ってくる。

そのおこぼれだけでレベルが1つ上がった頃、狩りから切り上げた。



「今は入らない方が身のためだぜ。」

ミゼルさんの部屋の扉をノックしようとした僕に、赤毛の童顔な剣士が声をかけてきた。
剣士といっても転生職。
僕より経験者ということ。

でも見た目は僕より年下で背も小さいから違和感がある。
これだから転生ってややこしくて好きじゃない。

「入らないほうがいい、というのはどういうことですか?」

とりあえず、面倒なのでギルド内の全員に敬語を使うことにしてる。
だから皆僕を使いっ走りみたいに扱うんだけど。

そんなことももう面倒くさい。


「狼男が満月にやられて獣化してるのかもなー。」

わけが分からなくて、つい眉根を潜めてしまった。
彼はそんな僕の様子をみて苦笑いする。


「ミゼル、帰ってきてから様子がおかしかったんだよ。それでどうしたのかさっき聞きに入ったら」

彼は左腕を持ち上げて見せた。
そこには二本縦に傷が走っている。

二つとも真っ赤にミミズ腫れして、片方は深くて流血してる。

「その傷、ミゼルさんに?」

「引っ掻かれた。なんか苦しそうにしてて、息も荒くてピリピリしてたぜ。
今マスターにミゼルが危ない薬でもやってるかも、って通報しようか悩んでたトコ。」


危ない薬。
それですぐに分かった、僕が間違って彼に使ってしまったバーサークポーションだ。

あれは即効性だからいまさら効果が現れたものとは考えにくい。
あのあと狩りをした30分くらい、彼におかしな様子はなかったのは、彼が我慢して隠していたんだ。
狩りのときは黙り込んで誰とも眼をあわさないから、わからなかった。

それにしてもとっくに効果持続時間は過ぎているはずなのにまだ効果が続いているなんて。
やっぱり体質的に合わないものだったんだ。
下手したら後遺症が残るかもしれない。

僕は立ち尽くしたままどうしていいかわからなくなった。


「それより、この傷治療してもらおうと思ってさ。いい薬ない?」



治療、薬…

そうだ、僕にできるのはそれくらいしかない。
ミゼルさんが隠れて誰にも助けを求めてないってことは、知られたくないんだろう。
プライド高そうだし。

「はい、これ使って。」

「え…これ白じゃん。別にいいよ、かすり傷だからもっと弱いやつで。」

「その傷は僕のせいでもあるから、気にしないでください。
あとミゼルさんのことは誰にも言わないで、部屋にも誰も近づけないで。」


いつも持ち歩いている薬のストックから白のスリムポーションを剣士に押し付けて、僕はミゼルさんの部屋の扉を開けた。


…慌てていたせいでノックを忘れた。

まあいいか。
後ろ手に扉を閉めた。



「……。」

初めてミゼルさんの部屋を見たけど、予想通り狩りの武器や道具が並べてあるだけで殺風景。
部屋の隅のベッドに布団に包まって部屋の主がいる。

「ミゼルさん。」

返事はないけど、苦しそうで不規則な息遣いは聞こえる。
ベッドに近寄って、でも危なくない距離を保って話しかける。

「僕のせいで、ごめんなさい。だから治療薬作りに来たんです。
解毒剤とか都合のいいものは作れないけど、でもせめて苦しくないように、早く治るように。」

返事はない、聞こえてないのかもしれない。
テーブルの上のランプに火をつけると若干部屋の中が明るくなった。


「…その、診察させてください。布団、下ろしますよ。」

一応断って布団に手をかけた。
布団は人間の熱気をすって熱くなっている。

蹲っている彼の姿が肩あたりまで見えた。
布団に乱雑な黒い髪を散らして、獣じみていた。

「っ!」

その瞬間に彼が顔をあげて、僕の腕を掴んできた。
驚いて硬直した。

けれど腕を痛いくらいの力で掴まれているだけで、突き放されたり引っ掻かれたりはしなかった。
ミゼルさんも、僕を目の前にしてどうしていいのか分からないのかもしれない。
きっと、ただ見られたくないんだ。

「…その、大丈夫です、から。」

落ち着かせたくて言った言葉は頼りないけど、少し腕を掴む手から力が抜けた気がする。
彼の手を剥がさせて、布団の上に戻した。

「ちょっと、失礼します。」

ベッド脇に座って、彼の首筋に手を当てた。
酷く熱くて、汗で濡れている。
あと、うっすら傷があるのが見えた。

手首を持って、脈を測る。

「…ショック症状とかは、ないみたいですね。
薬を過剰摂取したような状態で…」

聞こえていないかもしれないけど、それでも落ち着かせようとゆっくり説明していた。

ランプを片手に持ち上げて、ミゼルさんの頬に触れた。
一瞬逃げようとしたみたいだけど、身体が動かないのかそれとも我慢してくれたのか、そこにおとなしくしていてくれた。
眼の下を指で引いて眼球を見た。


いつも眼を見て話さないから知らなかった。
案外、ガラス玉みたいで綺麗な紫だった。
今は充血していて玉に瑕だけど。



そうじゃない、今見るべきなのはそんなところじゃない。
黒目は光に反応して少し縮まったけど、すぐにまた弛緩して不規則に揺れ動いていた。

「…少し、幻覚症状とか…あるかもしれないです。
おかしなものが見えても、異様な声が聞こえても、幻覚ですから。
あ!この僕の声は幻覚じゃ、ないですよ!」

なんて話しても、彼はうっとおしく思ってるかもしれないけど。
でも、全部僕のせいだから。



「…気休めだけど、これ持っていてください。ぎゅっと握りしめていて。」

硬く閉じられていた手を開かせて、ハーブを包んだハンカチを渡した。
香りに鎮静効果があって、本当に気休め。
ちゃんとした薬はこれからつくらなきゃ。

「これから急いで薬調合してきますから。少し待っていてください。」

めくった布団を元に戻して、僕は部屋を飛び出した。


「……えっと…発熱してたから、解熱剤…あとビタミンと…水分もとらせて…あ、最優先は鎮静剤で…」

何を作ればいいか、必死に反復しながら自分の部屋に向かった。





数十分後、僕は鎮静剤と水と参考書を持ってまたミゼルさんの部屋に来た。
薬は全部はできていない。
……というか、何をつくればいいのか分からなくなった。


なんなんだよ、この僕の駄目な頭は!!
これでよくアルケミストになれたもんだ!!

とにかく、もう一度様子を見に、あと何を作るべきか再確認しに来た。


「ミゼルさん、薬…少しだけど、できたので飲んでください。
残りはまたすぐに!その、作るにはいろいろ過程があって、大変で…!!」

『愚図が』とか怒られそうな気がして、つい言い訳してしまう。

布団を少しめくって覗き込んで、息を呑んだ。
…さっき来たときより悪化してるのではあるまいか。

まだ出ている酷い汗に軽い痙攣。
顔が赤いのは酸欠だからかな…。
眼を閉じた睫毛にうっすら涙の粒が溜まっていた。

絶対に悪化してる。
まさか、かなり不良品のバーサークポーションだったのかな…。

「…あ。」



………今はじめて気づいた。
あのバーサークポーションも僕の試作品だ。


「(ごめんなさい!ごめんなさい!!)」
泣いて土下座したい気分になりながら、彼の様子を見ていた。

あの剣士を引っ掻いたのは興奮剤の効果だからまずは鎮静剤を、と思っていたけど、その判断は違う気がする。

もう効果は切れていて、これはきっとその後遺症だ。
多分この様子だと一番必要なのは解熱剤だ。

「…解熱剤、作ってきます。その前に水を飲んで…」

布で顔や首元の汗をぬぐいながら、水差し代わりに持ってきた管つきのフラスコを彼の口元に差し出した。
そっと口の中に注ぎいれた。
けれど殆ど唇の端からこぼれる。

かといって仰向けにさせて飲ませると咽る可能性が高い。
じれったいけど、こぼしながらでもこうやって少しずつ飲ませるのがきっと確実だ。

早く、解熱剤を作ってあげたいのに。



「……。」

なんとか早く飲ませられないかと思案した。

さっきまで彼の口に当てていた管の先を自分の口に含ませた。
そこから薬剤を少し溶かしてある水を自分の口に流し込む。

「……。」

声を掛けたかったけれど口に水が入っているからできなかった。

とにかくミゼルさんの肩を掴んで少し身体を上に向けさせる。
片手で頭を支えて少し持ち上げさせる。
…案外固い髪。これは将来絶対禿げそうにないな。

「…っ…」

だるくて緩んでいるミゼルさんの唇にぴったり唇を重ねて、少しづつ水を流し込んだ。
密着しているから、少し飲み込んで喉が鳴ったのが分かる。
唇も、熱のせいで熱かった。



「…っ、ぐ!」

順調に飲んでくれると思っていたけど、やっぱりむせたらしい。
僕は突き放されて、しばらく咳き込む声が布団の中でしていた。

…なにやら飲ませることに夢中になっていて気づかなかったけど、僕が口いっぱいに含んでいた分は殆ど飲んでくれていた。
僕が急ぎすぎたのかもしれない。
それでもある程度飲んでくれたからいいか。

残った水を飲み込んだら、水に溶けていた薬草の効果で少し喉がスースーした。


「ごめんなさい、上手く飲ませられなくて…。
解熱剤、すぐに持ってきますから、いったん部屋に戻りますね。」

そういいながら鎮静剤の薬は一応残して、他水の入っていたフラスコなんかは片付けた。
部屋を出る前に布でまた汗を拭っておこう。



「…?」

布を持つ手を、ミゼルさんが掴んでいた。

「…アル、ケ…ミスト…」

僕を呼んでいた。
……名前、覚えられてなかったんだな。
なんとなく分かってたけど。

「ここに、いろ…」

言葉を失った。
…突き放すような言葉を掛けられるのはいくらでも想像できたけど
「ここにいろ」なんていわれるとは夢にも思わなかった。


「でも、薬が…」
「要らん」

そう言って、強く僕の腕を掴んでいた。

僕は彼の手をまた引き剥がして
でも今度は布団に戻さないで、握り締めていた。
…僕のせいなんだから、彼がここにいろと言うならせめて、ずっと見守ってあげていなきゃ。




ミゼルさんは僕の手を握り返してはこない。
ただ手を出しているだけで…でも引っ込めようとすると、少し握り返してきている気がする。
ものすごく微妙な力加減。

…落ち着かない。


「……あ、鎮静剤は持ってきたので、飲んでください。
できれば解熱剤の方を飲ませたかったんですが、まだできていないので。」

ミゼルさんがまだ視点の定まっていない眼を開けてみてきた。

薬を飲ませるために手を放した。
その手から彼の感触が消えて、冷たくてむなしかった。
冷たいのは当然だ、彼は熱があって暖かかったんだから。

さっきのフラスコに液状の鎮静剤を混ぜた。
混ざったのを確認してから、しばし悩んだ。

口移しのほうがイイのかな。
さっきはそっちの方が飲めたし。


「……普通に、飲ませろ…」

また薬を口に含もうとした僕に、呟くように彼がそういった。
今度は大丈夫ってことか。

管から口を離して、彼の唇に添えた。

また念のため少しづつ。



「……。」

苦いのか、嫌そうな顔をしてたけどちゃんと飲んでくれた。
一息つくと、彼は布団に少し顔をうずめて黙り込んだ。

…もう大丈夫ってことなのかな。
意識ははっきりしてきたし。

「…あの、じゃあ後で解熱剤」
「要らん」

言い切らないうちに断られた。

薬がもういらないんじゃ、僕にできることはないじゃないか。

…でも、さっきここにいろって言われたし。
手を握っていようと思っても、もう繭に籠もるみたいに布団にもぐってるし。

どうしよう。



あれこれ悩んでいて時間は過ぎていく。
にしても、今度は荒い息遣いは聞こえなくなって無音だ。

起きているのか気になって、確認しようととまた布団に手をかけた。

「…部屋に戻れ。」


…起きてた。
ならそう言ってくれればいいのに。


「…具合、もっと悪くなったりしたらWISで呼んでください。」

返事はない。
でももう話せる様になったんだから、大丈夫だろう。
僕はホッと息をついて、私物を持って部屋を出て行った。








ミゼルさんのことが心配でなかなか眠れなかったけど、ある程度は寝れていつも通りの時間には起きられた。

「オーウィルちゃんや」

朝食の席で、ギルドメンバーのプリーストさんがにこにこしながら手招きをしていた。
…この人はいつもにこにこしすぎていてどこか不気味で苦手だ。
まぁ、未だかつて僕が「苦手じゃない」なんて思った人間は数えるほどだけれど。

「君、なかなかやるではないか。」

妙な口調でモーニングティーを差し出される。
なんのことか分からなくて、小首をかしげた。

「ミゼルちゃんのことさね」

ミゼルさんをちゃんづけするのはこの人くらいのものだ。
この人の場合、目上の人に出さえちゃんづけをするらしいけど。
でも案外ミゼルさんはこの人とはよく話している。

「ミゼルちゃんを泣かせた人は多分君だけだわさ」
「な、泣かせっ!?」
「!?」

皆さんが驚くけど、一番驚いてるのは僕自身だ。
別に泣かせた覚えなんかない。

「ミゼルさんは熱があっただけで、泣いてたわけじゃないですよ!」

ミゼルさんの為にも、力いっぱい弁解した。
けど、違う違うとプリーストさんは首を横に振った。

「明け方にミゼルちゃんを見にいったらね、なにやら珍しく動転していたから何事かと聞いたのだよ。
そうしたら昨晩君に看病されたのだが診察なのかセクハラなのか分からないことをされた挙句、危ない薬をいろいろ投与されそうになって自分は廃人になる危機だったとか言うていたというね。そんな事情。」

みんなの見る眼が変人変態を見るような眼になっている気がする。
…ミゼルさんの弁解より僕の弁解をするべきなようだ。


「戯言を」
「きゃんっ!」

地獄から来た魔物の唸りような重低音…じゃなくてミゼルさんの声がして、プリーストさんは頭を鷲掴みにされていた。

「ミ、ミゼルちゃん!痛いのだ!」

気のせいだと思うけど…なんか彼の頭蓋骨がミシミシいう音が聞こえてきそうな気がする。

「言い直してやれ」

…『言い直せ』じゃなくて『言い直してやれ』ってあたりで、僕のことを気遣ってくれているらしい。
珍しいもの言いだなあ。

「はいはいはい!体調不良を気遣って貰って看病されて薬も飲ませられたけどその薬もなんだか危なくて廃人になりかけた、と!」

…ミゼルさんは満足して手を話してあげた。
ってことはそう言ったのは事実なんだ。
さっきのプリーストさんの話とそんなに変わってない気がする。

「べ、別に危ない薬なんか飲ませてません。れっきとした鎮静剤です…」

そう言っても、ミゼルさんは無視して朝食の席に座っている。
…やっぱ、嫌われてる。
そりゃあ昨日は散々なめにあわせたけど、看病はちゃんと誠意を持ってやってたのに。

「…あの後、ずっと昏睡していた。」

肩を落としていたら、ぼそり、と声がした。

「…え、昏睡?…いや、きっとそれは鎮静剤の効果で眠ってただけじゃ…」
「身体が痺れ、後にぱったりと意識が飛んだ。ラトに起こされても起きなかった。」

ラト…ラト…ああ、そこのプリーストさんか。
何故かラトさんは自分のことを父さんと呼ばせるから分からなかった。

「ちなみに息も絶え絶えで死んでいるのではないかと心配してしまったよ。」

さりげなく付け足すプリーストさんの言葉は、僕の薬の危険性を裏付けたようだ。
…確かに、僕の薬は回復用ポーション以外ものすごく性能が悪かったりする。
でもちゃんと気をつけて作ったのに…。

「オーウィルちゃんの今後の薬の為に助言しておくがね、君はミゼルちゃんが毒や薬に対して強い耐性を持っていると思っていないかい?」
「はい。だって身体能力を上げるのに毒を飲んだりしてますよね。」

「まあね。で、彼に作った薬は結構強くしたのではないかい?」
「そりゃあ、もちろん。」


そこで、何故かマスターが労るようにミゼルさんの頭を撫でた。
そして振り払われた。
どういうこと?

「確かにね、毒は飲んでいるけどそれは死なないだけであって、身体能力があがるということはバリバリ効いているということなのだよ。
つまり死なないだけの耐性はあるけれど、ちゃんと彼に毒性は有効ということだ。」
「……。」

昨日の薬は彼には強すぎたってことか。
毒は使いようで薬になるし、その逆もそうだ。

「……。」

僕は彼に毒を与えていたも同然ってことだ。
傷薬以外を誰かの為に作ることなんかなくて、薬というものの実体をちゃんとわかっていなかった。


「…っ本当にごめんなさい!」

思わず席を立って、ミゼルさんに深々と頭を下げた。
情けないけど、そんなこと言ってる資格は僕にはない。

こんなで、アルケミストなんて名乗れない。
マッドサイエンティストになんかなりたくない。


「っ…」

自分の膝に当てて握り締めた手を取られ、何かを差し出された。
昨日彼に渡して握り締めるように言った、ハーブを包んだハンカチ。
それを受け取って、彼を見上げた。

昨日、ガラス玉みたいで綺麗だと思った紫の瞳。



…綺麗だと思ったのは気のせいだ。
あらためて離れてみると、目つき悪くて怖いわ。

「好意には感謝する、精進しろ。」
「……はいっ…」

涙が出そうになった。
怒られなかった、その言葉だけで、昨日いろいろ頑張ったのは無駄じゃなかったと思える。



「あの、今度はちゃんとした薬作りますから!何かあったら言っ」
「要らん」



いつもよりドスの聞いた声で即答された。



僕は自分のことも分かっていなかった。
自分の思ったこと、その意味。
でも貴方を分かりたいと思い始めたのは、きっとその頃からだ…。

こんばんわ、勝手に一人でアサクロブームを起こしています、ふー。です。
この度も読んでくださった方に感謝を込めて!!   何もできませんが!!

カッコいいから反れてちょっと怖くて不気味なアサクロと、綺麗なばかりでもない人間らしいケミが現されて
ほんの一摘みでも萌えがあれば幸いです…orz
1.タイトル なんてやってみましたが、続くかは分かりません。
また、続くとしたらものすごい長さになるので集会所へ投稿は遠慮すると思われますがっ

ともかく、少しでも楽しんでいただけた方と、私自身の妄想消化の為に!(ぇ
今後も楽しく執筆精進していきたいと思います。

よく分からぬあとがきでしたがこれにて失礼いたします。