なんか知らない奴だった。
ある日いきなり家に押しかけてきて、でも俺に何をするでもなくそこにいた。
やたら俺に優しくしてくれた。

いろいろ話してくれた、楽しいことも教えてくれた。
アイツ自身、笑ったことは無いけど。











痛い、痛い、痛い。

ごめんね、殺したくなかった。
殺してから分かった。




俺はアンタは殺したくなかったんだ。
アンタには死んで欲しくなかった。




痛い、痛い、痛い、痛い。














『お前さ、今まで何人くらい殺した?』
血に汚れてないアンタの口から出た“殺す”って言葉は、すごく重く感じた。
『42人殺した。』
俺の口から出るのはこんなに軽いのに。

人間の命なんて軽いんだよ、俺にとっちゃ軽いんだよ。
だって簡単に摘めるんだぜ?

気持ちよくないけど、それは俺の本能なんだ。
殺すことが俺の本能。
食べるより寝るより大事なんだよ。

そうやって刷り込まれてきた。
殺すことをこの手に刷り込まれたんだよ、血と一緒に。



『その中で女は何人だ。』
軽い命でも、こいつには重いんだ。
フツウの人には重いんだ、実感は無いけどそうゆうものだってのは知ってる。

『33人』
だからせめて殺した奴の顔の一個一個は覚えてやってる。
殺した方法とか言った言葉は全く覚えてないけど、死に顔だけは覚えてやってる。
記憶力はいいしね。

あ、何気に俺、女を殺してる方が多いんだ。
意外。

『そのうち5歳くらいの子供は何人だ。』
『2人。』
『黒髪は。』
『1人。』

頭に浮かんでいた42の死に顔が33に、2に、そんでラスト1に絞られた。
それを目蓋の裏で見て、気付いた。

『それ、俺の妹。』
『ホントだ、ちょっと似てるな。パッチリ二重が。』

目の前に昔殺した子の肉親がいるのに淡々としてる俺。
あと目の前に妹の仇がいるのにいつもどおり淡々としてるアイツ。
なんかおかしいね、この状況。

『アンタにとっちゃ人の命って重いんだよな、妹ならなおさらだよな。』
『そうだな。』
『重い?』
『重い。』

うん、目がね。
なんか辛そうだ。

『でも俺にとっちゃ軽いんだよ。俺自身軽いしね。だからその気持ちわかんないや、ごめん。』
『分かってるよ、お前最大級の馬鹿だし。』
『うん、今まで分かろうとしたけど、結局未だにわかんないし。』



カチ カチ カチ 

あ、時間だ。


『…行くのか。』
『うん、だって俺はその為にいるみたいなもんだし。』

『…相手は、まだ子供だぞ…』
『うん、そういやアンタの妹とおんなじね。』

『…罪もないんだ。』
『だね。』

俺より力強い腕。
でも弱弱しく俺の服の肩のところを掴んで引き止める。

『なんとも思わないのかよ…。』
『俺、馬鹿だしね。』

『じゃあ、今回だけは…子供まで、やることはないだろ。』
『俺がやらなくても他の奴がやるだろーけど、俺おしおきされたくないし。』

服をグッと引っ張られる。
襟が開いちゃうよ。



『お前の命だって、俺にとっちゃ軽くないんだ。』
『でも、俺にとっちゃ軽いからね。』





『頼む、分かってくれ…。』

いっつも淡々としてる奴だから、こんなに苦しそうな声は初めて聞いた。



思いっきり引っ張られて、思いっきり襟が崩れた。
そのまま床に引き倒された。

こうゆうときの対処法は知ってるから別にピンチ、なんて思わないけど。
コイツは武器持ってないし。
いつも俺を殺すかんじでもなかったから。
まあ、ちょっと抵抗しないでいた。

そしたらお腹に乗っかられて、首に手をかけられた。
…俺、武器持ってるのにイイのかな。

アンタのマウントポジションだけど、簡単にアンタのわき腹に剣ブッ刺せるよ?
そのままもし俺の首締め上げたら、アンタの命も軽く消えちゃうんだ。
他の奴らみたいに、泡みたいに。



アンタにとっちゃ、命は重いんだろ?



『分かってくれよ…』
だからわかんないって。

『20うん年、人の命摘みまくっても分かんなかったんだから、いくら説教されても今更無理だと思うよ。』
そういうと、アイツは初めて笑った。
初めてにっこりと。
ツクリモノだってのは分かったけど、ちょっとびっくりした。



『これでも分からなかったら…潔く諦めて、お前を化け物って認定してやるよ。』





俺の首にかけた手が片方、それを包んだままギュッと絞められた。

絞められたら俺はこの剣を突き出すつもりだったけど、手は動かなかった。
多分、あんま苦しくないから。
あ、苦しいかも。

でも死ぬほどじゃない?
それよりも、アンタに殺せるの?

だって殺したことないでしょ。
殺すの好きじゃないでしょ。
いや、俺も好きじゃないけど。



『俺にも、殺せるよ。』

いきなりそんなことを言って、俺の頭の上に手をやってくる。
え、何?



     カ チ ャ






ナイフ?
剣?


鳥肌がたった。



『…っ!』



反射的に。
いつもどおり何も考えてなかった。
そう、反射的に突き出した。

剣はアイツのわき腹の筋肉を貫通して、肋骨をすり抜けて、斜めに心臓を突き上げて。
アイツの体の中で心臓を焼き鳥みたいに串刺しにしちゃった。



『……。』

ァーア、ってのが、俺が人を殺したときの口癖だった。
『やっちゃった。』なんて軽い言葉がそのあとによくついたけど。

今日は、それはでなかった。
別にショックなんて受けてないけど。

でも、手が動かなかった。
剣は引き抜けなかった。
なんでだろ。


ああ、動かしちゃったら、痛いかもしれないし。
でも、抜かないと。
刺したら少し切り裂いて、それで抜いて出血させてやんないとすぐに死ねないでしょ。



でもやっぱり、手が動かなかった。





なんで。

なんで動かないんだ。
こんな軽い体、軽い心臓、軽い命。






なんで。





『…お前、馬鹿だけど…純粋で…』
いつもどおり、淡々としてる。
死ぬ間際にいつもどおりにしてる奴、始めてみた。
泣き喚くか、押し黙ってるか、暴れるかのどれかだったのに。

なんで。

『純粋?俺って純粋だったの?』
いつもどおり、俺も答えてやる。



いつもどおりなのに、殺すのも。
まあ、こいつはターゲットじゃないけど。
ターゲットじゃなくても仕事の邪魔をする奴とか、俺を狙う奴を殺すのは当然だし。
そうだろ?

なのに俺の声は震えてる気がした。


なんで。



『純粋で…笑った顔…綺麗…』

体がビクビク震えて、声もつまって、話せてたのはそこまで。
血を吐いた。
下唇と顎が真っ赤になった。
吐いた血が俺の服にビチャッと掛かった。

そりゃあ、心臓だけブッスリとは上手くいかないよ、この位置。
気管もイッちゃって、血が入り込んだんだね。
しかも俺が剣を抜かないから、すぐに死ねなくて。

苦しいよな。
なんか俺の手、動かないんだよ。
ごめん。



でも、笑ってるのは

なんで。



『…好きだったぜ。』

声っていうより吐息。
でも聞こえた。







――― 分かってくれよ。



ああ。
分かっちゃった。

アンタ、最悪だよ。



でも、最高だ。
俺、アンタがいて幸せな気持ちだったんだ。
アンタのこと好きだったんだ。

てゆーか好きになれる相手はアンタしかいなかったけど。
まんまと好きになっちゃってた。



分かっちゃった。






俺にとって、アンタの命は  軽くなくなってた。

重い。
重すぎる。






違う、重いって表現は違う。
アンタ、うそつきだ。
重いってのはそんなに辛い感じしないじゃない。




痛い。

それが正しい。






ズルズルと、俺に命を摘まれた彼の体が、剣にのしかかってこっちに滑ってくる。
笑ってた。
嬉しそうじゃないけど、困ったみたいに。

『…これで分かったか馬鹿』なんて言いそうに。



ああ、馬鹿だよ。
馬鹿だから、知りたくなかった。

こんなに痛いの知りたくなかった。




「ウアァアアアアアアアア!!!!!!!」

柄まで剣が胸に刺さってる。
抜いてないよ。
抜いてない。
なのに死んだのか。

アンタの命、軽くとれちゃった。
なのになんで、痛い。





不意に、目に入った。
アイツが右手に持ってるもの。
俺が咄嗟に剣を突き刺した原因。




スプーン…ただのスプーンじゃん。
そんなの、目をくりぬくくらいにしか仕えないよ。
そんなので殺すの、大変だよ。


痛い、痛い、痛い、痛い!!!!

なんで!なんで!!なんで!!!



殺そうとしてくれよ
今からでもいい
裏切れよ、俺を裏切れよ

そうすりゃ正当防衛でしょ
俺がアンタを殺したのは正しかったってことになるでしょ

アンタを好きになったことも否定できた筈だよ







こんなの嫌だ



「ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!」







ごめん、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい
アンタの妹を殺したとき、アンタはこんなに痛かったんだよな
だってアンタにはあの子供の命は重かったんだ。
だから痛かったはずだ。

分かったから、分かりたくなかったけど分かったから。










俺を何も知らない、ただの馬鹿に戻してくれ。

こんなの耐えられない。



アンタが動かないの、耐えられない。





アンタの存在さえ、耐えられない。










「嫌だ…!!!」

剣を引き抜いて、また振り下ろした。

肉に食い込む。
もう一度引き上げて、もう一度振り下ろした。
足が千切れた。


もう一度、もう一度、もう一度

残った片足を。




もう一度、もう一度。

腹はあっけなく裂けた。
赤とかピンクが散る。
溢れ出て。



「ッ、ッ、ッッ!!!」

目から水が止まらない。
吐きそう。



でも必死に剣を振り下ろした。
斧が欲しいかも。
剣じゃ簡単に切れない。

切るんじゃ足りない、メイスがいいかも。
あ、メイスじゃ、俺は扱えない…や…

そうだよ、跡形もなくなればいいんだ。
塵になれば、カスになれば、ただのゴミになれば。




「消えろっ、消えろっ…消えろっ!」



人間の形は消えていく。
赤い液体と、残骸になっていく。












でも、ゴロッと転がった彼の頭はいつもと変わらない。
血で前面真っ赤なボールみたいだけど、でもいつものアンタの顔と同じ形してる。



「……っ…」






はじめての笑った顔。



潰すの、もったいない。











違う。









消せない。
俺にアンタは消せない。

アンタを、俺の中で今まで殺してきたヤツらと同じように、死に顔の記憶だけにするのはできない。
だって、殺したくなかったんだ。
アンタを殺したのは、俺の生まれてはじめての失敗。
生きてきた中で最悪の失敗。





命は消えるのに、なんで体は消せないんだよ…。
体は細切れにしても、なんで顔は消せないんだよ…。
なんでアンタの声も話したことも思いでも消せないんだよ…。





――― これでも分からなかったら…潔く諦めて、お前を化け物って認定してやるよ。


分かっちゃった俺は、化け物じゃないんだ。
…こんなことなら化け物がよかった。
俺を、誰か化け物にして。

俺を人殺しにした奴ら、頼むから、俺を化け物に……







「なれないんだな、俺…人間なんていえないかもだけど…化け物じゃないんだ…」
転がってる彼の頭を抱えた。

苦しい。
話したくないけど、苦しい。
俺がやったのに、こんな、こんな無残で、頭だけになって
話さない、動かない、生きてない。

コレが…あの優しくて温かかった…あの人。










   カチ カチ カチ カチ 



あ…仕事…行かなかった。
もう朝?
今からでも、殺しにいった方がいいよな。




無理だ、行けない。

もう動けない。

馬鹿だ、俺。
馬鹿すぎて、もうどうしようもない。


何も出来ない、どこにも行けない。
痛すぎた。
















「…何があったか分からんが、コイツはもうだめだな。」


ダレ?


「頭イカレちまってるみたいだ。」
「優秀な駒だったのにな。」


アンタら、ダレ?


「つーかこのグチャグチャな死体と頭、ダレだよ。」
「知らん。」


これは、僕の、ダイジナモノ。


「…始末して、片付けるぞ。」
「…最悪、俺達は掃除扶じゃねえのに。」



始末
片付け
掃除



ああ、そうして。
全部、消したかったんだ。



これで   ぜんぶ  消えて












「…さて、この“首二つ”はどうする。」
「アサシンは確認に必要だが…。」

「…こっちの男の首、大事そうに抱えてやがったからな。同じ土に埋めてやるか。」
「ああ。」








これで、俺とアンタの重み…一緒だね。















全く関係ないですが、某V系バンド(イニシャルD・J)の『Trust』というハードロックな曲を聞いていて浮かんだ話。
シャウトしまくりだけど歌詞はここまで黒でも闇でもないので本当に関係はないです。
でも大好きな曲。

曖昧な形のまま一気に突っ走って書き上げてみました。
どうやら今の気分はこんな感じのようです。(爆


上手く話しに織り込めなかったのでこの辺で補足してみます。
男は『大事な人が殺された時どれだけ痛いものか思い知れ』という意味で、自分を犠牲にしてアサシンに知らしめたと。
復讐でもあり、好きだから分かって欲しかったという意味も込めて。
全ての人の命の重みとか、そこまで大々的なことまで教えることはできなかったし、そこまでするつもりもなかった。