大切な人がいる。

恋人、なんていうのは照れくさいし、それとは少し違う気もする。
だってそいつは俺より背がちょっぴり高い、男らしい男だ。
しかもアサシンクロスで冒険者として俺の大先輩で、相方とは言いながらも実力さは月とスッポン。

でも彼は恋人であり、家族であり、とにかく大切な人だ。
たった一人の家族である兄貴は別格として、彼は俺の一番だ。
そして彼も俺を一番だと言ってくれる。

だから、ほんの少し離れただけでものすごーく恋しく思うのは間違ってないだろ…?


うん、俺は本当にあいつが恋しい。
それに、あいつだって俺に会うとうれしそうな顔をしてくれるんだ。
してくれてたはずだ。






「ツチナワ」

「ん?」
「へ?」
「どした?」

WISを送ろうとしたのか思わず呟いたのか、俺自身も良く分からなかった呟きにPT組んでた奴らがいっせいに振り返った。
…ちょー恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

「あ、いや、ごめん誤爆。」

生まれてはじめてのWIS誤爆体験は予想以上に恥ずかしかった。
俺がそう言いながら笑うと、皆「なんだよ〜」なんてちゃかしながら笑いあう。
これが真面目な狩りの場でなくてよかった…

ちなみにツチナワってのは、俺の大切な、仲間で親友であり恋人であり先輩であり…
なんでこう関係をズバッとはっきりさせないのかというと、余りに立場が違うもので。

だってアイツは元は優秀なプリーストで、でもそれを捨てて一から冒険者になってやり直してものすごい早さでアサシンから転生してアサシンクロスしかも超上位になり、教会のトップの人の補佐兼護衛をしていたというめちゃくちゃな経歴があり…
かたや俺はのんびりまったりハンターやってる弓矢の苦手な鷹匠です。
でもあいつにおいつく為に日々頑張ってますよ、俺なりに。
今日だって臨時公平狩りを組んで大の苦手なPT戦の練習ですよ。

この場自体はなんだか深刻な雰囲気のする狩場だ。
黴臭い四方コンクリートのフロア、錆びきった鉄格子に、人の絶叫が聞こえてきそうなそこここの染みや骸骨の破片。
憎悪と執念が満ちる場所だが上位の冒険者なら一人で来れるくらいだし、俺たち中級はパーティーを組んで行動を慎めばそんなに危険の伴う場所ではない。
そんな監獄1階で俺たちは人の憎悪が生んだアンデッドモンスターを狩りながら、場違いな雑談を交わしていた。
…いや、だからこれでも頑張って練習してるんですよ。

たまたま、今日のパーティーにはレベル低めのアサシンクロスがいた。
職業ギルドにもそれぞれ支部があって、それによって若干装束も異なっているし、自分で使いやすいように改造する人もいる。
そんなで、パーティーにいた若い金髪のアサシンクロスは、俺が思わず名前を呟いてしまった“彼”とはあまり結びつかない。
動きだってツチナワの方がずっと機敏で、力強くて、俺をリードしてくれて。
狩りの最中ずっと俺を気遣ってくれて。

同じアサシンクロスだからこそ、彼を連想させるんじゃなくて比較させられて…
そして結局はツチナワを思い出す。

「お腹すいた〜」

思わず後姿を眺めていたアサシンクロスが、そんなことを言いながら軽く伸びをする。
先ほどみんなで交代で携帯食を食べたばかりなので、賛同の声は無くただ笑いを誘うだけだった。

「これ終わったらみんなでどっか食いにいかないかい?」
「いいわよ。」
「私も時間は空いてる。」

彼の誘いの言葉に、幼馴染だというプリーストとモンクが似た雰囲気の愛想の良い笑みで頷く。
そして視線は自然と俺に集まる。

「じゃあ、俺オススメの店あるけど?」
「どこ?」
「プロンテラ。品数多くて美味いぜ、あと俺の知り合いいるからひょっとしたらサービスしてもらえるかも?」

最後のが決め手になったようで、三人とも一気に納得の顔になって話は進んだ。
オススメなのは本当だが、そこを勧めたのは今日はツチナワがそこでバイト中だから。
狩りに飽きた上位冒険者の酔狂ってやつだ。

談笑しながらの狩りは、時間がたつのが早い。
けれど離れた場所にいる人間を恋しいと思いながらではやたらに長く感じる。


早くみんなの腹よ空っぽになれ!と念じ続けてみた。



「いらっしゃいませ」

店に入るとさっそくツチナワがいた。
いつもの厳つい装束を脱ぎ捨てて、ゆったりした染めコットンのシャツに黒い脛辺りまでの

普段、俺に見せる顔とは打って変わってにこやかな笑顔を向けての接客。
こう、バイト中のところに会いに来るといつも思う。




アンタ、誰?



「なんだよ、少しくらい驚けよ」

俺がそう言うと、彼は愛想よい顔を少し強張らせた。
元々プライベートでは表情筋強張らせっぱなしの男だから、それが彼の普段の…というか、リラックスした表情だ。

けど、優しい目と微かに引き締めて落とすような微笑み。
それは俺だけに見せてくれる本当の笑顔。
うん、やっとツチナワっぽくなった。


「扉の外から分かっていた。」
「あ、っそ〜」

悪戯心があったわけじゃないが、ちょっと驚いた顔を期待してたのに。
そしてちゃっかり営業スマイルに戻って他の3人に愛想よく接客モードだ。

案内された席に着いてツチナワが下がるなり、女性陣がひそかに騒ぎ出した。

「やっぱりイイ男にはギャルソンエプロンよね〜」

ギャルソンエプロンっていうのか、あの長い前掛け。

「あの人、一般人?にしてはなんだか身体が出来てるわ」
「ん、冒険者」

「冒険者でバイトしてるって珍しいわね。」
「社会見学だってさ。」

「今度一緒に狩り誘わない?」
「90代アサクロだぞ?アイツ。」

「「「つよっ!」」」

予想通りの反応が少し面白くてにやにやしてるすぐ後ろから「パーティープレイが苦手だからあまり意味がないよ」と控えめで口調も穏やかなツチナワの声がした。
クローキングしてたわけじゃないんだろうが、あまりに気配がなくて4人皆ビクッとしてしまった。
パーティープレイが苦手?嘘付け、好きじゃないだけでどこかのパーティー狩りに参加するたびに気に入られてギルドに誘われてるくせに。

「提案なんだが、よければ何品かサービスしようか。材料のあまりものでランダムになるが。」

身内サービスしてくれるのは毎度のことで、でも俺がこうやって知り合いとか狩りで知り合った人を連れてくると大抵リピーターになってくれるから、店長もシェフも文句はないらしい。
「ツチナワが作るのか?」と聞くと彼は律義に俺には営業スマイルをしないで短く答える。

「ああ。」
「じゃあよろしく。俺は全部ツチナワのがいい。」
「またか。」
「だって美味いし。金払ってるからいいだろー。」
「そうか。」

微笑みながら小さく頷いて、ツチナワはキッチンに引っ込んだ。
あいつが厨房に入ったからだろう、入れ替わりに背の小さいかわいらしい女の人が店回りして接客を始めた。
ちなみにその女の子みたいな女の人が店長、年齢不詳。

「なんか、ルア君にちょっと無愛想じゃない?あの人。」

むしろアイツに愛想良くされるってことは他人として一線引かれてるってことなんだよ。
とは言わないで適当に「嫌われてるかもね」とはぐらかしておいた。
それを「じゃあ自分達は好感を持たれている」と解釈した女の子達は、ツチナワについてあれこれ問い詰めてくるようになった。
まあ、話の種になるからいいけど。
カッコイイ男に優しくされたらときめく、そしてさらに何か要素が入ると恋に落ちる。ってのは女の子達共通なんじゃねーの?

「ツチナワって、偽名?アマツとかでもそんな名前滅多にないよな。」
話の種に便乗してか、それとも同職と聞いて気になるのか、パーティーのアサシンクロスも話に便乗してくる。
俺はちゃんと答えてる風を装って「かもな。」とはぐらかした。

仮面をつけてるときは、誰もアイツを見向きもしなかったくせにさ。
外して愛想を振りまくようになって、皆親しげにアイツに話しかけて素性を探ろうとするんだ。
それがちょっと腹立たしいというか、なんというか。
アイツのかっこいいところとか、優しいところとか、真面目なところとか、俺だけが知ってればいいんだ。うん。

「どこで知り合ったんだ?」
「知り合いの仕事の手伝いで、たまたま一緒に組んだんだ。」
「仕事?」
「バレンタインのカカオ狩り。」

別に珍しい仕事でもないだろうに、アサクロはなんか怪訝な顔をした。
そんなハイレベルな転生二次職がそんな仕事してるのが納得いかないんだろう。
ここで店員やってたりするのも。

だが甘い。
あいつはここのほかにも図書館の書籍管理とか精肉屋とかでも働いてるぞ。
本当に、数年前とは打って変わってのオープンぶりだ。

「そういえば、ルア君ってば狩り中に上の空で時々ツチナワさんの名前呟いてたわよね。」


…げ、プリーストさんが嫌なところに気づきやがった。
俺は窓の外を見てコボルドが何故人型に属されているのかを真剣に検討しているような顔で誤魔化そうとした。
だがしかし、彼女らのツチナワ問題はブームらしく、「まあ、どうでもいいか」とは流してくれないらしい。

「そういえば、“ツチナワ”って言ってたわよね。」
「あー…気のせい気のせい。」
「嘘よー。ひょっとして好きなの?」
「だから気のせいだっていってるだろ。」

モンクの女が俺の言うことなんか無視で、ニヤニヤしながら隣のアサクロを小突いている。

「残念ね〜、ルア君もう好きな人いるんだってよー」
「待て、何故そこでそいつに振る。」
「アハハー」
「そして何故あんたも否定しない」

俺がそう言うと、アサクロは軽く苦笑いしながらため息をついた。

「本当あんた狩り中、上の空だったんだな。ボク頑張ってアプローチしてたのに。」
「は?アプローチ?」
「ボク、バイだから。」

それだけ言われれば、アプローチの意味も正確に判るってもんだ。
…俺、確かにツチナワのこと好きだけどさ、別に他の男から好きって言われても、不快じゃないけどうれしくはないもんだな。

「悪いな。俺はノーマルだから。」
「はいはい、潔く諦めるよー。」

狩りの最中も思ったけど、アサクロってツチナワは別としてちょっと怖いイメージがあったんだが
こいつは全然らしくなくて、人懐っこいしおしゃべりだ。
こうゆう奴が結構ムードメーカーなんだけど、俺はどうも苦手だったりする。
団体行動と協調性って大事だと思うけど、どちらかというと個人行動が好きだからな。

「でもさ、よかったら連絡先教えてよ。暇なときどっか遊びに。
お互いのこと知れば気も変わるかもしれないじゃないか。」
「お待たせしました。」

突然アサシンクロスの目の前に、肉入りのサラダとムニエルみたいな料理が置かれた。
ちょっと乱暴に。
一瞬ツチナワが会話を聞いて割り込んできたのかと思ったが、単に二の腕まで使って両手に料理を4皿も抱えてたから置きにくかっただけかもしれない。

「は、早いですね?!」
「私はあまり煮込んだり味を浸けこむ料理は作らないので。」

笑いながらそう言うツチナワだが、前菜とサラダにしては十分すぎるほどおいしそうだし手が込んでるように見える。
煮込んだり浸けこんだりしないってことはつまり素材そのものの味を組み合わせるってことだから自然と色もよくなる。
何がいいたいかというと、視覚的に超美味そう。

皆腹ペコだからさっきまでの話は忘れたようにフォークを手にとって料理に手をだし始める。
出てくる感想はいつものことながら「美味い」ばかり。
俺もその単調だけど適格な言葉を口にしながら、ツチナワを振り返った。

「ならばよかった。」

俺の視線に気づいてすぐそんな返事と微笑みを返してくるけど。


顔を綻ばせて料理を口に入れているアサクロをものすごい形相で睨みつけてたのを、俺は一瞬みてしまった。








「ツチナワぁ〜」
「何か。」

彼のバイトが終わるまでちょっと待って、そのあと二人で夜の街中をうろうろしていた。
さっそくニヤニヤしながら呼びかけると、俺が何を言いたいのか判っているらしくツチナワはばつの悪そうな顔をした。

「あのアサクロが俺に言い寄ろうとしてたの、聞こえてたんだろ。」
「…………すまない、君の友人に失礼をした。」

おい、そこで謝るんかい。

「友人ていうかただの狩り仲間だよ、今日初めて会ったし。」
「だが、睨むのは人として…」
「いーのいーの。ツチナワも嫉妬したりするんだなー、意外。」
「そうじゃない。」

ツチナワが少し歩調を遅くした。
何か考え込む時に少しだけ足取りが重くなるのは、人間誰しもの癖ってやつだろう。

「嫉妬じゃない?」
「嫉妬した。」
「じゃ、そうじゃないって何がだよ。」
「…意外、ではないということだ。私は浅ましい人間だ。」

自嘲して彼は笑う。



まただ…
彼は自分の過去を見ているとき、俺の知らない男になる。
彼の昔のことは聞いた、けど理解の範疇を超えていた。
俺にできるのはただ、ツチナワを赦して受け入れることだけだ。
いつでも、何があっても味方でいてやるだけだ。

武器を握りすぎて硬くなったツチナワの掌を掴んで、俺は来た道を引き返す。
こっちの方が、こいつの家に近い。

「ルア?」
「今日、あんたの家に泊まる。」
「判った。」

どうせいつでもきっちり整頓してあるからな、まったくためらいもなく頷く。
普通の成年男子なら部屋が汚いとかエロ本があるとかで多少迷うとこだろうに!
…エロ本は必要ないか、どうせコイツ…ないから。

「……嫉妬、されてさ…俺、うれしかったから!」

ツチナワは黙って俺に腕を引かれている。
昔は完全無欠の聖職者様だったアンタは、きっと今の自分が赦せてないんだろう。
だから俺が赦して、それで救われたって言ってくれた。

けど俺にだってわかる、それだけじゃダメだってこと。
結局は自分の問題だから、自分が自分を赦せなければ、何も解決にはならない。
俺がどんなに優しい言葉をかけても、ツチナワを庇っても、気休めにしかならないんだ。

飯食って、シャワー浴びて、少し話して、寝る前に俺がツチナワを誘った。

恥らう女でもないから別に隠すものなんざないけど、でも同じ男でも裸を見られるのは若干抵抗があるのでランプは消した。
部屋は3階、覗かれる心配も無いから窓を開けてそこから月光が部屋に侵入してくるから十分明るい。
それで十分すぎる。

身長は結構伸びたが、体質的に貧弱な身体を晒したくない。
さらに言えば、ツチナワは毎回うっすら傷が浮かぶ肌すら綺麗で、けど全身無駄なく鍛えられた身体はカッコよくて、こっちが凹むんだよ。

というか…自分が男相手に脱がされて恥じらう日がくるなんて。
こんな風に何度も触れて、手の平、肌、舌、身体、重ね合わせて
それでもまだ足りないと、胸を締め付けられる。

「…っ、…」

事に至るには好条件に思える部屋だけど、壁があまり厚くないからでかい声をだせば聞こえる。
しかも真夜中。ベッドが壁にひっついていないのが救いだ。

セックスするのに服を脱ぐ、裸になって同じベッドに入る。
当たり前のようだけど俺たちにとってはあまり意味が無い常識だ。
横に並んで寝転がり俺を片手で抱き寄せてきてる、彼の身体を眺めながら視線を下に移す。

股間は同じ男なのに違う形をしてる。
性毛の一部から変に真白い肌が覗いて、本来あるはずのもんがそこにあったという過去だけを反映してる。
男としての快楽は、ツチナワにはない。
セックスもできない。

「っふ…んんー…っ!…」
「そんなには声は漏れない、抑えなくていい。」
「っ…ん…でも……」
「ルア、聞かせてくれ…」

それでも、十分熱の入った状況にはなるし
俺は羞恥と気持ちよさで頭が混乱する。

体温をめいっぱい俺に伝えて、キスしながら俺のモノをずっと刺激してくる。
耳に心地良い低音ボイスでセクシーな言葉をささやいてくる。
これ以上に何がある、ってくらい俺は興奮して震えてくる。

服を脱ぐのは、もっと体温を近く感じたいから。
もっと触れて、肌を貪り合って、生理的に1つにはなれないけど精神的に1つにはなりたいから。

硬くなった俺を擦る速さを早めながら、先端だけ少し乱暴に爪で刺激してくる。
そのアンバランスな刺激が気持ちよくておかしくなりそうだ。

「気持ちいいか。」
「…っ、聞く、な…っ、見て分かれよっ…」

気持ちいい。
気持ちよくてたまらないに決まってる。
優しい腕に包まれて、早くイキたくてたまらない。
喘ぎが抑えられなくなる、徐々に追い詰められるのすら、イイ。

胸板に爪を立てて、ツチナワの首筋に熱い息を吹きかける。

「熱い…っ、おかしく、なる…」
「そうか」

唇に浮かんでいる微笑み。
俺ばかり気持ち良くなって、独りよがりみたいだ。
一緒に感じたいのに。
こんなに好きなのに。

「ルア?」
「…っ、チ、ナワ…」

覗き込んでくる顔に、欲情の色はない。
嬉しそうな、幸せそうな顔はしてくれる。
けどめちゃくちゃ感じてる俺とは全然違う、こんなのフェアじゃない。

「…あんた、にも…感じて、欲し…のに」

マッサージみたいに優しくて、でも溶かしてくるような熱と気持ち良さで、俺のモノをずっと扱いてくる、その手に触れた。
俺もこうやってアンタに触れたいのに。俺のその気持ちに気づいて、ツチナワが少し申し訳なさそうに視線を落とした。

「…すまない」
「アンタの、せいじゃ…」

脳みそ沸騰しそうなほど恥ずかしくて見られたくなかったし、別に責めたくて言ったんじゃないと言いたかったし、したかったからキスをせがんだ。
犬みたいに音を立てながらでも構わない、舌を絡めながらのが好きだ。
皮膚より熱い口の中、濡れた粘膜ってのはある意味女の中にも似てるんじゃないか。
だったらこれだけでも十分気持ちいい。
今のところ、これが俺たちが一番深く繋がれる方法だ。

それを判ってるから、ツチナワは俺にそうしてくれる。

「っ、ん…っか、はっ…」

息苦しいけど、そうゆうキスをしながら扱かれるとすぐに限界になる。
余裕が無くなるし早くイッちまうのは嫌なんだが、でも一番気持ちいいと思う。
それも判ってるから、ツチナワは俺にそうしてくれる。

頭が真っ白になる。
下半身の感覚より、口を開放されて深く呼吸ができるようになって
それで初めて自分が達していることに気づく。
本当に、余裕ないなあ…俺。


「…ツチ…ナワ」

俺だけに見せる顔で微笑んでくれる、労わる様に今度は触れるだけのキスをくれる。
あんたは与えてはくれるけど、求めてはくれないんだよな。



女の人とセックスするのは気持ち良いから。
結婚をして、そうしたら今度は子供が欲しいから。
そんな単純な2つの理由だと思ったのに。

こんなに触れたくて、もっと奥までふれたくて、ずっと繋がっていたくて
そんな恋しさと愛しさと苦しい欲の果ての行為だと知った。








「背中、痛むのか」

部屋は暗かったがツチナワの背中に触れると少し、ほんの少しだけビクッとしたのが判った。
珍しく俺に気付いていなかったらしい。
ダンジョンに入ればフロアの殆どの音や気配を察知できるようなアサクロがだぞ?
本人もだろうが、俺の方がかなり驚いた。

「起きていたのか」
「ん…今。」

本当は少し苦しそうな息遣いが聞こえて目が覚めたんだ。
見たらベッドの縁にツチナワが後ろ向いて座ってて、背中に触ろうとするみたいに肩に手を置いてたから…
指先で触れば薄皮で作られた装束の上からでも分かる、酷い傷。

俺は知り合いの性悪プリーストから聞いた余りに残虐な殺人や高位の人を殺した奴の処刑法を思い出してた。
身体にでかい溝を作って熔けて真っ赤になった鉛を流し込んで、固まったら引きはがしてまた流し込む。
それを何時間も繰り返して、最後には四肢に縄括りつけて引き裂きの刑。
でも身体には腱があるからそう簡単に人の身体は千切れない。
すぐに裂けるよう先に腱を切っておいてくれるか、くれないか、その辺も罪の重さに関わってくる。

聞いた時は吐き気がしたし、今思い出しても吐き気がする。
…今ではその公開処刑は行われないけど、大昔には町中引き回して見せて回ったってんだから人間って怖いよな。

それのほんの一部だけだけど、ツチナワが受けた傷…それは間違いなく“処刑”の痕だった。
きっと死にたくなるほどの痛みだった筈だ。
しかも……嵌められただけなのに。
事件の大元は他にいるのに。

身体を起こして、抱き着いた。
そしたら背中に腕を回された。

背、伸びたのに。
その時俺はツチナワに包まれたと思った。
本当は俺が抱きしめたいのにさ、まだ身長とか足りないのが本当に悔しかった。

俺は何だか少し虚しくなりながら、ぼんやりと彼の向こう側を見ていた。
そして目に入ったのは、夜空の中に俺達の姿を写し込んでいる窓。
黒い空を下地にして、白いベッドと抱き合ってる俺達の姿が浮かび上がっていた。

「………。」

見えたのはツチナワの背中に浮かぶ十字架。
酷い傷痕なのに、ガラスに反射して見ると力強く綺麗なものに見えたんだ。

均整のとれた筋肉が着く背中。
その白い肌がいびつにえぐれて、回りは盛り上がり、黒い色が入り込んで。
何て言うか…背徳的だった。

…白状する。
汚い感情を持ったよ。
「その背中に被さって、酷いことしたい。」と思った。
やることは違っても、昔にツチナワを押さえつけて背中を抉って
真っ赤に溶けた灼熱の鉛を流し込んだ奴らと変わらないかもしれない。

でも、「男として、ツチナワを犯したい」と思った。
それが酷いことだとしても、おこがましい願いでも。

ぶっちゃけ、俺も男だし、ツチナワは恋人だし…だから身体の関係を持ちたいって思ったことはあるよ。
………うん、日ごろ常々?
でもそれは、ちゃんと同意を得て、痛くないように気持ち良いようにしてやりたいって考えてた。
無理矢理組み伏せて、酷くしてやりたいなんて、その時初めて思った。

抱きしめた腕で、背中に回した手で傷痕をなぞった。

「…なあ、ツチナワ…」
「何か」


いつもどおり、優しく応えて俺の言葉をまってくれる。
そんな時に熱に浮かされた頭で、汚い感情を持ったままで、俺は彼に何を言ったのか
自分でも理解できなかったし、言った直後からもう思い出せなかった。
多分、自分でも理解したくないような言葉だったんだ。





ツチナワは、表情を強張らせる…というか…
無表情になった。

で、小さく「すまない」って言って、部屋から出て行ったきり帰ってこなかった。
そこ、ツチナワの家なのにさ。貸家だけど。

で、それ以来2週間…ツチナワに会ってない、ってわけだ。






まさかこれって、破局…なのかね。








人気の無い薄暗い道を痩身の影が歩く。
足音はなく、風に吹かれても歩幅に寸分の狂いもない。
動きをプログラムされた人形のように精錬された歩調。
すらりと延びた背筋、ベルトを巻かれた腰には一対カタールと短剣二本が誇らしげに鎮座されていた。

「…今、出てくるならば手加減しよう。」

武器だけを持ち、ラフなアンダー姿で一見無防備な彼の言葉に、何処からか「怖えーな」と笑う声。
そして窓が開いた建物の2階から、年若いアサシンクロスが飛び降りてくる。
渇いた着地音。

「…監視は20メートル離れろって言われたけど、楽勝でバレてるじゃん。」
「…一応言う、リアーテ家との契約は破棄済みだ。それ以外で狙われる理由が思い当たらない。」

リアーテ家は頭首がゲフェン教会大司教である名家だ。
そこをたった一人で監視し、完全な守りを固める警備はリアーテ家の権力の次に周りを畏怖させる存在だった。
姿を一切見せず、一切の侵入者を許さない、透明な兵器のような男は「悪魔憑の屋敷の結界」だとか「魔女の蛇<ツチナワ>」と噂が独り歩きするような存在だった。

青年は明るく振る舞うが、声は軽く震えていて男を酷く警戒しているのが分かる。
目の前にいるのがそのツチナワだからだ。

「…まじ、ビックリしたし。笑顔でバイトとかちっこいハンターといちゃついたりして、しかも名前は隠さずそのまま公開してんの?
今の今まであんたが“あの”ツチナワとは思えなかった。」
「リアーテ家関連なら何の役にも立てない。スカウトなら間に合っている。」

アサシンクロスは小さく笑う。

「何が怖い、って、今の今まで俺に一切警戒させなかったことだよな。
武器持って人気のない時間にふらふら出歩いて、明らかに俺のとこに向かってきてるのに此処に来るまで警戒もできなかった。
殺気どころか生気すら出さないのか?」

どうやら二人の話は噛み合わないらしい。
ツチナワは内心ため息をついて、ただ青年を見ていた。
目的を聞いても答えないのはわざとか、それとも素か、計りかねるが取り敢えずは

「取り敢えず、ルアに言い寄った罰で刺すか。」
「そこかよ!待て待て待て!あの子には何もしてないしするつもりもないから!」
「ならば弄んだ罪で切り裂く。」
「落ち着けって!!そんなにあのちびっこハンターがすきなのかよっ」

単にさっさと怪しいアサシンクロスを切り伏せたい言い訳だろうが、半分は本心が混じっているように思える。
咄嗟に口からでた不毛な質問だったと、アサシンクロスの青年は一人で納得した。
ツチナワは応えないが、そんなのは言われずとも応に決まっている。
噂というほど秘密裏なことではないが、彼はたった一人の少年の為に長年命を捧げてきたリアーテ家から離れたのだ。

「…貴様の口から何も聞き出すつもりはないが」

ツチナワは殺気も引っ込め、両手で腰の剣を掴んだ。
構えというには無防備すぎる構え、本当にただ剣を掴んでいるだけだ。
『闘うならば応じるが、こちらから仕掛けるつもりはない』という意思表示。
その意思表示を続けたまま、唇を動かす。

「アルデバラン支部の司教、アッセルズ・クーナーとザイレン・モルタス。」

ツチナワの無感情な声とは逆に、青年の顔に焦りという感情が灯る。

「そしてお前を雇ったシュノー支部の司教クレーイア・メギソン。」

そして次に彼の表情に灯ったのは驚愕。
彼の思考が迷走しはじめ、何も反応ができなくなる。
『何故知っている?』と問えば、それは自分がその情報を認めて漏洩したことになる。

だが思わず顔に浮かべてしまった表情で既にツチナワには確信が持てている。
自白なんてさせなくてもそれで十分だった。
何故なら

「保身ばかりする奴らのことだ、お前に頼んだのは護衛だろう。
そこで彼らにひっつくのではなく、真っ先に標的である俺のところに来たのは正しかった。」
「……っ…」

「だが」と言葉を続けながら、そこで初めてツチナワの表情にも感情が宿る。
それは笑み。
作られた、けれど残忍な獣のような笑みだった。
その笑みだけで相手を食い殺そうとするような、威嚇だった。

「先輩としてアドバイスしてやる。必要なのは強さでも慎重さでもない、速さだ。
お前は慎重に臆病に俺を監視するのではなく、真っ先に俺の首を落としにかかるべきだった。
言いたいことが判るか?つまりもう何もかも手遅れということだ、お前の仕事は。」

そう言って、ツチナワは一歩前にでる。
反射的に青年は一歩下がる。

その動作1つで、勝敗は決まってしまっていた。

ツチナワは残忍な笑みも殺気も消し去り、また無表情へと回帰し自分の得物から手を放した。


「雇い主の元へ尻尾を巻いて戻れ。とっくにお前の仕事は失敗に終わっている。」


若いアサシンクロスは、去っていく男の後姿を呆然と眺めていた。
あまりにも、その男は強大すぎて直視できなかった。