「ねえ、アサさん?」
白い髪、白い肌、白いうさみみに真紅の瞳。
人間離れした美しさのプリーストが質問するのは、同じく白い髪だがこちらは人間らしいアサシン。

「アサさんは恋人が人間じゃなくても、愛せると思いますか?」
それは、このプリーストの身に迫る質問だった。

「相手によるんじゃないか。」
アサシンはそれに対して他人事であると、投げやりに答えた。





立て続けの狩りのせいで、広くない自室でくつろいでいるというのに疲れを感じる。
いつもはストレートだがなんとなく砂糖とミルクを入れた甘いミルクティーに口をつける。
冷めかけていたそれは少し物足りない。

「ってー…」
風呂上りで頭にタオルをかけてボトムスを履いただけの騎士がフラフラと近寄ってきて隣の椅子に座った。
彼から鼻につく嫌なにおいがした。

「…血の匂いがする。」
「ああ、風呂入るのに服脱いだら、傷口にくっついてたみたいでな。ちょっとベリッといった。」
まるで転んで膝にできたかさぶたが剥がれた、みたいなノリで言うが、尋常ではないこの匂いに嫌な予感がした。

読み途中の本を置いて、彼の後ろに回る。



そして彼の傷を見た瞬間、その後頭部を叩いていた。

「いてっ」
「動くな馬鹿が!」
慌ててそのへんにあったタオルと救急箱を引っつかみ、中からガーゼを手掴みで取り出す。

昨日はそれぞれ別にパーティーを組んで違う狩場にいっていたが、互いになかなか激しい戦いをしていたらしい。
俺が満身創痍で帰宅した後に彼も瀕死に近い状態で帰ってきた。
そして面倒くさがり服も脱がずにそのまま疲れに身を任せ、床で眠りこんでいた。

あのとき無理にでも叩き起こして傷の治療だけでもしておけばよかったのだ。
俺も疲れてしまって、ポーションを半分づつ飲んで床に寝入ってしまった。
数時間後、真夜中に二人とも目を覚まして今に至る。

背中の傷は深いというより広い。
ダメージ自体はそうでもないのだろうが、出血量が多い。
こんな状態で歩かれたら床や椅子が血染めされてしまう。

しかも傷を開いたままシャワーなんか浴びやがったせいで血が止まらない。
傷口を塗らせば乾かず傷はふさがらない、血は止まらない。そんなことは常識だ。
ポーションだって液体だ、ある程度傷口を乾かさないとちゃんと機能しない。
第一こんなびしょぬれのままでは流れ落ちて無駄になる。

「無駄に痛えが重症じゃねえだろ。大げさだな。」
「新しくした家具を血だらけにされてたまるか。しばらくベッドにもソファにも座るな。」
傷口をタオルで荒く拭き、ガーゼをあてる。

シャワーの水と混じった血が流れ出て、腕から手の平まで伝っている。
自分のそれを騎士はぼんやりと見つめている。
拭け、とその手にガーゼのあまりを持たせた。

「……。」
「おい、何して…」

何を思ったか、彼はコチラを振り返りその血だらけになった手を俺の方に向けた。
反射的に避けようと思ったが、理性的にそれをとどめた。
嫌な予感はしたが、それを避けないほうがいいとも思った。

「っ!」

指が頬に触れてから口の中へ。
口の中にじわりと生臭い味が広がった。
黒い瞳が近づいてきて、口の中の指をそのままに舌も差し込んでくる。

「ん…ぁ、に…」
何してる、という言葉は声にならなかった。
まるで俺の口の中で血の味を楽しんでいるように、ぴちゃぴちゃと舌で蹂躙してくる。

キスだけならなんでもないが、血の匂いが混じって舌の感触がグロテスクに思えた。
正直、気持ち悪い。

「…舐めろよ」
「…は?」
「背中。」

血を、舐め取れと。
偉そうな態度も訳の分からない要望も日常茶飯事。
これもその1つだろう。
だが

「断る。」
そんな気色悪いこと、したくない。
要望を却下され、目の前で細められた目の奥の瞳がギラついた。

「第一、雑菌でも入ったら後々面倒だ。おとなしく消毒」
言葉は最後まで続かなかった。
強く肩を押されて椅子ごと後ろに倒れこむ。

「っは!…っ、お前…」
押し倒されるにしてもこんな派手にされるとは思わず、頭を打たないようにするのが精一杯で受身を取る暇がなかった。
背中を強かに打って、一瞬肺が痺れたように苦しさにもだえた。

けれどすぐに我に返ったのは、頭上で聞きなれた音がしたから。
カチン、という金属音。
この男の愛剣の鍔鳴りだった。

まさか、とありえない想像をして血の気が引いた。
いや、ありえないとは言い切れない。
元はといえば、コイツは初めは俺を殺すことも厭わない敵だった……
それにどう考えても、今の彼は正気じゃない。

咄嗟にカタールを、いや何か武器になるものを探して顔を動かした。
そして目に入ったのは目的のものではなく、騎士が手にしているもの。
予想通り彼の剣だった。

けれど

「…っ、お前、何してる…!」

その剣をこちらに向けられるよりも動揺した。
彼は柄ではなく鞘から除く刃を掴んでいた。
手の平から血が床に滴っている。

理由は分からないがやはり今の彼は狂ってると断定して、刃を掴む手を捕らえた。
俺が止めさせようとするのに、それを無視してさらに強く刃を握りこんでいる。
それに慌てている様子を見て、笑っている。



なんなんだ、これは。
何かがおかしい。
突然、尋常じゃなく狂いだしたのは何故…。



「…ひょっとしたら、俺も、そうだったのかもしれねーな…」
呟いた騎士の声色は、思ったよりもしっかりしていて、とても狂っているように思えなかった。
けれどやっていることは相変わらずだ。

「んっ!」
深く傷ついて血に塗れた手は、刃から離れて俺の顔へ。
口を押さえつけて、頭を床に押し付けてくる。
ただ水に濡れた手で触れられているような感触なのに、匂いは強烈に鼻を突く。

これも、舐めろとかほざくのか。

「舐めろ」

…やっぱりか。
断る、と目で睨みつけて訴えた。

「…アンタを切るのを、我慢してやったんだぜ。」
何故、そんなことをしようとしたのか。
やはり、さっぱり分からない。

「…お前、なんで急に…」
「昔からだろ?」

呟いた矢先に指が口内へ、血を伴って…

確かに、昔からどこかおかしい男だった。
善良な少年少女を犯したり俺を執拗に追いかけたりしていた時点でおかしい。
それでも、最近は人並みになっていたし、気を使ったり、時々優しかったり

「っん、う…!」

喉の奥にまでつっこまれ、危うくさっき食べたものを吐き出しそうになる。
無我夢中で足を間に挟み、彼を蹴り飛ばした。
彼は少し咳き込んでいるが、大したダメージなんかない。
手と背中の傷のことが気がかりだが…

「っはあ、はあ…」
彼と離れて、自分が震えていることに気付いた。
あまりに彼が近すぎて、自分がいつの間にか恐怖していたことに気付かなかった。

この感覚を、知っている。
初めてこの男と対峙したとき、敵意むき出しで剣先を向けられたとき…
もう、こうなることはないと思ったのに、何故急に…


ごちゃごちゃ考えているうちに、彼が顔をあげてこちらを睨みつけてきていた。
俺が僅かに震えていることに気付いたのか、顔をしかめて
でも自分が恐怖されていることを嘆くのではなく、怒りをあらわにしていた。
なんとなく、次こそ自分が斬られる番だと察知した。




「……っんの…」

このままではいけない。
今までなんとか安定していたもの関係が、崩壊する。

俺は思っていたよりも、この男に見限られたり、離れられることを恐れていたらしい。
今こうして目の前の彼自身に怯え、震える以上に…関係が壊れることのほうが怖かった。

「馬鹿者が!!!」

テーブルに置かれていたワインのボトルを振り上げ、全力で彼の脳天にたたきつけた。
必死さもあって、普段以上に的確に攻撃できた。
クリアサである自分に少し感謝した。

「って…」
「少し頭を冷やせ!!」

安くはないワインだったのに、瓶は砕けて中身が無残に飛び散って蹲る男の身体を赤紫に濡らしている。
もう血だかワインだから分からない惨状。

勢いで行動できたおかげで、震えは幾分か収まった。
はたして彼が頭を冷やせたか、じっと様子を見守っている。
割れた瓶は護身用に丁度いい。


彼は身体を起こしても、しばらくうなだれていた。
顔が見えないので彼の様子も心情も分からない。
けれどうかつに近寄るのも危険なので、離れて様子を見守った。

そうして数分が経った頃
「…おい」
声を出したのは、騎士。

「…お前、香持ってただろ。」
「?」
「あれ、炊いてくれ。めいっぱい。」
「了解したが、それがどうした。」

聞きながら、身体はすぐ近くの小棚に向かう。
ギルドの女性が嗜んでいる物を貰って、時々使う程度でまだたくさんそこにしまっておいてある。

「…血の匂いが、なんかやべえ。」
「…吸血鬼かお前は。」
そう突っ込みながらも、かなり本心だった。
さっきの様子といい、血に異様に固執したあたりかなり怪しいものだ。

「…そうかもしれない。」
そう返した彼の言葉は、冗談が含まれていたが。

「昨日から血ィ、流しすぎてどうかしてた。」
「そのへんで蛇でも捕まえてきてやろうか。」

香を炊くついでに、ポーションとヒールクリップを抱えて彼の傍に寄った。
ワインの香りは流れ落ちてまた血の匂いが戻り始めている。
3つ炊いた香を彼の近くに置いて、白ポーションを押し付けた。

「後で肉でも食え、今は傷を塞いでおく。」
「…頼むわ。」

どうやら正気に戻ったらしい。
彼は大人しく身体を俺に預けた。





「生まれは、ジュノーだ、って言ったことあったか?」
「聞いた記憶はある。」
確か、ジュノーの図書館に行って、何泊かしていたときに。

「ジュノーはかなりいろんな実験がされててな、お袋は研究所によく通ってた。」
「研究員だったのか。」
「いや?」

ぽつりぽつりと、どこか虚ろな様子で話し出す。
意味があるのか分からないが、聞き流しながら背中の傷にヒールの光をあてる。
少しづつではあるが、傷はゆっくりと血を止めて、歪な皮膚に覆われていく。

「ただの廃れかけた武器屋の番してる娘だが、今思えば被験者だったんだろうな。
研究所に通って、そのたびに金の入った袋を貰ってきてた。」
「……。」
なんの研究に、と思いながら
ふと別のことに思考が飛んだ。

もしかして、この男は…

「…お前のところには、来なかったのか。」
「研究員か?」
「ああ。」
ふと浮かんだその考えを確かめたくて、そう聞いていた。

「来たな。何度か採決して、そのたびに小遣いをくれて、それだけだった。」
やはり。

母親は被験者。
その子供はきっと、その存在自体が研究対象。

「俺が何の実験の結果、生まれたのかはわからねえが」

彼も、とっくに俺のと同じ考えに至っていたらしい。

「お袋は俺に対して虐待しやがったが、それ以上に怯えていやがった。つまり、そういうことなんだろ。」
ただ単に体外受精とか、代理出産のようなそんなものではなかった。
きっと異質な実験だったのだろう、だからこそ彼の母親はそんな態度を取った。

「……。」
「狂人めいた女で、でもほんの少しだけ理性と母性があった。多分、本当は優しい女だったんだろうさ。」
「…今は、彼女はどうなったんだ。」
「さあ?」
彼の声は実に淡白で軽い。

「でも遺書か書置きか分からないが、『幸せになりたいから、さようなら』とか書いて消えたんだ。幸せになったんじゃねえか?」
俺は母に捨てられたから、その存在が子供にとってどんなものなのか、分からない。
不思議と欲しようともしなかった。
けれど少しだけ優しくされたのに、その大部分は虐待されたり怯えられていたのなら、どんなにやるせないだろう。

殆ど拒絶されて絶望的なのに、ほんの少しだけ希望を持たせられる。
はじめからゼロならば、そう辛くもなかっただろうに。

「会いたいと思わないのか。」
「思わないな。」
…即答か。

突然彼が身体を後ろに倒してきた。
ヒールを止めて、慌てて傷を避けて支えた。

「お前がいれば、案外あの女はどうでもいい。それがあいつの為だろうしな。」
そう言いながらこちらの顔を見上げてくる。
その様子はいつもと変わりない…。が。

「それを今さっきものすごい威圧で押し倒してきたのはどこのどいつだ。」
さっきまで俺にあんな思いをさせておいて、あっさりといつもどおりに戻っていることが少し腹立たしい。

「そりゃ貧血のせいだ。ほら、多分俺ってその昔の実験のせいでどっかおかしいんだろ。」
「…吸血鬼体質か?」
「そうじゃないと思うが…」

彼は苦笑いしながら
「お前が凄く美味そうに見えてた。」

さらりとそんな恐ろしいことを。
硬直して、目の前にいるコイツを突き放すこともできなかった。

「…そういえば、前々から俺を食い殺したいだの言っていたな。」
「あれは半分冗談だったんだが?」
半分は本気か。
いや、多分…全部本気だったんだろう。
もしかしてやたらアンタが盛ってくるのはそれを自制してたからか?

「…引いたか?」
「目の前で食人鬼宣言されて引かない奴がいたらお目に掛かりたいものだ。」
精一杯ため息をつきながら、血がこびりついた彼の手にヒールをかける。
プリーストに治療させた方がすぐに治るだろうが、それほど酷い傷でもない。

「……。」
中途半端に支える体勢が辛かったのでそのまま身体を倒させて膝に上体を乗せる。
背中は傷は塞がってないが血は止まったから大丈夫だろう。

血の匂いはきつい香に紛れてわからない。
ただ匂いに匂いを上乗せしているのだから、少々くらくらする。


「…逃げてもいいんだぞ。」
治療をしている時に、ぼそっと呟かれる。

いつぞや逃げたら食い殺すと言ったのはお前だろうに。
俺を試してるのか?それとも
本当に臆したか、自分に。

魔物と人間の交わりというのは実はないわけではない。
魔物をペットに…と友好を示そうとする動きもあるのだから、当然といえば当然。
けれど魔物の血が混じった人間は、生まれた時点で殺されるのが殆どだ。
都合よく人間のカタチで生まれてきたなら、その事実を頑なに隠しながら生きることもできるだろう。

何故ならどこにも受け入れられない。
魔物を恐れないのは冒険者。
だが彼らは冒険者にはなれない。
魔物を恐れる一般人の中で生きるしかなく、大抵が恐怖の対象になる。

「……。」

強い、香のせいか、少し酔っている気がする。

さっきからちらちら目に入っている騎士の愛剣に手を伸ばした。
コイツが手を切った血がこびり付いたままだ、早く手入れをしないと錆びるだろうが。

その血の痕の隣、まだ白銀の光を持つ刃に手を当てた。

「…っ…」

肉が、裂ける。
歯を噛み締めて、できるだけ深く歯を手のひらに埋めさせた。
笑いながらこれをできたこの男は本当に頭のネジが全部吹っ飛んでいたとしか思えない。

ボタボタと血が滴る手を、俺の足元でぼんやりと仰向けに寝転がっている男の口元に押し付けた。
一瞬目を見開いたが、俺が何を言うまでもなく口を開けて、それを口内に受け入れ始める。

都合よくこいつに輸血できるものなんかない。
プロンテラの周りに蛇は少ない。
肉屋の親父だってとっくにベッドの中だ。

だったらこうするしかないだろ。

「っ…」
ジンジンする傷口を、濡れた舌が這う。
俺の手を押さえつけて、アイスクリームに夢中になってる子供みたいに。
滴る一滴も無駄にすまいと。

血が止まらないように、舌で濡れさせて時々吸い付く。
痛みで腕が時折痙攣するが、不思議な感覚だった。
ペットか、我が子にミルクを飲ませているような、そんな軽い感覚。
手のひらを這う舌の感覚は、どこか背徳的。

「…美味いか。」
そう聞くと、一瞬食いつくのをやめてこちらを見上げてくる。

「思ったより、血なまぐさい。」
それはそうだろう、美味そうだからといって血管からワインがでるものか。
不味いというならさっさと適当なところでゲテモノを捕まえて血抜きしてきてやる。

「だが悪くない。」
そう言う割りに、また夢中になって俺の手を顔に引き寄せてる。

その夢中になってる顔と、舌の感覚がいいなんて。
きっとこの香がまともじゃないに違いない。


思えば手のひらには太い血管は通っていない。
いくら血が止まらないように吸い付いていてもそのうち傷は塞がる。
大体敏感なところだ、痛いに決まってる。
もう少し考えて行動すればよかった。

…痛くないところは。
そう考えてまた彼の剣を取って、腕に刃を当てる。

「…っ…」
すでにいくらか古傷がある腕にまた赤い線が刻まれる。
古傷よりも全然小さいものだが、戦いの中で他者につけられるのと何も無いところで自らつけるのは痛みが違う。

傷口は小さいながらもぱっくりと開いて鮮血を溢れさせる。
手のひらより出血している腕を差し出した。

もう血が止まりかかっている手に指を絡められて、彼の手のひらに傷が塞がれる。
そのまま身体を起こして、腕のほうに顔を寄せてくる。

やっぱり、悪くないというくせに夢中になっている。
痛みより、気味の悪さより、なんだか滑稽に思えて笑みが浮かんだ。
だが痛いものは痛い、もうこれ以上やってやるものか。


香の煙のせいで、部屋はいつの間にかどこも白く靄が掛かっていた。
背景は虚ろなのに、目の前の男だけははっきり見えていて、蠱惑めいている。
このまま全身の血を吸われそうだ。
だがそれでもいいかと思っている自分が居る。

貧血になったときに応急処置で動物や動物系の魔物の血を飲むことはある。
決して美味くないしできれば避けたい味だ。
それを美味そうに飲むこいつはやっぱりどこかおかしいんだろう。

「…どこまでお前が狂ってようが」

今更なことだ。

「付き合ってやる。」

これも、今更なこと。



大体俺の親友は一部分魔物どころか、純粋な魔物を恋人にしてるんだ。
理屈的に考えればそれより俺達のこの状態は普通だろう。

それに…


―― 「アサさんは恋人が人間じゃなくても、愛せると思いますか?」

彼の言葉に対して「相手によるんじゃないか。」と答えた。
投げやりだったが、だからこそ本心だ。

相手による…きっとこの男より平凡な相手は思いつかない。
刺激を求めているわけではないが、この男が自分を求める以上、自分にも彼しかいない。
誰でも良いからと、そんな気持ちで受け入れたわけじゃない。



視界が影に塞がれる。
名前を呼ぼうとした唇を唇で塞がれる。
口に広がる味は不快だが、それも次第に薄れていく。
身体をぴったりと重ねられて、少し重いが掛けられる体重と体温は悪くない。

彼が全然怖くないとか、嫌にならないと言えば嘘になるが。
時々こうして穏やかに感じる熱はそれ以上に…。
共闘しているとき、口付けているとき、身体を重ねているときに互いに息を合わせている時間も、この男相手なら嫌じゃない。

それだけあれば、この男が魔物だろうがなんだろうがどうでもいい。
どうせ孕むわけでも無い。

「今ヤッたら、暴走しそうだ。」
「ならするな。」
「分かってる、少しこのままにさせてくれ。」

熱い息が首筋に掛かり、柔らかな唇が触れる。
優しい感触に、それだけでは物足りないと感じる自分はどこかおかしいと思う。
こんな風に触れていると、すぐにむさぼりついてくるのが常なのだし…

「…おい。」
「……。」
「足に硬いモノが当たってる。」
「…仕方ねえだろ。」

ぶっきらぼうに言うのが、少しおかしかった。

「…構わない。」
そっとあやすみたいに黒髪に指を差し込んで軽く頭を叩いた。
「今は多少気分がいい、相手してやるさ。」
多少先日の狩りの疲労は拭えないものの、なんだかそれすらこの強い香と、湧き上がっているらしい脳内物質でごまかされている。

少し上体を起こして、俺を真上から見下ろしてくる。
白い靄の中に浮かぶ黒。
いつまでもこの黒に恐怖を感じるということは、やはり彼に対して魔物的な気配を感じているからなのかもしれない。

けれどそれも悪くない。
良いように考えれば、刺激的ということになるんじゃないか。

その“刺激的”な黒い髪と瞳の男に手を伸ばして、頬に指先で触れた。
「…口と身体、どっちで抜いて欲しい。」

別に挑発しているわけでも誘っているわけでもない、そのままの意味だったのだが。
何やら卑猥な響きを持った自分のその言葉は彼を煽ってしまったらしい。
目をギラつかせて、手が俺の装束の前の合わせを引っつかんで、帯を取り払ってくる。



…体が持たないのも今更のこと。

そして二人して理性を飛ばして、危うく香の煙で燻製になりかけた。
…笑えない笑い話だ。

 

 

「なあ、いやしけい。」
「はいはい?」
今日はプリーストではなく、小さなルナティックの姿をしているそれ。
カリカリカリカリと俺の手の中のにんじんを先端から消化していく。

「…俺の恋人は、魔物に例えればなんだと思う。」
そう聞くと、彼は耳をピンと立てた。
動物並みの勘…というよりももう動物そのものの彼なら何か感じ取っているかもしれない。
あの男の異質さを真っ先に見抜いたのは、思えばこのウサギなのだから。

「それですがね、わたくし日ごろ常々思っていたんですがね。」
それはかなり参考になりそうだ。

「なんだか悪魔っぽい感じもして余計に怖いんですが…」
…悪魔か。

「でも、一番近いかな、って思うのはあれですね、狼とか。」
…狼…。
じつに的確な形容だな。

「ウルフとか、マーターとか…そんな感じです。」
「…ふむ、そうか。」



………だから性欲盛んなのか?と、一瞬思ってみた。

「そんな騎士さんにはこれをどうぞ。」
そういっていやしけいが差し出してきたのは
マーターの首輪。


……。

「また怒られるぞ。」
「でもアサさん、今“すごい似合いそうだ”とか思いませんでした?」
「まあな。」
鼻で笑いながら、その首輪を受け取った。

かなりの猛獣ではあるが、まあ危険なら飼いならせばいいだけだ。
そんなのも、今更のこと。





漫画化計画を断念した作品。(しかもついさっき)
まあこれを漫画にしろというのはかなり酷なものがあったので大人しくうp

拍手でこう、このカプが好きですとか言われると嬉しくなってすごい勢いで書き上げてしまう(単純)
これもそうして出ました、しかもいらん設定追加されました。
いやこの騎士を考えた時点でちょっとあった裏設定ではありますが。

…血塗れのむちゅむちゅをしたかtt(爆死
相変わらずアダルティックで危険な橋を渡る二人ということで。

題のダークチェリーは、香の名前のつもりでした。
でも結局出す機会なし(爆