後ろ姿が忘れられない。
俺が蝶の羽を奪ったせいで、シーフはボロボロになった体を引きずり歩いて帰っていた。
あれに死なれては惜しいと思いひそかに尾行した。
途中でオークに遭遇する前に冒険者、しかもプリーストに発見されて保護されたのは幸いだったが…。
おかげで俺と奴との接点は消えた。
最後にゲフェンに着いたことをパーティー表示で確認しただけだ。
それからゲフェンの町を何度も徘徊したが、その姿を捉らえることはなかった。
苛立ちは抑えきれない。
また獲物を探そうと、プロンテラの臨時広場に向かった。
ガキ一人の為に何故わざわざゲフェンに長期滞在していたのか、と腹の底から自分を笑ってやりたくなる。
そこにあのシーフはいた。
子供だとばかり思っていたが、やはり傍目から見れば大人びて見えた。
彼は臨時募集の看板を立てずに先日とは違う、露店の集まりの中に座っていた。
装備を換えて気配を消し、臨時PTを組もうとしている冒険者の人ごみの中に紛れ、様子を伺った。
「あ、いたいたー!!」
五月蝿い声がして、彼と同年代程の赤髪のシーフが名前を呼びながら走ってくる。
アサシンは友人らしき者が来ても無表情のまま。
赤髪のシーフはゴーグルから出ている白い髪の頭を撫でる。
それを見て騎士が思わず微かに眉根を寄せた。
けれど他人が親しげにしてくるのに、シーフ本人は不快そうにはせず普通に応じていた。
「でもすげーよなー!もうすぐ転職だろ?あっという間だったな。」
「…お前からすればな。」
突然の話の振りからして、WISで会話でもしていたのだろう。
シーフ二人はその場に座り込んで話を始める。
「うわー否定できねー…でもいつの間にそんなにレベルあげてたんだよ。」
「普通に。お前はルナティック鑑賞でプロ南に篭りすぎだ。」
「うるさいわい、否定できねーけど」
二言三言言葉を交わして、互いに苦笑いを浮かべる。
付き合いは長いのだろう。
―― ……。
見たこともないそのシーフの穏やかな様子に、他人であるのに気分が良くなかった。
「にしても、大丈夫か?無理しすぎて大怪我したって聞いたんだが…」
「大事ない。左腕と肋骨を折っただけだ。」
「大事だろそれ!!何があったんだよ!?なあ、それって先週の怪我か?WISしても返事無かった日あるだろ」
「ああ、その日だ。…ちょうどオークの群れに終われていてな」
嘘だ、何を隠している、あのシーフは。
仲間に泣き付いて、慰めて貰えばいいものを。
惨めに敗北して、貞操を奪われ、自尊心をズタズタにされたのだ。
そんな簡単に忘れられることではあるまい。
ゴーグルを目深に被り、泣き腫らしたか、クマでもできたかした目を隠しているのだろうに。
だがあの少年はそんなに弱かったか。
全てを振り払い、あの一戦にすべてを捧げる為に生きてきた。大袈裟だろうがそんな気さえした。
もどかしい、あの少年が折れていないことが。
だが同時に愉しくもある、あの少年がまた立ち向かってくるかもしれない。
「なんか痩せてないか?」
「…体が重いと動きが鈍るだろ。」
「ダイエットか?駄目だぞ肉食わないと〜。…うわ腹硬っ!」
人懐っこい赤髪のシーフはペタペタと相手の腕や腹を触る。
隠れて見ている騎士はそれにさえも腹が立って、嫉妬なんて感情を持っている自分にすら腹がたった。
「お前はそのまま肥満になりそうだ。」
「!! ムッカー、お前言っちゃいけないこと言ったな?うさみみつけて『ルナティック』て札を首から下げさせるぞ!」
「うさみみも持って無いクセに。」
ふざけて怒りながら飛び掛ってくるシーフを、ひょいっと身軽に避けて無感情でプライドが高いと思っていた少年が唇の端を上げて笑う。
「そろそろ行くか。」
草の絨毯にうつぶせになったままのシーフにそう言って、靴の先でつつく。
「炭鉱でいいんだろう」
「あ、いや…お前の怪我まだ良くないだろ?だから支援さんには悪いけど、断ったんだ。」
「…それはすまない。」
「いやいいって、お前のせいじゃねーし。だからのんびりポリン島まわって、プチレア探しでもしよーぜ。」
彼は頷いた。
「ありがとう。」
傍のプリーストに速度増加とオマケのブレッシングを貰って、歩き出す少年2人の後姿。
追うべきか迷って、中腰のまま固まった。
けれど、不意にあの白い後ろ頭が振り返り、こちらを見てきた。
不覚にもぎょっとして、余計に体が固まった。
鋭い眼光。
あの瞳が欲しい。
あの瞳の強い意志が砕け散る瞬間を見たい。
先日からずっと思っていた、その思いがまた巡る。
もう一度、今ここでもいい、あの少年を捻じ伏せて犯したい。
自然と口元が歪み、不吉な笑みが浮かぶのが自分で分かった。
少年にさっきまでの人間らしさはない。
あの眼で射抜きながらも無機質な感情をぶつけてくる。
彼が何を言いたいのか分からない。だが1つ分かったことは
あの少年はまだ屈していない。
――― また、闘ってやるよ
口を動かしてそう伝える。
彼は何の反応も示さずに前を行く友人についていく。
犯されていた時と同じ。
何にも興味を示さぬような態度。
非常に腹立たしいが、相手はその態度の下で闘志や憎悪を滾らせているのを知っている。
ああ、愉快だ。
あのシーフを見つけて、異様に戦闘意欲が滾った。
しばらくPvPに篭ったり、真面目に狩りや剣の鍛錬をしていた。
こんなのはまだまだヒヨッコでどいつにも適わなかった子供時代以来だ。
そんなことをしていてしばらく来ていなかった行きつけの酒場で懐かしい酒を煽っていた。
「おお、久しぶりやな。」
低い声のした方を見ると、見覚えのある懐かしい顔。
昔の悪友のモンクだった。
どこからか破綻した男で、最近ヘマをして悪事を露見にされて、教会から追放されたらしい。
そんなのはまったく堪えていないらしく、前髪を全部上げて撫でつけ、顔を遠慮なく晒している。
「最近、人付き合い悪くなったそうやな。なんやいい“クチ”でも見つけたか。」
「犯罪仲間に人付き合いも無ぇだろ。」
鼻で笑うと、相手も相変わらず嫌な笑みを浮かべる。
「ちょいと腕を磨きたくなっただけだ。」
「…ああ、確かに面構えも強そうになっとるわ。悪巧み考えとるガキんちょから少しは成長したか。」
「うるせえよ老け顔が。」
「お前に言われとうないわ。」
互いに悪い気はしない。
席を並べて同じ酒をしばらく飲んでいた。
そして酔いに絆されて口が滑り、あのシーフの話になった。
「惚れてんのか。」
「馬鹿言え。」
初めは「お前はそうゆう趣向だったんか、怖ええ…」などとふざけておどけていたが、興味深々に追求してくる。
「その子供、いっぺん面拝んでみたいな。」
「断る。アレは俺のだ。」
モンクの発言に自然と言葉が口から出て、遅れてハッとした。
玩具を取られる子供の駄々こねじゃあるまいし、見せるくらいなんでもない。
仲間に女や、男好きの男だっている、そいつらに犯させてあのシーフをもっと痛めつけてやるのだっていいだろう。
思ってからその情景を思い浮かべ、なんとなく酒が不味くなった。
「お前が見たって、ただのガキにしか見えんだろうよ。」
「ふーん?…お」
俺の顔を見て何か言いた気にしていた隣人は、俺の後ろに視線を向けて声を漏らした。
後ろを振り返ると、壁に寄りかかった女が俺たちと同じ酒を持ってこちらへ笑みをむけている。
「先週買うた女や。なかなかよかったで。」
さっと足元から顔まで視線を流して、確かにイイ女だと思った。
冒険者ではないようだが、服装は娼婦だ。
彼女が腰を振る姿を想像すればすぐに下半身にきたが、それにあのシーフの姿が重なった。
あの女の方が身体は満足させてくれるだろう。
けれど、あれは商売人で俺の欲しい獲物じゃない。
俺が今欲しいのはあっさりと捕食できる獲物や自ら擦り寄ってくる猫でもない。
「俺は間に合ってる。」
「なんや、ノリ悪いの。じゃあ俺は行ってくるわ。」
そう言ってモンクは飲みかけの酒はそのままに壁際に歩いていった。
あの女の容姿に中途半端に刺激されて、モヤモヤする。
『今、何処にいる。』
考えるより先にWISを送っていた。
送り先はもちろん、あのシーフに。
『答える義務はない。』
たっぷりと時間を置いて、腹が立ってきた頃に返事があった。
息が少し上がっている。こんな時間に狩りでもしていたのか。
それとも、俺を倒すための特訓か。
『あの赤毛のシーフ、なかなかイイ面してたな。』
まったく好みでもないし、あんなのは手を出さずに金だけ取って捨てるタイプだが。
女からはモテそうな面構えだった。
シーフからの返事は返ってこない。
『プロンテラ東門まで来いよ、すぐに。』
あの赤毛のシーフの方だってどこにいるかさっぱり分からない。
このハッタリが仮に効いたとしても、それでハッタリと知られてしまうから有効なのは1度だけ。
それでも、ここ1週間以上ご無沙汰だ。使うなら今がいい。
勘定を置いて、あのモンクの方も見ずに酒場を足早に出た。
「あー、やっぱキャンセル。明日か次回開いてたら頼むわ。」
モンクは友人が酒場を出るのを見送り、女に渡した前金をそのままにそう言い放った。
「あら、残念。用事でも思い出したの?」
「んー、まぁ…お友達のお気に入りの宝物を覗き見にってとこや。」