気の短い騎士にしては珍しく長時間人探しを続けた。
だが結局目的のシーフのどちらも見つけられず、気が乗らなかったがやることもないのでモンクの誘いに今更応じてみた。
「よーっす。」
悪友の溜まり場のようになっているとある宿屋の一室。
いつもどおりの面々がいて、既にパーティーが始まっているようだった。
集まってすることといえば手持ちの武具や道具の売買や、非合法のものの売買。
あとは酒を飲んだり、乱交したり、その辺から娼婦を買うか攫うかして組み敷くか。
今日は後者らしい、今1番乗り気になれないものだ。
そう思いながら部屋に入っていって、目を丸くした。
途端に他の仲間達は面白そうに声をあげた。
予想以上に驚いてやがる、と。
だが騎士の視点は一転に釘付けで、まったく揺るがない。
「アンタのハニーが、アンタから逃げとるみたいやった。だからちょっと捕まえてみたんだがな。」
ここへ呼んだ張本人のモンクが笑いながらいう。
彼意外の数人がベッドの上で押さえつけている、もう意識のない白髪のシーフ。
騎士が今日一日潰してさがした青年。
騎士がモンクの方を呆然とした頭のまま見る。
ならば早くそう言え。
だがなんだこの状況は。
何故コイツは意識がない。
何故裸なんだ。
その身体に飛び散っている白いのは…。
「僕はアンタが追っかけるのもちょっと分かったよ。コイツ、結構イイ具合だったしさ。」
笑いながら仲間の一人が惨めに晒けだされたままのシーフの尻を撫でて、白い液で濡れそぼった穴に指を差し込んだ。
奥にも大分入っているらしい白い液が少し流れ出す。
けれど彼は小さく唸るだけで目を覚まさない。
やめろ、それに触るな。
それは俺のだ。
騎士は無我夢中で持っていた槍を取り、彼に触る男に突き出した。
間一髪のところで彼はその突きを避けた。
同時にベッドの上にいた者が一斉に引いて、白い裸体の青年一人だけがそこに残った。
彼を守るように傍にしゃがみ、槍を構える。
「誰だ、コイツに手を出しやがったのは。」
瞳孔が開いて、いつもどこか魔を纏う雰囲気であった騎士がより一層非人間的に見える。
この中で取分け強いというわけではないが、彼の威圧には多勢である他の方が恐怖を覚える。
皆手を出したと言えば問答無用で皆殺しにしようとするに違いない。
「いや、スマン…ほんの冗談のつもりやったん。そこまでアンタがそこの坊に入れ込んどるとは…。」
「…………。」
歯を強くかみ締めすぎたせいで口の中に血の味が広がった。
一度頭に血が上ると歯止めがきかなくなるのは自分でも分かっている。
今回もとめることはできなさそうだ、と
槍を持つ手を強く握り締めた。
空が白く、広い。
身体は温かい布にくるまれている。
起きた途端に今まで経験したことのないような具合の悪さを感じる。
体中が痛くて、吐き気と腹痛がする。
のそりと身体を起こすと、ひんやりした空気を地肌で感じた。
服が、ない。
しかも、外。
ああ、散々コケにされて…挙句の果てに外に捨てられたか。
だが怒りや情けなさよりも、生きていることに安堵した。
あと、せっかくのアサシン装束がだめになったという妙な落胆。
「起きたか。」
後ろから聞こえてきた声に感じていた安堵も吹き飛び、反射的に武器を探しながらそちらから少し離れつつ振り向いた。
多分あたりの緑の様子からしてプロンテラの街門外か。
その石の壁に背を預けて、こちらをあの騎士が見ていた。
蝶の羽も、武器もないことに内心焦りながら、感情を隠して相手をにらんだ。
「何故、あんたがここにいる。」
「言い草だな、お前がマワされてたから連れ出してやったんだろうが。」
「……。」
あんたの仲間だろうに、その言葉を呑んで、ただ騎士と距離を置くことに気を使った。
どうこの場を切り抜けよう、と普段あまり使わない頭を最大限に使おうとした。
「…なら、礼を言う。」
考えた結果の言葉。
この男に敵意をむき出しにするのはよくない。敵意を見せれば相手も調子に乗ってくるだろう。
こっちが大人しく振舞うと、騎士は目を丸くし、黙り込んだ。
「明け方とはいえ裸でいるわけにはいかないから…このマント、借りる。」
さっさとその場を離れたかったが、身体を包んでいた布が騎士のマントであることに気づいて、そう言ってから去ろうとした。
けれど、背を向けた瞬間にすばやく腕をつかまれた。
その瞬間に、一瞬寒気が走ったが、気持ちをなんとか落ち着かせてから振り返り、騎士を正面から見据えた。
「らしくねえだろ。」
騎士からの言葉はそれだけ。
彼の目に焦りが見えて、少しだけアサシンとなった青年は気分がよくなった。
こんなことでこの男を見返せた、と子供じみた満足感。
「…俺はもう、アンタに挑まない。」
人生で最も必死になった数日だった。
その間、この男に勝つことが生きる目標とさえ思っていた。
けれど、大切なものに気づいた今、それは惜しくも手放せる程度の事柄になっていた。
「なんだと?」
「俺はアンタに負けた。それでいい。もう関わらないでくれ。俺は関わったところで何も無いただの負け犬だ。」
そう言い、目をそらした瞬間、つかまれていた腕が千切れるのではと思うほどさらに強くつかまれた。
「…っざけるな。」
強く腕を引かれ、疲れきっていたアサシンの身体は簡単に草地の上に転がった。
起き上がろうとするのを得物の槍を向けて押し留めれば、相手の目が動揺に揺らいだ。
その揺らぐ青年の瞳に息が詰まった。
あの気高さが失われている、それに息が詰まった。
「…俺を、殺すのか…」
あの死をも恐れなかった青年の声ではない。
彼はこんなに怯えた声は死んでも出さない。
「…こんなつまらねぇお前はいらない。」
その顔が辛そうに歪んでいたのは、騎士も、刃先を見ていたアサシンも知らない。
「…っ!!」
アサシンは刃先を振り払い、騎士のサイドを姿勢を低くしたまま走り抜ける。
油断していた、と舌打ちして振り返りざまに直に臨戦態勢をとる。
だが一瞬、思わず唖然とした。
不意をついたアサシンは、当然次には攻撃に移るものだと思ったのだが
彼は隙だらけの背中を向けて、マントで身体を包んで走りだしていた。
長いマントのせいで俊足も鈍っていて、追いかけだした騎士でもすぐにおいつけそうだった。
けれど、騎士はわき腹に走った激痛に一瞬足を止めた。
仲間とやり合った際に受けた傷の傷口がイキナリ走ったせいでまた開いたのだろう。
「――助けて!!誰か!!!」
更に意外。
城門近くに駆け寄ったアサシンは泣き叫ぶようにそう叫んだ。
思わず騎士は言葉を失う。
少し前を走っていたアサシンは城門の内側で街の案内をしていた兵士にしがみつき、そこにいた何人かの冒険者に囲まれた。
「大丈夫か?!」
「怪我は?何があったんですか?」
アサシンはただ黙って、城門の外でなす術を失くして信じられない光景に固まっている騎士を指差した。
その姿は暴漢に襲われた少女さながらだ。
丸腰の彼を庇うように冒険者が乗り出し、その数人や兵士が得物をこちらへ向けてくる。
「っ…」
騎士は仕方なく、顔を覚えられる前に城門から離れながら蝶の羽を潰した。
嘘だ、あの…誰よりも一人で、気高くいたあの男が、あんな惨めに助けを求めるなど。
蝶の羽を潰し、出た先の町で、思わず座り込んだ。
あのシーフは…あのアサシンはどこへいった?
『俺はもう、死にたくない。』
耳元へ届いたあの男の声。
けれど、以前の強さが声には感じられない。
『アンタには挑まない。』
あの男と、もう一度得物を交え、食うか食われるかの戦いを…――
『もう、関わらないでくれ…』
もう、こちらから何を叫んでも
あの青年に届くことは無かった。
記憶の中で、強い眼光を湛えた蒼い瞳と真っ白い髪の男の姿が揺れ、薄れていった。
騒ぎの後、親切な冒険者にわざわざ家まで送られたりしたが、怯えているふりをして『大丈夫、ただ今は一人になりたいんです』といえば彼らは直に帰ってくれた。
そしてそんな彼らからも逃げるようにゲフェンにとっていた宿を出てアルベルタまで移動してきた。
すっかり日が昇りきった頃には、新しいアサシン装束を受け取ることができた。
もう、自分の忌まわしい形跡は一区切り捨てることはできただろう。
「おーー!すげー、アサシンだ!!」
いつもと変わらない様子で待ち合わせ場所まで来た友人のシーフに、いつもと変わらない様子で応える。
「じゃあ、せっかくだからお祝いでなんか食いに行こうぜ!」
「お前は早くレベルあげをしろ。」
「えーっ、だーってよぉぉぉ…急いでちゃ上がるもんも上がらないぜ!」
「はなからやらなきゃ全く上がらないだろ。」
「ううっ…カタいこというなよ!今日はめでてーんだぞ!アルベルタだから海鮮料理でも食いに行くぞ!もう決めたぞ!!」
そんなことを叫んで歩いていくシーフの後ろを、苦笑いを浮かべてアサシンも歩く。
これで何もかも元通り。
彼を心配させることもないだろうし、彼を巻き込むこともない。
やっと、平穏に暮らしていけるんだ。
そう、思っていた。