誰よりも大切。
きっと相容れることはないけれど、それでも強く引かれた。
そんな存在であった親友はローグになって、自分と恋人の真似事のようなこともしたが、やはり結局駄目だった。
そしてまたただの“友人”の枠に収まってからしばらく経ち、友人には恋人が出来た。
奇跡のような美しさに、突拍子もないけれど笑顔が綺麗な青年。
むしろ人とルナティックの間を行き来するのだから、その存在自体奇跡だ。
明るくて、人を引きつける魅力のあったルナティック馬鹿のローグにはとても相応しい人だった。
大切な友人の恋人だから、彼も大切な人だった。
守りたかったのに。
幸せで居て欲しかったのに。
彼はあの黒い髪黒い瞳の騎士に犯された。
ただアサシンの知り合いであるというだけで。
ただ見せしめのためだけに。
「ごめんなさい、メソメソしちゃって。」
彼は白い小さなルナティックの姿のままで、アサシンの膝の上にのっていた。
人間の姿に戻ると、あの騎士の痕跡が身体に現れて怖いと言う。
アサシンは頼まれるままに黙々のルナティックの耳の後ろを撫でてやっている。
彼は数時間前に受けたことを思い出して小さく震えながらも、耳を撫でられる心地よさにうっとりしたりと忙しい。
アサシンはそんな様子を見ずに、無表情でただ膝の上の毛玉を撫で続けている。
「アサさん」
「………。」
「アサさんってば。」
「聞いてる。」
ルナティックはアサシンの手をすり抜けて撫でるのをやめさせて、彼の方を見ないまま膝の上に居座る。
「…あの騎士、アサさんのこと…何度も犯したって言ってました。」
「…そうか。」
「本当なんですか?」
「…まあな。」
気にするな、という気持ちを込めて、また彼の耳を撫でてやろうとした。
「…そうですか…あの騎士、タマ潰し決定ですぬぇ痛ぁあああああ!!!!」
ルナティックが穏やかな声でいった奇天烈な言葉に吹き出し、撫でていた耳を変な方向に曲げてしまった。
「いっ、いたっ…アサさん…耳は…耳は急所です…耳にクリティカルきた…っ」
「す、すまない。大丈夫か…?というかお前が妙なことを言うから…」
「当然ですよっ!アサさんみたいに優しい人にそんなことする外道は去勢するしかない!!」
「……。」
可愛い顔をしてえげつない事を言うルナティックにしばし絶句していた。
けれど、これがきっと彼の不安の裏返しなのだろうと思った。
恋人は入れないでくれと言い、アサシンにこうして甘えているのも証拠。
今会えばきっと彼には泣きついてしまうから。
けれど独りでは苦しいから、こうしてしばらく心を落ち着かせているのだろう。
初めて汚されたとき、その絶望と嫌悪感を覚えている。
独りであれに苦しむようなことはさせたくない。
そう思いながらアサシンはずっと彼に寄り添った。
「アサさん、一人で悩まないでくださいね。」
「……?」
「私がこうなったこと、アサさんが気に病むことはまったく無いです。
私はあの時だけでもあの騎士からアサさんを守れたこと、後悔してないですから。」
「……。」
「次あの騎士がアサさんに近づいたら、私とご主人にも相談してください。
貴方は、私たちの大切な友人なんですから。」
分かった、とは言えなかった。
そのアサシンはもう最後の決心をしていたから。
だから返事はせずにその言葉だけを胸にしまっておいた。
その日のうちに貯めに貯めてきた金と装備を売って作った金を使い、高度な装備を整えた。
それと万が一の為の遺書を書き、あまり親しくもない所属ギルドのマスターに渡し、『3日経って俺が取りに来なかったら、プロンテラの居候している家の方へ出してください』と言った。
WIS拒否を解除して、少し呼吸を整えてWISを送った。
『指定のPvPフィールドへ来い』
そこなら、人と戦うことを許される。
殺人も許される。
『俺と戦うことが望みなんだろう』
なら、死ぬまでやってやる。
まだ姿の見えぬ相手に、殺気立つ。
「すっかり、アサシンだな。」
昨日見たばかりだが、追い求めていたアサシンは今まで見てきた姿ではない、別人のようだった。
マスクで唯一覆い隠されていない目は、一度騎士が絶望させられたときのように無気力でもないし、恐怖も見えない。
けれど、それ以前に騎士が見せられた闘志の瞳でもない。
純粋な殺意と瞋恚。
シーフの頃とはまったく違う、人形のように微動だにせず、隙もまったくない構え。
戦闘準備完了の合図としてカタールの刃を素早く交差させ立てて、静かな森の中に金属音を小さく響かせた。
PvPフィールドは擬似空間。
現実と全く同じ世界が作り出されている。
そう、ここは擬似空間内の、初めて二人が剣を交えた場所。
ぶつかり合った刃は過去よりも遥かに重い。
あれから成長期を越したアサシンも避けるばかりではなく盛んに攻めてくる。
互いに攻めつつ受け流しつつ、隙の探りあい。
「…っ…」
槍では間合いに入られやすい。
アサシンを間合いに入れてしまうのは命とりだ。
危うく切り込まれそうになる一撃を槍の柄で受け、押し返す。
そして即座に得物を槍から剣に持ち替えた。
途端にアサシンは一歩引き、固唾を呑んで相手の様子を伺いだした。
相手の考えが分かると、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「安心しな。俺のメインは槍だからな。オートカウンターなんてしねえさ。」
「……。」
相手は警戒を解く様子は無い。
誰が貴様の言うことなど信じるか、ということだろう。
じれったい。
間合いの外、この届かぬ距離がもどかしい。
早く得物を交え、あの眼光をすぐ傍で感じたい。
そして打ち負かし、その身体を掻き抱きたい。
もう何年、姿を見ることすら叶わず
そしてやっとこうして近くに…
「……。」
そこまで考えて、騎士は自分の心情に自ら目を見張った。
まるで恋心を抱えた乙女のようではないか、と。
だが目の前で息を潜めて首を掻っ切る機会を伺うアサシンに手を伸ばしたいと思う自分は事実。
この感覚に覚えはあった。
こちらを見ようとしなかった母という女に必死に手を伸ばしていた愚かで惨めだった自分。
愛情を求めていた自分だ。
「っ!」
心の動揺を見破られ、隙と見られたのか、アサシンは刹那で懐に入り斬り込んできていた。
胸元に衝撃。
思わず舌打ちして後方へ飛ぶが、追い討ちをかけにアサシンも飛び込んでくる。
2撃目は何とかして剣で受け止め、弾き飛ばした。
この男に何を愚かなものを求めている。
ただこの男に求めたのは闘争欲と肉欲。
負かして餌とするまで、こいつは油断ならぬ敵。
やらなければやられる。
刹那で思考を切り替え、得物を剣から得手の槍に持ち替える。
そしてバランスを崩したアサシンに全力で突きを入れる。
ドッ、と鈍い音がして、アサシンの身体はあっけなく後方へ吹き飛んだ。
草地から腐葉土へと転がったその身体に飛び乗るように駆け寄り、起き上がれないよう踏みつけた。
槍の一撃で胸元には槍先の傷跡と、爆発のような衝撃を受けた火傷と痣。
心臓一突きという最悪の状態はちゃんと避けているあたり、アサシンは大分強くなっている。
唇を引き結び、目を細めて見上げてくる。
踏みつける足に力を入れれば、次第にアサシンの闘志と殺気の籠もった瞳は色あせていく。
「また、俺の勝ちだな。」
宣言すれば、否定の声はなく、抵抗の様子もない。
ただ、悔しそうにしかめっ面をしているばかり。
槍をアサシンの手の届かぬ足元に突き立て、仰向けに転がっている身体に覆いかぶさった。
彼の両手からをカタールを引き抜き、少し遠くへ投げ捨てた。
久々の得物に躍る心を抑えて、相手の帯と腰紐を解き服をあけ広げた。
「…っん…」
白く汗の滲んだ肌に吸い付き、鎖骨に歯を立てれば耳元で相手は微かに唸った。
胸の突起に吸い付き、もう片方を爪先で小さく刺激すると、裏返るような高い唸り。
「……誰かに抱かれてたのか…?随分感じやすくなってるみたいなだ?…いや、我慢弱くなったか?」
「……っん…ぅ…」
アサシンとの空白の時間、彼が何をしていようと、誰に抱かれていようと関係ない。
そう思いながらも、騎士は何故かこみ上げるものがあった。
以前では有り得ない、高い喘ぐ様な声を出すアサシンに苛立ちを感じていた。
それが誰にともない嫉妬とは気づかずに。
乳首を苛立ちまかせのように擦り挙げると、アサシンはまた小さく唸って顔を背けた。
その顔を振り向かせれば滲む快楽の色。
濡れながらも引き結ばれた唇に、僅かに滲む涙。
この男には、媚びるようなことはされたくない。
最後まで気高く居て、殺す瞬間を楽しませてくれればいい。
そう思っていたはずなのに、快楽を浮かべた顔に熱が上る。
矛盾している。
この男にそんなものは求めていないはずなのに。
皮肉を言う余裕も無く、罵声を浴びせる気も出なかった。
その濡れた唇に引き寄せられるように、自らのそれを重ねた。
途端に下に組み敷いた体がビクリと震えるのが分かった。
だがまだ抵抗の様子は微塵も見せない。
舌を割り込ませようとすれば、相手は少しの拒否の後あっけなく口を開いた。
「…っん…っん…ふ、ぁ…」
舌を差込み、相手の口内を貪る。
顔の角度を変えて、もっと奥も味わおうとした。
その瞬間、舌先にピリッとした痺れ。
そして一瞬感じた妙な薬物的な味。
一瞬騎士の頭によぎった予感。
毒。
だが彼のそれを掻き消そうとしてか、それとも逃がすまいとしてか、アサシンは抱きつくように
騎士の首根に腕を回し、後頭部に手を回して更に舌を絡めてくる。
けれどそれにはまた挑戦的なものを感じた。
そして己の愚行に遅れて気がついた。
そうだ、あのアサシンがこう簡単に落ちるはずがなかった。
あんな媚びるような目をして受け入れるはずがなかった。
がっしりと捉えられ口付けされたままの頭が動かず、足元の槍に手を伸ばそうとした。
だがその手は相手につかまれた。
同時に頭が解放されて、何とか離れようと身体を起こした瞬間に相手の反対の手に短剣が握られていることに気がついた。
服のどこかに隠していたのだろう小さなナイフ。
ナイフを掴むアサシンの腕を止めようとした時、身体が喉元から腕にかけて痺れていることに気がついた。
やられた。
やはりあの味は痺れ効果の毒だったのだ。
そう思いながら
相手のナイフを握る手が振り下ろされるのをスローモーションで見ていた。