【There are no mean】 「なあ、アンタらデキてんの?」 ぶーっ!!!と勢い良く飲んでいた水を噴出した。 只今ギルド狩り中、休憩に水筒の水を飲んでいたときだからよかった。 おもいきり隣のローグにぶっかけてしまったけど別にベタついたりはしないだろう。 ああ、ちなみにこのローグも先ほど言われた“アンタら”のくくりに入る。 「何故そうなる。」 「だってぇ、アレクってば私の誘い断ってぇ〜昨日そいつんとこ行ってたんだろ〜?」 大胆に露出しておまけにかなり美人なこの女ブラックスミスは我らがギルドの副マスターで、半分無意識・半分悪ふざけで男をよく誘惑する。 もう一年近くギルドで頻繁に顔を合わせているし、彼女は人当たりがいいからよく話すようにもなったがそれでも未だに目のやり場に困る。 それでも一年なびかずにいられたのは理由がある。 現在俺とデキてる疑惑を勝手にもたれているこのローグがうっかり本気でこの女に言い寄り、そしてうっかり本気で虚勢されそうになったという事実を知っているからだ。 私の誘い断ってぇ〜とか言うくらいならその鋼鉄の貞操観念をどうにかしろ。 「幼馴染だもんね、ほら、そうゆうのよくあると思うよ?うん。」 「どこから引っ張ってきたその出鱈目は。ギルド組む以前にゲートにあったことはないぞ。」 「言ってみただけぇ。」 ちなみにゲートってのがローグの名前である。 もちろん、このギルドで初めて顔合わせする以前にまったく聞いたことも無い名前だ。 それに初めて会った頃はむしろ嫌われていたし。 「ゲート、振られちゃったなー。」 今度はそっちに絡むか。 気持ちよさそうな胸を目の前にぶら下げられてまんざらでもなさそうな奴は顔を赤くしてプイッと俺から顔を背けて見せた。 「べっ、別に悲しくなんかないんだからっ!」とか裏声高音で言いながら。 「何のキャラの真似だそれは」と突っ込んでおく。 「あ、姐さん、おれ捨てられて悲しいから慰めて。」 「ん?OK、可哀相なゲートちゃんの為にお姐さんが一肌脱ごうじゃないか。どっちがいい?」 「何その血塗れの包丁と斧っていう禍々しい二択は!!?」 また性懲りも無く副マスに言い寄ってる姿は時々男として尊敬する。 残念ながら悪ふざけの域から脱することは出来てないが、それでも好きな女に毎日アタックかましてる姿には時々涙が出そうになる。 「ちっくしょー、アレク、狩り行こうぜ。ヤケクソだよもー、姐さん怖いし本命のアレクには振られるし。一緒に深淵の騎士様の馬の後ろに乗っかってこよーぜ。」 「誰が本命だ、ヤケクソにも程がある。」 余り人当たりがいいほうではない俺によく声をかけてくるのはマスターと副マスとゲートくらい。 ていうか、この3人は誰にでも声かけるからな。 下手したら不審者とか幽霊とかにまで気軽に話しかけそうだ。 「…こうやってくだらないことにまで付き合ってやってるからデキてるとか勘違いされたのかな…。」 手の中の写真を眺めながら、ボソリと呟く。 『×月×日曇り、グラストヘイムにて深淵の騎士様とゲートのラブラブ乗馬』と描かれた、題名の通りの写真がある。 もちろん、この撮影の直後にこの騎士とは死闘になったが。 「べっつに男とデキてる疑惑浮かんじゃったくらいで深刻になんなよ〜」 「他人事のように言うけどな、お前もだぞ?分かってるのかゲート。」 「おれぁ別に変な噂たっても構わないし。事実じゃないんだから否定すりゃいいだけだし。」 「それはそうだがなぁ」 「人の噂もなんとやらだ。おれもあんたもスキャンダル立っちゃまずいお偉いさんとかじゃないんだからさー。」 …気楽な奴め。 「ん?なんだよ。」 俺がため息ついてじっと見てくるのが気になったらしい。 持ってきていた干し肉を咥えながら対抗するようにこっちをじっと見てくる。 人と目を合わせて話しなさいって親に昔言われたけどさ、こうじっと見てると気まずくなる。 「いや、お前って悩みとか無さそうだなと思って。」 「いや、悩みなんていくらでもあるし。」 「いや、大したことないだろう。むしろやっぱ無いだろう。」 「いや、あるっての、失礼だな。」 なんだこのいやいや言いながらの言い合いは。 「んー…でもまぁ…」 ゲートが何やらこちらをまじまじと見て考え込む。 「別に俺、アレクとならデキそうだけどな。」 ………は? 「何が出来るって?」 「デキることができそう。みたいな。」 「気のせいだ。」 「あーそうですか。1日で2回も振られたわ。あたしもう生きていけない。」 元々本気の欠片もなかったのだろう、ゲートはそう棒読みに言って普通に収集品の確認なんかしだしている。 親しくなった女は多数いるものの、どうも俺は押しが弱く気になっていてもよそよそしいまま関係も廃れ… そんなこと続きで彼女いない暦と年齢が釣り合う。 だからと言って男に逃げるほど悲観もしてない。 「…ゲート」 どちらからともなく歩き出し、薄暗いダンジョンの石床を散歩のような足取りで歩き、時々敵を見かけては少しづつ引き寄せて戦う。そんな慎重気味な狩りを繰り返していた。 残念ながら支援も無しに此処を走り回れる程俺達は強くはない。 「ん?」 「最後に恋人がいたのはいつだ?」 「15年前。」 「………お前、今いくつだ。」 「20」 5歳で恋人? よくわからん。 まあ、こいつも彼女いない暦と年齢がイコールな同志ということにしておこう。 「意外だな、女にすぐに現を抜かしてたお前が顔悪くないのに全敗してたとは。」 「ちょっとおにいさんそれ何処に突っ込み入れればいい?とりあえず顔褒めてくれてありがとう。」 ゲートは弓に持ち替え、通りすがろうとした脇の部屋にいたらしいカーリッツバーグに矢を撃ち、敵の注意を向けさせる。 その奥に他のモンスターも見えるが、距離があってこちらにまだ反応してこない。 単身部屋から飛び出してきた元は高価で豪勢だったであろう赤いマントをなびかせてくる骨の剣士に俺が切り込む。 「そーゆーアレクさんはまさか万年童貞かい。」 「万年とか言うな」 短剣に持ち替えたゲートが連続で敵に切り込み注意を引いては攻撃を避けて翻弄する。 おかげで俺は一撃一撃を懇親込めて打ち込める。 「ま、アレクは、剣一本とか!…自分を鍛え…か、そっちのが!優先順位、高そ…し!」 攻撃をしながらで所々に力を入れて言うから、アクセントが弱くなったときの声が少し聞こえない。 だが俺が敵にトドメを刺し、ゲートも動きを止めて一息ついた。 「そーゆー感じのイイ男ってことでいーんじゃねーの?」 「悪い、イマイチ聞こえなかった。」 「おい!男を褒めるって女を褒めるよりなんか恥ずいんだぞ!二度も言いたくねーよ。」 ゲートが武器をまた弓に持ち替え、隣の部屋にまだいる敵をおびき出そうと狙いを定める。 「………?」 だが、弓は放たれない。 「どうした。」 「……臭ぇ」 「ここはいつ来てもかび臭いだろう」 「違う、なんかもっと…錆みたいな」 「…?」 ゲートが言葉を捜してる最中に、突然走り寄ってきた。 「逃げろ!!」 そう叫ぶのと俺を巻き込んで床に転がったのは同時。 そして後頭部をぶつけた痛みを感じたのと、何かが降ってきて轟音をたてたのも同時だった。 「うげええ!!」 「なんだこれは…!!」 ゲートが吐きそうな声を出して、俺は少しヒステリックみたいに叫んだ。 下品度ではどっこいどっこいだろう。 さっきまで俺達のいた場所に降り立った、それは巨大な剣だったもの。 血と肉だけでなく黄色い脂肪や内臓、そして服の切れ端が剣に纏わり付いて蛇のように動いているのだ。 骨や普通の剣が肉塊から飛び出し、床に突き立って剣が直立状態を保っている。 言葉もなく、俺達は走り出した。 あの剣が纏っていた肉と内臓は元人間…さらに言えば絡んでいた服の切れ端から冒険者と分かる。 あれはこれからもっと人を殺し、そしていずれはBOSSになるものだ。 「ミステル?!血騎士?!」 「どちらにせよ敵わん!」 ミステルなら移動はのそのそ細い足で迫ってくるだけなので走って逃げることが十分可能だが、後ろの剣は宙に浮いて猛スピードで追ってくる。 ゲートを横に蹴り飛ばし、その反動で俺も反対へ跳ぶ。 二人の間を、吐き気がしそうな臭いと血脂を撒き散らして斬り込んできた。 「アレク!」 臑をバッサリと切られて砕けた鎧と破れた衣服の下に白い骨が見える。 それを見た瞬間に脂汗が噴き出し激痛に身体が硬直した。 運動機能は無事だが激痛で立てなくなった。 「インディミデイト!」 ゲートが俺に飛び掛かる。 その背後に俺とゲートを真っ二つに切り裂き自分の身体の一部にしようとしてくる剣がいる。 「っ…!!」 刃がゲートの脳天に突き刺さったと思った瞬間、景色が変わった。 変わらぬかび臭さ、少し壁の汚れや瓦礫の配置が変わったと思う程度の違いだが、先ほどの剣はいない。 それだけでここが天国のように思えた。 「…生きてるか?」 「…そっちこそ。」 よかった、目の前に頭がパックリ割れたゲートが転がってたらしばらく飯がまずくなるところだった。 取り敢えず痛みに歯を食いしばりながら荷物からポーションの瓶を取り出す。 出血で左足の臑から下は真っ赤になっていた。 「血止めすんぞ」 ゲートがジャケットを脱ぎ、アンダーを脱いで破く。 その布を外して俺の足を強く縛った。 「このシャツブランド物だからな。後で20k弁償しろよ。」 「…っ、嘘つけ」 ポーションが染みて脳天に響いてくるがゲートが話し掛けてくるお陰で少し気が紛れる。 だが 「!!やべえ、また来る!」 残念ながらインディミでそう遠くに移動できたわけではなかったらしい。 出来れば動きたくなかったが、そうもいかず荷物を片手で漁り蝶の羽を探しながら、ゲートを連れて壁際に行く。 「っ、ちょっと待て、ここに入るのか?」 「時間がない早く入れ!」 あの臭いが、ゲートだけでなく俺にも分かるくらい近い。 入れと促したのは崩れた壁の瓦礫と棚が倒れて出来た小さいスペース。 ゲートが嫌がるそぶりを見せるのを無理矢理押し込んで二人でそこに入り込んだ。 あの手の魔物は取り敢えず動く物に反応して襲い掛かることが多い。 臑の出血で辺りが血生臭いが、剣なのだからまさか嗅覚はないだろう。 埃の薄く積もった床に転がったゲートに覆いかぶさるようにして狭いスペースでじっと息を殺した。 「……!!」 機能性を持たない肉が、まるで食用のようにバラされた肉が擦れ合い蠢く水音。 巨大な剣と、元は冒険者が持っていた剣が擦れあう金属音。 ここは埃っぽくて臭いなんかとても確かめられなかったが、それでもすぐそこに奴が来たのが分かる。 『…っ、体勢が悪くて蝶の羽が探せない。ゲート、俺の荷物袋を探れるか。』 ゲートを意識して、胸に当たっている奴の肩が震えていることに気づく。 確かに俺も恐怖がないとは嘘でも言えないが、ゲートの震え方は子供のように異常だった。 『ゲート、動くなよ。』 「……っ、っ…」 口に手を当てて、必死に堪えてるのは声か吐き気か。 少し顔を動かして視線を落としたら、隙間から入り込んだ光がゲートの丁度目許を照らしていた。 ダークブラウンの瞳の奥で瞳孔が凝縮し、驚愕に見開かれた目からは涙。 なんとなく“まずい”と思った。 尋常な怯え方じゃない。 『おい!頼むから声をあげるな!』 「っ…っ……」 いっそ、声をあげさせてやりたいくらい苦しそうにして、それでもゲートは堪えていた。 音は、奴はまだそこにいる。 俺達を完全に見失ったようだが、それでのんびりと徘徊を始めてしまったらしい。 ――頼む、早くどっか行け! 必死に祈りながら瓦礫の向こうにいるであろう敵を睨みつけていた。 だが、音はむしろこちらに近づいてきていた。
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