【Punk Disobeyer】





とん、とん、とん



まるで心臓の音を読み取っているかのように胸の上で、自分のものではない指がリズムを刻む。

確かにこの心臓とその指のリズムはリンクしている。
その指は私の心臓を読み取っているのではなく、奴が反対の手で感じている奴自身の心臓を読み取っているのだ。



「…なんで、だろうなあ。」



「……。」




何故こんなにも心臓が同じ鼓動を刻む。

そんなこと、知らない。



興味もない。



「運命の糸でがんじがらめに結ばれてるってことか。」

「嫌なことを言うな、せっかく半身切り裂いてお前から離脱したのに。」



心底嫌そうに言ってやるが、別に1つの卵の中から私達が二つに別れて出てきたってのは自分の意思でもなんでもない。
そもそも、そんな生まれてくる時のことどころか、幼い姿すら互いに見たことはないのだ。


奴は決してうれしそうではない凶暴な笑みを浮かべ、ニッと目の前で白い歯を剥き出しにした。
…顔は同じだと、認めよう。しかしこんな表情を私はできないししたくもない、下品だ。


「普段からてめえとくっついてなきゃいけないなら最悪だけどな、夜にこれだけいい思いできんなら悪くない。」

「……。」




半分賛成、半分反対した。
私は決して理性的なほうではないと思うが、この馬鹿と違って完全に本能で生きてるわけじゃない。

こうやって毎晩毎晩互いに盛るのは本当に野蛮だと頭では思っている。

だが本能にはやはり逆らえない。



ある意味胎内回帰願望というのかもしれない。
同じ体に生まれてきた私達は無理やり引き剥がされ、けれど本能的に元に戻りたがっているのかもしれない。





一人では、恐ろしくて眠れない。
一人では、体の体温が半分しかないように思えて凍えそうになる。
二人では、性格も趣向も相反してとてもストレスが溜まる。



しかし、二人重なる時間だけが本当に満たされる時間。



「まるで呪いだ。」


「それを言うな。プラス思考に考えろよ。」



世界に最も強く結ばれる相手がいる、なんて安っぽい小説のようなことをか?
柄じゃない、それに勝手に結ばれた私達は互いを“一番結ばれたくなかった相手”と痛感している。



「最高に感じるアナがどいつかハッキリしてる、ってな」







あまりに下品なことを言うのでしばし思考が停止した。


私と同じ顔してこういうところが許せない。
まるで私から排出された汚物のようなこの男。

嫌悪感から怒りを感じるより早く、私の拳は彼の頬骨を陥没させて頬にめり込み、頭部を振動させた。




あまりの威力に衝撃を緩和しきれなかったが、それでも力を分散させるのに横を向いていた顔がゆっくりとこちらに向き戻ってくる。


先ほど笑みで見せていた歯を、いや牙をまたむき出しにして。
そして彼はさっきまで音を刻んでいた私の心臓から流れ出る、その血脈を食い破ろうとするように首筋に歯を立てた。





皮膚を食い破られる激痛は、それでもどこか優しく、どこか凶暴で、しかしとても無邪気だ。












「…っ!」

後頭部への鈍痛でまず朝の穏やかな目覚めは失われた。
隣にいたヴィルヴァレッサ、通称イッサこと馬鹿に殴られたらしい。

「朝から嫌なもの見ちまったぜ畜生。」

次に隣でした聞きなれた胸糞悪い声で爽やかな朝の目覚めも失われた。
それはこちらのセリフだ、一気にテンションが下がる。

「何故貴様が朝まで私のベッドにいる、即刻退室しろ。ついでに扉にしかけられた爆弾で新種の単細胞になるまで離散しろ。」
「おいおい阿呆に蛆が沸いて最大級の阿呆になったみたいだな。これは俺のベッドだ。」
「私がいる時点で、いやむしろ貴様が私を連れ込んだ時点でこれは私のベッドだ。」
「その理屈だとお前のベッドもとっくに俺のものだな、うわ、いらねえあんなベッド。」
「私もこのベッドからヴィルヴァレッサ菌が発生しないよう丁重に除菌してロードオブヴァーミリオンで消し去ってやる。」
「無理すんなよ、大して威力ない癖に。」
「黙れ、全ての間接を余すところなく捻じ切ってやろうか。」

互いに不毛な言い合いを続けるが、どちらも負けず嫌い故になかなか決着がつかない。
だが飽きてくるのも互いに同じくらいで、どちらからともなく歯切れが悪くなってため息で言い合いは終結する。
互いを罵りながら嫌悪しながらもいつまでも全裸で並んでいる姿がもうすでに不毛すぎる。
服を着ようと互いに服を探しベッドの端へ移動する。

こちらに背中を向けた時、奴の背中にワイルドローズに引っかかれたような爪あとが残っているのが見えた。
騎士の背中の傷は恥だというが、そんなのまったく気にせず奴の背中は傷だらけだ。
すべて私のつけた爪あとだが。

女につけられた背中の爪あとはたぶん男として恥ではないだろう。
だが私がつける爪あとはそんなレベルではない、昨晩ついたものなんかは肉に達してところどころ歪に膨れている。
それでも私をうつ伏せにさせないのは背を抉られるのが嫌いではないのだろう。
人のことをいえないが、狂っている。

「エータ、今日の予定は。」
「イッサの消滅を願い、イッサの絶滅を祈り、それでも消えないイッサに絶望してせめてイッサのいない場所で過ごす。」
「俺の名前をエータに置き換えればそれが俺の一日だな。」

ここで必要なのは互いのスケジュールの確認ではなく、互いにこれからの今日一日顔を合わせるつもりはないという意思確認だ。
まあ一緒にいようなんて、互いの存在を初めて認識した日以外一度も口にしていない。
出会いは劇的に思えたが、一晩過ごせばどれだけ気が合わないか、むしろ生理的に受け付けない存在であることくらいわかった。

阿呆イッサは眠りの中で多少緩んだ筋肉を引き締めるべくクルセイダー時代から愛用している大剣を片手で振り回し始める。
もう何年もしている習慣、部屋のものをなぎ倒さんばかりの剣圧が部屋を満たすがそんなヘマをする様子はゼロだ。
私は床に散っていた自分のハイウィザード服と短剣を抱えて、その大剣の間をすり抜ける。
途中、トレーニングにかこつけて私を狙ったようだったがそ知らぬふりで避けて部屋を出て行く。

私の手の中で、金の糸で施された法衣の刺繍の一部が太陽光を反射して私の目に焼き付けられる。
あの忌まわしき馬鹿によく似たスペル、ヴェルヴァレッタ。
それが私の名前である。
だがそれを口にすることは殆どなく、私達は互いを他人に認識させるためにも名前から一部を抜き取り、イッサそしてエータと自他共に呼ばせている。

ずっと大切にしてきた自分の本当の名前も、自分の半身もとい汚物を認識した日から互いに最も抹消したい過去に摩り替わったのだ。






今日の天気は曇り。
雨が降るのかもしれない、関節が軋む音を立てる。
私の左腕にはめ込まれた金属の関節、微かな痺れにも似た痛みが染みのように身体に広がる。
今頃阿呆も同じ思いをしているのだろう。
イッサも物心ついた時から右腕がなかったと言う。

少しクセづいてしまった髪を指櫛でほぐしながら、徐々に黒味を帯びていく空を眺めた。
指の間をすり抜ける髪の赤。
本来の色とは違うが、同じ色だったあの阿呆と区別をつけたくて赤に染めた。
そうしたら同じことを考えていたらしい奴が同じく染めていたのだ、よりによって赤に。

だが微かな感性の違いはあるもので、私はワインレッド。
奴は馬鹿に鮮やかな赤としかいえないような模範的な赤だった。
もう一度染めるのも面倒臭いので、仕方なくそのままの色で今を過ごしている。

同属嫌悪というのかもしれない。
性格や感性は違うと他人も認めるほどなのに、やること考えることはよく酷似してしまう。
そんな互いが私達は嫌いで仕方が無い。

「うっわ、首どうしたんですかエータ先生!」
「……ああ。」

左腕のことばかり気にしているときにいきなり首のことを聞かれ、少し対応が遅れた。
会う人会う人、私の首に巻きついた包帯を見ては目を見開いて同じ言葉をかけてくる。
こう続くともう説明をするのも面倒くさい。

「………寝違えた。」
こう言えばそうそう追求されることもない。
「うわーお疲れだったんですかねー…。」

よく声をかけてくる人懐っこいウィザードが、そっと私の首に巻かれた包帯に指先を添えてなぞる。
幼い頃、母がこうして「痛いの痛いの飛んでいけ」なんて唱えていたのを思い出す。
痛覚が感受して電気に変換され脳へ伝わる情報の信号を、どうやって体外へ飛ばすというのか甚だ疑問だ。

「前々から思ってたんですが…先生、結構怪我が多いですよね…」
「殴りだしな。」
「でもここしばらくは講義に参加して狩りには出ていないでしょう。」
「まさか私が家庭内暴力やギルド内の私刑にでも遭っているなんて妄想でもしたか?」

ズバリ言ってやると図星だったらしく目を丸くして、けれど否定はせずに口をつぐんだ。
幼い妄想に鼻で笑って、全力で子ども扱いして彼の頭を撫でた。
その私の行動の意図は彼もわかったらしく、顔を赤くして手を払いのけてきた。
この青年はからかい甲斐があってなかなか面白い。

「…君には、本当のことを教えようか。」
「…え?」

少年と青年の狭間にいるものらしい澄んだ瞳を期待と疑惑に光らせて、こちらを見てくる。
顔がいたずらっぽく笑みそうになるのを抑えて、少し彼に顔を寄せて声を少し潜める。

「吸血鬼に噛まれたんだ。」
「………え…」

一瞬、嘘だと攻めるような目をして、けれども実際いるモンスターでもあるし真偽を図りかねて彼は困惑する。

「ただし、私の恋人だがね。」
「へ?」

さらに彼は困惑した。

「案外気持ちの良いものだ、君もいつか恋人にしてもらえばいい。」
「………っ!!」

さてここまで言えば彼もからかわれていることに感づいたらしい。
厳しいこの学校のことだ、俗世に疎い者が多くて逆に面白い。

顔を真っ赤にして、私の首と顔を見比べて挙動不審になっている。
この包帯の下をキスマークがついているものだと勘違いしていることだろう。
実際は本当に歯形なのだが。

「もう、からかわないでください!」
「君があまりに心配してくれるからな、まあ心配の必要はないとわかっただろう。」
「十分にわかりました!!せいぜい恋人と仲良くどうぞ!」
「ああ。」

授業に向かうらしい彼の背中を見送って、しばらく彼の様子を思い出し笑いしかけていた。
けれど不意に嫌なことを思ってしまってそれが掻き消える。

…昔はこんな風に笑うことなんかなかった。
それにあんな下品なことを言ったりもしなかった。
間違いなく、イッサの影響だろう。

自分が彼の影響を受けているという忌むべき事実。
だがそれもすぐに脳内に浮かんだ奴の顔を叩き潰す想像で掻き消えた。

「……。」

脳内でのイッサの絶命を歓喜していたら、背筋に冷たいものが走った。
そしてそのうちほのかに匂ってくる、いやむしろ臭う。
どういうしくみか分からないが私の直感やら嗅覚は人より優れているらしい。
その優れた感覚がイッサの存在を近くに訴えている。

ハイドクリップでどこかに潜んでいるわけではなさそうだ。
あたりを見回してもただ長い廊下が続くばかり。
いや、むしろ奴が私への嫌がらせでも建物に入ってくる可能性は低い。
互いの職場に顔を出せば相手に本気で叩きのめされる、それくらい分かっているはずだ。

それでも近くに来たということは何か非常事態なのだろう。
『何か用か?』
はずしていた冒険者証を手にしてイッサにWISを送る。
だがその言葉は届かなかった。
私が冒険者証をつけていなかったから直接出向いたのではなく、彼自身WISを送れる状況になかったということだろう。

奴を探すべく、開いていた窓に近づいて身を乗り出した。
おそらく建物にはいなくとも敷地内にはいるはずだ。

「……っ」

私が目を凝らして探すよりも早く、向こうから小石を投げて合図してきた。
弾丸のごとき勢いのそれを眼前で掴んでとめて、飛んできた先をにらみつける。
すぐ目の前の大木の茂みの中にかすかに人影が見える。


窓辺に足をかけて、その人影に向かって窓から飛び出す。
風が顔に当たるのを感じ見える景色ががらりと変わり、一瞬後には私は大木の茂みの中で、手ごろな太い枝にぶら下がっていた。

この歳で木登りをすることになるとは…。

枝によじ登り、髪にかかる小枝や肩の葉を払いながら、目の前のイッサに向かい合った。

「無様だな。」
「…この状態で実の兄弟への言葉がそれとは、流石。」
「どうせ貴様が私でも同じようなことを言うだろうが。」

イッサは一言で言えば満身創痍だった。
彼自身と、そうではない血に塗れ、砕けた鎧から剥き出した総義手の右腕で千切れかけた左二の腕を押さえつけている。

「その状態でよくここまで来た…というより、よくもきやがったな。
ここの庭は気に入ってるんだ、血で汚したら容赦せんぞ。」
「…勘弁しろ、左腕がくっつくまでこのままでいさせてくれ。」
「そのまま左腕、いっそのこと引き千切って義手にしたらどうだ。続けて四肢から脳みそまで人工物にしてしまえ。」
「左手がくっ付かなかったらてめえの強奪して、バランスよくその右手切ってだるまにしてやるよ。おっと、今はそれどころじゃない。」

まったく動く様子のなかった左腕が、指先がわずかにピクリと痙攣した。
神経が繋がり始めたか。
私とイッサはかなり高い再生能力を誇る。
人によっては鍛え方などでもそれは変わるものだが、私達のは郡を抜けている。

理由は分からないが仮定はいくらでもある。
しかし昔から自分の身体が他と違うことが疑問で仕方なかったのは確か。
せっかくこうして、自分と同じ特質を持つ、しかも自分の双子が見つかったのだ。
近々イッサの細胞で研究してみるつもりでいる。

「狩りの仲間がグラストヘイムで瀕死なんだ。」
「貴様の仲間ではろくなのがいなさそうだな。」
「健全な奴らだ、そういうな。」
「貴様が壁になりながら皆を逃がせばよかっただろうに、全く何をしている。」
「やってたさ、腹に穴開けられて腸を引きずりながら庇ってやってたんだ。
だがプリーストの子が俺をポータルに入れて逃がしてくれちまったんだ。だが当人達は逃げる前に敵に追われてなぁ。」

それは無理もない。
そんな腸を腹からはみ出させてる男に守られていたくはないだろう。
私なら遠慮なく盾にしてやるところだが、冒険者とはいえ見慣れない者には刺激が強すぎる。


「…分かった、手を貸そう。見返りは。」
「礼も言わせん内にそれかよ。」

他人ならばともかく、この私がイッサに無償で手を貸すわけもあるまい。
「見返りは?」と改めて問い詰めると観念したように息を吐いた。

「よし、今日は俺が下になンガッ!!」

くだらないことを言い出した阿呆男の顎に蹴りをくれてやった。
この男でなければ骨が砕けたであろうそれだが、幸か不幸か彼は木から落ちそうになるのをかろうじて堪えるくらいには頑丈だった。

「寝言は死んでから言え。」
「て、めえ…本気でやりやがったな…」
「本気で蹴って欲しいのか、脳漿をぶちまけさせてやるくらいの自信はあるが…?」

今やりあえば手傷を負っている分不利と思ったか、それとも仲間を案じて不毛な言い合いを避けたか、彼は唇をかみ締める。

「アンタがやりたがってた研究てのに協力してやるよ…。」

改めて出された見返りに、私は満足げに唇に笑みを浮かべて、要求を呑む意を示した。

「グラストヘイム、騎士団か?」
「移動してなきゃ2Fだ。確か女プリに俺の血が付いてる、てめえならすぐ分かるだろ。」
「貴様の汚物のような匂いなど私じゃなくとも分かるさ。」

言い返す間もなく、私は蝶の羽を握りつぶした。
出る場所は分かっている、どうせ私のセーブポイントはこのゲフェンの町から変わったことはない。

一瞬の浮遊感が掻き消えたその瞬間に私は駆け出していた。
グラストヘイムへ。





「…くっそ…」

ギリギリと音が鳴るほどに歯をかみ締めたのは、仲間を守れなかった不甲斐無さとエータ如きに頼ってしまった屈辱。
だが咄嗟に助けを求めようとして、俺はあの男ほど強い奴を知らなかったのだから仕方がない。

だがエータは誰かを守る戦いを知らない。
自給自足の俺が言うのもなんだが、共闘なんて言葉を知っていたら殴りハイウィザードなんてものにはなってない。
だからこそ強いのだが「あいつに任せておけば仲間を助けてくれる」なんて甘いことは考えちゃいない。
あくまでも助けに行くのは俺だ。

だから必死に自分へのヒールを続けるのだが、久々の大怪我で治りが悪い。
…傷からはみだしてた腸は適当に腹に収めちまったが、あれで大丈夫だったろうか。
変に捩れて便秘でもしないだろうな…。

血の匂いは嫌いじゃない、むしろ大好きだ。
それは自分の血の匂いも例外じゃないが、こう貧血の時に嗅ぐと頭がくらくらしやがる。
血が欲しい、自分のじゃ意味ねえが。

どこかその辺の女子供捕まえて食ってしまおうかと半分本気に考えてるあたり、かなりやばいかもしれない。
止血が済んだら今度は血の補充をしたいところだ、しかしそんな時間はねえ。
若干ふらつくがなんとか立てる。

「―――…げっ…」

自分の身体が思ったよりも前のめりになっていたらしく、気がつけば身体は前に倒れて足裏が足場から離れていた。
つまり、墜落……。

「っと」

情けなく転がっちまったが、なんとか頭から落ちて頚椎骨折なんて無様なことにはならずに済んだ。

「うわっ?!」

だがすぐ近くで若い男の声がした。
…ウィザードらしいひょろっとした体格に童顔。
一見女と間違えそうな頼りなさそうな表情。
ばっちり目が合ってしまった。

嫌でもこの顔はエータと被る。
近日中にこの若いウィザードはエータのところに言ってにやけ顔で「ご兄弟はいますか?」とか「この間、庭の隅で何やら鎧でも着てましたか?」とか聞いちまうんだろう。
この青年がエータのことを知らないという希望は薄い、残念なことにあの人格破綻者はここの教授だからだ。

そうなったら最悪、俺は全身の骨を折られてタコみたいにされるか、四肢から1cmずつ輪切りにされて最終的には胴体と髪を毟られた頭だけのダルマになるか…
命がなくなる、なんてまだ良い方だ。

そうならない為にも、この場でこの青年の未来を摘み取ってしまおうか、本気で悩んだ。
しかし完全に利益主義な片割れと違って俺はまだ良心的な人間だ、そんな哀れな青年を作ることは気が引けた。

「エータにゃ内緒にしてくれ。じゃないと殺される。」

俺ができたことと言えば、馬鹿正直にそう告げ青年を信じてその場を去ることだった。
「は?」という最もな反応の声を背後に聞きながら、俺は敷地の外を目指した。

腿の筋肉が破裂する錯覚を受ける程に全力で走る。
空気が顔にぶつかるので少し顔を下に向け、ひた走る。
ブランコに乗っているように揺れる視界には、記憶に新しい草原を踏みしめている自分の足が映る。

一時の仮の仲間ではあるが、モンスターの餌食にされようとしている人間を見過ごせる程自分は無情ではない。
契約を交わしパーティーを組んだらそれは仲間で、自分が庇護する対象だと俺は割り切ることにしている。
だから腕を切り落とされようが内臓引きずり出されようが、助けると誓う。
騎士道なんてものじゃない、ただの意地だ。



視界は荒廃した荒地から石畳へ。
そしてほぼ条件反射くらい低い意識で目的の場所へ走っていく。

ここまでくればあとは道しるべに導かれるばかりだった。
黴と腐臭が漂う中に混じる、仲間の血の匂い。
なんとか必死に逃げ回った跡がその道筋から見て取れた。

「……。」

ぐわんぐわん変な音まで聞こえるイカかけの聴覚が、人の声や戦いの音、魔物の断末魔の叫びを拾い上げる。
少し広い通路で戦っているらしく、そこを覗こうとした瞬間に熱風が頬を掠めた。
それを堪えつつ覗き込むと、焼け焦げた肉塊や歪に全身陥没した魔物の亡骸が転がっている。
そしてその下に敷かれるように転がる一見布やゴミに見えるモノも元・魔物であると気づくのに1テンポ遅れた。
それくらい見事に“解体”されていたからだ。皮と、筋繊維と、内臓と、全てを崩したパズルのように部品ごとにバラしてあった。

元が何のモンスターであったのかも分かりにくい。
このエリアで肉を持ったモンスターと言えば……ドルイド、アリス、ワイルドローズ、キメラ、そのへんだろうか。
つまりはそれのどれかなんだろう、それ以外は興味ないとばかりに原型だけは留めている。
やはり、部屋の隅で縮こまっている人間にさして興味もなく、ただ魔物の生態を研究もしくは、殺戮を楽しんでいる。

まあ、結果的に仲間は助かっているし、その性癖をとやかく言うつもりもないし理解できなくもないので放置する。
今度のターゲットは深淵の騎士らしい。
大降りの攻撃を一見斬られていると勘違いするほどギリギリで避けながら、地を転がるように接近していく。

完全にエータが囮の役を果たせていると判断し、俺は崩れた壁の陰に身を潜めている仲間の下へ向かう。

「生きてるか。」
「…プリーストが二人ともやられた。」

返事をしたのは膝や顎までガクガクと震えているハンターの男ではなく、騎士の女だった。
まったく男のくせに情けないことだ。
しかし女騎士の方も唇は真っ青で、俺の顔を見るなり肩をこわばらせている。
そりゃあ同じ顔の奴があんな殺戮を目の前で繰り広げてるんだから、怖くもなるだろう。

「…あんた、怪我は…?」

それでも仲間を気遣ってくれるらしい、いい女だ。
返事は「治った」ではなく「治してもらった」にしておいた。
これ以上化け物扱いされたり怯えられるのは勘に触る。

「悪い、イグ葉…使ってやってくれるか…俺たち、今…二人ともだめだった…。」

声まで震わせて、ハンターがイグ葉を俺に差し出してくる。
SP切れ…ってわけではないだろう、精神的に不安定で上手くスキルが使えないってところか。
横目でエータを睨み、「足と腕一本づつくらいもがれろ」と念を送る。

だが残念ながら奴は着実に攻撃を避けながら、間合いの狭い筈の短剣で確実に敵を捌いている。
どうやら鎧の塊より馬がお好みらしい、理由はやっぱり肉があるから。

腕を左右に振るったようにしか見えないその動作で、足一本の皮を剥いでいる。
馬が嘶き掲げた足をエータは追って飛び、剥き出した筋繊維の付け根を確実に突く。
それだけで足は分解され、骨も間接ごとに崩れ落ちた。
巨大な騎士はバランスを崩し、轟音をたてて床に倒れた。
とても一介の冒険者とは思えない陰湿な戦い方だ。

「悪いな、アイツだけは呼びたくなかったんだが、アイツより強い知り合いがいねーんだ。」

怯えきった二人は何か言いたそうだったが結局何も言わず、俺がプリースト二人にリザレクションをかけるのを黙ってみていた。
頭の中で勝手に鉛筆転がして、どっちを生き返らせるか考えてみる。

「…レディファーストで。」

プリーストの女の方を優先することにした。
仮死らしく虚ろな薄目をしながら天井を見上げてると、気丈ででも優しかった女もただの人形みたいだ。
ざっくりと抉れた肩の傷にポーションをかけながら、イグ葉を潰してリザレクションを唱える。
プリーストの修練されたリザレクションと違ってかろうじて生命活動を取り戻す程度しか回復しない、その状態でこの肩の傷の痛みを食らったらショック症状を起こしかねない。
異様に頑丈な俺にとって、一般の人間の身体ってのは脆過ぎて扱いづらい。

リザレクション終了、喘息みたいな呼吸をして息を吹き返すのと同時にかけておいたポーションが傷口に染みて即座に止血された。
元通り光を瞳に取り返した女は周りを見回し、俺の顔を見るや心底安堵の表情を浮かべた。
腕千切られて腹に穴開けられた俺を見て、火事場の馬鹿力で千切れた腕ごと俺をワープポータルに押し込めるくらい錯乱してたんだ、あの後も余程心配してくれたに違いない。

「とりあえず、引き上げよう。ワープポータル、開けるか。」

俺はまだ仮死状態のままのハイプリーストを不本意ながら抱きかかえて聞く。
こいつは腹に傷を負ってる、肩に担ぐのは危険だろう。

「わかりました。」

プリーストはまだ近くで戦いの気配がするのに気づくと、慌ててワープポータルを開く。
この女も、エータを目撃しちまう前に早く退散したい。
騎士、ハンター、俺とハイプリーストの順にポータルに飛び込んだ。

壁の向こうで戦っているであろう片割れに向かって「突然湧き出したモンハウに囲まれて八つ裂きになれ」と念を送ってみるのを忘れない。
人でなし?
その通りだ、しょせん奴も俺も人面獣心だ、問題はない。
どうせ向こうでは「ワープポータルが突然故障して次元の狭間に取り残されて永遠に彷徨え」とか思ってるに違いないんだ。


 

 

 

本名:ヴィルヴァレッサ[愛称:イッサ]一人称・俺 エータへの二人称・てめえ
STR>AGI>INT 自給自足パラディン
自分の欲に正直で粗暴で好戦的性格だが常識を持ちつつ非常識に走る、無害な人間は庇護する対象と思っている。戦闘狂。

本名:ヴェルヴァレッタ[愛称:エータ]一人称・私 イッサへの二人称・貴様
AGI>STR>VIT 殴りハイウィザード
知的で冷静なのだが俗世の常識に少々疎く、キレると手がつけられず、自分に不利益な人間にはとことん冷徹。殺戮狂。

双子、腕が繋がった状態で止む終えず帝王切開で生まれた為、どちらが兄か分からない。
イッサは右手、エータは左手が義手。
不仲だが争いごとが好きなので互いに不仲でいることを楽しみにしているふしがある。
好きなことは互いに罵りあうこと、戦うこと、ただし共闘は絶対にしない。
双子であることは周りに隠している、というより互いの知人を一切知らない。