【Punk
Disobeyer】
「正義とは何か、答えよ。」
「貴様を消去する作業のことだ、ヴィルヴァレッサ。」
返される言葉はやっぱりムカついた。
実は半分真面目に聞いたことだったのだが、俺たちが…いや、ヴェルヴァレッタという頭のネジが初めからないような男と会話が成立する筈がないと何故気づかなかった、俺。
ため息一つ、そして二度目は煙草の煙を混じらせて。
この煙草が好きなのはエータが嫌いらしいから、ただそれだけだ。
「…様々な解釈がある。人間らしい行いをすること、物事を公平に進めること、不正を正すこと。」
俺が多少本気で聞いていたことを感じ取ったらしく、エータがはき捨てるようにそう言った。
「んじゃあ、お前が思うのはどれだ?」
「一番初めに戻る。」
人間らしい行い?
……じゃねえな、「貴様を消去する作業」か。
「概ね同意だな、ただし俺じゃなくてめえの消去だ。」
「それにしても何故突然とても貴様の脳では理解できぬようなことを聞いた?」
「……。」
思わずぽろりと口からこぼれそうになった答えを飲み込む。
『俺たちは、正義なのか』
俺のその言葉をエータが聞けばどんな反応をするか容易に想像がつく。
間違いなく、ムカつく。
同じ顔のくせにすました様子、人の金を勝手に使って購入した武器を目の前で磨く図々しさ、心底天災に遭って死ぬか流行り病に冒されて死ねばいいと思う。
22時間思っている。
余った2時間はこの男をファックしてる時。
その時間だけが、その行為だけが俺たちの乾きを癒す。
人間社会に溶け込む為の制御剤と言っても過言じゃない。
俺たちは物心付いたときから別々に生きていて、そして外道な暮らしを経験した。
何故そうなったのか、今なら分かる。
二人一緒でなかったからだ。
俺たちのおつむからは暴力と殺戮に駆り立てる成分が常に分泌されてるに違いない。
それを緩和するのが、俺にとってのエータで、エータにとっての俺。
だからどうしても、心底嫌っていても自ら手を下せない。
天災や不幸なら「仕方ない」で諦められるだろ。
その先に、自分の破滅が待っていても諦められる。
それくらいに俺たちは互いが嫌いだ。
「その歳で義侠の戦士-パラディン-としての正義感に目覚めたか。おめでとう、腹の底から喜び応援してやろう。そのまま幻のゲフェニア地下49階を目指して旅立つがいい。」
「珍しく笑える冗談を言えたじゃないか、鼻でな。その調子で人に伝授できる伝説の冗談を開発するまでオーディンで修行してくるのを勧める。応援しているよ教授。」
互いに顔も見ずに交わす軽口は空しく空気に解けて消える。
コイツと一緒に居るとこうして空気が濁って不味くなるようだ。
煙草の煙で掻き消してから吸殻を灰皿に放る。
「もういいだろ、ヤろうぜ。」
「目が裏返ったか、硝子体に脳の中の腐汁が入り込んだか?見ての通り読書中だ。」
「てめえとの不味い空気を味わうのは飽きた。分かるだろ、俺はそのケツにしか用はねえんだよ。」
「黙れ、貴様の下品な言葉を聞いてるとこっちにまで貴様の脳みその腐汁が感染してきそうだ。」
「下品?ほお、下品ねえ…自分は上品だと思ってるわけだ?」
素早く本をその手から払い落として、襟首を掴んでベッドに投げる。
人形みたいに飛んだ身体は危うくベッドを越えて落ちそうになったが、上縁の装飾を掴んでエータは勢いを止めた。
「肉と内臓があれば喜んで解剖しやがるサディストのくせに。」
「狩りのついでに研究として生物の生態を調べて活用してやっているだけだ、貧弱脳。」
「嘘つけ、生き物ばらばらにして下半身熱くしてやがるクセに。そんなに肉の塊が好きなら肉屋にでも就職しやがれ。まだあるぜ?めちゃくちゃにケツ掘られながら俺の背中の肉抉るの好きなSM共存者のくせに。針付の縄で縛られてズタズタにされんのが好きな被虐趣味のくせに。」
俺が発する言葉を無言無表情で聴いているエータ。
しかし楽しんでいるわけではない、どうでもいいわけでもない。
その証拠に、眼光には殺気が漂う。
人の心臓を止められそうなくらい激しい殺気が。
誰でも図星を言い当てられれば腹は立つものだ。そうだろ?
そうして始まる取っ組み合い、殺し合いにも似た威嚇しながらのファック。
普通に合意しながらするのが一番安全なんだが、俺は待たされるのが嫌いだから多少危険でも煽って相手してもらうことにしている。
さて、背中を抉られるのは仕方ないが、キレてるエータと寝るのは命取り、動脈掻き切られるのは2本までにしてもらいたいものだ。
イッサ達が避難を済ませたことを確認し、すぐにグラストヘイムを去った。
あの後、彼らは無事だったか、いや無事でなければいいと思いながら、プロンテラに確認に行った。
久しく訪れていなかった、大陸の首都。人間の最大級の集落で様々な感情が溢れる粗雑な街。
完全統率もされず見知らぬ者同士ばかりが集まるというのは生物学的に異質ではないかと私は常々思う。
最も興味をそそられると同時に嫌悪も覚える、が、いつの間にか私もその社会に溶け込んでしまったので客観的には観察できない。
『正義とは何か』
あの腐れ猿のイッサがいつだったか呟いた言葉。
それを考えるのが人間の特性であり異質さだ。
選択と前進は目的があるからこそ行われる。腹が減るから食べ物を得ようとする。欲しいものがあるから狩りをする。
生きる意味とは目的。
動物は本能、人間は理性と言うがつまり動物は全て種の保存を目的としている。全ての者がだ。
それなのに人間の目的は個々の快楽の為。非生産的で自己中心的で、そして醜悪。
しかし今や私もそれの一部なのだ。
人間が人間以外を支配し蹂躙し出来上がった社会の上にいる。
このプロンテラという掃きだめの中を歩いている。
肌を大胆に露出しながら派手に着飾ったダンサーと目が合う。
彼女はこちらに微笑みかけて、去っていく。
あの微笑みにも意味はない。
私を誘い子孫を残すことを考えて愛想を振り撒いたわけではない。
私が彼女の生命維持活動に関わる何か…例えば餌を与えることを期待したわけでもない。
しかし何故微笑んだか、それは感覚的にも理解できる。
理解できてしまう。
矛盾と異質だらけの人間の世界にあって、そしてそれを自覚し思考するようになってから、私は常々思う。
理性持たぬ動物でいて自然の摂理に従う方がよかったのでは、と。
「だからずっと私が指導していただろう!」
頭に血が上った男の声がする。
私がイッサの臭いを辿り進んできた道の延長線上に。
「ハッ、人を見下しながら『図に乗るな』ってぼやいてばっか、それの何処が指導だ?」
「っ、お前が余りに身勝手な行動するからいらついただけだ!指示は正しかった!」
にやつきながら危機感も反省も零の態度でイッサがパーティーを組んでいるハイプリーストと言い合いになっている様子。
顔を赤くした年若い青年が、上から見下ろしてくるイッサの威圧をものともせずに顔を突き出して睨み上げている。
杖を強くにぎりしめているのは手が出るのを堪えているのか、杖で殴りかかれるよう構えているのか。
「俺だって自分の身は可愛いさ、イケると判断したから行く。それを支援の役割忘れて前に突っ込んで真っ先に倒れたのはどこのランナーズハイプリースト様ですっけ?」
「パーティー戦は協調性重視だ!野垂れ死にが大好きそうなパラディンを止めてやろうとしただけだ!」
「あーはいはい分かった分かった。俺が悪かったよ、暴れ馬でスイマセンねー、プリンセス。」
愚弄されて逆上したハイプリーストが、遂に堪えきれずに拳をイッサにたたき付けた。
奴はそれすらも馬鹿にして避けずに笑っていた。
いい音はしたものの、殴られたところは赤くもなっていなかった。
「随分可愛いパンチじゃねーか。次はもっと脳天揺さぶれる一発を出せるよう、頑張りな。」
「っこの、野郎!」
片手で握っていた杖が振りかぶられる。流石に周りで見ていたパーティーメンバーが止めに入るが、間に合いそうにない。
「………っ!」
ハイプリーストが目を丸くして、イッサが怪訝な顔をしていた。
私はその間で、イッサに向かって振り下ろされていた杖を弾きながら衝撃を受け流した。
「ままごとは終わりでいいか?だったら夕飯の買い出しを手伝え。」
イッサにそう告げると彼は不満そうに眉をしかめた。
「つーか、なんでてめえがプロにいる。」
「貴様が無事にワープポータルの異変で次元の狭間で八つ裂きになってくれたか確認にきた。残念ながら失敗のようだ。」
「そんなことだろうと思ったが、八つ裂きとくるか。」
「何だよお前!邪魔すん…」
私にまで怒鳴り掛かっていたハイプリーストの歯切れが悪くなる。
背後で仲間に止められていたからではなく、私の顔を見たからだ。
一目で腹の立つパラディンの血縁者とわかるその顔を。
「この猿人パラディンの愚かな特攻でパーティーが混乱したのは予想できる。
だがコイツは腕をもがれ腹に穴を空けられ満身創痍でお前達を守り助けを求めに走った。
咎め無しにするには十分ではないか。」
「……何だよ、その人の話を聞かない男の保護者かよ。
そんなことは問題じゃない、全く反省もしていないし人を馬鹿にしきってるのが問題なんだ!」
さて、どうするか。
どれにまず応答すべきか悩む。
『保護者じゃない。』
『反省出来る程の脳を持ち合わせていない』
『君を馬鹿にしているのではなくこの男自身が既に馬鹿なのだ』
「パーティー戦では指示とも愚痴ともわからんボソボソ小言しか言わないで、全部済んでからさも自分が率先してたと言いたげにキャンキャン吠えるチキンには誠意で反省してやる気にはなれねーんだよ。他のメンバーになら頭下げてやれるぜ?」
試しに隣のハンターに向かって「すぐに背後からの奇襲に気付けなくて悪かった」と具体的に謝罪し頭を下げるイッサ。
何となくそこに無防備な後頭部があったのでナイフを突き立てたくなったが、公共の場での見苦しい真似はよそう。
「もういい、だがお前みたいのがパーティー戦にいると実に迷惑だ!
誰にも迷惑かけないように、もう臨時パーティー募集には来るな!」
パイプリーストがそう言ってイッサに人差し指を突きつける。
「貴様に何故そこまで人を束縛する権利がある?力が至らぬのは貴様もだろう。」
力いっぱい怒鳴ったハイプリーストの言葉に刃を返したのは、イサではなく私が先だった。
この男、腹立たしい。
「必要以上に自分を過大評価しすぎだ、それに貴様は他者に対して対価を求め過ぎる。独裁者気取りか。」
「………っ、今度はこっちのハイウィザードが文句かよ、どっちもどっちじゃねーかっ」
「イッサなどどうでも良い。暴言なら暴言で暴力なら暴力で返すのは結構。だが言い合い終結させてから行動を制限させるような指示はフェアじゃない。そもそもあの戦況からしてもお前はプリーストとしての役割を怠り真っ先に倒れただろう。貴様の役目は守られることではない守ることの筈だ。」
ハイプリーストが一旦収めかけた怒りをまた煮やして、今度は私に食いかかってこようとするのがわかる。
だがそれは次の瞬間に凝固し、畏縮した。
「貴様のように脆弱なくせして他者を支配したがる輩、腹が立つ…!」
そう、人間らしいその習性。
ちっぽけな脳を使ってあがき、脆弱な身体で道具を使って強者になった気でいる。
そして数と道具にものを言わせて蹂躙する。
人間は醜い。
私はそれを嫌悪する。
それになっていこうとする自分自身も。
既になってしまった、自分の片割れも…。
「hold up」
イッサの声。
私の後ろ首にイッサの剣先が微かに埋まっている。
「いくらなんでも、こんな街中で“解体”する気か?」
笑いながら軽い口調で聞いてくる。
意味がわからないプリーストとハイプリーストは怪訝な顔をしたが、私が戦い魔物達をバラバラにしていたのを見ていた女騎士とハンターが怯え後ずさりした。
「熱くなんなよマイブラザー。こんな所で高位聖職者様を全身輪切りにして身体の中まで余すところなく公開レイプなんて悪趣味だ。」
「………っ!?」
物騒な物言いに、自分のことを話されていると思いたくないながらも予感してしまったハイプリーストが顔を青くして私から離れる。だがイッサはわざとらしく続けて追い撃ちをかける。
「あー、あんたは無駄に斬るのは好きじゃないんだよな?
皮は二枚に脂肪はそのまま、筋肉は健と分けて接着面だけ削いで綺麗に部品ごと
関節は刃物じゃなくて綺麗に軟骨も剥がす、内臓はでかい血管だけは一緒に引っこ抜く、だっけ?
全く…生き物で敵とあればすぐナイフ抜く癖はやめてくれよ
アンタの変態敵解体趣向なんか知りたくもないのに、何でそのこだわりとか理解しちゃってるかねえ俺。
嫌になるぜ。まあ今回ばかりはそれが役に立って俺達5人無事五体満足で済んだが?」
敢えてグロテスクなことを並べて私を殺人狂に仕立てて相手の方から離れさせようと言うのだろう。
臭い芝居だったがどうやら他の奴らには実に有効だったようだ、私が睨みを効かせていたのもあるが。
「悪いな、こいつキレると手が付けられねーから。精算終わったし、俺はこれで失礼するよ。」
異を唱える者はいない。
彼らの視線がむしろ「早くその狂人をどこかへ連れて行ってくれ」と言いたげだ。
イッサは私の肩を抱いて、彼らから護るように(勿論、実際は逆だ)広場を離れた。
私の肩に手を置いているイッサ。
しかし実際は「抑制しろ」という警告で私の肩に爪を食い込ませている。
鋭い痛みと服に滲む血、だがそれが頭に昇っていく血の流れをほんの少し留めている。
「あの男、どうしてやりたい?」
私をがっちり固めた片腕に似合わぬ声で、世間話のようにイッサが聞いてくる。
私は答えない、余りに幼稚だと自覚しているからだ。
貧弱な人間相手に、大人気なかったと今だからこそ少し反省できる。
そこまで理性が働きながらも、あの男を八つ裂きにしてやりたい顔面の骨が全て粉砕するまで殴りたいと思っている。
言動が気に入らなかったから思い知らせてやりたいわけではない。
存在が気に入らなかったから抹消してやりたい。
だが私が人間で居る限り、人の町に居る限りそれはしてはいけない。
分かっているからイッサは私を止めて、私はこうして今も自制している。
角がわずかに欠けた石畳を踏みつけて私達は歩く。
「なあ、エータ。てめえは俺が一番嫌いなんだろ?だから今はそれ以外はどうでもいいだろ。」
「大嫌いだ。嫌いで嫌いで仕方が無い。
今すぐその首を噛み千切り脳漿まで踏みつけて焼き尽くしてしまいたい。」
「俺も全く同意見だ。この爪を肩じゃなくて首に突っ込んで骨引っこ抜いてやりてーよ。」
「ならば、そうすればいい。」
「やっちまったらつまらねーじゃねーか。てめえより気に食わなくて、やりあえる相手もいねーんだから。」
「…矛盾している。」
「何も考えてねえだけだ。だがこれだけは分かる。“てめえを殺ったら人生がちょっぴりつまらなくなる”。」
「……。」
それに正直に答えるならば、私は…。
「さーて、ここらでいいか。」
私達は気が付けばプロンテラの町を出て、城壁外の草原にいた。
目的は何か、分かっている。
こうしないと、私の今の怒りは治められない。
そしてこの怒りから来る殺戮衝動…。
剣は抜かない、剣で確実に切り刻むより拳で全身粉々にしてやりたい気分だった。
それを察して、イッサも犬歯を剥き出して笑い、拳を構えた。
暴れているうちに迷い込んだ森で、違う木の根元に力尽き倒れたのは同時。
とうに日も暮れてそろそろ日が還ってくるんじゃないかという時間だった。
久々にやんちゃした感じがして、子供みたいに自然と頬が緩んだ。
「エータ、死んだか?」
「私が貴様の期待に応えるわけがない。」
「チッ」
寝返りを打つと右の脇腹が破裂したように痛んだ。
それと義手の右腕が数メートル離れたところに転がっている。
左腕は無事だが拳が砕けた。
隣に転がっているエータは、ヒュッヒュッという妙な息遣いをしている。
確か肋骨を折ったからそれが肺を痛めたのかもしれない。
日が昇ったら、俺は義手の修理工んとこに、エータは病院にでも行くだろう。
「ま、少しはスッキリしたな。」
「…ああ。」
戦っている最中に獣のように咆哮したり牙を剥き出して殴りかかってきていた化け物の姿はそこにはない。
いつもどおりの澄ました小憎らしいハイウィザードがそこにいる。
俺も、エータ程じゃないがいらつきはあったが今じゃそんなものは塵になって吹き飛んだ。
夜に朝日の欠片を刷り込んだ空が、心情とリンクしているように落ち着き払っている。
「貴様がいつだったか言ったな、『正義とは何か』と。」
「ああ?」
「聞けば耳が腐りそうだが貴様の考えを聞いていなかった。」
てっきり聞き流していたかと思っていたことを突然話題にあげられて、俺は目を丸くせざるを得なかった。
正義とは何か。
イッサからの質問に答えるより、俺がそれをイッサに聞いた理由が浮かび上がってきた。
俺は物心ついた時からずっとモロクのギャングだけで形成されたスラム街でただ一人、孤独を貫いていた。
誰にも媚びない薄汚れたガキを相手にする輩なんざ居なかったが、俺にはどうしてもそれらが仲間…いや、同じ人間には思えなかったからだ。
というより、俺が自分自身人間だと思えなかったからだ。
下衆を殺して金を得て、人間らしく着飾ってみた。
だが俺を生かしたのは、俺が食ってきたのはゴミと虫と鼠と、人間の肉。
それがエータを見つけてしまったせいで変わった。
限度のない暴力衝動、理性を掻き消していた本能、それがエータがいるせいで抑制されて俺は人間らしくなっちまった。
それまではただ戦って、殺して、食って、女を抱いて、生きて、それだけで良かったのに。
俺自身の理性と人間の社会ってのは、それまで野生的に生きていた俺の全てを束縛した。俺に道徳と規則を押し付けて本能のままに振舞うことを許さない。
それが窮屈で仕方が無い。
だから憎むのだ、エータを。
そして同じ思いをしているからこそ、エータも俺を憎むに違いない。
エータの素性なんか知ったこっちゃねーが、ろくな生活ができたわけがない。
俺たちは互いの存在で安息を得ると同時に束縛されている。
てめえさえ在なければ俺は壊れられるのに、自由なのに。
だが
「正義?そんなんどうでもいい。」
俺は考えるのをやめた。
この閉塞感、窮屈さ、退屈さ、それを自覚すれば気が狂いそうになる。
そんなんでまた自由を奪われるのはごめんだ、エータに振り回されるのはごめんだ。
馴染んできちまったものは仕方ないから諦めることにする。
俺は人間らしく、道徳ってものもとりあえず念頭において、人付き合いもするようになった。
少しでも楽しいこと見つけて、好きなだけ戦って美味いもの食って、可愛い女と遊んで、エータは抑制剤と性欲処理くらいには使ってやる。
俺のそれが、俺の片割れが吐き気がするほど大嫌いな“人間の生き方”なんだとしても。
いい加減分かったんだ。
俺はとりあえず人間として生きられる、それ以外では生きられなくなったからとりあえず生きておく。後悔するのはやめた。
それだけで十分なんだ。
「お前の頭は天道虫ほどにもないな。それを私に問うてきたのは貴様だろう。」
「聞いた時は『正義ってのをやらなきゃいけないのか』とか思ってたけどな。何しろ俺たちは普通じゃない、それくらいの心構えじゃねーと人間やってられねえんじゃねーかと思っただけだ。」
「そして結論は思考放棄か。」
「おう。どこかの反面教師があれからクソ真面目に考えやがるから『これを深く考えたらあの俺に良く似た反面教師と同じになっちまう』って悟った。」
冗談めかして言うが、本気だった。
エータはまだ人間が嫌いだ。
そして俺みたいに単純になれない、どこまでも答えを欲しがるから泥沼にはまっていく。
俺は外面だけは人間らしいだろうが、エータは内面が人間らしい。
あれこれ小難しいことを考えて、哲学なんかしやがってそうゆう人間はロクな奴にゃなれねえ。
俺が生き方について深く考えたくないってのは前々から決めてたが、『正義云々』について考えるのをやめたのは専らエータのおかげだ。
「…本当に、貴様と血が繋がっていることが忌々しい。」
「お互い様だろ。」
この互いの憎しみは、生き方の違い、理想の違いは永遠に分かり合えないだろう。
いつか俺たちのこの確執は決別か対立を招くだろう。そしてそれは俺たち自身の破滅を意味する。
双子のモンスターは、互いの抑制なしには人間の振りが出来ないから。
その時、きっと俺は「仕方ない」と諦めて、奴は「清々する」と笑うんだろう。
見え透いた結末だ。
なんて滑稽な人生。
だからせめて俺は楽しむ、そしてエータを振り回してやる。
エータは俺に弄ばれているとも気づかずに、俺と人間を憎みながら人間の社会にいることで苦しめばいい。
何しろ俺はこの双子の片割れが本当に大嫌いだからな。
だからせめてほんの少し、素粒子ほどエータが好きになれる方法でコイツのうっとおしさを紛らわせる。
「おい、肺がちょっとぶっ壊れてるだけで息ができねーわけじゃねえだろ。」
「………?」
俺は立ち上がり、エータが背を預けている木の前に立ち、見下ろす。
「やっぱ足りねえ、やらせろよ。」
明らかな軽蔑の目で見上げてくるのを、鼻で笑って受け流す。
本当は戦ってる最中、下の方も猛らせていたのを知っている、俺もだから。
つまりコイツが拒む筈が無いと確信している。
「断る。」
どんなときでも必ず1度は拒む。
エータにはなけなしのプライドがあるから、本性は変態のくせに『自分はイッサみたいな野蛮とは違って理性的だ』と思い込んでる哀れな男。
「右腕はねえし、左は指が使えねえ。だからてめえが自分で脱げ。」
「人の話が聞こえていないようだな、断る。」
「こっから膝蹴りで前歯全部折ってその口に突っ込んでほしいか。それとも剣を服ごとケツに刺して穴開けて欲しいか?」
「…下衆が。」
自分が弱い立場に陥って、自分で自分を『仕方ない』と言い訳しないと素直にもなれない。
心底哀れだ、諦めて本能的に腰振って貪れば楽しいだろうに。
自らベルトを外すイッサを上から見下ろすのは心地良い
その正面に膝をついて座った。
「安心しろよ、俺も両手が使えねーんじゃつまらねえからな、今回のところはすぐに終わらせて…いで!!!」
油断した。
股間に響いた激痛に、俺は身体をくの字に曲げて呻いた。
取り出そうとしていた俺のイチモツを、エータがブーツの先と踵で器用にピンポイントで踏みつけてきていた。
だがエータに攻撃されても逃げない逃げてたまるか逃げたら負け、という悲しい習性ゆえに俺は踏みとどまっていた。
グリグリ押し付けられる踵が根元に食い込んで、底が先端を押しつぶしてくる。
こめかみにまでズキズキくる激痛にエータの足を掴むが、拳が砕けた左手一本では大した抵抗にならなかった。
「て、めえ…」
「手が使えなくて自慰もままならぬだろう貴様を手伝ってやろうという優しい心遣いだ、感謝しろ。」
「……っ」
激痛。
けど蹴りつけながらも絶妙に動かしてくるもんだから、不本意ながら段々と熱が高まってくる。
視覚的に暴力な刺激は、それでも適当に手で扱かれるより効いた。
足をやっと引いてくれたと思いきや、つま先でボトムスの中のモノを撫でて弄ぶように触れてきて、けれどまた踏みつけてくる。
痛みは慣れて、緩和されると快感に変わり始めてきた。
悔しいことに、俺はエータの足だけでずいぶんと元気になっていた。
男の下半身は甲斐性なしが通常だ、仕方ないんだこれは。
「…マゾヒストめ。」
「人のこと言えねえだろ。」
睨みつけながら、笑う。
性欲と一緒に食欲もそそられて、条件反射で口の中で唾液が分泌されたのが分かる。
舌の付け根が熱くて、思わず口を開けた。
俺がもう飢えてきたのを心得たとエータも笑い、自ら上着の止め具を外してタイトなボトムスを下ろす。
股間を押しつぶしていた足をいい加減払いのけ、俺は自分の片割れに覆い被さった。
こうゆう時だけ、頭に血が上ってどうかしてしまった時だけが
二人とも何の不安も不満も無くなり、互いが互いを愛せる時間。
もちろん、そんなことになってるのは正気じゃないからに決まってる。
すぐに医者に行けばよかったものの、重症の身で情事に及ぶという最大級の愚行を起こした為に、そうしている間に折れた肋骨が歪んで再生してしまった。
仕方ないのでわざわざ知り合いのマッドサイエンティストのところまで行って、歪んだ肋骨を再び折って修正するという荒療治を行ったのが数時間前。
「正直に教えてください、エータ先生!何があったんですか昨日といい今日といい…!!」
よく懐いてくるウィザードの教え子が、大きい目を潤ませて詰め寄ってくる。
何かといえば、昨日首に包帯を巻いていた私が今日は胸や腕に当て木をしていることだろう。
診察されて初めて知ったが右腕にヒビが入っていたらしい。
それに顔には殴られた跡がくっきりと残る。
これはもう昨日のように言い訳はできまい。
だからと言って、教える義理もない。
…のだが、以前それで冷たくあしらったら泣きながら更にしつこく付きまとわれたことがある。
他人の心配などしてもなんの特にはならないだろうに、心底この少年は不可思議だ。
「わかった…あの男なんですね…あのパラディン…」
呆然と呟いた彼の言葉、私は思わず耳を疑った。
誰のことを言っている?
パラディン…彼はイッサのことを知っているのか?
「あの男、やっぱり…」
「君、何をいっているのかわからないんだが…まさか、イッサを知って」
「あいつ!やっぱりエータ先生のドッペルゲンガーだったんですね!!!だからエータ先生がこんなに怪我を…!!」
「…は?」
ウィザードは力強く拳を握り、まるで親の敵を憎むような形相で虚空を睨んだ。
ドッペルゲンガー…ゲフェンダンジョンの地下にいるモンスターだが、あれは負のエネルギーが生んだ魔物であってゲフェンダンジョンにしか存在し得ない。
だがそのモンスターの由来であるドッペルゲンガーは全く別物で、人間の生霊であり不吉なものであると語られるおとぎ話か怪談のようなもの。
彼が考えているのは後者のことだろう。
イッサが私のドッペルゲンガーで、私に害を与えていると…。
なんとも独創的な発想だ。
「エータ先生!こうなったら僕が先生のトッペルゲンガーを退治します!まずは方法を探さなきゃ!」
ウィザードはマントを翻し、どこかへ…恐らくは図書館の方へ向かって走っていった。
「……。」
あの青年にイッサは無理だろう。
しかしイッサがやられても青年がやられても私に不都合はない。
とりあえず私は講義の準備をすべく割り当てられた仕事部屋に向かうことにした。
今日は、普段どおりの時間だ。
昨日と違ってイッサの匂いなどない。
古い建物独特の匂いと、建物の壁や床を構成する石に私の靴音がこだまする。
何も無い、日々。
私の心を穏やかにする空気。
その先にあるのは無かもしれない。
この空気は、この場所は、この日常は
私の心を癒しているのか、それともこの心を削り落としているのか。
その応えは私にはまだ分からない。
|
宣言どおり、山も落ちも意味もありませんでした。
ちょっとアダルトとラブラブ度−120%を目標にしてみた実験的なものでございます。
これでエロ描写を入れたら確実に痛いものと変態なものがMAXになりそうだったので今回は自粛いたしました。
はたしてこのわけの分からない双子は萌えになりうる存在なのか
最後まで結局わかりませんでしたが…
ここまでお付き合い頂いた方に、謝罪と激励をお送りいたします。
ありがとうございました!
今回カットのR指定シーンはそのうちサイトの方にupするやもしれません。
あと↓を反転すると私用キャラ設定メモ。
本名:ヴィルヴァレッサ[愛称:イッサ]一人称・俺 エータへの二人称・てめえ
STR>AGI>INT 自給自足パラディン
自分の欲に正直で粗暴で好戦的性格だが常識を持ちつつ非常識に走る、無害な人間は庇護する対象と思っている。戦闘狂。
本名:ヴェルヴァレッタ[愛称:エータ]一人称・私 イッサへの二人称・貴様
AGI>STR>VIT 殴りハイウィザード
知的で冷静なのだが俗世の常識に少々疎く、キレると手がつけられず、自分に不利益な人間にはとことん冷徹。殺戮狂。
双子、腕が繋がった状態で止む終えず帝王切開で生まれた為、どちらが兄か分からない。
イッサは右手、エータは左手が義手。
不仲だが争いごとが好きなので互いに不仲でいることを楽しみにしているふしがある。
好きなことは互いに罵りあうこと、戦うこと、ただし共闘は絶対にしない。
双子であることは周りに隠している、というより互いの知人を一切知らない。