鼓膜を突き破るような爆音。
それに敵味方関係なくその場にいた全ての人間が硬直した。
まるで数秒後にはそこが焼け野原になるかというような、不吉な音だった。


「皆、戦いを止めろ!!ここは時期に跡形もなく消える!!サバトに収容していた兵器が暴発した!!!」
高い位置から、張り裂けそうなほどに声をあげてそう告げるのは騎士団の団員全てが顔を知っているであろう指名手配犯・フェアリ・アレイ。

「逃げ出す時間がない、我等が転送する、皆剣を捨ててホールの中心に集まれ!!」
話している相手は重罪人。
信じていいものかと皆が動けずにいた。


「急げ!!命を無駄にするな!!」

必死の叫び。
誰かを助けようとする、必死の叫びだった。

それでもなかなか動けずにいる戦士達の中、声を上げたのは
「皆、彼の指示に従え!剣を仕舞い速やかにホール中央へ!!サバトの者達も命を投げるな!」
騎士団を統率していた長のゼオン。
剣を鞘に収め、低くどすの効いた声で叫ぶ。

フェアリ・アレイを信じるゼオンの言葉を信じた、騎士達は剣を納め動く。
サバトの軍勢もいくらか武器を捨てたが、反抗する者は取り押さえながら、皆ホールの中央へ集まる。
命が掛かっているのだから皆素早いものだった。


その時響いた二度目の爆音。

押し競饅頭のように集まった戦士達を、ゴーストのメンバーが取り囲む。

アサシンクロス・ギド、シンリァ
ハイプリースト・リサ
顔を仮面で隠したウィザードが二人
そしてロードナイト、フェアリ・アレイ。
彼らの手元が白く光った。


「ゼオン氏」

中央に集まった集団の一番外郭にいたゼオンの目の前に、フェアリ・アレイが降り立つ。
黄金の兜を外す。

中世的で凛とした造型。
乱れた銀髪を直そうともせず、微笑んだ。

「私が成したことを見届け、証言を」

初めて彼がゼオンに接触してきたときに、告げた言葉、頼まれた本当の役目だった。
彼が成したことを見届け、証言しろと。

では、彼が成したこととは。



「…最期まで贖罪し、戦い続けた私達が…神に許され、世界に解放され、天国の門を潜れるよう。」
「…なっ…!?」

彼がゼオンに歩み寄り、その手を掴んだ。
握手をするようにして、何かを手渡された。

見上げると、その男はとても重罪人とは思えぬ澄んだ瞳で、一筋涙を流していた。

「…今回巻き込まれたギルド、インビシブル。これをどうか、あそこにいる私の」



言葉はそこで途切れた。
空間転送。
視界が歪み、身体がバランスを崩す。

そして、着いた先は森の中。
曇り空を覆う深い緑の中。
サバトの領地、しかし中枢から遠く離れたどころだった。

「…っ!」

ゼオンは身体を強張らせた。
最後にゼオンの手を取っていたフェアリ・アレイの手がそこにあった。
白い手の甲に刻まれていた薔薇の刺青もそこに。

しかしフェアリ・アレイはいない。
手首から先だけ、切り取られてそこに落ちていた。

おそらくフェアリ・アレイの身体は転移方陣の範囲外だが手だけはゼオンに触れるために方陣の範囲内にあったのだろう。
思わせぶりに遅れて、その手首からゆっくりと血が流れ出していた。


そして地が揺れ、今度こそ崩壊の爆音が響いた。
ウィザードの大魔法も凄まじいが、その比ではない。
誰もが地に伏せて蹲り、近くに最悪の死があるのだとおびえた。
今にもその轟音が自分達を飲み込むのだと。

だが彼らに襲い掛かったのは砂煙だけ。
その場にいて命を失った者は誰一人いない。
そう、その場にいた者は。


「…っ、フェアリ・アレイ…!!」

残された手首から、あの甘い香り。
まるでその刺青の薔薇から香るような。

だがその後の調査でも、あの最後に涙を流していた青年の姿は見つからなかった。
ゴーストと名乗る者たちがいた痕跡さえも。
サバトの領地は彼らが転送されたところより僅か内側まで、完全に消滅して荒土と化していたのだから。






「………。」

ゼオンはとある診療所の入り口にいた。
その手の中には小さな指輪があった。
色あせたおもちゃの指輪だが、それが逆に思い入れ深さを感じさせた。


診療所は閉鎖的なところらしく、なかなか通してくれず、中の状況も確認させてもらえなかった。
木造でこじんまりしているが、広さがなかなかある。
もうプロンテラの宿を引き払った、一般ギルドインビシブルはここにいると情報を得たのに。
その真偽も教えて貰えず、機械人形のように淡々としている女性と問答を続けていた。

「…どうかしましたか。」
「あ、申し訳ありません。騎士団の団長と名乗る方が押しかけていて…」

突然建物の奥から出てきた青年が割って入ってくる。
そちらに掴みかかるべきかとゼオンが振り返った。



「…な……ァ…」
驚愕に眼を見開き、情けなく口を開けたまま固まった。
それに青年が眉を潜めて首をかしげた。

「な、なぜ、ここに…」

フェアリ・アレイ
裏返りそうになる声で、そう呼んだ。
だが

「その弟のカレリア・アレイ・ゼルリアです。」
青年が不機嫌そうに即切り返してきた。
あのロードナイトより少し華奢で、そして何よりホワイトスミスの格好をしていた。
だが顔つき、瞳の色、髪、本当に瓜二つだった。

「今の名前はシェイディ、ギルド『†インビシブル†』のマスターをしています。
うちのギルドでサバトに関係していたという2人に用があったんでしょう。
2人は今失踪中で、ここにはいない。お引取りください。」

フェアリ・アレイと間違えられたのが癇に障ったのか、険しい顔で畳み掛けるように一気に言ってゼオンに背を向けようとした。
違うと叫んで慌ててその肩に掴みかかった。

「君は、兄が死んだことを知っているか!!」
「いつ死んでもおかしくない人だった。」
そっけなくシェイディは返した。
それにゼオンは苦虫を噛み潰したような顔をする。

なぜか無性に悲しかった、腹がたった。
あの青年が最後に流した涙が忘れられなかった。
不思議と満足したような顔をしていたのは、死を覚悟した者の証拠。

確かに重罪人であった。
だが心まで墜ちた者ではなかったのだ。
その証拠に、あの青年はずっと影で人を救い、贖罪を続け、最後も多くの人間の命を守って…
そして消し飛んだのだ。

彼が罪を犯したことは、おそらくその家族に多大な影響を与えてしまっただろう。
だが、あれ程に戦った者が、死んでも尚憎まれ、死を悼んでもらえないのは悲しすぎる。

「最後までフェアリ・アレイは戦った。立派な最期だった。」
「俺には関係ない。」
「彼は自分が外れてしまった道へ戻ろうと必死だったのだ。
それは許されぬことだろうが、俺は一人の人間としてそれを認める。
これから大聖堂へ、彼の罪を許し、墓を作り、天の門が開かれるように祈ることを申請する。」

シェイディが振り返り、ゼオンを見上げた。
その瞳にうっすらと涙が浮かんでいた。

「俺に、一度も言葉をくれなかった。俺を簡単に捨てていった。」

恨み言のように言うが、声音と涙は彼の心のうちを語っていた。
憎くて泣いているのではない。
彼も確かに悲しんでいる。

それでも、いくら悲しんでもフェアリ・アレイは家族らしいところを見せなかった。
だからどこかで恨んでもいるのだろう。

「簡単に捨てていった…俺にはそう思えない。
彼は最後に、俺にこれを託したんだ。」

そう言って、ゼオンの手持っていた小さな指輪をシェイディに渡した。
握手をするようにして、彼に握りこませた。
フェアリ・アレイがそうしたように。

それを眼にした瞬間、泣きながらもそっけなくしていた青年が初めて感情を顔にした。
驚愕。
そして次第に肩を振るわせ始めた。

「…ギルド、インビシブルにいる自分の関係者へと。」

嗚咽が漏れ始めた。
その場に膝を折り、ついにしゃがみこんでその指輪を胸に抱きしめていた。
その様子に目頭を熱くしながら、ゼオンはもういない男へ語りかけた。

「…お前の成したことは見届けた、家族にも伝えたぞ…フェアリ・アレイ…」

もうどこにも、あの薔薇の香りはなかった。






「あ、あの…マスター…」

ゼオンがもう去ったあと、影から一部始終を見ていたインビシブルのメンバーが遠慮がちに出てきて彼に声をかけた。
それに気付き、彼は苦笑いしながら立ち上がった。
さっきの泣き崩れた姿から想像できないほどあっけらかんとしていて、それがものすごい無理をしているように感じる。

涙を眼にいっぱい溜めたセイヤがシェイディの前に立ち、差し出そうとしたハンカチを握り締める。
もう泣いていないシェイディには必要がなさそうだし。

「お、お兄さんのことは…残念でした。」
そう言うと、シェイディは更に苦笑いを深めた。
「いや、俺に兄はいない。」



さらりと出た言葉に、セイヤだけでなく、その場にいたものがストームガストを食らったように固まった。

「フェアリ・アレイは姉だ。」
「…あ、そういうことでしたか…僕、今てっきりさっきの話がまるごと勘違いなのかと思って」
「死んでもいない。」

またさらりと続けられて、溶けた氷が再び凍ったように固まった。

「ちなみに、さっきからそこにいる。」
そう言って、メンバーの後ろを指差す。
振り返った一同は更に固まった。

そこにはシェイディと同じ顔があった。
だがシェイディより背も高く、歳も上の青年。
姉といわれようが、男であるシェイディより逞しいのだから男にしか見えなかった。
服も、男騎士用のアンダーだ。

「フェ、フェアリ・アレイさん!?」
「レイで構わんよ。君はメルフィリアだったな、良い病院を貸し与えてくれて心より感謝する。
ところで美しいお姫様は、年上のお姉さんに興味はないか?」

笑いながら驚愕していたメルフィリアに詰め寄る。
何故かその様子を見てセイヤが悔しそうに蹲って床を叩いた。

「…姉さん、いきなり出てきてうちのメンバーを軟派するのはやめろ。」
「大好物ですわ!!」
「お前も乗るなよ、メルフィリア…」

育ちもよく見目もよい少女であるメルフィリアと、男としてみれば中世的な絵本の王子様のようにも見えるレイは同じ剣士系ということもあり、並んで寄り添うと絵になった。
だがそんなことはお構いなしでシェイディが切り込む。

「姉さん。とにかく進境を教えてくれないか。」
「進境を話すのに、ヒショウとルナティスがいてくれないと困るんだが。」
「……。」
ため息をついて頭を抱えた。

昨晩にヒショウが逃走し、ルナティスがそれを追ってから二人共に失踪中なのだ。
ヒショウの身体は巡る血を消耗し続けて強化され続けている。
それを止める術はまだ無く、出来るのは彼が人を食わずに済むように、また飢えて暴走しないように輸血をし続けることだけ。

まさかそんな彼の現状に絶望して二人で逃亡…もしくは心中…。

「そこまで馬鹿じゃない、か…。」
ルナティスは底無しのプラス思考だったしヒショウだって成長したと言うし。

「シェイディ、ギドに捜索させたらどうだ。」
レイの提案に躊躇いなく首を横に振った。
「まだ“ゴーストは壊滅したばかり”なんだ。行動すべきじゃない。」
「…待てというのは、死ぬ気で戦えと言われるよりキツイんだがね。」

二人の会話を、周りは目が回りそうな思いで聞いていた。
同じ顔に同じ声だ、混乱もする。

「とにかく今はヒショウとルナティスが戻るのを待」



ばんっ

建物の扉がものすごい勢いで外れて倒された。
思わず一同得物を手にして警戒してしまったが、すぐにそれを解いた。

うわさをすれば。
そこにいたのはヒショウと、背負われたルナティス。
2人であると認識して皆思わず笑みを浮かべたのは一瞬だった。


ヒショウもルナティスも、折り重なるようにして床に崩れ落ちた。







身体が、無い。
意識を取り戻して真っ先にそう感じた。

そのせいか、とても軽い。
心の中が、軽い。


「眠り姫、お目覚めかな。」

傍に、誰かがいた。
視界に映るのは見慣れた顔だった。

ゲリラグループ・ゴーストで表向き参謀でありリーダーとされている、フェアリ・アレイ。
だがヒショウ達にはレイという仲間だ。
「嬉しいな。ゴースト以外で私とシェイディを見分けるのは君とルナティスくらいのものだ。」

声に出したつもりはなかった。
むしろ声を出す喉も無いのだ。
でもレイには聞こえた、声に出ていたのかもしれない。

ルナティス…そうだ、ルナティスは…ルナティスは?

「落ち着け、ヒショウ。彼は左腿の静脈をやられて出血多量に陥ったが、ちゃんと応急処置もされていたし病院へ来たのも早かった、命に別状は無い。」
「そうだ、その不安定な身体でよく彼の傷を処置、送還してくれた。」

少し離れた場所からそんな言葉が投げかけられる。
それをフォローするようにレイが相槌を打つ。
イレクシス。
インビシブルのマスター、シェイディと共に世間から身を隠しゴーストとして活動しに行った知人だった。

「それより、今はルナティスより君だ。君の身体をこれから元に戻したい。」
そう言って、イレクシスがヒショウの身体を抱き上げる。
だがその感触も動かされている実感も無い。
ただ視界だけが動いているようだ。

「見えるだろう。」
そういってイレクシスが指し示す先には、よく覚えのある人間が横たわっている。
黒い髪のアサシン、ヒショウ自身だ。

「いつぞや、君に取り憑いたシンリァを引き剥がす為に、君の身体を傀儡人形にする技術を使ったことがあるな。」
そう言われ、気がついた。
この身体の感触、どこか懐かしかった。
あの時は隣にシンリァがいたが、この感覚はあの時のものによく似ている。

「今、あれと同じことをして君の体を完全な空にした。君の体が異常成長するのは、魔物に近いモノが君の体の中をめぐっているからだ。」
魔物に近い、モノ…
「そう、しかもBOSS級の。しかしそれは本来人の身体に入ったりしない。
精神を食い、そのあと身体を溶かし吸収する性質があるようだ。」

なら何故、ヒショウとルイは食い殺されず、体の中に住みつかれたのか。
「それは、これが終わったら説明しよう。これから、その魔物を元の場所に還す。」

君とルイが力を得た、あの水へ。

その言葉を聞いた瞬間、ぞっとした。
横たわる身体の向こうに、分厚い鉄の容器に入った光る水を見たから。
子供を助けようと飛び込み、そして食われかけたあの水だ。

「安心したまえ、あれは生き物の精神に反応して得物を認識している。
だがヒショウの精神はここにある。あの魔物にはヒショウの身体は自分の身体の一部が入った容器にしか見えていない。」

そうイレクシスが説明し、少し安堵すると同時に、身体の傍らにいたプロフェッサーが鉄の器具でヒショウの腕を持ち上げた。
そして童顔な顔で楽しそうに笑いながら、イレクシスを見た。

彼が合図したのか、次の瞬間にはヒショウの腕が動かされ、指先がその水に触れた。





「君がサバトで助けようとしていた子供は、既に死んでいた。」

なんとなく、分かっていた。
囲まれた時点で助けられないだろうと。
それでも、抗いたかった。
助けてやろうと、誰かを助けたいと思わないと、罪悪感で全く動けなくなっていたから。

「だがあの子供の存在があったからこそ、君はあの異常に見舞われたが命は助かった。
そしてルイもあの実験に巻き込まれたときに、君のように誰かを助けようとしたのだろう。
自らを省みず他人を助けようとするのは、なかなかできることではない。
だから生き残ったのが君達2人だけだったのだ。」
「…何故、誰かを助けようと、すると?」

「サバトの者達はあの水の魔物に関して正しい文献を手に入れていなかった。
だからあの水をただ強い力を与えてくれる道具のように勘違いしていた。
成功するしないは精神的強さか、生まれつきの素質だろうと勘違いしていた。

先程言ったように、あれは魔物なのだ。生き物を判別し、捕食する。

猛獣は逃げようとする獲物を真っ先に追う。
それと同じようにあれは恐怖し逃げようとする者を真っ先に判別し、食らいつく。
もう一人水の中に獲物がいたとしてもそちらは後回しだ。
後者はその間、食いつかれずに水に触れていることで体内に自然と魔物が入り込む。」

「つまり…複数人が水に入れられたとき、水の魔物に恐怖を感じなかった方が生き残れる、そういうことか。」
ヒショウが呟くと、彼はうなずいた。

「実験を成功させたいのなら…被験者と一緒に囮を水に入れなければ、ならなかったということだね。」
プロフェッサーがヒショウの身体を検査しながら、付け加える。
余計なその言葉に、ヒショウは顔をしかめた。

「…あの子は、俺の為の囮に…なってしまったのか…。」
その呆然とした呟きに、プロフェッサーは自分の失言に気付き、ハッとした。
「ソウルストライク!!」
「うがっ」
その制裁に、イレクシスからソウルストライクを後頭部にぶつけられた。

『そのアサシンはただでさえ元々精神的に不安定なんだ、余計なことを言わないでくれ。』
『…す、すまん。』

「…その、えっと、四肢に異常はないな。後で食事や排泄時に異常がないか教えてくれ。」
「分かりました。」
「…君が助けようとした子供は、教会が手厚く葬ってくれた。
あの狭く恐ろしかっただろう施設から開放されたのは、君の行動のおかげだろう。」
だから気を落とすな、とプロフェッサーはなれない慰めを精一杯紡いだ。

ヒショウの視線はどこか宙を彷徨う様で、生気に欠けている。

『イレクシス、彼は視覚異常か精神異常が残ったのだろうか、それとも感傷に浸っているだけだろうか。』
『察してくれ、後者だ。』
『ふむ、では私は下がるよ、弟子にいろいろ教えることがある。』


弟子、プロフェッサーが口走ったその言葉でイレクシスは思い出した。
「ヒショウ、一人の人間の手で救える数などたかが知れている。むしろ一人も助けられないことが殆どだ。」
「…分かっている。」
「だが君はちゃんと少なからず救っていた、自分を卑下することは自分を高める前の儀式とするのはいいだろう。
だがそのまま自暴自棄になるのはよせ。君に命だけでなく心も救われた者が最低2人もいるのだから。」

「…2人?」
イレクシスは無表情のままうなずいた。
「ルナティスは言うまでも無く。あと…ウォルスと言ったか、君をサバトに差し向けた張本人のウィザードだ。」

ヒショウは小さく首を横に振った。
「彼は救われてなどいない。」
「君は彼のその後を知らないからだ。彼は僕らの元に駆け込んで、サバト攻略の為に尽力してくれた。
内部の構造を正確に教えてくれて、危険ながらも中への手引きを引き受けてくれた。」

「…それは、本当か。」
「嘘など言うものか。今はあのプロフェッサーの弟子としてしごかれている。
君に頼るのを止めて、自分も誰かを助けられるようになりたい、だからだそうだ。」

だがあのプロフェッサーはかなりスパルタな人間だった。
おかげでこの場でヒショウとの再会も許されぬ忙しさだ。
それでも影で高名な彼を選んだのは、彼なりの覚悟があったからできたこと。

「自身を責めるのは結構、だが程ほどにしておきたまえ。」
「…はい。」

少し、ヒショウが自身の心の枷を外したのを感じて、イレクシスはうなずいた。


「では、少し君の心が浮き上がったところで、また叩きおとさせて貰おう。」
彼の突拍子も無い言葉に、ヒショウだけでなく傍にいたレイも目を丸くした。
そして何を言うつもりか、察しがついてレイが彼の名前を呼んだ。

だがイレクシスは彼女の制止など気にせずに、わかりやすく簡潔に、ヒショウの耳に言葉を叩きつけた。

「マナが発狂しかけている。」





「ヒショウ、おかえり!無事に成功したようでよかった。」
病院に戻ってルナティスを見つけるなり、彼は松葉杖を放り投げてヒショウに抱きついてきた。
気のせいか、彼の身体が冷たい気がする。
それでもルナティスの匂い、体温、思わずすがりつきたくなった。

だが今はそれどころではない。
「…怪我の具合は…」
「肉食べてればすぐに元気になるよ。足は皮膚とか筋肉とか攣っちゃってハイキックはできなさそうだけど。すごい回復力だって医者も驚いてた。」

言い終わるなり、ヒショウの反応を待たずに彼の口を手で塞ぐ。
「謝るなよ。僕が心苦しい。」
「…本当に、俺のことは何でも分かってるな。」
「てゆーか、皆も予想つくと思うけどね。ヒショウのいいところでもあるけど短所だ。」

自分にも言い聞かせるようにして、彼の言葉にうなずいた。
今自分がやるべきは他にある。

「…マナは…」
「今度はマナが拘束されてる。」
逃げないように、暴れないように…殺しに行かないように。

彼女は、弟の死を知ってしまった。
今度こそ、本当にアイヴを殺しに行ってしまう。
よりによって、騎士団に収容されている彼を。

事実を教えたシェイディに罪は無いだろう、教えなかったとしてもマナは苦しんだ。
罪があるとしたら、残酷な真実にだ。

「シェイディは?」
「ゴーストの事後処理に追われてる。でもちゃんと夜にはマナのところに戻ってる。」
「そうか、流石だ。」
きっと彼も辛いだろう、けれどちゃんとすべきことは分かってる。


『マナの所に戻れ、君には君にしかできないことがある。
真相を辿れるのはおそらく君だけだ。』

イレクシスの言葉が思い出された。
では自分がするべきことは何か、そうヒショウはまた頭を抱えた。

マナは自分に傍に居てくれと言ったんだ。
そして殺しに行ってしまいそうになったら、止めてくれと。
だったら今からでも傍に居て、彼女がアイヴを殺しに行かないように止めていればいいのか。

そんなことはインビシブルのメンバーは全員できる。
ヒショウでなければできないことは何か。


「…ルナティス。」
「ん?」
「…マナの弟は、本当に死んだのか。」
「施設から逃げ出したらしいから確認は取れてないけど、でも逃げた子供は全員ルイが食い殺したって。」


ヒショウはしばし目を丸くして、固まっていた。
ルナティスはどうしたのかと首をかしげている。
だが今の発言におかしいことがあったのかと思い直して

「…っあ!!!!」
ヒショウと同じことに思い至って、声をあげた。
何事かと、周りにいた仲間や病院の人に見られた。

「死んでな」
「ルナティス!」
ヒショウが慌ててルナティスの口を塞いだ。

「マナに聞かれたら、まずい。」
「う、うん…。」

「どうした、2人とも」
「先輩、何か思いついたんですか?」

ギルドの仲間が寄ってきたところで、2人目を見合わせた。
マナ以外になら、話してもいいだろうと。

「声をあげるな。本当に僅かな可能性だが、マナの弟は死んでないかもしれない。」
「…でも、シェイディさ…じゃなくてマスターは死んだって…」

「マナの弟は僕と同い年くらいだって言ってた。」
ルナティスがそう言って、自分を指差した。
「じゃあ何で僕とヒショウは生きてるのさ、って話でしょ。」

「「「「あ」」」」

メル、ウィンリィ、セイヤ、レイヴァが揃って声を漏らした。
あまりに周りの空気が深刻で、そんな簡単なことに誰も気付かなかった。

「僕らが生き残ったのはまた偶然かも知れない。ルイの調子が悪かったとか、他にも逃げた子が居て忙しかったとか。」
「だがマナの弟も生きてる可能性はゼロじゃない。」

サバトの関係者のリストで、逃亡者は死亡者とみなされる。
シェイディはサバトの過去の死亡者があまりに多すぎて確認が取れなかったと言っていた。
だが生きているかもしれないと気付いた以上、本当に死亡しているか確認をとらなければ。



「まずは騎士団が押収してたっていう関係者リストをしらみつぶしに探すか。」

果てしない作業になる予感に、少し一同は遠い目をしていた。
それでも微かな希望はそこにある。