「おはようございます。」

早朝、孤立した病院をプリーストが訪ねてきた。
オペラ仮面をつけているが、見慣れた長い銀髪や線の細い身体、それに声で誰かはすぐに分かった。

「呼び出してごめんね、グローリィ。」
「いいえ、友人の頼みですから。」
「でも何でオペラ仮面つけてるの。」
「ちょっと寝不足で目の下にクマが。」
「うわー、大変なところごめん。じゃあ、プロンテラまでポタお願い。」
「分かりました。」

彼の手から青い魔法石が床に落とされ、砕け散った。
そこに丸い陣が浮かび上がる。




「うわっ、大聖堂ど真ん中にポタ!?」

一同がたどり着いたのはプロンテラ大聖堂の広場のど真ん中だった。
周りを歩いていた聖職者の方々が目を丸くしてみていた。
ヒショウなんかは嫌煙されるアサシンで、特に居心地が悪い。

「通勤の為に取っていたワープポータルだったもので。」
「うん、でも助かった。ありがとう、今度なんか奢るね。」
ルナティスはそう言ってグローリィと握手を交わし、騎士団へ向かおうとした。

が、グローリィの手がそれを許さない。
ルナティスが軽く振っても、痛いほど掴んで放さない。

「……あ、あの、グロさん…?」

オペラ仮面で隠れていない口元が、にっこり微笑んでいる。
それが逆に不気味だった。

「せめてね…ルナ、貴方だけは逃がしませんよ。」
「へ?っうわ?!」

法衣の襟を掴み、チンピラ宜しくねじ上げて顔を寄せてくる。

「貴方達が開放したサバトの孤児たちを大聖堂が今のところ全て引き取っていましてね、その世話や引取り手探しで仕事が増えたんですよ。」
「……あ。」

「その上先日の一件ででた死亡者や、既に亡くなられていた方への追悼もあるんですよ。」
「……い。」

「それにこの月は挙式のラッシュになるんですよ、既に予約されてた方へキャンセルはできないし。」
「……うー」

「もちろん、普段の仕事もそのままですよ?これがどれだけ忙しくて地獄なことか、分かりますか?」
「……ええ、実によく…。」
それで、オペラ仮面で隠さなければいけないほどのクマができたのか。
と皆で納得し、同時に哀れに思った。

「貴方達を責めるつもりはありませんが、引き起こしたようなものでしょう?
お手伝いくらいしてくれますよね?聖職者のお三方?」

腕に捕らえているのはルナティスながらも、お三方ということはその対象にレイヴァとセイヤも入る。
それに元々レイヴァとセイヤは大聖堂でもよく働く優秀な人材として認知されていた。
その2人がいなかっただけでも不便だっただろう。

「…行くか、メルフィリア、ウィンリィ。」
「分かりましたわ。」
「3人とも頑張れー俺らもがんばるからー。」

この状況で、どちらが大変かというのはお互い触れないことにした。





「ヒショウさん…終わらないです、これ終わらないです…」
「終わると思っていれば終わる。…とかルナティスなら言いそうだな。」
「じゃあアンタ本人思ってないんじゃないすか。」

空き部屋に所狭しと積み上げられたファイルを3人は部屋の隅で小さくなって延々めくり続けていた。
ヒショウがサバトの被害者ということで何とか資料室に入れてくれたものの、手伝ってくれるほど甘くはない。
その三人の切ない様子に、見張りをしていた剣士まで手伝いに腰を下ろしてくれる始末。

「せめて…関係者を年代別に分けておいてくれるとか…」
「してたのでしょうね、この様子ですと。めちゃくちゃに運び出した人が悪いんですわ。」

つまりは騎士団の人間。
その言葉に手伝ってくれている剣士が肩を縮めた。

「っす、すいません…」
「別に君を責めているわけじゃない。」
「あっ、私ったら、失言しましたわ。すいません、手伝ってくださってるのに。」
「いえ、大丈夫です。」


「…にしても、候補…出ませんね…」

メルフィリアのその一言が、自然と一同の手を止めて改めてこれでいいのか考え直させる。

「金髪か茶髪、肌は白、瞳はカーキーかグリーン…だったよな…」
「親がその色なら、子もそれを受け継ぐ…と思うんだが…」

ウィンリーとヒショウの再確認をぶち壊すように、手伝ってくれていた剣士がぼそりと呟いた。

「…アルビノ、とか?」

「……。」
「……。」

アルビノ、つまり色素欠乏症。
本当に奇跡に近いような低確率だが、もしそうだとすると瞳も髪も肌も若干変わるのだから今まで見てきた資料も調べ直さなければならなくなる。

自然と4人同時に、調べ終わって部屋の外に運び出した資料のほうに目が行く。

「……。」
「……。」
「……。」
「……まだ調べて、それでもなかったらあちらも見直しましょう。」

メルフィリアの言葉に一同、黙って頷いた。


皆はただひたすら資料をめくり、髪色、瞳を元に候補を挙げていく。
候補がやっとポツポツと挙がり始めた頃、なんだか深刻そうな顔をしたウィンリーが、メルフィリアを手招きした。

「なあ、この子…見覚えあると思って気になってたんだけどさ。」
「あら、にっこり笑ってる子がいるのって珍しいわ。結構綺麗な子だけど…確かに見覚え…」

そこまで口にして、メルフィリアは言葉を止めて息まで止めてしまった。

そして2人は同時に、ヒショウの方を見た。
彼の後ろ姿は淡々と資料をめくっているだけ。
その後姿と写真をついつい見比べた。

「髪色と目を変えたらルナティスさんになりそうよね…。」
「ていうか…昔は明るくて可愛かったってルナティスさん言ってたけど本当だったんだ…。」
「ただの惚気かと思ってましたわ。この名前、なんて読むのかしら…」

「これ知ってる、アマツの字だ。フェイヨンでも使われてたから見たことある。」
「あら本当、出身地がフェイヨンになってる。で、読み方は?」
「なんだっけな…なんか変わった読み方してたような…」

パンッ、と大きい音がして、2人が過剰に震え上がった。
ヒショウがわざとファイルを音をたてて閉じたものらしい。
「そんなもの知らなくていい。」

その声はどこか脅しめいている。
黙った2人を余所目に、ヒショウは音を立てて閉じたファイルを抱えて立ち上がった。

「ヒショウさん、どちらへ?」
「確認を取ってくる。」

何の確認を、と聞く前に彼は部屋の外へ歩き出している。

「すぐに戻る、そのまま調べていてくれ。」

若干血の気が引いている彼の顔は、その場の誰も目にすることはなく。






「……。」

ヒショウの目的地は同建物にある収容所にいる男、アイヴの元だった。
マナの両親の友人であり、2人を殺した男。
シェイディは彼は無罪だというが、定かではない。



『ヒショウ、今すぐ来てくれ。』
「……。」

ギルドチャットで聞こえたのは、シェイディの声だ。
騎士団の者に許可をもらって、日差し少ない薄暗い収容所に足を踏み入れた直前だった。
ヒショウが足を止めたのを、案内役の青年が何事かと振り返った。

『…どうしてもか。』
シェイディが“今すぐ”というからにはただごとではないと分かるが。
『ああ。ルイが死に掛けてる。』

背筋に寒気がした。
ヒショウをあせらせてでも急がせる為にストレートに言ってきたのだろう。
シェイディのその言葉は実に正しかった。

『すぐに行く!!』
『あ、僕も遅れてだけど行く!』

声を張り上げたヒショウに続いて、ルナティスの声がした。

「すまない、急用ができた。アイヴとの面会はまた今度に。」
「え…」

振り返った若い騎士の返事も待たずに、懐から蝶の羽を取り出し握りつぶした。







まるで病室のような部屋のベッドにルイは横たわっていた。
いや、正確には縛り付けられていた。
引っ切りなしに苦しげで悲鳴のようなもがき声がする。

「ルイ!」

ヒショウが駆け寄り、彼女の傍らで呼び掛ける。
彼女は彼を認識したが冷静にはなれず、か細く悲鳴を上げながら顔を動かしてヒショウを探している。
目が見えていないとすぐに知れた。

「何故…!何故だ!イレクシス、何故ルイだけこうなったんだ!」

ルナティスはヒショウの心情を察すれば諌めることも出来ず、ルイの手に触れて顔を覗きこんだ。
彼女からしたら好きでもない奴にそうされたところで嬉しくもないだろうが。

「あの水の副作用だろう。魔物に体が侵食されすぎた結果だ。」
「……俺の時のように、取り出すことは」
「できない。もう彼女の身体は侵食が進みすぎてあの水の力だけで動いてる状態だった。」

そうだろう、出来るなら彼らがそうしている筈だ。

「…ヒショウ、つまりは先程ルイが死にそうだと言ったのには語弊がある。」
「何が…」
「ルイはとっくに死んでいる。」

その言葉に、根拠が見えなくてただ目を丸くした。

「…どういう事だ。」


死にそうだと言ったのはヒショウを急がせる為についた嘘だという。
ルイは既に死んでいる。
今もヒショウを虚ろな目で、泣きながら探しているのに。

「アンデッドと言うよりまるで亡霊だ。身体はもう魔物の力で満ちているのに、彼女の精神はまるで隔絶されたように残っている。死ねば身体から剥がれるものであるのに。」

「もう死んでいるのなら、遠慮なくヒショウ殿にしたように魂を身体からひっぺがそうとしたのだが、離れてもくれぬのだ、これが。」
イレクシスの隣に立ち、プロフェッサーが呑気にそんなことを言いながら溜息をついている。


「…ア、ゥア…ッア…」
「……。」

ルナティスは相変わらずルイを近くで凝視したまま。
その単調なうめき声を聞いているようにも見えた。

「どうした、ルナティス。」

彼女にできることはないと知ったヒショウが悩んでいる時に、彼のその様子を怪訝に思った。
彼は呼ばれてもしばらくルイを見ていたが、ふっ切ったように顔を上げた。

「…リーヤだ。」
「は?」

ルナティスは少し顔色悪く、悲しそうに顔を歪めて告げた。

「…この子、リーヤだよ…変わってしまったけど。」

女性の名前を上げた途端、ヒショウが目を見開いた。
その顔に絶望がさしてくるのが分かり、ルナティスが更に顔を歪めた。

ルナティスはヒショウに残酷な事実を告げたくないと、先程まで躊躇っていた。

「昔、孤児院で僕らと一緒にいて、でもいきなり姿を消した。…肌が黒くて、緑の髪で、少し変わってる見た目で、でも可愛かった。」
「ああ、覚えてる…。」

二人の会話でリーヤという女性が何者か、すぐに分かった。
二人がかつていたサバトと関係する孤児院に一緒に収容されていた孤児、もしかしたら友達だったのかもしれない。

「…初めて見たときから違和感があったし、ずっとうめき声が“アスカ”って言ってるみたいで、気掛かりだったんだ。」
「…リーヤ」
「彼女がリーヤなら、ヒショウに懐くのも頷ける。」

ルナティスの口からあらためて説明されなくても、ヒショウも彼女がリーヤだと知った時点で気付いていた。
彼女がヒショウに懐いた理由が。

「僕らは親がいない分、ヒショウが親代わりで、依存すらしてたから。」

そう、彼女は特にヒショウ―アスカによく懐いていた。
というよりも、明るく積極的で、それ以上に寂しがりだったから、進んでアスカに甘えていた。
彼女が姿を消した時は、ヒショウも特に心配したのを覚えている。

「…僕も、ウォルスも、ルイも、皆同じだ…あの施設で、友情や慰めじゃなくて親のような愛情をくれたのはお前だったから…」

ルナティスがそう呟きながら、ヒショウの隣に立った。
そしてその手をとり、強く握りしめた。


「……。」

しばらく沈黙が続いた。
不意にヒショウがルイの傍にしゃがみ込む。

「………。」

ルナティスの手が名残惜しそうに放され、隠れて彼は顔をしかめた。
例えルイが悲劇のヒロインだったとしても、ヒショウを渡したくなかった。
今まで独占できていたはずの恋人は、次第に揺れ動きルナティスを忘れてきている。
そんな風に思え、子供じみた嫉妬と不安を感じていた。


「…リーヤ」

ヒショウが呼び、彼女の手を握る。
途端にルイ…いや、リーヤはうめき声を止めた。
傍にずっと恋しく思っていた人がいると分かったのだろう。

「アウ、ァッ…」

硬いものが砕ける、不快な音が響いた。
ヒショウが顔をしかめた。
リーヤが強く手を握り、ヒショウの手の骨を砕いてしまった音だった。

「……っ、ヒショウ…!」
「構わない」

ルナティスを制して、ヒショウは穏やかな表情を装った。


「…リーヤ、一人にしてすまなかった…」

砕けていない手で彼女の頭を撫でて囁いた。

「…もう怖いことは何もない。もう怯えなくていい。」
「…ア…カ」

「…僕、は…ここにいる。」

少し戸惑いながら、幼い時の口調を真似た。

「…僕はここにいるから。安心して眠っていいよ、リーヤ。」



リーヤの口元に笑みが浮かび、目が閉じられた。

「……。」

リーヤが吐息混じりに何かを呟いた。
それを聞き取り、アスカはまた彼女の頭を撫でて囁いた。

「…おやすみなさい。」

彼女がささやいた言葉と同じように返す。
それで安心した彼女は目を閉じた。
安らかなリーヤの寝顔を見て、アスカは昔と変わらぬ顔で微笑んでみせた。







白い室内で、魂が1つ消えうせた。
それを見送るようにただ長い沈黙が続く。

「…アスカ」

それを突然壊したのはルナティスの声。
祈るように両手でリーヤの手を握り、額に当てている。

「…アスカ…ッ」

何でもない様子なのに、ルナティスは何かを怖がるように何度も呼びかけだす。

「アスカ!」
「その名前で呼ぶなと言っただろうが。」

ヒショウがそう言いながら振り返る。
もう泣き止んで、目の腫れも収まりかけていた。

「…絶望したりしないさ。馬鹿なことを考えて、馬鹿なことをしていたとは思うが、それは無駄じゃなかった。」

ウォルスや見捨てた子供達への罪悪感を紛らわすために、誰かを助ける贖罪を諦めて、自暴自棄に罰を求めてサバトに身を投じた。
けれど結果として仲間に多大な迷惑はかけたが、少しだけ、少しは救うことができた。
リーヤを見つけることはできた。
ヒショウがいなければ、アスカの面影を求めて彷徨うばかりだったであろう子を。

「ウォルスにも、せっかく許して貰えたんだ…もう自分を無駄にはしない。」

そう言ってヒショウは立ち上がる。
激痛を感じる筈の骨折した手を労る様子が無いのは、やはり精神が不安定で痛みを認識できていないから。
それでもすべきことはちゃんと直感している。

「…俺は大丈夫だ。」

彼はそう言い聞かせるが、ルナティスの表情は晴れなかった。





力を得た代償としてあまりに痛々しく溶け崩れようとしていたリーヤの遺体は形あるうちにその場で火葬された。
骨すら既に溶けかかっていたせいで残らなかった。
ただその場にいる皆で祈っただけ。

「ヒショウさん!作業終わりましたわ!」

ヒショウは手を軽く当て木をして応急処置をしただけですぐに騎士団に戻った。
本当はアイヴに面会に行くためだったのだが、その前に書類の山を抱えたメルフィリアとウィンリーに合流できた。

「なんか隊長さんの計らいで訓練終わった剣士や騎士を手伝わせてくれたんだ、いい人だな!」
「そうか…それが25年から10年前の死亡者リストか」
「ええ。それで、もうマナさんの弟候補者もいくつか上げられましたわ。」

目にクマを作ったメルフィリアが、ヒショウに書類の束を渡す。
ウィンリーが持っている束は、候補に挙げられなかったリストらしい。
ヒショウがその場に膝を着いてリストを並べる。

「…………。」

その中に、ヒショウが見覚えのある子供も何人かいた。
ヒショウが孤児院に居たのと同時期なのだから当然だった。
おそらくウィンリーが持っている中にも知っている顔はいるだろうし、リーヤもいるかもしれない。

「でも髪の色と瞳の色が同時に合う奴ってなかなかいないんだよな。この子がいけるかと思ったけど」

ウィンリーがリストの1つを指差すが

「女の子ですものね…」

メルフィリアが否定する。

「あ、で、こちらは男なのだけれども」

メルフィリアがリストの1つを指差すが
「出身地はジュノー。施設内で生まれた筈のマナさんの弟は出身地不明になってるはずだから違う。」
今度はウィンリーが否定する。

「やっぱり…マナさんの弟さん…なくなったのかしら」
「あれ、でも待てって、ここにいないってことは死んでないってみなされてるんだろ?」
「あら…でも生存者の中にはいないって…」

沸いて出てきた矛盾に、二人は目を合わせて首を傾げた。
そんな二人の会話に加わらずにリストを眺めていたヒショウが突然

「……っ、は、はは…」

小さく笑った。


その様子に二人は更に怪訝な顔をした。

「…まさかとは思ったけど…やっぱり、なのか…」

彼の言葉の意味を理解できず、ただ二人は眉間にしわを寄せるばかりだ。

少ししてヒショウは苦笑いしながら、懐から床に散らばっているのと同じ形式のリストを取り出し
それを二人に向かって突きつけた。
薄汚れたその紙は、朝方にファイルの山を掻き分けている中でヒショウが見つけて、アイヴのところへ持っていこうとしていたものだ。

ヒショウにはそのリストに載っている人物がもしや当たりなのではという予感があった。
そしてすべてファイルを調べ終わった今、それが当たりだったと分かってしまった。

「……え?」
「……へ?」

二人はそのリストを見つめてしばらく固まった。




「「ぇえええええええええええええ!!!!!!!!!!!?????」」

そして驚愕に声を張り上げた。









「と、いうわけだ。」

泣きはらして目が赤く、頭を掻き毟って髪が乱れ、痛々しい様子になったマナ。
だが彼女はその時、理性を取り戻していた。


彼女が理性を取り戻したそのきっかけはヒショウの『弟は生きている』という言葉だった。
死を確信していたシェイディは驚くよりも、『無意味な希望を持たせるな』不安げに忠告した。
マナにこれ以上負担をかけたくなかったからだ。
結局それでまた『やはり弟は死んでいた』という結論になれば、マナをまた苦しめることになる。

けれどそれが分からないほどヒショウもバカではない。
だからシェイディも僅かに希望を持ち始めていた。


だが彼が持ってきたのは、朗報というよりも
ただ驚愕の事実だった。

事実を提示したヒショウは冷静。
メルフィリアとウィンリーは少し困った様子でいる。
そしてその他一同は愕然としている。

マナの手元に置かれた古びた孤児のリストの1ページ。
そこに映っている少年は、瞳はぼさぼさの髪に隠れて見えないが確かに金髪。

そして名前の欄に綴られているのは「ルナティス」だ。
マナの弟はルナティスだった、つまりそういうことだ。


「「…嘘だろ」」

マナとルナティスの声が被った。

「ちゃんと全部調べたんだ。最後に残った候補はルナティスだけだ。」
「…見落としとか、じゃないのか…?それかリストが欠けてたとか。」

ヒショウの言葉にルナティスが顔を引きつらせながらそういう。

「その可能性はゼロじゃないが、俺が思うに間違いない。」

彼は妙に自信満々だった。

「…その根拠は?」
「直感」

根拠になっていない、と聞いたマナが顔を引きつらせた。
そんな彼女に「だけどな、」とヒショウが続ける。

「日ごろ常々お前らは似てるなと思ってたんだ。」

その言葉に、思わずインビシブル・ゴーストの両メンバーは少し納得して頷いた。
そっくり、というわけではないが、二人は気が合うとか、いいコンビだと誰もが思っていた。
その様子に段々そんな気がしてきて、マナとルナティスはいたたまれなくなってきていた。
お互い目を合わせることもできない。

「……っっ、ご、ごめんすっきりしない!!なんとか確認とれないのかな!もっと僕をどうしようもなく納得させる証拠ってないのかな!!」

ルナティスがマナから露骨に目をそらすどころか顔も逸らしてそう言う。

「それで、アイヴに確認を取ろうとしていたら、リーヤのことで呼び出しを受けたんだが。」
「そっか!じゃあとりあえずアイヴさんとこにいこうか!!」
「それが、さっき行こうとしたら面会謝絶といわれた。」

えーっ、とルナティスが抗議の声をあげるその後ろで、シェイディが目を見開いた。
そして考えこむのを、ルナティスと向かい合っていたヒショウは偶然にも目にした。
どうした、と聞く前に彼は自ら口を開いた。

「アイヴは、ルイ…いや、リーヤと同じ症状を出していた。」
「……。」
「へ?」

マナはすぐにその意味を理解し、ルナティスは少々テンパっていたせいで反応を遅らせていた。

「先日会いにいったら、酷く衰弱して…視力も失っていた。彼もサバトに何らかの実験を施されていたんだろう。」
「それって、アイヴさんも…リーヤみたいに死ぬってこと、か…?」
「…多分な、恐らく、人としてすべきことではないと思うが…リーヤもアイヴも、“維持”が必要だった筈だ。
サバトはもうない、アイヴの命を維持する術はない。彼もきっとそれを望んでいない。」

だから、恐らく彼は今最期の刻を迎えている。
その異常事態に、騎士団は慌てて面会謝絶という手を取ったのだろう。

「……。」

マナはうつむき、唇を噛んだ。
まだ彼女にはあの男の正体の確信が持てない。
ずっと敵だと信じてきた、両親の仇だと信じていた。

その正体は実は両親の親友だった、そういわれても彼が殺していないということにはならない。
まだ彼女には踏み出すだけの理由が持てなかった。





―――…君を、助けに来た…


「…会いに、行く。」

だが踏み出したのはルナティスのほうだった。

「…僕は…ひょっとしたら、アイヴさんに言わなきゃいけないことがあるかもしれない。」
本当に僕がマナの弟だったなら、と小さく付け足したのは、すぐ近くのマナにだけ聞こえた。


―――できもしないのに、余計なことしないで。



「僕は…謝らなければいけないのかもしれない。」




今度は、ルナティスが動く番だった。