耐えられなかった。 「お兄さんは、なんでここにくるの」 自分が唯一愛した二人の子供が目の前にいる。 やっと会えたと思ったのに。 「しごと、しなきゃいけないんだ。ドア、開けて。」 表情はルーカスによく似ていた。 髪や瞳はレナ譲り。 だがこの世の希望を失ったような死んだ表情はどちらにも似ていない。 二人によく似た姿が、薄暗い狭い部屋、濃い匂いの香の中、裸で、大人たちに踏みにじられる。 どうしようもなく苦しい。 二人を、最愛の人を汚された気さえする。 「…君を、助けにきた…」 そうは言うが、アイヴも今は目の前の少年と同じ穴のムジナだ。 できるなら命を賭けて助けたい。 母親を、助けられずに酷い死なせ方をしてしまったから。 「…助けてなんて言ってない。」 だが少年は無表情のままその言葉を突っぱねた。 「僕がしごとをやめたら、友達がこうなるんだ。」 自分をこの部屋に送り込んだ大人達や、ここで殴ったり犯してくる大人達よりも憎むような目で見る。 「大事な子が、痛いことされる、気持ち悪いことされる。」 それはつまり、彼自身が「痛い、気持ち悪い」と思っている。 訴えている。 彼は幼いながらもルーカスの賢さを受け継いでいたらしい。 自分が何を望めば周りにどんな影響がでるか、分かっているのだ。 「できもしないのに、余計なことしないで。」 できもしない。 そうだ、いつもそうだ。 自分は何もできない。 ずっとルーカスとレナに助けられてきたのだ。 弱いから、何もできないから。 その瞬間、俺にはもう二人とその子供達との間に入ることはできないのだと、愛しかった人達はもうどこにもいないと実感させられた。 もうアイヴが虫の息と知り、助かる術も助ける必要もないと判断した騎士団は、皆を素直に案内してくれた。 一同の目に映るアイヴは既に息を引き取っている…そう見えた。 牢から出されて簡素な仮眠用のベッドに横たえられた死体のように見えたが、近くによってよく見ればまだ胸が上下していた。 皆は彼の様子が見える程度、数歩離れたところに、マナは部屋の隅に、ルナティスは彼のすぐ傍らに居る。 ルナティスが何か調べるように彼の顔をのぞき込み、恐る恐る前髪を掻きあげ、冷たい顔に触れている。 そしてすぐにその手を止めた。 「……アイヴ、さん…やっぱり…」 ルナティスの声は力なく、ただ悲しんでいるようだった。 「あの時の…」 思い出したのだろう、過去に彼と会っていたことを。 もしルナティスが本当にマナの弟で、ルーカスとレナの子供なら、彼が会いに行かなかったはずが無い。 助けようとしたはずだ。 そしてルナティスは彼を知っていた。 つまり、やはりルナティスは… ルーカス・レナ・アイヴ、そしてルナティス・マナの関係。 パズルが潔く解けても、それは残された当人達には受け入れがたかった。 ルナティスとマナは互いにずっと知らずに偶然にすごしてきたのだ。 ヒショウの見つけた曖昧な証拠では受け入れられなかった。 それでも、今目の前にある光景が、全てを立証している。 マナは無意識に、ルナティスのほうに足を進めていた。 その時、小さくうめき声があがった。 「……。」 懐かしい声がした。 少し、高いような気もしたが、あの男の声だった。 もう、いる筈のない男の声。 「…ルー、カス…」 殆ど目は見えない、微かな人の輪郭しか見えない。 だがルーカスの声だ。 段々冷たくなる身体、だがルーカスが触れてきた頬は温かい。 ああ、もうすぐ死ぬんだ。 だからこんな幻を。 「…許せ…助け、れず…」 『…誰も…お前、を…責めちゃいない。それに子供はちゃんとあんたに救われた。感謝してた。』 微かに首を横に振り、否定した。 だがそれをルーカスか少し笑い、制するように額を押さえてくる。 『暗くて息が詰まる部屋、閉じ込められてるところを何度も訪ねてくれた。自分から地獄に篭って出ない…あの子を。 扉が開かれる度にくる奴は全て鬼のように思え、絶えない地獄のようだった。 扉が開くこと自体が恐怖だった。 だがその中、アイヴが来て、長くない時間でも周りから守ってくれた。 そんな些細なことでもどんなに救いだったか、貴方にはわからないだろう。 僕を心配してくれる人がいたから、生き抜けたんだ…僕は…。』 なんだか、耳も遠くなってきたせいで段々とルーカスの言うことがよく分からなくなってきた。 でも、許してくれたのは分かった。 「ル…カス…」 許してくれるなら、どうか最期に… 「…ルーカス…何処にいるんだ…まだ、お前が…見えないんだ…」 震える腕を持ち上げ、アイヴはルーカスを呼ぶ。 その腕が温かい手に包まれても、彼には求める者が見えていない。 それでも手の感触が、ルーカスがそこにいることを教えてくれる。 愛しい人が在る、それがこんなにも幸福なことだとはじめて知った。 『大丈夫、もうすぐ…ちゃんと、会える……三人、一緒になれる…』 ルーカスはかさついた石のような肌の頬に触れてくる。 アイヴは微かに笑みを浮かべ、それに答えた。 「……なあ…今度は、約束、する…」 『……約束?』 忘れたのか、とアイヴは苦笑いを浮かべる。 死に際になって、彼は久々に気分がよかった。 今までにないくらい、笑顔を浮かべられる程に。 「…今度こそ…まえ、の…子供、…ちの…」 ―今度こそ、お前の子供達のおじさんになってやる― 声は上げなかった。 だがその言葉を聴いた瞬間、ルナティスは堰を切ったように涙を流した。 「……あの時、酷いこと言って、ごめんなさい…ごめんなさいっ…」 ルナティスが過去に何と言ったのかは誰も知らない。 だが 「でも、助けてくれて…ありがとう…。」 彼が強く感じているのは、謝罪よりも感謝であると分かった。 その表情は悲しんでいてもどこか穏やかだったから。 絶望の涙ではなく、ただ悲しみの涙なら、いつか乗り越えて強くなれる。 もうすぐ明け方。 宿の締め切った窓から徐々に光が差し込んでくる。 「…朝だな。」 「うん。」 長かった沈黙を苦し紛れに破るヒショウだが、ルナティスの返事はそっけない。 しばらくしてヒショウが困ったように言葉を捜す。 だがアイヴを失った後の彼になんと声をかければいいかわからない。 一人にしてやったほうがいいかとも思うが、何故かひざ枕を頼まれてそうしてやっているので動けない。 ルナティスはもう泣かず、ただ何か考えるように虚空を見ながらヒショウの膝に頭を預けている。 だがアイヴは命の恩人であり、ずっと助けようと努力してくれた人、家族になれたかもしれない人であった。 失って悲しくないはずはない。 何も言えず、膝の上にあるルナティスの頭を撫でた。 「…僕に言葉はいらないよ。」 ルナティスはそう言って、撫でてくるヒショウの手に触れた。 欲しいのは言葉より、それだと言いたげに。 「……。」 どちらにせよ、ヒショウには気の利いたことなど言えない。 「何よりお前を選びたかった。だからあの時、アイヴさんが差し延べてくれた手も、僕はとらなかった。」 ヒショウの手の平に唇を充てて囁く。 『この手だけが欲しかった』と。 「…俺はお前に何もしてやれない、昔のようにもなれない…何でそこまで、俺に入れ込むんだ…お前も、リーヤも…」 「昔からアスカを一人占めしたかったんだよ、皆。…僕は途中で売春を始めたせいで、歪んだみたいだけど。」 子供っぽいが聡明。 明るいが妖艶。 ルナティスは指先でヒショウの顎をなぞり、首筋を伝い胸までおりる。 「惚れたとか、恋だとか、そんな言葉で僕の気持ちはきっと表せない。 …僕が死んでも、仲間を失っても、踏みにじられても アスカが人形のようになっても、壊れても、身体が無くなっても…僕はお前を放せない。」 いつもはヒショウを不安がらせないように、嫌われないように、汚い欲望なんて隠して綺麗に飾った本心を見せるルナティス。 なのに、今の彼は珍しく言葉に思いを乗せていたようだ。 多少は彼も冷静さを欠いているのが分かった。 「分かってる。」 ただ受け入れて、宥めるようにルナティスの頭を軽く叩く。 『ヒショウ、客が来てるぞ』 シェイディからのWISに二人は同時に身体の動きを止めた。 『…分かった、今』 『取り込み中』 『『は?』』 今行くと答えようとしていたヒショウを遮り、ルナティスがギルドチャットに割り込んだ。 思わず怪訝に声を漏らしたのはシェイディだけではなかった。 「っ…」 彼は身体を起こし、ヒショウにのしかかって唇を奪う。 とっさにギルドチャットをオフに切り替えた。 行かせない、話させないと組み敷いて唇を押し付けて。 「…んっ…ん…」 咄嗟のことで、抵抗した。 けれどすぐに力を抜く。 あんなことがあった日だ。 慰める意味でも、せめて今日くらいは… ルナティスの頬に手を当てて少し唇を離させ、それを確認してからギルドチャットをオンにする。 『……悪い、取り込み中だ。』 二人の今の状況、もしかしたら皆感づいているのかもしれない。 そう思えばどうしようもなく恥ずかしいが、言い訳も浮かばない。 それに今言い訳をすれば、本気のルナティスに失礼だと思った。 もう行かないと分かり安心したのか、肩を押さえる手が放された。 「…俺もそうやって盲目的になれれば、お前の為にもなるのにな。」 まだ口内にルナティスの熱が残る唇で呟く。 まったくだ、とルナティスがふざけたように言う。 けれどそう口にしてから、何か視線を下げてボソボソと呟く。 「…ウォルスとかリーヤの為にお前が動くのが、どうしようもなく腹立たしかった。」 ルナティスの拗ねたような声で言うのが可笑しくて、口元がひきつった。 それを見て「笑いごとじゃない」と更に拗ねられる。 「…悪かった。」 「……。」 「なあ、ルナティス…」 「何?」 情欲よりも甘えるように、腰に手を回して身体を抱きしめてくるルナティスに、子供を相手にしている心地になりながら言い聞かせる。 「もう、大人ぶるのも、物分かり良いふりもしなくていい。」 「……。」 「その方が、俺も“綺麗で優秀で人の良いお前に自分は釣り合わない”と、凹む回数も少ないだろうしな。」 ルナティスが顔を上げて、至近距離で苦笑いしていた。 「アスカに綺麗って言われた。」 「初めてじゃないが。」 「そうだっけ…あー、そういえば孤児院で…?」 「お前ががらりと身なりがよくなった時だな。」 「…あれは皆驚いてたな…。」 いつも皆よりもみすぼらしくしていた少年が小綺麗になって、その整った顔立ちも隠さないようになった。 それを思い出し、穏やかに昔を思い出す。 その理由は売春をさせられるようになったからなのだが。 それを口にすればヒショウがまた罪悪感を感じるだろうと、口にはしなかった。 その事実は彼を縛る為に使っても、彼を責めるものにはしたくない。 「つりあわないなんてこと、絶対無いよ。」 「いや、日ごろ皆にも言われてると思うが…」 「絶対無い。だって…」 お前がいなければ、そんな人格だって要らないんだから― 確かに彼は昔とはまるで違う、初めて彼が欲しい、独り占めしたいと思った時の面影は僅かで… いろいろあった、その度に彼は変わったから。 「アスカ」 けれど本質は変わらないから、魂は変わらないから 「…欲しい」 その事実はも変わりようがない。 「…あまり…音を立てるなよ。」 「………。」 顔を赤く染めているのは、ルナティスの何となくに言った『欲しい』という言葉を『身体を』と解釈したからだろう。 美味しい勘違いをしてくれたと内心ガッツポーズをした。 「っ…は…」 暗闇の中で 交配の擬似。 まがい物の繋がり。 「…痛い?」 「…っ、く、るし…」 それでも、誰より、何よりも欲しいから そうすることしか出来なくて、知らなくて 互いに精を残しあったところで何も生まれるわけもなく 「ごめん…」 それでも 何か、心には残せる気がするから 「あや、まる…な…」 アサシンの敏感さは時に弱点だ。 痛みに弱いヒショウは生理的な涙を流しながら、気丈に振る舞いルナティスを睨みつけた。 あまり音を立てるなとはじめに指摘したが、それ以上にいつも騒音の要素になるのはヒショウの声だ。 わかってるからいつも極力声を抑えようと必死になっている。 早々連れ込み宿にいくことも、二人だけで遠くに行くこともないのでそれは毎夜のことになる。 「――っっあ!!っん、う!!っは、ぁ…や、あ!」 まだ感覚に慣れない内に弱いところを責める。 うつぶせていたヒショウの腰を持ち上げ、のしかかるように肩をシーツに押さえつけて突きこむ。 快楽を、熱の開放を、というよりも、声を出させようとしているのはやられている当人にもわかった。 毎夜行為のたびに声を必死に押さえなければならない、それが彼が行為を嫌がる原因のひとつだろうが それ以上に悩みの種なのはルナティスがそれを責め崩そうとすること。 終われば謝るくせに、悪いクセのように止めようとしない。 「聞かせて、もっと…乱れて…」 ため息のようにささやかれたが、最後のところは自分の呼吸にかき消されて聞こえない。 声をただ聞きたい、それがルナティスの願望というのはわかるが、仲間達にこんな声を聞かれたら生きていけない。 苦しい、けれどそれ以上に 身体の中が暑い。 芯温があがりすぎて皮膚温がついていかないのか、外気が異様に冷たい。 でも、体の中はこんなにも… 「っああ、あ、あ!っやめ、頼っ!ま、まだ!」 思考がかき乱される。 シーツを掻いて、枕に顔をうずめた。 それしかもう抵抗できる術が無い。 震える白い背中がどこか可哀想に小さくなって、けれど愛おしくてルナティスは口元に笑みを浮かべた。 責めるのはやめて、そっと彼の背中に身体を寄せた。 汗で濡れて少し冷えていたが、すぐに上昇した体温が伝わってくる。 「…っ、っ…」 労るように肩を撫でても、下はずっと抜き差しを繰り返している。 何度も、何度も むしろ動きを緩めたせいで中で動いている固いものが、無機質ではなく脈打っている恋人のモノだと実感して、顔に血が上る。 ずっと傍にいた親友が、いつの間にかこんな身体の中にまでいる。 ちがう、もう親友ではなくて、恋人で… 「脈打ってるの、分かる?」 心を見透かしたようなルナティスの声。 「……っ…」 言葉にはできなかったが、頷いて肯定した。 「すごい、気持ちイイから…」 中にいるのは自分だと主張するように、腰を尻にぴったりと押し付けてきて、すこし疲労した股をさする。 いつもならセクハラだと殴り飛ばすのに、それさえもあえぎ声を引き出す要素になりかける。 口元に笑みを浮かべながら、腰を掴んで彼の中を動く。 温かい肉を割り、密着する性器と性器代わりで感じあう。 「っん、っあ…」 ただ少し動かれるだけで鳥肌が立ち足が震える。 動きをゆるくしたものの、まったく中で動くのをやめようとしない。 ヒショウが震えながら漏らした「待て」という声に、ルナティスが笑う。 「だーめ」 楽しそうな彼の声に、次にされることは容易に想像できた。 「っう、あ!待て、そこっ!」 「だって、イイ、だろ?」 また、感じるところを責められる。 時折一番奥まで、内臓を突き上げるような衝撃も混ざる。 絞めても逃げても懇願しても、熱い塊が尻を割り入って乱してくる。 普通考えられないような使い方をされている器官が、それを喜んでいるように卑猥な音を立てさせられて。 声をずっと聞かれている。 堪らない。 「っや…嫌だ…っ、こ、こんな…」 「…僕に抱かれるのが、嫌?」 それは違うと、すぐに首を横に振った。 「抱かれてる自分の姿が嫌?」 すぐにそう聞いてくるあたり、ルナティスには分かっている。 それなのに聞いてくるのは意地が悪いと思った。 「僕は好きだから、問題ないね。」 ヒショウの意地を切り捨て、また同じように攻める。 「っああ!っは…っああ!…っや、やめ…っまだ…」 「まだ?」 「っだ、い…イキ、たく…ない…!」 身体の震えと同じく震える声が、最後裏返る。 「…も、少し…このまま…っは…」 快感に痺れて痙攣するヒショウの体内で締め付けられながら、動くのを待てというのはかなり辛い。 それを分かっているのだろうか。 「好きな人、抱いてて、待てなんて言われるの、辛いだろ…」 「お、男と、女じゃ、全然…違うっ…」 ルナティスはその言葉を聞き流しかけたが、すぐに気になって頭の中で反復させた。 そうだ、そもそもヒショウは男を抱いたことがない。 例え男でも、抱けばその身体がどんなに気持ち良いかしらない。 好きな人なら、乱れ喘ぐ姿にどれだけ理性を乱されるか知らない。 「分かってよ…」 ルナティスは身体を密着させるように近付き、耳元で囁きながら頬を撫でる。 汗の滲んだ肌と、濡れた肌に張り付いた髪の感触。 「男とか、女とか、全然…関係ないんだ。」 「んっ…!」 浅く早くなっていた呼吸が、硬く熱を持っていたところを捕まれ、止まった。 駄目だ、出る。 「っあ、待っ…」 「もう、出せるだろ?」 いつもは一緒に快感を負わせてくれるのに、ルナティスはどこか容赦なかった。 ただひたすら、前と後ろから感じるところを。 頭が白くなって、一人取り残されていく気がした。 「っあ、ぁあ!あっ!」 一瞬、熱だけでなく理性まで搾り取られて、射精に至る。 ヒショウの足の間、ルナティスの手の中から白い液体が滴る。 しばらく、荒い呼吸が一人分だけ、部屋に響いていた。 「……っルナ…ティス…」 中で、まだ脈打っているものがある。 こうして達したときに、中で弾けていたのに。 一人、少しイクのが早すぎた。 けれどそれはルナティスが容赦なくしてくるから。 「っあ!」 突然、足を動かされて、繋がったまま体勢を入れ替えさせられる。 「っふ…あ、ル…ナ、ティス…」 「…ずっと、夢見てたんだ…」 「っは、…っ…話す、か、するか、どっちかに…っい!」 文句をつけようとしたら軽く中を突き上げられ、言葉を封じられる。 捕まれたものは緩く扱かれ、さっきの開放で下がりかけた体温はまた上がりっぱなしだ。 「…狭い部屋で、痛いことをされながら…」 不意に、ルナティスの声が低くなった気がして、声を抑えた。 息を止めて、喘ぎも抑えようとした。 けれど、この手はまた容赦が無いから。 「脂臭いおやじのモノを舐めて、化粧臭いおばさんの股に顔埋めて、知らない男のモノ血が出るまで突っ込まれて」 話す声が、ルナティスに聞こえなくなってきて、この暗闇が怖くなった。 それでも、今ヒショウを抱いているのはルナティスの筈だ。 当然のことを必死に信じて、ルナティスの顔を手探りで捜し、両手を彼の頬に添えた。 「強い嫌な香の中で…」 不意に、サバトに戻った時に宛がわれた部屋を思い出した。 香の煙りが立ち込めた狭い部屋。 広いベッドと小さなテーブルがあるだけの部屋。 本来は何に使われた部屋か、少し考えればわかった。 「…ルナ、ティス」 「お前となら、こんなに気持ち悪くないだろう、って」 頬に添えた手が汗ではない水に濡れた。 こんなことを話していたら、ルナティスが壊れていく気がした。 「一回、若い人を相手にした時…アスカだと思って、したら…やっぱり、気持ち良かった。」 でも、終わって現実が見えた時、好きな人への侮辱と思っただろう。 渇いた笑いで、ヒショウに小さく「ごめん」と謝った。 「…謝るな」 ルナティスの頬に軽く爪を立てた。 大して痛くないだろうに「いたたたたた」と声があがる。 「今は夢じゃない…昔のことだって…もう思い出さなくていい。」 声にするだけで泣くほど、彼には忌まわしい記憶だ。 あの部屋は人を狂わせる力があった。 人から絶望と諦め以外の全てを摘み取る力があった。 あんな部屋に通わされたことなど、絶対に思い出したくないはずだ。 「これが、現実だ。俺はここにいる。」 「ああ。」 「お前が守って、くれたから、放さないでいてくれたから…」 「…ああ。」 何も知らない時は、軽い気持ちで傍にいると思っていたのに。 ただ支えてくれるだけと思っていたのに。 「ごめんね…」 特に抱かれている時、彼が謝る訳が分かった。 誰よりも必要としているから、依存しているからだった。 必要としていたのは自分だけだと昔は思っていた。 でも、だんだん分かってきた。 「っ…分か…てる…」 向かい合って、抱きついてきたルナティスの背に腕を廻した。 できれば、下のものを抜いて欲しかったが。
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