視線の先で白銀が煌く。
自分が放つカタールの光であるが、こうしてまじまじと自分の剣の軌道を見るのは久々である。
いつの間にか戦うことは身体に染み付き、生活の一部となり自分の技を省みることを忘れていた。
今となっては省みざるを得ない状況なのだが。
「…っ」
左手のカタールが目の前のハイオークの巨躯に弾かれて手から抜けてしまった。
だがそれはなんとなく予想済みで、すぐに相手からの反撃を右手でフォローして下がる。
下がりながら左手で左足腿を叩く。
感覚が、ない。
「ヒショウ!」
「大丈夫だ!」
背後で別のオークを相手していたルナティスがフォローに廻ろうとするが、それを制して左へ転げるようにハイオークの斧をかわす。
いつもより多く持ったレッドジェムストーンを取り出して、地面に転がっていたカタールの傍へ。
魔力を秘めて禍々しい赤に染まった鉱石。
それをハイオークに投げつけて発動すると、鉱石は砕けて毒の霧を発生させた。
ウィザードのように自身の精神力と魔力を媒体として力を発揮するのではなく、ちっぽけな鉱石の魔力のみに頼るような技なのでそれ自体に大して威力は宿らない。
だが一瞬の目くらましと足止めには十分だった。
レッドジェムストーンを投げて空いた手でカタールを拾い、すでにカタールを持っている右手で重ねて持つ。
どんなに魔法の才能がない者でも、前衛職でも、精神というものがある限り魔力がゼロであるということもないらしい。
自分の中にある塵程度の魔力を集中し、よく知った毒の成分を生み出す。
そしてカタールの刃先が一瞬膜を張ったような毒々しい光沢を持ったのを確認し、毒属性を帯びたカタールを手に踏み出す。
左手の感覚がまだ無いのだ、またちゃんと構え直したところで左手に荷物を抱えただけで大して威力は出せない。
それならばと右足を踏ん張り、腰から上のバネでカタールを投げつける。
毒をもったカタールはベノムナイフよりは威力があったようだ。
外から、内から毒に侵されるハイオークは苦しげにのた打ち回る。
だがアサシンクロスでもなければ一瞬で絶命させられるような毒は使えないし、そもそも俺は毒自体得手ではない。
とどめを刺すべく左手を地面について走る補助にしながら地を這うように走る。
そして毒に気を取られていた奴の懐に忍び込み、跳ね上がるようにして顎へカタールの刃を差し込む。
与えたのは致命傷、だが最後の力を振り絞って斧の柄で後ろから叩き潰そうとしてくるのを、先ほど投げつけたカタールを回収しつつ敵の身体を蹴って飛び逃げる。
宙にいながら、倒れていく魔物の姿を確認した。
背後でハイオークより下級のオークレディだとかオークを相手していたルナティスが仕事を片付けて戦利品を回収していた。
「怪我は?」
「ない。そっちは。」
「ないよ。」
彼の足元にポーションの瓶が転がっていた、使ったのだろう。
だが完全回避理想の戦い方をする自分とは違い、ルナティスはある程度ダメージを受けることを考慮して腕力を鍛えているタイプだ。
これくらいなら無傷のうちに入る。
互いに無傷を確認して、その草原から街を目指して歩き出した。
「ハイオーク相手にこの様とは。」
「え、無傷だっただろ。」
「レッドジェムストーンを浪費した。あと戦い方が少し危うい。」
「…また左半身痺れたのか?」
「もう直った。」
時折、立て続けに動いたりすると常に痺れのような違和感がある左半身が強く痺れることがある。
激しい運動を止めればすぐに直るのだが。
今回は生息域から大きく外れた場所で暴れていたオークの駆除の依頼、大して危険はないだろうとリハビリがてらに受けた仕事だった。
敵はそれだけだったからいいが、これが普通の狩りで何時間も戦い続けるような場所にいたら。
すぐに息切れして身体も動かない戦闘不能になるのは目に見えた。
「…引退か。」
ぼそっと呟いた言葉に、ルナティスは驚いた様子も無く「じゃあ何の仕事しようか」なんて次の話を進めている。
ヒショウだけではない、ルナティスもまた冒険者を続けるには傷害があった。
精神力がある限り誰にでもある魔力、ルナティスはプリーストという職もあってただの前衛職より備わっているそれを行使することができない。
初めて人を殺してから。
ヒショウとルナティスを追い詰めたセージと、その弟子のアルケミスト。
あの二人を殺害して以来。魔力の一切を使うことができなくなっているのだ。
その一件に関しては操作がルナティスの元へ及ぶことは無かったし、現在操作されているのかどうかも定かではない。
ルナティスが思うに“もみ消された”のではないか。
彼を守ろうとする組織…たとえばシェイディ達のゴーストや、彼を拾い庇ったグローリィやその周りの教会。
もしくはあのセージとアルケミストが行っていた不正を隠そうとする、サバトやその他各ギルド。
ルナティスが犯人として吊るし上げられても、誰も彼も損はあっても得はないだろう。
ただそれをルナティスが素直に喜べるはずも無く、保身し保身されている事実が罪悪感を煽って彼にプリーストとして戦うことを許さないのかもしれない。
「てわけでお前をインビシブルの家事手伝い専属に任命する。」
仮引退の旨をマナに話したところ、「要は暇が増えたってことだろ」と一言で片付けられ、そして続いた言葉がそれである。
「いやーよかったなーヒショウ、いい保父さんになるぞー」
「その言葉を借りるとアンタは児童だな。」
「うわ、嫌な切り替えしすんな。」
いろいろとおかしな言い方をされてなんとなく反感を覚えてしまうが、それでも元気になったマナを見ているとまあいいかと思う。
もし弟がルナティスでなかったらこんなに早い回復も見られなかったかもしれない。
全くお互いを知らないようなら分かり合うのに時間がかかっただろうが、ルナティスならもう十分にマナは悪友のように、時には姉のように接してきた。
それでもまだマナを“姉”とは呼べないルナティスだが
「せんせー、保父さんじゃなくて新妻がいいです。」
「新妻の位置はシェイディにさせるから駄目だ。」
そんな風にふざけあう姿は姉弟といわれればそう見える。
ちなみにヒショウがなんとなくギルドエンブレムの裏を見るとシェイディの職位がマスターの筈なのに[花嫁修業中]になっていた。
なんでも彼はギルドからずっと離れていたのでマナがその分しばらく家事を押し付けようとしていたらしい。
「シェイディ、そういえば“ゴースト”の方はどうする。」
ヒショウが聞くと、彼は何故か視線を落として苦笑いを浮かべた。
「…終わったんだろ?」
ルナティスも問うが、その口調から何かをある程度察していることが窺える。
若きマスターであり、逃走組織の参謀は小さく頷いた。
「………もう、終わる。」
シェイディがそう言い終わるのとほぼ同時に、レイヴァが座っていた椅子を立った。
どこへ歩き出すでもなく、立ち尽くしたように。
それを怪訝に思って誰とも無くメンバーが彼に声をかける。
『ルナ』
またそれとも同時に、ルナティスの元にWISが届いた。
声からして大聖堂勤めをしているプリースト、グローリィ。
サバト進入の際に機密情報を提供してくれた彼だった。
何かと返す間もなく彼は急ぐように早口で話を進めた。
『緊急同報が届きました。もしそちらで事情を知っているなら良いのですが、知らないなら取り乱さないでください。』
『心当たりはないけど、OK。内容は?』
取り乱すくらいなら唖然とさせてしまえとばかりに、その緊急同報は彼が心の準備もさせないペースで告げられた。
『聖騎士団が指名手配者ギルド“ゴースト”のアジトを発見。リーダー、フェアリ・アレイ・ゼルリアを始め、ゴースト全メンバーを捕縛、後に処刑したそうです。』
それは狙い通りルナティスの思考を凝固させた。
レイヴァはクルセイダーだ。聖騎士ギルドからのWISか、友人からのWISかは分からないが、同じ内容の報告を受けたのだろう。
思考を立て直せずにいたルナティスの代わりに、彼は重圧のある声でそれを皆に告げた。
カツン、カツンと静寂の中で硬質の物が静かにぶつかり合う音がしている。
その場に聞こえるのは壁の外の風だけだ。
その部屋にいるのはゴーストのメンバー全員で、なかなかの大人数なのだが、シェイディ・レイの2人を除いて皆一切の言葉を押し込んで動きもしない。
部屋の中心にいるのは白い肌に長い銀髪を結い上げた青年二人。
いや片方は男ではなく女だが、胸はサラシで押さえて膨らみを隠し、大柄でもない身体をせめて大きく見せるようにか、背筋も肩もぴんと張って締まった筋肉が誇張されている。
本質は同じだから体つきの違う二人、それでも向かい合って同じような体勢で盤面に挑む様子は神秘的だった。
「…en passant」
鼻歌のように言いながら剣だこや傷に覆われた手が相手のポーンの駒を攫っていく。
そして敗北を突きつけるように得た駒を指先で廻して、テーブルの端に落とした。
「まさかうっかりルールを忘れていたか?」
「…四面楚歌に追い詰めておきながらそれを言うか。」
勝者のロードナイトは敗者のホワイトスミスと同じ造形の顔なのに、心底意地悪そうに笑う。
「人や組織の心を読むのは得意のくせしていつまでたってもチェスは上達しないな。」
「…実際の戦術や交渉とチェスは違う。」
「チェスはね、相手の心理を読んで先の手を予測するのは最後だけでいいんだ。
中盤は流れる駒に合わせて臨機応変に動かなければいけない。
お前の作戦は2重3重に重なるものだからまだいいが、応用ができない。
崩されたときの建て直しができんのが欠点だ。」
指摘され、少しふてくされたようにシェイディは眉間に皺をよせた。
「だが、俺の仕事は終わりだろ?」
それを言うと、一瞬表情をなくした相手は戸惑うように笑った。
「…ああ。」
ロードナイトは鞘がついたままの剣を腰から取り出し、それをチェス盤ごしに座る彼に差し出した。
黙ってホワイトスミスはそれを受け取る。
彼の手に納まった剣に別れを告げるように笑みを向けてから、彼女は席を立った。
ホワイトスミスは視線をチェス盤に落としたままで去り行く姉を見送ろうとしない。
そうしたまま彼女の姿・気配に続きゴーストのメンバーはそこから完全に消え去ってしまった。
それだけですべてが終わった。
もともと連絡手段はWISとパーティーだけで、ギルドなど組んでいない。
ゴーストのトップにいたシェイディは、完全に一人になった。
「………。」
突然、堰を切ったように彼は剣を床に置き、チェス盤をテーブルの端に追いやってそこに紙を数枚広げた。
薄汚れたゴーストのメンバー数人の顔写真付の指名手配書だった。
そのうちの一枚、フェアリ・アレイ・ゼルリアの写真の上にペンを走らせる。
冒頭にまず「忘れるな」と、数時間後の自分へのメッセージを。
そしてゴーストが贖罪の為に行ってきたことを、その贖罪を行った理由を、そうしながら加わったメンバーを、時間の許す限り書き続ける。
そうするうちに姉の丹精な顔の上には書くスペースがなくなり、その紙の裏側にペンを向けた。
今度は姉のことを。
どんな人だったが、昔酷い扱いを受けたがけれどこのゴースト内ではどんなに自分を気遣い、そして使ってくれたか。
一緒に戦ってくれたか。
それを忘れる為に戦ってきた、それをなかったことにする為に戦ってきたのだ。
それでもシェイディには生きてきた中で一番過酷で、しかし彼を最も成長させた時間。
忘れたくなかった、なかったことにしたくなかった。
彼女達は神に、神の使徒に許された。
今日を最後に罪は清算されて
“すべてなかったことになる”のだ。
歴史、記憶の改ざん。
本来ならば許されないその神の力の行使が許されたのにはゴーストの功績以外にまた理由がある。
フェアリ・アレイが犯した罪はかつて神と同じ力を手にしようとして、そして確かに近づいてしまったのだ。
それすらなかったことにできるのなら、“向こう側”にとっても損ではない。
そして功績が交渉の余地を与え、仲間達の罪の消去というおまけもつけてくれて
やっとすべてが終わった。
あと数分で終わる。
姉と、仲間達の罪は消えてほしいが、共に戦ったことまでは…。
忘れたく、ない。
しばらく紙にペン先が削れるほど強い筆圧で字が殴り書きされていく。
だが不意に静寂を突き破る、振り子時計の鐘の音が鳴った。
その瞬間、シェイディの動きが止まった。
ペン先は紙に押し付けられたまま、インクを1滴2滴と紙に染み込ませていく。
そう、その瞬間に全てが改ざんされたのだ。
『…へ〜、捕まっちゃったんだ、ゴースト。』
『ルナ、気にしてませんでしたっけ?』
『ん?まあ、好感はあったけど…。』
グローリィは、そうですかと呟いてそのままWISを切った。
「ただの義賊集団だったんだろ。処刑はやりすぎじゃないのか?」
「まあ、メンバーとか顔がまったく知られてないらしいが元は犯罪集団だったってうわさがあるしな。」
ヒショウとマナがそんな言葉を2,3交わして、そして
「ん…えーっと、今まで何話してたんだっけ?」
マナがそんなことを言って腰から頭をひねっている。
それに、シェイディが苦笑いしながら「デュアさん達のインビシブルと一緒に狩りに行くんだろ?」と告げれば彼女はうなずいた。
「そう!それだ。あとシンリァとか誘ってみよう。」
シンリァはアサシンギルドの経理課をしていて、しかしアサシンというとあまり読み書きや計算が得意な冒険者がいなくて人員が少ないらしく、年中ギルドに箱詰め状態なのだ。
シェイディは当日にいきなり狩りに誘っても都合があわないだろうと思ったが、そうあきらめて声をかけずにいれば彼女と会うことは100%できない。
そして話し合いは進み、狩りの行き先もイズルードに決まった。
というより、シェイディたっての希望が押し通されたのだった。
強引に押し戻された歯車。
挙句に本来のものとは違う歯車を宛がわれれば、その先の運命は大きく変わる。
ほんの小さな変化でも、それは世界そのものに大きな変化を作り出してしまう。
フェアリ・アレイの大罪、シンリァ・ギドの暗殺者の履歴、他数名の汚点を無かったことに。
たった数名の過去を変えるだけでも、現在は大きく変わってしまう。
現在を保とうとしたまま、過去の一部を変えれば歪な皺が刻まれる。
この現在は実に不自然だった。
噛み合わない点が多い。
「それでも、世界は流れる。」
シェイディの口から、まるで歌のように言葉は紡がれる。
それを真正面に座ってみてくるまったく同じ造形の顔をした人は目をまるくするばかりだ。
「何故なら、俺達が見ている世界とは結局個人の認識の下に構成される世界。
箱庭のように確かに其処此処に存在するものだが、箱庭の中の住人にはそれが本当の世界かなんて正確に知る術はないんだ。
だから噛み合わない物語も、当人は噛み合わないことに気づくことはできず、またどうでもいいことなんだ。
記憶は改ざんされる。他人に手を加えられたとしても、そうしてズレた点はまた自分で勝手に書き換えてしまう。」
「…シェイ、“10年以上顔を見せないで”いて久しぶりに帰ってきたと思ったらぶつぶつと…。何が言いたのかわかりやすくしてくれないか?」
「少し寂しかったから、愚痴を言いに来ただけだ。」
シェイディがそう言いながら紅茶に口をつけながら苦笑いすると、向かい側に座るレイがつられて苦笑いを浮かべた。
戦いの最前線で死線を繰り広げてきた戦士・フェアリ・アレイの面影はない穏やかな表情。
男装と強靭な体は変わりないのだが、彼女の記憶に刻まれているのはアルベルタ地方の領主としての自分の経歴だ。
「それよりも、シェイ、私の代わりに領主になる気はないか?
いろいろと努力している筈なのに街は治まるどころか悪化の一途を辿るばかりで困り果てているんだ。
いくら私が介入しようとしても分厚い壁があるようになんの影響も現れない。
さっきの君の言葉を借りるなら、私は箱庭の外に押し出されているような感覚だ。」
彼女は心底疲れたようにため息をつく。
心労は多いだろうが、彼女の見た目は実に健康でずっと屋敷に箱詰めにされて執務に追われる身には見えない。
これも現在を保ったまま過去を改ざんした影響というやつだ。
フェアリ・アレイ昨日までは一切領主などやっていなかったのだから、街に何か影響が現れている筈がない。
けれど彼女の記憶だけは立派な領主で、アルベルタの人間に彼女の顔を見せれば「彼女はここの領主だ」と答える。
考えれば考えるほどめちゃくちゃな世界になっているものだ、とシェイディはため息をついた。
「姉さん、3回手を叩いて。」
「?」
彼女は突然の指示に戸惑いながらもそれに従った。
「俺の後に続いて、唱えてみてくれ。」
「わかった。」
「『私はこの世界を受け入れ、ただ馴染んでいく。』」
誰かに宛てたメッセージのような言葉を、シェイディが唱えレイが復唱する。
『何故なら私も所詮、世界という箱庭の中の住人で、この脳という鳥籠の中でしか世界を見られない。』
『鳥籠の外は一人の人間には広すぎる、だから私はただここで平穏を望むのみ。』
『まだ整わず歪な世界を、黙って受け入れると誓う。』
まるで呪いのような双子の詠唱はそこで終わった。
「今のは?」
「姉さんの力が街に及ぶようにお呪いだ。それで一ヶ月頑張ってみてくれ、絶対に結果は出る。」
シェイディはそう言いながら椅子を立った。
それを驚いたように姉が慌てて止める。
「もう帰るのか?」
「これからギルド狩りなんだ。」
「…そうか、ギルドマスターをしているんだったか。」
寂しげな姉の表情を見て、なんだかおかしくなってしまった。
何十年も会っていなかったのにたった数分だけの訪問、という不満が顔にでている。
けれど実際は昨晩までチェスで勝負をしていたのだ。
「…今晩も来る、その時はチェスでもしよう。」
「ああ…!」
顔を少し赤めてうれしそうに言う姿も、また意外すぎておかしかった。
『さっきの言葉は』
「貴方達への誓いです、マスター。」
人気のない、むしろシェイディ以外あってはならない廊下にもう一人の人影が突然沸いてでた。
声無き声で告げてくる人物にシェイディは低い声で、呟くようにしかし強く言い放った。
容姿はわからず、声質も掴めず、表情もわからない影のようなその人物。
だがなぜか笑ったのはわかった。
その言葉をしっかり受け止めた、とその人物は微笑んで頷いた。
「ところで」
去ろうとしていた影を、シェイディは呼び止めた。
『何かな?』
「………いえ、何でもないです。」
そう言えば、影は遠慮なくそこから気配を消した。
――― 俺に世界が修正される前の記憶を残すことを許したのは、何故ですか。
それがシェイディが聞くのをためらったことだ。
世界が変わる直前に、今まであったことを忘れたくないと願った彼は無駄な抵抗と知りながらも紙に事実を書き起こした。
本当ならその紙すら消されるか、もしくはシェイディが見たところで「なんだこれは?」で終わる筈だっただろう。
だがシェイディは紙を見て、箇条書きにされた真実を読み上げるうちに思い出した。
それはまだ世界が安定しないうちに見たからかもしれないが。
ささやかな奇跡だったと思う、そして人ならざる者、人の上に立つものによって与えられた故意の奇跡だったようにも思う。
だが何だっていい。
理由なんてどうでもいい。
何故なら今の世界はシェイディを含むゴーストの面々が望んだ世界なのだから。
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