「…っ…」 強制的に焚かれる香に、視界かかすむ。 この香りのせいなのか、煙のせいなのかも良く分からない。 ひどく甘ったるい匂いにだんだん気持ち悪くなる。 ヒショウは床に置かれた大きなクッションに上半身を投げ出してじっとしていた。 何をされるわけでもない。 ただずっとこの部屋にいるだけだ。 そして、頻繁にルイが…あの赤い髪と瞳、そして黒い肌の女性が訪れる。 ひどい猫背でも二足歩行をし、止まれば四つんばいになる。 その様子は人間ではなく動物や魔物の姿にしか見えなかった。 彼女のあの姿を思い出すたびにもうひとつリンクして思い出すことがある。 『ルイのこの姿は、父の代のサバトで覚醒したものだ。 彼女は人間離れした強さを持つのは君もしっているだろう? 父は何度も第二のルイを作ろうと試みた。その実験は今でも続いているが…』 サバトの頭はとても青年とは思えない、貪欲な瞳でヒショウを見て笑った。 『ルイは決してサバトの頭以外にはなつかない。父がそう教育したからだ。 だが初めて会うはずの君には懐いている。それは何故かと考え…私はこう結論を出した。』 あの男の声を思い出すとめまいがする。 少し意識をはっきりさせようと体をクッションから起こして… 「…うっ…」 口を押さえて顔をそむけた。 先日もあった、食事代わり…いや、あの男には"ヒショウの食事”のつもりなのだろう、肉の塊が扉の前におかれていた。 うつらうつらしている間に置かれていたのだろう、今まで気づかずにいた。 「…ふざ、け…っ…」 ヒショウは簡素なベッドのシーツを剥ぎ取り、その肉の塊にかぶせた。 ただの肉ならいい。 だがそれは、人間の手の形をしているのだ。 『君も、ルイの同族なんじゃないか。ルイのように覚醒する可能性もあるのではないか。』 自分の出生なんてしらない。 だが化け物の血が流れているなんて欠片も思わない。 この20年余り、ずっと人と一緒になんの違和感もなく暮らしてきた。 ルイのように人の肉を食ったりなどしない。 ヒショウは香に加え気色悪いものをみてしまったせいでひどい吐き気を感じた。 だが嘔吐にはいたらず涙がにじむだけで済んだ。 これが贖罪なのか。 分からない。 でも、何かわが壊れていきそうな気がしている。 …このままもし、自分が化け物の仲間入りをしたら… それで、お前は少しは救われるのか…ウォルス… 「ここに、サバトの地図…それと外部のものではありますが多少の情報が写してあります。」 そういってルナティスとセイヤの同僚、グロリアス・リアーテが白い封筒を差し出した。 リアーテ家は教会で古くから上位職についている名家だ。 そして教会はプリースト・ギルドと密接な関係にあり、リアーテ家にはその情報が満載だという。 「8年前、ナイト・ギルドはアサシン・ギルドとプリースト・ギルドと通じ、サバトの討伐に出ています。 その当時は違法を繰り返し、大きな財力のあったサバトは各ギルドの目の上のたんこぶ。 サバト本部への討ち入りは奴隷解放と違法証拠を突き止め奴らを裁判にかけることを目的としました。」 話すグローリィは白い封筒をテーブルの上に残したまま手を離し、目の前のティーカップをつかんだ。 しかし中に揺れる紅茶には手をつけずにいる。 「第一回の討伐は大失敗に終わりました。そして第二回の討伐は実行されることはありませんでした。 その前に各ギルドは買収され、その上彼らはサバトが隠し持つ軍事力を知ってしまったからです。」 「軍事力?」 「膨大な財自体でもあるし、有能な学者の多くを買って作っているさまざまな兵器でもあります。」 ルナティスの問いに即答した。 「それよりも、お話したいのはその討伐の時の様子です。 もしあなた達があそこに突入するのなら、こうなることを覚悟してください、という意味で。」 自然と、一同が静まり返る。 それは緊張と、話の続きを待つ意味。 聞かないという選択肢は、その場にいる人にはひとかけらも無かった。 「第一回討伐の人数は先に探りを入れる為のアサシン部隊が6名ほど。本格突入の際の戦闘要員は30名ほどでした。 早速アサシン部隊はじっくりと時間をかけてその建物の構造などを探り内側から敵勢を減らしていく…はずでした。 報告よりも先に聞こえたのは悲鳴。2名は行方不明、3名は獣に食い荒らされたような姿で敷地外へ放り出されました。 そして1名は両手はひきちぎられ、瀕死の重傷を負いながらもわずかな情報を持って突入部隊の元へもどりました。 サバト本部の一部の外観、それとアサシン部隊をわずかな時間で壊滅させた者の情報。…黒い肌に赤い髪の少女が、あっという間に仲間を食い殺し、そのアサシンの両腕を人形を壊すように引きちぎったのだと。 そしてその後、本陣が突入しましたが半分が行方不明、死亡確認は小数。生き残りは…二度とその日のことを口にはしていません。」 「……。」 グローリィは予測していたが、やはり聞いた一同は静まり返った。 話はそれまでだと言いたげに、のんびりと紅茶を飲み始めた。 「つまり、忍び込んで…なんて小手先は通用しないってことだな。」 静寂を破ったのはマナ。 彼女は今の話を聞いて、早速作戦を練っているらしい。 「…グローリィ、これの代償は?」 続いてそう言って白い封筒に手を伸ばしたのは、ルナティス。 彼もマナ同様にあきらめる気配はない。 「もし皆さんが内部のことを知って帰ることができれば、リアーテ家の功績になります。 どうぞ本家に情報を売ってください、きっと高値で売れます。」 そんな回答に、ルナティスは軽く笑った。 そしてその封筒を取り、中身を取り出した。 「…違法だな。」 「だろうねえ。」 地図を見て、二人は頷く。 そこには地形図と、サバト本部の大体の広さ そしてサイドの一部の見取り図。 内部の見取り図とはさすがにいかなかったが、広さを知るには十分だった。 「城ほどの大きさも無い土地でそんな軍事力を備えるのは無理がある。」 「だったら少人数で違法による武力強化、または兵器だよね。」 「だが潜入者のこっぴどいやられようからして、前者だろう。 生き残りアサシンがやられたっていう少女…それみたいのがうようよいるんじゃないか?」 「…だとしたら、やっぱりサバトはただの奴隷業や違法取引の場じゃない。世界の規律への違反者、か。」 二人は顔を見合わせて、視線で何かを語る。 そしてその視線には、覚悟の色が見えた。 「…セイヤ、メル、ウィンリィ、レイヴァ、大切な話がある。」 「あ、ゲロたんは関係ないから無理にきいてなくていいよ。」 「興味があるので傍聴しています。」 マナは4人を見渡せるように、部屋の隅へ移動して壁によりかかった。 皆の視線が彼女に注がれる。 時折見せる、痛いほどに真剣な彼女の表情。 「私ら[†インビシブル†]はのんびり旅してるだけのギルドなわけだが、初期メンバーの私とルナとヒショウにはある目的があった。」 そんな話は一切聞いたことが無く、4人はそれぞれ黙って怪訝な顔をしていた。 「これ、ギルドメンバーの欄で、上二つが空欄になってるだろ。」 その言葉に、一次職3人が身を乗り出した。 以前3人でその空欄について疑問を語っていたからだ。 「つまり、私らのメンバーの他にもう二人いる。うち一人はこのギルドの創設者、つまりマスターな。 マスターは姉が規律に違反して世界に追われてる人間だった。 彼女について行くために私らと離れた。その際、うちらといざというときにコンタクトがとれるように また安否が分かるように、ギルド所属のまま向こうにいったんだ。」 事情をしっている筈のルナティスは視線を下げて黙っている。 その当時のことを思い出しているのか、サバトやヒショウのことを考えているのか。 かまわずマナは続ける。 「もう一人はアサシン・ギルドの裏切り者だから、追われてる。 あいつらは追われてる同士でグループを作って、世界の監視の目を逃れながら それでも贖罪の為に各地をまわって義賊として活動して功績を積み続けてる。 そんな事情の二人でもうちらには大切な仲間だから、ギルドを大きくすることもなく また、メンバーに二人のことを話すこともなく、ここまできた。」 二人を思い出すように、胸についたギルドエンブレムを見ながら話していたマナは視線をあげた。 ここからが本題だ、と4人はその様子から察した。 「あいつらには関わるなと言われたが、私らは本格活動はせずともあいつらの助けをしたいと思ってた。 だから各地をまわって、あいつらが世界に許される功績を残せる場を探してた。 …もー分かってるよな?サバトを潰せれば、十分功績になる。 ヒショウ奪還はもちろんだったが、サバトがそこまで問題な集団ってなら、話はそれだけで済まない。 マスター達の為にも皆で集まって、全勢力あげてサバトに突っ込む。 どれだけ危険かはグローリィの話で分かっただろ。」 眉をひそめ、半ば脅すようにマナは「お前らは今からギルドを抜けろ」と口にした。 深い森の上空を白くふっくらとした鷹が旋回している。 その足にはたたんだ紙が縛り付けられ、嘴には白い小さな花を咥えている。 森からピィッと微かに響いた指笛。 それを聞きつけるや否や、鷹は一気に下降した。 そして日が昇っているというのに明かりがほしいほど暗い森の中ですこし飛び、時期に主人に辿り着いた。 ハンターの鷹とは違う、狩りには向かないフォルムの鷹であるとおり、それが飛びついた主人はホワイトスミスの青年だ。 「……あれほどやめろと、言ったのに…。」 鷹から得た手紙読んだホワイトスミスが舌打ちする様子を、脇にいた数名が苦笑いで見ていた。 そのうちの一人がそっと彼の傍に寄り添った。 「どちらにせよ、近いうちにあそこは潰しにいっただろ?」 そう彼に言う声は、ホワイトスミスのものそっくりである。 だが彼より背は高く、格好も威厳のある鎧をまとっている、ロードナイトだ。 言われた言葉に頷きながらも、ホワイトスミスから落胆の色は隠せない。 「…サバトを潰しにかかるのは構わない。でも…」 「わかってるよ。でもこうなったんだから仕方ない。 ちゃんとアンタがマナを守ってやればいい。男の見せ所じゃないか。」 バン!と小気味良い音がして、背中をたたかれたホワイトスミスはよろめいた。 「…OK、ヒショウがあそこにいるなら行くしかない。 レイ、皆に連絡してなるべく勢力を集めてくれ。」 姿勢を直し、吹っ切れた様子のホワイトスミスは傍らのロードナイトにそう告げた。 「イレクはいつも通り、資金集めに徹してくれ。」 「了解した。」 言われたのは森の更に置くにいた青年。 返事をするや否や更にその奥へ歩いていったのが分かった。 「シンリァは過去、サバト討伐に関係したところへタレ込んでおいてくれ。」 「了解。」 シンリァ、と呼ばれた女性はどこからともなく小さく返事をするとすぐに気配を消した。 もう実行にうつったのだろう。 「ギドは[†インビシブル†]の皆に隠れてついて護衛していてくれ。」 「了解し」 「ずるううううううううううううううい!!!!私も久々にルナに会いたいぎゅーってしたいいいいいい!!!!!」 「うぐあ!!」 突然木の上から舞い降りて、ギドと呼ばれたアサシンクロスの少年を踏み潰したのは先ほど去ったはずのシンリァ。 黒く長い髪を森の闇に靡かせている妖艶なアサシンクロスの女性…なのだが今はボロ泣きしてギドを踏み潰したままホワイトスミスに詰め寄っている。 「なんで私じゃなくてギドなのよおおおお!!!」 「アンタ絶対ルナティスに飛び掛るだろ」 「ちょっとくらいいいでしょおおおお!!!」 「…嘘でも飛び掛らないと言ってほしかったがな。」 「シンリァ!君はまだあの男のことを…!!」 ギャーギャー騒いでいたシンリァのところへ、そんなことを言いながら詰め寄ったのは 同じく先ほど去ったはずのイレクと呼ばれた青年。 冒険者レベル最高位の証であるオーラを纏うウィザードだ。 補足すれば、イレクとギドはシンリァに思いを寄せている。 だが当のシンリァはすぐ他人に靡くので、この三人が集まればすぐにぎゃあぎゃあ騒ぎ出す。 こうなった時、以前は皆で宥めていたが、最近はもっと効率的な解決策を使っている。 「いつもいつも煩い!…ハンマーフォール!!!」 ドンッ、と鈍い音が森に響き渡った。 その音の後、騒いでいた人たちはしばらく目を回して静かになった。 「問答無用。再検討する時間も惜しいんだ。早く実行に移せ。」 それだけきっぱい言い放ち、ホワイトスミスは斧を抱えて歩きだす。 「あら、リーダーはこれから何を?」 思い立ったようにシンリァがホワイトスミスの背中に問いかけた。 彼は振り返りも足を止めもせずに答える。 「こないだ、必死そうだったアコライトに大事な斧2つも譲ったんだ。 それの代わりを探してくる。」 子供の声がする。 泣いている、女の子の声。 腹に縋り付いてくる。 抱きしめると、とても暖かい。 その暖かさが心地よくて、こちらがすがり付いているような気になる。 「………。」 唇に濡れたものが触れる。 訳が分からないままそれを享受し、口内に含んだ。 柔らかく、生臭く、不味い。 途端に視界が覚醒した。 腕の中にいる、赤い髪の裸の女性。 ルイ…彼女の口はその髪のように真っ赤に濡れている。 そしてヒショウの胸の上、ルイの胸の下に挟まっているのは…先ほど自分がシーツで覆い隠した、人の腕だ。 途端に血の匂いがあたりに強く香った。 口の中にまで。 「…っう、ぁ!…げえっ!」 ルイを突き飛ばし、下を向いて口の中の物を吐き出した。 それは予想通り赤黒い肉。 覚えていないが無意識のうちにいくらか食ったのだろう、喉の奥に感覚が残っている。 飲み込んでしまったものはそうそう吐き出せない。 それでも全身に鳥肌が立つほどの悪寒に苦しんだ。 水を探したが見当たらず、これ見よがしにジョッキに注がれているのは赤い液体。 それが何なのか、考えたくもない。 部屋中央のテーブルに花瓶を見つけたが、挿されている花はドライフラワーだ。 「…っ…う…」 クッションに倒れこむようにうつぶせになって、唇を手の甲で何度もこすった。 そうしていると隣にまたルイが肉を口にくわえて差し出してくる。 「…いらない、食えない。」 「うぅ…」 彼女の顔はとても心配そうにしている。 ヒショウを追い詰めているのは彼女自身なのに。 「…嫌いだ。肉も、血も。」 改めてそう言い聞かせると、彼女はしぶしぶそれを床に置いた。 子供のレベルだろうが、彼女は人間の言葉を理解している。 それなのに彼女の口からは獣のような唸り声だけで人間の言葉が出ることはない。 「ルイ。」 呼べば彼女は嬉しそうに顔を上げた。 「…君も、人間だろう?」 これくらいの言葉、理解しているはずだ。 それなのに彼女が首をかしげたのは「何故そんなことを聞くのか」ということだろうか。 「…君は人間だ。それなのに、なんで人間を食う。」 「……。」 彼女は心なしか表情を曇らせて、ヒショウの手にすがりついた。 『何故そんなことを聞くのか、お前も同類なのに』そう言われた気がした。 「違う、俺は違う。君のように肉を食うわけじゃない、強くも無い。それなのになんで君は俺に懐く!」 「…あぅ、あ…」 また、彼女は唸って縋り付く。 「…っ……」 振り払おうとして、不意に思いとどまった。 彼女のその様子で、さっきのまどろんでいた時のことを思い出したから。 あの時は泣いている少女に縋り付かれた、そんな気がした。 今も、そんな感覚に襲われている。 縋り付いて、泣いている。 涙こそ流していないが、確かに寂しそうに泣いているのだ。 「…怒鳴って、悪かった。」 さっきと同じように、抱きしめた。 髪に血はついていなかったが、染み付いた血の匂いは消えていない。 その腕で、彼女は騎士団の人間を何人も殺した。 騎士団で見た謎の虐殺事件の何体もの水死体、あれも全てこの手で行われたこと。 それでもこの女性が泣いているのは、そうしたくなかったのか。 何故彼女がこうなったのか、理由は分からない。 けれど、望むのならただこうして抱きしめてやろう、そう思った。 「……ん?」 眠れそうになかったが、明日は早いからとりあえずベッドに入っていた。 けれどいろいろ考え込みすぎたせいで頭はひどく疲れていて、ルナティスはしばし転寝していた。 そして不意に目を覚ますと… 「……マナさぁん?」 「はいなんですかだんな様ぁ。」 「なんだよだんな様って。」 マナが目の前で同じ布団に入っていた。 視界にドアップでよく分からないが、布団からでている部分だけだと裸に見える。 そんなだから思わず聞きたくなった。 「…服着てる?」 「下着はな。」 「やめてくださいイイ歳して。」 「イイ歳とか言うなこのやろ。」 「おい、おいこら!」 布団の中でマナがゲシゲシと蹴ってくる。 足を蹴るのはともかく股間に膝蹴りはやめてほしいと思った。 色気も何もありゃしない。 「自分の部屋で寝ろって…」 「私は別にかまわないんだけど、お前がヒショウいなくて寂しがってるんじゃないかと思ってね。」 「……そりゃ、最近はずっと二人だったけど、昔は一年の殆ど一人留守番だったから。」 枕に顔をうずめて、別に…と続けて呟いた。 「でもその時は、ヒショウの心は外に向くことは無かった。」 ルナティスを心を確信的に言葉にするマナ。 思わず顔を上げて彼女を見た。 まっすぐにルナティスを見てくる瞳は、力があって思わず視線をそらせてしまった。 「あいつの心は常に自分の殻の中にしかなくて、体を休めに帰る場所といえばお前のところしかなかった。」 「……。」 「そう考えると、あいつが壊れかけてた時の方がお前はヒショウを独占できてた。」 「……。」 ルナティスは視線をそらせたまま、どこか自嘲的に笑う。 それは無言の肯定だ。 「昔はさ、あんなヒキコモリ根暗男に付き合ってるお前はよっぽど心優しい青年なんだぁとか思ってた。 でもヒショウが心も強くなっていろんな奴らと仲良くなるほどに、お前が曇ってく気がしてたんだ。 ヒショウが壊れそうになってた時の方が、お前は生き生きしてた。 だからまぁ、そんな感じの独占欲もってたんかなと思った。」 「…あてずっぽうだけど、相変わらずの洞察力だね。」 ルナティスは拗ねた様に言って、仰向けになって脱力した。 「僕もヒショウも、親も家族もいない。愛し方も愛され方も知らない。 僕にあるのは醜い独占欲で、彼にあるのは残酷な同情心。」 「…ガタガタカップルめ。」 マナのそんな言い方が、逆に心地よかった。 当の本人達だけだと、もっと深刻に考えてしまう。 でもマナのような第三者からしたらそんな軽い関係だと思えた。 ルナティスは苦笑いした、悲しげに。 「それでも僕は、昔からヒショウが欲しくて生きてきたようなもんで…僕がヒショウの為にたくさん傷つけば、彼は僕に同情して愛してるって勘違いしてくれると思ってた。だから彼の為に尽くして、痛いことも汚いこともしてやった。」 「…ふーん、ま、現にそうなったよな。」 「それなのに…アイツは他の人にまた同情して飛んでいったから…ヒショウを心配するよりも、悔しくて腹が立つ。」 天井を見上げるルナティスの瞳が、青白い月明かりに照らされて不気味に輝く。 底が見えないような、浅はかなような人間。 でも抱える闇は大きくて、妖艶。 「久々にお前の本性が見えた気がする。」 マナはその様子を見てニヤリと笑む。 そんな彼女の様子を見ていると、ルナティスは彼女こそ計り知れない人だと思う。 二人でいると、腹の探り合いをすることが多い。 それは多分、二人は似ているからだと互いに認識している。 「最近は、かーわいい後輩とかいてニヨニヨしてるお前しか見てなかったからな。」 「…というか僕、マナにそんな黒いとこ見せたことあったっけ?」 「いや?でもお前ってアコライトの時から無駄に頭いいんだよ。爪を隠しまくってる脳ある鷹だったけどな。」 「鷹って言うよりアヒルじゃない?」 「だな。」 「誰がアヒルだよ。」 妙なやりとりをしてから二人はしばらくだまりこんだ。 だがまたマナからその静寂を破った。 「皆寂しいから特別な奴が欲しいってだけなんだよ。」 「…恋人?」 「そーそー。恋愛なんて勘違いみたいなもんよ。 絶対に衰えたり揺らがない思いなんてない。 ヒショウの同情を恋愛感情と勘違いするなんてのもよくあることだ。 その点、アイツしかいないって言い切れるお前は幸せ者だろ。 せいぜいがんばって追っかけてガッチリ捕まえときな。」 彼女にポンポンと頭をたたかれると、長い間心に絡み付いていたものが少しゆるくなった気がした。 同じ布団内でも離れているが、暖かくなった気もした。 そして次第に、今夜は眠れない眠れないと思っていたのに、穏やかに眠気を感じられた。 「弟がさ…」 「うん?」 眠りに入る直前、不意にマナの方から口を開いた。 「弟が、いたんだ。」 「…うん。」 過去形、それの意味するものはすぐに分かって、ルナティスは頷くだけにした。 「顔とか髪とか目とか全然分からない。 ああ、両親が二人ともグリーンの目だったから、目はグリーンかな。 髪は…母親がライトゴールドで、父親がダークブラウンだからそのあたりかな。」 「うん。」 「生きてたら、多分お前くらいなんだ。」 「うん。」 「だからお前に初めて会ったときに、ちょっと弟を重ねてたりしてた。」 「そう。」 「……でもやっぱ私、弟は馬鹿な方がいいや。つか男も馬鹿な方がいいや。」 「……僕も、恋人のお姉さんも純情で一途な人がいい。」 それでも別に互いに嫌っているわけではない。 そのままポツリポツリと言葉を交わしながら 明日、大きな命の危険があるという空気も感じさせずに二人は眠りに落ちた。 |