ギルド『†インビシブル†』の日常

季節の変わりめ



ヒショウは意外と…というまでもなく、精神的に弱い面がある。

特に原因があるわけではないが、徐々に徐々にだるそうになってきたり、時々部屋にこもって寝てばかりになることがある。

それでも、ただそれだけだから昔よりはいい。

それはともかく、近頃もまた気分が沈んでいるのか疲れているのか、ぼんやりとしていることが多くて…


バタン!

「おいルナティス、ヒショウが台所で倒れたぞ。」

大抵、誰かが倒れたら皆騒ぐものだが。
彼の場合一度や二度ではないので皆冷静にルナティスを呼ぶ。

この場合気をつけなくてはいけないのは、ヒショウの症状を心配することではない。
うっかり倒れた彼に近づいてその寝顔を見て、ルナティスに制裁されないようにすることだ。


彼曰く

「ヒショウの寝顔は天使なのっ!」

らしい。


周りからしてみれば、かなり寝苦しそうで夢の中で誰かを呪っているようにしかめっ面をして、天使には程遠いのだが。
恋人故の幻であろう。


倒れて数十分後には眼を覚ましているが、まだどこか虚ろ気だ。

「ヒショウ、最近倒れる回数が増えてる気がするけど…もうちょっと静かなところで宿とろうか?二人だけで。ジャワイあたりに。」

言い返す気力はないらしく、ただ無言でルナティスの頬に平手が飛んだ。



「いつも気になるのですが、ヒショウさん、病気という心配はないのでしょうか。」

メルフィリアが心配そうにしてヒショウの目の前に紅茶を差し出す。
それはいつもより投げやりに礼を言われ、口をつけられずにいる。

「貧血なんじゃねーの?アサシンてどいつもひょろくて顔色悪いよなー。職業病ってとこか。」

仲間に遠まわしにひょろいとか顔色が悪いとか言われていても、何も言い返さない。
まるで耳に入っていない様子だ。

「倒れるのは仕方ないとして、それで怪我するのが心配なんだよねー…」
「…気をつけては、いる。」

やっとボソボソと返事を返してくる。


先程からルナティスには少しまともに反応しているあたり、やはり二人の絆は深いのかもしれない。
妙なところで恋人らしさを発揮している。



「ばったんばったん倒れてたら危ねーから、危ないって思ったら先に倒れちゃえばいいんじゃないですかね」

名案が浮かんだとばかりに声を上げたのは、アーチャーのウィンリーだ。
一同はその様子を思い浮かべてみる。



「…犬っぽいな。」
「我が家のアサシン犬ですね。」
「いやむしろ猫?」
「鼻がいい気配に敏感でもってよく寝る猫…」

いつもならそれに文句の1つも口にするだろうに、感心なさげに椅子に座ったまま上半身を丸めて脱力している。
その様子を見て、更に一同が口々に「犬」「猫」と連呼する。



「…はいっ」

皆が想像して遊んでいたところで、ルナティスが手を叩いた。
皆の気がそれてる間に、ヒショウが脱力している間に鞄をあさって装備を取り出していたらしい。

ヒショウの頭の上に黒い猫耳がつけられていた。

「……すっごいしっくりきますね。」
「大の男に猫耳はつらいと思って…たんですけど。」

案外似合っている。
髪が黒髪で猫耳の黒とよくあっている。
ヒショウの耳はより皆の笑いを誘ったようだ。



「……あ。」

声がそろう。
煩いと思ったのか、だるいと思ったのか、耳がぺたりと伏せられた。

また笑い声が高まる。



「ヒショウヒショウ、ちょっと倒れかけたときの為に練習しとこうよ。」

突然ルナティスが彼の頬をつつき、そんなことを言う。
けだるそうに眼を開けて、横目に見てくる。
そんな様子でも、ルナティスは楽しそうに笑った。


「…はい、スタンダップ!」

のろのろとだが椅子から立ち上がった。

「その辺にステイ!」

案外歩調速めに数歩前へ出た。

「シット!」

倒れるように床に膝を着く。

「ローリング!」

「うおっ!?」
「ちょっ」

ルナティスの指示で起こされたヒショウの突然の行動に、皆少しあわてた。

「違う、バク転じゃない!猫みたいにまるまって寝るの!」
「……。」

ずっとぼーっとしていたのに突然激しくバク転したくせに、もう疲れたと言いたげにへろへろとしゃがみ、そのままカーペットの敷かれた床に倒れた。



「……。」

寝息もなく完全に脱力しているわけではないので寝ていない。
それでも全く動かない様子はまるで猫の昼寝。



「…職位、『アサシン猫』と『猫アサシン』と『猫の憂鬱』と『チュウケンハチコウ』どれがいい?」
「最後の犬じゃん。」
「ヒショウさん、元気になったときに怒ると思うけど。」

「今の職位もひどいと思うけど。」

ちなみにボーッとし始めた現在のヒショウの職位は『鬱シン』である。


「じゃ、『鬱猫シン』で。」
「もう何がなんだかわからないな。」


職位変更権限を持つマナによって、全てのギルド証に刻まれているヒショウの職位が書き換えられた。





以降、ヒショウの不調により少しギルドメンバー空気が重くなっていた時期も、猫耳の作用によって少し明るくなっていたとかならないとか。