ギルド『†インビシブル†』の日常


「はい、ヒショウおめでとー」
「…ああ。」




ルナティスが5センチ四方くらいの箱を渡してくる。
…多分中身は指輪かなんかだろう。
私生活でも狩りでも着けないというのに何でこう毎年毎年指輪なんだ。



…いや、理由はわかる。
婚約指輪とかのつもりだ。
全く以っていらない。


それのお礼にと俺が渡すのは辞典くらいの大きさの箱。


「あっ、よもぎやの和菓子だ。わざわざ買いにいったんだ?ありがとー。」

…包みを開けてもいないのによく分かったな。
まさか匂いか?



「…どうでもいいが、毎回高そうな指輪買ってくるのはやめろ、つけないし。」
「左手薬指につけてください。」
「断る。」



実は一回つけてみた。
が、心の底からあほらしく思えてすぐに外した。
つけてるところなんか他人にだって見られたく無い。






「あの、今日って何の日なんですか?」

セイヤがレイヴァに耳打ちしているのが聞こえた。

「…ああ、ヒショウの誕生日代わり…と聞いた気がする。」

そう返すレイヴァの声は耳打ちでもなく普通の声量で、ルナティスの耳にも入ったようだ。


「ヒショウの誕生日ってよくわからないから、今日ってことにしてるんだ。」
「はあ、でもなんで今日なんですか?」
「あれだよ、僕らの脱獄記念?」



その言い方はどうなんだ、ルナティス。
レイヴァもセイヤも、ポカンとしてるだろうが。









「……ふ、触れちゃいけない、ことでした…でしょうか…」

セイヤが少し血の気の引いた顔で、レイヴァの影に隠れる。
何を考えたのか一目瞭然だな。

「ルナティスの馬鹿発言を真に受けるなセイヤ、あのサバトの孤児院から逃げてきた日ってことだ。」
「あ、そ、そうか、なるほど…」
「僕らが愛の逃避行して結ばれた日だよね!!」
「痛い妄想をするな。って…おい」

ルナティスがの指にリングを嵌めようとしてくる。
…対のピアスだって恥ずかしいのにリングまでしてたまるか。






「レイヴァ、一次職メンバーの育成で相談が…」


紅茶のカップ数人分とポットの乗ったトレイを持ったシェイディが居間に入ってきて、固まる。
その視線の先には、俺と、俺の前に膝をついて指輪を嵌めさせようとしているルナティス。
無表情のままたっぷり10秒ほど見つめられる。


…嫌な予感がする。

「……。」

シェイディは何も言わず、トレイをレイヴァの座る椅子の前のテーブルに置いた。
そして乗っていたティーカップを下ろして、トレイだけを手に抱える。
その瞬間。




「朝っぱらから俺の目の前でいちゃつくなバカップル共がああああああああああ!!!!」

「「やっぱりかー!!」」

突然シェイディがぶち切れて手にしていたトレイで殴りかかってきた。




まあ、見つけた瞬間に殴りかかってこなかったのと、凶器が斧じゃなくなっただけまだましだな。
けれど襲い掛かってくるマスターの目は真剣そのものだ。



昔は俺達の後発だった上に、一度転職しているからもともと離れていた歳が更に離れたわけで
俺達からみたシェイディはかなり子供に見える。

身体の歳からしたらそこにいるセイヤの少し上程度なのだ。
元からの大人っぽさでもう少し大人に見えるが。

だから止めるだけと言っても手を出しにくい。

「ハイディング!」

「うわっ、ヒショウ一人だけずるいいいい!!」

まあトレイとはいえ本気モードのシェイディはかなり強いから相手にしたくない。
先に言ったとおり転生しているし、つまりそれだけ戦闘経験も積んでいる。
転生後のレベルもかなり高い。

「うがっ」

ルナティスのAGIでも避けきれず、顔面にトレイの底が直撃した。
悶える彼にトレイで数発食らってギブアップと手を挙げたところで勘弁してもらえたようだ。

これで止まってくれるあたり、シェイディもかなり譲歩してくれるようになった。



「はいはい、皆ちゅうもーく」

突然、マナがぱんぱんと手を叩いてリビングのテーブルに手をついた。
その動作に、一同が気の抜けた顔をそちらに向ける。

「ちょっと緊急のギルド会議をしまーす。」

一同の頭上に?が浮かぶ。
ギルド攻城戦に参加するギルドでもないので大してそんな会議など開いたことはない。
大抵どこに遊びに行くだとか、次のギルド宿はどこにするだとか、夕飯は何がいいだとか、そんなことを話す程度で「緊急」や「ギルド会議」などと言う単語は耳に馴染まない。
昨晩マナに明日の午前はギルドハウスにいろと言われていたが、そういえば珍しく一人の欠員もなくリビングにいる。
恐らくみんなマナに声をかけられたのだろう。

「皆、ちょーっとうちのメンツを見回してみてくれ。
なーんか足りなく無いか?」

その言葉から、彼女が何を言いたいのか予測はついた。
メンバーを増やしたいとか、増やすとか、そういうことだろう。
だがなぜそうなるのかはわからない。

「総受け、お色気、能天気、根暗、堅物、お嬢様、ショタ、一般人とまあ色とりどりなけれだけれども」
言いながらピンと伸びた人差し指で、シェイディ、マナ自身、ルナティス、俺、レイヴァ、メルフィリア、セイヤ、ウィンリーと指差していく。
…俺の役割が根暗…まあ、否定はしないが。

彼女のその発言に各方面から同時にやじが飛ぶ。
「そんな単語俺は知らない。」と遠い目をしながら言うシェイディ。
「マナはお色気ってより野蛮とか猥褻物だと思う!」とルナティス。
やじに紛れてその発言がマナに届かなくて良かったな。
「俺の存在味気ねえな!」とウィンリー。

「でもパッと見てみろ、女3に対して男5?女少ないだろ。」



待て、今マナとメル以外に誰を女と断定した。


「あと癒し系がいねーんだよ!!癒し系女プリーストが欲しいだろ!!」
「はいはい、癒し系男プリーストならいる。」

ルナティスが手をあげるが、それを見返すマナの視線は冷ややかだ。

「お前は癒しの質が違う。」
「えー?」
「こう、一帯がしょっぱい空気になった時にお前は砂糖をぶっこんで無理やり中和させようとするタイプだ。そうじゃない、そっと水で薄めてくれるようなタイプがいいんだよ。」

分かりやすいようで分かりにくいたとえだな。

「てわけで探しに行くぞ新メンバー」とか言いながら今にも行きそうなマナをシェイディが制止する。

「マナさん、別にキャラ性は求めてないからそんなわざわざ探さなくても…」
「シェイディ、この期を逃していいのか?」

何故か彼女は悲しげな目をしてシェイディを見返す。


「いかにも年上で包容力があり穏やかで優しい可愛いプリースト。
好みでつい心惹かれるが自分にはルナティスがいると理性的になるヒショウ。
だが彼女はよりによってそんな彼に近づく。

その裏で実はルナティスに陰湿な嫌がらせを繰りかえしヒショウを奪おうと目論み、ルナティスは彼に必死に彼女の裏の顔を訴えるがそんなことを言うルナティスを彼は責めてくる。

そして二人はやがてすれ違い、ついにはもう元に戻れない悲しい泥沼に…」


「腹黒い女プリーストを捜せばいいんだな。」

いきなり乗り気になるなよ、シェイディ…。
というか、何で俺の好みがまた断定されてるんだ…間違いではないが。

「あ、ヒショウとルナティスは探すなよ?」

探す気など元々無いが、マナがものすごく真剣な目で指摘する。

「そもそもちょっとギルド内に複雑な恋模様ができたのはお前らのせいなんだからな。これ以上複雑にすんな。」

…なんだそれは。
そもそもこのギルドには恋もなにもないと思う。
心底分からないという顔をしていると、マナが強い口調で続ける。

「レイヴァとかセイヤとかメルとかお前ら目当てで入ってきたのにいざ入ればお前らまさか同性とかでくっついちゃうし、残された同士とかでくっつくしかねーのはかわいそうだろ!!」
「断じて違う。」
「ちょ、さらりと僕の秘密の恋をおお」
「私はマナさんだけですわっ」

そんな馬鹿な。

はっきりと否定してるのがレイヴァだけなのが気になるが。



「よし、そんなわけでターゲットの属性は大体絞れた!!探しにいくぞー!!!」



気合を入れてギルドハウスを後にしたのはマナとシェイディだけだ。





…ちなみに、先の項目に該当する新人は未だ募集中らしい。