乾いた風。鼻から吸うと潮の香りが微かに擽る。
視線の先に蒼があるが、それは海でも空でもない殺意を持って鋭く光る瞳だ。
黒い艶のある髪と紫のアサシン装束と使い込まれたマフラーが風任せに波の如く揺れ、その中でぽっかりと浮かんだように全く動かぬ白い顔と蒼い瞳と白銀のカタール。
求めてやまない、誘われてやまない人だ。
「…いつかこうなる気がしてた。」
アサシンと対峙するのは全く正反対の職であるプリースト。
容姿も何故か相入れないと人に思わせる明るい金髪に生気に満ちたエメラルドグリーンそして健康的な少しだ
け日に焼けた肌。
二人は容姿だけで無く、持つオーラも反対だった。
だが相入れない訳ではなかった。
正反対のモノでも反発するものばかりではない、バランスを保っていられるものもあるはずで、この二人もそうだった。
けれど二人は違ってしまった。
「許してくれなんて言える立場じゃないのは分かってるけど…」
そうせずにはいられなかった、とプリーストの声が風に掠われていく。
アサシンは一切口を開かない。あるのは怒りの感情だけ。
「二人共やめて下さい!」
鋭い気配を漂わせている二人の元へ数人の冒険者が駆け寄ってきていた。
やめろと叫んでいた若いアコライトの少年に向かってアサシンがカタールの切っ先を向ける。
だが視線は対峙した相手から離さない。
「何も言うなセイヤ。」
この場へ来て初めて彼は口を開いた。
その声にも殺気が篭っていて、言われたアコライトは息を呑んだ。
彼らのギルド内では主戦力の一人である為、セイヤにとってはその彼がこんなにも殺気を漂わせているだけで恐怖だ。
セイヤの隣にがたいの良いクルセイダーが立ち、アサシンの名を呼ぶ。
そのクルセイダーには比較的心を許していたアサシンは思わず視線をそちらに向けた。
「馬鹿なことはよせ…ヒショウ。こんなことをしても…」
「分かってるさ。だが…俺はもう…」
アサシン、ヒショウは視線を地に落として自嘲的に笑みを浮かべた。
それを見て彼ができたのは、制止ではなく苦虫を噛み潰したような顔だけだった。
「止めてくれるな。ルナティスは…こいつは斬らなければ気が済まない!」
斬ると言った相手、ルナティスという名のプリーストへ視線を戻すと同時に駆け出した。

「僕は…自分に正直にやっただけだ! 後悔はしていない!」
突き出されたカタールの切っ先を手にしたソードメイスではじき飛ばす。
プリーストと言えどルナティスは完全な殴りプリースト。
身のこなしは精錬されており、動きに無駄が少ない。
「戯れ言を…!!」
ヒショウが罵倒するように叫び、対のカタールでルナティスをなぎ払う。
それをかろうじて鈍器の柄で受け止める。
自らに速度増加をかけて、ルナティスの速さはやっとヒショウに並ぶ程度。
だがクリティカルをメインに鍛えられたアサシンにとって速さは無意味で、しばらくの打ち合いでルナティスは思わず後退し距離をとる。
僅かの接線でルナティスの肩や足に血が滲む。
本当に敵を殺すつもりなら狙うはずの急所は外してある。その辺りには彼の優しさが見えるが、それでも戦いにおいての体の機能を止めようという闘志はその手足の傷に鋭く現れている。
対してヒショウは、ルナティスのソードメイスがまぐれで掠った腕のかすり傷のみ。
職業柄、回復できるとしてもルナティスには辛い戦い。

「ルナティスさん!!逃げてくださいー!!」
他から見ても明らかなルナティスの劣勢に、セイヤがたまらす叫んだ。
「逃げない!僕だって…本気でヒショウのことが好きだから!これは僕の責任なんだ…!!」
ヒショウを“好き”と言うルナティス。
だがその言葉は今ではヒショウを思いとどめるどころか、逆上させた。
羞恥か怒りかで赤く染まった顔をしかめて、ヒショウが駆ける。
遠く思えたその距離をタン、タン、タンと3歩リズミカルに踏みしめて、もう二人は至近距離。
そこから有無を言わせず容赦の無い蹴りがルナティスの顎に入る。
「っ…」
揺らぐ視界。だが体勢を整える前に第二撃が鳩尾へ。
ここまでくるともう呼吸も視界も安定させることは叶わず、反撃は諦めざるを得ない。
だがルナティスには退く隙も与えられない、蹴りの連撃。
明らかにアサシンの戦い方ではないため威力は無いが、的確に急所に入ってくる。カタールで斬り付ければ簡単に殺せる急所。
ある意味カタールで戦うよりも衝撃の強い、ヒショウの激怒が見える攻撃だった。
ルナティスは精一杯防ごうとしてもまるでマリオネットをいたぶるように玩ばれる。

「ぅあ!」
止めとばかりにこめかみに入れられたハイキックで、ルナティスが吹き飛び地へ肩から落ちた。
それにまるで暗殺するかのように音もなく歩み寄る。
鳩尾に入れられた衝撃のせいでルナティスはゴホゴホと咳き込んでいて立ち上がれそうに無い。
ヒショウの影に気づき、ルナティスが横目に見上げる。
息ができずに咳き込み、顔を赤くして涙を滲ませて地に倒れた彼を見て、ヒショウが僅かに顔をしかめた。
激怒しているとはいえ、相手は曲がりなりにも恋人だったのだ。少し冷静さを取り戻せば酷く胸が痛んだ。
「…俺だって…こんなこと、は…したくなかったのに…」
顔をゆがめた青年を見て、ルナティスは彼を抱きしめたいと強く思った。
だが思い通りにならない体がそれを許さない。

その二人の様子を傍目から見ていたセイヤは肩を震わせた。
二人がこうなったのは自分のせいでもあるのだと、胸を痛めた。
「…なんで、こんなことに…」
思わず泣きそうな声でセイヤが呟いた。
こんなことなら、あの朝…何も見ていないと目を瞑ってしまえばよかった。
深く悔やみ、セイヤは崩れ落ちそうになる。






「ってか、んな悲観的にならんでも…。
元はと言えば、ヒショウにキスマークで北斗七星とか作って遊んだルナティスのせいだし。
「お願いですからそれを思い出させないでくださいマナさんーーー!!!!!」

事の顛末を最初からずっと呆れてみていたマナが、思わずため息をつきながら呟き、それで思い出し笑いをしかけたセイヤが自分への叱咤も兼ねて怒鳴った。
ルナティスがふざけて馬鹿らしい悪戯をするのは良くあること。
ヒショウも今回ただそれをされただけならルナティスをニ、三度どついて終わらせたことだろう。
だが悲劇であったのは胸元から腹にかけてやられたその悪戯に気づかぬまま洗面所へ出て、偶然居合わせたセイヤに吹きだされてしまったこと。
笑い話には違いないが、如何せん内向的で潔癖気味であったヒショウにとってはショックが強すぎた。
そしてPvPフィールドにルナティスを引きずり込み、殺す勢いで今回は襲いかかっている。

彼らの会話が聞こえたらしいヒショウはまた怒りを増して、それをルナティスにぶつけている。
馬乗りになって完全にマウントポジションに入ったヒショウが容赦なく顔や頭へ拳を叩きつけ、既にリンチ状態。
カタールで刺し殺したりしていないだけいいが、ハードなその様子にセイヤが悲鳴をあげ、レイヴァも流石に止めに入った。
ヒショウを引き剥がして押さえつけるレイヴァだが、そんな凶悪な様子の彼を見たことがないらしく少し腰が引けているのがわかった。
「ヒショウさん!もうルナティスさんも反省してますからこれ以上は〜っ!」
「ゴキブリ並の生命力のそいつがこれくらいでヘタばる筈がないだろう!!」
「いや、もうムリ…くらくらしてきた…。ああ、でも死ぬならヒショウの腕の中で…」
「今行ったら確実にトドメさされますからああああああ!!!!!!」

セイヤの悲鳴が飛ぶ方に背中を向けてマナはさっさと宿へ帰ろうとしていた。
マナはセイヤやレイヴァよりもあの二人との付き合いが長い。本気でキレていても、ヒショウがルナティスを殺してしまうようなことはないし、二人の縁が切れるということもないと知っている。
一ヶ月後にはどうせ仲直りをしているだろう。

マナは少し離れてから、顔をにけやさせた。
ヒショウはあれでもアサシン。暗殺者としての仕事を不本意でありすぐに失業させられたが、いくつかこなしたことがあった。
だから夜に寝ている間にルナティスにあれだけのキスマークなんぞをつけられるということはありえない。
そう考えれば、二人で夜の行為に及んでいる間にどさくさに紛れてつけられたのだと容易に察しがつく。
それを思うとあのヒショウにはさぞかし恥ずかしい秘密だろうと笑いがこみ上げるのだ。
今にでもギルドチャットで暴露して大笑いしてやりたいところだが、それをやると今度はマナ自身の身が危ないために抑えている。

それでも我慢できずに、マナはしゃがみこんでギルドメンバーで特に仲のよいの少女にそっとWISを送り出し、二人で大笑いをいていた。


本当は戦闘なんかつけんでも終われてました。
むしろ他に書き途中のイッパイあるんだからさっさとこんな突発的なの終わらせようぜとか思いながらマジメな戦闘を書きたくなって夢中になってしまった物です。
(゚Д゚*)これだけやって仲直りできるという二人が不思議(ヲイ)