猫は雨が降ると元気がなくなるとか言うが、それに似た症状がヒショウにも現れていた。 窓に不規則に叩きつけられてはガラス面を流れ落ちていく雫を眺めていた。 雨は止まない。 ここ2、3日振りっぱなしで、時折気まぐれに上がってはまた降り始める。 薄暗い部屋に閉じこもりっぱなしで、部屋の壁にかけてあるアサシン装束とカタールも心なしか骨董品のように色あせた気がする。 四六時中薄暗い空はまるで世界を丸ごと閉鎖してしまったようで、気分も沈む。 無意識に冷たい薄手のシーツを掴んで引き寄せた。 自分のその手に遅れて気づいて、一人苦笑いしながらしわになったシーツを平手でなでて直した。 どうも自分は子供じみた行動を無意識にしてしまう。 さて雨からくる身体の不調で狩りを休んでいたが、そろそろ無理にでも出かけようかと思い至った。 もう生活費に困るような非効率的な狩りはしないで済むくらいのレベルにはなった。 無理にでも、と思ったのは金ではなく動かないと身体が鈍ると思ったからだ。 ベッドから降りて部屋履きを履き、ちびちびと飲んでいたブランデーの瓶をぶら下げて部屋を出た。 自室を出てリビングに出てから、ここ数日篭っていたせいで空気が悪くなっていたことに気づいた。 扉を開け放したまま多少新鮮な空気があるリビングを横切る。 リビングの隅に設けられたソファで窓に向かって座っているルナティスの後頭部が見えた。 いつも鮮やかな金髪もこの数日の雨で色あせたように見えるのは、不調であるヒショウの錯覚だろうか。 ほとんど動かないので転寝しているのかと思い、音を立てずに歩いた。 キッチンに入ってすぐの木棚に、すでにいくつか並んでいる酒、ジュースやグラス等と一緒に持っていた瓶を並べておいた。 「ヒショウ…?」 先ほどリビングにいた筈のルナティスがこちらに気づいてキッチンに入ってきていた。 「やっと小腹でも空いてくれたか?」 そう彼が苦笑いするのを見て、自分がこの雨の降っている期間中ほとんどまともな食事をとっていないことを気にしているのだろうと予測した。 しかしそれでも無理やりに口にすれば胃が消化不良を起こして腹痛か吐き気を催すのだから仕方ない。 「いや、狩りに行く。」 「…顔色悪いぞ?それにまだ雨が降ってるから出かけるのは控えたほうが良いだろ。」 「このままだと身体が鈍る。」 そう言って水筒に水を注ぎ始める。 後ろからルナティスのいかにも休ませたそうな視線を感じるが、この際無視することにした。 十分すぎるほど休んだのだから体力にはまったく問題はない。 要は気分だけなのだから。 水道から滴る水が竹の筒に溜められていくのを眺めていた。 少し濁っている、雨のせいで貯水池が溢れて濾過が追いつかなかったのだろうか。 それでも水に関してはそう腹を下すようなことはないだろうと、水筒に蓋をした。 「っ…」 蓋を閉めた瞬間、背中に暖かいものがぶつかって引っ付いてくる。 「おい、ルナティス。」 背中にひっついているものの正体はどう考えてもルナティス以外浮かばない。 彼はヒショウの腹まで腕を回してきて、甘えるように抱きついてきている。 だがただ抱きついてきていただけの腕はヒショウの前合わせの隙間に滑り込んで、素肌を探りだす。 甘えという生易しいものではなくなってきていることにすぐに気づいた。 けれど気だるさのせいか、強く抵抗する気になれない。 それでも享受する気にもなれなくて、服を暴こうとする手を押さえつけた。 「…やめろ、こんな所で」 いろいろ言いたいことはあったが、まずそれを口にした。 曇り空のせいで時間間隔が狂うが、体内時計で夕方だろうと思っている。 そんな時刻に台所でことに及んだらすぐに誰かに見つかる。 ルナティスはそんな安易なことも、嫌がらせ的なこともする筈が無いと思っていたのだが。 「急ぐことでも、行かなきゃいけない用でもないだろ?」 声はいたって真面目で水面さえ波を起こさせないような平静さが含まれている。 ヒショウに腕を押さえつけられても、そっと唇を首の後ろに押し当てる。 柔らかな感触の合間から濡れた熱い舌でなぞられる感覚がして、快感に襲われる前に体を前に倒して逃れた。 けれどそれでもルナティスはしつこく、今度は服の上から脊髄をなぞる様になめる。 「・・・っぁ…」 くすぐったいととればそれまでだが、熱が加わったその感覚は快感と変換されるようにすでにヒショウの身体には刻み込まれている。 この感覚は恋人同士でなかったならふざけ合いのくすぐったさとして片付けられるだろうに… 「…っ…やめろっ…」 どうして、この身体は感じてしまう。 くすぐったいだけなのに、堪える程に熱くなる。 「…わかった、から…」 小さく、妥協の言葉を漏らす。 もともと、乗り気ではないわけではなかった…いつもよりは。 それでも行為にいたるには多少勇気がいるのは、まだ変わらない。 行為そのものが嫌なのではなく、普段服で覆い隠している身体をルナティスの前でとはいえ人目に晒すのはやはり不快だ、それも探られ暴かれるのは自分でさえ嫌悪するような… 「頼む、部屋で…」 これからされるだろうことを考えると気が参ってしまいそうで、振り払うようにそう口にした。 ルナティスの悪戯な腕を抑える力を緩めると、彼はさっきのようなことはしないでそっとヒショウを放した。 それを確認してから一息ついて後ろを振り返ると、うれしそうなルナティスの目と視線が交わった。 さっきだけの愛撫で自分はすごく情けない顔をしていそうで、そっと目を逸らした。 「ただ、ちゃんと、洗浄してからだぞ。」 ヒショウがそれだけは強く言うのを、ルナティスは少し不満そうに頬を膨らませてみていた。 するにこしたことはないかもしれないが、でもそれをルナティスにやらせるわけでもないので彼はヒショウが自分で済ますのを待つのがじれったいのだ。 「しなくても、いいのに」 「お前がよくても俺がよくない。」 潔癖症、というほどではないがそれでも綺麗好きで下賎な世界を知らないヒショウには耐え難いのだろう。 スカトロ、なんてされた日にはトラウマになってしまうに違いない。 ルナティスも経験が無いわけではないがそれでも嫌いだし、ヒショウには絶対にさせたくないと思う。 ヒショウが入れた水筒の水をなんとなく持って、彼の手を引いて今しがた彼が出てきた寝室に入っていった。 「じゃ、待ってるよ。」 二人以外に見られてもわからないように、二人専用の狩りの道具の中にそれとなく紛れ込ませてあった洗浄液をヒショウに渡して、ルナティスはベッドに寝転がって本なんか広げ始めている。 なんとなくそんな彼の後ろ姿をみて、自分にはちょっとした一大決心でもルナティスには日常の些細なことなのだろう、とヒショウは思った。 「自分で綺麗にするの、って…少し恥ずかしくないか?」 「っ、汚いまま、されるよりマシだ。」 数分か十分かしたくらいにヒショウが戻ってきて、そんなことを聞いてみたら思い切り眉間にしわを寄せて言い返される。 外の雨のせいで多少の湿気、だが人間の身体には湿度というのは感じられないもので、多少気温が高く感じられるだけだという。 暖かくは無いが肌寒くは無い、どうせするなら掛け布団なんかはいらない適度な気温。 掛け布団を敷いたまま、その上にヒショウを引き倒して添い寝するように抱きしめる。 ヒショウはここ最近やることがないと部屋でぼーっとしているか、本を読んでいるか、少しトレーニングをしているか、そうでなければやたらにシャワーを浴びていた。 そのせいか髪からいつもよりシャンプーが香った。 彼も狩りの帰りとかなら汗の匂いや埃の匂いが混じるが、それ以外はたいてい芳香がしていてまるで女のようだと思う。 もう少し匂いの少ないものにしたらいいのではと思うが、それは周りの意見を考えたらのことであってルナティス自身はむしろ好きなので言わないで置く。 それに、こう香るほど彼が他人を近くに寄せ付けるとは思えない。 むしろ寄せ付けさせてたまるか。 「っ…ん…」 髪に指を差し込んで梳きながら唇を重ねる。 舌を差し込んでも戸惑うように引っ込めている舌を、それでも絡みとって交わる。 舌というのは味覚も触覚もある器官で敏感な部位だ、ディープキスひとつで互いに熱は上がる。 戸惑いの強いヒショウも、彼を求めることに貪欲になっているルナティスも。 もっと、もっとと水音を立てながら絡めて、熱を上げていく。 ヒショウが息苦しげに息継ぎを求め、それでも塞がれればくぐもった声でルナティスを呼ぼうとする。 こんなキスだけで互いにのめりこんで満足していたら、ヒショウがせっかく許してくれたのにもったいない。 互いの唇を結ぶように糸を引きかけていた唾液さえなめとって、一旦彼から離れる。 つい性急になる手つきで彼の上着を剥ぎ取って、痩身の体を手のひらでなぞる。 同じ男の身体なのに、綺麗と思うのが不思議だ。 女のもののように見るだけで興奮することはないが、それでも行為にいたることまで想像を巡らせれば艶かしくも見えてくる。 「…っ…」 ヒショウが黙ったまま、ルナティスの首に手を回して強く引き寄せた。 強請るわけではない、彼が自分の身体にコンプレックスに近いものを持っていたのを遅れて思い出した。 それ自身を恥じているのではなく、ルナティスを比べたときの自分の貧弱さが嫌だという。 「AGI職なんだから、当然だろうが。」 「煩い、じろじろ見るな…」 ヒショウの腕を首にかけさせたまま、少し身体を下げて唇を胸に寄せる。 胸板に唇をなぞらせ、舌を這わせて、突起を甘噛みする。 「っ…ふ…」 甘い刺激に、声を漏らさないように慎重に呼吸しながら、ルナティスの頭を抱える腕を少し動かす。 それでもそこから離せば手のやり場に困るので、結局少し抱え方を変えるだけ。 狂おしい程の快感が得られるわけでもないのでそれが逆に挙動不審にさせられてしまう。 愛撫を続けながらボトムを緩められ、引きずり下ろされる。 晒された性器にまだ硬さはそれほどなくて、けれどそれを避けてルナティスは後ろを探りだす。 とたんにヒショウが硬直したのがわかった。 本来は排泄で出すばかりの窄みを探り、指で撫でるように押し上げてくる。 一気につきこまず、それがまるで脅迫のようでヒショウは眉をひそめた。 「…ん、ん…」 息苦しさにヒショウが呻いて、息を呑んだ。 なんとなくそれを見届けてから、ルナティスは指先を挿入する。 人の体温、生きた肉の感触。 それは紛れも無く最愛の人の体内。 これを感じるたびに、早く交わりたいと急かされる。 「洗浄するとさ、少し緩んで指が入れやすいんだよね。」 「っ…」 別に羞恥させるためではなく、なんとなく思いついたことを口にしただけだ。 それでも過敏なヒショウは侮辱されたととったのか、赤い目をしてにらみつけてくる。 ルナティスは苦笑いして、でもあえて無視することにして胸への愛撫をやめた。 そしてヒショウの視界からルナティスが消えて、何事かと認識する前にぐいっと片足を持ち上げられる。 油断していてまるで人形のように簡単に足は上がって、その下にルナティスが潜り込んでいると気づいたときには遅かった。 「っ!!!」 先ほどまで指で探っていた窄みに、今度は舌があてがわれていた。 頭から一気に血の気が失せて、だがすぐに一気に血が上る。 「…っ!う、あ!…っ!!」 ずっと呻くだけで声を漏らすことを堪えていたヒショウだが、突然のことに動転して声を張り上げてしまった。 やめろすら言えなくなる、ヒショウの混乱ぶりが面白いとルナティスはほくそ笑んだ。 悪戯心で逃げようとする彼を押さえつけえ、無理やり足を広げさせる。 指で解そうとしていたときは彼も彼も受け入れて侵入しやすかったのだが、今度は固く硬直した窄みに相当嫌がっている彼の心境が伺える。 「ヒショウ、力抜けよ。解せない。」 「指でいいだろ馬鹿!何やってるんだ!」 「たまにはこうゆうのも」 「良くない!殴るぞ!!」 「いやだ、舐めたい。」 「は!?」 まるで子供の駄々こねのようにぼそりというと、また足の間に顔を埋める。 ルナティスの心理が分からなくて、ただ混乱してもがく。 彼の頭を蹴り飛ばして逃げるくらいはできるかもしれないが、仮にも恋人、そこまでするのは憚られて仕方なくされるがままになる。 汚くは無いはずだと自分自身に言い聞かせて、シーツを握り締める。 「…っう、ん…」 ぴちゃぴちゃと湿った音を聴覚が意図せず拾いあげてしまう。 何も聞きたくないと耳を塞いだ。 ありえないところに濡れた感触、それだけで吐き気がしそうなのにこれ以上音まで受け入れたくは無い。 けれどその分そこへ与えられる刺激には敏感になって、彼が内にまで入ってこようとしているのに気づいた。 「ルナ、ティス…中は、やめろ…」 「…さっき綺麗にしたんだろ?」 彼は応えず、吸い付くように唇全体をそこに当てて不可解な行動を繰り返す。 まるで嫌がらせ…いや、事実嫌がらせなのだろう。 ヒショウを動転させたいだけなのだ。 「嫌だ…」 切実に絞り出した声は、いかにも不快を滲ませて震えていた。 そんなヒショウの声にルナティスがやっと動きを止めた。 「嫌だ、っ…こんな、の…」 暴かれていた場所を隠したいが足の間にはルナティスがいる。 どうしようもできずにただ、シーツを握り締めて嫌だと訴えるだけ。 それでもルナティスは流石に手を止めて、身体を起こしてヒショウの顔を覗き込んだ。 「…ごめん、そんなにいやだった?」 「嫌に決まってるだろうが!ふざけるな…!」 「久々だったから、いつもと違うことがしたくて」 「そんなの、必要ない…」 ルナティスを拒否するように手で肩を押されるが、その手を優しく弾いて顔を寄せる。 「いつもと同じじゃ、僕が我慢できないんだよ。」 「…っ…」 「ヒショウは、ないのかな?」 ルナティスがヒショウの鎖骨あたりに唇を寄せて低くささやく。 今に始まったことじゃないが、ルナティスは夜身体を重ねる度にどんどん行為をエスカレートさせていっている気がする。 ただ繋がって、果てて、それで終わりだと思っていたのに。 「恋人にもっと違うことをしたい、違う抱かれ方をしたい、違う顔が見たい、そうやって貪欲に思うこと。」 考える間もなく、彼のその問いに対する返答が出る。 「一緒にいるだけで、十分だろ。」 その答えに対して、ルナティスは少し考えて苦笑いする。 「…僕も、お前に気持ちを打ち明けてしばらくはそうやって思ってた。でも今はそれだけじゃ足りないんだ。」 唐突に、金属音がした。 そしてヒショウの片手が強く持ち上げられて、頭上で固定される。 感触で見るまでも無く予想できたが、頭上を見上げて手錠でベッドと繋がれているのを確認した。 相手ルナティスだから命の危険はないだろうし酷いこともしないと思うけれど、しかしルナティスだからこそ心配になることもある。 「お前が無欲なだけなのは分かるけど、僕は時々そういう言葉を聞くと怖くなるんだよ。 お前は本当に、僕のことを愛してくれてるのか?って。」 「何を馬鹿なこと…」 「うん、馬鹿でごめんね。でも僕に愛してる、って言ったお前の言葉がうわべだけだったら… もっと僕との関係が深くなるのが怖いなら、あの言葉もうわべだけだったってことかもしれない。」 笑いながら、自分の内の不安を語る。 「本当はとりあえずしつこい僕を抑える為に嘘をついて、本心のお前は僕を求めてないんじゃないか、って。」 優しい物語のように、流れるような口調で。 どこか楽しそうに。 それは彼が自分の黒い内をヒショウにぶつけてしまわない為の精一杯の努力なのかもしれない。 だが、ヒショウにはどこかそれが 自分のつらい思いを語るときに笑うルナティスが、恐ろしいと思うがある。 身体の上を這う指が、皮膚と肉を引き裂いてくるような気さえした。 |