それからまた行為は再開されてルナティスの気が済んだのはヒショウが疲労で半分眠った状態に陥った頃。
何をされたのか、思い出したくもなかった。
やっとシャワールームに連れて行かれて処理をさせてもらい、ベッドに戻った瞬間には意識を失うように眠った。
そして起きたら当然

「…痛い…」

腹、足腰と言わずどこもかしこも激痛にさいなまれた。
しかしルナティスは労わりを見せても謝りはしない。
ベッドに潜り込みうずくまっているヒショウの傍にいて、けれど口を開かない。

「……。」
ルナティスは床に座ってベッドの淵に背を預けているのでヒショウからは彼の後頭部しか見えない。

「ルナティス」
「…ん?」
振り返った彼は疲れたような顔はしていたが、比較的いつもどおりだ。
怒る気は起きない、むしろそんな気はさらさらない。

「すまなかった。」

だからこちらから謝る。
ルナティスは一瞬目を丸くしたが、何も言わないでヒショウの頬に触れた。
先ほどまで寝ていたせいで体温は高い。

「…僕が勝手に、鬱憤を溜めてお前にぶつけただけだ。」
「だが、それを溜めさせたのは俺だ。」
「謝るなよ…」

ルナティスは彼に背を向けて、肩を落としていた。

「惨めになる。」

震える声で、自嘲的に笑う。
とっさにその背中を掴んで、引き寄せるように引き倒した。
彼の頭が布団を掛けたヒショウの腹辺りに倒れこむ。

「鬱憤くらい、いくらでもぶつけていい。」
彼の顔を上から覗き込んで、視線を逸らさせないように、こちらも逸らさないように彼の額を押さえつける。

「お前が俺に何をしようと構わない。」
まるで膝上の猫を撫でるように彼の顔を指先でなぞる。

「だからって怒りもムカつきもどつきもするがな」
「っ!!?」

脅すように顎と額をがしっと固定され、ヒショウの表情に黒いものが渦巻いたのを真正面から見て震え上がるルナティスだ。

「だが、お前を嫌いになったりはしない。」
それではダメか、と表情なく真剣な目で聞く。

「僕が心中したいとか言っても?」

返すルナティスも真剣な目。
その言葉に多少動揺する。
言葉を選ばず、むしろ選べずに「物騒だな」と思ったことを正直に口にした。

「無意味な死は嫌いだ。けど、有意な行為なら。」

少し考えたが、改めて小さく頷いた。
そしてルナティスはまだどこか晴れぬ目をして微笑んだ。
嘘のような、というよりも疲れきったような、諦めを含んだような目だった。

「ありがとう。」
「不満か?」
「不満じゃない、ただ僕が強欲なんだ。」
「お前は遠慮気味だと思うが…?」

そう答えてから、ヒショウの視界の端に映りこんでしまったのはベッドサイドに転がるセックストイ。
昨晩散々な目に遭わされた道具だった。
朝の日差しに似合わぬ卑猥な玩具をさっさと日の当たらないところに隠したいと思った。

「……性欲は置いておいて。」

思わずそう付け足すと、ルナティスが思わず吹いた。
そして浮かべたのは、今度こそ本当の笑顔だと思う。

「お前が僕に従順になっても、ずっと一緒にいてくれても、情熱的であっても、きっと僕は満足できない。欲ってのはどんどん出てくるから。」
「…じゃあ、恋人は俺じゃなくてもいいっていうのか。」
「アスカがいないとダメなのは満たされたいからじゃなくて、いないと僕は死ぬから。」

ヒショウが不満げに漏らした言葉に、ルナティスは物騒にもそう即答した。
その目は至って真剣だ、それは分かっていたけれど「大げさだろう」と呟かずにはいられなかった。
彼はただ笑う。

(本当だよ、お前がいないと生きていく意味が無い。)

口にする度に、彼の背に重くのしかかってしまう自分の偏愛。
一人の人間を、他人ですら見捨てられない彼だからこそ、きっと余計に重い。

不意にルナティスが起き上がり、ヒショウに近づく。
昨晩と違い強引ではなく、警戒した動物に逃げられないように慎重になるように控えめに。
互いの唇が重なり、しかしすぐに離れていく。

特にきっかけのないスキンシップ。
ただしたいと思ったからしただけだ。
そうやって意味のないふれあいをしても許される位置にいることに、満足していた筈なのに。

まだ足りないとばかりにもう一度触れる。
慎重になっている為に動きは緩やかで、押し倒すというよりは二人共にベッドに身体を横たえた。

「…する、のか?」
「したい?」

例え欲求不満であったとしても、彼がイエスと応えることなんて無いと分かっているけれど。
大体、昨日の今日でしたいと彼が思うはずも無い。

「…身体が、しんどい。」
「じゃあやめよう。キスしてていい?」

彼がスキンシップが嫌いではないことは理解している、ただしルナティス限定だが。
頷くのを待ってから、彼の頬や首に手を添えてついばむような口付けを繰り返す。
触れるのは手のひらと唇だけであるように気をつける、触れすぎたら欲情してしまうから。
合間に呼吸ができる程度の触れ合いには息苦しさも身体を這う手に対するような戸惑いもなく、ヒショウはまんざらでもなさそうに目を薄める。

「…ヒショウから、求めてくることってないよな。」
「欲しいと思う前にお前からくるからだろ。」
「あ、なるほど。」

小さく笑う。
けれどだからと言って抑制できる気がしない。
彼を求めることを抑制している自分を想像するとじれったくておかしくなってしまいそうだ。
昔はずっと抑えていたが、結ばれた今では絶対にあの時に戻りたくないと思う。

「最中、僕よりヒショウの方がイッてる?」
「は?」
「でも一緒にイクのが好きだからちゃんと調節してるしなぁ」

突然品の無い話を振られて、ヒショウは一瞬頭の回転がフリーズした。

「だっていつも僕ばかり欲求不満になってるし。ヒショウに対して不満があるとかじゃないんだ、むしろやばいくらい気持ちいいし。」

なんと応えていいのか、むしろ応えたくなくてヒショウは黙り込む。
けれど相手は真剣に悩んでいる様子なので、無視はしないで話だけは聞いておく。
そして頭が少しずつ動き出してくれば、『むしろ何でそんなにしたくなるのかが分からない』と指摘する言葉が浮かぶが、口には出さない。
あまりこの手の話は継続したくないからだ。

「ヒショウ、自慰とかし」
「するかボケ」
「うそ、しないでそんな平気なのか?男として大丈夫か?前立腺働いてる?」
「………。」

自分が平均だとは思わないが、ルナティスも多少おかしいと思う。
つまりは二人の性欲のレベルが離れているということだ、それだけだ、と勝手に結論付ける。

「…雨…大降りだな。」

話を逸らすように、ヒショウが窓に叩きつけられる雨を見つめながらぽつりと呟いた。
しかし不思議と日差しはあって、朝だというのがちゃんと分かる。
ルナティスは彼と同じ方を見ながら「そうだな」と呟いた。

「…狩り、行ってくる。」
「は?!」

雨が苦手な筈のヒショウが、そんなことを言い出すのが信じられなかった。
大体の影響は気持ちの面にでるくらいだが、酷い時は貧血のような症状を起こして動き辛そうになる、それくらいに嫌いなのに。

思わず止めようとするのも振り切り、ヒショウはふらふらと荷物鞄を持って扉を出ていく。
また何ヶ月かの契約で借りている狭いギルドハウスの中にはヒショウとルナティス以外は誰もいなかった。
朝だからではない、思えば昨日の夕食時に誰も呼びにこなかった。
皆でどこかに出掛けているのかもしれない、だから昨日散々喘ぎではない声を上げても誰も来なかった。
ルナティスは知っていたに違いない。

ヒショウにはまだ、体調不良も昨晩の痛みもある筈なのに、がむしゃらに動き出す。
そんな状態だからこそ、痛みを紛らわす為にも多少無茶をしたかった。

「………。」

意識が呆けているのは熱があるのかもしれない。
だからこそ傘もささずにギルドハウスを飛び出して身体に受けた雨はシャワーのように心地よかった。

顔に付いた雫を手で広げて、濡れた髪を掻きあげて一息つく。
たまには雨の中の狩りというのも悪くないかもしれない。

『一人で暴れて熱冷ましてくる、追いかけてくるなよ。』

言わなければ絶対に付いてくるであろうルナティスにそう釘を刺し、街の外へ適当なフィールドを求めて歩き出した。



「お前、雨の日は外出禁止な。」

マナがそう言いながらホットコーヒーの入ったカップをヒショウの頭の上にポンと置いた。
すぐにカップを受け取って、ヒショウは口をつける。
雨の中何時間も、ダンジョンではなく野外で狩りをしていたのだ。
まだ熱を出したり体調を崩している様子はないが、念の為に身体を温めた方が良いだろう。
ソファに座っている彼の肩は毛布に包まれている。

「ったく、何が悲しくて幽霊見なきゃいけねーんだよ。トラウマだよ全く。」
「誰が幽霊だ。」
「お前だお前。」

悲しいことにヒショウ=幽霊ということに反対してくれる仲間がここにはいなかった。
どうやら雨の中ジュノーで狩りをしていた彼を偶然にも新天地観光から帰ってきたメンバーが発見。
自覚は無かったがびしょ濡れで黒髪を首や顔に張り付かせてカタールを振るう姿は相当恐ろしかったらしい。
しかも当人は身体の鈍痛でかなりやけくそな戦い方をしていた。

「ルナティスー、お前ヒショウの首に縄でもつけとけ。」
「俺は犬か」

マナがふざけているのか本気なのか分からないような真顔でそんなことを言う。
そして言われたルナティスは

「……。」
「…おい、そこで何故黙る。」

本気で首に縄でもかけてきそうに真顔で何かを考えこんでいる。

「いや、そろそろ新境地としてそうゆうプレイを」
「したら殴る。泣くまで殴る。マウントポジションで10分殴る。」
「長っ!!10分は長いです流石に!!」

既に拳を鳴らして殴る気満々と殺気を放ちだすヒショウだ。

「ねーねー!倦怠期を乗り切るためにも新しい性生活は追求していくべきだと思いませんか!!たまにはアブノーマルなのも」
「生々しい!大体昨日の今日でそれを言うか」

殴りはしないが脅すようにルナティスの法衣の襟首を掴みあげる。
さながらチンピラのようだ。
そんなヒショウは頭に血が上っていて自分の失言に気づいていない。

「ふーん、皆がいないからって昨日はそんなにお盛んだったんだー?」

ニヤニヤ笑いながら悪戯っぽく言うマナの言葉に、やっと失言を自覚してヒショウが固まる。
その顔は無表情だが耳まで真っ赤になっている。











「ルナティス、PvPまで付き合え」
「いやだあああああああああああ!!!!!殴られるーーー!!!!!10分間マウントポジションとられるーーーーー!!!!!!」

完全な八つ当たりである。
泣き叫ぶルナティスの後ろ衿を掴み引きずって、ヒショウはギルドハウスから逃げるように立ち去った。