嵐が訪れた…。 早朝。 ドンドン、と宿舎の扉が叩かれて、朝食の用意をしていたセイヤが濡れた手を拭きながら出る。 「はーい、どちらさまですかー?」 扉を開けるとそこにいたのは、赤い髪に青い瞳の可愛らしいマジシャンの少女。 まだ日も昇ったばかりで肌寒いというのに玉の肌を惜しげもなく晒している。 「おはようございます。ギルド、インビシブルの宿舎はこちらでよろしいかしら?」 「あ、はいそうですけど。何の用でしょうか?」 突然、少女は険しい顔をした。 セイヤを物色するような目つきで上から下へと睨み付ける。 「…やはり、あの男の所属ギルドですわね。」 「はい?」 「ヒショウ…それか、ルナティス様はいらっしゃるかしら?」 「え、と…いますけど、まだ二人とも寝ているんです。」 「まあ!それは好都合だわ!お部屋はどちらかしら?」 「え…!?」 目的の人物が寝ていて何が好都合なのか、少女はズンズンとセイヤを押しのけて宿舎へ入る。 セイヤは慌てて少女の肩を掴んで引き止めた。 「ちょっと、勝手に入らないで下さい!それにあの二人を起こすのはあまりよくないです!」 一応恋人同士であるヒショウとルナティスは部屋をいつもツインでとっていて 朝うっかり起こしにいくと夜の余韻であられもない姿でいる… ということは今までなかったが、これからないとも言い切れないので あの二人だけは自然に起きるのを待つというのがギルド内で暗黙の掟になっている。 少女は個室が並ぶリビングの中央に仁王立ちになると、声高々に叫んだ。 「お兄様!!お兄様!!隠れてないで出ていらしたらどうなの!!?」 「え、おにいさま?」 それからしばらくして、各々の部屋から物音がし始めた。 みんな起きてしまったようだ。 「何事だ。」 「あんだー?だれかきてんのかー?」 「あ、レイヴァさん、マナさん、おはようござ―――っっっマナさん!!さすがに全裸はやめてください!!!!」 真っ先にリビングにでてきたクルセイダー・レイヴァとブラックスミス・マナだった。 マナはいつも高露出度の服な上、夜寝るときは全裸らしい。 その姿のまま出てきた彼女を、セイヤは蹴飛ばす勢いで自室に押し戻した。 「貴女は、確かヒショウの…」 「あら、ご機嫌麗しゅう、聖騎士様。」 レイヴァの方は少女を知っているらしいが、何故か少し表情は晴れない。 「あの、レイヴァさん、彼女は何なんですか?さっきお兄様って呼んでたの、もしかして…」 「うむ…なんというか、彼女はヒショウの―――」 「お兄様ぁ〜!!」 やっとセイヤがレイヴァから真相を聞きだせると思ったのも束の間、 少女は艶っぽい声で、起きだしてきたヒショウに向かって叫んだ。 叫ばれた方のヒショウはまだ服を着崩したままで寝ぼけ眼だ。 「お兄様ぁあ〜っ!!!」 少女は両手を広げて、ヒショウの方に走っていく。 再び呼ばれて、ヒショウは少し目を覚まして当人に気づく。 「!!」 げ、とあからさまに顔に浮かべて、彼が一歩引いたのが見えた。 「っんどりぁああああああああああ!!!!!!!!」 「うえ!?」 「……。」 少女はあろうことか、腰から短剣を引き抜き、ヒショウに襲い掛かっていた。 応戦するにも獲物のない彼は、恐ろしい速さで繰り出す少女の剣戟を避け、その腕を掴んだ。 「はっ」 短く息を吐いて、その腕をひねり、彼女の腰を抱え上げて素早く投げ飛ばした。 その際の顔つきといい、技のキレといい、ヒショウの顔はマジだった。 「っく!」 少女は投げ飛ばされた先でまっ逆さまに落ちて肩を強かに打ったが、何とか反動ですぐに飛び起きた。 「…貴様、また…性懲りもなく…」 驚いたのか、彼女の訪問が嫌だったのか、ヒショウは真っ青な顔で唸る。 それに比べて楽しそうな少女はまた凛と立つと声高に笑った。 「お久しぶりですわ!お変わりないようで嬉しゅうございます。」 「…お前はとっとと変われ。まだこんな馬鹿なことをしているのか。」 「馬鹿なこととは失敬な!自らを高め強靭な肉体を作るのは私の夢ですのよ!」 「…だったら勝手にその辺で熊と格闘でもしていろ。」 ヒショウは横目に周りを見渡し、武器になるものを探している様子だ。 それを見て少女は腰からもう一本別の短剣を取り出した。 「さあ、無駄話はここまでですわ。」 もう一本の短剣をヒショウに放って渡した。 「今日こそ、そのお命頂戴致します!!!」 不吉なことを叫んだ少女は馴れた動きでヒショウと闘いを始めた。 「く、悔しいですわ…っ」 床にうつ伏せで大の字になって泣く少女を、ヒショウ以外のメンバーが哀れんで見ている。 ヒショウは闘いでもちゃんと紳士として手を出さずに少女の攻撃を避けるばかりだった。 だが途中で面倒になったらしく、彼女を押さえつけるや否や 問答無用でおぞましい音をたてて両肩の関節を外したのだった。 「関節技とか卑怯ですわ!!男なら体で勝負なさい!! 筋 肉 と ! 肉 体 で !!」 「そうゆうのは他を当たれ。」 ヒショウが無礼な態度をとっているということは、二人はそれなりに近しいか親しい関係なのだろう。 「あの、ヒショウさん。彼女とはどうゆう関係なんですか?」 「赤の他人だ。」 だがヒショウは忌々しそうな表情でそうきっぱりと断言した。 「あれ?イリスちゃん?久しぶりー。」 白けた雰囲気をぶち壊すように、遅れて寝室から出てきたのはルナティスだ。 彼はにっこりと笑って、床に突っ伏す少女をイリスと呼んだ。 「きゃああああああ!!!!!ルナティスさまあああああ!!!!! 今日も素敵ですわ!!あたくしを熱くきつく抱いてくださいましーっ!!!!」 「あはははー、とりあえずそのタコみたいになった両手をなんとかしようね。」 イリスの素っ頓狂なテンションに臆することなく、彼女を抱え起こして おぞましい音を立てて両肩の関節を元に戻した。 ヒショウといいルナティスといい、彼女に対する扱いが女性に対するものではないとセイヤは思った。 「ありがとうございます、ルナティスさま…あいてて…。」 「その様子だとまた負けちゃったかな?」 「はい…今度こそはと思ったのですが…」 「仕方ないよー、君はまだ一次職だしね。それにヒショウだってそれなりに熟練者だしね?」 「はい…けれど!けれどいつか奴を打ち負かし、ルナティスさまのあの毒牙から解放して差し上げますわ!!」 「あははー頼みもしないことはしなくていいよ?」 ルナティスは相変わらずの笑顔でイリスに普通に対応しているようだが、トゲがあるのは気のせいだろうか。 「これから朝食なんだ。一緒にどう?」 「まあ、よろしいのですか?」 「大丈夫だよね、セイヤ?」 いきなり話を振られて、セイヤは思わずコクコクとうなずいた。 「でしたらお邪魔させて頂きますわ。」 「うん、でも静かにしてね。」 少女はルナティスの腕に絡み付いて、恋人のように顔を赤らめている。 「で、結局…イリスさんとヒショウさんの関係は?」 首を突っ込まないほうがいいかと思ったが、それでもセイヤは聞かずにはいられなかった。 それを同じ一次職メンバーの剣士・メルフィリアと弓手・ウィンリーが拍手でその勇気を称えている。 「赤の他人」とヒショウは答え 「最大の宿敵」とイリスは答えた。 この二人ではダメだ、とセイヤはルナティスに向き直る。 「うーん…簡単に言えば、イリスちゃんはヒショウの妹なんだよ。」 「え…?でも、ヒショウさんもルナティスさんも孤児院育ちで家族は全く知らないって…。」 ルナティスはもったいぶって、笑ったまましばらく黙っている。 「あれだよ、ヒショウの 奥さん の、妹さんね。」 「ぶっ…!」 どうやら事情を知らないのは一次職軍の三人だけらしく その三人はものすごいリアクションで一斉に吹いたり食べ物を喉に詰まらせたりしていた。 「ヒショウさん、結婚してたんスか!」 「本当なの!?それじゃあルナティスさんとくっついて…昼ドラの泥沼の三角関係じゃない!?」 「あ!そういえば僕大聖堂でヒショウさんの婚約申請書みたいなの見たことある!」 「ばっ、セイヤお前なんでそれ見つけたときに問い詰めねぇんだよ!」 「そうよそうよ!それあれば最近全く暇しないですんだのにー!!」 「だ、だって…皆に隠す複雑な事情があったらどうしようかと思って…」 三人がぎゃあぎゃあ騒いでいると、イリスが突然テーブルに手を叩きつけて立ち上がった。 「…そうよ。確かにこの男はお姉ちゃんの夫…。 けれど!あたくしはどうしても認められない!!!」 イリスは疲れた顔をしてパンをサラダを突付いているヒショウをにらみつけた。 「お姉ちゃんに相応しいのはお姉ちゃんをどんな敵からも守れる強い男!! それなのになんでこんなひょろっちいアサシンなのよ!! このギルド、素敵な肉体を持つレイヴァさまやルナティスさまがいるのに なんでよりによってこんなもやしなの!!? あたくしだってお兄様と呼ぶならムキムキマッチョな男がいいのに!! この男よりもルナティスさまの方がいいのにいいいい!!!!!!」 「よしよし、イリスちゃん、あんましうるさくするとつまみ出すよー?」 慰めるようにイリスの頭を撫でるルナティスだが、やはり言葉にトゲがある。 「それにさ、イリスちゃん。仮にもヒショウは君の命の恩人でもあるんだから。 喧嘩はよくないよ?仲良くしようよ、ね?」 「喧嘩などしていませんわ。あたくし、これでも彼をお兄様として敬っているつもりです。 だからあたくしはこの男を蹴落とす日を夢見て日夜修行に励んでいるのです。 正式に闘い、彼を蹴落とし、妹に負けた弱い兄のレッテルを貼って差し上げるのです。 そしてあたくしよりも強い男が、兄となるのです!!」 「…すんげえむちゃくちゃ言ってるな、あの女。」 ウィンリーのつぶやきに、メルとセイヤが賛同する。 「そんなわけで、お兄様に差し入れを。 どうぞ。ビッグフットの肝と足裏ですわ。 生で、一気に、流し込むように、お召し上がりになって?」 「誰が食うかそんなグロテスクな物」 「大体なんですのその朝食!男たるもの肉をお食べくださいまし。 サラダを細々食べてるなんて男ではありませんわ!!」 「お前にどうこう言われる筋合いはない。」 「まあ、せっかく敵に塩を送って差し上げているのに。 それに、ちゃんと立派になれば、あたくしもお兄様を認めて差し上げるのに。」 「お前の許可なんぞ関係ない。」 言い合いを続けるヒショウとイリスには、なにやら割って入れない雰囲気がある。 むしろ入りたくない。 「…大変ですねえ、ヒショウさん。」 「そうだねえ」 イリスの持ってきた肝を興味半分のようにセイヤとルナティスは突付きながら話している。 少し口をつけたらものすごい生っぽい味がした。(当然だが) 「ルナティスさん、当の奥さんはどこへ行ったんですか?」 「亡くなったよ。」 何故か、「今も元気だよ」といわれるよりも違和感がなかった。 「イリスちゃんの心臓の病気を治すために、一生懸命働いて、それで亡くなった。 ヒショウが彼女にあったのは、もう余命も僅かな時だった。」 「…それで、どうしてご結婚を…」 「彼女にはもうヒショウしかいなかったから、最期の僅かな時間でも彼女を幸せにしようとしたんだ。 結婚して、幸せだった、って残されるイリスちゃんを安心させる為にも。 彼女のお墓にはヒショウの名前も彫られてるから、あの夫婦はもう亡くなったんだけどね。」 「………。」 「そんな感動的なお話なのに、今目の前にいる二人を見るとなんだか嫌になりますね。」 「そうかな〜?いいじゃない、元気で。」 今度は何を騒いでいるのかと思えば、ジュノーで仕入れた筋力増強剤を飲ませようとしているらしい。 「イリスちゃんの心臓の治療法はちょっと特殊でね、まあ、先進技術を使ったんだ。」 「先進技術?」 「そ。そしたら治ったいいけどものすごい強靭な心臓になっちゃったみたいなんだ。 そんなところにヒショウが治療後のリハビリや体を鍛えるのにいいだろうって体術を教えたらハマっちゃって。 でも、もともと勉強熱心だったから夢はウィザードになることだったんだ。 だから、結果的に」 「…強靭な心臓と肉体を持つ殴りマジシャンが生まれた、と。」 「そうゆうこと。ルティエをランニングしたり、イズルード・アルベルタ間を水泳で渡っても元気なんだからすごいよねー。」 「…ヒショウさん、体術なんか教えなきゃよかったとか思ってるでしょうね…。」 「いつも言ってるよ。」 ついにバックステップで家の外に逃げ出したヒショウをイリスが叫びながら追いかけていく。 「でも、本当は仲のいい兄妹なんだよ。」 「ど、どこがですか…。」 ヒショウに「南無」とつぶやきながら、セイヤはルナティスに聞き返す。 彼は二人の消えた先を穏やかな表情で見ていた。 「治療費とかは全部イリスちゃんのお姉さんが稼いだものだけど その後のリハビリとか生活援助はヒショウががんばって出してたんだよ。 だからイリスちゃんは何かとつけてそのお金をヒショウに返しにくるんだ。」 「…へえ。」 「でもヒショウがいつも受け取らないから、彼女なりにいろいろ考えて そうゆうものを押し付けていくようになったんだ。」 そう言ってルナティスが指差すのは、サスカッチの肝と足裏である。 「…すっごいありがた迷惑ですね。」 「でも、ヒショウも分かってるから、あとでちゃんと食べてるよ。」 「食べるんですか!?これを?」 「うん。グロテスクだけど珍味だし。」 「…生で、一気に、流し込むように?」 「いや、普通に煮込んで。」 いつもそっけないと思っていた先輩の思わぬ一面に、セイヤは顔がほころぶ。 「じゃあ、これはありがたくヒショウさんの夕飯に使いますね。」 「うん、そうして。」 「にしても…ヒショウさん、普通にお金を受け取ればよかったって思ってるでしょうね…。」 「いつも言ってるよ。」 ――― ま、こんな感じで…貴女の旦那さんも、妹さんも 仲良くて元気ですよ、フィーリアさん。 外は天まで声が届きそうな晴天。 「いいかげんにしろおおおおおおおお!!!!!!!!!」 「ハッ…しまったあああああ!!!!!!!!!!」 「うわあああ!!ルナティスさん!! イリスさんが川に放り込まれてますよ!?」 「大丈夫大丈夫。あの子は滝を落ちて遊んでる子だから。」 *Fin* 急に電波が来ました。 |