いつも行く酒場より客は多いが静かだ。みんなステージで歌っている女性に釘づけで無駄話をしていないからだろうか。
静かに飲むのが好きな彼は人目で気に入った。

静かだけど、どこか明るい雰囲気の酒場は、アサシンを快く向かい入れた。
アサシンの装束。表情を隠すかのように頬まで垂れて顔半分を隠す黒髪。更に口元をマスクで隠している。そして、そこから覗く瞳も、髪のように黒い。
いつも暗い雰囲気を纏う彼でも、この空間には自然に溶け込んでいた。

『ステージに向かって右の窓際』
女性の耳打ちがそれだけ告げて切れた。言われた辺りを歩きつつ目で探すと、手を大きく振る女のブラックスミスが目に入った。
彼は足音をまったく立てずにそちらに歩み寄る。それでも、アサシンの装束や、マスクをしても分かる端整な顔つきは人の目を引きつける。

「別に、仕事とか狩りとかじゃないんだからマスク外せよ」
彼女と向かい側の席に座り、彼は言われたとおりマスクを外す。マスクを外すと、やはり物静かで綺麗に整った顔が出た。だが、黒い髪に黒い瞳に黒い装束で、やや陰気に見えるのが玉に瑕だ。
「…アイツは一緒じゃないのか」
「ルナ?あいつは、知り合いの支援。せっかくこんなイイスポット見付けたのにさぁ〜彼女より仕事だって。フ ザ ケ ン ナっての」
彼女がテーブルに肩肘ついてうなだれると胸の谷間がクッキリ見えた。向かい合うアサシンはちょっと見ちゃってもあまり気にしない。
もともと普段も戦闘もお父さんが見たら悲しむような服を着てるし、女という自覚もなく恥じらいもない女だ。一緒にいれば誰でも気にならなくなる。
見れば美人なのに、もったいない。

「ルナティスがお前の誘いを断るなんてめずらしいな。あの万年マナ症候群男が?」
マナはこのBSの名だ。
「そーそー!!やっぱ付き合って一発やらせたからだ!あいつ私の体が目的だったんだわっ!!」
と、大げさにおよよ、と泣く真似をする彼女を、アサシンは冷ややかな目で見ていた。
「てか声がでかい。見られてるぞ」
「うわっ!冷たい!ヒショウ冷たい!やっぱり腐ってもアサシンだな!」
「アサシンじゃなくても呆れ…つかお前、今腐ってもって…」
「まあ、彼氏に仕返しってことで、あいつのポケットマネーで奢るからw」
「俺が腐ってるって言いたいんだな?」
「あ!ヒショウ、この肉美味いんだ。食ってみ?」
「……」
ヒショウはマナの失言は気にせず、酒と料理を味わうことにした。

「けどな、マナ。ルナティスは別に、そうゆうつもりでお前と…」
ヒショウの言葉の先は、マナが笑いながら掻き消した。
「分かってる分かってる。私だっていちおーアイツの彼女だし?ルナのことはコレでも結構理解してるつもり。しかもアイツ聖職者だからとか言ってやろうとしないし。」
マナがそう言うと、彼は満足そうに頷いて、料理に手を出し始めた。
彼女はそんなヒショウを見て、表情を和らげて聞いた。
「…やっぱ、ルナが好きなんだな」
「あれでも、親友だからな。」
ルナティスは、自分が胸を張ってそう言える、たった1人の親友だ。

マナあとのことは考えなくて、失言が多くて、ふざけてて、ガサツな女だが…嫌いじゃない。
強くて、一緒にいるのが気持ちのイイ奴だから、人付き合いが嫌いな自分でもマナには好感が持てる。
兄弟のように育ってきた、たった一人の親友とも言えるルナティスが彼女と付き合うと言った時も、心から祝福した。
二人なら上手くやっていけると思えた。

 

 

「ヒショウ、あと少しだからがんばって歩いてくれ」
「ぅ……」
マナに支えられながら、宿の廊下を歩く。
二人で話が盛り上がり(と言ってもほとんどマナのボケにヒショウがツッコム漫才風)勧められるままに酒を煽り、酔い潰れた。
不思議と気持ち悪くはないが、目眩と眠気がひどい。
なんとかマナの部屋に辿り着き、ヒショウはベッドに倒れこむようにして横になると、あっというまに眠りに就いた。
「はぁ〜重労働。もっと近い所に宿とっておけば良かったな」
マナはヒショウの隣にどかりと座って、一息つく。
だが、休まずにそのままどこかへの耳打ちの用意だ。

『ルナぁ?生きてるか〜?』
返事はしばらくして返ってきた。
『今、兄貴達にボコられてる〜』
内容とは裏腹に声は明るい。オール超兄貴とかでなければ心配ないだろう。
『なに、お前、今日はレイヴァの支援だろ?レイヴァどうしたんだよ』
『今死んでる』
……遠くから南無。

『よし、生き返らせた。で、何?』
『そーそー、さっきヒショウ酔い潰したから、うちに泊めてやってる。今日は帰ってこなくていいぞ。ギルドメンバーのところにでも泊めてもらうか自分で宿とってくれ』
返事はあっさりと、了解、ときた。
『あ、女の子の所に泊まっても怒らない?』
と、明るい声できた。ボコられてる最中だろうに、気楽なやつだ。
『怒るわけないだろ』
マナは笑いながらそう返して、耳打ちを切った。

「さて、と…」
彼女はヒショウに向き直り、熟睡している彼の装束を脱がせ始めた。

 

 

隣で苦しそうな息づかいが聞こえる。
目が覚めていきなりそんなものが聞こえたので、ぱっちり目が覚めた。
見ると、マナがシーツを肩から被って、こちらに背を向けていた。
「マナ…?」
ヒショウは何かあったのかと、彼女の肩を掴んだ。
「は、はなせよ!」
震える声で、彼女は拒絶した。
「な、なに…?」
「…もぉ、無理…だか、ら…もぉやだ…ぁ…」
啜り泣きしながら、マナとは思えない声をだす。
肩から被っていたシーツがずれて、日焼けした肌があらわになる。
戦闘で胸ポロして通りすがりの人に鼻血を吹かせても「あーまたかー」で済ませるマナが、体を隠すというのも、何だか異様だった。

「………」
今更ながら、自分が全裸であることに気付いた。そしてさらに、足元のシーツにうっすら血が滲んでいる。
マナ、初めてだったのか…いや、そうじゃなくて。
とにかく嫌な予感がした。
「マナ、こっちを向け」
何があったのか…今、思い浮べているのは間違いだと確認したい。
「マナ」
彼女は拒絶した。
「マナ!」
「やだ!嫌だッ!!」
彼女を強引に引き寄せ、向き合う。
やはり彼女も全裸で、紅潮した頬は涙で濡れていて、汗ばんだ胸元に赤いあざが散っていて…いつもの彼女とは全然違った。

「………っ」
ここで襲ったら意味無いぞ自分。と言い聞かせ、息をのんで彼女に聞く。
「マナ、説明してくれ。俺には全然…その…お前を襲ったとか言う記憶は無いんだが…これは、俺がやったのか…?」
彼女はすすり泣きしてばかりでなかなか答えない。
「マナ、説明してくれ」
もう一度言って、彼女の肩を揺さぶった。
「……ッ、知らない…、アンタを…酔い潰しちゃって…ここまで…運んで、ッ…寝苦しそうだったから…服脱がせてて…そしたら……ッ」
彼女はずれたシーツをまた肩にかけ直し、うずくまった。
その間、ヒショウは呆然としていた。

 

自分がやったんだから、励ましも慰めも何も言えなくて…ただ、逃げるように、服を着て宿を出た。

もう深夜で、人通りもほとんど無い大通りに、ぼんやり座り込んでいた。

信じられない。
別に自分は酒に弱いわけじゃない。女にがっついてたわけでもない。
第一、マナに対してそんな感情を抱いていたわけではないし…何より、ルナの恋人だ。死んでも手なんか出さない。
けど…あのときのマナには確かに、ぞくっとした。…襲ったのかもしれない。
ああ、もうどうしよう。
レイスやグールにでも食われてしまおうか。
いや、ポリンに長い時間じわじわいたぶられて死のうか。…いや、あの顔にやられるのはムカつくな。てかポリンじゃ死ねないし死ねても死にきれん。

深夜の街に、長いため息が流れる。

 

 

「ヒショウ?」
聞き覚えのある声に、彼は光速で逃げ出した。
「ぅおら待てぃ!!!!!」
投げ縄で首を捕まれた。
こっちは全速力で走っていたので激しく首が絞まってあえなく窒息、転倒。御用となった。
「何で逃げるんだよ、ヒショ〜w」
振り返れば、やっぱり…支援から帰ってきたらしいルナティス。首元で無造作に切られた髪が金に光って夜風に揺れている。なんだか妖艶なその雰囲気とは裏腹に、表情は気が抜けている。
その明るい声からすると、彼は…やっぱり知らないのだろう…ヒショウが恋人に手を出したなんて。いや、知らなくて当然か。

「ルナティス…放してくれ」
「放したら逃げるだろ?」
「……とりあえず、苦しい」
「じゃ、逃げないな?」
仕方なく頷くと、すぐに首に絡みついた縄は外された。

「で、なんで逃げたんだよ。」
「…ルナティス…」
ヒショウは真剣な顔をして彼と向き合った。隠すのも、卑怯というモノだ。観念した。
「俺は、お前を裏切ったんだ。」
「何が?」
「…俺は、ずっとお前のことを親友だと思ってきた。」
「僕だって思ってきてたよ?」
「でも、もうそんな資格ないんだ。」
ヒショウの顔に珍しく感情が浮かびあがった。見ているこちらまで悲しくなるほどに、悲しげで、後悔しているのが分かった。

「ヒショウ…」
ルナティスは彼の頬を手で包んだ。
「…マナを襲ったのは知ってる。」

 

なんですと?
「マナから耳打ちで聞いた。それで、お前を捜してたんだ。」
……マナ、なんていうか…、口が軽い…というのは言い方が悪いな。
どんな風に言ったのかは分からないが…。
「………そうか」
ルナティスが、自分をうんと憎むような言い方をしてくれていたら、ありがたい。そんなことをふと考えた。
俺みたいなヤツは、もっと苦しめば良いんだ…。そう思っていたから。

「なぁ、ヒショウ。それの仕返しっちゃなんだけどさ」
ルナティスの優しい笑顔は崩れない。
「今夜宿代おごって?てか一緒に泊まって?」
ルナティスは少女のおねだりのように、手を合わせて小首を傾げる。

思わず反論したくなった。
そんな軽いことで済ませようとするルナティスに不満を覚えたから。
昔から、彼は優しかった。誰も責めたりしない人間だった。

 

 

一仕事の汗やホコリを洗い流してきたルナティスが頭にタオルに、寝間着を着て出てきた。
「ヒショウも入ってきたら?」
「……後で。」
ヒショウはベッドに腰掛け、眉をしかめていた。
「なんだよ、さっきから怖い顔して」
「……お前、なんとも思ってないのか…」
「マナのこと?」
「そう」
「思ってないわけないじゃないか。だからこうして…」
「お前は…優しすぎだ。俺はお前に殺されてもいいくらいのこと…」

「ヒショウ」
今にも泣きそうな、震える声で言うヒショウを、やや低いトーンの声でルナティスが制した。
彼はヒショウの前に膝をついた。
「マナ自身、そんなに気にしてなかった」
「けど…あんな……」
あんなマナは、見たことがなかった。
顔をゆがめる彼をしばらく見ていたルナティスは、不意に彼に詰め寄った。
「じゃあ、ヒショウ。こうゆうのはどう?」
彼はいつもの優しい笑顔のまま、ルナティスの顎を掴み、唇を重ねる。

「…!?ル、ルナ…!?」
「黙って」
ピシャリと言われ、思わず黙る。
「ヒショウ」
相手の呼吸も感じるほど間近で囁かれた。そのルナティスの声はいつになく重い。
「嫌?怖い?」
「…な、何を言って…」
「だったら、それは僕が君に与える罰だ。」
そう言われると、一気に抵抗する気が失せた。
分かった、と小さく答えると、ベッドに押し倒されて、馬乗り乗られた。
ゆっくりと、装束が剥がされていく。

 

今更ながら…
思いっきり脱がされてから気が付いた。
…これってちょっとおかしくないか…?

「ふッ…んぅ…」
口内に指を入れられ、舌や歯列がなぞられる。
その間、首筋や胸元をルナティスの舌が這う。

ルナティスに、好き勝手されるのは分かる。
けど…
なんで俺はこんなことをされてるんだ?
これって普通女にやるようなことだろ?
俺は男じゃないか。
……男だよな。
実は女だったなんてことないよな。
どっからどう見ても男だし…

「…ぁ…!ッふぁ…あ!」
胸の突起を指と舌で執拗に責められ、妙な快感で、下半身が疼いてくる。
なんでこんなことをされて、欲情してるんだろう。
妙に声が漏れる自分はおかしいんじゃないかと思った。

「ヒショウ、力抜けよ?」
ルナティスの言葉を呆然とした頭で聞き、ヒショウはただ従った。
片足を持ち上げられた。そして彼がヒショウの口内から指を抜き、それで思わぬところに触れてきたので強張った。
「…ッ、ル、ルナティス…待てよ…まさかっ…」
「入れるよ」
中指の先をヒショウの中に突き刺す。
入れてすぐは反応は無かったが、奥に入れていくと、入れられていることを実感してきたらしいヒショウは顔を真っ赤にしてたじろいだ。

「ル、ルナティス…」
「何?」
「なに…するんだ…?」
「ここまでやってるんだから分かるだろ?」
「でも…俺は男だぞ?」
「分かってるよ?」
「てか…やり方間違ってないか…?その…」
「入れるとこ?男だからここしかないじゃん」
「…お前も…俺にんなことやっても、気持ち悪いだけだろ…それに汚いし…」
「そんなことないよ」

ルナティスは入れているのと逆の手で、ヒショウの髪を梳いた。
「お前はその辺の女なんかよりずっと綺麗だよ…外も中も…」
中で指を折り曲げた。ヒショウの体がビクンと痙攣した。
軽く抜き差ししたり、折り曲げたりして、中を解していった。
「っあ、ぁ…ぃッ、ぅ…」
「ヒショウ、挿れられるのは初めてだよね…当然」
彼は小さく頷いた。
怯えたような、初めての感覚に戸惑うようなヒショウの表情にぞくっとした。
いつもの、アサシンのヒショウじゃない。
「アスカ…」
彼が生まれたときに授かった、本当の名前で呼び掛けた。自然と、その名が口をついて出た。
「僕は………」
彼は何かを言おうとして、飲み込んだ。
ヒショウは何かと思って黙って見ていた。
「……指、増やすぞ」

いきなり言われ指が二本、三本と増やされ、心臓が跳ね上がった。
「っあ、ッアぅ…ゥア!ふ…ァ!」
「ヒショウ、力抜いて?これじゃ僕の入れたらちぎれるよ…」
冗談のように言うが、ヒショウの中は本気でキツかった。
力なく口を開いて、苦しそうな声と息を漏らしている。頬を朱に染めて、涙を浮かべて、唇を噛み締めて…
そんな彼が、すがるようにこちらを見ていた。

ヒショウと眼があった。

 

「アァ、ッア、ア…!!!いっ、痛、ぁ!!!」
ほとんど力づくで彼に自分のモノを突き刺した。
「キッツ…アスカ…頼むから、力、抜け…」
「んッ…!アゥ…、む、無理…!!」
一度力が緩んだと思っても、動こうとするとすぐに締め付けられる。
はやく、もっと奥まで入りたいのに…アスカを、めちゃくちゃにしてやりたいのに…。
「ルナ、ティス…ごめ…っ、なんか、今日…俺、おかしくて…。今度、ちゃんと…やらせて、やる…から…」
「駄目だ。」
もう恥も捨てて、言ったのに、ルナティスは彼らしくない無情な返事をした。
「こうしてられるのは、今夜だけだから…。」
「それって…」
今夜で終わり。
二人の関係も…?
もう、友人には戻れない…?

涙が出た。
「ルナティ、ス…嫌だ…」
それが何より嫌だった。
例え恨まれても、会えなくなっても…ルナティスと友人でいられなくなるのが嫌だった、そう実感するのが嫌だった。
「ルナ、ティス…我儘だと分かってる…でも、お前と友でいられなくなるのが…恐かったんだ…」
初めて、心を開けた人だったから…。
彼に見捨てられたら、自分にはもう何の価値なくなってしまう気がした。
「…何をされても、いいから…今だけは…」
お前を見捨てたりしない、別れたりしないと、騙して…。
震える声でアスカは言い、目を閉じた。現実から目を背けるように。

「…馬鹿だなぁ…アスカ…」
ルナティスは優しい声を降らせて、黒く細い髪を梳いた。
「…アスカ…僕はね……」
「……」
彼はじっとこちらを見ていた。
涙を浮かべる瞳は、ヒショウのものではなくて、アスカのものだった。
「ずっと、お前が好きだったんだよ…。」

「ぇ……」
ヒショウが目を丸くしてこちらを見上げてきた。
「って……?」
「そのまんま。もうずーっと長い間、お前の事が好きだった。こうやって抱きたかった。」
「え…でも、マナは……」
「アイツは、好きだけどさ…でもなんか違うんだよ。マナは良い友達ってカンジでさ。だから、一回も手をだしてない」
「………」
目の前で、黒い瞳が困惑している。

そう。この瞳に恋をした。
誰もが天職だと彼に言ったアサシンに彼はなり、飛翔するかの如く敵を仕留める独特のスタイルから誰かがつけた『ヒショウ』の名を名乗った。
アスカは『ヒショウ』の仮面をかぶったが…。
アサシンという仕事の裏で、『ヒショウ』の裏で、アスカはいつも泣いていた。彼はアサシンになるには心が綺麗すぎたから。
自分だけ分かった、彼のそんな弱さを見るたびに、アスカが愛しくてたまらなくなった。
彼はきっと自分で自分の道を歩む勇気があったら、プリーストを望んでいただろう。いつも独りで、でも独りを嫌っていたから…。きっと心の奥では光のある職業になりたかっただろう。
だから、なんとなくアサシン希望だったルナティスはプリーストを目指した。

「でもね…俺はお前と違って汚いから…、聖職者ってガラでもないからさ…。お前をこんな目に遭わせてる…結局、こんな汚い手でお前を抱いてる。」
すまない、そう言って、なるべく痛くないようにしながら彼を奥まで貫いた。
ヒショウの声にならない悲鳴が響く。激しく胸を上下する彼をなだめるように、顔を両手で包んだ。
口を淫らに開いて赤い舌がちろちろ見える。両脇に手を着いて突き上げを開始した。奥まで乱暴に突き入れるとひっきりなしに嬌声が漏れる。
その甘い、官能的な嬌声が耳に届くたびに、自分の中で理性が崩れていく。
ただ、壊したくなる。
逃げもせず、ただ藻掻くアスカのように、ルナティスも彼の名を壊れたように呼び続けた。
段々と扱いが乱暴になってくるルナティスの声も、行為の感覚も、ヒショウは全てを必死に受け入れた。

 

朝、起きて…となりを見たら、ルナティスがいなくて…。
ベッドは綺麗で、窓からは晴れて綺麗な朝の空が…。
ただ、虚しかった。
ルナティスとは、何もなかった。
ただ、何もなく…見捨てられた……。

 

 

 

目尻に温かくて、湿ったモノが触れている。
「ん……」
目が覚めて唸ると、それがスッと離れていった。目を開けて隣を見るとルナティスが微笑んでいた。
「……ッ…」
彼を見た瞬間、涙が溢れた。ルナティスが、いた。
「あ、また…。寝てて泣いてると思ったら…。」
起きてからも泣くなよ。そう笑いながら、彼はヒショウの目尻から涙を舐めとる。さっきと同じ感覚。
「…ずっと、いたのか……?」
「そうだよ?てか、どっか痛くないか?」
「…下半身の至る所が」
そう言って赤くなるヒショウに、ルナティスが笑いながら謝る。
2人のベッドのシーツは乱れに乱れて、シワどころの話ではない。もう剥がれている。
隣にルナティスがいて、昨日の事が現実。それがなにより嬉しかった。昨日、散々なめにあったことなんか忘れてしまうほどに。

「アスカ…」
「……その名前やめてくれ。女みたいで、昔からあんま好きじゃないんだ。」
「なんで。僕は好きだよ?」
いつも何気なくする会話と変わりないのに、胸の鼓動が跳ね上がった。昨夜、何度も何度も“好きだ”と囁かれたから…。
枕に顔を埋めて、それを隠す。
「……で、なんだよ…」
聞くと、ルナティスは急に間を詰め寄ってきた。

「…お前に見捨てられるの承知で、全部打ち明ける。」
「…何」
─俺がお前を見捨てる…?
そんなことありえない。そう確信していたから、アスカは余計にその先が気になった。
「…マナは、昨日お前に襲われてない。」
「………………」
昨日、ルナティスに捨てられたくないとか、そればかり考えていて、マナのことを忘れていた。
けど、襲われてない、って…………?
「それじゃ…誰が…?」
「誰もやってないよ」
ますます謎だった。
ルナティスが苦笑いを浮かべて、話し出す。
「あれは、マナの1人芝居。お前を騙す為の。」
「俺を…騙す……?」
「そう。」

 

事の発端は、ルナティスが何気なくマナと飲みに行ったことから始まった。

普通に飲んでいた2人は意気投合。
いろんな話をして、ヒショウについて話し出した時…、酒も入っていたせいで、ルナティスは自分の恋を、マナに話してしまった。もう、隠しておくのも、我慢するのも限界に近かったせいもあった。
こんなに苦しいのなら、いっそのこと、ヒショウを壊してしまいたい。
アイツに嫌われてしまっても、いいかもしれない。
ちょっと自虐的にそう言い放った時、マナはとんでもない提案をした。

 

「俺とマナが付き合ってる宣言をして、お前にマナを襲ったと思わせて、俺が仕返しとばかりにお前を襲う…。ってシナリオ。」
「ぇ、でも…昨日のアイツの様子は…やけにリアルだったし……」
「マナの演技力だろうね。」
「…胸元に…赤いのが……」
「あれは前日に、僕が仕込みでつけた。」
「………ベッドに血とか…」
「…赤ポじゃない?」
「……………」
「あ、ついでに言うと、ヒショウに睡眠薬盛ったって」
「………」
「………」

開いた口が塞がらない。
なんていうか…、頭で整理できない。
いや、分かってはいる…。真相は分かった。
だが………

 

「ソニックブロオオオォォォォー!!!!!!!」

親しき仲にも礼儀あり、ってことで。

 

 

 

ギルドメンバーが溜まり場にしている湖の近くの森の一郭。
ヒショウにズダボロに仕返しされたマナに、一次職の後輩達が涙ながらに群がっていたり、アコライト君がヒールをかけたりしている。
それを他人事のように少し離れた木の下で、ヒショウは眺めていた。
あれが、マナとルナティスの悪巧みで良かった。そうじゃなかったら、今、自分はここにいなかった。
心の奥底から安堵のため息をついて、木の幹に体重を預ける。

「ヒショウ〜、まだ怒ってる?」
ルナティスが横からのぞき込んでくる。
彼の顔を見ると、昨夜のことを思い出して顔が赤くなってしまう。彼に背を向けた。
「ヒショ〜〜〜」
昨日の彼とは思えないほど間抜けな声がしてくる。
「…別に、怒ってない」
「本当に?」
「…ああ」
「じゃあ、返事聞いていい?」
「……返事?」
後ろを振り向いた瞬間
音もなく、一瞬で唇を奪われた。
「………」
すぐに唇に触れる彼の感覚は無くなったが、間近にその顔があって
目が合うと、どんどん顔に血が上ってきた。
「もー十年近く待ってたんだからな。早く聞かせてくれよ」
「………っ」
また彼に背を向けた。
「あんだけ騙したり酷いことしたりして、言うセリフはそれかよ…」
「そんだけ、お前のことが好きでたまらなかったってことだよ。」
で、どう?
相変わらず、明るい声で聞いてきて、後ろから首元に腕を回してきた。

「………」
ヒショウは、後ろを向いて、彼の耳元に唇を寄せた。

 

 

 

「誰がそう簡単に返事するか。お仕置きでさらに10年保留!」

 

 

後輩のアコライトが、リザレクションをお願いします、とルナティスに叫ぶのも彼の耳には届いていないようで…。
思わず固まっている彼を、ヒショウは知らぬフリして突き放した。
だがその口元には珍しくくっきりと笑みが浮かんでいる。