天津の港。
長旅を終えた1人のプリーストが、海を眺め、潮風に銀の髪を靡かせていた。
すこし眼が細くて、きつそうな顔立ちだが、どこか人の良さそうな微笑みを浮かべる。
優雅で偉大な海。
それに立ち向かうようにしている勇敢な後ろ姿のプリーストの頭部には……ねこ耳。船の長旅が終え、狭苦しい客室から解放された。
外の空気と、晴れ渡った空が、とても清々しい。
今までに見たこともない建物や町の雰囲気を感じる。
そんな環境のせいか、体が軽くて………
「財布も軽くて……?」
「……」
刺々しい低音で背後からアサシンが囁いてくるのに、息が詰まった。
プリーストは、後ろを振り返り、彼に苦笑いを浮かべて見せた。
そのアサシンは、彼と背は同じくらい…だがやや低くて、深海のような髪は乱雑に首元でばっさばっさ切られた感じだ。
けれど、顔立ちは整っている。優しそうとか、性格キツそう、などという感想を持つ以上に、ただ整っている、と思う。
「まだ根に持ってるのかよ、執念深いな」
「当たり前だろう!馬鹿か元金も少ないのに馬鹿高い船旅なんかしやがって!あーもーなんていうか馬鹿だな!馬鹿としか言いようがないな!」
「…………」
普段は大人しいのに、一度キレると口が止まらないこのアサシンは、彼の旅の仲間である。
元はと言えば、わけも分からぬうちに「プレゼントだ」とか言って、目隠ししてヘッドフォンをかけ、気が付けば遠い地へ旅立つ高額の船に乗せられて、わけもわからぬうちに財布がピンチになっていた、という状況に陥れたプリーストのせいである。
それは、いつも資金管理しているアサシンの逆鱗に触れるには十分な条件であった。
「てゆーか、もう過ぎたことだ。落ち着け。」
「反省してないだろその反応は…!!」
「してる。かなりしてるから。」
船に乗ってからというもの、何日もこんな様子でグチグチ言われ続けて、いい加減耳が痛い。
「本当に?」
「本当に。ほら、仲直りしよ」
と言って、アサシンに軽くキスをした。つもりが、唇が触れる前に激しく横っ面をはたかれていた。
さすがはアサシン。
「反省していないと見なす。」
頬を真っ赤にした涙目のプリーストが見守る中、ますます機嫌を損ねたアサシンは、町の方へ足早に走っていってしまった。
「にしても…なんか、不思議だな、この国」
「だろ?何年か前にここに漂着した人に話を聞いてさ、一度きてみたいと思ったんだ。」
売っているものは生ものが多く、旅人以外はあまり見ない不思議な服装。
今まで未開拓の地域だったから、当然何もかもが今まで見たことがなくて、ドキドキした。
プリーストは、そんな子供っぽく昂揚しているアサシンを横目に見て、安堵のため息をついた。
この分ならすぐに機嫌を直してくれそうだ。
「なぁ、何か食べて、ちょっとここらを回らないか?」
プリーストの提案に、アサシンは頷いた。
入った料亭は不思議な材質の床で、それからいきなりアサシンの眼を引いていた。
どうやら草で編まれているようだ。
そして、届いた料理も、また2人の目を引きつけた。
「……………」
「……………」
威勢の良い店員が持ってきた、適当に注文した料理を前に、2人は閉口した。
思わずじっと眺めてしまう。
「…………これって、料理………だよな…………」
思わず漏れたアサシンの呟きに、プリーストは確信なく、多分…、と返す。
「…………嫌がらせ……じゃないよな………」
またもや漏れるアサシンの呟きに、プリーストは確信なく、多分…、と返す。
2人が閉口したのは、生のまま威風堂々出てきた魚である。正確には“おそらく魚肉”だ。
白い肉と、オレンジの肉と、赤い肉が更に綺麗に盛られ、その中心に魚の頭がボンと乗っている。(この魚から、魚肉と推測)
「………なんか、焼くものとかあるか?」
「………ない。」
「………じゃあ、生で食えと………?この魚肉を………」
「………この国の方針何じゃねーの?」
「………どんな方針だよ」
「………“魚は生で食いましょう”」
また2人は皿を見つめる。
そしてその視線は、2人同時に皿の真ん中の、魚の頭へと移る。
「……ほら、アンタのこと見つめてるぞ。」
プリーストは声を裏返して魚がしゃべっているかのように『早くあたしを食べて〜』と言う。
そんな彼をアサシンはにらみ返した。
「……お前の方を見てるんだろ。『早く俺を食えー』って」
「ほー、お前を食えと?」
「………って、さっきからお前、俺の方を見て話してないか?」
「ああ。」
「違うぞ。変なこと考えるなよ?この魚を食えってことだぞ?」
プリーストがそれを聞いてわざとらしく舌うちする。その様子を見て、アサシンは冷や汗をかいたりホッとしたり呆れたり………
「あっ………」
しているうちに、プリーストが思い切って、赤い肉を食べた。「………どう?」
アサシンがおずおずと聞くと、プリーストは口をもぐもぐと動かしながら答える。
「……うん、なんか、やわらかくて」
「うん」
「つめたくて」
「うん」
「ぐちゃぐちゃしてて」
「う、うん」
「ポリン食ったような感じで」
「…ぽ、ぽりん…」
「生臭くて」
「うぇ」
「生ってかんじで」
「………」
「意外とイケる」
「イケるのか!!?」
半信半疑でそう驚いてみせるが、プリーストの方は本心らしく、白い方の肉にも手を出す。
「クセあるけどな。…ん、この白いの固いかも…」
「うぅ……」
イケると聞くと食べたくなるのだが、さっきのプリーストの感想を聞くとちょっと気が引けた。
それでも、アサシンも赤い肉に手を出す。
「はぁ……茶が旨い……」
「……お前、一気に老けたな」
小店で、蒼い顔をして緑茶をすするアサシンにぼそりと呟く。
どうやらあの生肉はアサシンの口には合わなかったらしい。
食べてからずっと気持ち悪さにぐったりしていたのだが、ここの小店の女性が優しく差し出してくれたお茶は気に入ったらしく、飲んでだいぶ気分もよくなったようだ。
「お団子もいかがですか?こっちは有料になりますけど、刺身と違ってクセはないから美味しいと思いますよ?」
お茶を差し出してくれた女性が、後ろからお盆に何かを載せて持ってきた。
綺麗な声で、とても優しそうな女性だ。服の作りで首筋が際だって色っぽいが、それでもいやらしさは全くなくて、好感の持てる女性だった。
「あ、頂きますw」
アサシンは即答で答えた。その頬が赤い。
清楚で可愛い娘がタイプ、という彼にはストライクなんだろうなぁ、とか隣でプリーストはため息をついた。
「あ、これは甘さ控えめで美味いぞ」
そう言ってプリーストの方にも串に刺さったあんこつきの餅を差し出す。
彼はそれにかじりついて、串からそれをもぎ取った。
「うん、確かに美味いな」
やわらかい笑みを浮かべて、アサシンはもう一個の串に食らいついた。
これだけのことで、もう血色が良くなっている。切り替えが早くて面白い。「あ、俺ちょっと見たいものあるから、ここで待ってろ」
「ん、ああ。」
プリーストがそう言って足早に去るのを見送ってから、アサシンはさっきの女性に団子の追加を注文した。
「にしても、見たいものってなんだろう。
あいつのことだから……またわけわからん民族のお守りとか、招き猫の貯金箱とか買うんじゃないだろうな。
あぁもーけっこうしっかりしてるようでしていない。
やりたいと思ったことは意地でも実行する。
欲しいと思ったことは無茶でも手に入れる。
そのせいで何度身の危険に陥ったことか…財布の危険に陥ったことか…。
しかもいつもあの大事そうにつけている猫耳…あれの高いこと高いこと。目に入るたびに、勝手に彼が購入してしまった絶望感が蘇ってくる。なんでそんなにもあれが欲しかったのか…。
「あーもーやだ、あの金食い虫ー…。そこだけ直してくれれば完璧なんだけどなぁ…」
項垂れてぼやいてみる。
と、同時に、柔らかい物で頭を叩かれた。
何かと見上げると、走り回った後のように息を切らせた猫耳プリーストがいた。
「おかえり、って…なんだこれ」
受け取った物から、なんだか食欲をそそるイイ香りがする。
「にぎりめし」
「なんだそれ」
「知らね。けどイイ匂いしたし、それならアンタでも食えるんじゃないかと。」
そんな彼の心遣いが、かなり胸に染みた。
「これ探してたのか?」
「これをっていうか、アンタが食えるもの。さっきの料亭で全然食ってないから腹減ってるだろ」
「あ、ありがとう…」
彼の気配りとか、ささやかな優しさは本当に好きだ。
…こうゆうところに騙されて油断してると、また金を勝手に使われるんだよなぁ…「あと、これ。」
続けざまにプリーストが差し出してきたのは…意外すぎる物だった。
開いた口がふさがらないといった様子のまま、プリーストを見上げた。
「………これ…」
「俺の金食い虫なとこが嫌なんだろ?だからそれで勘弁しろ」
「てか……」
アサシンの手の中に今あるのは…猫耳代や今回の船代を出しても多少おつりがくるくらいの大金だった。
「……………………………まさかお前、強盗」
「違う!!!」
「じゃあなんでいきなりこんな大金が入ってくるんだ!?」
「俺が稼いだんだよ」
「いつ!?」
「夜に、肉体労働で。」
チーン。
「……なんですと……?」
彼の言葉に、唖然としているアサシンの反応を楽しむように、同じ言葉を再度繰り返してやった。
「夜に、肉体労働でがんばってたの。」
「……夜に?…強盗で肉体労働?」
アサシンの見事なボケに彼は口元に笑みを浮かべてしまう。
「おい、混乱するな。お前な、夜の労働っていったら」
「いいいいいいいいいいい!!!!いい言わなくて良い!!!!!
ゴメン悪かった!俺がお前をそこまで追いつめてるなんて知らなかった!!
もうイイから!!もう何も言わないから!!!俺が悪かったああああ!!!!」
半・涙目で声を震わせてしがみついてくる彼に、プリーストは思わず吹き出して大笑いした。
「アホか。冗談だよ」
「……本当に?」
「本当。かなり前に秘密で格安で購入したうさ耳を売りさばいてきたんだ。」
「お前、そんな物まで持ってたのか…」
「そ。だから猫耳も購入できたんだぜ?」
一応計算はしていたようだ。
最後にきて、この彼の機転に感謝した。
「でもいいのか?うさ耳の方が高いんだろ?」
「いいの。うさ耳なんかより猫耳のほうが可愛い。」
「…………」
この男の観点は分からない…。「あと、さらにアンタにプレゼンツーw」
その言葉に、アサシンはまた背筋が冷たくなるのを感じた。
頼む…また余計な物は………
「お前に似合うと思うんだw」
k行くようなものは……
「けっこー悩んだけど、やっぱこれかなぁってw」
せ、せめて10kは………「じゃーん!!花のヘアバンド〜w」
……あああぁぁぁぁぁ〜〜〜………………(落)
うなだれたままにぎりめしを頬ばり、プリーストに勝手に花のヘアバンドをつけられていることも気にせず、
手を引かれるままに町を歩き回った。落ち込んでたって仕方がない。こんなのいつものことさ。いつもの………
ああ、そうだ。いつものままだ。
訳の分からない買い物をコイツがして、せっかくちょっとお金が戻ったと思ってもすぐに札はスラスラ出て行ってしまいそしてまたすぐ財布はピンチになるんだろうさ。
ああもーやだ。別に金が好きって訳じゃないのになんで俺はこんなにも金勘定してなきゃならないんだ……ひときわ大きくため息をついた時、プリーストが頭をポンと叩いてきた。
項垂れていた顔を上げると
「………っ」
一面が桃色だった。
見たことのない光景に息をのんだ。
「どうだ、いいだろ?」
「……うん」
さっきまでのどん底の気持ちは忘れて、心から頷いた。みたことはない。
立ち並ぶ木々に、薄い桃色の花がビッシリと咲いていた。
それが時折、雪のようにチラチラと落ちてくる。
「これが見たくて…、っつーか見せたくてさ。ちょいと急いじまった。」
また、この男は……。
さっき落ち込ませてくれたと思うと、次にはこんな嬉しいことを持ち込んでくる。
「……ありがとう」
「お?」
何も考えていないのに、不意にそんな言葉がアサシンの口をついて出た。
見事な淡い色の世界に見とれて、半ば呆けていたせいで、何も考えていなかった。
我に返り、妙に慌てた。
「あ、いや、その…まぁ、散々騒がせてくれて呆れたけど、いろいろ気は使ってくれたんだよな。それに、ちょっとだけ…感謝するよ。」
頬を淡い朱に染めて、呟くように言う。彼の髪にそっと降り立った桃色の花弁を、プリーストが振り払ってやる。
そのまま滑り込むようにアサシンに顔を寄せ、唇を彼のものに押しつけた。
「っ…!」
以前にいろいろあってから、情事はもちろん、軽いキスさえもさせまいとしていたアサシンは不覚をとった。
この景色に見とれていたせいで反応が遅れて、振り払うタイミングを逃した。
もうすっかり抱きすくめられて両腕も一緒にガッチリと固められている。
「ん、ん…ふぁ、ちょ、待てこら…っ!!」
アサシンが思い切り藻掻いたら2人一緒にバランスを崩して、転倒した。
2人が倒れたのは、地面の上に所々敷かれた、敷物の上だった。
「あ、ここに座って見てくださいってことか?」
プリーストはのんきにそんなことを呟いて起きあがり、敷物の上に腰を下ろした。
アサシンも続けて起きあがり、腰を下ろすが、視線はプリーストをじりじりと睨んでいる。
「そんなに睨むなよ。いきなりしたこと怒ってるのか?」
「……別に。」
「不意を突かれたのにいぢけてるんだ?」
「別に!」
アサシンはそっぽを向いて、大木になる小さな花を見上げた。
「しかたないだろ。綺麗だったんだから。」
「綺麗?」
「アンタが。」
プリーストはにやりと笑みを浮かべ、アサシンの顔色をうかがう。
彼は顔を更に赤くしてしまうが、なんとか冷静を装おうとした。
「すっげぇイッパイなってるよなー。これ桜って言うんだってさ」
「そうなんだ…桜か…」
何度見上げても綺麗だった。
「向こうにもなってるな。山とか一面ピンク色になるんだってさ」
「山が?」
「そ。あと、何ヶ月もすると、真っ赤になったり真っ黄色になったりもするんだってさ」
「本当に?」
本当。と言ってプリーストが頷くと、アサシンはまた昂揚で頬を朱に染めた。
このアサシンは、戦いの場においてや、仕事においては、まるで仮面を付けたように人が変わる。
けれど、その場から離れれば、今度は仮面を外したように感情をしっかり表に出す。本人にも分からないほどに、抑えられないほどに。
初めて会ったのは、“仮面を付けていた”時だったから、なんて冷たいヤツだろうとか思ったから…“それを外した”時の彼を見た時はギャップに驚いたというか…
余計に可愛く思えた。
繊細で、脆いカンジがした。
そんなところに惚れた。
「なぁ、もっかいキスしていい?」
「え……」
今度はちゃんと了解を得てから。
「……もーしたし…いいよ。勝手にしてくれ。」
投げやりになっている彼に軽く微笑んで、ゆっくりと唇を重ねた。
随分長い間おあずけになっていたので、やたら新鮮に思えた。
もっと深く……
そう思い、アサシンの肩に手を寄せた、その瞬間
「うおぁ!!!」
いきなり思いっきり突き飛ばされた。あまりに力強く突き飛ばされたせいで、敷物の外に飛び出してしまった。
何かと思ったが、少しして人が歩いてきた。
彼は『アサシン』という職業のせいかやたら耳が良い、いち早く人が来ることに気付いたんだろう。
ここは人通りがありそうだ。「あ、なあ、この辺りとか、山の方とか、上で見てみたくないか?」
「上?」
「そ、あそこ。」
そういってプリーストは、この国の伝統漂う城を指さす。
「…って、入ったらまずくないか?」
「大丈夫。ここのこと教えてくれたおっちゃんが、ここの城は結構オープンだし最上階は物置とか偵察所とかだから結構入れるんだ、って言ってた」
それを確認してから再度、どう?と聞くとアサシンはまた迷い無く頷いた。
城の最上階よりやや下の階。そこはまるでベランダのようになっていた、一面を見渡すことが出来た。
そこへ出た瞬間、いきなり子供っぽくなったアサシンは嬉々として声をあげた。
「あの山、本当に色がついてる」
「んー、でももっと、そこらじゅう一面真っピンクがよかったなぁ」
そう思うプリーストだが、相棒がこれだけ喜んでくれるのだからそれなりに満足している。
「わがまま言うなよ、これでも十分すごいだろ」
アサシンは小さく笑って、また絶景に見入る。しばらくして彼は乾いた笑いを漏らした。
「…俺、ずっと変だな…。興奮しすぎて、なんかガキみたいだ」
自分で呆れたようなため息をついてしまう。けれど、アサシンはそれでも見たこともないものから目が離せない様子だ。
そんな彼を抱き寄せて、頭をポンポンと叩いた。
「それだけアンタが喜んでくれると思って、来たんだ。好奇心の塊だしな。」
「…そうか、ありがとう。」
今度は素直にそう言って微笑んだ。
アサシンは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
今の彼は何も包み隠さない。そんな時の彼がいつも愛おしくてたまらなくなる。
「………」
プリーストは思い切り深いため息をついた。
もう、限界だと。「もっと上に行かないか?」
「上はなんだ?」
「わかんね」
プリーストのそんな言葉でも、すっかり機嫌を良くした彼は頷いて着いてきた。
上は物置らしい。
貴重品はあまりなく、空の箱や、飾り物が転々と置かれていた。
「…おい、その扉、開けていいのか?」
プリーストがさっきからやたら気に掛けている扉があった。他と同じ木製だが、ただ一つだけ鍵がついていた。
「鍵かかってるな」
「じゃあ、開けない方が…」
───バキッ。
「………」
言ってるそばから嫌な音がした。
「…開いちゃったねぇ」
「あ、開いちゃったねぇ、って……お前が鍵ぶっ壊したんだろうがっ!」
「気にするな」
プリーストはへらへら笑いながら、その物置に入っていく。
「おい、入るなよ…!」
「…お前も来いよ。結構面白い物がありそうだぞ?」
「共犯者にはなりたくない」
アサシンは眉根を寄せて、プリーストを扉の外から見守っていた。
「…………」
彼はそんなアサシンに歩み寄ると、さっさと抱き上げ、物置にまた戻っていった。
「お、おいっ!!何して…」
倉庫の中に下ろされると、彼が飛び出そうとするのも構わず、プリーストは腹黒い笑みを浮かべながら扉を閉めてしまった。倉庫内が真っ暗になった。
けれど、木の壁からところどころ光が部屋に差し込む。目が慣れればその光で室内がうっすらと見えた。「な、何やってるんだよさっきから!」
「お前なら俺の行動パターン、分かってるだろ?」
「…え?」
対峙するアサシンの髪をそっと撫でて、にやりと笑った。
「喜ばせておいて、次には失望させる。」
確かに。
「別に俺はわざとじゃないんだけどな。また、そうなりそうだ。」
彼はアサシンの体を壁ぎわに押しつけて、暗い部屋でもその装束を脱がせ始める。
「なっ!待てよ!何するんだ!」
「わかるだろ?」
のうのうと言ったその言葉に、背筋が冷たくなった。
「前に酔った勢いでヤリまくってから、キスもさせてくれなくなっただろ?もー限界なんだよ」
「でも、こんな所で…」
今まで何度か体を重ねたことはある。
けれど、それは普通に宿屋のベッドで、大人しく、普通にしていたことだ。
こんな訳も分からない所で、しかも下手したら人が来るかも知れないのに…。
「散々焦らしてくれたお礼。」
「っまえ…分かってたけど最低最悪だな…っ」
すでに何度も脱がせたことのある装束は、作りは複雑でも簡単に脱がせられた。
暗闇の中に白い肩や胸や腹が曝された。
きつく抱き締められ、温かい手が背筋や腰のラインを撫でてくる。くすぐったいのか、その旅に彼の体はビクビク震えた。
「俺、アンタにおあずけ食らってから一回も抜いてないからな…」
「うぇ…本当に?」
どうやらこうやって聞くのは彼のくせらしい。それにいつもどおりにプリーストは、本当。と返す。
「だから、覚悟しろよ」
「っ、や…やめっ…」
そう言い、アサシンの耳をわざと音を立てて舐めた。
それだけでアサシンは甘い声を漏らした。
「アァ…!やぁ!!!あ、あぁ…、ッゥ、く…!!」
アサシンの声が、倉庫内に響いた。
すでに、何度目かわからない。
プリーストが、もう緩んでいるからと、容赦なく貫いてきた。
「声、外に漏れるぞ…?離れたところに門番もいるし…ここ、万年無人てわけじゃ…ないから、な…」
そんなの、わかっている。
けど、もう、そんなの意識していられない。
これまでずっと声を押し殺していたけど、一回目からもう頭がおかしくなって…、それからずっと、何も考えられない。
ただ、声を喉から絞り出して、
逃げられないから、プリーストに犯されるのをただ感じていた。
「は、…久しぶり、だからかと思ったけど…」
「んゥ…!や、やぁ!!やめ…動く、な…っ!!!」
「す、っげ…締まり…、何回やっても、イイな…お前」
女よりも、ずっと綺麗だし、イイ。
耳元でわざと強調すると、やりきれない思いになったアサシンが頭を横に振った。
「も、もぉ…やめ…ッ!」
「俺だって、疲れてるけど…」
ゆっくりと腰を引き、内部を探索するように角度を変えて、捩じり込みながら貫いてやった。
「ああああ!!!やめろ、もう!!もう…!!」
「お前が…誘うから、やめられないんだろうが…!」
「ぁ、ん…だよ!それ…ッ!!」
必死に悪態をつこうとしているが、ろれつが回らなくて、声に力が無くて、上ずった甘い声にしか聞こえない。
それに、何度も欲情の波をかき立てられて、力強く最奥を突きながらアサシンの腰を捩じるようにして抉り、こすり上げた。
「あぁ!!や、いや…ぁ!!そ、そんな、にッ!ア、あン!!」
中を、激しく掻き回されて…
全身に電気が流れまくっているようで、快楽という電撃が全身をはしる。
「そん、なに…ッ!!ア、ァ…も、もう…!!」
「我慢できない…?」
アサシンの汗ばむ白い背中にキスを贈ると、細く引き締まった腰を両脇からしっかりと掴んだ。
腰を大きく引いて入り口近くまで後退する。
「ぁ…」
背筋に響いた排泄感の後に、次どうなるかを悟り、体がこわばった。
次の瞬間には、プリーストのモノは引き返してきた道を、今度は速度を上げて戻り、奥の柔肉を抉ってきていた。
「…!!!!ッ、く、あぁ…!!!」
プリーストの手の中に、アサシンの白濁とした体液が漏れる。だがまだ自分は足りない。
また腰を引いた。
「やっ、待て…もうっ…!」
もう1度激しく腰を打ちつけられた。
「──────!!!!!」
貫かれた彼は声にならない悲鳴を上げた。
達したばかりで、体の緊張が解けたのに、そこでまた激しく貫かれ…
全身を痙攣させたアサシンの中に、プリーストは何度目かの精を放った。
「もう、外暗いなぁ…」
プリーストがぼんやり囁いた。
アサシンが気絶して、起きるまで2人はずっと倉の中にいた。
「宿行こうか」
プリーストがアサシンに手を貸そうとするが、それはパシンと振り払われた。
「…今夜は別室にしろ…」
「もう、今日はやらねぇって。こんなに酷い目にあわせちまったし…」
一応、自覚はあるらしい。
「信用できないね。何が酷い目にあわせただ。サイアクだ…」
それというのも、やっと解放され、限界のために気絶してしまったのに…
それでもプリーストは我慢できずに、気絶したアサシンをまた無理矢理犯した。
それで、結局さらにもう一発、無理矢理起こされ、もう嫌だと泣きまくったのに、ボロボロにされた。
「…わかったよ」
プリーストが肩を落として言うと、アサシンは納得して、立ち上がった。
「………………───ッ!」
立ち上がったつもりなのに、自分は床にへたりこんでいた。
上半身はだるくて動かすのも億劫だ。
けど、下半身は…完全に麻痺して動かない。
「……てめぇ…」
アサシンはしゃがみ込みながらも、プリーストを悪魔の形相でにらみつけた。
彼は震え上がって、控えめに、アサシンに手を貸した。
「おい、そこの2人」
階段を下りようとしたら、いきなり後ろから声をかけられた。
服装から、この城の兵だ。
「はい…?」
プリーストは、アサシンをがっちり横抱きにして支えていたので、首だけ回して、横目で兵の方を見る。
「あの倉庫に、鍵を壊して入っただろう」
「あ…………」
「……………」
2人の額に冷や汗を浮かべた。
やっぱり、マズイだろう…。
「すいません、中のモノは盗ってないんで…身体検査してもいいです。」
「………………………」
アサシンの方はあまりよくなかった。
全身にキスマークが…;;
「いや、それはいいんだが、できれば情事は宿でお願いしたい…」
一瞬、言われたことがよく分からなかった。
が、
理解すると、プリーストは赤くなり、アサシンは青いなった。
「それか、あまり長くならないように」
「あ。そうですね。そうします」
「おい!!」
アサシンが彼の横腹にツッコミを入れるが、力が入らなくてダメージは少ない。
「あまり多くに知られないように、今日はずっと見張りを変わらずにいたんだからな。」
兵は、ありがたく思え、と最後に言い残し、2人を通り過ぎて、先に階段を下りていった。「……はは、聞こえてたみたいだな」
「……………………」
「……………キレてる?」
「……………………」
「……………よなぁ…」
「………………もう…」
アサシンは低い声で、小さく一言。
「…………………お前もうチネ。」
物置の見張りがやっと交代された時、血だらけのプリーストの遺体が発見されたという。