―――結婚のカタチ―――

羅希「……ふぅ」

戦いの傷が癒え、療養中に旅立ちを決心し、アレイジライセンスをとって船に乗ったのが約一週間前。なのに…親友の結婚の招待状が届き、とんぼ返りをした羅希だ。
船旅を5日、その途中に招待状が届き、船旅3日目にして仕方なく飛んで返ってきた。
所々で休みつつ、それでも急ぎながら5日かけて戻ってきた。
久しぶりに飛び続けたせいで肩胛骨あたりが痛い。

羅希「てっきり瑠美が起きるまで待つと思ってたんだけどな…」

大方、アステリアに本格的に告白されて、またのりにのった飛成が勢いで準備始めたんだろう。
人目につくところで降り立つわけにはいかなかったので(翼あるから)、町の外れに降り立ち教会へ向かう。
午後には式を始めるらしいので、今頃は教会で式の準備を進めているだろう。

 

 

ステンドグラス意外は白で統一された教会に、白以外にも黄色やうす桃色の花が飾られている。
なんだか新鮮な感じだ。
不意に、真正面に移るステンドグラスの、白い衣を纏う女神の姿が目に入る。その背には純白の翼。

羅希「………」

何故だか急に…瑠美那を思い出した。
最後に見た彼女の眠る姿はいつもとは全然違って、静かだかどこか威厳が満ちているようだった。
触れれば魔力を吸われる。だから触れたときに、触れてはいけないものに触れたような感じさえした。

―――なんだか、ヒトの手が届かない…女神みたいだな

その時、そんなことが口をついて出た。
神族はガイアを“母”と呼び、神族にとっての更なる“女神”という。
そのせいか、カルネシアも“女神”に思い入れがあったらしく、そんな伝承などの書物をいくつか持っていた。
それを読んで羅希自身も“女神”という存在を好んだ。別に、神々しいものだとかは思っていなかった。
人間達の考える“神”の像を知るよりも先に、神族(カルネシア)からみた“神”の像を聞いてしまったから。

『別にフツー、むしろあくどいヤツが多いな。
ガイアもどんなもんか分からないが、その本にあるような女神なんざ見たこともない、空想のものだ。』


でも、…羅希にとって瑠美那は女神かもしれない。
触れられないかもしれない、けれど…女神なしでは生きられないから…せめて側にいさせてほしい。
彼女の眠る姿を見ながらそんなことを思って…旅立つ決心をした。

羅希「………まだ、会うのはやめておこう」

たとえ近くにいても、まだ会わせる顔がないから。

 

 

飛成「あ――!!羅―――!!」

控え室を覗いたら、まだ準備中で化粧の最中だった飛成が飛びかかってきた。
侍女があたふたしている。
その後ろに嬉しそうに微笑む葉蘭。

飛成「よかった――!来てくれた――――!」

羅希「やあ、結婚おめでとう。ドレスが乱れるよ、椅子に戻って」

飛成「はいはい」

彼女が頬にキスをして戻っていった。
………結構べったり口紅をつけていたが…頬につけられたのではなかろうか。
試しに彼女がつかっている姿見を後ろからのぞき込んだら……しっかり唇マークがついていた。

羅希「…いらない手ぬぐいとかないかな…」

侍女に聞いたら、葉蘭が真っ先に自分のハンカチをだしてきた。

羅希「ありがとう。口紅を拭くんだが…」

彼女は構わない、と首を振った。
頬を強く拭って、ハンカチを返した。

羅希「一週間ぶり。元気そうで良かった」

葉蘭「お互いね」

葉蘭が小さく答える。
彼女の声が出なかったのは、外傷からではなく精神的なもののせいだった。
幼少の頃に焼き付けられた恐怖。
それが“呪い”が消えた、という事実で、もう決して繰り返されることはないと悟り、彼女は声を取り戻した。
ただ、長い間使わなかった喉なので、あまりいきなりしゃべらず、少しずつ慣らしていっている。
多分、もう大分喋れるようになっただろう。

微笑む葉蘭の額にキスをして、頭をなでた。

飛成「ちょっと羅〜、葉蘭にはそうゆうことできて僕にはできないの〜?」

羅希「人妻にこうゆうことをしたら旦那さんに殺されかねませんから。」

飛成「あ、言い訳」

このあたりはあまり俗っぽい感じが無くて、白が好んで使われる為、飛成の化粧はそんなに色を加えない。
口紅は桃色だし、ファンデーションも塗りたくるわけではなく、色を白く見せて頬に軽く朱を差す。

羅希「……うん、普通に綺麗」

飛成「『普通に』って何よ」

羅希「いや、なんか……飛成って友達感覚でいたから、改めて見ると美人なんだな、と思った。」

姿見を通して、彼女はこっちに笑いかけた。

飛成「後悔してももう遅いわよ〜」

羅希「いや、私は一生涯瑠美なので」

飛成「あ、なんか今の傷ついた」

2人の会話を聞いていた葉蘭がクスクスと笑っている。

葉蘭「兄さん」

羅希「うん?」

彼女に兄と呼ばれたのは…もう十何年ぶりで、少し歯がゆかった。

葉蘭「…式で、お祝いに、一緒に歌わない?」

羅希よりも、飛成の方が驚いた。飛成は嬉しい驚きも兼ねていたから。

羅希「大丈夫なのか?」

葉蘭「ええ…子供達にも、よく歌って聞かせるようになったの。
本当は…聖歌を受け継ぐのは私だったのだから…もう歌に魔力もあるのよ。」

…………それに加えて羅希まで歌ったら観客は無事でいられるのか?

とかいうのを考えたのは羅希だけのようである。
葉蘭と飛成は浮かれて「そうしよう!」とかはしゃいでいる。
いいよね?、と2人に念を押されて、思わず首を縦に振ってしまうほど、2人は浮かれている。

 

 

さすがに結婚式くらいは髪は染めなかったアステリア。
でも髪を目立たせたくない…という心中を察した侍女が、白い服にやたらたくさん銀の刺繍を施した服を用意したらしい。

羅希「てゆーかアステリアさん?」

アステリア「………何だ」

羅希「結婚式で花婿が
服に銃器を隠し持つ必要は無いと思うんですが」

アステリア「……結婚式だからと言って堅苦しくするのは嫌なのでな」

羅希「
結婚式でなくとも銃器を常備するのは異常だと思う…。

こちらは花嫁ほど時間はかからず、すでにスタンバイ完了でくつろいでいる。

羅希「そうだ、何か正装は余っていますか?時間が無くて旅服のままで来てしまったので」

お茶を入れたりお菓子をいれたり、アステリアに更になにかくっつけようとかと思案している侍女達が、「ございますとも!!」と一斉に声を揃えた。どうやらみんな暇だったらしい。
………その瞬間、聞かなきゃ良かったかも…と思う羅希だ。
アステリアから哀れみの目で見られ、侍女に姿見の前に引っ張られる。

 

 

侍女「式を始めるそうです」

侍女が部屋に入ってきてそういったのと同時に、教会の鐘が鳴った。
羅希を取り囲む侍女達が口々に「えーもうちょっとー」とか文句を口々に言う。
それをなんとかかき分け、部屋を抜け出した。
髪型をいじられている最中だったので、少し乱れているそれを適当に撫でつけながら、用意された最前列の席に座った。

羅希「…………」

そして、意外な隣席の知り合いに言葉を失った。決して嫌だったわけではなく、驚いただけ。

羅希「………龍、来てたんだ」

龍黄「結構前に…。仕事はセナートに(無理矢理)任せてきたよ。」

龍黄の髪は現翼人の姿でも完全に黒くなった。それだけ精霊の血が薄れた。
その髪に合わせてか、上から下まで真っ黒。だがそれに合わせた銀細工の装飾品を見ると、多分侍女に飾り付けられたのだろう。
隣に座るとほのかに香水が香った。
自分は吹きかけられる前に逃げてきたのだが、龍黄は手遅れだったようだ。

羅希「……侍女にやられた?」

龍黄「そっちこそ。」

苦笑いをして彼の隣に座った。

 

 

また鐘が鳴り響き、後ろの方で扉が開く音がした。
それから拍手が波のように広がってきた。まだ新郎新婦の姿は見えないが、とりあえず拍手をする。
ちょっとしてサンセと並ぶアステリアと、侍女と並ぶ飛成が歩いてきた。
……緊張しているのか、慣れないドレスのせいなのか、飛成の歩調がたどたどしい。
だが花をたくさん差してヴェールをゆらす彼女の姿は一言に『素敵』と言える。

龍黄「いつか瑠美のあんな姿も見れるといいな」

龍黄がつぶやきではなく明らかにこちらに向けて言うので、思わず顔を赤くして考え込んでしまう。
眠っている彼女を見た後だと、ドレス姿は容易に想像できた。
……そういえば、彼女の側にいたい、と思うばかりで付き合いとか結婚とか、全然考えなかったのは異常だったかもしれない…しかもこの歳で。

羅希「へ、変なこといわないでくれ………」

龍黄「あーついでに甥とか姪とかできないかなぁ」

羅希「ろんふぁ〜〜〜んっ!」

本格的に頭を抱えてうずくまった。

 

 

飛成「…………」

異常に彼女は緊張していた。
さっきから軽い目眩を起こしてふらつく。そのたびに隣の侍女に「しっかり、がんばってください」と声をかけられる。
教会にはいるときに、やたら「結婚する」ことを自覚してしまって…ものすごく恥ずかしくなった。
祭壇の前でアステリアと向かい合う。
彼の顔を見たら幾分か収まった。
ちょっと隠れて深呼吸しようと思ったら…アステリアがヴェールをめくってきた。

飛成「うわっ、な、なにすんの!?」

不意をつかれたので過剰に反応。

アステリア「……聞いてなかったか?」

飛成「な、なに…?てか…緊張しすぎて何も聞こえてなかった。」

アステリア「……誓いのキス」

 

 

飛成「うわああああ!!!な、なに!?それ!!!

アステリア「そうゆうしきたりだ」

飛成「な、なんで!?てゆーか公衆の面前でちゅーしろっての!?できるわけないじゃん!!!」

アステリア「やめるか?」

飛成「え、でもそれって誓わないって事だから…破談? 
やだそんなの〜〜!!!

サンセ「奥方様!!どうせちょっとだけでいいんですから
さっさと済ませてください!!!

飛成「うわナニソレ、サンセ!!夢がないー!!ファーストキスをそんな『さっさとすませろ』とか言わないでよ!!」

侍女「ええ!?飛成様、領主様ともしてなかったんですか!!?」

飛成「
おうともよ!!

サンセ「そんなこと威張らないでください!!!

アステリア「…………」

飛成「アッス〜どうしよぉ〜しないとだめぇ〜?ツケじゃだめなの〜?」

侍女「そんな…
結婚の誓いを“ツケ”って………」

飛成「うー………
握手じゃだめ?

侍女&サンセ「
やめてください、試合後の選手じゃないんですから」

飛成「じゃあ幻翼人式でいかない?!
クリーンファイトっていうんだけど」

侍女&サンセ「
怪しいことをしないで下さい。お願いですから

飛成「怪しくないよ!それから人差し指立てるのと、小指立てるのと、親指立てるのと…あ、人差し指は小指に強くて親指に弱いのね」

サンセ「それ
ジャンケンじゃないッスか」

飛成「ああ、代理はできるかもね。それでピッタリ100回勝負やって勝ち数が多かった方が優位になって結婚生活送るの!!

サンセ「
やめてください。ここは人間界です。

飛成「だって〜〜〜〜!!!!」

 

 

羅希「……飛…人間界の結婚を知らなかったみたいだな…」

龍黄「……………羅、あれら…なんとかできないか………?すごく長引きそうだ」

騒がしい声はかなりの音量で教会の聖堂に響く。
多分、後ろの方まで聞こえるだろう。
最前列の羅希と龍黄は、もちろん一部始終を見ていたし聞いていた。

羅希「……そうはいっても…飛とアステリアさんの結婚だし…」

招待客がでかい態度で「早く済ませろ」なんて言えるわけがない。



飛成「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!!

羅希&龍黄「!!!?」

 

 

………ちょっと額にキスをしただけなのに…彼女は悲鳴をあげて気絶した。

アステリア「…………これで勘弁してくれ」

呆気にとられている神父にそれだけ言って、アステリアは彼女を抱きかかえての退場。
ウエディングドレスでお姫様だっこなので、なかなか絵になる、が花嫁は気絶している。

アステリア「………」

花嫁の混乱する姿を眺めているのはそれなりに楽しくて嫌ではないのだが…。
公衆の面前に晒されているのが不快でならない。
さっさと引っ込みたかった。

抜け道を使って、教会の裏へ出る。
目の前にある木の塀を越えれば孤児院だ。子供達の遊び声がする。
その影にしゃがみ込み、腕の中に飛成を抱き込んだ。
まだ顔が赤くて……なにやらうなされている。

結婚なんかいつでもできる。
ただ傍におきたい。
恋人のように“傍にいて欲しい”などという生易しい思いではない。必然のように止めておきたい。
自分を客観的に見て、なんとも汚い男だろう、と思うが…それでも彼女は離さない。
絶対に離れたくないから…多分、彼女が死ねば自分も死ぬし、自分が死ねば…彼女の意志と関係なく殺しにいってしまう。

―――いいんじゃない?僕だって離れたくないもの。“自殺”なんかじゃなくて連れて行かれるんだから、羅にも失礼じゃないしね。…ってこれは…言い訳かな?

結局、彼女に告げたのは告白なんてものではなかった。
自分の醜い心を打ち明けた。
離すつもりはないが、これでもお前は私と一緒にいたいと言うのか。
そして帰ってきた返事は…なんともあっさりしたもの。

アステリア「………飛成」

呼びかけたら、彼女は、何?と呟いた。
だが彼女はまだ夢の中だ。
夢の中でさえも応じてくれるのか…、と可笑しくなる。

アステリア「………」

さっきから装飾品のロザリオから離さない、彼女の手を握る。
……起きたら、普通に求婚してみるか。

 

 

教会の中からピアノとハープの旋律。
それがすぐに終わり、優しい、聞く者の全てを包み込むような…女性の、葉蘭の歌声。

 

あの笑顔が愛おしくて
何に変えても守りたかった
傍に おきたかった

 

間を置かずに、妖艶でありながら暖かみを持つ声。
高めではあるが、羅希のもの。

 

その言葉が足りなくて
姿を見失うことが多すぎで
ただ 会いたかった

 

どこまでが女神の怒りに触れるのか
その秤の術をしらない
愛しすぎた
許しすぎた
怯えすぎた
失うことなんて考えることができないから

だから
その手を離さないで
たった一つしかないのだから
この“私達”は

いつからか違うことがなくなったのに
君の笑みを取り戻せない
愛している
愛していた
今なら言える
それだけでこの手を離すことはないと

誓うのは神でも運命でもない
君へ誓う

だから最後にはいつも笑っていて

 

 

例え君自身が女神でも…私は諦めることなんてできない。瑠美は瑠美だから。
私が運命的に惚れる相手だったんだから。
だから…ちょっとしつこくても、少しくらいは私にチャンスを欲しい。

―――ま、お前次第。

彼女の声がした気がした。

 

 

飛成「あ、あれ…アッスー……どこ…ここ…」

アステリア「気にするな。それより……ちゃんと話したいことがある」

 

 

あんまり関係ないが……
教会内の人々は、歌の披露から夜まで魂が抜けていた。

 

帰る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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