〜肝試し〜

瑠美那「肝試ししよう!!肝試し!!」

ヴァル・ヴァヌスは冬が寒く、夏は涼しい国……のはずなのに、ここ最近が異常気象でとにかく暑くて仕方がなかった。
あまり冷房設備が整えられていないので、一同熱帯夜にだらけていたある日。
いつものメンバーを集めて、瑠美那が肝試しの提案をしたのだった。
みんな、夜は結構暇にしていたので、たまにはそんな娯楽もいいか…と乗り気だった。

羅希「でも、場所はどうするんだ?」
羅希に核心をつかれて、少し考え込んだ。
それを解決してくれたのは、偶然通りかかり、あまり期待をせずに問いかけたサンセだった。
サンセ「……取引しません?」
瑠美那「え、何が?」
いきなりサンセは、不適に笑うことも、深刻に、ということもなく、普通にそんなことを切り出してきた。

サンセ「一晩、アステリア様を解放します。肝試しにでもなんでも連れて行って下さい。それと、絶好のスポットをお教えします。そこなら絶対にスリリングな体験ができると保証しますよ。」
………正直、肝試しにそんな保証をつけられると、少々困る。
が、せっかくなので最後まで聞いてみる。
瑠美那「で、そっちの条件は?」
サンセ「そのスポットで、あるものを取ってきて欲しいんです。」

 

 

瑠美那「じゃあ、ペアでも作ってみる?」
そのスポットへの道中にそんなことを切り出した。自然に出来るのは、飛成&アステリア、カルネシア&竜花、私&羅希、とキリがいいのだが…
あえてごちゃまぜにしてみよう、とあみだくじで決めてみた。
みなさんアミダのやりかたを分かっているのかはともかく、適当に印が付けられ、私が線をなぞっていく。
瑠美那「えっと、羅希は〜飛成と。竜花が〜アステリアと。で、カルビーが私とね。」
元のメンバーとキレイに分かれて、そんなに偏ったメンバーでもなくなった。

 

サンセに教えて貰ったスポット……およそ20年前まで使われていた、ヴァル・ヴァヌス南部の領主の館。今は廃屋となって、誰も足を踏み入れていない。
アステリアが隔離されていた屋敷の方が栄え、ここらにいた町人はみんなアステリアの元へ移動。自然とこの屋敷は廃れ、領主の座はこの館の主人からアステリアに移動したのだとか。
サンセの取引は、ここの地下書庫から100年前からの『ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスの記録書』という記録書3冊を持ち出してきて欲しい、とのこと。

瑠美那「うーん…サンセの都合のいいお使いかと思ったけど…」
飛成「なかなかいい味出してるね……」
私と飛成が肩を並べて息をのんだ。
アステリア「…今までに何度も、その歴史書を配下に取りに行かせたが、みんな途中で投げ出して返ってきたそうだ。」
私は思わず、「えっ」とかすれた声を漏らした。
聞き返すのが少し怖い…。
羅希「どうしてですか?」
そこですっぱり聞かないでくれ、羅希…。
アステリア「…幽霊が出ただの、あの館は呪われているだわめいて泣いて帰ってきたんだと。」

今更ながら、肝試しを提案したことを後悔してきた。
私は幽霊は信じない派……だが怖いものは怖い……。

羅希「じゃあ、まずは私と飛成から。」
飛成「ひぃっ!!」
羅希「ひぃってなに、ひぃって」
とくに怯える様子もなく、マイペースな羅希と、腰が引けまくっている飛成が、館の入り口に飲み込まれるようにして消えていった。

そして丁度5分後、アステリアと竜花が無言で入場。
無言な2人ではあるが、やっぱり竜花は怖いらしく、アステリアのズボンの裾を掴んでいた。

 

瑠美那「んー、てかカルビーがペアだとあんま幽霊とかいても平気そうだよなぁ。」
あくまで、カルビーが平気なだけ。
カルネシア「……」
彼は黙って館を見つめている。不動だが、時々フッと視線を動かす。
そんな仕草が、何かを見てしまっているようで怖かった。
瑠美那「………か、カルビー?」
カルネシア「なんだ?」
今気付いた、という雰囲気で、彼が反応した。
いつも通りの様子に少し…いや、かなり安心する。
瑠美那「いや…あ、そろそろうちらも行く番だな。」

 

カルネシア「……おい」
瑠美那「……なに」
彼が何を言いたいのかはよく分かる。が、これは譲れない。
カルネシア「……俺の服を掴むはやめろ。さっさと歩け。」
瑠美那「だって怖いんだもん!!!」
カルネシア「お前が言い出しっぺだろうが」
瑠美那「言い出しっぺでも怖いもんは怖いんですぅ!!」
カルネシア「いばるな…っ!ガキかお前は!」
瑠美那「じゃ、手つないでていい?それならまだ引っ張りやすいだろ」
彼はため息をついて、私の手をとった。
人の体温ではない。彼独特の“神族”体温。温かくも冷たくもない。
瑠美那「うわ、なんかカルビーの手やっぱ不気味で怖っ…ああっ!!離すな離すなっ!!」

 

私たちは月明かりと、それだけでは足りない明かりをライトで補い、館の奥へ進んだ。
地下書庫に行くには、まず普通の書庫を探さなければならない。
が、これまた屋敷が広いのでなかなか見つからない。
私たちは片っ端から扉を開いていった。
カルネシア「……。」
瑠美那「…寝室だな。」
カルネシア「………。」
瑠美那「……客室だな。」
カルネシア「…………。」
瑠美那「………リビングだな。」
カルネシア「ええい、うっとおしい!!分担作業しろ、分担!効率が悪い!!」
瑠美那「だってぇ〜!!!!!」
カルネシア「…ここは扉が多い。せめてここは分担しろ。」
瑠美那「はぁい…」

カルビーに言われて彼とは別の扉を開ける。
…開けた瞬間、向こうに血だらけの女とか見えたら…そんなことを考えて、つい堅くなる。
が、カルビーの方が確認して扉を閉める音がするので、大丈夫だ、と言い聞かせて…
開けた。
瑠美那「っ………はぁ…」
やっぱり、何もいない。
部屋は薄暗くて怪しい雰囲気だが、怖い物は何もない。
ホッとして次の扉をガチャリと開け
瑠美那「ぎゃああああああああ!!!!!!!!」
カルネシア「っ!?…どうした?」
後ろに来たカルビーにしがみついた。

開けた扉の先はただのトイレ。

だが、そこらじゅうに水が飛び散ったような黒いシミ。
それは床だけでなく壁にも……
瑠美那「カルビーうわっ!ナニコレナニコレ!うん○か!?汚ねぇ!!!
カルネシア「・・・お前なりに怖くない解釈をしているんだろうが、俺はそっちの方が怖いぞ

とりあえず見なかったことにして、続きを再開した。
だが、私の恐怖度はさっきの件でヒートアップ。カルビーの背中にびったりくっついて歩いている。
やっと図書室を発見して、地下室への道を探しているところ。
カルネシア「おい、小娘」
瑠美那「な、なんだよ…悪いけど、離れろとか言われたら泣くから」
カルネシア「………妙だと思わないか?」
彼は別に、私に文句があるわけではないらしい。
本当に怪訝な様子で何かを考え込んでいる。
瑠美那「妙って…?」
カルネシア「いくら飛成の腰が引けていたとしても、羅希ペアはそろそろ戻ってくるころだろう。なのにまだすれ違ってもいないし声も聞いていない。」
瑠美那「……それって……」
すごく、怖いことを言われた気がする。
カルネシア「まぁ、本を見つけるのに手間取っている、ということも有り得るだろうけどな」
瑠美那「先に怖いこと言ってからそう言われても全然フォローになってねぇよ!!!」(号泣)

 

図書室を2人で手分けして捜索したが、地下への階段らしものは見あたらず、引き返そうかと話し出した。
みんなも、引き返してしまったかもしれないし、見つけて戻ってきたら、場所を聞いて私達だけまた入って取ってくればいい。
そう結論を出して、図書室を後にしようとした。
瑠美那「っ!?」
図書室を出ようとした瞬間、私は硬直した。思わず、一歩先のカルビーの服を掴んで引き留める。
カルネシア「どうした?」
瑠美那「…ぁ…か…?」
何かが、首を掴んでいる…。
そう言おうとしたが、声が出ない。息は普通に出来るのに、声だけが出なかった。
助けをすがるように、カルビーの方を見た。彼は状況が把握できていないようだ。
カルネシア「声がでないのか…?」
頷こうとした瞬間、首を掴む何かが私を後ろに引っ張った。
後ろにつんのめった私は、カルビーに腕を捕まれたが、彼ごと床に倒れた。いや、叩きつけられた。
その衝撃で、床が崩れ私たちは地下へと引き込まれていった。

 

───アタシはここだよ…。

落ちていく暗闇の中で、女の子の声がした。

 

 

瑠美那「ぅ…」
温かい感触が頬や肩当たりにある。
羅希「…瑠美、起きた?」
すぐ上の方で、羅希の声がした。目を開けたら本当にわずかな光の中に羅希の顔が浮かび上がる。温かいと思ったのは彼の体温だ。
瑠美那「羅希…?……あれ、えっと……」
少し前のことを思い出す。
肝試しをしていて、カルネシアをペアを組んで捜索し、図書室に来たまではいいが、地下室が見つけられずに…
図書室を出ようとしたら……

───アタシはここだよ…。

瑠美那「っ!!!」
悪寒が走って、羅希にしがみついた。
瑠美那「カ、カルビーは…?」
カルネシア「いる」
ふと思いついた疑問に答えたのは、カルビー自身だった。羅希と向かい合う位置に立っていたらしい。
飛成「ついでに言うと、みんないるよ。」
ランプがつけられて、辺りがまた少し明るくなった。
周りは全てコンクリートで作られていて、規則正しく蛍光灯が並んでいるが機能していないのか、明かりはついていない。そしてその多くが割れていた。作りは…部屋ではなく、通路だった。
瑠美那「……どこだ?ここ」
羅希「さぁ…でもあの屋敷の地下…のはず。予想以上に機械的だったけど。」

ふと気が付いた。私達の真上はタダの天上。私とカルビーが落ちてきたような穴はない。
瑠美那「私たちは…どうやってここに来たんだ?」
羅希「…私と飛は、棚の後ろの隠し通路を偶然見つけた…というか、落ちたんだ。飛のドジで」
飛成「うっ……」
何があったのかは後で聞こう。
羅希「アステリアさんと竜花は…瑠美達と同じように何かに引き込まれて落ちたんだって。」
アステリアと竜花を見たら…私のような被害にあったのは竜花らしく、青ざめた表情でカルネシアに抱きかかえられていた。
羅希「アステリアさん達も瑠美達も、僕らが倒れているところを見つけたんだ。どっちも、天井には落ちてきたような後はなかったよ。」

サンセを心から恨んだ。
ここは…本物だ。

 

羅希「もう肝試しどころじゃないからね、これからまた出口を探して回るよ。」
瑠美那「ああ…」

羅希の話では、彼らが入ってきた入り口は完全に塞がっていて、どうやっても出れず、最終手段として破壊しようとしたが、部屋があるはずだった壁の向こう側は土。どこを壊しても土。まるで神隠しに遭ったかのようで唖然としたという。
仕方なく進んできた道は、決して迷宮と化しているわけではなく、少々複雑だが普通の建物のような構造。無限回廊の様な危険は無いだろう、と見立て。

そのうち、ひとつの扉が見えた。
ゴクリと息をのむ私のことなんか知らずに、羅希が普通にガチャリと開ける。
飛成「きゃっ!」
一歩踏み入れた瞬間、飛成がちょっと驚いたような声を上げる。
アステリアがイキナリ飛成を抱きしめたらしい。おいおい、こんな所で…と呆れたのは一瞬。
飛成はただドキドキしてるだけだが、アステリアは…飛成に何かを見せまいとしている様子だった。
私はちょっと部屋の中を見るのが怖くなって、羅希の腕を掴んだ。
瑠美那「……何かある…?」
羅希「………いや?」
そう言われて、部屋の中を見た。
何もない…。何もいない…。
アステリア「何でもない、…気にするな。」
いや、気にするって。

それから、アステリアはやたら飛成を庇うようにして側に置いて歩いている。
そんなことされると激しく不安になる。

異変は、アステリアだけにとどまらなかった。

 

一番後ろに並ぶカルネシアは、後ろからライトでみんなの足下を照らしてやっていた。
カルネシア「……」
一瞬、横から風が吹いた。
風?地下なのに?
ふと風が来た方を見る。ライトを向けていないので暗くてなんとも言えないが…
見ている壁の天井の方を見て、眉をひそめた。…一部、不自然に影が濃いような気がする。
目をこらした瞬間…風がまた吹いた。

「……ょ」
瑠美那「…ぇ?」
小さく声が聞こえた。
誰か何か言った?と先頭を行く羅希が振り返る。私も一緒に振り返った。
それと同時に…カルネシアの懐中電灯が床に落ちた。
瑠美那「…カルビー…?」
一番後ろに竜花と並んでいたカルネシアが、立ち止まって少し後ろにいた。
カルネシア「…………」
少しうつむいていて、目はどこを見ているのか分からない。竜花が心配そうにのぞき込むが、彼はなんの反応も示さない。
カルネシア「………ァ…は、ここ…ょ」
フと彼が視線を上げた。
赤い瞳が…更に赤く、血のように見えてゾッとした。唇が小さく動いて、何かささやいている。
カルネシア「…ァタシは、…こだよ……」

───アタシは、ここだよ

カルネシア「うああああああ!!!!!
一同「!!!?
彼がイキナリ叫んでうずくまった。どうかしたのかと、みんなあわてふためく。
カルネシア「今何がいた!!?何が入った!!?くそっ!驚かせやがって!!!
瑠美那「お、驚いたのはこっちだ馬鹿ぁ!!!」(泣)
顔面真っ青になったカルビーはしばらく混乱状態だった。だがすぐに落ち着いてきて、立ち上がる。
羅希「…神族って、魂とかに近しい存在だからね。多分……此処にいる“何か”と同調したんだろう。」
瑠美那「……じゃあ、ここって100%……」
羅希「ああ。幽霊系いるね。

サンセ、本当に恨みます。

 

羅希「……ここ、は?」
行き止まりの部屋に当たりながら、マッピングをしつつ慎重に進んできた。
そして来たこの部屋。
もう壊れているようだが、わずかにかすれた光を放つモニターや機械が壁という壁に並び、部屋の真ん中には幾つかの手術台らしきもの。
さらに怖いのは…メスや注射器が床や手術台脇に散らばっているから。
そして壁や床に飛び散っている、私がトイレで見たようなシミ…。
瑠美那「こ、ここにもトイレのウン○が…
カルネシア「よくこの状況でそんな冗談が言えるな。」
羅希「?」
飛成「それにしても…気味が悪い。なんだろうね、ここ…病院だったのかな?」
屋敷の地下に病院?そんなおかしな話があるだろうか。

アステリア「…実験室だ。」
ボソリというアステリアに注目が集まる。彼は眉をしかめて部屋の真ん中を見つめている。
アステリア「…私の前の領主はマッドサイエンティストで、趣味で奴隷をここで自分の実験に使っていた。肝臓はどれくらい切っても生きていられるか、血をどれくらい塩水に変えて生きられるか、内臓の何処を切り取って生きていられるか…そんな類の、医療関係ではあるが、これほどまで多くの犠牲を払ってまで調べる必要のないものだ…。」
今の話で一気に寒気が増した。
瑠美那「……てか、なんで知ってるなら早く言ってくれなかったんだよ…。そんなん聞いたら来なかったぞ!」
アステリア「知らなかった。」
瑠美那「は?…今知ってたじゃん。」
アステリア「今知った。」
……どうゆうことだ…?
アステリア「…さっきから訴えたいことがある奴らが多いらしい。どんどん群がってきている。」

───……………チーン。

瑠美那「いやあああああ!!!頼むからそうゆうこと言うなよ!!!てか見えてるのか!!!?
アステリア「見えてるから言ってるんだろうが
瑠美那「やだもう出よう帰ろう!!!うわあああセリシアでいいから助けてよおおおお!!!!」(号泣)
羅希「る、瑠美、落ち着いて!見えないんだからいないのと同じだって!落ち着いて早く出口を探そう!!」

 

飛成と竜花はもうマジ泣きしながら男衆に引っ張られていく。
私はかろうじて泣きはしないものの…激しく具合が悪い。
肝試しなんか今後一切しないと心に決めた。
飛成「ね、ねぇ、アッスー……まだいる?」
アステリア「……ああ。後ろから付いてくるな。」
一同「っ…」
アステリア「後ろを向くな、目を合わせるな。自分に気が付いたと期待して飛びついてくるぞ。
思わず、一同前に向き直る。けれど、前にも堂々と視線を向けられなくなる…。
瑠美那「…アステリア〜…なんかとりつかれないコツとかある…?」
アステリア「…不振なものを見ても、じっと注目しないことだ。だが無視しすぎると逆に怒らせるかも知れないな。」
瑠美那「…う、わ。すごく微妙な回答…」
カルネシア「………」←注目したせいでさっき取り憑かれた。

羅希「…ねえ、この部屋…」
羅希が指さすのは、通路の途中にポツンとある、今まで無視してきたような、意味のなさそうな部屋。
瑠美那「な、なんだよ…」
羅希「いや…このプレート、字がかすれてるけど…『ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌス』って読めない?」
私ものぞき込んでみた。
確かに…スペルが所々書けてるが、予想で補えば、そうも見える。
先代の領主、ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスの部屋だろうか。
羅希がおもむろに扉に手をかけた。
アステリア「気をつけろ」
アステリアがそう言ってよこす。
私は正直、開けないで欲しかったが、羅希は頷いてから…扉を開いた。

 

羅希は部屋に踏み込んで、立ち止まっていた。
どうした、と声をかけると、彼は黙って…部屋の奥を指さした。
飛成が部屋をのぞき込んで、羅希の指さす方を見る。

飛成「きゃあああああああああ!!!!!!」
本気で悲鳴を上げて、彼女は部屋から飛び出してアステリアにしがみついた。
彼の胸に顔を押しつけて嗚咽を漏らしている。
竜花がそれにビビッて、カルネシアにしがみついて離れなくなった。
私は、怖いもの見たさ、というか…カルネシアもアステリアもしがみつかれて部屋の中へ入れなさそうなので、羅希の側にいようと、部屋に踏み込んで…羅希の指さした方向を見た。

瑠美那「うっ………!!」
思わず羅希に飛びついて、彼の後ろに回り込んだ。
再度、ちらりと見て…また悪寒が走る。
これは…お化け屋敷のからくりとしか思えない。
壁にいくつもの女性の絵画が掛けられていた。
全て、赤黒いシミが付いていたり、引っかき回されたような後があるのだが…
そのうちのひとつの絵が…本物の目が付いている。目の部分の絵がくり抜かれて、本物の眼球がこちらを覗いていた。それだけでなく、よく見ればその絵にだけ、全身に浮き出ている血管が見られた。それも…動いている。
絵の目が、私と羅希の方や、入り口の方や、部屋の奥の…棚の当たりを交互に見ている。
瑠美那「…どう、する…?」
羅希の影に隠れて、彼にそう問いかけた。
羅希「どうする、って言っても……」
瑠美那「……まだ、こっち見てるか?」
羅希「……見てるね。」
流石にここまで先頭を切ってきた羅希も、これにはかなり恐怖を感じるらしく、声が少し震えていた。

アステリア「……訴えたいことがあるらしい。」
入り口の向こう…。絵から死角の位置から、アステリアがそう言ってきた。
羅希「訴えたい、こと…?」
羅希が絵画の視線の先を見る。
ここの部屋の主のモノらしい机。
羅希「瑠美」
彼は机の方へ行く、とわざわざ言ってくれた。
彼の服を掴んで、なるべく絵画を見ないようにして…絵画だけじゃなく、もう周りの景色も見ないようにして、羅希の後に付く。
彼が机の引き出しを開けたり、本を引っ張り出したりしていた。
話だと、ここらの物は20年ほど前の物のはず。だが、羅希の引っ張り出す書物は、どれも80年以上は昔の物なのでは、と思うほど、変色し廃れていた。ただ扱いが悪かっただけかも知れないが…。

羅希「…これ…『ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスの記録書』だ。2冊だけだけど…」

彼が机の引き出しの中から探り当てた2冊は、以外にも薄かった。そんなにページ数が多くもないファイルだ。
瑠美那「内容は…?」
羅希「…実験の記録みたいだ。なんだろう…人工の…?よく分からないけど、化学で何か生物を作ろうとしているみたいだ。」

彼はペラペラをページをめくり、何もおかしなところが無いのを確認すると、絵の方をおそるおそる見た。
私はアレを二度見る勇気はないので、彼の影にじっと隠れていた。
羅希「……これを、どうして欲しいんですか…?私たちは、これを持ち出すように言われて来ました。持ち出しても、いいんですか?」
彼がそう話しかけるところを見ると、あの絵の目は健在らしい。私は彼の背にしがみついた。
羅希「……瑠美、行こう。」
瑠美那「…大丈夫か…?その、絵のヤツは」
羅希「何も反応しないよ」
彼が、私を庇いながら出口の方へ引っ張っていってくれる。

 

───アタシは、ここだよ…

あの声がした。
あの目のある絵の方から。
羅希はなんの反応も見せない。聞こえていないのだろう。
嫌な予感がした。
瑠美那「羅し…ッ!!」
彼の名を呼ぼうとしたら、また首を何かに捕まれた。
つい先ほどの恐怖が甦り、目眩がした。
首を掴む物を振りほどこうと、首当たりを手で探っても、何もない。

羅希「瑠美…?」
私の異常に気付いた彼が、私の首元へ触れてくる。温かい手は私の冷え切った首には何の改善ももたらさない。
また声が出ない。心なしか、どんどん息苦しくなってくる。
さっきから見まいとしていた、目のある絵画の方を見た。
笑っている。
目はじっとこっちを見て…でも絵であるはずの口元がゆがんで笑った。
背筋が冷たくなる。
その冷たさは、だんだんと体を支配していき…
眠り込むようにゆっくりとだったが、私の意識はアッサリと遠のいた。

いきなり首を掴んで引きずられるように、気絶した瑠美那の体が絵の方まで引っ張られる。
羅希が追いかけるが、彼女の体はあっという間に絵に引き込まれて、消えた。
一同はしばらく静寂に包まれる。

 

 

顔に冷たい水が伝い、目が覚めた。
頭ははっきりと覚醒している。その分、すぐに恐怖も甦ってきて飛び起きた。

瑠美那「羅希!!」
真っ先に叫ぶ。
瑠美那「飛成!カルビー!竜花!アステリア!」
みんなの名前を呼んでも返事はない。
明かりが一つも無くて、真っ暗だ。
床を触ると、コンクリートか、石か。だが、心なしか湿っている。
空気はこんなに乾いているのに。
もう、気絶してしまいたかった。頭がぐるぐるしてくる。

瑠美那「っ!!」
肩に、水(水であることを祈る)が落ちてきて、心臓が跳ね上がる。
そういえば、さっきも顔に落ちてきた。
少し耳を澄ますと、水の流れる音か、ゴポッというような音が上から聞こえてくる。吸水管でも通っているのだろうか。
ここが一応現実なんだと分かると、少しだけ楽になった。

ここでじっとしていても仕方がない。立ち上がり、ゆっくりと足を踏み出して進み出した。

 

瑠美那「うっ…」
壁に額を打ち付けた。
だが、壁だと思って手探りしていたら取っ手らしきモノを見つけた。
ひねって開けようとすると、扉の奥から光が漏れてきた。
瑠美那「………。」
なんだか嫌な予感がしたが、通り過ぎるのもなんなので、扉の隙間から覗いてみた。

瑠美那「……?」
扉の向こうは手術室らしい。しかも人がいる。
だが異様な光景だった。
病人が手術台に横たわり、白衣を着た医者がそれを囲んでいるのではない。白衣を着た医者が手術台に横たわり、病人がそれを囲んでいる。
思わず息をのんでそれをじっと観察していた。
歳も性別もいろいろの、患者達は、低く小さな声で口々に、手術台の上の医者に話しかけている。
不意に、患者の1人がメスを手に取り、医者の側に寄る。
瑠美那「っ!!!?」
医者が何をされたのか、私には見えなかったが…医者の断末魔のような悲鳴が響いた。女性の声だった。
他の患者達も手に手にメスを持ち、医者に近づく。

私は吐き気がして立ちすくんだ。
けれど、さらに医者の悲鳴が響くと、私は反射的に部屋の中に飛び込んだ。
瑠美那「うわ、臭っ!!」
室内には腐卵臭や薬品の匂いや、カビ臭い匂いなどが混ざったような強烈な匂いが立ちこめていた。
けれど、さっきまでいたはずの医者や患者達の姿はない。
ただ、黒く染まった手術と、そこを中心に飛び散る、トイレで見たようなシミ…。散らばったメスや注射器。
この部屋は、見覚えがあった。みんなと見つけた手術室に間違いない。
瑠美那「…私1人、逆戻りしたのか…?」
そう思うと、少し楽になった。

瑠美那「…ん?」
私は手術台の下に何かが挟まっているのを見つけた。近寄り、それを引きずり出す。本の表紙が削れて取れてしまった。
瑠美那「これって……」
ボロボロの紙と、色あせた黒い表紙の本。
羅希が手に取っていた、『ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスの記録書』によく似ていた。
いや、それと同じ物だった。表紙の字は削れて読めないが、多分そうだ。
私はそれを開いた。

中身は、人間の形をした怪物ばかりが描かれていた。けれど、その絵の隣の文は、かなり細かく書かれていて、その絵がただのイタズラ書きや、想像の産物ではないことを物語っている。
そして、その怪物の描かれているページの最後には、必ずといっていいほど『成功』の文字。
ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスは、この生物兵器を作る実験をしていたようだ。
瑠美那「…ん?」
途中から、絵やグラフや図などは無くなり、文のみのページばかりになった。

 

私たちは怪物になった。あの女に怪物にされた。あの女に殺された。
人間を殺された。人間を奪われた。人間を返せ。
あの女は悪魔だ。二度と日の当たるところに行かせてはいけない。あの女を殺してはいけない。もうこの世に生まれさせてはいけない。殺さず、永遠にここに閉じこめなければいけない。
手足をとって口を塞いで眼をえぐってここに閉じこめる。あの女に呪いを。ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスの体は絵画に閉じこめる。心臓も血も眼も手足もあの絵画に縫い込む。

誰もあの女を起こすな。

 

瑠美那「………」
血で描かれたような、赤い色素がわずかに見える黒っぽい文字。
背筋がぞっとした。

不意に、さっきこの部屋に見えた幻を思い出す。
手術台で患者達に切り裂かれる女の医者。あれは、ジェネリィだったんだ。
周りの患者達は、彼女の人体実験で怪物にされた人たち…。
ジェネリィは逃げ出した実験体達の手によって殺され……あの絵に閉じこめられた?
瑠美那「まさか、絵に閉じこめるなんてこと……」
けれど、あのジェネリィのものらしい眼や血管がついていた絵画を思い出す。彼女は…まだあの絵の中で生きているのかもしれない。

 

───アタシは、ここだよ…

瑠美那「っ!!」
声がした。
今まで何回も聞こえたこの声。
多分、ジェネリィの………

 

───あの女は悪魔だ。二度と日の当たるところに行かせてはいけない。
───あの女を殺してはいけない。もうこの世に生まれさせてはいけない。
───殺さず、永遠にここに閉じこめなければいけない。

───誰もあの女を起こすな!!!!

瑠美那「ぎゃああああ!!!!五月蠅い五月蠅いーーーー!!!!!」
一斉に大勢に耳元で叫ばれて、頭が痛くなった。
思わずしゃがみ込む。

 

あの女─悪魔:*二度と日の当・:*とこ+#行かせてはい[;,:*;-+.あ;`[*女を殺してはいけな+*;/:pもうこの世に生まれ:.[*+/?\;*てはいけな。;*:+\殺さず、永遠にここに閉じこめなけ,*;.?`^\いけない*:・;*あの女を起こすな!!!!

頭にガンガン響きすぎて何を言っているのか分からない。
瑠美那「分かったから!!!!!もうやめろおおおおおお!!!!!」
私は気が狂いそうになりながら叫んだ。

 

羅希「瑠美!!」
なんだか懐かしいような声がして、我に返った。
目の前には、羅希が安堵の表情でしゃがみこんでいた。
瑠美那「…羅希……」
私は気が緩んで、全身の力が抜けて、彼にしがみついた。
頭がまだ痛い。全身冷や汗をかいて冷たくなっていた。
羅希「大丈夫?」
瑠美那「…ああ、よかった…ここで取り殺されるんじゃないかと思った…」
羅希「……」
瑠美那「なあ、みんなは?」
羅希「出口を見つけたんだ。みんなは先に出たよ」
出口があった。それだけで私は泣きたくなるほど嬉しくなった。
瑠美那「本当か…。よかった…」
羅希「さ、行こう」
彼は立ち上がり、私の手を取る。

 

私と羅希は、みんなで一度通った道を歩いていく。
彼はもう大体道を把握しているのか、歩みに迷いはない。

 

 

そして彼は不意に足を止めた。
瑠美那「……羅希……?」
そこは
ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスの部屋。
あの絵画のある部屋。
嫌な予感がした。
瑠美那「羅希………?」
もう一度彼の名を呼ぶ。彼はこちらをふりむき、微笑んだ。
何故かその微笑みに寒気がして、一歩引いた。だが、彼が腕を掴んできて引き留められる。
全力で振り切ろうとしたけど、彼はびくともしない。そのまま引きずられるように部屋に入っていく。
瑠美那「だ、誰だよお前…!!放せええ!!!っうわ!!」
部屋の奥に乱暴に放り投げられ、壁に頭をぶつける。

………眼を開けてぞっとした。
目の前にはいつものような笑顔を浮かべる羅希。
その背景は…あの部屋なのだが…
正面には何もない壁。
側面には棚や机。
つまり………
あの不気味な絵は、私の真後ろにある。

それに気付いた瞬間、私は反射的に後ろを見ないようにして、羅希の脇をすり抜け逃げようとした。
だが、彼にまた怪力で捕らえられ、壁…いや、あの絵に押しつけられる。

───逃げないで…アタシは、ここだよ…

 

いつものように頭に響くんじゃなくて、絵から直接声がした。
そして手が伸びてきて、私の首を掴む。
何度か、私の首を絞めてきたように。
今度は声だけじゃなくて、息も出来なくなる。

瑠美那「っが…ア…ッ!…ッァ…!」
必死に、目の前の羅希にすがりついた。彼が本物ではないということも忘れて。
そして、彼の顔を見上げる。

恐怖で凍り付いた。
その顔は………

 

 

 

羅希「瑠美!!」
なんだか懐かしいような声がして、私は目を覚ました。
目の前には、羅希が安堵の表情でのぞき込んできていた。
瑠美那「………」
私は彼の顔を見て、凍り付いた。だって、羅希はさっき……
抱き上げようとしてくる彼の腕を振り払った。
瑠美那「放せっ!!」
私は涙目になって彼から少し離れる。
まだ、恐怖が全身を支配している。さっきのことは、ハッキリと覚えている。
ただ…最後に見た、羅希の顔が…思い出せない。
カルネシア「瑠美那、落ち着け。」
カルビーの声がして肩に手を置かれた。
振り返ると、羅希とカルビーだけじゃない。みんないた。
飛成が私の脇に座って、ハンカチで私の額を拭ってくれた。かなり汗を掻いていたらしい。

これは、みんなは、本当だ。
それに気付いた瞬間、全身の力が抜けて後ろに体がグラリと傾いた。
羅希がとっさに抱き留めてくれた。今度は彼の顔を見ても動揺しなかった。
羅希「大丈夫?」
私は力無く、ああ、と頷いた。
瑠美那「…よかった…もう、殺されるかと思った…。」
飛成がのぞき込んできて、私の額に手を当てる。
温かくて気持ち良い。
飛成「何があったの?」
瑠美那「…わからない。気が付いたら真っ暗闇に放り出されて…適当に歩き回ったら、ここに来て…」

私は震える声で、みんなに私が見たことを説明した。

 

 

みんなは私が消えてしばらくて、周りの幽霊の気配が消えたのに気付き、私を捜しながら来た道を戻ってきたのだという。
その後私たちは、出口を探し回った。
そして羅希と飛成が脱出を試みて開けた大穴の元までたどり着き、その大穴は土に埋もれていたはずなのに、今度はちゃんと外につながっていた。

私たちは無事脱出。
もう二度と肝試しなんかしない、と心に決めて帰っていった…。

 

 

サンセ「よくぞご無事で。いや、みなさんなら無事に持って帰ってこれると…思ってたんです…けど……」
サンセは私たちのげっそりした様子を見るや否や、彼自身も顔を蒼白にした。
サンセ「……やっぱり、出ました?」
瑠美那「出たも何も、死にかけたんだぞ!!取り殺されるところだったんだぞ!!!」
サンセ「で、でも、良いスポット知りたいって言ったの皆さんじゃないですか〜!!」

瑠美那「良すぎだ馬鹿ぁああああああ!!!!!」

 

サンセ「で、例のものを見せてください。」
羅希とカルビーが分担して持っていた本を、サンセに渡す。
サンセ「……あれ…?」
サンセはそれを見て口を開けた。
サンセ「………あの、コレ…」
彼は怪訝な顔をして本を机に並べた。
羅希「どうかしました?」
サンセ「…いや………」
彼はしばらくの間、本を見つめて考え込んだ。

サンセ「…これ…ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスの記録書…ですね……」
羅希「ですよ?」
サンセ「…僕が言ったの、これじゃないんです…」
羅希「は?」
サンセ「歴史上、ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスは2人いるんです。1人は女性で1人は男性ですが…」

瑠美那「…この記録書の所有者は…女だ。多分。」
サンセ「僕が言ったジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスは、先代の方で、男性の方です。女性の方は、先々々代の方で、80年ほど前に何者かに殺されました。」
私は、彼女が実験体たちに切り刻まれていた情景を思い出し、気分が悪くなる。
羅希「あーじゃあ、こっちじゃなかったんですねー」
サンセ「そうなんですけど、大事なのはそのことじゃないんです。」
彼はそこで、表情を曇らせた。
一同は嫌な予感がして黙り込んだ。

サンセ「みんな、屋敷のトイレに飛び散った黒い物にビビって逃げ帰ってきたんです。」
ああ、あれか。
サンセ「まぁ、ただのウン●だとおもうんですけどね」
ォィ。
サンセ「でも、それより先に行けたとしても、この記録書がある方の地下に行くのは不可能です。そこは清めて、完全に埋め立てたんですから」

瑠美那「埋め立てた…?」
彼はハッキリと頷いた。
瑠美那「入り口を塞いだんじゃなくて…?」
彼はハッキリと頷いた。
サンセ「通路も部屋も、全部土で埋めました。今あの屋敷の下にある地下室は、新しく作られた、先代のジェネリィ氏のものしかないはずです。」
瑠美那「……」
羅希「……」
飛成「……」
カルネシア「……」
アステリア「……」
竜花「……」

 

 

 

冥界。
転生される魂の分岐点。
その巨大な門の前。

魂の光を胸に抱えて、龍黄はその前に降り立った。

龍黄「ジェネリィ・ヴァル・ヴァヌスの魂。これでいいんだな?」
セナート「ん、おっけー。ご苦労様」
門の前で待っていたセナートは、龍黄からそのジェネリィの魂を受け取った。
龍黄「…まさか、瑠美が彼女を解放してくれるとは思わなかった。」
セナート「ジェネリィに生命力を吸い取られたんやろ?瑠美ちゃんは大丈夫?」
龍黄「一回死んだけど、すぐに俺のを少しやったから。」
セナート「あ、よかった。じゃあ、さっさとこの人転生させよ」
セナートはわずかに空いた門の隙間に、その魂のを放り込んだ。
それが中に吸い込まれた瞬間、門は閉じた。

セナート「にしても、随分手こずらせてくれたなぁ。ジェネリィさん来世ろくなのにならんやろな」
龍黄「…ゴキブリか、ミジンコにでもされるんじゃないか?」
セナート「かぁもね〜」
2人は、人間界にいるみんなの苦労も知らず、ぺちゃくちゃしゃべりながらそこを後にした。

 

 

 

その日、私たちは一睡もできず、朝までリビングに集まっていた。

もう、肝試しなんか絶対にやらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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