―――赤い瞳の―――

龍黄「っ……」

そろそろ日が完全に落ちた頃だろうか。だが今の龍黄にはどうでもいいこと。
穴に落ちる時、縁についていた刃で切れた足が痛い。もう血は止まったが、着地に失敗して痛めたのも、また痛い。

龍黄「……寒」

それ以上に寒くて皮膚が痛くなる。
近くにあった動物の骨で地面に陣を彫って、火を起こした。まだ上手く使えなくて、どんどん魔力が消えていく。
上を見てみても、穴は彼の身長よりも数段上で、穴の縁に生える刃は、中から這い出ようとする獲物を切り裂こうと、こちらに刃を向けている。
飛んで出ようとすれば全身切り刻まれて重傷だ。

…もう過ぎたことだが、自分を此処へ追いやった奴らを恨んでみる。  いつものように村の子供に陰口を叩かれ、たまに嫌がらせをされて…。

羅希「ねぇ、やめようよ。そうゆうの…」

最近よく、羅希という少年が庇ってくれるが、それでいじめが治まる訳がなく、彼の存在は龍黄にはただうざったいだけだった。

「羅はあいつのことあんま知らないから庇えるんだよ」

子供らが口々に言う。

「ここじゃなくて人間界に消えてほしいよ」

「父親は変な人間で、アイツは怪物で、妹はできそこないだもん」

いつも言われているような悪口だったが…龍黄が誰よりも大切に思う、妹を侮辱されたことが我慢ならなかった。
頭のどこかで張り詰めていたものが切れる。

「うわあああああ!!!」

いつも殺してやりたいと思っていた子供らの悲鳴に、ふと我に返る。

龍黄「あっ…」

気が付けば、顔と右手に生暖かい液体が張りついていて…足元には真っ赤に濡れてうずくまる羅希の姿。
自分が殺意を向けた奴との間に、とっさに羅希が間に挟まって出たのだ。
自分が何をしたのか、気が付いた瞬間、恐くなって逃げ出した。
体の震えを誤魔化すように、必死に走った。

 

そうして“魔の森”と“迷いの森”と称されるこの森に飛び込んだのは…死を望んだからか。

龍黄「母さん…」

寒くなり、火の暖かさにあたったせいか、眠るとき傍にいてくれた母の暖かさを思い出す。
あの時、逃げなけれは…。
いや、羅希を置いて逃げたこと自体間違っていた。

龍黄「誰か…」

死にたいと一度思っても、それが近くなると恐くなった。
ついに魔力が尽き、火が消えた。寒さと暗闇の恐怖が押し寄せる。
肩を抱いて顔を膝に埋めた。

 

 

「おい、起きろガキ」

ガラの悪い男の声がして、飛び起きた。
目の前に自分を見下ろすようにして立っている青年がいた。
光の当り具合のせいで顔が見えないが、その目が異様なまでに赤く、妖しく光っていた。

龍黄「きっ、吸血鬼!?」

「誰が吸血鬼だコラ」

違うらしい。青年は目の前にしゃがみこんでこちらと目線の高さを合わせた。

「で、怪物の巣穴なんぞに潜って何してる」

龍黄「巣穴!?」

道理でやたら骨が落ちているわけだ。

「ま、今は何も住んでいないが。落ちたのか」

龍黄「うん」

「…運が良かったな。ここがまだ使われてたら速攻八つ裂きだ。」

龍黄「…出られないもん。同じだよ……あれ?」

「なんだ」

龍黄「…お兄さん、ここ入ってきていいの?」

「許可が要る場所じゃないだろ」

龍黄「そうじゃなくて…落ちたの?」

「あ───…そうとも言うな。」

龍黄「…っ」

わずかにでも出られると期待した自分が馬鹿だった。
また、泣きたくなる気持ちが込み上げてきた。

「何故この森に来た。入り口で森が拒むのを感じなかったか?」

以前に興味本位で近付いたことがあった。
その時は確かに、森が異様な…獲物を狙う獣のような気配をみせていた。

龍黄「…逃げるのに夢中で気付かなかった」

「逃げる?」

龍黄「……僕、怪物なんだって。今日、それで…いつも僕を庇ってくれた人を殺しちゃった。」

「追われてるのか」

龍黄「…恐かったから逃げたんだ。きっと今頃…」

村人の、怪物と罵り獲物を構える姿が浮かぶ。家族の顔が浮かばない。
もう、帰れない気がした。そう思うと、たまらず涙が溢れてくる。

「帰りたいか」

迷わず頷いた。だがそれは家族のもとであって、あの村ではない。

龍黄「でも帰ったら村の人に殺される。」

「……」

しばらくうずくまって泣いていたら、冷えた体が暖かい布に包まれた。彼が来ていた黒い上着。
それに触れた瞬間、自分がひどく弱っていることを思い出した。
彼が隣に座ったのが音でわかった。

龍黄「僕は…どうすればいいかな」

「お前の自由だ」

龍黄「それはそうだけど…」

「帰りたいなら帰ればいい。俺がここから出してやる」

龍黄「でも、帰っちゃ駄目だし」

「誰がそう言った?殺されなければいいことだ。
自分が生きるために他人を傷つけることは悪じゃない。誤ってやってしまったことでも罪悪感があれば主には許される。
自分を犠牲にしてまで他人を尊重する義務なんぞない」

龍黄「……どうゆう意味?」

「自分を大事にってことだ。何言われてもお前は悪くない。そう思って開き直ってろ」

龍黄「……無理。いじめられたらつらいもん…」

「ならいじめる奴らを殴るなりすきにしろ。お前が苦しんだ分の罰はあたっていいだろ。自業自得だ」

龍黄「そうかもしれないけど…」

 

「…ま、これはあくまで俺の考えだ。これ以上は堂堂巡りだし、少し頭冷やして自分で考えろ」

そう言って彼は穴の壁に寄り掛かった。
しばらくして寝息が聞こえてくる。

龍黄「…寝たの?」

彼は答えない。そうしたらまた淋しくなった。
…普通この状況で寝るかなぁ。

龍黄「…瑠美ぃ」

いつも傍にいて、自分を頼ってくる。自分が泣いていると傍で励ましてくれる。
一番近くて愛しい存在だった。
自分がいなくて泣いていないか。でも龍黄も彼女がいなくて淋しかった。
静かになって、いろいろなことを思い出してしまう。

龍黄「…羅、希」

逃げる前に彼と目が合った気がした。表情までわからなかったが、なんだか攻められている気分になる。
彼は死んでしまっただろうか…?

「そんな簡単に死ぬ玉じゃない」

龍黄「…え?」

眠っているはずだった青年が、いきなりそう言った。

龍黄「…うん」

なんとなく、そうとだけ言う。

「…で、どうする」

龍黄「………わからない」

言ったら頭を平手で叩かれた。

龍黄「にゅっ」

「甘ったれるな。言っておくが、俺はここから出す以外協力しないからな」

口調はちょっと厳しいが、どこか優しい感じがしたのは気のせいか。

「帰っても家族や羅希に庇ってもらってるんだったら、お前はそいつらの荷物だ。そんなんだったらさっさと消えてやるのが親切ってもんだ」

気のせいか。

でも、確かにそうかもしれない。みんなに迷惑をかけないようにしていたつもりだったが、自分は隠れているばかりだった。
自ら強くあろうとしていない。
さっき、この青年は自分を大切にしていいと言ってくれたけど、それは逃げていていいというのとは違う。
大切にする分だけ、苦労じゃなくて努力しなきゃ

龍黄「…帰る」

言ったら、彼が立ち上がる。

「ならさっさと出るぞ。こっちはいつまでもお前に居られると困るんでな」

この人、僕にさっさと帰ってほしかっただけかな…

「ま、お前が立ち直りの早い奴で良かった」

頭をぐしゃぐしゃとかき回すように撫でられる。そんなことをされただけで心が暖かくなり、笑みがこぼれた。

龍黄「あ…暗いと迷うかも」

「大丈夫だ。この森には慣れてる」

そう言われて抱き抱えられ、青年の腕のなかにスッポリ収まった。
視界が塞がれたまま体が揺れる。
気が付けば穴の外だ。

龍黄「…今…?」

「飛んだだけだ。」

龍黄「!?」

思わず、彼の腕を掴んで調べた。
あの巣穴の刃は垂直に飛んでも傷つかずに出られる大きさではなかった。

龍黄「血……」

やっぱり、彼の腕はかなり傷ついていた。
生暖かい感触が、手のひらに張り付く。

龍黄「……なんで、こんなことまでして…?」

「別に、気まぐれだ。どうせ死にはしない。」

龍黄「……」

彼を見上げた。
顔が見えそうだったが、すぐに彼が顔を逸らすように横を向いてしまった。

「それより…俺が案内する必要はなくなったみたいだぞ」

龍黄「…え」

耳を澄ませば、青年の視線の方から聞き覚えがある声。自分の名前をしきりに呼ぶ二つの声。

龍黄「瑠美…羅希…」

思わず駆け寄ろうとして思い止まった。
青年のことを、何者か、名前すら聞いていない。

龍黄「あの…」

名前を聞いて、礼を言おうと青年の方を見た。
だが、そこには誰も居らず、いた気配すらもなかった。
名前も、顔すらも知らないのに…去ってしまったのだろうか。
それとも、自分は幻を見ていたのか。

神隠しにでもあったような気分になって、呆然としていたが、近付く瑠美那と羅希の声で我に返り、その場を走り去った。

彼のことで覚えていたのは宝石のような…妖しのような、赤の瞳。
羅希の案内で森を抜けていく。
そうしている間に、その強く優しい眼光が、森の邪気と共に薄れていった。

 

 

瑠美那「おい!龍黄!ろーんふぁ───ん!!」

耳元で叫ばれている上、肩をガックンガックン揺さ振られて、吐き気がしてきた。

龍黄「瑠美…やめっ…吐く…」

瑠美那「あ、起きた?」

解放されて、後ろに倒れたら枕があった。
ちょっと頭が痛い。とくに額が、何かにぶつかったような表面的な痛みを感じる。
上を見上げたら、瑠美那の顔と、鮮やかに赤い瞳。

龍黄「あ……吸血鬼……」

カルネシア「誰が吸血鬼だコラ」

瑠美那「龍黄、イカれた?はい。これだれ?」

龍黄「………カルネシアさん」

瑠美那「ブー。カルビ丼でした」

カルネシア「殴るぞ小娘」

龍黄「…俺は…どうしたんだ?」

瑠美那「ああ、ベーガンツが羅希に襲い掛かって、羅希が逃げ回ってるところにお前が尋ねてきて、正面衝突」

龍黄「…」

 

龍黄「カルネシアさん」

カルネシア「なんだ」

龍黄「すっかり忘れてて……お礼を言うのを忘れてました」

カルネシア「……なんの」

どうやら彼は覚えていないらしい。
彼には大した思い出ではないようだ。

龍黄「…昔、僕が怪物の巣穴に落ちてて…」

カルネシア「あ」

その先をどう言おうか考えていたら、彼が思いついたように声をあげた。

カルネシア「殺される、とか、いきなり俺を吸血鬼だとか言いやがったガキか」

確信に近いものを持っていたが、やはりカルネシアがあの青年だったようだ。

カルネシア「…まさかお前だったとは」

龍黄「全然気付きませんでした?」

カルネシア「いや………あれ、女だと思ってたから」

全然悪気のない言い方に、龍黄は苦笑いするしか無かった。

 

カルネシア「生きてたってことは、帰っても大丈夫だったみたいだな」

龍黄「ええ、羅があの後すぐ目撃者に口止めしてくれてて…一緒に帰ったときに、無理しすぎて死にかけてたけど」

瑠美那「なに、二人とも。何の話?」

龍黄「ちょっとね」

瑠美那「…もしや……」

龍黄&カルネシア「「変なこと考えるなよ?」」

 

あれだけで自分の性格が変わることはなかった。
いつでも他人を信じられなくて、自分のために生きることができなくて。

けれど、大切な妹が命を奪われかけた瞬間に、散々言われてきた“化け物”と化して、村人を殺戮したのは、赤い瞳の人の言葉を覚えていたから。
自分の為に、妹を守るために、他人を殺した。そうすることができた。
周りから見れば、酷いことだと思う。けれど、今でもそれは後悔していない。
その言葉が、その汚れた事実からも守ってくれているから。


そして、青年の方にも変化はあった。
昔、すさんだ心を癒してくれた子供を思い出した。
いつも青年の側にいた意地っ張りな子は、一度あの巣穴に落ちて泣いていた。
それを、青年が血を流して助けた翌日、その子供は森を出て行った。

急に、その子供を思い出し、寂しさともいえる感情が芽生える。
そして、なんとなく、新たに少女を作った。

カルネシア「あー、嫌なこと思い出した……」

龍黄「?………なんです?」

そんな風にしていた自分を見直すと、なんて愚かな者だろうか、と。
だが“孤独”は誰もが恐れるもので……

カルネシア「………俺も、あのガキどもと変わりない、って思っただけだ。」

 

 

それでも、今はその“孤独”を感じないから……

 


………もう疲れていたんでしょうね。私(爆)
話があいまいです。
もう純B型らしい、適当な話ですね…。
期待してくれた方、いたらごめんなさい…
ああ、眠いわ(逝ってよし)

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